2025年12月7日日曜日

cambelle:『Magic Moments』

“インディーズ新人バンドの1stアルバムとしては
稀なサウンド・プロダクション” 

 インディーポップバンドcambelle(キャンベル)が、ファースト・フルアルバム『Magic Moments』(OLD JOY RECORDS/OLDJ-1)を11月19日にリリースした。
 彼らは東京を拠点に活動する男女3名組で、バンド編成も去ることながら、そのソングライティングやサウンドからはLampウワノソラを彷彿とさせる。
 先月の本作リリース直後SNS経由で管理人宛にメンバーからDMが届き、弊サイトやVANDA監修の『ソフトロックA to Z』(初版96年)シリーズの熱心な愛読者であることを知り、遅ればせながら取り上げるに至った。

左から川上遥、市原諒、熊谷慶知

 先ずはcambelleのプロフィールに触れよう。ケイチ&ココナッツ・グルーヴ(2022年~2024年)のメンバーだった熊谷慶知(ボーカル、ギター、ピアノ他)、市原諒(プロデューサー、プログラミング他)、川上遥(キーボード、ボーカル、トランペット)の3名により2024年に結成された。60年代ポップスや70年代ソウルからAORやボサノヴァ等々温故知新派の若きメンバー達によりクリエイトされた楽曲は、前出の通りLmapやウワノソラの初期に通じるので、耳の肥えた弊サイト読者にも強く響くはずだ。

 本作ではメイン・ソングライターの熊谷を中心に、川上も1曲で作曲しており、アレンジはメンバー3名か2名の合議制で進めている。バンド内プロデューサーである市原の立ち位置がユニークだが、レコーディングでは殆ど生演奏に参加せず、プログラミングを担当しており、例えばセイント・エティエンヌ(Saint Etienne)のボブ・スタンリーのように膨大な音楽知識を基にアレンジのアイディアを出しているのではないだろうか。蛇足だがボブ・スタンリーがSNSのXでフォローする数少ない(唯一?)の日本人アカウントに、筆者が管理する弊サイト・アカウントもあり、ポピュラー音楽研究家の末席として光栄の至りである。

 レコーディングは都内のstudio CRUSOEでおこなわれ、エンジニアにはポストロック・バンドtalkを率いていたKensei Ogata、ミックスはMagic Sonやセッション・ドラマーの山本直親がそれぞれ担当して、ミュージシャンならではのセンスで本作に貢献している。またマスタリングはstudio CRUSOEのオーナーである西村曜が手掛け、サウンド・クオリティを更に向上させているのだ。
 懐かしも新しいジャケットのイラストレーションと全体のアートワークは、イラストレーターのサカサノカサによるもので、本作『Magic Moments』のサウンドを如実に現わしており、本年度リリースされた数多のアルバム・ジャケットの中でも高ランクではないだろうか。


 ここでは筆者による収録された全曲の詳細解説をお送りする。
 冒頭のタイトル曲「Magic Moments」は、熊谷のソングライティングとメンバー3名のアレンジによる現代のソフトロックで、イントロから独特なヴォイシングのコーラス、空間系エフェクターが効いたシンセサイザー・パッドとデジタル・エレピ、彼方で聴こえるホーン、眠りから目覚めさせる金物パーカッションとグロッケンと、この構築力で本作全体のクオリティを計り知れる素晴らしいサウンドだ。
 また夕暮れのマジックアワーを綴る歌詞をビビッドに浮かび上がらせるのは、熊谷の甘くソフトなボーカルと、サビに追い足したトランペットのオブリガードで、このアレンジにはニック・デカロの匂いがしてよく研究されている。熊谷はボーカルとコーラスの他にべース、川上は鍵盤類とトランペットをプレイし、ゲストではpersimmonの川島健太朗が各種ギター、ミキシングを担当した山本直親は本職のドラム、コーラスでマオ、パーカッションで筋野優作と亀山響吾でそれぞれ参加している。川島と山本は本作収録曲の多くに参加し、全体のサウンドプロデューサー・チームのメンバーとしてクレジットされている。
  続く「Gloom/親密さについて」は先行配信されたファーストシングルで、前曲同様のパーソナリティによるソングライティングとアレンジだが、一転してメロウなグルーヴでネオシティポップ以降に出てきたバンドのサウンドらしい。Lampの「街は雨降り」(『そよ風アパートメント201』収録/2003年)を彷彿とさせるが、エレピが刻むボサノヴァとソウルを融合させたリズム感覚は、チック・コリアの「What Game Shall We Play Today」(『Return to Forever』収録/1972年)にまで遡るだろう。編成的に特筆すべきは川上がコーラスに加わって、市原がエレキギターをプレイしている点だ。


