2009年9月20日日曜日

the Sweet Onions近藤君とPREFAB SPROUTの新作を聴く

PREFAB SPROUT:『LET'S CHANGE THE WORLD WITH MUSIC』 (KITCHENWARE/04IA19469)
 
 PREFAB SPROUT(プリファブ・スプラウト)が前作『The Gunman & Other Stories』から8年振りのオリジナル・アルバムをリリースした。 ここでは筆者と交流があり、プリファブ・スプラウト=パディ・マクアルーンを敬愛して止まない、the Sweet Onions(スウィートオニオンズ)の近藤健太郎氏と本作の魅力について語ってみた。 
 元々は5thアルバム『Jordan The Comeback』(90年)の次作として、長年彼らのプロデューサーであったトーマス・ドルビーと共同で進められる予定だったが、92年にレコーディングされたデモ音源を残したのみで未完成のままであった。その後17年の月日を経て、パディ・マクアルーンの完全ソロ・レコーディングによって完成された曰く付きのアルバムなのだ。 プログラミングを中心としたサウンドは少々チープな面も感じられるが、現代の吟遊詩人と称すべきパディの一級のソングライティグに陰りは見当たらない。エンジニアには、『Andromeda Heights』(97年)以来となるカラム・マルコム(THE BLUE NILEの仕事で知られる)が迎えられている。 またタイムリーなことに、『Swoon』(84年)から『Andromeda Heights』までの旧譜6作品が8月と10月の2回に分け、デジタル・リマスターの紙ジャケ仕様リイシューされる。

ウチタカヒデ(以下U):先ずはパディを敬愛して止まない近藤君なのですが、ファンの間では知られていた幻のアルバムがリリースされた感想はどうですか?



近藤健太郎(以下K):『Andromeda Heights』が出た頃読んだパディのインタビュー記事を 思い出しまして、本来は93年に発表する予定だった今作は、彼曰くとても野心的な作品で、曲はすべて完成したけれど、編曲等なかなか納得がいかずうんざりしてお蔵入りしてしまったと。
 しかもあの大名盤『Jordan The Comeback』の直後に作られた楽曲群じゃないですか。一体どんなアルバムなんだ?って、ファンとしては気にならない訳はないですよね。 だから素直に、「パディ、諦めないでちゃんとリリースしてくれてありがとうございます!」というのが率直な感想です。

U:純粋にファンとしては、勇気を持ってリリースにこぎ着けたパディの英断に拍手を送りたくなりますよね。
 では今作の印象について。1曲目「Let There Be Music」のラップでいきなり驚いたと思いますが、これまでと異なるサウンド・アプローチなどを含めたファースト・インプレッションは?  


K:いつだって好きなアーティストのアルバム1曲目を聴く時ってドキドキしますよね。確かに出だしのラップは驚きました。あれ?プリファブ?・・みたいな(笑)。でも前作『The Gunman and Other Stories』(01年)の1曲目のカントリー風味なサウンドもかなり新鮮でしたし、なんというかプリファブはやっぱり、アルバムごとに新たな喜びや発見を提供してくれますね。
 今回のいかにも打ち込み主体のサウンドは、そういった意味で新たな発見でした。 いわゆる目新しさや刺激はないのかもしれないけれど、シンプルでとても落ち着いた趣の、パディの流れるようなメロディーを際立たせるのにはふさわしい打ち込みサウンドだと思いました。あとボーカルがやっぱりぐっときます。それぞれの曲がいつの頃にレコーディングされたかちょっと明確ではないですが、今作でもパディ節は健在で嬉しくなりましたね。

U:ヴォーカルトラックだけは当時のテイクで、バッキングは今回差し替えたという情報もありますが、シンセの音色など音像的には、『From Langley Park To Memphis』(88年)や『Jordan The Comeback』に近い部分は感じますね。「I Love Music」なんて『From Langley Park To Memphis』に収録されていても違和感がないし。
 では同じシンガーソングライターとして、アルバムを聴き込む内にパディらしいソングライティグ・センスをひしひしと感じてくると思うのですが、近藤君としてはいかがでしょうか?

K:『From Langley Park To Memphis』と似た質感って納得です。なんか普通にあー、懐かしいなって感じもしたし、先ほど全体的な趣としては落ち着いていると言いましたが、冒頭の3曲なんかとても若々しいですもんね。 ソングライティングについては、今回もやはり捨て曲なし、クオリティの高い楽曲ばかりでため息がでますね。曲が作られた時期を想像すると、ちょうど『From Langley Park To Memphis』~『Jordan The Comeback』の才気溢れた絶頂期から、円熟味を増した『Andromeda Heights』に繋がる架け橋的楽曲といいますか、聴いていて、成る程、成る程という感想を持ちます。
 まぁそんな想像をわざわざしなくても、ただただ美しいメロディーにうっとりしてしまいます。 

U:では選ぶのは非常に難しいと思いますが、今作中最も好きになった曲はどの曲でしょうか? またその理由は? 

