2023年6月30日金曜日

吉田哲人:『ムーンライト・Tokyo』(なりすレコード/NRSD-3115)


 2021年7月にセカンド・シングル『光の惑星/小さな手のひら』を7インチでリリースした、作編曲家、シンガーソングライターの吉田哲人(よしだ てつと)が、サード・シングル『ムーンライト・Tokyo』を7月7日にリリースする。
 同日の七夕からの発想で“短冊CDの日”として、1990年代に多くリリースされた8cmシングルCDという、今では希少なパッケージを現在活動するアーティストとCDショップとで盛り上げていこうというイベントを開催する。 この一環で彼の最新シングルも8cmシングルCDリリースされるという訳だ。 

 吉田の経歴について改めて紹介するが、大阪芸術大学卒業後の98年にThe Orangers名義でデビュー後、様々なコンピレーションへの楽曲提供やリミキサーとして参加しており、2001年には小西康陽氏が主宰するReadymade Entertainment所属のマニピュレーターとしてよりメジャーなプロダクションに関わっていった。その後も鈴木亜美やきゃりーぱみゅぱみゅから竹達彩奈Negicco、チームしゃちほこ、私立恵比寿中学、WHY@DOLL(ホワイドール)など多くのアイドル楽曲に関わり、業界でも知られる存在なのである。
 19年よりシンガーソングライターとして、ファースト・シングル『ひとめぐり/光の中へ』(NRSP-772)、2年後の21年にセカンド『光の惑星/小さな手のひら』(NRSP-796)をリリースしており、本作『ムーンライト・Tokyo』がサード・シングルとなる。
 
 タイトル曲は、19年に解散したアイドル・グループTHERE THERE THERES(ゼアーゼアーゼアーズ)の中心メンバーだったカイの同年のソロ・デビュー曲として提供されており、今回リアレンジしたセルフ・カバーである。 またカップリングの「Don’t Ask Me Why」は、同じく19年に解散したアイドル・デュオWHY@DOLLの18年の11thシングル『Sweet Vinegar』のカップリング曲で、『ムーンライト・Tokyo』同様にリアレンジされたセルフ・カバーだ。


  ここでは筆者による解説と、吉田がソングライティングやレコーディング中にイメージ作りで聴いていた楽曲をセレクトしたプレイリスト(サブスクで試聴可)をお送りするので、聴きながら読んでいただきたい。
 タイトル曲の「ムーンライト・Tokyo」は、元THERE THERE THERESのカイがソロ・アイドルとしてスタートしたファースト・シングルとして、吉田が作編曲して、遊星あいが作詞し19年6月にリリースされた。所謂80年代中期のユーロ系テクノ歌謡(Wink やBaBe等)に通じるサウンドであった。
 ここでのセルフ・カバー・ヴァージョンではリアレンジされて音数を減らしてアタックの強いシンセサイザーを排除し、BPMも落として大人の男性シンガーが歌唱するのに相応しいサウンドにアダプトしている。 全ての演奏とプログラミングからエンジニアリング、ミックスまで吉田が一人で担当して、マスタリングは多くのミュージシャンから信頼されているマイクロスター佐藤清喜に委ねられている。遊星の歌詞は、テクノロジーで構築された不夜城“Tokyo”の夜を舞台に妄想する不毛の恋愛を描いている。 

