2021年10月16日土曜日

1973年 Jackson 5 初来日公演(5月2日・日本武道館)


  ”King Of Pop”ことMicheal Jacksonの初来日公演といえば、大半の方は1987年の『Bad World Tour』での後楽園球場をはじめとするスタジアムでのライヴを思い浮かべる方がほとんどかと思う。
  しかし彼の初来日公演は、The Jackson 5(以下、J-5)時代の1973年4月だった。ただこの時期は本国での爆発的な人気にも陰りを帯び始めていた頃で、またマイケルの変声期にも重なり、印象が薄いのは否めない。なおこの公演は日本独自にライヴ・アルバム『In Japan』(注1)としてリリースされている。
 

  そんな彼らの来日を知ったのは、音楽雑誌「音楽専科」の広告ページだった。そこにはJ-5が4月27日(金)帝国劇場で開催される「第2回東京音楽祭」の特別招待ゲストとあり、追加で一般公演の日程(注2)も紹介されていた。その東京日本武道館公演が熱烈な「J-5ファン」だった弟の誕生日だったこともあり、彼への誕生日プレゼントにちょうど良いと思った。この時期の私は、東京で浪人生活を送っていたので、静岡から弟を呼んで行くことにした。
 
  とはいえこの1970年代初頭の日本では、海外の兄弟グループといえばオズモンズが断トツ人気で、J-5は<abc>(注3)が知られる程度で人気は華々しいものではなかった。ただ、1972年にマイケル初の全米1位を記録した<Ben(ベンのテーマ)>(注4)は、曲の良さに加え抜群の歌唱力が多くを魅了し、ソウルファンだけでなく一般のポップス・ファンにも注目されていた。
  そんなJ-5を静岡という地方在住だった私が知ったのは、彼等の4枚目のシングル<Mama’s Pearl(ママの真珠)>が、アイドル歌手のデビュー曲(注5)によく似ていたことがきっかけだった。そして、曲として気に入ったのは5枚目の<Never Can Say Goodbye(さよならは言わないで)>だった。弟がJ-5のファンになったのは、<Ben(ベンのテーマ)>(注6)がラジオから流れていた1972年の秋口だった。

  当時、日本ではJ-5のベスト・アルバムが何種類か発売されていたが、その中で『Both Sides』というA面「アップテンポ」、B面か「バラード」で構成したLPを購入している。そこでこのアルバムの「バラード」サイドに収録された<La-La (Means I Love You)(ララは愛の言葉)>(注7)でその恐るべし歌唱力に惹かれるようになった。 そんな私よりも熱中したのが弟で、擦り切れるほど聴きまくり熱狂的なJ-5になっている。そして、このLPを購入した頃リアル・タイムでヒットしていた<Lookin’ Through the Window(窓辺のデイト)>のカッコよさに、ファン熱は高まるばかりだった。

  と前置きが長くなってしまったが、肝心のJ-5初来日公演の話を進めることにする。この初来日公演だが正確には「Jackson 5+1」となっており、The Jacksonsになってから正式加入する9男Randyがコンガで参加していた。そんなこの日の公演は大雨の悪天候で、アリーナでも外の雷鳴が響くほどだった。とはいえ、席はメンバーの顔が肉眼でもしっかり確認できるくらいの良席だった。
  なおこの公演には前座がおり、この日は「オレンジ・ペコ」(注7)というロック・バンドだった。余談になるが、この前座には後に“和製ジャクソン5”と呼ばれたフィンガー5が切望していたという話がある。彼等は1970年6月に“ベイビー・ブラザース”としてデビュー後、1972年8月にフィンガー5と改名し、この時期には“関東ローカル番組”「銀座Now!!」(注8)等で地道にライヴ活動をしていた。皮肉にもこの公演の数か月後8月25日にリリースした<個人授業>で大ブレイクを果たしている。あと少し人気に灯がつくのが早かったら、「和製Vs.真打」という夢の共演を見れたかもしれなかった。
 捕捉になるが、フィンガー5も人気絶頂だった1974年に武道館公演を開催している。その公演は<Heartbeat - It's a Lovebeat(恋のハートビート)>のヒットを持つ、カナダの出身の兄弟グループThe DeFranco Familyとジョイント・コンサートだった。

 そんな前座のステージが終了すると、再び司会者がステージに登壇し「これまでの経験から彼らは雨の日に来てくれたお客さんのために、今日はそれに応えるように気持ちいっぱいに頑張ると言っている!」とコメント、それに反応した会場内は一気にヒートアップした。
 そしてイントロダクションの演奏がスタートし、いよいよお待ちかねのJ-5が登場した。 オープニング曲は日本では来日記念シングルとなっていた<Halleujah Day>。この「ベトナム戦争解放」を祝うゴスペルタッチのポップ・ソングからスタートしたライヴは、続く<Lookin' Through The Windows(窓辺のディト)>で、会場内は一体化した。 
 次に披露されたナンバーはJamaineのファーストに収録されたMarvin Gayeのカヴァー<Ain't That Peculiar>。この演奏が終わると、Michealから「Mina-Sama Konbanwa」と切り出す。この日の公演が最終日だけあって慣れた日本語だった。 

 そんなスピーチの後はMichealのソロ・デビュー曲<Got To Be There>。この美しいバラードは変声期の彼には少々辛そうで、出だしはやっと発声している風だった。サビ以降に聴かれるはずの伸びやかな高音もおさえて歌っているようだったが、バックを務める兄弟たちのコーラスで無難に乗り切っていた。 続いては既に恒例となっていたデビュー曲からの全米1位メドレーが登場。<I Want You Back(帰ってほしいの)><ABC>に続き、<The Love You Save(小さな経験)>に入る直前にMichealがニヤリとした笑みがのぞくところを確認。「この曲好きなんだ。」と彼の表情から察することができた。
 

  そんなJ-5に余裕が戻ったところで、次はJamaineのソロ・コーナーに入る。まずは彼のヒット・ナンバー<Daddy's Home(パパの家)>、近くにいたJamaineのファンのグループから大きな拍手、続いても彼のファーストからミディアムの<Live It UP>。続いてはStevie Wonderのカヴァー・ソング<Superstition(迷信)>がスタート、ここでの見せ場はコンガを演奏していたRandyが、Michealから「Come On,Randy!」の呼びかけで、サビの一部でヴォーカルを披露。

