2025年7月27日日曜日
『ザ・ビーチ・ボーイズ・アンソロジー』(レコード・コレクターズ増刊号)
2024年6月15日土曜日
漫画『音盤紀行』『音街レコード』 作者・毛塚了一郎ロングインタビュー②「聴き継ぐ音楽」
(左)『音盤紀行』2巻 表紙 毛塚了一郎著 株式会社KADOKAWA 2023/(右)同書「探訪デイ・トリッパー」より。一番下のコマに、「レコードは誰かに聴き継がれていくモノだから」のセリフがある)
「レコードは誰かに聴き継がれていくものだから」「私の好きな曲が……50年、100年後の人にまで届いてくれるといいな」――『音盤レコード』2巻の中で語られるこうした言葉が印象に残った。
このセリフを書いた作者の毛塚了一郎さんにお話を伺ってみたい。これが、今回、インタビューをお願いしたいと思った動機である。いろいろと話をしていくなかで、毛塚さんから、こころ動かされる言葉がいくつも出てきて、毛塚さんの音楽への想い、音楽マンガを描くことへの真摯な姿勢が感じられて、とても気持ちのよいインタビューとなった。
インタビュー①「想像の音」とも併せ、ぜひ、毛塚さんの言葉をお読みください。
話し手:毛塚了一郎さん(漫画家)、担当編集 聞き手・構成:大泉洋子
★「曲そのものが本物」という音楽の特殊性
―― 何年か前に観た『音響ハウス』という映画の中で、「いい曲とは?」という問いかけがあって、それに対して、坂本龍一さんや佐野元春さんら出演アーティストの皆さんが、それぞれが考える「いい曲」について語っていたのが興味深くて、それが「いい曲ってなんだろう?」を考えるきっかけでした。そして昨年、『音楽ライター下村誠アンソロジー永遠の無垢』をつくっていく過程で、「いい曲ってなんだろう」ということを再び考え出すようになって。私の中では、「歌い継ぎたいと思う曲かな」という考えに至っているんですが、そんなこともあって、毛塚さんにも、同じ質問を投げかけてみたいと思ったという次第です。
毛塚 そうですね、時代を超えて、どう継がれていくかっていうのは、いろんな形があると思うんですよね。音楽だと、レコードやCDに記録されて、そのまま未来に残るということが音楽文化の継承という意味の大きなところだし、あと、音楽は楽譜として残ると、その人本人が歌わなくても、他の人が歌い継いだときに……それ自体はオリジナルではないんですけど……曲そのものが本物だから、それもひとつの継承なんじゃないかなっていう面もありますよね。それは、音楽の特殊なところかなと思います。絵画とかだと、その人本人が描いたものじゃないとオリジナルとは認められないから。
―― 確かにそう考えると、音楽って特殊ですね。音楽は、つくったり、最初に歌った本人が歌えなくなっても、歌自体は本物だし、後の人が歌えば、その曲が消えることなく、残っていきますし……。
(『音盤紀行』2巻「カンシオン・パラ・マニャーナ」より。三線を弾くシャイな少女が、人との出会いのなかで、少しずつ変わっていく)
毛塚 でもその一方で消えていった曲もあるはずなんですね。たとえば、少数民族のなかで、紙や楽譜もなくて、口承だけで伝わってきていた音楽は、レコードとしても記録されていないし、どこかの段階で消えてしまったんだろうなっていうのもあるし……。そういう、音楽そのものの儚さ、消えていった音楽もあったんだろうなというのは感じますね。でも、レコードっていうものができて、記録することができて、商品として売るという市場が生まれて、それによって結果的に受け継がれる。記録媒体が誕生したことで、受け継がれるっていうことが圧倒的に増えた。レコードが生まれてからの時間は、人間の時代でいうと、わずかな、まだ新しいメディアだと言えるのかもしれないんですけど……。
担当編集 ちょうどいま描いている話が、そういう話で……。
―― あ、そうなんですねー!
毛塚 フォークとか民謡とかが、どうやって受け継がれてきたんだろうっていう。民謡は、譜面だけが残って、それを次の時代の人が、新しい解釈、いろんな演奏もしながら、継いでいるわけですね。そういうなんか……なんでしょうね、パブリックドメインみたいな、公共のものになっているんですね。
担当編集 アメリカだと、スミソニアン博物館群のなかにカントリー・ミュージック殿堂博物館っていうのがありますね。
毛塚 その曲自体が文化となっているという……。
―― 民謡は楽譜によって……楽譜ということは明治以降の話ですか。
毛塚 いや、そうとも限らないです。楽譜っていっても、西洋の楽譜と、日本古来の楽譜は違うので……。
―― あぁ、確かに……。
毛塚 楽譜を買うって、一般の人はあまりしなくなりましたけど、明治のころは、レコードと、そのレコードに入っている音楽の楽譜が別売りで売られていて、レコードは高価だから、その代用として、一般庶民の人は楽譜を買って楽しむっていう文化があったらしいんですよね。装丁もちゃんとされていて、本のような感じで売られていたようなんです。レコードの前、SPレコードの時代ですね。SPレコードって再生回数が限られるメディアで、レコード以上に摩耗が早くて、本当に高価な品だったんですね。でも、昭和の時代でも、レコード、LPとかはおいそれと何枚も買えるものじゃなかったって聞くんですけど……。
―― 高かったと思いますよー。うちにあるLPで一番古いのが、1970年代のはじめに出た、サイモン&ガーファンクルのベスト盤なんですけど、CBSソニーから出たもので、確か2100円だったかな。でも、2100円といっても、いまの2100円よりずっと高価なものだった気がします。兄が中学生の頃、たぶん、おこづかいを貯めて買ったんだと思います。
毛塚 ですよね。そういう高価なものだったから、友だち同士で貸し借りする文化とか、ダビングとか……。音楽市場に中古市場やレンタルレコード屋が生まれたりとか、人の行動、行動範囲を増やすようなことになっていったと思うんですね。最近では、レンタル文化はほとんどなくなってしまって、サブスクリプションの文化になってきましたけど。
―― 中古市場ということで言うと、本もそうだと思うんですけど、音楽も、どんどん新しいものが入ってくるから、どんどん返品もされて、店頭から消えてしまうけど、中古レコード屋さんって、それを留めている存在、消えていくものを留めてくれる存在なのかなって思います。
毛塚 中古レコード店のなかでも個人店は流通のペースがゆっくりしているので、いろんな古いものが何十年と残っているパターンも多いし、眠っている在庫みたいなものが多い。そういうところは大手とは違うと思うので、『音盤紀行』で描いていくのは個人店が多いですね。ぼく自身、そういう店が好きなので。
