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2024年3月23日土曜日

Lou Christie:『Gypsy Bells - Columbia Recordings 1967』


 ルー・クリスティがそのキャリアにおいて、MGM RecordsとBuddah Recordsの狭間の短期間所属したColumbia Records時代の未発表音源を多数発掘し、リマスターを施して英Ace Recordsから『Gypsy Bells - Columbia Recordings 1967』(CDTOP 1601)のタイトルでコンピレーション・アルバムとしてCD化リリースしたので紹介したい。

  ペンシルバニア州グレンウィラード生まれのルー・クリスティ(本名:Luigi Alfredo Giovanni Sacco/1943年2月19日生まれ)はハイスクール時代のヴォーカル・グループ、Lugee & The Lions(ルジー&ザ・ライオンズ)を経て、1961年にニューヨークに出てセッション・ボーカリストとして働きながらチャンスを掴むことになる。62年にクリスティとのソングライター・チームでその後もヒット曲を生み出すトワイラ・ハーバートとの共作オリジナル曲「The Gypsy Cried」(Roulette/R-4457)がそれであり、全米で100万枚以上を売り上げヒットとなった。この曲により4オクターブの音域を持つ歌声でスター・シンガー・ソングライターとなったのだ。
 翌63年の「Two Faces Have I」(Roulette/R-4481)もヒットしたが、クリスティが兵役期間に入ったために一時的に低迷するが、除隊した65年にRouletteから大手のMGM Recordsに移籍し、ハーバートとの共作による「Lightnin' Strikes」(MGM/ K13412)を全米ナンバー・ワン・ヒットさせる。
 この曲からアレンジャーとして参加したのが、フランキー・ヴァリ配するフォー・シーズンズの多くのシングル曲を手掛け、業界でもヒット・メーカーとして知られていたチャーリー・カレロである。翌66年の「Rhapsody in the Rain」(MGM/K13473)ではプロデュースもカレロが手掛け、フォー・シーズンズ・サウンドを踏襲する音像でヒットさせた。しかし同年の「Painter」(MGM/K13533)、ジャック・ニッチェがアレンジした「If My Car Could Only Talk」(「もし愛車が話せたら」タイトルが酷すぎる MGM/K13576)、再びカレロで「Since I Don't Have You」(MGM/ K13623)をリリースするも大きなヒットには繋がらなかった。 
 同年クリスティのマネージャーだったスタン・ポーリーはColumbia Recordsへの移籍を計画し(MGM経営陣と関係が良好ではなかったからと推測される)、67年2月16日に正式契約する。翌17日からカレロのプロデュースの下で新曲がレコーディングされた。ここからは「Shake Hands and Walk Away Cryin」など計4枚のシングルがリリースされたが、実際はその3倍以上の曲がレコーディングされていた。 

『Gypsy Bells - Columbia Recordings 1967』
ブックレット(表含め全20ページ)より

 本作ではそんな関係者でさえ耳にすることが出来なかった13曲もの未発表曲が発掘され収録されているのだ。これら67年の音源は、弊誌監修の『ソフトロックAtoZ』シリーズ最終版『SOFT ROCK The Ultimate!』(2002年)でも触れておらず、MGM Records(1965年~1966年)とBuddah Records(1968年~1972年)の狭間の短期間に相当し、クリスティの最大ヒット曲「Lightnin' Strikes」と、The Millenniumの「There Is Nothing More To Say(語りつくして)」(『Begin』収録/1968年)の異歌詞カバー「Canterbury Road」(Buddah/BDA-76)を繋ぐミッシングリンクとして、非常に貴重なものであることは間違いないので、弊サイト読者にも強くお勧めする。 

左上から時計回りに「Shake Hands and Walk Away Cryin」
「Self Expression(The Kids on the Street Will Never Give In)」
「I Remember Gina」「Don't Stop Me(Jump Off the Edge of Love)」

 では本作『Gypsy Bells - Columbia Recordings 1967』の主な収録曲を解説していこう。
  冒頭は先に述べた4枚のシングル収録曲のオリジナル・モノ・ヴァージョンで、「Shake Hands and Walk Away Cryin / Escape」(Columbia/4-44062)、「Self Expression(The Kids on the Street Will Never Give In) / Back To The Days Of The Romans」(Columbia/4-44177)、「Gina(I Remember Gina に表記変更される) / Escape」(Columbia/4-44240)、「Don't Stop Me (Jump Off the Edge of Love) / Back To The Days Of The Romans」(Columbia/4-44338)である。
 重複収録されたカップリング2曲を含め計6曲で、全米100位圏内のチャート・アクションがあったのは「Shake Hands ・・・」のみだったが、ビーチボーイズの「Good Vibrations」(66年)の影響下にあるパートを挿入してオマージュするなど、カレロによるアレンジングは冴えていた。因みにこの曲のセッションに参加したミュージシャンはライナーノーツによると下記のメンバーである。

Drums : Buddy Saltzman
Bass : Lou Mauro (ブックレット表記のLou Morrowは誤記)
Guitar : Ralph Casale
Piano : Stan Free
Baritone sax : Joe Farrell and George Young
Trombone : Ray DeSio
Trumpet : Bernie Glow and Pat Calello

 この時期のカレロが仕切ったセッションの常連ミュージシャン達で、その他のシングル収録曲や未発表曲でも同じメンバーが参加していると考えられる。Stan Freeは他の鍵盤もプレイしている可能性があり、編成によってはギターにCharlie MacyやVinnie Bellも参加しているだろう。因みにトランぺッターのPat Calelloはカレロの実父で、George Youngは後にカレロがプロデュースする山下達郎の『Circus Town』(76年)のNew York Side収録「Windy Lady」でのアルトサックス・ソロ、フランキー・ヴァリの「Native New Yorker」(『Lady Put The Light Out』収録 / 77年)でのテナーサックス・ソロ等多くの名演を残すことになるジャズ系の一流サックス奏者だ。
 そしてこのレコーディング・メンバーの中でもドラマーのBuddy Saltzman(バディ・サルツマン)は、当時の東海岸のセッションにおいてファーストコール・ミュージシャンであり、フォー・シーズンズやヴァリのソロ、モンキーズをはじめ多くのヒット曲に参加し、弊サイト読者向けでは、Alzo & Udineの『C'mon And Join Us!』(68年)やMargo Guryanの『Take A Picture』(68年)にも全面的に参加しているので、そのプレイを耳にしているだろう。弊サイト管理人である筆者が選出した、Buddy Saltzmanのベストプレイをサブスクにしたので聴きながら本記事を読んでみるのも一興だろう。

WebVANDA管理人選 Buddy Saltzman BESTPLAY 

 
I remember Gina / Lou Christie

 本作のシングル収録曲で筆者が気になったのは、『Smiley Smile』(67年)~『Friends』(68年)期のビーチボーイズを彷彿とさせる、Denny Randell & Sandy Linzer作の「I Remember Gina」のソフトサイケ感覚だ。この曲では作者であるRandell & Linzerもクリスティと一緒にコーラス・パートに参加しているのが、非常に珍しく聴きものである。
 また「Shake Hands・・・」と重複でカップリングされた「Escape」は、1950年代ジャズのエッセンスを散りばめてモダンに仕上げた感覚が、40年後のWouter Hamel(ウーター・ヘメル)のファースト(2007年)のサウンドにも影響を与えているかも知れない。

 未発表曲は下記の13曲で、前出のシングル曲以上に1967年アメリカのサマー・オブ・ラブという時代背景を反映して、実験性の高い意欲的なサウンドを持つ楽曲も含まれている。

The Greatest Show On Earth
Standing On My Promises
Blue Champagne
Yellow Lights Say
Paper And Paste
You've Changed
Meditation
How Many Days Of Sadness
Tender Loving Care
Gypsy Bells
Rake Up The Leaves
Holding On For Dear Love
I Need Someone (The Painter) 