 そんな見せ場が終わるとリラックスした静寂の時間が経過する。 そこでMichealから「My Favorite Song…」のメッセージに盛大な拍手が起こる、そう来場者お待ちかねの<Ben(ベンのテーマ)>だ。この日一番のハイライトの瞬間と思えるほど盛大な拍手が沸き起こった。続いてもMichealのソロで、最新シングルの<With A Child's Heart(大人は知らない)>、地味な曲ながら彼の囁くヴォーカルがしみた。
 

 Michalの「Arigato !」メッセージに続いてサイレンが鳴り響き、後半戦のスタートはTemptationsのグラミー・ナンバー<Papa Was A Rollin' Stone>、そしてJamaineのソロ・デビュー曲<That's How Love Goes(恋の約束)>、名曲<Never Can Say Goodbye(さよならは言わないで)>が続く。ここでもMichaelの負担を軽減するかのように、メンバーのコーラスを大きくフューチャーしながら<Walk On>に流れ込む構成になっていた。 

 ラストはMichealのソロでのサード・シングル<I Wanna Be Where You Are(キミはボクのマスコット)>。多少喉をセーブ気味だったMichealも、めいっぱいシャウトしながらステージを所狭しと動き回り「A・Ri・Ga・To」を連発! そんなノリノリで会場内も手拍子で大きな声援を送るも、フェイド・アウトでステージから去っていった
 

 なお2010年にはこの公演の前年1972年の全米ツアーのライヴがCD化されている。以下にこの時期のセット・リストと来日公演を紹介しておく。これを比べれば、マイケルの不調をいかにジャーメインのソロや、メンバーのコーラスでサポートしていたのかがよくわかるはずだ。 

 <Budokan Hall Tokyo Jpn. May 1, 1973 > 
01. Introduction~We're Gonna Have A Good Time 02. Halleujah Day(⋆) 
03. Lookin' Through The Windows(窓辺のディト) 04. Ain't That Peculiar 05. Got To Be There 06. Medley:I Want You Back / ABC / The Love You Save(小さな経験) 
07. Daddy's Home(パパの家) 08. Live It UP(⋆) 09. Superstition(迷信) 
10. Ben(ベンのテーマ) 11. With A Child's Heart(大人は知らない) (⋆)
12. Papa Was A Rollin' Stone 13. That's How Love Goes(恋の約束) 
14. Never Can Say Goodbye(さよならは言わないで)~ Walk On 
15. I Wanna Be Where You Are(キミはボクのマスコット) 

(⋆)は『In Japan』未収録曲

 <Los Angeles Forum U.S.A. August 26, 1972 > 
01. Brand New Song 02. Medley:I Want You Back / ABC / Mama’s Pearl(ママの真珠) 
03. Suger Daddy 04. I’ll Be There 05. Goin’ Back To Indiana / Brand New Song / Goin’ Back To Indiana 
06. Bridge Over Troubled Water 07. I Found A Girl 08. I’m So Happy 
09. Lookin' Through The Windows(窓辺のディト) 10. Ben(ベンのテーマ) 
11. Rockin’ Robin 12. Got To Be There 13. You’ve Got A Friend 14. Ain’t No Sunshine 
15. I Wanna Be Where You Are(キミはボクのマスコット) 
16. That's How Love Goes(恋の約束) 17. Never Can Say Goodbye(さよならは言わないで)~ Walk On 18. The Love You Save(小さな経験) 
19. I Wanna Be Where You Are(キミはボクのマスコット) 

 そんなマイケルたちではあったが、変声期を乗り越えたこの年の秋には快作『G.I.T.:Get It Together』をリリースしている。このアルバムはダンスに特化したコンセプト・アルバムで、音楽雑誌「Rolling Stone」で絶賛された。セールス的には100位と惨敗ではあったが、セカンド・シングル<Dancing Machine>が全米2位の大ヒットとなり健在を印象付けた。

注1)当時のMotown系アーティストの来日公演は、日本独自でライヴ盤がリリースされていた。その皮切りになったのがThe Supreams、続いてThe Temptations、そしてこのThe Jackson 5だった。 

 (注2)4/28広島郵便貯金会館、4/30大阪厚生年金会館、5/1大阪フェスティヴァル・ホール、5/2東京日本武道館。 

 (注3)1970年5月にリリースされた日本では40位3.8万枚。当時のMotownにおける最大ヒットで、後にMariah Careyも大ヒットさせるスタンダード・ナンバー<I’ll be There>でも99位0.2万枚だった。

 (注4)日本でのリリースは1972年11月、52位2.6万枚。 

 (注5)西城秀樹や郷ひろみの同期デビュー・アイドル歌手伊丹幸雄の<青い麦>。

 (注6)スウィート・ソウル・グループThe Delfonicsの代表曲。1968年リリースのサード・シングルで全米4位R&B2位を記録。J-5カヴァーは、1970年5月リリースの『abc』に収録。

 (注7)詳しい素性は不明だが、私の知る限りではKingからデビューした「チューリップ・フォロワー」のはず。 

 (注8)1972年10月から放送開始したTBS系の関東ローカル「情報・バラエティ番組」。この当時の放送時間は平日17時~17時30分でフィンガー5は月曜日のレギュラー。ちなみに木曜のレギュラーには矢沢永吉率いるCarolがいた。

 (文・構成:鈴木英之)

2021年10月9日土曜日

bjons:『CIRCLES』(NARISU COMPACT DISC / HAYABUSA LANDINGS / HYCA-8024)リリース・インタビュー


 bjons(ビョーンズ)が、2018年5月の『SILLY POPS』から約3年半振りとなる最新作でセカンド・アルバムの『CIRCLES』を10月13日にリリースする。
 昨年10月に彼らの7インチ・シングル『抱きしめられたい』を弊サイトでも紹介しているので記憶に新しいと思うが、2017年にソングライターでヴォーカル兼ギターの今泉雄貴、ギターの渡瀬賢吾とベースの橋本大輔の3人で結成されたポップスバンドだ。レコーディングやライブでは、サポートメンバーとしてドラムの岡田梨沙(元D.W.ニコルズ)とキーボードの谷口雄(元森は生きている、現1983)が加わり準メンバーとして活動している。 