 カップリングの「Don’t Ask Me Why」は、前文で説明した通り、WHY@DOLLの11thシングルのカップリング曲でメンバーの青木千春・浦谷はるなが共同作詞している。浦谷は幣サイトで高評価した吉田の前シングルB面曲「小さな手のひら」も手掛けているので記憶にあるかも知れない。
 作編曲は吉田で長谷泰宏(ユメトコスメ主宰、青野りえ等)もアレンジに参加していたWHY@DOLLのオリジナルは、2000年代のPerfumeに通じる四つ打ちキックが効いたエレクトロ・ダンス・サウンドだったが、幣サイト読者にはイントロのギターのアルペジオの方が耳に残るであろう。筆者の世代的にはプリファブ・スプラウトの「Goodbye Lucille #1」(『Steve McQueen』収録/85年)を初見で気付いたが、熱心なビーチボーイズ・マニアにはブライアン・ウィルソンがソングライティングとプロデュースを手掛けた、彼の初婚相手マリリン・ロヴェルと姉妹によるガール・グループThe Honeys(後にAmerican Springに発展)の「He's a Doll」(64年)のそれをイメージさせるだろう。
 このパターンは諸説あるが、ビーチボーイズ最初期の「County Fair」(『Surfin' Safari』収録/62年)で聴けるイントロのギターリフを循環させて長尺に展開したと考えられる。いずれにしてもブライアンからプリファブのパディ・マクアルーンを経由して、自らのサウンドに取り込んだ吉田の研究心には感心させられる。
 吉田単独でリアレンジされた今回のセルフ・カバーでも、このアルペジオは重要なエレメントとして機能しており、「ムーンライト・Tokyo」同様に音数や周波数帯域が整理され、エレキ・ギターのトラックには前出のプリファブの『Steve McQueen』で、プロデューサーのトーマス・ドルビーが施した様な空間系エフェクターがよく効いている。そして特筆すべきは2分41秒からの間奏の一人多重コーラスで、その美しさは、青木と浦谷による悲恋な歌詞の世界観を高め、替えが効かないパートとなっている。ブライアン=ビーチボーイズのコーラス・アレンジをよく研究している成果であろう。

 なお近々ソロ・アルバムのリリースも計画されているらしいので、書き下ろしのソロ用新曲にも注目している。作家としての吉田哲人ファンも期待して待とう。


 【吉田哲人プレイリスト】
  ※Spotify登録曲だけを選曲し,、
セルフ・カバーの原曲は筆者が追加している。


ある日の情景(1)
「テットさんのPromises,Promises(WHY@DOLL)が評判良くて!またあんな感じのを作って欲しいんですけれども。」
「例えばどんなの?」
「Material Girlみたいな生意気な女の子の世界観とか。」 
「それ概ね歌詞の話だよね…」
ツッコミながら僕の頭の中に流れた曲は何故かPrefab Sprout / The King Of Rock ’N’ Rollだった。

 ある日の情景(2) 
「歌始まりだとライブでクリックを流さないと駄目で、クリック始まりはあまりいいと思えないんですよねえ…」 
「分かりました、何か考えます。」

ある日の情景(3)
「INTRO付け足すのなぁ…Girl Popだからなぁ…そうだHe’s A Dollの頭!」
「あれ?ピッチとテンポ変えたら…」

ある日の情景(4)
「テクノポップでお願いします。」
「例えばどんなの?」
「本人のリクエスト的には云々カンヌン。」
「マイナーキーが多いですね。歌謡曲的な曲がお好きなんですね。」

ある日の情景(5) 
「夢一夜(南こうせつ)って女性視点の歌詞だよなぁ。おじさんが女性詞歌っても良いってことかニューミュージックだし。」etc,etc…

このような思い出がある二曲です。 
最終的に出来上がったものを自分で聞いて、この辺りの影響だろうなぁと思う10曲です。

◼️Our Prayer / The Beach Boys(『20/20』/ 1969年) 
◼️ねらわれた少女/ 真鍋ちえみ(『不思議・少女』/ 1982年)
◼️My Girl And Me / Gangway (『Sitting In The Park “AGAIN!”』/ 1988年)
◼️格好悪いふられ方 / 大江千里 (『HOMME』/ 1991年) 
◼️The King Of Rock ’N’ Roll / Prefab Sprout
 (『From Langley Park To Memphis』/ 1988年) 
◼️Same Same / MOMOLAND(『GREAT!』/ 2018年) 
◼️He's A Doll / The Honeys(『He's A Doll』/ 1964年) 
◼️Goodbye Lucille #1 (Johnny Johnny) / Prefab Sprout
 (『Steve McQueen』/ 1985年)
◼️Mary's Prayer / Danny Wilson(『Meet Danny Wilson』/ 1987年) 
◼️If You Don't Love Me / Prefab Sprout 
 (『The Best Of Prefab Sprout: A Life Of Surprises』/ 1992年) 
 


(本編テキスト:ウチタカヒデ

2023年6月23日金曜日

FMおおつ/音楽の館~Music Note 2023年5月号 西城秀樹リクエスト特集

 2023年5月のFMおおつ「音楽の館~Music Note」は、2018年5月16日に63歳で亡くなった昭和を代表する不世出のヴォーカリスト「西城秀樹特集」。

 私がこの番組を担当した2019年以来4回の放送で、通算10時間超えのプログラムを組み、大反響をいただいた「ヒデキ特集」。今年の経ち月はヒデキ・ファンの皆さんからのリクエストで通算5回目のプログラム。