―― 少し前に、『音楽ライター下村誠アンソロジー永遠の無垢』のお取り扱いをご相談しに、ある中古レコード店に行ったとき、棚を見ていて、「American Flyer」というバンドのアルバムが目に留まったんです。American
Flyerのバンド名は聞いたことがあったんですが、〈曲は聴いたことないかも、ジャケットもかっこいいし、買ってみよう~〉と思って、レジに持っていったら、店長さんに「これは名盤ですよ」って言ってもらえて、あ、そうなんだとすごく嬉しくなって、いそいそとうちに帰って、聴きました。私にとっては初めての出会いなんだけど、50年近くも前のものだったりするのはおもしろいなぁと思いました。
毛塚 世間で言う音楽の文化とは別に、自分個人のなかでの音楽の再発見っていう体験があるじゃないですか。それは音楽、レコードのよい部分だなと思うんですよね。その時代じゃなくても、それを知る機会が存在する場所っていうのがレコード屋なんだな、って。
―― 再発見の体験。確かに。
毛塚 その人にとっては、そのときの体験が初体験、というところがあるので、古いも新しいもない。ビートルズって60年代がメインの活動だったから、それ以降に聴いた人はみんな「後追い」ですけど、ビートルズがCD化されたときに、でっかいブームが起こりましたよね。ブームっていう言葉自体が流行だから、それ自体は普遍性とは違うかもしれないんですけど、でも、そういうサイクルが起きることが、その作品の普遍性を表しているんじゃないかな、と。
―― 2巻で、「いつの曲でも、今の体験として聴けばいいんだよね」っていうセリフがありましたね。
(『音盤紀行』2巻「風を聴いたら」より。音楽好きの常連さんやミヤマレコードの店長さんと話すことで、暦実ちゃんがいろいろと考えて、レコードや音楽への想いを口にしていく過程が、とてもいいんです♪)
毛塚 その時代、その時代で、そういうタイミングが巻き起こすおもしろさ、という面と、個人の体験として、そこで再発見するおもしろさ、音楽の二面性というか……。ちょっと話を戻して、「いい曲ってなにか」を考えると、聴いた人のなかに、どれだけ残っているかっていうこともある気がしますね。昔、好きだった曲って、どうでもいいようなときに、あ、あの曲!って思い出して、頭の中で一日中流れていること、ありませんか。
―― 頭の中で、ですよね。あります、あります!
毛塚 そういうのって、聴いていないときでも、頭のなかでちゃんと循環している感じなのかな、って思ったりしますね。ライブの即興性とか、その場その場で感動できるすばらしさというのもあるんですけど、何も聴いていない、その音楽を体験していないときでも、自分のなかでちゃんと循環している、残っている。その残響というか、その残る時間というのは、いい曲ってなんだろう、を考える1つのポイントになるのかもしれない。
★自分の時間と一緒に変化していく音楽や作品
毛塚 昔よく聴いた曲で、そのときは本当にいいなと思っていた曲でも、あまり聴かなくなったとか、忘れちゃうっていうのも、たくさんあって。……マンガの話になってしまうんですけど、すぐにフワッと消えてしまわないような作品をつくりたいっていう思いは、ずっとありますね。そういう作品をどうつくればいいのかっていうのは、なかなかわからないんですけど、1回読んだだけではわからない、でもそれは複雑なものということではなくて、1回読んだだけでのおもしろさがあって、さらにもう1つ深さがあるっていう。マンガの場合、ぼくはそれをよく感じます。
―― 毛塚さんの話を聞いて思ったのが、小説やマンガ、映画でも、「わかりたい」と思うのがいい作品なのかなって。1回ぱーっと読んで、読んだ、読み終わった、じゃなくて、もう1回読んでみたいなと思う感じ。それじゃあ、音楽、いい曲はどうなんだろうっていうのはあるんですけど……。
毛塚 う~ん……。その……当時の自分の心境とか時間、時を経て、自分の気持ちもだんだん変わってきて、また別の見方ができるようになるときがあって、自分の時間と一緒に変化していく作品っていうのがあるんですよね。それは想い出ともつながっていったりするので、そういう作品や音楽は、いいと思いますね。
―― 自分の時間と一緒に変化していく。それが、いい曲であり、いい作品。あぁ、それ、あるかもしれない。
★自分が選び取るという体験が、自分の「好き」への自信につながる
―― 私が『音盤紀行』を知ったのは……下村さんの本をつくるときに、音楽関係の本をたくさん読んだんですね。新刊書店や古本屋さんで見つけることもあったし、ネットでも検索したり、探したりして、そのなかで『音盤紀行』も知ったんです。タイトルと簡単な内容説明と、あとは表紙の絵に惹かれて購入しました。内容もしみじみといいなぁ~と思ったし、それと本のつくりがとてもきれいでした! 表紙カバーも、レコードの部分がつるつるとした加工を施していたりして、凝ったつくりをしているなぁって……。
担当編集 UV厚盛という加工です。『青騎士』はまだ新しい雑誌なので、雑誌もコミックスも、書店の棚のなかでも一番端のほうに置かれることが多いんですね。そういう場所だからこそ、紙や造本、ブックデザインにこだわってつくっていかないとって考えてます。加工も積極的におこないます。
―― コミックスというより、書籍のようなつくりになっていますよね。ただ、あの……ネットで単行本を購入したので、最初から単行本で読んでしまったんですけど、本来はマンガ雑誌の『青騎士』で連載があって、何話かたまると単行本になるという、普通の流れですよね。
毛塚 そうですね。
―― 私、10歳で『りぼん』を読み始めて40歳まで30年間、毎月、マンガ雑誌を買い続けてきた人生だったんです。『りぼん』から始まって、『別マ』『mimi』『LaLa』、そのあとは、少女マンガもオトナになるっていうキャッチコピーで誕生した『コーラス』とか『ヤング・ユー』とか……。レディースコミックじゃなくて、作家さんも歳を重ねていくから、若い頃は主人公が高校生だったのが、歳をとってきたら、主人公も働く女性になっていたりっていう。
担当編集 少女マンガ特有の現象ですよね。描き手が成長して、読者も成長して、一緒に成長していくというかたちで、これは少年マンガ、青年マンガよりも少女漫画に顕著な現象です。
―― あ、そうなんですね。でも、出産、子育てで、マンガ雑誌を買わなくなって、間が空いてしまったら、マンガ雑誌を買う行為に戻れなくなってしまって、気になるマンガがあると、単行本で買うようになってしまって……。
担当編集 いや、それは大泉さんだけのことではなくて、近年は雑誌ではなく単行本のほうが商売の要になる時代になってしまってます。
―― 今度、本屋さんに『青騎士』を探しに行きます!