 「The Greatest Show On Earth」はLugee & The Lions のメンバーだったクリスティの姉Amy Sacco Pasquarelliと、Linda Jones Honey、Kay Vandervort Schwemmという3名の女性による前衛的なコーラスを配し、変拍子パートを持ったクセになるソフトサイケなノベルティ・ポップで、Saltzmanの巧みなドラミングも聴きものだ。
 タイトルからして渋いジャズ・テイストの「Blue Champagne」は、同時期フランキー・ヴァリの最大ヒット曲「Can't Take My Eyes Off You」(67年)をBob Gaudioと共同で手掛けたArtie Schroeckがアレンジし、中音域の柔らかい木管を配してクリスティのレイジーなボーカルを引き立てている。
 続く「Yellow Lights Say」は一転して、エレクトリック・ハープシコード(初期クラビネットか?)のリフがリードするアップテンポなシェイクのナンバーで、サイケデリックな転調パートを挟んで進行する。この曲ではクリスティ自身とAmy、Lindaの軽快な三声コーラスが聴ける。
 本作ではバカラック&デヴィッド作も取り上げられており、ディオンヌ・ワーウィックの64年のシングル「Reach Out For Me」のカップリングで、翌年彼女の4thアルバム『The Sensitive Sound Of Dionne Warwick』にも収録された「How Many Days Of Sadness」(「何日間の悲しみを」詩的で素晴らしいタイトル)だ。多くのバカラック・ソングによって埋もれていたこの曲を選曲した審美眼と、ダイヤの原石を磨き上げた荘厳美麗なオーケストレーションもカレロならではである。
 またコーラス・パートでひと際存在感を放つLindaは、クリスティのペンシルバニア時代からの音楽仲間で、3人組ガールズ・グループThe Tammysのメンバーだった。The Tammysはクリスティのバック・コーラスを務めつつ、「Egyptian Shumba」(64年)をローカル・ヒットさせるが、この曲は後の70年代にイギリスでノーザン・ソウルとして発掘され現在でもDJ達に注目されている。


 本作のタイトルになっている「Gypsy Bells」は、クリスティのファルセットを活かしたヴァースから転調していくソフトサイケなポップだ。この曲はベーシック・トラックと歌入れのレコーディング後に、複数のギターやハープシコード、ハープ、ヴィブラフォン、金物パーカッションをオーバーダビングしているので、当初アレンジからモディファイしていったサウンドなのだろう。サビでリフレインするAmyとLinda、Kayによるコーラスの和声もサイケデリックな雰囲気を演出している。
 「Holding On For Dear Love」は、コニー・フランシスの「Vacation」(62年)の作曲をはじめ60年代に多くの名曲を残したソングライターであるGary Knight(Temkin)と作詞家Francine Neimanの作品で、クリスティがレコーディングした翌年にピッツバーグ出身の無名バンド、The Music Combinationがシングル「Crystal」のカップリングで発表している。マイナー・キーのヴァースからメジャー・キーのサビに転回していくドラマティックなポップスで、ここでもSaltzmanらしき巧みなドラミングと、Amy、Linda、Kayのコーラス隊がクリスティのボーカルを盛り上げている。 
 未発表曲ラストの「I Need Someone (The Painter)」は、69年12月の2週に渡り全米ナンバー・ワン・ヒットしたSteamの「Na Na Hey Hey Kiss Him Goodbye」の作曲で知られるソングライターのPaul Lekaと作詞家のShelley Pinzによるソフトサイケ・ポップで、Vinnie Bellのプレイと思われるエレクトリック・シタールをフューチャーしている。
 Lekaといえば、弊サイト読者にはThe Lemon Pipersの諸作やThe Peppermint Rainbowの『Will You Be Staying After Sunday』(69年)などのプロデュースやアレンジ、ソングライティングで知られたソフトロック紳士録に登録される巨匠だが、この曲はThe Lemon Pipersも翌68年にファースト・アルバム『Jungle Marmalade』(68年)で取り上げ、また無名のサイケ・プログレッシブロック・バンドThe Music Asylumも同年にシングルとしてリリースしている。やはりLeka がThe Lemon Pipers に提供し、68年2月に全米ナンバー・ワン・ヒットさせる「Green Tambourine」も同様だが、当時のアメリカ社会の空気に呼応したサウンドなのだろう。

 本作後半には、シングル収録曲の内「Don't Stop Me (Jump Off The Edge Of Love)」を除く5曲のステレオ・ミックス・ヴァージョンが収録されている。この内「Shake Hands・・・」、「Self Expression・・・」、「Back To The Days・・・」の3曲は、1988年にRhino Recordsからリリースされたクリスティのベスト・コンピ・アルバム『EnLightnin'ment : The Best Of Lou Christie』収録時にステレオ・ミックスされたものだ。残りの「Escape」と「I Remember Gina」は本作のために、当時の8トラックのマルチテープ!から新たにステレオ・ミックスされたということだ。特に前者はalternate vocalヴァージョンなので、モノ・ヴァージョンのトラックとは異なり尺も5秒ほど長く、聴き比べるのも面白いだろう。
 蛇足だが筆者は、Rhinoの『EnLightnin'ment・・・』で初めてクリスティの楽曲群に出会い、現在も大事に所有しているCDアルバムだ。一部の中古盤相場では高騰しているらしいが、本作 『Gypsy Bells - Columbia Recordings 1967』もプレス数が限られるようなので、筆者の解説を読んで興味を持ったら早期に入手し聴いて欲しい。



(テキスト:ウチタカヒデ









2022年8月6日土曜日

流線形:『インコンプリート』(Happiness Records/ HRBR-025)


 現在のシティポップ・シーンのパイオニアとして知られ、クニモンド瀧口のソロ・プロジェクトである流線形(リュウセンケイ)が、単独名義としては『TOKYO SNIPER』(HRAD-00019/2006年)から実に16 年振りとなる、ミニアルバム『インコンプリート』を8月17日にリリースする。 
 本作では先行で収録の5曲中4曲が配信済みで、既にサブスク等で聴いている音楽ファンがいるかも知れないが、ジャケットのアートワークを含めた美的センスが流線形=クニモンド瀧口の魅力なので、是非フィジカルでも入手して欲しい。


 本作ではキリンジからソロに転向し、シンガー・ソングライター(以下SSW)の杉瀬陽子らとのTHE LAKE MATTHEWS(ザ・レイク・マシューズ)でも活動した、堀込泰行をヴォーカリストに迎えている。堀込とのコラボレーションは、2020年11月にSSWの一十三十一(ヒトミトイ)とのドラマ・オリジナル・サウンドトラック『Talio(タリオ)』(VICL-65441)を紹介しているので記憶に新しいと思う。
 全曲のソングライティングとリズム・アレンジを手掛ける瀧口は、レコーディングではソリーナ(アープ製ストリングス・シンセサイザー)とProphet-5のアナログ・シンセサイザー、コーラスを担当している。バンドメンバーは北山ゆう子(ドラム)、山之内俊夫(ギター)、平野栄二(パーカッション)、平畑徹也(キーボード)、松木俊郎(ベース)で、Talioのセッションから加わった若手SSWのシンリズムはストリングスとホーン・アレンジをここでも担っている。
 また瀧口が今年2月から始動したCMT Production(City Music Tokyo Production)のレーベル、"CMT Records"から7月6日にソロ・アルバム『サン・キスド・レディー』(CMTR5)をリリースしたばかりの女性シンガー、ナツ・サマーもコーラスで参加している。同作は本作プロデューサーの瀧口をはじめレコーディング・メンバーが全員参加しており、兄妹アルバムとして位置付けされるので流線形ファンは是非チェックして欲しい。筆者は先行7インチでリリースされた、メロウなラヴァーズ・レゲエの「トワイライト・シャドウ」(CMTR4)が特にお気に入りだ。

『サン・キスド・レディー』 / ナツ・サマー 

 参加メンバーについては説明不要かも知れないが、saigenjiEllieなどの多くのアルバムでエンジニアとしても著名な平野をはじめ、北山と山之内は青野りえの『Rain or Shine』(VSCF-1776/FRCD-071)、松木はRISA COOPERの『RISA LAND』(HYCA-8027)に参加するなど最近の話題作にも参加している手練ミュージシャン達なのが流線形の強みでもある。
 制作スケジュールとしては、主要曲のリズムセクションのベーシックトラック・レコーディングと歌入れは2016年に終了していたが、瀧口の更なる拘りもあり月日が流れた。その後未完成曲を含め試行錯誤した結果、今回5 曲をミニアルバムという形にまとめてリリースすることを決めたということだ。 
 流線形としては、2009年に沖縄県出身のシンガー・ソングライター比屋定篤子とのコラボレーションアルバム『NATURAL WOMAN』(HRAD-00041)のリリース後、プロデューサーや選曲家として多忙になった瀧口にニューアルバムを待望していたファンも多かったので、ここでこうして形になって嬉しい限りである。 

 ここでは筆者による本作の全曲レビューに加えて、サブ企画として流線形のバンドメンバーで、音楽通として知られ弊サイトにも協力している松木俊郎が、ベーシストとして敬愛するスコット・エドワーズ(Scott Edwards)氏の追悼企画として、氏のベストプレイを挙げプレイリスト化したのでサブスクを含めて紹介したい。