 筆者はファーストアルバム『SILLY POPS』からシングルカットされた『ハンバーガー / そろりっそわ』(18年7月)のジャケット写真が、The Parade(Jerry Riopelle、Murray MacLeod、Allen "Smokey" Roberdsによる短命のソフトロック・グループ)の日本編集盤のそれをオマージュしていたことで気になりチェックして、今泉の巧みなソングライティングと個性的なヴォーカル、渡瀬と橋本の手練なプレイを高く評価するようになった。因みにギタリストの渡瀬は昨年紹介したポニーのヒサミツの『Pのミューザック』(20年4月)や一色萌の『Hammer & Bikkle』(20年11月)をはじめ、加納エミリの『朝になれ』(20年11月)などジャンルを超えて様々なセッションで活躍している。

 本作『CIRCLES』では前作以上にソングライティングに磨きが掛かった楽曲が揃っており、サポートの岡田と谷口を含めたフォーリズムのコンビネーションも素晴らしく、長い年数聴ける良作になったと高評価している。なお主要曲の解説と聴きどころについては、インタビュー記事中で筆者が触れているので要チェックだ。
 さてここではメンバー3人におこなった、この最新アルバムの曲作りやレコーディングについてのテキスト・インタビューと、ソングライティングやレコーディング期間中にイメージ作りで聴いていたプレイリスト(サブスクで聴取可能)をお送りするので聴きながら読んでみて欲しい。

 
左から時計回りに渡瀬、岡田、今泉、橋本、谷口


 ~必要性のある音以外は極力鳴らさず、 
曲のエグみやザラついた質感を活かすアレンジで統一~ 

 ●ファーストアルバム『SILLY POPS』の後、昨年のシングル『抱きしめられたい』を経て、本作『CIRCLES』のコンセプトとして考えていた世界観を聞かせて下さい。 

◎今泉:制作が長期に渡ったこともあり、曲単位で一貫したコンセプトはありません。曲が出揃ったときに「抱きしめられたい」の延長線上とも言えそうな、必要性のある音以外は極力鳴らさず、曲のエグみやザラついた質感を活かすアレンジで統一しようとバンド内で話し合いました。 

●音数を削ぎ落とす引き算的アレンジは成功しているのではないかと思います。bjonsのサウンドを構築していく上で心掛けているポイントを教えて下さい。

◎今泉:プレーヤーとして素晴らしいメンバーが集まっていると思うので、それぞれの持ち味を活かせるような曲を書きたいな、とは常々考えています。 


CIRCLES』トレーラー


●収録曲のソングライティングの着想やアレンジのアイディアを可能な限り聞かせて下さい。

「皮肉屋」~ 
◎今泉:書いたのはちょうどコロナ禍に突入した2020年初頭です。Whitneyみたいな少し牧歌的で大きめなメロディーに、当時自分の中でぐつぐつと沸いていた憤りやもどかしさを言葉にして乗せました。 

◎渡瀬:歌詞の世界観にあわせて特にイントロとアウトロは不穏な感じを演出しつつ、歌のバックのスライド・ギターやギターソロは明るい音選びで少しだけ希望のようなものを表現したつもりです。着想としては、WilcoやWhitneyなど近年のUSインディーのイメージがありました。

◎橋本:最初の緊急事態宣言の時に送られてきた曲ですね。シンプルな演奏ですが緊張感をだしたいなと思い、アップライトにしました。 

●サウンド面ではプレイリストでも挙げているWhitneyからの影響というのは興味深いです。Whitney は2019年の『Forever Turned Around』を星野源氏などが年間ベスト・アルバムに選んでいて、ミュージシャンズ・ミュージシャンズという存在ですが、コロナ禍に入った当時の社会情勢が作詞面におよぼした影響というのはどの辺りに出ていますか?
冒頭から「きみは嘘つき とても好きになれない」やサビの「顔に引っ付いて 消えなくなった  そこに潜んでいたのかアイロニー」などサウンドとは対照的な辛辣なラインがありますが。 

◎今泉:仰る通り、「皮肉屋」「スロウリー」では大きく影響が表れていると思います。作詞においては、暫くの間は影響を受けてしまうだろうと思います。 


「デジャヴ」~ 
◎今泉:もう少し緩やかな曲として産まれました。上京した頃暮らしていた石神井公園〜大泉学園あたりの深夜から明け方を舞台に歌詞を付けています。アレンジは、どこか暗くて重苦しい負の硬質なAORみたいになったかなと。たぶん、あまりいい思い出ではないんでしょうね。

◎渡瀬:なかなかギターはアレンジが決まらず苦労しました。ソロはSteely Dan期のラリー・カールトンを少しだけ意識しましたが、うまくいったのかどうかはわかりません。

◎橋本:デモの時点で今泉君がベースラインいれていて。音数も多かったので、そこから削ぎおとしつつ整えていきました。特にBメロなんかは、ここに行き着くまでけっこう苦労したんです(笑)。

●この曲、マスタリング前のラフミックス音源を聴かせてもらった段階から一聴して虜になった曲なんですよ。イントロの渡瀬さんのギターリフから、橋本さんのベースと岡田梨沙さんのドラムのコンビネーションなどブルーアイドソウル~AORのテイストが濃くて好きにならずにいられないという(笑)。 
また橋本さんのコメントにもありますが、不安定なヴァース(Aメロ)からこのブリッジ(Bメロ)があることで、開放感あるサビに美しく繋がったと思います。「お互い死に際に会えたなら それでいいだろう」と最期のラインは感動的で、入口は重苦しい世界観で複雑な構成なんだけど、最期にヒューマニズムが滲み出ているマインドを感じられたという。 

◎今泉: 今作の制作の中では初期の楽曲で、僕個人としてはこういうトーンで纏まったアルバムになるかなとイメージしていました。結果ならなかったのですが。

 