担当編集 文化として習慣をつくる。人に習慣になってもらうっていうところが最終的な行動の目標としてありますね。マンガは雑誌を読む習慣、音楽はレコード屋に行く習慣……。
毛塚 習慣ってブームの対極にあるものだから。その場の熱量だけじゃなくて、定期的に足を運ぶ、行動するっていう。それができたら、いいなと思いますね。
―― さっきも少しお話ししましたが、下村誠の本をお取り扱いいただきたくて、ある中古レコード屋さんに行ったときに目に留まったのがAmerican Flyerのアルバムで、買うときに店長さんに「これは名盤ですよ!」と言われて、すごく嬉しかったですね~。アマ〇ンだったら、American Flyerは薦めてこない、絶対に(笑)。
毛塚 そういうのは、わかります(笑)。
担当編集 そういう本をつくろうとしていますよね、我々も。見つけられて、「お!」ってなるやつね。これ、おれが見つけたんだって思ってもらえる本。
毛塚 本屋もそうなんですけど、レコード屋も……自分が主体として動いて、作品を見つけられるっていう環境が、ぼくはすごく大事だと思っていて。店からのおすすめ、その店に何度か通っているうちに、だんだん信頼関係っていうのが生まれてくるので、この店がおすすめしているんだったら間違いないな、とか、平積みで置かれていたりとか、そういう中から自分が選び取った、多くの中から選んだっていう行為自体が、その作品に対する思い入れと強くする、ということはあると思うんですよ。たくさんある中から選び取るのって、いろんなものに触れないと、自分が本当に好きと思えるものかっていうことがわからない。失敗しながらでも、ジャケ買いしたら思っていたのと違った、とか、そういうこともありながら、それを自分の経験として積み重ねていくっていうのは、自分の「好き」っていうものに対する自信みたいなものにつながってくるんじゃないかなって思いますね。音楽でも、マンガでも。
★音楽が聴こえてきそうな店や街並み
―― ストーリーもそうなんですけど、誌面を見ると、毛塚さんの限りないレコード愛を感じます。店内のレコード棚に並んでいるアルバムジャケットやポスターが本当に細かい! 見たことないようなジャケットもあれば、これってあのアルバムを参考にしているのかなぁ、と思ったり……。(表紙などカラー面で)アルバムにつけられたラベルの色で、実際にあるアルバムか架空のアルバムかを分けているという記事を読みましたが……。
(『音盤紀行』1巻「追想レコード」で出てくるミヤマレコードの店内の様子。アルバムジャケットがていねいに描かれていて、つい1枚1枚、確かめたくなる)
毛塚 そう…ですね(笑)。これは、何かを描くと、「あ、これ、あのジャケだ」って言ってくる音楽マニアが多いから、対策として、架空のものもまぜたんですよ。全部、答え合わせをされるのが恥ずかしいので(笑)、架空のジャケットもまぜて描こうって。
―― (笑)。でも、店の中に置かれているレコードジャケット1枚1枚が、とてもていねいに描かれているから、本当にレコード屋さんにいるようです。それと、お話ごとに描かれる街並みも好きです。街の様子やバイクとかの乗り物、昔ながらの、ちょっとひなびた喫茶店とか、片側アーケードの街とかも……。水澤レコードを探しに行く話に片側アーケードが出てくるじゃないですか。片側アーケードのある街並みって、なんか、いいですよね。
(向かって右から『音盤紀行』2巻「探訪デイ・トリッパー」より。片側アーケードの街並み/中央『音盤紀行』1巻「追憶レコード」より。背景の道が少しねじれて交差している。こういう道、どこかで歩いたことがあるような、ないような…/左「探訪デイ・トリッパー」より。すべての話にこういう見取り図がついているのも、イメージが広がって楽しい)
毛塚 そういうのは、ぼくが実際に行った場所を参考にしています。地方のレコード屋はやっぱりアーケードの中だろうなとか、ひなびた喫茶店があるといいな、とか。ちょっとした日帰り旅行的なおもしろさが描けたらいいなとか、と思って。『音盤紀行』という、せっかくタイトルに「紀行」という言葉が入っているので、旅するおもしろさみたいなものも少しずつ増やしていってます。
担当編集 いま描いている3巻は、わりと「旅」がテーマですね。コンセプトアルバム的なつくりかなぁ、っていう感じで。
―― お、そうなんですね~、3巻が楽しみです! では最後に、ジャケット画の話を聞かせてください。このWebVANDAでもご紹介させていただいていますが、何枚か、アルバムのジャケット画を描かれていますよね。IKKUBARUさん、秘密のミーニーズさん……。きっかけは何かあったのですか?