A White Heron/白い鷺/cambelle

 筆者が本作中ファースト・インプレッションで惹かれたのが、3曲目の「A White Heron/白い鷺」である。ローラ・二ーロ風コード進行のイントロのピアノから耳に残り、歌詞と曲が高次元で溶け合ったその世界観にはノスタルジーを超えたサムシングが潜んでおり、熊谷のソングライターとしての能力や歌詞の世界を表現するソフトなボーカルには感心するばかりだ。その熊谷はべースの他、アコースティックギターとポルタメントを効かせたヴァイオリンまでプレイしている。川上による間奏のアナログシンセ・ソロや川島のエレキギターのリフ、歌詞に呼応する山本の巧みなドラミングも曲を構築する重要なエレメントとなって、この曲の完成度を高めている。初期オフコースの匂いもして、弊サイトで同バンドのコラムを連載していた音楽家の吉田哲人にも勧めたいし、筆者の本年度年間ベストソング候補に入る一曲である。
  セカンドシングルとして先行配信された「Giddy Parades/街場」は、シングルとしてチョイスされたのが意外なブリリアントな熊谷のソングライティングで、『SMILE』(1967年、2004年)期のビーチ・ボーイズやそのフォロワーであるハイ・ラマズに通じるバースがイントロ無しで始まり、転調とパート・チェンジを繰り返していく。コーダのコーラスではまた中期ビーチ・ボーイズ風で締め括っている。この曲ではバンジョーに片野修作、フリーキーなアルトサックスは中澤義也がゲスト参加し、この曲のソフトサイケなサウンドに貢献している。
 続くインスト小曲の「Interlude」も熊谷作で、前曲からの雰囲気を引き継いだSMILEフォロワー・サウンドだ。熊谷は一人多重コーラスとピアノ、中澤はバリトンサックスに持ち替えて2人のみの演奏で完成させている。約1分半の尺ではあるが、サムシングな余韻を残してくれる。


 本作中盤6曲目の「Dream in Bossa /しずかなふたり」は、熊谷の詞に川上が作曲して、熊谷とデュエットでボーカルを取るボサノヴァ・ポップだ。スティーヴィー・ワンダーの「You Are the Sunshine of My Life」(1973年)に通じるイントロから、2人の異なる声域のボーカルがブレンドすることで相乗効果をもたすクールなボサ・ラブソングである。川上はエレピの他、シンセサイザー・べースもプレイしており、ガットギターは片野、ドラムに山本、パーカッションは筋野がそれぞれ担当している。中澤はこの曲ではフルートをプレイし、マルチ木管奏者として本作に貢献している。
 再び熊谷の単独ソングライティングによる「Our Suburban Friends/火粉」は、尺の長いアコースティックギターのカッティングから始まる抒情的歌詞を持つバラードだ。本作中他の曲とは毛色が異なり、じわじわと感動を呼び起こすサウンドで、コーダではフェイドアウトせず唐突に終わるのがcambelle流なのだろう。ボーカルを取る熊谷はべース、ピアノと各種キーボードをプレイし、川上がグロッケン、川島はアコースティックギターを担当しており、ドラムレス編成である。
 幅広いソングライティング・スタイルを持つ熊谷は、続く「Christopher/クリストフ」では米東海岸風シャッフルのスウィートなソフトロックを披露している。歌詞の世界観も実にサンシャイン・ポップ的であり、詞曲共に器用に書き分けられる才能に脱帽してしまう。そんな熊谷はべースとキーボード、川上はコーラス、ピアノとヴィブラフォンをプレイし、ゲストの川島はアコースティックギターとコーダでエレキギターのソロ、山本はドラム、筋野はパーカッションで参加している。

