2023年6月30日金曜日

吉田哲人:『ムーンライト・Tokyo』(なりすレコード/NRSD-3115)


 2021年7月にセカンド・シングル『光の惑星/小さな手のひら』を7インチでリリースした、作編曲家、シンガーソングライターの吉田哲人(よしだ てつと)が、サード・シングル『ムーンライト・Tokyo』を7月7日にリリースする。
 同日の七夕からの発想で“短冊CDの日”として、1990年代に多くリリースされた8cmシングルCDという、今では希少なパッケージを現在活動するアーティストとCDショップとで盛り上げていこうというイベントを開催する。 この一環で彼の最新シングルも8cmシングルCDリリースされるという訳だ。 

 吉田の経歴について改めて紹介するが、大阪芸術大学卒業後の98年にThe Orangers名義でデビュー後、様々なコンピレーションへの楽曲提供やリミキサーとして参加しており、2001年には小西康陽氏が主宰するReadymade Entertainment所属のマニピュレーターとしてよりメジャーなプロダクションに関わっていった。その後も鈴木亜美やきゃりーぱみゅぱみゅから竹達彩奈Negicco、チームしゃちほこ、私立恵比寿中学、WHY@DOLL(ホワイドール)など多くのアイドル楽曲に関わり、業界でも知られる存在なのである。
 19年よりシンガーソングライターとして、ファースト・シングル『ひとめぐり/光の中へ』(NRSP-772)、2年後の21年にセカンド『光の惑星/小さな手のひら』(NRSP-796)をリリースしており、本作『ムーンライト・Tokyo』がサード・シングルとなる。
 
 タイトル曲は、19年に解散したアイドル・グループTHERE THERE THERES(ゼアーゼアーゼアーズ)の中心メンバーだったカイの同年のソロ・デビュー曲として提供されており、今回リアレンジしたセルフ・カバーである。 またカップリングの「Don’t Ask Me Why」は、同じく19年に解散したアイドル・デュオWHY@DOLLの18年の11thシングル『Sweet Vinegar』のカップリング曲で、『ムーンライト・Tokyo』同様にリアレンジされたセルフ・カバーだ。


  ここでは筆者による解説と、吉田がソングライティングやレコーディング中にイメージ作りで聴いていた楽曲をセレクトしたプレイリスト(サブスクで試聴可)をお送りするので、聴きながら読んでいただきたい。
 タイトル曲の「ムーンライト・Tokyo」は、元THERE THERE THERESのカイがソロ・アイドルとしてスタートしたファースト・シングルとして、吉田が作編曲して、遊星あいが作詞し19年6月にリリースされた。所謂80年代中期のユーロ系テクノ歌謡(Wink やBaBe等)に通じるサウンドであった。
 ここでのセルフ・カバー・ヴァージョンではリアレンジされて音数を減らしてアタックの強いシンセサイザーを排除し、BPMも落として大人の男性シンガーが歌唱するのに相応しいサウンドにアダプトしている。 全ての演奏とプログラミングからエンジニアリング、ミックスまで吉田が一人で担当して、マスタリングは多くのミュージシャンから信頼されているマイクロスター佐藤清喜に委ねられている。遊星の歌詞は、テクノロジーで構築された不夜城“Tokyo”の夜を舞台に妄想する不毛の恋愛を描いている。 