 
「3号線(feat. 堀込泰行)」 

 アルバム冒頭の「3号線(feat. 堀込泰行)」は、オリジナルはファースト・アルバム『シティ・ミュージック』(ALCM2004/2003年)収録曲で、サノトモミの歌唱で洗練されたブルーアイド・ソウルをルーツにしたものだった。リアレンジしたここではBPMをやや下げて、堀込の落ち着いたヴォーカルをフューチャーし、シンリズムによる緻密なクラウス・オガーマンに通じるオーケストレーションを施したことで、ナイト・ドライヴィングに合う和製AORに仕上げられている。イントロなど他パートで聴ける印象的なフルートは映画やアニメなど多くのスタジオ・セッションで活躍する坂本圭だ。
 アレンジの基本モチーフとしては、名曲「Feel Like Making Love」(ジーン・マクダニエルズ作)のボブ・ジェームス(『One』収録)のカバー・ヴァージョンをイメージさせるのは容易だが、リズムの肝となる特徴的な松木のベースラインが、マイケル・ヘンダーソンの「In The Night Time」(同名アルバム収録)やクルセイダーズの「Keep That Same Old Feeling」(『Those Southern Knights』収録)のそれを彷彿とさせて非常にクールである。オリジナルと全く異なるアプローチで曲をリメイクさせる手法は、『NATURAL WOMAN』で比屋定篤子のソロ作「まわれ まわれ」(『ささやかれた夢の話』収録)でもトライしていて、一級の音楽マニアの瀧口ならではのセンスだろう。

 続く「ふたりのシルエット(feat. 堀込泰行)」は、2013年9月の比屋定篤子とのコンサート(めぐろパーシモンホール)で初披露された「誘惑(仮)」がオリジナルだという。筆者も当日この会場にいて(ももクロ等に楽曲提供する平山大介が同行していた)演奏を聴いていたので、このようにリアレンジされたヴァージョンを聴けるのは感慨深い。
 それから約2年半後にレコーディングされたのが今回のテイクらしい。 ここでも名手達のプレイとシンリズムのストリングス・アレンジが堀込のヴォーカルを引き立てている。イントロの北山による繊細なハイハット・ワークはスティーリー・ダンの「Deacon Blues」(『Aja』収録)のそれを思わせ、曲全体的に山之内のギターはデイヴィッド・Tに通じるプレイをしており、平畑のフェンダー・ローズもそれに呼応している。またナツ・サマーのシルキーなコーラスもこの曲の雰囲気に不可欠なエレメントだと感じた。マニアックなことに触れると、そのサビ後半のコーラスが入る前のストリングス・フレーズがドラマティックスの「In The Rain」(『Whatcha See Is Whatcha Get』収録)に通じていて思わず唸ってしまった。

 本作中間部に収録された「インコンプリート」は、唯一先行配信していないインスト曲で、ナツ・サマーと瀧口がスキャットを担当したブラジリアン・フュージョンである。
 Talioセッションのインスト群とは明らかに異なり、本作用に多数制作された中の一部がこの曲とのことで、全編が今後発表される可能性があるかも知れない。アース・ウィンド・アンド・ファイアーの「Love's Holiday」からメドレーになっている「Brazilian Rhyme (Beijo)」(『All 'N All(太陽神)』収録)のテイストに近い。

 
「メロディ(feat. 堀込泰行)」 

 「メロディ(feat. 堀込泰行)」は瀧口が自らホーン・アレンジも担当したアップテンポのサマー・アンセムだ。手練なバンドメンバー達だけに16ビートに対するアプローチは見事で、北山と松木のリズム隊に山之内のカッティング、平畑のローズのフレーズとクラヴィネットの刻みが有機的に絡んでいく。スタッカートが効いたイントロのトランペットは名手の島裕介のプレイで、間奏とアウトロでの山之内のギターソロなど聴きどころは多い。堀込の声質も加味してセカンド・ヴァースにはネッド・ドヒニーの「Each Time You Pray」(『Hard Candy』収録)に通じていて甘酸っぱい想いがする。 

 ラストの「潮騒(feat. 堀込泰行)」は、一十三十一の『CITY DIVE』(HBRJ-1004)収録の「人魚になりたい」の歌詞違いヴァージョンで、こちらがオリジナル歌詞とのことだ。「人魚になりたい」では打ち込み主体で、佐藤博の「I Can't Wait」(『Awakening』収録)に通じるサウンドが印象的だったが、本作ではバンドの生演奏でしなやかなメロウ・グルーヴを展開している。
 サビでは本作収録曲中随一ともいえる堀込の名唱が聴けるのでチェックして欲しい。間奏のサックス・ソロは副田整歩(ソエダナオム)で、土岐英史氏に師事したという表情豊かなプレイを披露している。ストリングス・アレンジは瀧口が担当して、生のリズムセクションに対しソリーナでプレイしており、このコントラストが初期AORの匂いをさせてたまらない。

 以上本作は5曲収録のミニアルバム形式であるが、曲毎の聴き応えがあるのでトータル・タイムを感じさせない濃い内容となっているので、この夏に入手して繰り返し聴いて欲しい。


【スコット・エドワーズ(Scott Edwards)追悼企画】
スコット・エドワーズのベストプレイ


 確か『Talio』のレコーディング時、クニモンド瀧口氏に「一番好きなベーシストって誰?」と急に訊かれました。あらためて考えてみて、思い浮かんだのがスコット・エドワーズです。ジェームス・ジェマーソンのマナーを完璧に受け継ぎ、リー・スクラー的なメロディアスさがあり、後のAOR時代のアレンジにばっちり適応したプレイは、これからもずっと私の教科書です。
 今作のリズム録音は何年も前なのであまり意識はしていなかったものの、やはり影響はあると思います。やはりクニモンド瀧口制作の瀧川ありさ『Warmth』あたりはモロだと思うので是非聴いて下さい。
 松木俊郎

 松木俊郎(流線形)選曲 
■Can't Get You Out Of My Life / Eric Andersen 
(『Be True To You』/ 1975年)
■Let Me Live In Your Life / The Originals 
(『California Sunset』 / 1975年)
■Groovin' On A Natural High / Lamont Dozier 
(『Right There』/ 1976年)
■Whachersign / Michael Omartian (『Adam Again』/ 1977年)
■Whatcha Gonna Tell Your Man / Boz Scaggs
 (『Down Two Then Left』/ 1977年)
■If There's A Way / The Waters (『Waters』/ 1977年)
■Love In The Afternoon / Dionne Warwick 
(『Love At First Sight』/ 1977年)
■Delayed Reaction / Lonette McKee
(『Words And Music』/ 1978年) 
■Lovin' Fever / High Inergy(『Steppin' Out』/ 1978年)
■Special Kinda Lady / Arthur Adams
 (『I Love, Love, Love, Love, Love, Love, Love My Lady』
/ 1979年)
※サブスクには登録された8曲のみ収録

ウチタカヒデ(WebVANDA管理人)選曲
 ■The Well Is Dry / The Four Tops
(『Meeting Of The Minds』 / 1974年)
■Don't Leave Me / Lamont Dozier 
(『The New Lamont Dozier Album - Love And Beauty』/ 1974年)
■Love Machine / The Miracles(『City Of Angels』/ 1975年)
■Whachersign / Pratt & McClain
(『Pratt & McClain Featuring "Happy Days"』/ 1976年)
■Caricatures / Donald Byrd(『Caricatures』/ 1976年)
■Love Hurts (Love Heals) / Daryl Hall & John Oates
(『Beauty On A Back Street』/ 1977年)
■I'm A Fool For You, Girl / T. Rex
(『Dandy In The Underworld』/ 1977年)
■Reunited / Peaches & Herb(『2 Hot!』/ 1978年)
■Closet Man / Dusty Springfield
(『Living Without Your Love』/ 1978年)
■Baby You Still Got It / Captain And Tennille
(『Make Your Move』/ 1979年) 


(企画・テキスト:ウチタカヒデ

2022年2月5日土曜日

【追悼 ロニー・スペクター】ゲスト ~ The Pen Friend Club 平川雄一

 
 60年代のガール・グループを代表したThe Ronettes(ザ・ロネッツ)のリード・シンガーで、ソロ・シンガーとしても活躍したロニー・スペクター(本名:Veronica Yvette Greenfield~ヴェロニカ・イヴェット・グリーンフィールド/以降ヴェロニカ)が、現地時間の1月12日に逝去した。
 コネチカット州ダンベリーにある自宅で短期間の癌闘病中、現夫でマネージャーのジョナサン・グリーンフィールドをはじめ家族達に看取られ、75歳の生涯を閉じたという。昨年1月16日にカリフォルニア州立刑務所内で亡くなった、元夫で名プロデューサーだったフィル・スペクター氏とは対照的に、静かで平安な最期だったようだ。