 終盤9曲目の「Sleep Warm/微睡の午后」は、熊谷作のラテン・フィールがあるドラムレスの美しいスローバラードで、ビーチ・ボーイズをこよなく愛する弊サイト読者なら初見でオマージュ元のいくつかのエレメントが分かる筈だ。「Caroline, No」をべースに、間奏のテルミン風ソロは「I JustWasn't Made For These Times」(共に『Pet Sounds』収録/1966年)からだろう。それ以外にもシュガー・ベイブの山下達郎作「過ぎ去りし日々"60's Dream"」(『SONGS』収録/1975年)経由で、The Cyrkleの「The Visit (She Was Here)」(『Neon』収録/1967年)やOhio Knoxの「Pound Or My Dog Dad For Robert Downey (A Prince)」(『Ohio Knox』収録/1971年)のバース部など温故知新派の真髄であるが、何より重要なのはこの曲自体が本当に良い曲だということだ。熊谷はべースとキーボード、川上は各種鍵盤でチェンバロ(ハープシコード)、テルミンをシミュレートしたシンセサイザーも担当しているではないだろうか。ゲストの川島はアコースティックギター、筋野はボンゴとクラベスをプレイしている。 
 本作ラストの「Akegata/明け方のブルース」は、熊谷のソングライティングだがアレンジは川上と市原が担当しており、演奏も川上のシンセサイザーのみで構築した小宇宙のようなサウンドである。「Our Suburban Friends/火粉」同様に、人生を達観した哲学的作風を持っているのは、他の同系統のバンド・メンバーには無い、熊谷の才能であり今後強みになっていくだろう。


 最後に本作『Magic Moments』の総評として、才能あるソングライターが生み出したダイヤの原石を、バンドメンバーとサポートメンバー達がきめ細かく丁寧に磨き上げてクリエイトしたという、インディーズ新人バンドのファースト・アルバムとしては稀なサウンド・プロダクションの在り方を感じて、彼らcambelleの今後の作品にも非常に期待が高まった。
 繰り返しになるが、本年度リリースされた新人バンドのアルバムの中でも特に音楽性が高く、有望な存在なので、筆者の詳細解説を読んで興味を持った読者は是非入手して聴いて欲しい。 

(テキスト:ウチタカヒデ








2025年12月4日木曜日

生活の設計:『タイニー・シャイニー/君に起こりますように』

”大塚兄弟主演、フェリスはある朝突然に”

 セカンド・アルバム『長いカーブを曲がるために』を10月15日に配信でリリースした“生活の設計”が、同アルバムから『タイニー・シャイニー/君に起こりますように』を、12月6日”レコードの日”に200枚限定で7インチ・シングルカットする。
 アルバム中最もラウドなエレキギターが鳴り響き、典型的なロックンロールのタイトル曲は、Hedigan's(ヘディガンズ)のギタリスト、栗田将治をフューチャーしており、ライブでも人気のナンバーでもある。 

左から大塚真太朗、大塚薫平

 弊サイトでは9月に『長いカーブを曲がるために』の先行配信シングルで、GREAT3(1994年~)の片寄明人がプロデュースを手掛けた「稀代のホリデイメイカー」以来の紹介になるが、生活の設計のプロフィールに少し触れておこう。
  彼らはリーダーでソングライター、ボーカル兼ギターの大塚真太朗と、実弟でドラム兼コーラスの大塚薫平による2人組のロックバンドである。前身バンドの“恋する円盤” や“Bluems (ブルームス)”時代を含めると9年以上の活動経歴を持っている。2023年4月にファースト・フルアルバム『季節のつかまえ方』、同年11月に7インチ・シングル『キャロライン』をリリースしている。
 前出の片寄氏の他、元ピチカート・ファイヴの小西康陽氏など拘り派の音楽家からも高評価を得ており、昨年11月にはファッション・カルチャー雑誌『POPEYE』にも取り上げられるなど、音楽通以外の一般層にもその存在は浸透しつつある。