「抱きしめられたい」~ 
◎今泉:弾き語りのデモはもっとフォーキーで、記憶は曖昧ですが田島貴男さんをイメージして書いた曲だったと思います。アレンジは、当時メンバー内で盛り上がっていた「Running Away」(Vulfpeck)の影響を受けています。

◎渡瀬:レコーディング時期にVulfpeckの「Running Away」をメンバー間でよく聴いていたこともあり、全体のアレンジはその曲に引っ張られているところが大きいと思います。ただDavid Tのように弾くことは僕にはできないので、結局アウトロのソロは自分らしいブルージーな感じになりました。

●Vulfpeckの「Running Away」にはデイヴィッドTとジェームス・ギャドソンが参加していて、そのデイヴィッドは昨年弊サイトのベストプレイ企画をした際渡瀬さんにも参加頂きました。原点回帰的ソウル・ミュージックのサウンドに、松本隆的な映像が浮かぶ詩世界が融合していて完成度が非常に高いです。「無言の街に 誰かのバイブレーション 響いて聞こえる」の後の谷口さんのアナログシンセの無限音階も実に効果的ですしね。
デモの段階で田島さんの作風をイメージしていたという点が気になりますが、オリジナルラヴを愛聴されていたんですね? 『風の歌を聴け』(94年)や『RAINBOW RACE』(95年)はリアルタイムで聴き込んでいましたが、90年代日本のポップスの完成形だと思っています。

◎今泉:そうですね、大好きです。田島さんに限らず、フェイバリットミュージシャンが歌っている姿を想像して作曲することはしばしばありますね。


「かっこわらい」~
◎今泉:シーズンソングを書いてみよう、という軽薄なきっかけで書いた曲です。いろんなアレンジを試しましたが、メロディーが強くて拒絶反応を起こす面白い曲でした。最終的にはPerfume Geniusをイメージした、機械っぽい生のリズムアレンジになりました。

●等身大の詞の世界に好感が持てます。Perfume Geniusを聴き込んでいないのでその影響が掴めないのですが、シャッフルのリズムやメロトロン系キーボードを入れるアレンジは今泉さんのアイディアですか? 

◎今泉:シャッフルのリズムは書いた時からですが、それ以外はサポートメンバーの谷口雄君によるアイディアです。特にこの楽曲に関してはアレンジの大半が彼によるものです。



 
「ハードレイン」~ 
◎橋本:イントロとアウトロの谷ピョンのオルガンに私の願いが詰め込まれています。 

●元森は生きているのメンバーで、多くのセッションに参加しプロデューサーとしても活躍している谷口さんへのシンパシーを感じました。シンコペーションが効いたオルガンもそうですが、ウーリッツァーのプレイも素晴らしいです。
この曲ではドラムの岡田さんがコーラスも担当していますが、今泉さんの声とのコントラストがいいので、今後も依頼してはどうでしょうか。

◎橋本:STAXのコーラスグループ「Mad Lads」の曲に元ネタがあって。これははまるんじゃないかと谷ピョンにリクエストした次第です。りっちゃん(Risa Cooper)は昨年ソロデビュー(下記画像参照 / 2020年11月)もしていますし、どんどん歌って頂きたいです。話声は大きくて賑やかだけど、歌声はとても繊細で素敵です(笑) 。

(1stシングル / タイトル曲~作詞作曲:今泉雄貴)


「フォロー・ユー」~ 
◎今泉:ライブのMCでも何度か話していますが、津川雅彦さんのことを考えて作りました。バンド・アレンジとしては最初から現在のリズムパターンでアレンジを開始しましたが、元々はスローな3連で作った曲です。 

◎渡瀬:短い曲なので起承転結を付けるのが大変でしたが、ファズとディレイを使ったロングトーン中心に、歌詞の寂しさとか余韻とかを裏付けられるようにアレンジしました。

◎橋本:フレットレスの音色が、曲の世界観に合うかなと。演奏がシンプルなだけに音色で少し味付け、程度ですが。 

●昨年『抱きしめられたい』のカップリングで聴いた時から好きな曲でした。谷口さんのウーリッツァーのコード・ワークとリズム・セクションのコンビネーション、そこに絡む渡瀬さんのギターリフという必要最低限の音数で、今泉さんの鼻腔から響く独特の声質をよく引き立ています。 
ところで俳優の津川雅彦氏のことを考えという着想が非常に気になりますが(笑)、津川氏が生前に出演されていた映画やドラマのストーリーに歌詞を影響されているとか? 

◎今泉:いえ、俳優としての出演作品からではなく、彼が亡くなったときに感じたことをきっかけに作詞をしました。



~スタジオでせーのでヘッドアレンジする際より、
 みんなの音をより意識しながら進めたので、
ほんとに必要な音しか鳴っていない~
 
 ~bjonsは3人ともあんまり喋らないから、
 サポート二人の無駄話のおかげで終始リラックス~ 

●レコーディング中の特質すべきエピソードをお聞かせ下さい。

◎渡瀬:コロナ禍のためスタジオに集まれず宅録でのアレンジをはじめたことによって、逆にみんなの向き合い方が変わり、無駄な音がなくなったような気がします。またレコーディングが大きく2回に分かれて、さらにその間1年空いたことで、モチベーションとかどうなるかな?と思ったのですが、エンジニアの原さんが大変面白い人で、現場は毎回楽しかったです。

●コロナ禍によりバンドとして新たなレコーディング手法を取ることになり、その効果がサウンドに影響したことは興味深いです。その影響が最も現れているのはどの曲でしょうか?
またエンジニアの原真人さんは、細野晴臣氏をはじめWorld Standardやカーネーションなど拘り派ミュージシャンのレコーディングに携わっていることで知られますが、ギタリストとして外部のセッションにも参加している渡瀬さんとして、勉強になった点は何かありますか? 

