※蛇足だがこのライブイベントのフライヤーのモチーフになっているのは、1987年にリリースされた、Sheriff Jackのセカンドアルバム『 What Lovely Melodies!』(Midnight Music/CHIME 00.34 S)のジャケットである。英国人マルチプレイヤー・ミュージシャンのLewis Taylor(ルイス・テイラー)の変名ソロユニットで、筆者はリリース当時通っていたマニアックなレコード店の「一人XTCで超お勧め!」のポップコピーに興味を持ち試聴して、直ぐに購入し1、2年はコンスタントに愛聴していた。
その後テイラーは1996年~2004年の間にソロでアルバムをリリースした後、60年代末期に結成されたサイケデリック・ロック・バンド"The Edgar Broughton Band”のリユニオン時にアンドリュー・テイラーとしてギタリストでバンド加入していた。ソロとしては2022年以降に3枚のアルバムをリリースして現在も活動中だ。
それから25年後の2018年、ドイツ・ベルリンの”Firestation Records”が彼らのデモ音源を気に入り、18曲収録したコンピレーション『45 Revolutions Per Minute』(FST 154)、続いて同じ年には未発表の11曲収録の『Rarities』(FST 162)をそれぞれリリースしている。このコンピの評判により、キャンディ・オペラはバンドとしてリユニオンすることになり、全て新曲を収録した事実上のファースト・オリジナル・アルバム『The Patron Saint of Heartache』(TURN73D)をドイツ・ユッヘンのレーベル”A Turntable Friend”からリリースして、完全復活するというミラクルをやってのけたのだ。このような奇跡的復活を果たせたのも、彼らの才能を眠らせておかなかったFirestation RecordsやA Turntable FriendのA&Rマンの手腕と言えるだろう。
現バンド・メンバー
今回日本での新装リイシュー盤では、『The Patron Saint of Heartache』に3曲のボーナス・トラックを追加した全17曲、『45 Revolutions Per Minute』と『Rarities』を2枚組としてカップリングし、『Rarities』のディスクにボーナス・トラック1曲を追加し、これまでオブスキュア=世に埋もれ、詳細不明だった彼らのプロフィールについても解説されたブックレットが、それぞれ付属されているのでファンにとってはありがたい。
ここでは各アルバムで筆者が気になった主要曲の解説をしていく。
リユニオン後のファースト・アルバム『The Patron Saint of Heartache』は、ボーカル兼ギターのマローンを中心に、ギターのKen Moss(ケン・モス/元Shack)とBrian Chin Smithers(ブライアン・チン・スミザーズ)、ベースのFrank Mahon(フランク・マホン)、ドラムのAlan Currie(アラン・カリー)、キーボードとパーカッションのGary O'Donnell(ゲイリー・オドネル)の6名編成でレコーディングされており、プロデュースはバンド名義になっている。エンジニアリングとミックスは主にTom Roach(トム・ローチ)で、2曲のみAbbey Road StudiosでビートルズをはじめParlophone やApple Recordsのリイシュー・アルバムのリマスタリングを多く手掛けたGuy Massey(ガイ・マッセイ)がミックスを担当している。
収録曲はそのマッセイがミックスした冒頭の「These Days Are Ours」から完成度が高く、躍動的ビートを繰り出すリズム隊にアルペジオとカッティングを複数ダビングしたギター・トラック、シルキーなシンセ・パッドが空間を埋めたサウンドは結成当時からスタイルを引き継いでいる。また実体験と言える人生賛歌的歌詞を書いたマローンの歌声も、繊細ながらエモーショナルで25年のブランクを感じさせる衰えはなく、今でもバンドの顔になっている。
続く「Tell Me When The Lights Turn Green」もマッセイのミックスで、イントロから両チャンネルで聴こえるギター・アルペジオが美しいバラードで、メロディにはシカゴ・ソウルの匂いもする。この曲でアディショナル・キーボードとタンバリンもプレイしているドラマーのカリーは、第一期Candy Opera解散時メンバーだが、その後90年代にはFishmonkeymanというインディーズ・ギターポップ・バンドに所属しアルバム2枚とシングル6枚をリリースしている。
リアルタイムでプリファブ・スプラウトを愛聴していた筆者が最も反応したのが、「Start All Over Again」だ。プリファブの『Jordan: The Comeback』(1990年)収録曲に通じるポジティブなメロディと不毛の愛を綴った歌詞、よくミキシングされたギターやシンセサイザーの配置と空間系エフェクターの処理が効いたサウンドは、一聴して好きになれずにいられない。
Start All Over Again / Candy Opera
全編アコースティック・セットの演奏による「Five Senses Four Seasons」は英国トラッド系フォークに通じ、無垢な歌詞とよく溶け合い、コーダではアカペラになるという構成で美しい曲だ。コーラス4名の内クレジットされている女性のAmy Mahonは、ベーシストのマホンの妻か姉妹かも知れないが、そんなアットホームな雰囲気もこの曲の良さである。
一転してホーン・セクションとコンガ、女性コーラス2名が加わったファンク・サウンドの「Rise」は、『The Cost of Loving』(1987年)時代のThe Style Council(スタイル・カウンシル)に通じていて、このバンドの多様性を垣間見れる。作曲クレジットがメンバー全員の名義になっているので、こういったブラック・ミュージック趣向を持つメンバーが主導しているのだろう。