「タイニー・シャイニー」ライブ

 ここではタイトル曲とカップリングについて解説していく。「タイニー・シャイニー」は若き日のポール・ウェラーがフロントマンだった英国のThe Jam(1972年~1982年)に通じる、パンキッシュなネオモッズ感覚のサウンドと、退屈な日々から逃避行したクラビングのワンシーンを切り取った歌詞が瑞々しく、大塚(真)の溌溂としたボーカルもこのようなアップビート・ナンバーでは一層映える。ゲスト参加した栗田がプレイするリード・ギターの存在感も極めて大きく、双方にとって意義のあるコラボレーションとなった。また大塚(薫)の激しいドラミングとコンビネーションするのは、ゲスト参加したLIGHTERSのべーシスト清水直哉だ。なお栗田が所属するロックバンドHedigan'sは2023年に結成され、あのSuchmos(サチモス)のボーカリスト、YONCEもメンバーとして参加しており、大きく注目されている。 

 カップリングの「君に起こりますように」は、レギュラー・サポートメンバーであるベーシストの大橋哲朗とキーボーディストの眞﨑康尚が参加し、大塚(真)のジェントルな歌詞とボーカル、眞崎による印象的なピアノが耳に残るラヴソングだ。タイトル曲とは一転して、ミドルテンポでメロディックなソフトロック調のサウンドで、米東海岸シャッフルのブリッジを挟むなどアレンジ的にも凝っており、弊サイト読者にもアピールした好ナンバーに仕上がっている。 

 なお繰り返しになるが、本作は200枚限定の7インチ・シングルで、インナースリーヴには大塚(真)による、“ここでしか読めない”創作メモを掲載し、制作背景や楽曲のイメージが垣間見える特別仕様となっているそうだ。筆者の詳細レビューを読んで興味を持った音楽ファンは早期にリンク先のショップで予約して入手しよう。


(テキスト:ウチタカヒデ







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2025年11月26日水曜日

長谷川カオナシ:『お面の向こうは伽藍堂』インタビュー★ゲスト~フレネシ

“クリープの末っ子・ファンタジスタが
独自の世界を開花させた
記念すべきファースト・ソロアルバム” 

 ロックバンド ”クリープハイプ”のベーシスト、長谷川カオナシが初のソロアルバム『お面の向こうは伽藍堂』(おめんのむこうはがらんどう/ユニバーサルミュージック・UMCK-1810)を11月26日にリリースした。

 小説家としても著名な尾崎世界観を中心としたロックバンドとして知られるクリープハイプ(以降クリープ/2001年結成)だが、メインコンポーザーの尾崎以外に、長谷川も自らソングライティングしてボーカルを取った楽曲をアルバム毎に1曲のペースで提供してきたので、クリープにおけるジョージ・ハリスン的立ち位置のメンバーと言えるだろう。
 1987年9月生まれの長谷川は、2009年からクリープにべーシストとして加入し、2012年に『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』でメジャーデビューした際のメンバーでもある。べース以外にヴァイオリンやヴィオラ、ピアノなど鍵盤楽器もプレイするなど、マルチ・ミュージシャンとしても才能を発揮している。

長谷川カオナシ

 ファースト・ソロアルバムとなった本作では、ジャンルやキャリアを超えたゲスト・アレンジャーを迎えていて、十代から”ヤング101”後期メンバーとして業界で活動していた、伝説のシンガー・ソングライター(以降SSW)の谷山浩子と、長年谷山の音楽プロデューサーとして知られている石井AQ(いしいエーキュー)を筆頭に、CM音楽家として多くの作品を手掛けてきたjoe daisque、『ニコニコ動画』の音楽で知られるsimoyuki(しもゆき)が参加している。
 そして先月の無果汁団『ナサリー』の対談レビュー等、弊サイトでもお馴染みの鬼才SSWのフレネシも1曲にアレンジで参加しており、彼女にとっても本格的な音楽活動再開のきっかけとなった。
 レコーディングに参加したゲスト・ミュージシャンも多彩で、ヒトリエのドラマーのゆーまお、KEYTALKのリーダーでギタリストの小野武正 、Official 髭男 dismのベーシスト兼サックス奏者の楢﨑誠、Nanakambaのドラマーの矢尾拓也など、長谷川が共に音楽シーンを作り上げてきたバンドマン達が参加している。またクリープからは尾崎世界観がコーラス、小川幸慈がギター、小泉拓がドラムでそれぞれ1曲に参加しているのでファンにとっても嬉しい。