 今回特集は今年日本中を興奮のるつぼに巻き込み、3大会ぶりに世界一を奪還したWBCのテーマ<Saparate Ways>。この曲を1983年のライヴ『BIG Game '83』のヒデキカヴァーでスタート

 第1パートBGはJourney<Saparate Ways>。
 
 本編トップは1975年の大阪球場コンサートで新曲として歌われた<至上の愛>。それにカバー・アルバム『Stranger In The Night』が47週1位を記録していたシンガポールで開催された公演でキレキレのダンスで披露された1984年『GENTLE・A MAN』に収録された角松敏生書下ろし曲<Throu The Night>

 第2パートのBGは<ブーツをぬいで朝食を>のヒデキ最終作『心響-KODOU- 60th Anniversary』ヴァージョン。

 このラスト作は脳梗塞を患い万全の体調とは言えない状況ながら、ギターに元PARACHUTEの今剛、キーボードは元KUWATA BAND小島良喜、ドラムがShogunの山木秀夫等といった豪華な顔ぶれに支えられ健在ぶりを披露。

 ここではこのアルバムから、1曲目は彼のデビュー曲<恋する季節>、続いて事務所独立後にショート・カットで披露した<ギャランドゥ>。そして1978年後楽園球場でステージから消防ホースで放水しながら歌っていたという<炎>。

 第3パートBGは
『心響-KODOU- 60th Anniversary』収録<YOUNG MAN(Y.M.C.A.)>

 このパートもラスト作の収録曲から。当時握手会に国鉄で往復8時間かけて握手会に出向いたというファンからリクエストで<この愛のときめき>、これを含んだメドレー<この愛のときめき~君よ抱かれて熱くなれ>。
 そしてアン・ルイスのデザインによる背中のぱっくりあいた赤黒全身タイツのコスチュームで歌唱していた<ジャガー>を含んだメドレーで<薔薇の鎖~ジャガー~ブーメランストリート>。 
 ラストはこのアルバム唯一の新曲で生前最後のオリジナル曲<蜃気楼>
 
 第4パートBGは1988年第21作『33才』収録の<夏の誘惑>。

 ここでは2000年代のヒデキ・ソングから。まず2001年リリース河村隆一作83作シングル<JASMINE>。そして、2006年にリリースされた事実上のラスト・シングルで<めぐり逢い>。この曲はAndre Gagnonのインストに詞を付けた作品。

 第5パートBGはWinkのカヴァー<愛が止まらない~Turn it into love~
>。

 このパートはちょっとレアなナンバーから。まず1991年リリースのヒデキ最後のオリジナル・アルバム『MAD DOG』収録の<ハッピーエンドをぶっとばせ>。
 もう1曲は1993年リリース69枚目のシングル<いくつもの星が流れ>、シンガーソングライターのヒロスケのデビュー曲のカヴァー。アレンジは吉野藤丸。

 第6パートBGは『BIG GAME '78』のオープニング<オーバーチュアー~Feel for the City>。オープニング・ナンバーはブギ・バンドFoghatが1975年にリリースしyたアルバム・タイトル曲。

 ここではのライヴ・アルバム『BIG GAME '78』から。このライヴで無数のペンライトの光に囲まれ披露された<Natalie>。そのイメージはBob Dylanの1974年『Before the Flood』を彷彿させる。そしてコンサートの終わる名残惜しさを感じさせるBob Dylanのカヴァー<I Shall Be Released>

 第7パートBGも『BIG GAME '78』からRod Stwartでお馴染み<Sailing>

 このパートもライヴ音源で、まずは1975年の初武道館ライヴに収録の15枚目シングル<白い教会>B面<カモン・ベイビー>。
 2曲目は後に1986年の『Strangers In The Night』にも収録される<What a Diffrence a Day Make(恋は異なもの)>。オリジナルは1959年のDinah Washington、ライヴでは1975年のEsther Phillipsのリヴァイヴァル・ヴァージョンを1976年武道館のライヴ『ライヴ’76』で。
 続いては1975年のライヴ『新しい愛への出発』に収録されたThe Rolling Stonesの<Jumpin' Jack Flash>。
 4曲目5曲目は『BIG GAME '80』から、まずはUraiha Heepの代表作『Look At Yourseif(対自核)』に収録された傑作バラード<July Morning>。そしてイタリアのバンドI Santo Californiaの1974年デビュー曲<Tornero>をカヴァーした<トレビの泉>