 カップリングの「Don’t Ask Me Why」は、前文で説明した通り、WHY@DOLLの11thシングルのカップリング曲でメンバーの青木千春・浦谷はるなが共同作詞している。浦谷は幣サイトで高評価した吉田の前シングルB面曲「小さな手のひら」も手掛けているので記憶にあるかも知れない。
 作編曲は吉田で長谷泰宏(ユメトコスメ主宰、青野りえ等)もアレンジに参加していたWHY@DOLLのオリジナルは、2000年代のPerfumeに通じる四つ打ちキックが効いたエレクトロ・ダンス・サウンドだったが、幣サイト読者にはイントロのギターのアルペジオの方が耳に残るであろう。筆者の世代的にはプリファブ・スプラウトの「Goodbye Lucille #1」(『Steve McQueen』収録/85年)を初見で気付いたが、熱心なビーチボーイズ・マニアにはブライアン・ウィルソンがソングライティングとプロデュースを手掛けた、彼の初婚相手マリリン・ロヴェルと姉妹によるガール・グループThe Honeys(後にAmerican Springに発展)の「He's a Doll」(64年)のそれをイメージさせるだろう。
 このパターンは諸説あるが、ビーチボーイズ最初期の「County Fair」(『Surfin' Safari』収録/62年)で聴けるイントロのギターリフを循環させて長尺に展開したと考えられる。いずれにしてもブライアンからプリファブのパディ・マクアルーンを経由して、自らのサウンドに取り込んだ吉田の研究心には感心させられる。
 吉田単独でリアレンジされた今回のセルフ・カバーでも、このアルペジオは重要なエレメントとして機能しており、「ムーンライト・Tokyo」同様に音数や周波数帯域が整理され、エレキ・ギターのトラックには前出のプリファブの『Steve McQueen』で、プロデューサーのトーマス・ドルビーが施した様な空間系エフェクターがよく効いている。そして特筆すべきは2分41秒からの間奏の一人多重コーラスで、その美しさは、青木と浦谷による悲恋な歌詞の世界観を高め、替えが効かないパートとなっている。ブライアン=ビーチボーイズのコーラス・アレンジをよく研究している成果であろう。

 なお近々ソロ・アルバムのリリースも計画されているらしいので、書き下ろしのソロ用新曲にも注目している。作家としての吉田哲人ファンも期待して待とう。


 【吉田哲人プレイリスト】
  ※Spotify登録曲だけを選曲し,、
セルフ・カバーの原曲は筆者が追加している。


ある日の情景(1)
「テットさんのPromises,Promises(WHY@DOLL)が評判良くて!またあんな感じのを作って欲しいんですけれども。」
「例えばどんなの?」
「Material Girlみたいな生意気な女の子の世界観とか。」 
「それ概ね歌詞の話だよね…」
ツッコミながら僕の頭の中に流れた曲は何故かPrefab Sprout / The King Of Rock ’N’ Rollだった。

 ある日の情景(2) 
「歌始まりだとライブでクリックを流さないと駄目で、クリック始まりはあまりいいと思えないんですよねえ…」 
「分かりました、何か考えます。」

ある日の情景(3)
「INTRO付け足すのなぁ…Girl Popだからなぁ…そうだHe’s A Dollの頭!」
「あれ?ピッチとテンポ変えたら…」

ある日の情景(4)
「テクノポップでお願いします。」
「例えばどんなの?」
「本人のリクエスト的には云々カンヌン。」
「マイナーキーが多いですね。歌謡曲的な曲がお好きなんですね。」

ある日の情景(5) 
「夢一夜(南こうせつ)って女性視点の歌詞だよなぁ。おじさんが女性詞歌っても良いってことかニューミュージックだし。」etc,etc…

このような思い出がある二曲です。 
最終的に出来上がったものを自分で聞いて、この辺りの影響だろうなぁと思う10曲です。

◼️Our Prayer / The Beach Boys(『20/20』/ 1969年) 
◼️ねらわれた少女/ 真鍋ちえみ(『不思議・少女』/ 1982年)
◼️My Girl And Me / Gangway (『Sitting In The Park “AGAIN!”』/ 1988年)
◼️格好悪いふられ方 / 大江千里 (『HOMME』/ 1991年) 
◼️The King Of Rock ’N’ Roll / Prefab Sprout
 (『From Langley Park To Memphis』/ 1988年) 
◼️Same Same / MOMOLAND(『GREAT!』/ 2018年) 
◼️He's A Doll / The Honeys(『He's A Doll』/ 1964年) 
◼️Goodbye Lucille #1 (Johnny Johnny) / Prefab Sprout
 (『Steve McQueen』/ 1985年)
◼️Mary's Prayer / Danny Wilson(『Meet Danny Wilson』/ 1987年) 
◼️If You Don't Love Me / Prefab Sprout 
 (『The Best Of Prefab Sprout: A Life Of Surprises』/ 1992年) 
 


(本編テキスト:ウチタカヒデ

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