◎渡瀬:アルバムに先駆けて、宅録で作った「皮肉屋」「頼りない魂」「スロウリー」の3曲のデモ音源をbandcampにて販売したのですが、特に「皮肉屋」と「頼りない魂」は、順番にそれぞれが音を足してデータ上でやり取りする、という方法による効果が如実に出ている気がします。
スタジオでせーのでヘッドアレンジする際より、みんなの音をより意識しながら進めたので、ほんとに必要な音しか鳴っていない、って感じになっていると思います。
レコーディング中に自分がヘッドホンで聴いている音と、コントロールルームに戻ってスピーカーでプレイバックした音が全然違ってがっかりすることってよくあるんですが、原さんは、録っている時も気持ちいいし、プレイバックでも「もうこのままで最高!」と思える音で録ってくれます。大体いつもふざけていますが(笑)、リラックスさせてくれますし、人間としての魅力が仕事にも出ているんだろうな~と思います。

●デモ音源を先行でネット販売というのは新しい試みで、ファンにとっては曲が完成に近付く過程が分かるので面白いと思いますが、リリース前にデモの段階で発表することの抵抗はなかったですか? 
挙げられた曲について、データのやり取りで音を重ねていった効果というのがサウンドを形成していったのが理解出来ました。
また原さんのプロフェッショナルな仕事振りと共に、人間性も伺えて非常に興味深いです。エンジニアに原さんを推薦されたのは渡瀬さんですか? 

◎渡瀬:bandcampで発表する際はアルバム・リリースの段階ではなく、純粋に新曲を公開する場として捉えていたので、特に抵抗はなかったですね。 原さんにお願いしようと言い出したのは僕ではなく、恐らく今泉か谷ぴょんだったと思います。

●なるほど新曲公開という趣旨だったんですね。原さんへのオファーの経緯も理解しました。
では他のメンバーの方でエピソードはないでしょうか? 

◎橋本:こんな状況ですし、ほとんど音を合わせることもなくレコーディングに入りましたが、わりとトントン拍子に録れました。渡瀬君も言っていますが、原さんは本当に気持ち良い音で録らせてくれるなあと。bjonsは3人ともあんまり喋らないから、サポート二人の無駄話のおかげで終始リラックスできました(笑) 

●サポートの谷口さんと岡田さんによって和やかにレコーディングが進んだようですが、本作収録で橋本さんが特にお二人のプレイでお気に入りの曲とその個所を挙げて下さい。

◎橋本:お二人とも全曲素晴らしいプレイなので全てお気に入りです。特別選ぶとなると難しいですが…。 
「頼りない魂」は宅録していく過程で、リズムがきて、そこにベース重ねて。で上物がどうくるのか楽しみに待っているわけですけど。頭のシンセ聴いて興奮しました。そしてサビ、ピアノの8分の刻みは非常に印象的で、曲をグッと引き締めています。心地よいですよね。
「鈍行アウェイ」は、確かスタジオで合わせてさらっと出来上がった曲だったような。淡々としているようですが、様々な感情がリズムに込められているように思います。穏やかであたたかいリズム。アルバムの中でも一番優しい曲ですよね。 



●ソングライティングやレコーディング期間中、イメージ作りで聴いていた曲を挙げて下さい。 

◎今泉:
◎若い頃は苦手だったこの手のサウンドですが今では大好物です。デジャヴで影響を受けています。

◎Whitneyのレコードは音が悪いイメージでしたが、このカバーアルバムは丸いのにガッツがあって好きな音です。皮肉屋で影響を受けています。
 
◎Randy Newmanを愛しています。スロウリーで影響を受けています。 

◎ちょっとストレンジなサザン・ソウル風味のカントリー?ハードレインで影響を受けています。


◎渡瀬:
◎前述の「皮肉屋」のイメージはこのアルバムかなと思いますが、今聴いてみたらエレキギターの印象はだいぶ薄かったです。全体のイメージということで。

◎「頼りない魂」は本アルバムの中でも特にスカスカなアレンジですが、その中でトム・ミッシュのボイシングやディレイの使い方は、この曲に限らずわりと参考にしました。

◎「ハードレイン」はHiサウンドでいこう、となったときに真っ先に思いついたのがこの辺の曲でした。アル・グリーンはこのアルバムが一番好きです。

◎特に今回のレコーディング中に聴いていたというわけではないのですが、西川さんのギターの影響は自分にとって非常に大きく、「フォロー・ユー」のアレンジなどに自然に出てしまっていると思います。


◎橋本:
◎「かっこわらい」をアレンジするにあたり、変わったものにしたいと思って。各楽器のリズムの絡み具合が面白い曲です。

◎マラコの演奏は、良い意味で可もなく不可もなくというか。録音中もよく聞いていました。その中でもお気に入りの曲です。

◎なにかとヒントをくれるのがジョージジャクソン。この度も大変お世話になりました。

◎「頼りない魂」のイメージに合いそうな、この類いの曲を色々聞いていたのですが、改めて最高の曲だなと(笑) 。 



●リリースに合わせたライブ(配信含む)があればお知らせ下さい。

◎今泉:12/11(土)のお昼に、下北沢440にてリリース記念ライブを予定しています。 今後の状況は不透明ではありますが、僕たちは楽しく演奏したいと思っています。 
詳細が決まりましたらTwitter(@bjons_info)にてお知らせしますので、チェックしてください。

●では最後にこのセカンド・アルバムのピーアールをお願いします。

◎今泉:長い時間がかかりましたが、前作よりもパーソナルな、思い入れのある曲ばかりが揃いました。ぜひ聴いてみてください。

◎渡瀬:派手な楽曲は入っていませんが、今の過酷な世の中の状況を反映しながらも、どこかしら希望を感じさせるようなアルバムになっていると思います。何回も繰り返し聴けると思いますので、ぜひ。

◎橋本:良い作品ができたと思います。聴いてみて下さい。音楽はよいものです。 

(インタビュー設問作成、本編テキスト:ウチタカヒデ)