 定期誌VANDA及びWebVANDA読者には説明不要かも知れないが、彼女を中心としたザ・ロネッツは、ウォール・オブ・サウンドの総本山でフィル・スペクター率いるフィレス・レコードを象徴するガール・グループとして知られ、その影響力はビートルズのジョン・レノンやジョージ・ハリスン、ビーチボーイズのブライアン・ウィルソンなど錚々たるミュージシャン達を虜にした。フィルとザ・ロネッツの存在無しに、その後の彼らのサウンドは無かったと言っても過言では無いだろう。
 ヴェロニカは1943年にニューヨークのイースト・ハーレムで、アフリカ系アメリカンとチェロキー族の血を引く母親とアイルランド系アメリカンの父親の娘、ヴェロニカ・イヴェット・ベネットとして生まれた。
 マンハッタンのジョージ・ワシントン・ハイスクール時代、2歳年上の姉のエステル、3歳年下の従姉妹のネドラ・タリーと共にDarling Sisters(ダーリン・シスターズ)を結成し、地元で活動していた。60年代初頭にはグループ名をザ・ロネッツに変えて、ニューヨークの都市圏でライブ活動を続けながら、Colpix Records(コルピックス・レコード)と契約し「I Want a Boy」「I'm Gonna Quit While I'm Ahead」等のシングルをリリースしたが成功には至らなかった。

Be My Baby (Philles Records–116)

 転機になったのは63年で、フィル・スペクターがヴェロニカの特徴ある歌声に興味を持ったことでフィレス・レコードと契約することとなる。スペクターの読みは当たり、同年8月にフィレスからのファースト・シングルとしてリリースした「Be My Baby」(ジェフ・バリー、エリー・グレニッチ、フィル・スペクター作)が全米2位の大ヒットとなる。名ドラマー、ハル・ブレインによるイントロのバス・ドラムが象徴するフィレス・サウンドは、スタジオ・ミュージシャン集団”The Wrecking Crew”の活躍もあり隆盛を迎える基礎となった。
 同年11月には同じくバリー&グレニッチ作の「Baby, I Love You」(ツアー中のエステルとネドラの代わりに、ダーレン・ラヴ、シェールとソニー・ボノがバック・ボーカルを務めた)、翌64年6月には「Do I Love You?」(ピート・アンダース、ヴィニ・ポンシア、フィル・スペクター作)、同年10月の「Walking in the Rain」(バリー・マン、シンシア・ワイル、フィル・スペクター作)とトップ40ヒットが続いた。
 しかし64年初頭のビートルズのアメリカ初公演を起点とするブリティッシュ・インヴェイジョンの影響は大きく、65年の全米チャートではブリティッシュ・ミュージシャンの楽曲が多くを占めるようになる。同年ザ・ロネッツはシングル「Born to Be Together」(バリー・マン、シンシア・ワイル、フィル・スペクター作)と「Is This What I Get For Loving You?」(ジェリー・ゴフィン、キャロル・キング、フィル・スペクター作)をリリースするが、前者は52位、後者は75位と大ヒットには至らず、徐々に彼女達をはじめフィレス・レコードのセールスにも陰りが見え始める。
 66年10月のバリー&グレニッチ作の「I Can Hear Music」は、そのクオリティーとは相反して100位止まりでオリジナル・メンバーとしてのラスト・ソングルとなった。翌67年初頭に彼女達はヨーロッパ・ツアーを終え、ついに解散してしまう。

 その後ヴェロニカは68年4月にスペクターと結婚するが幸福とは言えず、様々なトラブルに巻き込まれながら別居し74年に正式離婚している。
 この期間69年にスペクターのプロデュースのもと、A&Mレコードから「You Came, You Saw, You Conquered」(フィル・スペクター、トニー・ワイン、アーウィン・レヴィン作)を”The Ronettes Featuring the Voice of Veronica”名義でリリースしているが、実質ヴェロニカのソロと言える。またビートルズ元メンバーであるジョンとジョージからリスペクトされていたスペクターが彼らの初期ソロ作を手掛けていた縁もあり、71年4月にはジョージのソングライティングと共同プロデュースでシングル「Try Some, Buy Some」をリリーし、全米77位を記録した。
 73年ヴェロニカは心機一転、新しい2人のメンバーとしてチップ・フィールズとデニース・エドワーズを加え、Ronnie Spector And The Ronettesを結成し、ブッダ・レコードから4作のシングルをリリースしたが、フィレス時代のように成功することは無かった。 彼女のキャリアの中で成功の頂点だった、ザ・ロネッツ黄金期がその後も呪縛になっていたことが垣間見られ、ポップ・スターの悲劇を感じて切なくなるが、彼女が偉大な女性シンガーであったことは紛れもない事実である。

 さてここからはヴェロニカ=ロニー・スペクターを敬愛するミュージシャンとして知られる、The Pen Friend Club(ザ・ペンフレンドクラブ)のリーダ-、平川雄一君の貴重なエピソードと、彼が選んだロニー・スペクターの楽曲オールタイム・ベストソングを掲載する。
 このベストテンに筆者の選曲分も加え、サブスクのプレイリストにしたので聴きながら読んで欲しい。

 

新年を迎えて早々に悲しいニュースが飛び込んできた。
大好きなロニー・スペクターが1月12日に死去した。
弊バンドであるザ・ペンフレンドクラブはフィル・スペクター関連曲をいくつかカバーしており、ザ・ロネッツの曲も取り上げている。
2017年、ロニー・スペクター来日公演が計画され前座として弊バンドが候補に上がったが、諸事情につき公演そのものが中止になってしまった。
ロニー亡き今となっては非常に残念でならない。 
ロニーが歌った曲は大体すべて「好き」と言えるのだが、記事にするにあたり敢えて順位付けしてみた。 
平川雄一  


1. Do I Love You?(1964年) 
ピート・アンダース、ヴィニ・ポンシア、フィル・スペクター作。 天才的なイントロから始まる全てが完壁な一曲。 弊バンドでは一番最初に取り上げたロネッツの曲であり今でもライブで演奏している。

2.How Does It Feel?(1964年) 
こちらも'64年のアンダース&ポンシア、スペクター作。 あえて『Do I Love You?』を1位に挙げたが本心ではこの曲の方が好きだ。 こんな夢のような曲が他にあるだろうか。 弊バンドでは二番目にカバーしたロネッツ曲。

3.Born To Be Together(1965年) 
バリー・マン、シンシア・ワイル、フィル・スペクター作。 アイケッツのP.P.アーノルドも'68年にカバーした、聴けばいつでも夢心地になれる強烈な一曲。弊バンドでは三番目にカバーしたロネッツ曲。

4.Something's Gonna Happen(2003年) 
マーシャル・クレンショウの'81年作を'03年にロニーがカバーしたもの。 しっかりと「ロニー・スペクターの曲」に仕上がっているところが素晴らしい。 ザ・プッシーピロウズによる掛け合いコーラスも可愛い。

5.When I Saw You(1966年) 
フィル・スペクターのペンによる'66年作。 テディ・ベアーズの『To Know Him, Is To Love Him』に通ずる三連バラード。ロニーの愁いを帯びた名唱が染みる。

6.Is This What I Get For Loving You(1965年) 
ジェリー・ゴフィン、キャロル・キング、フィル・スペクターによる'65年作。3位に挙げた『Born To Be Together』同様、いよいよロックンロール、ガールズポップスがソフトロックのそれへと変わっていく「狭間」を感じる一曲。 

7.I Wish I Never Saw The Sunshine(1966年) 
ジェフ・バリー、エリー・グレニッチ、フィル・スペクターによる'66年作。 ドラマチックな曲想とエモーショナルなロニーのボーカルに溜息が出る。

8.Sleigh Ride(1964年) 
ルロイ・アンダーソン、ミッチェル・パリッシュ作のクリスマス・スタンダード・ナンバー。 '63年にフィル・スペクターによるクリスマス・アルバム『Christmas Gift For You From Phil Spector』に於いてロネッツの歌唱でカバーしたもの。 そりすべりの疾走感のあるサウンド、はち切れるロニーの歌いっぷりがいい。

9.Paradise(1965年) 
ギル・ガーフィールド、ペリー・ボトキン・ジュニア、ハリー・ニルソン、フィル・スペクター作。'65年に録音された。 大音量で没入感を味わいたい一曲。