毛塚 IKKUBARUさんが最初でしたね。ぼくが、当時のtwitterにイラストをアップしていて、それを見たんじゃないかなと思います。IKKUBARUさん側からジャケットを描いてほしいという依頼がきました。最初は2020年の秋頃ですね。秘密のミーニーズさんは、ぼくが昔からファンで。IKKUBARUさんと同じレーベルというご縁もあって、依頼されて描きました。カーネーションさんも、ぼくが昔からファンで、トークイベントをさせてもらったり、いろいろとご縁がありまして。
―― ジャケット画を描くというのは、マンガを描くのとは違う緊張感とか、ありますか。
毛塚 ジャケット画の場合は、自分の画風というものを期待して、求めてもらっての依頼なので、その音楽を端的に表現できるかという話ですね。そこに関して、ぼくができることって何だろう、と。イラストを描くとき、まずは「場所」から考えることが多いですね。どういう雰囲気の場所か、そのアルバムに収められている音楽が聴こえてくるような場所っていうものを、ジャケットのイメージの最初のアイデアとしてあるかな。それが、ぼくが一番大事にしていることですね。
―― その音楽が聴こえてきそうな街の風景、街に流れる音楽……なるほど。
毛塚 ぼく自身が昔からレコードジャケットを見てきたなかで、あ、この音楽にはこのジャケットだなって、バシっとハマるものが何枚かあって、そういうものはやっぱりデザインとして優れているので、そういうことを大事にしました。写真とイラストとでは、ジャケットの印象が大きく変わる。ぼくがイラストを描くっていうことは、写真ではなくて、イラストじゃなきゃならないということを意識しましたね。描いているのは架空の場所だけど、どこかにあるような場所を描いているというイメージです。
―― IKKUBARUさんのほうには人物が出てきますが、そのあたりは何かイメージがあったんですか。
(日本80年代の洋楽や、日本のシティ・ポップなどに影響を受けているというIKKUBARUさん。そのサウンドは軽快でおしゃれな展開、そして、どこかせつなくて優しい音色。ジャケット画をこうして並べてみると、なにか、続いてゆくストーリー性も感じる)
毛塚 IKKUBARUさんの場合は、イラストの依頼として、キャラクターを出してほしいというのがあったので、つながりのなかで全部登場させています。秘密のミーニーズさんは、アルバムのタイトルが『Our new town』で、「街」という言葉が入っているので、街の灯りで、人がいる世界みたいなものを感じ取れればキャラクターは必要ないかなと考えて、こういう絵になりました。
(秘密のミーニーズさんのアルバム『Our new town』。よーく目を凝らして見ると、街の要素がていねいに描き込まれていることがわかる。確かにここには住む人がいて、日常がいとなまれていることが伝わってくる)
―― 『音盤紀行』や『音街レコード』での、音楽と楽器、レコードにまつわる人間模様のストーリーと、その幸福な音楽の世界。そして、アルバムジャケットや書籍のカバーのイラストという、マンガとはまた別の表現。これからの活躍も楽しみにしています。長い時間のインタビュー、本当にありがとうございました。
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後日談
インタビューから数週間後の4月20日、マンガ雑誌『青騎士』を買った。書店のなかでマンガ雑誌のコーナーに行くのも、買うのも、とても久しぶりだ。
背表紙の『青騎士』のタイトルまわりのデザインが洒落ているなぁと思いながら表紙をめくって、びっくりした。見返しがある! 見返しというのは、書籍の構造である。目次ページもシンプル。サイズは一般的なマンガ雑誌より小さめ。表紙がペーパーバックというだけで、本体の紙質も厚みがあって、コミックスのようだ。マンガ雑誌でありながら、コミックスでもある。そういう意図もあったのだろうか。いずれにしても、担当編集の方が話されていたように、紙質もブックデザインも、こだわってつくられていることがよくわかる。
私が昔、マンガを、コミックスではなく、マンガ雑誌で読んでいたのは、コミックスとしてまとまって発行されるまで何カ月もかかるのが、待ちきれなかったから。続きが早く読みたい、ファン心理。今回、久しぶりにマンガ雑誌を購入して、眠っていたマンガ雑誌ファン心がウズウズ。もうすぐ、20号の発売日ですね(偶数月20日頃の発売)。マンガ雑誌を毎号買う生活に戻りそうな予感……。
「いい曲ってなんだろう」という問いかけに、真摯に、いろいろな角度から考えてくださって、いい言葉がいくつも飛び出しました。私の心に一番しっくりきたのは、(最初に聴いたときから)「時を経て、自分の気持ちもだんだん変わってきて、また別の見方ができるようになるときがあって、自分の時間と一緒に変化していく作品っていうのがあるんですよね。それは想い出ともつながっていったりするので、そういう作品や音楽は、いいと思いますね」という話でした。
皆さんは、どの話が気になりましたか。
また、私からの質問や考え、ときに経験などを話しているときに、「うん、うん」とまっすぐにこちらを見て、じっくりと聞いてくださる、その姿がとても印象的でした。お人柄ですね。
人が生きていくとき、音楽は常にそばにありますよね。思い出とセットになっていることも多い。音楽マンガとカテゴリーされる毛塚さんの作品、登場人物の多くは音楽が好きな普通の人です。ミュージシャンや楽器を演奏する人物も出てきますが、それ以外は、なにか音楽的に特別な人というのはあまりいなくて、だから、誰が読んでも、「あぁ、なんか、わかる~」という気持ちになれる。楽しくて、ときどきせつなくて、でもハッピーで、心地よいのだと思います。これからの作品も、楽しみです。
毛塚了一郎ロングインタビュー、5月、6月の2カ月にわたって読んでいただき、ありがとうございました!