Paul Malone
本編ラストの「Crazy」は、リラックスしたビートとは裏腹に、都市開発により変わり果てていく風景を狂気じみていると嘆く歌詞のコントラストが興味深い。ここでは「These Days Are Ours」同様、元The Teardrop Explodesメンバーでマローンの友人らしきポール・シンプソンが再びバッキング・ボーカルで参加しており、ヴァースではほぼデュエットしている。マリアッチなトランペットを加えたサウンドや、コーダでハチロクのロッカバラード風になる構成もよく練られている。
なおボーナス・トラックはオリジナルのドイツ盤収録の「Gimme One Last Try」「There Is No Love」に加えて、日本新装リイシュー盤では、「These Days Are Ours -Piano Version」「Wide Open Spaces」「She Won’t Let You Down」の3曲が追加収録されている。特に本作リードトラックの「These Days Are Ours」の ピアノ・ヴァージョンは、同曲のデモに近いヴァージョンと推測されるのでファンは必聴だろう。
89~93年頃のバンド・メンバー
続いてキャンディ・オペラの第一期(1982~1993年)のデモ音源を発掘したコンピレーションと、未発表曲集を日本独自に2枚組で新装リイシューした『45 Revolutions Per Minute & Rarities』について解説する。
バンド結成時キャンディ・オペラのメンバーは、マローンとモス以外にベースのMike Wiggins(マイク・ウィギンズ)、ドラムのIan Haskell(イアン・ハスケル)だった。このラインナップのデモは本作DISC1『45 Revolutions Per Minute』に4曲収録されている。
DISC1冒頭の「What A Way To Travel」はシャッフル・ビートの軽快なギターポップで、デジタル・シンセサイザーのエレピやパッドの音色からローバジェットで製作された感はあるが、それが味となってプリファブの『Swoon』(1984年)や『Protest Songs』(1989年/レコーディング:1985年)に通じる。とにかく曲の良さとマローンの歌声が光っている。
What A Way To Travel / Candy Opera
続く「The Good Book And The Green」も前曲と同メンバーによる爽やかなギターポップで、マホンとカリーのリズム隊による安定した演奏と、チン・スミザーズによるギターとキーボードの的確なプレイが、マローンのボーカルをサポートしている。
4曲目の「Fever Pitch」は「What A Way To Travel」と同時期にレコーディングされた曲で、曲調やアレンジ共に初期プリファブ度が高く、サウンドの構築方法も参考にしていたのではないかと思える。
DISC2の『Rarities』は、『45 Revolutions Per Minute』や『The Patron Saint of Heartache』未収録のレアトラック集で、「What A Way To Travel」や「Rise」のデモ・ヴァージョン、「Nine Times Out Of Ten」「Fever Pitch」のライブ・ヴァージョンなどレアな音源が聴ける。
未発表で秀逸な曲は「I Can See For Miles」で、初期スティーリー・ダンにも通じた不可思議で洗練さを感じさせるコード進行とメロディは一聴して虜になった。この曲はマローンのソングライティングにカリーが作曲で手助けし、プロデュースとエンジニアリングもカリーが担当している。演奏もマローンによるギター以外の全ての楽器をカリーがプレイしてるので、この時代からカリーはマローンにとっては不可欠な音楽的パートナーだったと推測する。
I Can See For Miles / Candy Opera
スティーリー・ダン繋がりでは、冒頭曲の「Las Americanos」のイントロのギターリフは「Don't Take Me Alive」でヴァースは「Green Earrings」(共に『The Royal Scam』収録/1976年)だったり、「Between A Rock And A Hard Place」では全体的に「Do It Again」(『Can't Buy A Thrill』収録/1972年)を意識しているのが感じられる。これは1980年代中頃から90年代初期に掛けておこった”スティーリー・ダン症候群(Steely Dan Syndrome)”と捉えていいだろう。スティーリーのウォルター・ベッカー自身がプロデュースしたChina Crisis(チャイナ・クライシス)やノルウェー出身のFra Lippo Lippi(フラ・リッポ・リッピ)の直系から、ソングライティングやサウンドに影響が垣間見えるプリファブのパディ・マクアルーンやDanny Wilson(ダニー・ウィルソン)など。またサウンドはその影響下ではないが、スティーリーの代表曲をバンド名にしたDeacon Blue(ディーコン・ブルー)などこの時期にイギリスを中心に多く出現していたので、マローンとカリーも同胞だったと考えられる。
高校時代、季節はいつだったか忘れてしまったが、ある雑誌で遊佐未森さんが紹介していたPrefab Sproutの『From Langley Park To Memphis』のジャケットを目にした。同じ頃偶然に、近所の音楽に詳しい大学生のお兄さんから、こういうのも聴いてみなよと貸してくれたアルバム『STEVE McQUEEN』のカセットテープ。なんだか運命を感じて、ガチャガチャっと慌ただしくデッキの再生ボタンを押した。当時の自分が今まで聴いたことのない毛色、なんとも甘味な音楽がスピーカーから部屋全体に広がり、僕はすっかり魅了されてしまった。