10.How Can You Mend A Broken Heart(2016年) 
バリー・ギブ、ロビン・ギブ作。 ビー・ジーズの'71年のシングル。この珠玉のバラードをロニーは遺作となった'16年のソロアルバム『English Heart』でカバーした。 しっとりとオルガンに寄り添うロニーの歌声に落涙を禁じ得ない。 


 (企画編集・テキスト:ウチタカヒデ) 

2021年5月9日日曜日

名手達のベストプレイ総集編パート2

 2019年3月のハル・ブレイン氏追悼で始まった「名手達のベストプレイ」は、番外編を含め10回まで続いています。今回は昨年掲載した回を振り返り改めて紹介します。

 レコーディング・セッション百戦錬磨の名プレイヤー達と、日本が誇る偉大な作編曲家を敬愛するミュージシャン達による拘りの選曲が、サブスクのプレイリストで一気に楽しめるということで、新たなリスニング・スタイルを確率したと自負しています。
 是非そんなプレイリストを聴きながらリンク先(各タイトルをクリック)の各曲解説を再読し楽しんで欲しいです。
 また今後もこの企画を継続したいと考えているので、新たな参加ミュージシャンを募集しています。興味を持った方は、本記事のコメント欄から管理人宛に応募して下さい。
 
















(企画 / 編集:ウチタカヒデ

2020年11月22日日曜日

追悼・筒美京平を讃えるベストソング


 昭和から平成にかけて日本の音楽界を支えた偉大な作編曲家の筒美京平(つつみ きょうへい、本名:渡辺栄吉(わたなべ えいきち))氏が10月7日に亡くなった。80歳だった。
 
 青山学院大学在学時からジャズを演奏していた音楽通で、卒業後の1963年には日本グラモフォンに入社し洋楽部門のディレクターを担当していた。その頃青学時代の先輩で作詞家だった橋本淳の紹介で、フジテレビ社員ながら作曲家として成功していた、すぎやまこういち(本名:椙山 浩一)に師事して作編曲を学んでいる。筒美の才能を見抜いた、すぎやまの推薦もあり、1966年(昭和41年)に藤浩一と望月浩の競作シングル「黄色いレモン」(作詞:橋本淳)で職業作曲家としてデビューする。
 1968年12月リリースのいしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」では、累計売上150万枚を超え、自身初のミリオンセラーとなり、翌年の第11回日本レコード大賞作曲賞を受賞するまでになる。3年後の1971年の第13回同賞では、尾崎紀世彦の「また逢う日まで」がレコード大賞を受賞したのをはじめ、朝丘雪路の「雨がやんだら」と平山三紀の「真夏の出来事」の2曲で作曲賞、渚ゆう子の「さいはて慕情」で歌唱賞、堺正章の「さらば恋人」で大衆賞、南沙織の「17才」で新人賞という快挙を成し遂げ、早5年にしてその名は広く知れ渡ったのだった。
 これまで同賞で1968年から89年の間に17年に渡り43曲の受賞歴があり、その中でレコード大賞2回と作曲賞5回7曲を受賞しており、作曲家としてのシングル総売上枚数は7,560万枚を超えていて、歴代一位である。この大記録は今後も更新されることはないだろう。

 文化や価値観が大きく変貌していった日本の音楽界において、これほど長い期間に渡り彼が成功を収め続けられた秘訣は何だろうと考える。
 各時代の洋楽チャートや流行サウンドを常にチェックしたリサーチ力(りょく)と、提供する歌手の個性となる声質や声域を的確に分析して、それぞれにフィットするオーダーメイドのように職人技で仕立てる作曲技術の賜物ではないだろうか。
 そのような技術がなければ、野口五郎や岩崎宏美のような鍛練を積んだプロフェッショナル歌手から、素人同然のアイドル女優やタレントだった浅田美代子や鈴木蘭々にまで平等にヒットソングのギフトを贈れない筈なのだ。
 もし読者の中に作曲家を目指す人がいれば、多くの筒美作品を聴いて研究、分析することを強く勧める。

 なお弊サイトが立ち上がる前の定期誌VANDAの初期には、スタディストの岸野雄一氏や土龍団の方々が筒美作品を含む隠れた歌謡曲を発掘、研究した記事を投稿しており、その後コンピレーションCD『ソフトロック・ドライヴィン』シリーズでリイシュー化した功績は大きいので、改めて紹介しておく。
 さてここでは筆者の知人で、筒美作品の音楽制作現場に多く携わり、実際筒美氏とお会いしている、シンセサイザー・プログラマー兼エンジニアの森達彦氏へのテキスト・インタビューを紹介すると共に、ベストプレイ・シリーズのスタイルで、筒美作品をこよなく愛するミュージシャン達と氏が作曲したベストソングを挙げて、その偉業を振り返ってみたい。是非サブスクリプションのプレイリストを聴きながら読んで頂きたい。

※参考文献:榊ひろと『筒美京平ヒットストーリー 1967-1998』
 白夜書房


【森 達彦氏 インタビュー】

●今回はよろしくお願い致します。
森さんがプログラマーとしてスタジオ・ワークを開始されたのは年何になりますか?
 
◎森達彦(以下森):1980年だったと記憶しています。
 
●80年当時の音楽業界では、シンセサイザー・プログラマーがまだ少ないという状況ではないでしょうか?
また当時メインで使用されていたのはどのような機種でしたか?
やはりプロフェット5などでしょうか?
 
◎森:Mac松武さん、Emu浦田さん、Jan杉原さんという先輩方がいらっしゃいました。
僕はその次の世代になります。当時、メインで使ったシンセはプロフェット5、同10、オーバーハイムのOBX、PPG2.3でした。
 
●当時森さんはレオミュージックに所属されていて、主に多く携わったミュージシャンや歌手の方はどなたでしたか?
 
◎森:編曲家のお名前でしたら、主に武部聡志、鷺巣詩郎、山川恵津子、十川知司、萩田光雄(敬称略)。

●名だたるアレンジャーの方々が並びますが、萩田光雄氏や鷺巣詩郎氏、武部聡志氏は歌謡曲でも大活躍されていましたね。特に筒美京平作品での編曲が忘れられません。
その筒美先生とのお仕事で最初に関わった年と、歌手の方や曲を覚えていますか?
 
◎森:何年という記憶はありませんが、たぶん鷺巣さんのお仕事です。81年から84年にかけて鷺巣さんは多くの筒美作品に関わっています。
 
●その期間の筒美作品で鷲巣氏が編曲された代表曲と言えば、松本伊代のデビュー曲「センチメンタル・ジャーニー」(81年)から「ラブ・ミー・テンダー」(82年)、「TVの国からキラキラ」(82年)とヒットが続きますが、筒美先生が直にシンセのパッドやシーケンスの音色をリクエストされることはあったんですか?
「TVの国から・・」は生のリズム・セクションですが、パートによってはテクノ歌謡ですし、先生も曲作りの時点から意識していたのでは?と期待してしまいます。 

TVの国からキラキラ / 松本伊代

◎森:鷺巣さんに関しては、早くから京平さんからの信任が厚かったと思っています。その頃京平さんはほとんど現場でお見掛けすることはなかったです。
ただ質問の趣旨に添えるかわかりませんが当時の鷺巣さん独特なやり方があって、4リズムの録音後例外なくスネアとキックにシモンズ音源の音を重ねていました。生の音をトリガー※にしてシモンズを鳴らすのが僕の役割だった訳です。 
(※:ドラムに装着し、その振動を信号に換えて音源モジュールを鳴らすシステム)

●成る程、鷲巣氏が筒美先生の秘蔵っ子だった時期のサウンド作りが垣間見られて興味深いです。
また当時のレコーディング期間中は、先生がスタジオに立ち会われる機会は少なかったのですね。因みに初めてスタジオで先生にお会いされた時の印象はどうだったでしょうか?
  