 次の第8パートBGは、1986年第19作『FROM TOKYO』から<夢の囁き>。

 ここで取り上げるナンバーは1978年27枚目のシングル<遥かなる恋人へ>。好ナンバーでTOP10ヒットながら、<ブルースカイブルー>と<YOUNG MAN(Y.M.C.A)>の間で少々印象が薄い。2曲目は1988年『33才』に収録された作詞家小林和子とのデュエットで<真夏のPoison>。作曲は元AB'Sの松下誠。

 ラス前第9パートBGは1982年15作『CRYSTAL LOVE』収録<BORN TO BE A STAR>。作曲は元ShogunのKasey Rankinでアレンジは鷺巣詩郎。

 ここでは初期のヒット曲から、まず1977年の21枚目のシングル<セクシー・ロックンローラー>。2曲目は一の宮はじめによるマジンガーZ風振り付けでお馴染み1972年のサード・シングル<チャンスは一度>。そして、秀樹の3枚ある1位獲得曲の一つ<愛の十字架>。

 最後のパートBGはヒデキを代表する<ブルースカイブルー>の1986年の『LIFE WORK』収録ヴァージョン。

 ラストは「ヒデキと言えばライヴ」ということで、ライヴ・ヴァージョンから。まずはライヴでの大合唱がお約束の<青春に賭けよう>、今回は映画『BLOW UP!HIDEKI』でも放映されていた1975年『ヒデキ・オン・ツアー』収録テイクで。
 そして1985年に50枚目のシングル発売を記念した初の『'85 武道館 50 Songs』から<ジプシー>。オーラスはヒデキのキラーチューンで1974年のNHK紅白歌合戦でも披露された<傷だらけのローラ>『BIG GAME '78』のパフォーマンスから

 なお6月号はこちらもこの番組で恒例となりましたジュリー特集予定です。そんな彼も6月25日で75歳を迎え、それを記念したさいたまスーパーアリーナで「生誕祭」を兼ねた記念公演が開催されます。次回放送はそんなジュリーの誕生日前日の6月24日、再放送の1回目は誕生日の放送になります。ということで「ジュリー75歳生誕祭特集」をお届けします。6月も第4土曜日16時からの「音楽の館~Music Note」お楽しみください。

2023.6.24.(土)16:00~ 
(再放送)
2023.6.25.(日)8:00~
    6.27.(火)~ 6.30.(金)2:00~

※FMおおつ  周波数 79.1MHz でお楽しみください。
※FMプラプラ (https://fmplapla.com/fmotsu/)なら全国(全世界)でお楽しみいただけます。

「西城秀樹 追悼特集 セット・リスト>


1. Saparate Ways(Live)/ 西城秀樹 (Big Game '83)

BG: Saparate Ways/ Journey

2. 至上の愛(Live)/ 西城秀樹 (Memory 20歳の日記)
3. Throu the Night西城秀樹

BG: ブーツをぬいで朝食を(心響-KODOU)/ 西城秀樹

4. 恋する季節(心響-KODOU)/ 西城秀樹
5. ギャランドゥ(心響-KODOU)/ 西城秀樹
6. (心響-KODOU)/ 西城秀樹

BG: YOUNG MAN(Y.M.C.A.)(心響-KODOU)/ 西城秀樹 

7. この愛のときめき~君よ抱かれて熱くなれ
  ~若き獅子たち(心響-KODOU)/ 西城秀樹
8. 薔薇の鎖~ジャガー
       ~ブーメランストリート(心響-KODOU)/ 西城秀樹
9.蜃気楼 / 西城秀樹

BG: 夏の誘惑/ 西城秀樹 

10. JASMINE / 西城秀樹 
11. めぐり逢い / 西城秀樹

BG: 愛が止まらない~Turn it into love~/ 西城秀樹 

12. ハッピーエンドをぶっとばせ 西城秀樹
13. いくつもの星が流れ 西城秀樹

BG: オーバーチュアー~Feel for the City(Live)/ 西城秀樹  (Big Game '78)