 ここでは本作で筆者が気になった収録曲の解説と、アレンジャーとして参加したフレネシへの特別ミニ・インタビューを紹介する。
  収録された全12曲は全て長谷川のソングライティングで、外部アレンジャーが参加した4曲以外は、長谷川がイニシアティブを取ってセッションに参加したミュージシャン達とヘッドアレンジで詰めたと思われる。「刹那の夏」においては全楽器を長谷川が一人多重レコーディングで完成させていて、マルチ・ミュージシャン振りを発揮している。

 
『お面の向こうは伽藍堂』全曲トレーラー 

 冒頭の「ねんねんころり」はワルツを基調にして変拍子のパートを持ち、英国トラッド~プログレ・ミュージックの匂いがする。独特な歌詞の世界は長谷川の個性をよく現わしており、シンプルなアレンジと楽器編成で、長谷川自身はべースとアコースティック・ピアノをプレイし、ギターとドラムは元JUGONZのチバソウタと入交盾(イリマジリジュン)が各担当し巧みな演奏を聴かせてくれる。ボーカリストとしての長谷川は、歌い上げるタイプではなく、アルバム全体的に感情を抑制したフラットなピッチと声量で、1970年代の欧米SSW系で聴けるようなストーリーテラー・スタイルに近いものだ。
 一転してプログラミングされたトラックをバックした「恋する千羽鶴」は、simoyukiがアレンジした四つ打ちキックのチープなテクノ・サウンドに、憂さ晴らし的な歌詞ながら人生応援歌と解釈できるのが痛快である。ハイプなコーラスで長谷川の関係者8名が参加して盛り上げている。

 10月29日に先行配信された「ハエ記念日」は、先月前半にプレスキット音源を初見で聴いて、マイク・オールドフィールド風のイントロや久保田早紀の「異邦人」(1979年)に通じるバース・パートの中近東風和声とテンポ感覚に興味を惹いた。この曲は谷山浩子と石井AQが共同アレンジしており、プログラミングされたオブリガードの楽器音色は「異邦人」でも使用され、トルコ(ペルシャ)発祥とされる打弦楽器のハンマー・ダルシマー(映画『犬神家の一族』のテーマ曲「愛のバラード」で有名)やアコーディオンなど現在のポップスとは隔世したサウンド作りをしていて、『Istanbul mambo』(1977年)期のムーンライダーズやあがた森魚に通じる。長谷川はべースとヴィオラ、谷山はアコースティック・ピアノ、石井は全てのプログラミング、ドラムには元X-RAYのメンバーで、バンド解散後はセッション・ドラマーとして活動していた高橋ロジャー和久が参加している。
  一早く9月23日に先行配信されたリードトラックの「金木犀」は、本作中最もキャッチャーなサビのリフレインを持った、長谷川の代表曲となる曲だ。King Harvestの「Dancing in the Moonlight」(1970年)を彷彿とさせるローファイで空間狭い16節のイントロ部から劇的に転回していく楽曲とアレンジ、不毛の恋愛を綴った歌詞などポップスとして完成度が高く、筆者もファースト・インプレッションでベストトラックに挙げた。セッションに参加したミュージシャンは本作中最も多く、長谷川はこの曲でもべースとヴィオラをプレイし、アレンジとプログラミングはjoe daisque、ギターは前出のチバソウタ、キーボードはSSWの? Meytél(メーテル)、ドラムにはヒトリエのゆーまお、コーラスにはSSWの星野菜名子が参加している。キュートなコーラスが特徴的な星野は本作5曲目「あなたはきっと」ではコーラス以外にキーボードもプレイしている。