◎森:スタジオに張りつめた緊張感は独特のものでした(笑)。
とてもダンディな方と印象を持ちました。
 
●その時点で既に大御所な存在だった訳ですからね。
筒美先生が立ち会われたレコーディングでのエピソードをいくつかお聞かせ下さい。
 
◎森:まず87年頃に京平さん御自身によるアレンジ仕事が思い浮かびます。セッションの詳細については覚えてはいませんが、当時アレンジまでご自身でやられることはなかったのではと思われるので。
スタジオのスタッフの緊張感も高かったですね。
 
それと同時期ですが、ある歌手の曲のオケを京平さんがチェックしにいらっしゃるというので、4リズムはもちろん、シンセダビング等も終えて万全を期した状態で試聴して頂いたんです。
「いいじゃない」と言われて、皆が胸をなで下ろした後、京平さんがスタジオの調整室から出られる際、「少しテンポは落としてね」と一言。結末については覚えていません(笑)。
 
もうひとつ、小沢健二君とコラボの時(『強い気持ち・強い愛/それはちょっと』/ 95年)、70年代ディスコテイストなシンセサウンドを作れとのことでスタジオを訪れると、レコードが入った大量の段ボール箱に囲まれた京平さんがいらっしゃいました。
始終あのような笑顔の京平さんを拝見するのは初めてで、忘れられないです。  
強い気持ち・強い愛 / 小沢健二

●貴重なエピソードをありがとうございます。
特に小沢氏とのエピソードは、根っから洋楽好きという側面が確認出来ました。
それで、筒美先生のレコードの聴き方が普通ではないというエピソードがあるらしいのですが・・・。1曲の中で針を上げ下げして飛ばして、好きな小節だけを集中的に聴くという(笑)。まるでヒップホップのフレーズ・サンプリングみたいな感じで。そのスタジオでもそうだったのかなと(笑)。

◎森:実は僕が呼ばれた時点では曲は出来ていなかったと思われます。もちろん通常は曲があってその上で僕が持ち込んだシンセをダビングしていく流れなのですが、あの時は大量のレコードと共に複数のシンセが用意されていました。そのシンセ1台につき1音色作るというオファーで。
全く異例中の異例、詞先の曲ならぬ音先(笑)。
レコードもシンセも曲作りのパーツだったのでしょう。
「完パケるまでシンセの電源落としませんから」と、小沢くんも言っていました(笑)。
 
●その後も多くの筒美作品に携われたんですね?
その中でも特に印象に残った曲を教えて下さい。
  
◎森:先の設問に挙げた編曲家の方々はそれぞれ何曲も筒美作品に関わっておられます。かなりお手伝いさせていただいたと思います。
印象に残ったというより、好きで今でも聴いているのは斉藤由貴さんの「初戀」ですね。
 
初戀 / 斉藤由貴

●斉藤由貴の「初戀(はつこい)」は85年8月リリースで、編曲は武部聡志氏ですね。曲調やサウンドは、ストロベリー・スウィッチブレンドの「ふたりのイエスタデイ(Since Yesterday)」(84年)にも通じますが、筒美先生は80年代半ばもリアルタイムの洋楽を意識されていたんでしょうか?
また思い出す限りで、この曲での使用機材を教えて下さい。
 
◎森:たぶんおっしゃる通りだと思います。当時も洋楽を意識していたんでしょうね。
機材はLINN9000、EmulatorⅡ、ProphetT-8、Simmons5,7、ppg2.3 等です。
 
●その頃は森さんもhammerを設立されて、ムーンライダーズ関係からおニャン子クラブなどの多くの歌謡曲も手掛けられていた時期ですよね。
EmulatorⅡやリンドラムなど使用された機材も時代を感じさせます。 
 
◎森:そういえばムーンライダーズのレコーディング時にMC-4(ローランド社製デジタル・シーケンサー)をどのように使っているか興味があるから見学させてくれと京平さんから申し出があったという話しを岡田(徹)さんから聞いたことがあります。たぶん80年代初頭でしょうか。
僭越な憶測ですが、どのような機材や手法で時代の音が産まれるのか、そのような認識も膨大なレコードコレクションと同様『筒美京平の曲』に取り込まれていたのではないでしょうか。

MC-4

 ●それは貴重な話ですね!
ライダーズのレコーディングで岡田氏がMC-4を本格的に導入していたのは、『マニア・マニエラ』(82年)や『青空百景』(82年)の頃ですね。
筒美先生がそれらのアルバムを聴いていたと想像したらライダーズ・ファンとしては嬉しいです。直接的に影響下にある曲は挙げられませんが、その後の現場で感じられたことはありましたか?
 
◎森:それについてはわかりません。ただ90年代の渋谷系、特にR&B色が強いものについては興味をお持ちだった、このことは京平さんをよく知る方から伺っていました。
ラヴ・タンバリンズは聴いていらっしゃったようですよ。

●ラヴタンも聴かれていたんですね!
以前森さんやエリさん(Ellie / 元ラヴ・タンバリンズのヴォーカル、ニュー・ソロアルバムを12月15日リリース予定)と会食した際、筒美先生がラヴタンに曲を提供したがっていたけど、結局実現しなかったと聞きました。実現したらビッグ・ニュースになっていたでしょう。
今回は貴重な話を誠にありがとうございました。

Alive / LOVE TAMBOURINES
森氏はミックスを担当。インディーズとしては異例の
10万枚以上のセールスを記録したラストアルバム


【森 達彦氏 プロフィール】
長崎県出身のシンセサイザー・プログラマー、エンジニア、サウンド・プロデューサー。
1978年にレオミュージック入社。入社後にシンセサイザーのプログラミングを習得する。1984年ムーンライダーズと共同出資で、プログラマーのマネージメントを業種としたhammer(ハンマー)を設立。1987年には社名をHAMに変更するが、1991年に自身が立ち上げたインディペンデント・レーベルをHammer labelとしてその名を復活させている。
シンセサイザー・プログラミングの仕事の傍ら、プライベート・スタジオで後に渋谷系と呼ばれるクルーエル・レコードやエスカレーター・レコードのエンジニアリングをサポートし、現在は郷里の長崎に戻り音楽制作を継続している。

(2020年10月30日 / 設問作成・テキスト:ウチタカヒデ


【筒美京平を讃えるベストソング】

●曲目 / 歌手名
(収録アルバムまたはシングル / リリース年度)
◎選出曲についてのコメント
※管理人以外は投稿順により掲載。




●愛の戯れ / 平山みき(7' 『愛の戯れ』 / 1975年)
◎個人的に「昭和歌謡の巨匠の多くはジャズ上がりで、小手先で書いた曲が大ヒット」という先入観があるが、加えて筒美には洋楽リスナーとしての膨大な知識量がある。A&M系ポップスやフィリー・ソウルを彷彿させるこの作品も、当時の同時代性を内包した名曲だ。

●心象風景 / 太田裕美(『こけてぃっしゅ』 / 1977年)
◎西海岸サウンドなどを意識した、極めて洋楽的なアルバムから。松本隆の瑞々しい歌詞、ポピュラリティを一義とする筒美京平と萩田光雄のバランス感覚から、極上の「70年代シティポップ」としても楽しめる。

● あなたを・もっと・知りたくて / 薬師丸ひろ子
(7'『あなたを・もっと・知りたくて』 / 1985年)
◎こちらも松本&筒美の黄金コンビの名曲で、編曲は武部聡志。渋谷系の重鎮、森達彦もシンセ・プログラマーとして参加している。胸キュンのコード進行、歌い易さより美しい響きを優先させたメロディなど、まさに極上のポップ・ソング。

●野生の風 / 今井美樹(『elfin』/ 1987年)
◎僕が中学の頃に書いたお気に入りのバラードが、後にこの曲のサビに酷似していると知る。恐らく何処かで耳にしていたのだ。しかも "原曲" のサビの続きは、さらに美しい怒涛の展開。彼の奥深さを猛烈に実感した、最初の瞬間だった。

●それはちょと / 小沢健二(『刹那』/ 2003年)
◎オザケンのマイ・ベストはこの曲。筒美のお家芸である "洋楽的でありながら日本人の琴線に触れるせつないメロディ&コード進行" が、ヴァースから惜しみなく展開される。それに応える服部隆之の弦アレンジも見事だ。

 
 野生の風 / 今井美樹



オフィシャルサイト: https://www.kouhando.com/


●ダンシング・セブンティーン / オックス
(7”『ダンシング・セブンティーン』/ 1968年)
◎筒美京平といえば橋本淳!GS期のこのコンビを取り上げるならこの曲は外せません。ブチ上がるイントロ、普段は座して音楽を楽しむタイプですがこの曲は踊ってしまいます。ちなみに、映画「GSワンダーランド」(08年)の主題歌『海岸線のホテル』もこのコンビによるもの。40年経てのセルフパロディ的仕上がりなので合わせて聴いてみると面白いです。

●ア・リ・ス / 遠藤京子(『Operette』/ 1981年)
◎このアルバムを知ったのは約半年前と最近のことなのですが、びっくりでした。ぶっち切りで忙しかったであろう1981年、LPでいえばB面中盤にひっそりと収められているこの曲に、僕はあらためて京平先生の凄さを思い知りました。これ以前も、そしてこれ以降も全日本国民分と言っても過言ではない数の思い出の1曲を生み出すわけです。本当に凄い。鈴木茂さんの編曲も最高です。