14.  Natalie(Live)/ 西城秀樹 (Big Game '78)
15. I Shall Be Rereased(Live) / 西城秀樹 (Big Game '78)

BG:Sailing(Live)/ 西城秀樹  (Big Game '78)

16. カモン・ベイビー(Live) / 西城秀樹 (Memory 20歳の日記)
17. What a Diffrence a Day Make(Live) / 西城秀樹 (LIVE '76)
18. Jumpin' Jack Flash(Live)  / 西城秀樹 (新しい愛への出発)
19. July Morning(Live) / 西城秀樹 (Big Game '80)
20. トレビの泉(Live)/ 西城秀樹 (Big Game '78)
 
BG: 夢の囁き/ 西城秀樹  

21. 遥かなる恋人へ / 西城秀樹
22. 真夏のPoison/ 西城秀樹 With 小林和子

BG: BORN TO BE A STAR(Live)/ 西城秀樹 

23. セクシー・ロックンローラー(Live) 西城秀樹('85武道館 50 Songs
24. チャンスは一度 / 西城秀樹
25. 愛の十字架 / 西城秀樹

BG: ブルースカイブルー(LIFE WORK)/ 西城秀樹  

26.  青春に賭けよう(Live) / 西城秀樹 (ヒデキ・オン・ツアー
27. ジプシー(Live) / 西城秀樹 ('85武道館 50 Songs
28. 傷だらけのローラ(Live) / 西城秀樹 (Big Game '80) 
29. Clap: THank You / Various Artist




2023年6月11日日曜日

AI時代に増殖するBrianヴォイス+Leon Russell 伝


 アニメ「スーパーマリオブラザーズ」の世界興行収入は1700億円を突破したそうだ。

 配管工が世界に夢を届けているのだ。配管工の小倅Murryは起業し一家を養うと共に作曲家としてもその持てる才能を開花させた。その孫Brianにおいては言わずと知れたThe Beach Boysを率い時代を席巻した。

 ここ最近”[AI]Brian”の文字を含む動画を目にすることが増えた。お恥ずかしいことに当初筆者は、BrianとAl Jardineの共作だと勘違いし、その老境に入っても尚も意欲的な姿勢に喝采しかけたのだ。

 実際はALではなくAIと分かったのだが、何をしてAIであるのかが疑問であったので、その背景を調べてみた。技術の根本にあるのがso-vits-svcという音声加工技術があった。音声を0から合成するのではなく音声ファイルを読み込んで別の音声に変換する技術である。したがって何がしかの歌声ファイルを用意せなばならない。

 さらに音声を読み込んで、同時に生成モデルファイルをガイドに音声の加工を行うことが分かった。この生成モデルファイルには音声のキャラクターなどを学習させたもののようだ。つまりはAIがモノマネをしてくれるシステムであったのだ。

 インストールなど導入に当たっては全てフリーの環境なので、筆者もインストール等難なくできた。合成音声で基の歌声ファイルを作成できたので、早速動かしてみたが、下記の動画の通りかなりぶっきらぼうなBrianとなった。



 リバーブにイコライジングやコンプレッサーなどあの手この手でなんとか聴けるレベルに漕ぎ着けたが、時間をかけるとかなりのものになるかも知れない、と思わせる。世の中には強者がいるもので、Smileセッションを再現したり、弊誌でもおなじみ「Sherry She Needs Me」を1965年風Brianのヴォーカルで再現してみたりしている。解散後も人気の高いThe BeatlesやOasisの楽曲で多くのAIヴォイスが活躍しているようだ、そういえばNoel Gallagherは元々配管工だった。 


Leon Russell: The Master of Space and Time's

Journey Through Rock & Roll History

Bill Janovitz著 2023


 コロナ後に刊行された本書はLeon Russellの一生を丁寧に描き出した労作だ。個人的にはWrecking Crewの一員として活躍するまでの無名時代からの過程がいきいきと綴られている点は秀逸だ。

 さまざまなセッションナンバーにおける参加メンバーの裏付けは、一曲一曲AFM Local No.47への徹底的なリサーチによるものである。初期の裏方時代におけるLeon Russellの活動はレコード盤でのクレジットからなんとなく分かってはいたものの、本書によってそれぞれの点が線で結ばれるのだ。

 本名のRussell BridgesからLeon Russellへと名乗る過程の秘密も本書で解き明かしてくれる。弊誌でもおなじみDavid GatesはLeonと同郷であり共に音楽活動をしていたのは有名な話であるが、ビジネスレベルでも加州への進出後も密接に関わっていたこと本書は教えてくれる。