2021年9月23日木曜日

The Bookmarcs:『BOOKMARC SEASON』(VSCF-1775/FRCD-070)リリース・インタビュー


 The Bookmarcs(ブックマークス)が、2018年の『BOOKMARC MELODY』から3年振りとなる最新作のサード・アルバム、『BOOKMARC SEASON』を9月29日にリリースする。
 彼等は弊サイトのベストプレイ企画でお馴染みの作編曲家の洞澤徹と、今年5月に初ソロ・シングルをリリースしたthe Sweet Onions(スウィート・オニオンズ)の近藤健太郎が、2011年にタッグを組んだ男性2人のユニットだ。
 『BOOKMARC MELODY』リリース後は翌19年に「Let's Get Away~かりそめの夏~」(7月)、「君の気配(duet with 青野りえ)」(11月)、20年には「雲の柱(spring jazz mix)」(3月)、「When I Was Young」(8月)、「Candy」(12月)とコンスタントに配信で新曲を発表しており、その活動をファンにアピールしてきた。今年に入ってからも「Days」(6月)と本作『BOOKMARC SEASON』のリードトラックとなる「Night Flight」を9月24日に発表する予定だ。
 70~80年代AORから強く影響を受けたギタリストである洞澤の作編曲によるサウンドと、ギターポップ・バンド出身のヴォーカリスト、近藤の甘くジェントリーな歌詞が融合した楽曲は唯一無二のスタイルで、希有な男性ユニットと言えるだろう。
 本作のジャケットにも触れておこう。街路樹の木陰で休息を取る二人の何気ない瞬間をとらえた、写真家の尾崎康元氏によるショットだ。構図やコントラストが見事で、ECMレコードを彷彿とさせる川久保政幸氏のデザインも相まって、長く聴けるこのアルバムを強く印象づけている。

 ここでは筆者と交流がある2人におこなった、この最新アルバムの曲作りやレコーディングについてのテキスト・インタビューと、ソングライティングやレコーディング期間中にイメージ作りで聴いていたプレイリストをお送りするので聴きながら読んで欲しい。



~配信はとにかくスピード、
CDはそれを一つ上のステージに上げて集大成にする役割~ 

●『BOOKMARC MELODY』の後2019年から今年の6月までの間、コンスタントに6曲を配信リリースしていたので、今回の『BOOKMARC SEASON』に至るまでブランクを感じさせることはなかったです。
こういうリリース方法は戦略的にも考えてのことですか? 

◎洞澤:戦略的というか、自然な流れでそうなった感じです。ですが常にフィジカルとしてのリリースはどこか意識してはいました。配信はとにかくスピード、CDはそれを一つ上のステージに上げて集大成にする役割。しかしながら配信はCDの劣化版では決してなくその時の空気を詰めたもの。今後も同じ流れになっていくかもしれません。

●成る程、自然の流れだったんですね。配信とCDアルバムの各役割を棲み分けているのは分かり易いですし、ブックマークス(以降ブクマ)ファンにとっても、コンスタントに新曲を聴けるのはいい傾向ではないでしょうか。今後も同じ様なスタンスでリリースするとのことですので、コンスタントな新曲発表を期待しています。

◎洞澤:はい、新曲が作り終える頃には次のアイデアがもう沸いていることが多いのでコンスタントな発表が今後もできると思います。


●先行配信していた曲の方が多く、レコーディング時期も曲毎に異なる訳ですが、新曲の「Night Flight」、「マリンブルーの街」、「Birthday」も含め、ソングライティングの着想やアイデアを可能な限りお聞かせ下さい。

 
The Bookmarcs third album 
「BOOKMARC SEASON」trailer

◎洞澤:「Night Flight」に関して、僕らは’70 や‘80のAORやソフトロックが大好きですが、それらをただトレースするような感じにはしたくありませんでした。アウトプットはどこかやはり時代感と自分を飽きさせない何かがないといけないし。メロディは普遍的に、でもアレンジは少しだけ違和感、ミックスは隙間をちゃんと感じさせたい、そんな心持ちで作りました。
 
「マリンブルーの街」は僕らパーソナリティを務めるラジオ番組「The Bookmarcs Radio Marine Café」の「誰デモ!サウンドクリエーター」という作曲レシピを紹介するコーナーから生まれた曲です。曲解説を前提として作ったためメロディとコードもわかりやすい構成です。基本のデモから、どうやって現状音楽シーンのなかでリリースに耐えうる仕上がりにできるかをけっこう考えました。ベースの北村規夫さんの、間をうまく使ったプレイで随分正解に近づけた気がします。
あと最近変わってきたことといえば、以前はシンセメロで近藤君に曲を渡していたものが、仮歌を自分で歌って渡す機会が多くなった気がします。最近の音楽は特にそうですが、メロのクセやニュアンスはただ鍵盤を弾いただけでは歌い手には伝わりにくいですよね。

「Birthday」に関しては最初からアルバム通し聴きしてもらうことを意識して最後から2曲目あたりのほっこりした雰囲気を想定して作りました。配信シングルだけ作っているとこういう曲は作らなくなるかもしれません。(実際には最後から4番目という位置付けになりましたが)

●「Night Flight」はイントロからトーンの異なるギターの構築方法が洞澤君らしいと思いました。以前の「I Can Feel It」(『BOOKMARC MUSIC』収録)や「Flight!」(『BOOKMARC MELODY』収録)などにも通じる職人ギタリストらしいサウンドですよ。
「マリンブルーの街」はブクマのレギュラーラジオ番組のコーナー企画から生まれたということですが、それだけではない曲の良さが滲み出ているのはさすがと思いました。北村さんのベースと足立浩さんのドラムの絶妙なコンビネーションがとてもいいですよ。
「Birthday」はこれまでの洞澤君のソングライティングには見られない、近藤君のポール・マッカートニー趣味に寄せた曲調が新鮮でしたね。

個人的には「君の気配」が配信された時期からよく聴いていたので思い入れがありました。確かこの曲は当時お二人と飲んだ時、青野りえさんとデュエットするアイデアを先に聞かされていたので印象深かったのかも知れません。青野さんのファースト『PASTORAL』(2017年)は、流線形の『TOKYO SNIPER』(2006年)に通じるセンスの良いアルバムでしたからね。
 この曲の洞澤君のギタープレイは、ベストプレイ企画でも取り上げたデイヴィッド・T・ウォーカーを彷彿とさせるハンマリング&プリング・ハープ奏法が実に良い感じです。この曲の着想は? 
また最近は仮歌を自分で歌って渡す機会が多くなったということですが、どのようなスタイルで歌っているんですか、スキャットとか?それも聞きたいな(笑)。