毛塚了一郎(けづか・りょういちろう)さん 自画像とプロフィール
1990年東京都生まれ。漫画誌『青騎士』創刊号でデビューし、現在も『音盤紀行』連載中。好きなものはレコードとレトロ建築。
大泉洋子プロフィール
フリーのライター・編集者。OLを経て1991年からフリーランス。下北沢や世田谷区のタウン誌、雑誌『アニメージュ』のライター、『特命リサーチ200X』『知ってるつもり?!』などテレビ番組のリサーチャーとして活動後、いったん休業し、2014年からライター・編集。ライター業では『よくわかる多肉植物』『美しすぎるネコ科図鑑』『樹木図鑑』など図鑑系を中心に執筆。編集した主な書籍に『「昭和」のかたりべ
日本再建に励んだ「ものづくり」産業史』『今日、不可能でも 明日可能になる。』など。編著書に『音楽ライター下村誠アンソロジー永遠の無垢』がある。
2024年5月25日土曜日
漫画『音盤紀行』『音街レコード』 作者・毛塚了一郎 ロングインタビュー①「想像の音」
(上段左から、『音盤紀行』1巻 2022/『音盤紀行』2巻 2023/下段左から、『音街レコード』A面 2023/『音街レコード』B面 2023/いずれも 毛塚了一郎著 株式会社KADOKAWA刊)
『音盤紀行』――現代の日本、西側音楽への締め付けがきびしかった70年代の東欧、海上から違法に流すラジオ、近未来のアメリカ、70年代のフィリピン、現代アメリカ、戦後の横浜などを舞台に、音楽や1枚のレコードと、それを取り巻く人々の行動や想いが綴られている。その物語ひとつひとつが、とても愛しくて、清々しく、登場する人物の音楽を愛するピュアな心情が、ひしひしと胸に迫る。
作者の毛塚了一郎さんのどんな想いや経験が、この物語を生み出したのだろうか。今月と来月、2カ月にわたって、毛塚さんのインタビューをお届けする。1回目の今回は、毛塚さんが音楽マンガで表現したいこと、を中心に。
話し手:毛塚了一郎さん(漫画家)、担当編集さん 聞き手・構成:大泉洋子
(『音盤紀行』1巻「追想レコード」より。このあと二人は、この「中身の盤のないアルバム」の謎を解くための小さな旅に出る)
★CD世代の作者が思うレコードの魅力
〈「はじめまして」のごあいさつのあと、まずは、私とWebVANDAとの縁をつないだ『音楽ライター下村誠アンソロジー永遠の無垢』のことを簡単に説明させていただいた。話は音楽雑誌の話から始まった――〉
毛塚 音楽雑誌にいきおいがあった時代ですね。ぼくは(30歳代前半)そういう時代を経験していないので……。
―― 下村さんの本の取材のなかで、70~80年代は、新しい音楽をつくっていこうとするミュージシャンを音楽雑誌が追っていく、音楽雑誌とラジオとアーティストが一緒に育っていきましょうという時代だったという話を聞きました。
毛塚 そういう時代への、ある種の憧れみたいなものがあって、経験はしていないんだけれども、伝え聞いたこと、そういう時代があったんだということを、マンガのなかで描いていきたいなという想いがありますね。それは、音楽マンガを描きはじめた当時より強くなっている気がします。
―― 毛塚さんのプロフィールを見ると、1990(平成2)年生まれなんですね。もうレコードは新譜ではほとんどなくて、CD全盛期だったと思うんですけど、レコードを聴くようになったきっかけは?
毛塚 祖父の家にレコードプレイヤーがあったんです。祖父が亡くなったあとも祖父の部屋は残してあって、レコードプレイヤー、オーディオ一式がそのままで、誰も使っていないから、勝手にぼくが使っていました。
―― CD世代の人にとって、レコードの魅力ってどんなことですか。
毛塚 いろいろあるんですけど、1つには、自分の好きなミュージシャンのルーツというか、こういうレコードを好きで聴いていたというのを、音楽雑誌のインタビューや動画で語っているのを知って、昔、そういう音楽があったのかと。それでさかのぼって聴いてみたくなったんですね。それが、大学生の頃で……。
―― 大学生というと、20……。
毛塚 2010年前後ですね。この頃、ぼくはデザインに興味があって、大学もデザイン科に通っていて、昔のデザインっていうものに、時代性とか、おもしろさを感じていたんですね。いいデザインって何なのかっていうことをいつも考えていました。それで、パッケージやポスター、いろいろある中で、自分にとって一番身近なレコードジャケットに興味をひかれて……。時間がたっているからボロくはなっているんだけど、なにかこう、当時の印刷、紙質とか、そういうものもちゃんと受け継がれているっていうところ、古い時代にデザインされたものが、何十年の時を経ながらも残っていることにも惹かれていましたねー。
―― 好きなミュージシャンのルーツとしての音楽、デザインとしてのアルバムジャケット、ということですね。その頃のお気に入りの1枚とかって、ありますか。
毛塚 そうですね~、昔のイラストって全然ちがうじゃないですか。有名なところだと、ビートルズの『リボルバー』とか。ああいうサイケデリックなイラストって、ぼくの目にはすごい鮮明で、かっこいいものに写ったんです。
―― そういえば、この、単行本の見返し部分にある毛塚さんの名前のマーク、『ラバーソウル』へのオマージュがありますよね。
毛塚 これはデザイナーさんがやってくれました。ぼくらはまったく資料も何も渡していなかったのに、デザイナーさんがこれをつくってきたので、編集さんとふたりでニヤニヤしながら(笑)、これいいねって話したんです。
―― そうなんですね! てっきり、毛塚さんの意向だと思っていました。
毛塚 ビートルズが活動していた1960年代、その頃のジャケットが好きなんですよねー。70年代は写真をつかったものも多くて、かっこいいデザインにするっていう、ロック系なんかはそういうのが多いんですけど、60年代はアート系のイラストが多くて、これがいいんです。
―― メインビジュアルだけじゃなくて、タイトルロゴも手描きですもんね。あ、じゃあ、大学生の頃はまだマンガを描いていない……?
毛塚 そうですね、卒業してから……2014、15年頃からですね。大学の頃もちょろちょろ描いてはいたんですけど、まだ、レコードを題材にとか、自分のなかでテーマを決めて描くっていうところまではいってないくらいの、自分が何を描けるかわかっていない頃ですね。
★レコードやCDなどメディアの移り変わりと、それとは別次元にある個人の音楽体験の両面性
―― 『音街レコード』には、そうそう!と思ったり、主人公の女の子が思っていることと今の私が感じているものと似てるなぁと思う、そういう場面が多かったです。『音盤紀行』と『音街レコード』は、別の感性があるような気がするんですけど……。