 フレネシがアレンジとプログラミングで参加した「僕の居ない明日に吠え面かきやがれ」はシアトリカルな世界観とポルカ風サウンドで、コーラスには尾崎世界観が参加している。本作中重要曲であるが、この後のテキスト・インタビューでフレネシ本人が詳しく解説しているので、そちらを読んで頂きたい。
  牧歌的ながら哀愁を感じさせる歌詞を持つ「ウサギとオオカミ」は、クラリネットとワウをかましたギターのイントロからその不思議な世界に引き込まれる。メジャー・キーからサビでマイナーに転調してシリアスになる感じなど日本人好みだ。長谷川はべース、ギターはクリープの小川幸慈、サックスとクラリネットは馬場レイジ、アコースティック・ピアノはモリモトマイ、ドラムは八月の微睡みのミナカワがプレイしている。
  本作ラストの「馬の骨に候」は、ノイジーな倍音が鳴り響くギターリフから始まり、まるでセルフポートレートのようなアイロニー溢れる歌詞が印象的だ。間奏のピアノ・ソロには「金木犀」など収録曲のフレーズを忍ばせこませるなど、本作の大団円として相応しい。長谷川はべースとピアノ、ドラムはクリープの小泉拓、ギターはTHE RODEOSの坂本陽平が参加している。

 最後に本作の総評として、弦楽器やピアノを習得しているなどクラシック音楽の素養を持っていそうなファンタジスタが、尾崎世界観という天才肌の文学系ミュージシャン率いるロックバンドに最年少で加入して16年、独自の世界を開花させた記念すべきファースト・ソロアルバムに仕上がっている。


特別インタビュー★ゲスト~フレネシ

●今回フレネシさんにアレンジのオファーがあった経緯と、「僕の居ない明日に吠え面かきやがれ」の曲を聴いたファースト・インプレッションを聴かせて下さい。

◎フレネシ:青天の霹靂でした。カオナシさんとはこれまで交流がなかったもので、どうして私にオファーをくださったのか分からず、本当に驚きました。
そして、素材をいただいた際は「随分とトゲトゲとした言葉の乗った曲だなあ…これを私が…?上手にアレンジ、できるかなあ?」と正直なところ、不安もありました。
そもそも、私は11年も休眠していたわけで。もはやミュージシャンと自称するのはおこがましいような状況でありまして。その上、アレンジ単体のお仕事はこれが初めて。さらに困ったことに、いただいた素材はポップなロック調にすでにアレンジされていて、その時点ですでに私の引き出しにはないテイストだったのです。

ご本人からは、私のアレンジで歌ってみたいという長年の夢があったと伺いました。私の楽曲の「スプロウル」(『キュプラ』収録 2009年)がお好きだそうで、「GO ROPEWAY」(『ドルフィノ』収録 2013年)くらいのトラック数でどうだろうか…とご提案いただきました。
これらは、本件のオリジナルとは曲調が近くなかったので、トラック数は参考とするにしても、直接のリファレンスとするよりは、一旦真っ新な状態から自分なりに再構築するのがいいだろうと思いました。
行間に潜むトゲトゲの裏の真意を探り、自分の引き出しとカオナシさんの世界観にフィットしそうな共通項のテーマを掲げ、リファレンスを集めてみることにしました。


 ●「僕の居ない明日に吠え面かきやがれ」のアレンジにおけるアイデアを可能な範囲で教えて下さい。

◎フレネシ:タイトルを拝見しての第一印象は、ボリス・ヴィアン『お前らの墓につばを吐いてやる』のようなタイトルだなあと。
どこかつかみどころのないカオナシさんのキャラクターは、シャンソン歌手であり、トランぺッターであり、俳優であり、作家であり…と、さまざまな顔を持つ(おまけにアメリカ人と偽って執筆)ヴィアンのようでもあるなあと思いました。