PASTORAL / 青野りえ 

◎洞澤:「君の気配」は落ち着いた大人のミディアムテンポなシティソウルを念頭に置いて、そこにアコースティック感をミックスしたいという考えが最初でした。エレキでは程よい丸さと太さのテレキャスターシンラインが良い仕事をしてくれました。フレーズはもちろん、デイヴィッド・Tの影響も受けていますが、最近のneosoul系のギタリストの動画をたくさん見ていますので少し滲み出たかな。
仮歌はメチャクチャ英語です(笑)。サビは特に母音を大事にして仮歌を歌っています。

●大人のミディアムテンポなシティソウルというのは、実にブクマらしいですね。仮歌のメチャクチャ英語(笑)ですが、実はニュアンスは伝わっているんじゃないかと思います。
近藤君も作詞の着想やアイデアをお聞かせ下さい。

◎近藤:歌詞に関してですが、「Days」と「マリンブルーの街」はラジオをテーマに、「Let’s Get Away~かりそめの夏~」は大人のちょっと刹那な夏、「Candy」はクリスマスといった、明確にお題を決めて歌詞を書きました。
今までそういう作り方はほとんどしてこなかったのですが、テーマに沿った歌詞作りは新鮮で、比較的スムーズに書き上げることが出来たのは、個人的には新たな発見と同時に嬉しい体験でした。

●「Days」と「マリンブルーの街」の2曲はいずれもラジオ番組の企画で各モチーフは異なりますが、共通して言えるのは近藤君らしいジェントリーな世界観が垣間見られることですね。
「Let’s Get Away~かりそめの夏~」は配信された時期に感じていましたが、曲調とアレンジは新境地で、歌詞の設定も近藤君の爽やかなイメージからは想像出来なかったです(笑)。「Let's Get Away She's Got A Way Just A Runaway 幻を見た かりそめの夏に」という意味深な歌詞には驚きました。このモチーフはどんなところから?

◎近藤:夏の逃避行をなんとなくイメージして書いてみました。ほんの少し退廃的で、気怠さや投げやりな気持ちを、ひと夏の風景の一部に重ねてみたいなと。同時に、80年代のTVドラマ『ふぞろいの林檎たち』というタイトルがなぜか頭に浮かんできて、試しに「ふぞろいの夏に」と歌いながら言葉を当てはめてみた瞬間、スラスラと言葉が湧いてきました。ドラマは実際観ていないので、歌詞とドラマのストーリーは全く関係ないのですが。 

●『ふぞろいの林檎たち』(83年5月)は著名脚本家の山田太一氏の代表作で、落ちこぼれの大学生達の群像劇でしたね。しかしドラマ自体は観ていなくて、タイトルだけをモチーフにしたというのは面白い発想です(笑)。確かにドラマを観てストーリー自体にインスパイアされていたら、もっとどろどろした歌詞内容で曲調に合わなかったでしょうね。
また洞澤君への質問の回答で、デモの仮歌がメチャクチャ英語というのがありましたが、近藤君がそれをもらってどんな反応をしながら歌詞を作っていくのかが興味があります。

◎近藤:結構そのメチャクチャ英語の響きに引っ張られております(笑)。でもそれはある意味正しいというか、いわゆるメロディと相性の良い言葉の響きなんですよね。自分で曲を作るときも全く同じで、なんとなくメロディにのった言葉で歌っていて。だからわりとそこを大切に意識しながら言葉を探していきます。
例えば「Birthday」のサビの出だし、洞澤さんは「I Say」って歌っていたんです。そこで見つかった言葉は「Birthday」でした。うまくハマった!と小躍りして、そうだ、誕生日の歌を作ってみようと思い立ったわけです。
また「マリンブルーの街」のサビ中に出てくる「トゥルルルルー」も洞澤さんがそう歌っていて、これはもうそのまま生かして、前後の言葉や全体の世界観が決まっていきました。

 

   ~集中して短期で録るボーカルテイクの良さを、
洞澤さんが引き出してくれた~ 

 ●次にレコーディング中の特質すべきエピソードをお聞かせ下さい。

◎洞澤:全般的にコーラスアレンジは近藤君が担当し、部分的に僕がアレンジしたりアイデアを出したりしているのですが、レコーディング中、アイデアが広がったり混ざりあったりしていろいろトライしていくうちに最良のものが出来上がる瞬間は楽しかったです。

●近藤君自身もthe Sweet Onions(スウィート・オニオンズ)やソロで、曲作りとアレンジまで自己完結させるミュージシャンですが、明確に役割分担されているブクマでの作業でも洞澤君が作ったリズムトラックに対して、近藤君が「もうちょっとテンポを上げましょう」や「楽器パートを足しましょう」というようなアイデアを出すこともあるんですか?

◎洞澤:たまにアイデアをもらうことはありますが、ほとんど僕が決めています。キーに関してはけっこう相談しながら一緒に決めることが多いです。

●やはり役割分担でレコーディング作業しているという感じですね。
では収録曲の中で完成までに最も時間を費やした曲を教えて下さい。そのエピソードも。

◎洞澤:やっぱり書き下ろしの1曲「Night Flight」でしょうか。ギターのバッキングに神経を使っていろいろフレーズを考えたり、テレキャスターシンラインで試したりストラトキャスターで試したり(結局ストラトで弾いた)、ギターとオケのバランスや他の楽器のフレーズパターンとの噛み合わせもあれこれ試したりして一番時間がかかった気がします。歌の本番録音の際に土壇場でキーを変更して、また一から弾き直しもしたり・・・苦労した分愛着が湧きました。

●「Night Flight」のあのギター・トラックの構築には試行錯誤があったんですね。それを感じなが聴き込みます。
では近藤君も特質すべきエピソードをお聞かせ下さい。

◎近藤:ボーカルレコーディングはお互い限られた時間の中で、悪戯に時間を費やすことなく、集中力を高めレコーディングすることが出来ました。勿論時間をかけたレコーディングも大切ですし、時間の余裕があれば何テイクも歌うことはやぶさかではないのですが、集中して短期で録るボーカルテイクの良さを、洞澤さんが引き出してくれたと思います。
今迄は「すいません、もう一回歌い直したいです」と無理を言ってお願いしたこともあるのですが、今回はそれがなかったことは成長?したのかも知れないし、ささやかですが、個人的には特筆すべきエピソードと言えるのかもしれません。

●歌入れを集中して短期間でおこなって、何テイクも歌い直しをしないというのは画期的ですね。確かに古今東西で名曲と言われる曲は1テイクか2テイクと聞きます。それを引き出した洞澤君はさすがですね。
昨年からのコロナ禍でのレコーディング方法で新たに実践したことは何か無いでしょうか?