K:とても悩む質問です。今回のアルバム、僕は中盤がとくに好きなんですが、5曲目から9曲目なんかとても順位つけられないので、今の気分で答えますと8曲目の「Falling In Love」をあげますね。この曲は『Andromeda Heights』の「The Mystery of Love」「Life's a Miracle」あたりと雰囲気が似ていますね。派手さはないけどとっても優しくてほろ苦く、せつない感情や美しい情景が浮かんでくるロマンティックな曲だと思います。ブルースハープのソロもとてもいい感じ。 

U:成る程ロマンティックな近藤君らしいお答えですね。この曲の泣きのブルースハープはパディ自身ですけど、洒落たアレンジの中で非常に効果的な使い方です。「Nightingales」(『From Langley Park To Memphis』収録)でのスティーヴィの様な強烈な表現力には及ばないけど、パディらしい味というか。
 では今作をトータル的に聴いてみた総評としては?

K:今回はパディの完全ソロアルバム。つまり編曲・打ち込み・演奏に至るまでほとんど一人で作りあげたということで、期待と不安が入り混じった、正直少し複雑な思いで聴き始めた訳なんですが、いざ蓋を開けてみるとやっぱりパディ節は健在で、曲タイトルや歌詞の世界観はますます仙人の域に達しているというか(笑)、あらためて彼の音楽をこれからも大事に聴き続けていきたいと思いましたね。
 なんせアルバムタイトルは『LET'S CHANGE THE WORLD WITH MUSIC』ですからね。今どきこんな言葉を使って、うん!そうだよ!って、納得させてくれるアーティストはなかなかいませんよ。「Earth : The Story So far」という曲が世界の歴史について扱ったとても野心的な作品で、この曲をもとにアルバムを作り上げていったという今作は、いわばコンセプチュアルアート的なアルバムで、僕はこれからもその彼の概念やメッセージをこのアルバムから感じとっていきたいですし、聴くたびに惹き込まれていく作品だと思います。

 U:92年のデモ音源を基にしているとはいえ、過去の作品という時間軸を全くといって感じさせない、パディのソングライティングの普遍性を感じますよね。だから少々サウンドがチープな打ち込みでも許せる。
 ロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズの40年振りの新作『フル・サークル』(07年)で、シンセのプリセット音そのままでも許せるみたいな感覚に近い(笑)。 
 さてプリファブの今後について気になるのは、アルバム・ライナーノーツの最後にある、" For robust and unsentimental reasons..."の文なんだけど、どう感じましたか? 感傷的ではないにせよ、あらたまった追憶文の様で、深読みすると引退を仄めかしているようで非常に心配なんだけど。 

K:実は彼の健康状態が思った以上に芳しくないというのは周知の事実のようで、最近のアーティスト写真も杖を持って写っていたりと、ちょっと心配ですよね。そんな中でかつての盟友に向けてあらたまったメッセージ? と気に病んだり詮索してしまいがちですが、いずれにせよ彼の作品を心待ちにしているファンは世界中にいて、これからも新作を聴きたいと思っているのは皆同じですから、何年越しでも構わないのでリリースを続けていって欲しいですね。
 彼の言葉を借りると、「空港の上で着陸の順番待ちで旋回している飛行機(楽曲群)がたくさんあって、みんな無事に降りてきてほしいからこそ、時間をかけて一機ずつ着陸させるんだ」という、とても嬉しいこの言葉を信じて僕も年を重ねていきたいですね。 

U:次のリリースが何年越しでも構わないというのは同感です。さっきのザ・スモール・サークル・オブ・フレンズ程大袈裟じゃないにせよ、10年でも待ちますみたいなね。 そもそも近藤君がプリファブのサウンドに出会ったきっかけは? 

K:高校生の頃、ある雑誌で遊佐未森さんが愛聴盤を紹介していて、その中でプリファブの『From Langley Park To Memphis』を目にしたのが始めだったと思います。同じ頃偶然に、近所の音楽に詳しい大学生のお兄さんから、こういうのも聴いてみなって貸してくれたアルバムが『STEVE McQUEEN』(85年)だったんです。Prefab Sproutというグループ名になんとなく惹かれていてよく名前を記憶していたので、勝手に運命を感じて飛びついて聴きまくりましたね。
 当時の自分が今まで聴いたことのない毛色というか感触だったので、一気にはまって他のイギリスのバンドにも興味を持つようになりました。余談ですが、遊佐未森さんが雑誌で紹介していた他の愛聴盤には、The Lilac TimeやTHE DREAM ACADEMY、変わったところではTHE UKULELE ORCHESTRA OF GREAT BRITAIN等々、素敵な音楽を彼女から教わりましたね。

U:ミュージシャンズ・ミュージシャンというか、遊佐未森さん以外にも高野寛さんなど拘り派のアーティストからの支持が多いバンドですよね。そういう同業者からのリライアビリティって、選ぶ側のリスナーにとっても重要なファクターですから。 ではこれまでプリファブを聴き続けてきて、最も好きなアルバム、曲を選ぶとしたら? 