毛塚 『音街レコード』は同人誌で描いていた作品です。自分一人で描いていた頃で、当時は「音街レコード」というタイトルでもなかったんですが、ぼくの実体験をうまくマンガにしようっていうことぐらいで考えていたかなと思います。読んでいる人に、こういうこと、あるよねって感じてほしい、それだけで描いてました(笑)。だから、音楽マニアの人が『音街』をおもしろがってくれる印象がありますね。『音街』を描いたあとに、『音盤紀行』を描き始めるんですけど、もう少し普遍的というか……音楽が趣味、レコードが趣味ではない人にも伝わるマンガはどういうものだろう、ストーリーをちゃんと描いていかなきゃなっていうことを考え始めていた、ちょうどその頃、連載の話をいただいたんです。『青騎士』創刊のときで。
―― 『青騎士』はいくつかのマンガ編集部の方が、編集部の枠を超えて集まって創刊されたマンガ雑誌でしたよね(*2021年4月20日創刊。隔月20日ごろ発売)。その創刊のときに……? どこかで、毛塚さんの作品をご覧になったんですか。
担当編集 同人誌とか、もっといろいろやっていた頃から、毛塚さんの作品は読んでいて、それで、『青騎士』創刊するので、描きませんか?という話をさせてもらいました。
毛塚 同人誌でずっと描いていたんですけど……レコードや音楽関連のテーマであっても、いろいろな視点であったり、舞台・時代など、描きたいものがちょっとずつ多くなっていったんですね。いっぱい描きたいことがあるっていう話をして、じゃあ、オムニバス形式でやったらいいんじゃない?っていう話になって、それで、やりますって。
担当編集 それが2020年の9月か10月頃でして、毛塚さんのなかに、なにかしらこう、もっと新しい表現をっていうのが生まれてきていたかなというタイミングだったと思いますね。
―― それで、『音盤紀行』の1巻が出たあとに、同人誌時代の作品を『音街レコード』として、まとめて単行本にしたということですね。
毛塚 同人誌だと一番多くて、250冊くらい……。それが、今では何千と読んでもらえるし、『音街レコード』も単行本にしたことで、読者さんが広がった感じはありますね。
(『音街レコード』A面「GET BACK」より。初めてレコ―ド屋さんに来た高校生たち)
毛塚 何年も前に描いたものを(単行本として)読んでもらうのは恥ずかしいっていうのもあったし(笑)、それでどんな感想をもらえるんだろうと思っていたんですけど、けっこう好評で。同じような経験、体験を語ってくれる人が多かったですね。ぼくは東京生まれなんで、同人誌でやっていると、同人即売会に来る人ばかりにしか読んでもらえないんですけど、単行本になって全国の書店に配本されると、すごく遠い地域の人も、似たような経験をしてきたんだっていうことを肌で感じられて、それがすごくおもしろかったですね。東京はまだレコード屋自体も文化として残っているんですけど、地方に行くと、町のレコード屋というのは数を減らしていて、ほとんどないようなところも多いので……。
―― 確かにそうですね。レコードも本も、ネットじゃないと買えないっていう地域もありますよね。
毛塚 でも、そういう地域でも、過去には、レコード店があって、そこでお小遣いためて買いにいったとか、洋楽のレコードをよく買っていたとか、いろんな街の、いろんなレコード体験があるんだなっていうことを、『音街レコード』の感想が届いたことで、実感として知ることができたんですね。それで、ストーリーとしても、いろいろな場所や国での音楽っていう体験のしかたというのを描いてみたいなっていうのがありました。
―― そういう気づきやひらめきが、『音街』と『音盤』の間にあるわけですね。
毛塚 音楽を聴かないで育つって、普通、考えにくいから、誰もが、どこかで音楽体験はしていたわけですよね。レコードに触れるっていうのは現代では少ないかもしれないんですけど。そう考えたときに、音楽っていう広いところから始まって、レコードやCD、ラジオ……メディアの話ですね。音楽の記録媒体として、時代がそうしたものをどう扱ってきたか、ということに興味ありますね。たとえば、80年代に入るとCDが出てきて、メディアが移り変わる、古いメディアは淘汰されていく。でも社会の移り変わりと、それとはまた別次元の、個人の体験という側面もあるので、それをどう描くかというところはおもしろいかな、って考えてますね。マンガで描くときには、個人の体験、個人の話で音楽を語りたい、キャラクターがいて、ストーリーがあってっていうのが好きなので、そこは崩さないで、描きたいなって思います。
★マンガでしか表現できない、「想像の音」
―― そういうことでいうと、私はレコードの時代が長かったので、CDが出てきたときに、絶対にあんなもの聴くもんか!(笑)って思ってたんです。
毛塚 (笑)
―― レコード針を下ろす、あの力の加減だったり、下りたときの、プッていう音だったり、レコードジャケットも、レコードの音も、そういうのが好きだったので、CDなんてと思っていたんですけど、あるとき、渋谷の東急東横店に入っていたレコード屋さんに行ったら、全部、CDになっていて……町のレコード屋さんじゃなくて、チェーン店の、しかも東急東横店という、わりと庶民的なデパートのレコード屋さんが、全部CDになってしまって、「あぁ、もう、レコードの時代は終わったんだ……」と思って観念して、CDプレイヤーを買ったんです。
毛塚 明確にあるわけですね、メディアが変わった瞬間の……。
―― そうなんです。だから、『音盤紀行』も『音街レコード』も、本当に懐かしく読むんですけど、でも、毛塚さんのマンガが懐古趣味ではないのが、すごいなと思ったんです。主要な登場人物が、若い女の子だったりするのもあるとは思うんですけど、周辺には、おじさん世代の人も、マニアックな人もいるのに、そこはいいな、と。
毛塚 ぼくはけっこう懐古趣味ですけど、自分がそうだからこそ、広い読者に受け入れてもらうために、むしろ逆に、懐古に訴えるのはやめようっていうような話を(担当編集さんと)しました。
―― 実在の曲やバンドは、ほぼ出てこないですよね。
担当編集 そうですね。どこかで出てくるのかなとほのめかすのと、本当にその知識がないとわからないっていうのは、全然違う……。わからないってなった瞬間に、読み進められなくなりますよね。心が離れてしまうというか。
毛塚 そこは気をつけようと思ってますね。基本的には、音は想像してほしいというのはあって、音のないマンガだからこそできることかな、と。想像の音でストーリーを読んでくれる。映画やアニメーションだと、音がついているので、そうなると、その音がイメージとして定まってしまうんですね。そこを、どう曖昧にできるかっていうところが、マンガ表現のいいところかなって思いますね。
(『音盤紀行』2巻「ロードサイド・ピッカーズ」より)