 音楽出版社DragonwyckはDavidとLeonと共同で設立したものだ、故にDragonwyckのクレジットがある初期のDavid Gatesの作品群の大半にはLeonの演奏が含まれていることとなる。さらに弊誌でおなじみGary Lewis & the PlayboysにおいてはLibertyレーベルでSnuff Garrettの右腕としてアレンジや演奏でLeonは大活躍したが、Libertyとの縁も様々な縁が(本書を読むと「この人がここで!あーこんなとこで繋がるか!」という様々な出会いがある)あったことがわかる。


大ヒットしたガールグループMurmaidsの「Popsicles and Icicles」も
David Gates作でDragonwyck Musicの作品だ。
Leonも一枚噛んでいるのだが.....謎は本書で?

 故郷OklahomaのTulsaでは十代から音楽活動を始め、ついにはJerry Lee Lewisのバックや代役を務めるほど頭角を現した。当時常連としていたナイトクラブはwestern swingで有名なBob Wills and HIs Texas Playboysが根城としていた場所だった。ちなみにBobの弟Johnnie Lee WillsはMurry Wilsonの「Two Step Side Step」をレコーディングしている。

 このBob WillsとTulsa出身者の縁というのが大きく影響を与えており、本書からLeonの義理堅さが伝わってくるのだ。スタジオ・ミュージシャンとして関わったジャンルの多様さに改めて驚かされる、地方のクラブ歌手からDavid Gatesの手がけたティーン・サウンド、有象無象のガレージ・インストに粗製乱造のHot Rod物から、フォーク・ロック、かと思えばバロック調イージー・リスニングからR&BにTV出演、そしてFrank SinatraやDean Martinに至るまでを20代で第一線級の活躍をしていた。

 本書ではセッションの一覧やディスコグラフィの収録はないが、丁寧なリサーチに裏付けられた記述は読んでいて楽しい。


Leonも参加したFrank Sinatraの「SINATRA'65」
右下を拡大すると.....

 Wrecking Crew時代については、わざわざ一章10数ページにわたって設けている、取材ソースはドキュメンタリー「The wrecking Crew」監督Denny Tedescoより提供された同作品制作時の公開/非公開インタビューという第1級資料に由来するという豪華さだ。
 Shelterレーベル立ち上げ後の様々なビジネスプランや日本ツアーの思い出などのエピソードの数々も興味深い。本書ではLeonに生来の右半身麻痺があることを明らかにしている。ピアニストにとって右手の麻痺は大きなハンディキャップとなるはずだ。不具の壁、地域や国境の壁を超えた生の輝きに似た読後感をもたらしてくれる本書である。

2023年6月1日木曜日

Saigenji :『COVERS & INSTRUMENTALS』 (Happiness Records/HRBR-027)


 2020年の2 枚組ライヴ・アルバム『Live “Compass for the Future”』(HRBR-017)や18年の9thアルバム『Compass』(HRBR-013)など幣サイトのレビューでもお馴染みの、シンガー・ソングライター兼ギタリストのSaigenji(以降サイゲンジ)が、MPB(ブラジリアン・ポピュラー・ミュージック)やスペイン・ポップス、R&B、沖縄民謡などを独自アレンジしたカバーと、オリジナル・インスト曲をコンパイルした『COVERS & INSTRUMENTALS』を6月7日にリリースする。

 レコーディングは2012年の『One Voice, One Guitar』(XQJT-1005)と同様にほぼ完全ソロでおこなわれており、ジョアン・ジルベルトの『João Voz E Violão』(プロデュース:カエターノ・ヴェローゾ/2000年)にも通じる、一人のパフォーマーとしての表現力を際立たせており、昨今のPro Tools(プロ・ツールス)による無制限マルチ・トラック・レコーディングに逆らった、そのミュージシャン・シップには敬服するばかりだ。
 本作には全18曲が収録され、絶妙な選曲によるカバー8曲とオリジナル・インスト曲10曲をよく計算された曲順で配置されており、筆者の様にジャンルに拘りなくリスニングしている音楽ファンをも唸らせる内容になっている。
 シンガー・ソングライター兼ギタリスト、パフォーマーとして唯一無二の存在であるサイゲンジのプロフィールについては説明不要と思われるが、詳しくは『ACALANTO』(05年)の10周年記念リマスター盤のリイシュー時に再掲載した、筆者のインタビュー記事(https://www.webvanda.com/2015/11/saigenji-acalanto10th-anniversary.html)を参照して欲しい。 