K:これまたものすごく悩む質問ですが、アルバムは『Andromeda Heights』かなぁ。あの頃の自分の状況と重ね合わせた上でこのアルバムを選びますね。当時、仕事も忙しく なってきて音楽から遠ざかっていた頃、たまたま車で移動中にラジオから聴こえてきた 曲が「A Prisoner of the Past」だったんです。ラジオのDJはGreat3の片寄明人さんで、 彼も少し興奮気味に、久しぶりのプリファブの新作です!って紹介していたと記憶しています。まさに忘れていた頃に届いた思いがけないプレゼントで、大げさではなくなぜか当時の僕の心は揺さぶられて、思わず車を路肩に停めて聴き入って涙がこぼれたんです。 泣いてしまうなんて、たぶんその頃の自分はちょっと別の理由で弱っていたのかもしれませんが(笑)、あー、音楽っていいなって素直に思えたんですね。
 それでまた自分もバンドがやりたくなって、昔のメンバーに電話をして「バンドやるぞ!」って訴えかけたんです(笑)。 一番好きな曲は、最初に聴いた衝撃で「Goodbye Lucille no.1(Johnny Johnny)」(『STEVE McQUEEN』収録)です。血気盛んな青臭い高校性の自分にとっては、見事にクールで洗練されたカウンターパンチにくらくらきましたね。

U:『Andromeda Heights』を選ぶのって、アルバムとしてのトータル感なんだろうね。「Goodbye Lucille no.1(Johnny Johnny)」は凄く渋い選曲だ。「Bonny」~「Appetite」~「When Love Breaks Down」と立て続けに高揚した後に落ち着ける曲じゃないか!
 僕の場合日本で最初にプリファブが『STEVE McQUEEN』で紹介された時、高校生でリアルタイム世代なんだけど、その時の初期衝動を引きずって聴き続けているから、もうマックイーンを選ぶしかないのね(笑)。
 曲だと「Bonny」か「Cruel」(『Swoon』収録)かな。ベスト3なら「Wild Horses」(『Jordan The Comeback』収録)を入れるけど、古くからのプリファブ・ファンほどベスト1を選べないと思うよ。本当に酷な質問だったね、ゴメン(笑)。 
 最後になりますが、近藤君がパディから受けた最も影響されたポイントとは?また目標としたいポイントはなんですか? 

K:プリファブと言えば、デビュー当初はひねりの効いた作風が特徴的で、ときに皮肉屋、いわゆる高度で難解な曲を作るアーティストというイメージがあって、若い頃の自分はそんな彼の作風や雰囲気に惹かれていました。でも90年代以降の彼の旋律や言葉はどんどんシンプルでストレートに変化していき、むしろ僕はその彼の率直な表現にますます心を奪われていきました。 
 また、星や宇宙といったイメージが好きなんだという、彼のロマンティシズム溢れる感覚も素敵です。でもただの夢想家ではなく、星を見上げて思いを馳せることによって、自分がどれだけちっぽけな存在か、それでもなおどれだけ重要なのかがわかると語った、彼の考え深さや謙虚な人柄に魅力を感じますね。「Andromeda Heights」の歌詞にある「僕らは愛と尊敬の土台の上にわが家を築くんだ」というフレーズもとても印象的ですよね。そういった、彼のバランス感に富んだ人間性が加味された音楽や言葉に、僕は大きな影響や共感を覚えてきたのだと思います。 彼を目標にというとあまりにおこがましいので具体的に思いつかないんですが、彼の作る優しさと気品に満ちた、静謐かつ刺激のある音楽が僕はとても好きなんで、自分もそんな音楽に少しでも近づく作品を残せたらいいなと、星に願いを託してみようかなぁ・・・。  

U:作風の変化は正しくそうだよね。『Swoon』から『STEVE McQUEEN』を挟んで『Protest Songs』(リリースは89年だが86年録音)までは、どこかスティーリー・ダン(ドナルド・フェイゲン)・シンドロームというべき作風で、意図的に難解なコード進行と転調を多用していて、それが耳に残るエレメントの一つだったんだけど、『From Langley Park To Memphis』の一部の作品以降は、メロディとハーモニーを自然調和させて、成熟したポップスをクリエイトするように変わっていったという。誤解を恐れずに感覚的にいうと、自分の作る音楽へのアプローチの仕方が、ドナルド・フェイゲンからジミー・ウエッブ(パディのカントリー・フィールは明らかにウエッブからのDNAを感じる)的にシフトしていったんじゃないかな。 
 ともあれ、パディのソングライティングを目標とした、近藤君の真摯なアティテュードが今後の曲作りに結晶することを心より願っております。

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