―― 想像の音! 確かに自分の感性で読んでいますね。自分のなかで知っている音楽、ミュージシャンとか。こんな感じの音楽なのかなぁ、ここに出てくる世界的なバンドって、実は、あのバンドがモデルじゃないのかな、とかね。私が思い浮かべるのと、もっと若い、30代くらいの男性だったり、20代の女の子だったりすると、ぜんぜん違うはずですね。あ、だから、そういうことか……。なんというか、毛塚さんの表現は、そのあたりのバランスがいいんでしょうね。あと、いいなと思うのが、登場人物がみんな、音楽が大好きだっていうことが、すごく伝わってくるところ。とてもピュアですよね。「好きな音楽を聴きたいだけ」という真剣な思いや、気になる音楽をとことん調べて行動してみたり……。
担当編集 毛塚さん本人の感じが出てる、ってことですかね(笑)。
毛塚 音楽に対しては、行動力が……ひとつギアがあがるっていうか(笑)。
―― そうなんですねー!(笑)
(『音盤紀行』2巻「探訪デイ・トリッパー」より。レコードのことになると行動的になる暦実さん。モデルはもしや……w)
担当編集 そういう音楽の……あれですよね。いい部分でもあり、めんどくさい部分でもありっていう(笑)。
毛塚 ぼくはその2つを、どっちも描きたいんです。めんどくさい部分もあるんだよな、こいつはっていう。そういうのを、読者の人が、自分もそういうとこあるよね、っていうのを楽しんでくれれば、冥利に尽きますね。自分が男だから、そういうのを男にやらせると、めんどくせーなって思っちゃうけど(笑)。主人公に女の子が多いのは、そういう、1枚のレコードのことで、とことん、どこまでも調べに行く、みたいなことを、女の子ががんばっているのはかわいくていいな、っていうことですね。めんどくさい音楽ファンのおじさんたちが元気にやってる姿は、個人的にはいいなって思うんですけど(笑)。
―― 主人公の女の子のまわりには、ちょっと年上の店長さんだったり、ちょっとアヤシイ(笑)こだわりの強い人、近くの音楽好きの人だったり、マニアな音楽ファンのおじさんが、うまく絡んできますよね。それがなかなかいい味を出してる。
(『音盤紀行』1巻「密盤屋の夜」より。表向きは普通のレコード店の店長が、実は……。ふたりの関係性も優しくて、いい感じだし、やっとの思いで手に入れたレコードを聴くラナの表情も、とてもいい)
毛塚 店長とかはそうですね……ぼくが、そういう人と出会う場所がレコード屋なんで、店の人だったり、店に来るお客さんだったり、まぁ、いろんな人がいます。そういう音楽が大好きな人がたくさんいて、いまの音楽文化ができているんだなって思いますね。そういう音楽ファンの人はなかなか表には出てこなくて、店でしか目撃しないんですけど……。
★音楽はガラパゴス的変化をする!?
―― 『音盤紀行』の話はどれも好きなんですけど、中でも特に気に入っているのは、70年代フィリピンの話(「The Staggs Invasion」)なんです。
毛塚 実は、フィリピンには行ったことはないんですけど、でも、アジアのなかではアメリカの影響が濃い国だから、洋楽もだいぶ入り込んでいるんじゃないかな、そういうところに海外のバンドが足を踏み入れたら、どんなことが起こるんだろうっていうのはあって、実際に行ったことはないんですけど、想像で描き始めたんです。同じ音楽を他の国の人が聴くことによる反応……イギリスやアメリカの音楽が他の国でも聴かれていって、日本もそうだったと思うんですけど、それに対していろんなものが生まれてくるじゃないですか。日本だとグループサウンズとかもそうですし。海外の音楽をそのまま直接影響受けているというのではなくて、その国独自の、進化の仕方をするっていうのが、動物の進化みたいな感じで……。
―― あぁ、大陸が分かれてその先で、みたいな。
毛塚 そう、ガラパゴス的な進化をするんじゃないか、音楽っておもしろいなぁって。
―― アメリカのブルースやフォークソングが、日本のブルースやフォークになりっていうことですよね。そのまま入ってくるんじゃなくて、日本の精神性とか、文化とか。
毛塚 国によって政治の事情や社会背景みたいなものがまったく違うから、アメリカのフォークは人種や制度に対するものが多いですけど、日本のフォークになったら、やっぱり違ってくるわけで。日本人が日本の生活を歌った、その曲が、その時代を表す、ひとつの記録として残っているみたいなことがおもしろいですよね。
―― そうですねー。時代を表しますよね。でも固定されるわけでもなくて、いろいろな国で、いろいろな時代で、自在な感じ。フィリピンの話では、主人公の女の子のプライドもすごく好きです。フィリピンにツアーでまわってきたのは、世界的に有名なグループっていう設定ですよね。
毛塚 はい、そうですね。ミュージシャンに対する黄色い声援っていうか、アイドル性みたいなものは昔からあると思うんですけど、そういうのではない、芯を持った女の子っていいなと思っていて。ギターとか、楽器をやる人は、自分は負けないぞっていうプライドを持って、やっている人がかっこいいなというのがあるので。
―― なんか、最初は「負けないぞ」と思っているこの主人公が、演奏していくにつれて、だんだん変わってくる様子が、すごくいいなと思って。ミュージシャンたちも、はじめは、おもちゃみたいなギターだなとか、チープな音だとか言っているのに、一緒に演奏していくうちに、チカラのある音だなっていう感じ方になっていく……。最初はたぶんバラバラだった音が、重なってくる感じが伝わってくるというか、音が聞こえてくるようでした。
毛塚 音楽の演奏シーンを描くのはとても難しいところで……。音楽のマンガっていっぱいあって、描写もすごくうまい。ぼくは、友だちと遊びでバンドをやったことがある程度で、音楽は聴く専門だったから、ぼくに描けるかなっていう気持ちもあったんですけど、でもここで、一回やってみようと思って、それで描いてみたんです。だから、評価してくださるのは嬉しいんですけど……なかなか難しいっす。これからもずっと勉強だな、っていうところですね。
(『音盤紀行』1巻「The Staggs Invasion」より)
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そう言われれば、他の作品では、音楽にまつわるストーリーは「レコードで聴く」ことで展開していく作品が多い。フィリピンが舞台の作品「The Staggs Invasion」では、ひとつひとつの楽器の音が重なって、音楽ができていく過程がとてもよくて、たぶんとてもかっこいい音楽が奏でられているんだろうなというのが、誌面から伝わってきて、とてもよかった。
そして、「あぁ、いいな、この話はどうやって終わるんだろう~」と思いながら読んでいたら、このときの演奏は、少女から“仙人”と呼ばれる、音楽の師匠的存在の男性によってこっそり録音されていて、海賊版レコードとなって、第1話「追想レコード」の舞台である、現代日本のミヤマレコードの棚におさまっていた。「おぉ~、そうきたか!