まず最初にテーマを考えました。詞を読み込むと、舞台はインターネットで、生贄を欲しては誰かの失態を餌に正義を振りかざす善意のオーディエンスたちが背後に見えました。
続いて、なぜか韓国人作家・シュークリーム氏の『全ての人が美しい世界』という漫画に出てくる、ピエロとバレリーナの格好をしている2人の主人公の絵が浮かんで…あと、これは単なる勘違いなんですが、カオナシさんの「火まつり」(クリープハイプ『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』収録 2012年)という曲の「地平線を『探す』」を「サーカス」と聴き間違えて、それらをきっかけに「サーカス」をテーマとすることにしました。



で、次にサーカスの世界にフィットする楽曲をリストアップしました。まずは何と言ってもユリウス・フチークの「剣士の入場」。サーカスと聞いて誰もが思い浮かべる曲ではないだろうかと思います。

Einzug der Gladiatoren


そして、レトロフレンチな見世物小屋テイストがまさに私っぽいと思い、ジャディス・オルセンのチューバ・ベースを要素として組み込みました。大学時代に初めて作った音源がこの人のサウンドと雰囲気が似ていると言われ、後追いで好きになった90s仏アーティストです。

 Petit amant frimeur / Jadice Holsen


カオナシさんはベーシストでありながらヴァイオリンやヴィオラも弾く方で、そんな立ち位置がネオロカバンドのファビュラス・プードルズのボビー・ヴァレンティノっぽいと思い…ブルーグラス的な裏打ちとフィドルのプレイは「The Man Who Invented Jazz」からの引用です。

The Man Who Invented Jazz / Bobby Valentino


それから、マーチ要素はミッチ・ミラー楽団の「テキサスの黄色い薔薇」を参考にしました。

テキサスの黄色い薔薇 / ミッチ・ミラー楽団


ブリッジの落としどころでの私の笑い声は、ロスト・グリンゴスの「バーゲルド・アモーレ」にヒントを得ました。

Bargeld Amore(1983)/ Lost Gringos 

ラストサビとキラキラしたピアノのエンディングのストーリーは市川春子『宝石の国』(※漫画です)を参考にしました。自分対自分以外の激戦、そして浄化後の穏やかな時間、そんな情景を音で表現してみました…とはいえ、漫画をリファレンスに上げるってちょっと何言ってるか分からないかもしれないですね。



そして、ラストのもじょもじょ何か言ってる風の部分は、les escrocs「Qu'est-ce qu'on ferait pas」のイントロをリファレンスとして提案しました。20代の前半にどハマりした仏バンド・トリオで。余談ですが、当時はこの曲が好きすぎて、着メロにイントロ部分を8トラックで打ち込むなどしていました。

Qu'est-ce qu'on ferait pas / les escrocs



●最後に本作『お面の向こうは伽藍堂』の総評をお願いします。

◎フレネシ:あどけなさと禍々しさという相反する成分が混在する、一聴するとポップだけど奥行きのある童謡集。
清涼感のあるボーカルは、顕微鏡で観察するとおそらく針状結晶なんだろうと思います。
つまり、かわいく見えて、実は殺傷能力が高いってことですね。そうした二面性に、何か自分の音楽性との共通点を感じずにはいられませんでした。


フレネシ・プロフィール
-唯一無二のウィスパーボイスに、かわいさと潔さが同居する-
海外の音楽ファンから「渋谷系のビョーク」とも称される、フレネシ。2009年6月に乙女音楽研究社からリリースされた『キュプラ』は、HMV渋谷店のインディーチャートで1位を獲得し「ネオ渋谷系」の代表作として各所で話題を呼んだ名盤。この秋、満を持してLP盤(国内流通分は完売)が発売となる。
 2015年より活動休止中であるものの、2020年にストリーミング配信が開始されたことで再び注目を集め、海外のSNSでも人気が拡大。クリープハイプのベーシスト、長谷川カオナシのソロアルバムにアレンジャーとして参加し、今秋ついに活動再開の機運が高まりつつある。
★フレネシofficial site:https://frenesifrenesi.com/
◎ 「ネシ子が会う」長谷川カオナシ (第十九回):https://frenesifrenesi.com/column/381/
◎最新配信シングル「除霊しないで










(設問作成、本編テキスト:ウチタカヒデ