 ここでは本作中で筆者が気になった主な収録曲を解説していく。
 冒頭の「Open your ocean -prologue-」はオリジナル・インストで、スキャットによるテーマの旋律は嘗ての「La Puerta」(同名アルバム収録/2003年)に通じ、ミナス・サウンドからの影響を強く感じさせる。
 続く「Samurai」は、70年代後半からブラジルを代表するシンガー・ソングライターとなった、ジャヴァン(Djavan Caetano Viana)の82年作シングルのカバーで、本作のリード・トラックとして5月1日より先行配信されており、既に耳にしているファンも多いと思う。
 そもそもこの曲を収録したジャヴァンの『Luz』は、米国CBSソニーと契約しロスアンゼルスで初レコーディングして世界展開した記念碑的アルバムで、彼の最大のヒット作となった。筆者を含めこの曲やアルバムでジャヴァンの存在を知った音楽ファンは多いと思うが、ロニー・フォスターのプロデュースでハーヴィー・メイソンやエイブラハム・ラボリエルなど名うてのミュージシャン達が参加し、スティービー・ワンダーのハーモニカをフィーチャーした、Ⅱ-Ⅴ進行のコード転回を持つこの曲の虜になったのは言うまでもない。
 このような十全十美な曲であるが、サイゲンジはここで「Music Junkie」(『Music Eater』収録/2005年)よろしくヴォイス・パーカッションを多用した一人多重録音で解釈しているから痛快で堪らない。何よりジャヴァンに通じるヴォーカルの存在感と表現力の巧みさは大きい。
   
Samurai / Saigenji

 本作の「静」の側面を担うオリジナル・インストで、サブスクにて37万回以上の再生を誇るのは「Ajisai」だ。タイトルからイメージ出来る通り、雨の中で佇む紫陽花の刹那性を表現した美しいワルツで、世界中の音楽リスナーから好まれるのも頷ける。
 MPBやボサノヴァのブラジル人作曲家として筆頭に挙がるであろう、アントニオ・カルロス・ジョビンの曲は「Desafinado」と「Luiza」の2曲を取り上げており、前者はオリジナル・キーから1音落としたことでより深みのある和声感覚になり、サイゲンジのカラーに仕上げている。ジョビン屈指のロマンチックなバラードとして知られる後者は、以前からライヴ・レパートリーとしてプレイされてきたので、この初音源化はファンにとって嬉しいことだろう。
 「Samurai」同様に先行配信された「Amapola」は、山下達郎氏も『On The Street Corner 2』(86年)でアカペラ・カバーしているスタンダード曲で、スペインの作曲家ホセ・ラカジェが1924年に発表した歴史あるポップスである。ここではオリジナルよりややスロー・テンポの弾き語りにより表現力豊かに演奏されている。

 後半には本作のハイライトとして、「椰子の実」(昭和の唱歌/作詞:島崎藤村、作曲:大中寅二)、「Ponta de areia」(ミルトン・ナシメント)、「てぃんさぐぬ花」(沖縄民謡)の3曲が連なって収録されているのは注目に値する。これら曲の歌詞のテーマ、心象風景の繊細な描写など、その素晴らしさは多くを語りたくないほど美しいので聴いてほしい、いや聴くべきだ。
 カバー曲中最も異色なのがビル・ウィザーズの「Ain't no sunshine」(71年)だろう。ジャンルレスに音楽をリスニングしている、リアルなMusic Junkieとしてのサイゲンジのセンスが滲み出た選曲である。ヴォイス・パーカッションを多用した一人多重録音で、抒情的なストリングス・アレンジを配したオリジナルとは対極にある、ドープなサウンド・スタイルには脱帽である。


 ファースト・アルバムのリリース前から彼のライヴの常連だった筆者なので、些か贔屓目になってしまうが、カバー曲も自分のカラーに染めてしまうのがサイゲンジの魅力であり、実力含め高評価出来る数少ないミュージシャンなのである。
 興味を持った音楽ファンは是非本作を入手して聴いてほしい。 

(テキスト:ウチタカヒデ