やられたなぁ~」と、なんとも心地のよい、期待の裏切られ感だった。
このレコードは、フィリピンの少女の手を離れたあと、誰の手に渡って、どんなふうに時空を旅して、聴き継がれてきたんだろう。想像すると、楽しい。
さて、毛塚了一朗インタビュー2回目の来月では、そんな「継がれていく音楽」についてお話を伺います。また、これまでにWebVANDAでもご紹介しているIKKUBARUさんのアルバムジャケット画ジャケット画等のお話も! 来月もぜひお楽しみに。
☆毛塚了一郎(けづか・りょういちろう)さん 自画像とプロフィール

大泉洋子プロフィール
フリーのライター・編集者。OLを経て1991年からフリーランス。下北沢や世田谷区のタウン誌、雑誌『アニメージュ』のライター、『特命リサーチ200X』『知ってるつもり?!』などテレビ番組のリサーチャーとして活動後、いったん休業し、2014年からライター・編集。ライター業では『よくわかる多肉植物』『美しすぎるネコ科図鑑』『樹木図鑑』など図鑑系を中心に執筆。編集した主な書籍に『「昭和」のかたりべ 日本再建に励んだ「ものづくり」産業史』『今日、不可能でも 明日可能になる。』など。編著書に『音楽ライター下村誠アンソロジー永遠の無垢』がある。
2024年5月4日土曜日
The Beach Boys by The Beach Boys(Genesis Publications 2024)
本年1月30日Melinda Wilsonが77歳で逝去された。哀悼の意を捧げる。
2000年代以降、音楽界の伝説Brianの傍らには常にMelindaという存在があった。
単なる伴侶やビジネスパートナーを超え、彼女は彼の音楽、人生、そして精神を支える光であり、時に影となる複雑な関係を築き上げてきたのだ。
公私に渡ってブライアンを支え、彼の才能を開花させたMelinda。しかし、その関係は常にスムーズだったわけではない。Brianは躁うつ病などの精神疾患を抱えており、Melindaは彼の世話役や精神的な支柱となることもあった。時には、彼の気分や行動に振り回され、苦悩することもあっただろう。しかし、彼女は決して彼を見捨てず、献身的に愛情を注ぎ続けた。
Melindaは、Brianにとってかけがえのない存在であり、彼の音楽、ビジネス、そして私生活において重要な役割を果たしてきた。彼女の献身的なサポートと深い愛情が、Brianを支え、彼の人生をより豊かに彩っている。
Melindaの死から2週間後の2月14日、ロサンゼルス郡上級裁判所へ後見申立てが行われる。申立てはBrianのパブリシストである Jean Sieversとビジネスマネージャーである Lee AnnHardの両名による申立てであった。
Brian自身のケアにまつわる代理人や後見行為には過去様々な経緯があった代表的なものとしては以下の通りである。
1970年代後半: Stan LoveがBrianの身上監護のためにWilson家に派遣される。
後年StanはDennisに対する住居侵入等の不始末やWilson家に対する利益相反行為で放逐される。
1989年9月: Eugene Landyのコントロール下にあったBrianが、Irving Musicらを相手にSea Of Tunes売却に関する訴訟を起こす。
1990年: StanはBrianに対する後見申立てを行い、Stanの後見は認められなかったが主張の一部は裁判所で認められる。
1991年: 裁判所は、LandyとBrian間の個人的および経済的関係の切断を命じる。
1992年:
3月9日: Brianが精神的に無能力であると法廷で判断された後、Jerome Billetが後見人に任命される。
4月: Sea Of Tunesの訴訟は法廷外で和解し、Brianは1000万ドルを受け取る。
8月: MikeがBrianに対して作曲クレジットと報酬の分け前を求め公訴の提起を行う。
1994年:
12月24日: Mikeは裁判で勝訴し、Brianは500万ドルを支払い、35曲の将来の印税を折半することに同意する。
1995年:
BrianはMelindaとの婚姻後Billetを後見から解任し以後Melindaが後見行為を行う
9月: Brianは、前保佐人となったBilletをMikeとの訴訟での利益相反行為を持って1000万ドルで訴える。
Melindaの死去により後見が終了となるため、今回申立ては必要となるのは自然な流れである、肉親以外のビジネス関係の人物が後見人または保佐人に就任するのは一抹の不安があるが、Wilson家側としてはSNSなどを通じて今回の申立てについてはBrian、彼の7人の子供たち(Carnie及びWendyそして養子の五人)、Brianの医師等ケアに関わるスタッフとの慎重な検討と協議の末決定したことである旨主張しているので問題ないと思われる。
筆者の入手した法廷資料から伺われるのは、今回の申立ての目的はBrianに対する全ての権利のコントロールというよりは、今後も在宅ケア中心にBrianが自宅で快適に暮らしていけるための大きな配慮が感じられる。
同資料から
「Wilson氏は、自身の身体的健康、食事、衣服、または住居のための適切な世話を提供することができないため、妻であるWilson夫人が日常生活の世話をしていました。ウィルソン氏は、健康管理のために妻を代理人として指名する事前ケア指示書を持っています。しかし、ウィルソン氏の事前ケア指示書には後継代理人が指名されていませんでした。そのため、Wilson夫人の死去と事前ケア指示書に後継代理人が指名されていないことから、Wilson氏のために保護者が任命される必要があります。」
とある、事前ケア指示書は自身が意思無能力状態や話すことができなくなった場合にのみ使用するもので、本人が希望する医療における選択肢を周りの人に知らせるための文書である。そして代理人は、本人が意思表示できない場合に、医療に関する代理決定を行うことができる。第二、第三のEugene Landyの跳梁跋扈を許さないための抑止力としては後見申立ては適切な措置と考える。Melinda死後の適切な代理人選定までの後見行為ということを信じてBrianを見守っていこう。
閑話休題と、いうか前置きが長くなってしまったが
2024年4月刊行された本書は前年に500部限定でメンバーのサイン入りで販売されている。
普及版としての出来はというと、こちらも公式バイオ本だけあって装丁や品質のクリティも非常に高い。サイズ自体30cmx25cmx4cmで4キロ弱もありパラパラ軽く紐解くには程遠い重厚感がある。そもそも発行元のGenesis publication社はミュージシャン/バンド系の豪華本を得意としてきたので、さもありなんといった風情である。
本書の監修はIconic Brothers IP LLCとBrother Record両名で行われている。
本書の構成は編年体で出生から時系列に時代ごとの出来事が編纂されているが編集方針としてオリジナルメンバー存命期にフォーカスしたため1980年までの事績を対象としている。




