●夏色のナンシー / 早見優(7”『夏色のナンシー』/ 1983年)
◎言わずと知れた超有名曲です。そんな曲が多すぎて選ぶのに苦心しましたが、早見優さんへの提供曲は本当に全部素晴らしく、このシングルのあとすぐにリリースされたアルバム『LANAI』、その2ヶ月後にはナンシーの別verが収録されたアルバム『Dear』が発表され、両方で多数楽曲を提供されています。全部好きです。

●夢色のスプーン / 飯島真理(7”『夢色のスプーン』/ 1983年)
◎B面曲「リンゴの森の子猫たち」とどっちにしようか凄く悩みました。どちらも僕が好きすぎる飯島真理さんの良いトコが詰まっています。そういえば、京平先生はキーを決める際に一緒にカラオケに行って策定するという話を聞いた記憶があります。もしこの曲もそうだとしたら、本当にありがとうございましたと言いたいです。

●風のノー・リプライ / 鮎川麻弥(7”『風のノー・リプライ』/ 1984年)
◎アニメ「重戦機エルガイム」のOPテーマです。アニメは観たことないのですが、この曲はもう10年以上聴き続け、友人とカラオケで熱唱する定番曲です。「サザエさん」然りですが、知らず知らずのうち日常に組み込まれる音楽って本当にいいなと思います。筒美京平先生、本当にありがとうございました。

 
風のノー・リプライ / 鮎川麻弥



2020 New Song - 「When I Was Young」トレーラー:


●セクシー・バス・ストップ / Dr.ドラゴン& オリエンタル・エクスプレス
(『The Birth of Dragon』/ 1976年)
◎有名なバージョンは浅野ゆう子のカバーですが、ここではあえて良演奏が味わえる原曲のインストゥルメンタルで。
クレジットには変名のJack Diamondの表記。とにかくバンドメンバーがすごい。林立夫(ドラム)鈴木茂(ギター)、後藤次利(ベース)、矢野顕子(キーボード)。
筒美京平の遊び心ある覆面ユニット、素敵すぎます。収録アルバム全曲オススメ。ちなみにバス・ストップはダンスのステップ。

●夏のクラクション  / 稲垣潤一(『J.I.』/ 1983年)
◎ジャパニーズAORの歴史的作品と言って良いのではないでしょうか。
弱起から入るサビのはじめの4小節のペンタトニックの降りてくるフレーズが特に日本人の心を鷲掴みにする気がします。
僕の永遠の座右の曲です。

●迷宮のアンドローラ / 小泉今日子(『迷宮のアンドローラ / DUNK』/ 1984年)
◎AメロのF#マイナーのキーからサビのC#マイナーへの5度上への転調のしかたがとても好みです。切なさのオンパレードのようなメロディの行き方ですが、キョンキョンの歌声がポップに昇華させている。アレンジの範疇かもしれないけど追っかけサビ(サビのフレーズを追っかけるようにオーバーダブで重ねる)のフレーズが印象的。

●摩天楼ブルース / 東京JAP(『TOKI色外人倶楽部』 / 1985年)
◎甘いリードボーカルを際立たせる爽やかな色気あるメロディ。この声にこのメロディあり、というくらいはまっている。声質がメロディを呼んだのでしょうか。
サビでは主旋律のカウンターメロディーとして、コーラスが違うフレーズを当ててくる追っかけコーラスサビが印象的。C-C-Bの筒美京平作品でもこの追っかけサビ手法結構多く使われていますね。

●人魚 / NOKKO(『colered』/ 1994年)
◎秀逸なテイ・トイワのアレンジとの相乗効果で出来上がった極上のバラード。
歌謡曲のよくあるA-B-C構成ではなく、シンプルな8小節1ブロックの繰り返しと大サビの構成だが大サビの歌い上げる世界観のあと、少しの変化とともに再度登場する最初のモチーフが今度は息をつまらせるほどの熱を帯びて切ない。

 摩天楼ブルース / 東京JAP

作詞/作曲/編曲家。 ボーカル、ギター、サックスを担当。 自身のクループ「鈴木恵TRIO」「EXTENSION58」の他、アイドルグループ「RYUTist」への楽曲提供、作家「大塚いちお」氏との共同楽曲の制作等を行う。
TRIO堂(通販サイト)https://szkststrio.theshop.jp/


●Romanticが止まらない / C-C-B(7"『Romanticが止まらない』/ 1985年)
◎ドラマ「毎度おさわがせします」の主題歌。
サビで「胸が胸が苦しくなる〜」との歌詞に呼応するが如く、強烈に胸を締め付けるようなメロ。先生は、歌詞にマッチする曲をつける天才ですよね。
ピンク色の髪でシモンズを叩く笠さんはテレビでは相当なインパクトでした。が、ユキヒロさんや橿渕さんを知っていた僕にとっては、テクノロジーがお茶の間にも押し寄せてきた、と時代の流れと驚異を肌で感じた高校時代でした。

●ツイてるねノッてるね / 中山美穂(7"『ツイてるねノッてるね』/ 1986年)
◎Romantic〜とはミポリン繋がり、と言うことで続いては中山美穂。資生堂のキャンペーンソングだったのは良く記憶しています。松本隆先生とのタッグ「WAKU WAKU させて」「派手!!!」との三つ巴で、迷った挙句にこちら。当時、中山さんにはそんなに興味がなかったけれど、未だにこの3曲は全部ソラで歌えるほどメロディが記憶に残っています。先生の「心に残るメロディ」を身で実体験したミポリン3部作の中の1曲。

●仮面舞踏会 / 少年隊(7"『仮面舞踏会』/ 1986年)
◎こちらは誰もが認める少年隊のビッグヒットナンバー。編曲家の船山基紀先生をなくしては筒美楽曲を語れませんが、実は当時日本に数台しかなかった「Fairlight CMI」(PSY・S松浦氏のサウンドストリートでお馴染み)を日本ポップス界に持ち込んだコンピュータ音楽の先駆けなんです。と言うことは、イントロのオーケストラヒッツ、もしかしてCMI?って思ったら途端に胸が熱くなりました。そして僕は現在もド頭の拍がとれません。

●強い気持ち・強い愛 / 小沢健二(8cmCDシングル『強い気持ち・強い愛』/ 1995年)
◎「小沢健二=筒美京平ソングブック」と銘打たれた'90年代日本ポップスの最高峰シングル。
先生は常に歌い手を意識して書かれているように思っていまして、とにかくどの曲も音域が歌い手にピタリと来ているんですよね。これ実はとても重要なことなんです。
オケを書いている服部隆之氏はオザケンさんのテレビ出演の際にも後ろで棒を振っている方で、服部良一氏のお孫さんであられることはあまりにも有名ですね。

●AMBITIOUS JAPAN! / TOKIO(CDシングル『AMBITIOUS JAPAN!』/ 2003年)
◎「勇者であれ!」歌詞に沿った作曲をされる先生の'00年代の究極の代表作だと思っています。
「日本人の心に残る筒美サウンド」的な研究は、きっと各所で繰り広げられていて、それは例えばペンタトニックだとか何とかいろんなことがあるのだと思うのですが、僕は「相の手」だと思っているんです。民謡で言えば「それからどうした〜」ってやつ。サビの相の手。これが僕ら日本人の心に浸透させる決め手だったのでは、こんな風に思っているのです。

 仮面舞踏会 / 少年隊



オフィシャルブログ:http://blog.livedoor.jp/soulbass77/


●また逢う日まで / 尾崎紀世彦(7"『また逢う日まで』/ 1971年)
◎今更何を語るまでもない代表作の一つ。「話したくない〜」の一節に早くもクライマックスを迎える展開が、カッコイイ。ここでは自ら編曲しピアノを弾いた。つまり、寺川正興による伝説的なベースを「弾かせた」のだとしたら、まさに偉業としか言いようがない。

●さすらいの天使(マジックロード) / いしだあゆみ
(7"『さすらいの天使(マジックロード)』/ 1972年)
◎軽やかでシンプルなメロディ、優しく朗らかな歌声。その中にある確固たる意思というか、何者にも屈しない力強さに、聴く度に勇気が湧く。ただただ、良い曲だなぁと思う。実は多くの歌手が取り上げていて、作者御本人も気に入っていたのではないかなぁ?と想像しています。

●愛の飛行船 / 岩崎宏美(『飛行船』/ 1976年)
◎歌い出しに筒美流AORバラードか?と思わせて、そんなネタ探しを無意味にするようなスケール大きなサビへ。「あ~な~た~が~」という一節に、歌手の実力や持ち味を100%発揮させ、アルバム全体のクライマックスを演出させる手腕はお見事。

●抱きしめてtonight / 田原俊彦(7"『抱きしめてtonight』/ 1988年)
◎ドラマ『教師びんびん物語』主題歌。1988年の『ザ・ベストテン』年間第1位。最後のセクションまでメロディの洪水。メロディラインと、歌声の、その官能的なことと言ったら。トシちゃんは大歌手だと思います。

●なんで なんで ナンデ? / 鈴木蘭々(CDシングル『なんで なんで ナンデ?』/ 1996年)
◎『泣かないぞェ』に続きモータウン・マナーな2ndシングル。平成に生まれた傑作の一つに数えたい。美しすぎるメロディを、完璧に表現した20歳の鈴木蘭々の歌声も素晴らしい。まさにエヴァーグリーン。

 
なんで なんで ナンデ? / 鈴木蘭々



集団行動HP:https://www.syudan.com/
ツイッターアカウント @tikanakangana https://twitter.com/tikanakangana


●さらば恋人 / 堺正章(7" 『さらば恋人』/ 1971年)
◎はい。臆面もなく超有名曲選びました。
しかしながらあれです、幼少期にラジオか何かでこの曲が流れまして、本当にただのガキンチョであった私が「ああなんていい曲なんや」と感じた記憶があるのでございます。特段音楽に興味もなかった子供にそう思わせるって、とんでもないと思います。

●日曜日はストレンジャー / 石野真子
(7" 『日曜日はストレンジャー』/ 1979年)
◎イントロまんまやないかい、的なツッコミもあるそうですが、演奏もキレッキレでメロディも最高、言う事無しの名曲だと思います。「悪魔に〜♪」のギターでご飯何杯でもいけます。ちなみに僕はいしのようこさんがタイプです。

●セクシャルバイオレットNo.1 / 桑名正博
(7" 『セクシャルバイオレットNo.1』/ 1979年)
◎20代中頃、わずかな期間でしたがスーツを着て仕事をしていた時期があり、その頃人生唯一の出張で某所に行きまして、その晩港町の場末のスナックで現地の案内の方がこの曲を熱唱されていまして、そりゃあもう鮮烈な記憶として脳内に残っておるわけです。

●卒業 / 斉藤由貴(7" 『卒業』/ 1985年)
◎イントロからもう掴まれてしまいます。武部聡志さんの編曲がこれまた良すぎて何十年経っても全然古臭くもダサくもないという。メロディ、歌詞、アレンジ、歌声、全部完璧でもうやんなっちゃいます。神曲って言うんですかね。

●元気!元気!元気! / 高橋由美子(シングル『元気!元気!元気! 』/ 1991年)
◎高橋由美子さん、好きだったので。てゆうか今も最高だぜ!実は歌もうまい。
そんでもって秋元康さんの歌詞がまたメロディと声にバッチリ合うのです。タイトル通り、なんだか元気が出る良曲です

 
セクシャルバイオレットNo.1 / 桑名正博



オフィシャルサイト:https://groove-unchant.jimdo.com/


●ベイビー,勇気をだして / 堺正章(『サウンド・ナウ』/ 1972年)
◎「サウンド・ナウ」という全曲筒美京平先生が作・編曲した堺正章のアルバムに収録。
全曲を通してモータウン・サウンドを意識した歌謡曲。
いうならば早すぎた渋谷系!? 特にこの曲が最高すぎ!!!!

真夜中のエンジェル・ベイビー(セルフカバー7インチ)

●真夜中のエンジェル・ベイビー / 平山みき
(7"『真夜中のエンジェル・ベイビー』/ 1975年)
◎平山みきさん×筒美京平先生は昭和歌謡の宝物と思っております。
畏れ多くも2016年ぼくのレーベルで平山みきさんにセルフカバーしていただきました。
平山さんに歌っていただくのも光栄でその上カバーを先生に許可いただけたのは震えるほど感激したのを覚えております。

京平ディスコナイト / Various
  
●セクシー・バス・ストップ / 浅野ゆう子
(7"『セクシー・バス・ストップ』/ 1976年)
◎もともとは筒美京平先生が率いた覆面ユニット“Dr.ドラゴン&オリエンタル・エクスプレス”の1stシングルで、“Jack Diamond”という変名で作曲した作品でインスト曲だったものをボーカルカバーした曲です。実は小西康陽氏監修の『京平ディスコナイト』(2007年)の中でこの曲をわたくしがリミックスしておりまして・・・。
生涯忘れられない曲のうちの1曲でもあります。

●女になって出直せよ / 野口五郎
(7"『女になって出直せよ』/ 1979年)
◎高揚感のあるストリングスとブラスアレンジ、キレのあるギターカッティング。
それもそのはずラリー・カールトン、デヴィッド・サンボーン、トム・スコットといった強力バッキングによるロサンゼルスレコーディング。野口五郎の31枚目のシングル。

●Hey girl / スクーターズ(『女は何度も勝負する』/ 2012年)
◎現在進行形でモータウン・サウンドと歌謡曲の融合、カバーであっても日本語詞のバンドといえば信藤三雄氏率いるスクーターズではないだろか。
スクーターズが筒美京平先生に曲を依頼したのも前述の「サウンド・ナウ」を聴けばしっくりくる。

  セクシー・バス・ストップ / 浅野ゆう子



●いつか何処かで /平山三紀(7'『希望の旅』/ 1972年)
◎定期誌VANDAで90年代初頭に発掘された筒美作品で、所謂”ビートでジャンプ歌謡”の元祖ではないだろうか。ボサノヴァのリズム・テクスチュアをオーケストレーションに転換した発想を踏襲した優れたコンポーズとアレンジである。プロトタイプとして前年に欧陽菲菲の「あなたは再び帰らない」で試しており、その完成形がこの曲といえる。73年にはつなき&みどり(三原綱木と田代みどりの夫婦デュオ)がカバーしている。作詞:橋本淳 / 編曲:筒美京平

●美しい誤解 / 南沙織(『20才まえ』/ 1973年)
シンシアでは最もヒットした7thアルバムのB面において新録されたシングル・メドレーの後にひっそり収録された隠れソフトロック曲。編曲は元アウト・キャストの穂口雄右が担当しており、ウーリッツァーを中心にしたコンボ編成に弦とホーンが絡む。表向きは当時のA&Mサウンドと感じる人もいるだろうが、旋律の転回やハネ方が極めて複雑で、ミシェル・ルグラン等にも通じるジャズ・テイストで、同時代の歌謡曲とは異次元なのが理解出来る。
作詞:有馬三恵子 / 編曲:穂口雄右

●グッド・ラック / 野口五郎(7'『グッド・ラック』/ 1978年)
◎筒美作品も70年代後半に入るとR&BをベースにしたAORテイストを加味してくる。この曲もその代表で、イントロのクラビネットのリフに絡むギターのアルペジオやファンキーなベースラインなどは典型的サウンドである。山川の洗練された歌詞に対し京平メロディは極めて洋楽的で、当時小学生の筆者は「ブラインド降ろし」のアクセントが気になって仕方がなかった。歌謡曲の巨匠が脱歌謡曲の方法論を提示させた曲の一つではないだろうか。作詞:山川啓介 / 編曲:高田弘

●たそがれマイ・ラブ / 大橋純子(7'『たそがれマイ・ラブ』/ 1978年)
◎フェイザーをかました矢島賢(「グッド・ラック」でもプレイした名手)によるイントロのギターリフが象徴するクールなAOR歌謡で、数多ある筒美作品の中でも極めて完成度が高い。美乃家セントラル・ステイションは参加せず、手練なスタジオ・ミュージシャン達の演奏によって、S・ガッドなどスタッフがバッキングしたC・サイモンの「You Belong To Me」(78年)を想起させるNY派系の緊張感あるサウンドに仕上がっている。この効果もあり阿久悠が描く大人達の不毛の恋愛模様が、大橋の圧倒的な歌唱力でよりドラマチックに演出された。作詞:阿久悠 / 編曲:筒美京平

●スカーレットの毛布 / 太田裕美(『海が泣いている』/ 1978年)
◎10年程前SNSで音楽家の片寄明人さんに教えてもらった筒美=松本の黄金コンビによるLA録音。一聴してD・フォスターの影響下にある萩田光雄のアレンジで、ドラムのエド・グリーンはC・B・セイガーの「It's The Falling In Love」(78年)と同じかと納得した。LA産AORサウンドをバックに、舌足らずでコケティッシュな太田に「僕の辞書には愛がない」と歌わせる対話形式の松本イズムの歌詞に京平メロディが乗れば何も言うことはない。作詞:松本隆 / 編曲:萩田光雄

 たそがれマイ・ラブ / 大橋純子

(企画 ・メインテキスト/ 編集:ウチタカヒデ)