◎近藤:実践とはちょっと意味合いが違うのですが、コロナ禍以降、自分で宅録する機会が増えました。ステイホームで生活のリズムが変わり、逆に歌う機会が増えたことにより、本番のレコーディングも今迄以上に自信を持って臨む事が出来ました。



●ソングライティングやレコーディング期間中にイメージ作りで聴いていた曲を各自7曲ほど挙げて下さい。

◎洞澤:
■Nobody’s Fault / Benny Sings『music』/ 2021年)
○音色や全体のバランス 歌のテイストが好きで繰り返し聴いて体に染み込ませました。

■Rolled Up feat. Mac DeMarco / Benny Sings
 (『music』/ 2021年)
○テンポ感・アレンジ・隙間感・丁度良い抜け感が最高。

■Groovy Times / Paul Petersen
(『The World is a Ghetto』/ 2017年)
○大人っぽいクリーンギターのカッティングアレンジが好み。サビの程よい高揚感。

■Hide Away / Christian Gratz(『1981』/ 2021年) 
○70’ 80’ のエキス満載のアレンジがたまりません。

■Lost In Paris / Tom Misch(『Geography』/ 2018年)
○洗練されたギターリフパターンは多いに参考にしました。

■Meet Me After Midnight / Jakob Magnusson
『Jack Magnet』/ 1981年)
○この曲のコード進行とそれに当てたギターアレンジが好き。

■Goin' Downtown / LATUL(『LATUL』/ 1981年)
○ヒラ歌部分のベースパターン、ストーリー性ある曲展開。

◎近藤:
■The Like In I Love You / Brian Wilson
○圧倒的なキャリアと、波乱に満ちた人生経験を経て到達した歌声は、ただただ優しく慈愛に溢れていて、その包容力に心が奪われてしまいます。

■Clair / Gilbert O’Sullivan(『Back To Front』/ 1972年)
○新曲「Birthday」のデモを聴いた時に思い出した曲です。こちらもまた優しい眼差しを感じる楽曲と歌声で、自分の表現力を培う上で、何度もリピートした曲です。

■She / Jeff Lynne(『Long Wave』/ 2012年)
○ジェフ・リンが歌う「She」が大好きです。重厚なコーラスと、彼が手掛けたThe Beatlesの「Free As A Bird」と地続きなアレンジが堪りません。

■Wichita Lineman / James Taylor(『Covers』/ 2008年)
○ジェームス・テイラーが歌うこの曲もまた大好きです。どこまでもジェントルでスマート、憧れます。確か洞澤さんもこの曲を僕達のラジオ番組「The Bookmarcs Radio Marine Café」で選曲していましたね。

■For Once In My Life / Stevie Wonder
○「Let’s Get Away~かりそめの夏~』のレコーディング時によく聴いていた曲です。自然と身体が動くってこういうことなんだなぁと。

■Dead Meat / Sean Lennon(『Friendly Fire』/ 2006年)
○相変わらずショーン・レノンが好きでして、この繊細かつ色気のある歌声、日本的情緒も感じるメロディ、メランコリックな世界観が本当に素晴らしいです。

■Les Champs-Élysées / Joe Dassin
○映画「ダージリン急行」のエンディングにも起用された、ジョー・ダッサンが歌う「オー・シャンゼリゼ」。なんとなくThe Bookmarcsの「Candy」のレコーディング時によく聴いていました。歌詞も影響を受けています。今は「街へ出よう!」と声高に言えない世の中ですが、そんな日々においても人生を肯定し、音楽を通して幸せな気持ちを味わうことが出来たらなと思います。



●リリースに合わせたライブ(配信含む)があればお知らせ下さい。

◎洞澤:10月中にバンド形態の配信ライブを企画中です。
日時は調整中なので詳細はSNSなどでチェックお願いします。ぜひ皆さん観に来てください。
TheBookmarcs twitterアカウント:https://twitter.com/TheBookmarcs


●では最後にこのセカンド・アルバムのピーアールをお願いします。

◎洞澤:3枚目にしてやっと近藤君のボーカルトラックの作り方とか、全体的に思い通りに近いミックスにたどり着けた気がします。
何度も聴けるアルバムに仕上がっていると思いますのでどうぞよろしくお願いします。

◎近藤:最新作が1番の自信作。胸を張ってこう言えることが素直に嬉しいです。今まで僕達のことを知らなかった人は勿論、ずっと聴いてくれていた方々にも、新鮮な気持ちでこの新作が響いてくれたら嬉しいです。

(インタビュー設問作成、本編テキスト:ウチタカヒデ)

2021年9月18日土曜日

Hack To MONO


宝探しは見つからないから楽しい。

 佐野邦彦氏の弊誌記事中の言葉だ。
 The Beach Boysのレア音源逍遥云々は佐野氏以来の「伝統」の一つといえよう、拙筆も時代考証とやらの筆すさびで、この伝統の末席に加えていただいている。
 音源の配信による共有化の時代にあっては、好古家の出番は限られる、ステレオ音源の探求だとありふれている、モノ音源にこだわってみたい。
レアなモノ音源聴覚体験という宝探しはどうかな?
 かの野村胡堂も何故レコードを蒐集するのかと問われ
「この耳で、よい音楽を聴きたいため」と答えているではないか......
と、決心したものの具体的なイメージをどうする?
 試行錯誤の末にたどり着いたのは「なるべくデビュー当時に近い機材環境でモノ音源を聴いてみよう」ということになった。
 贅沢を言わせていただくと、当時のラジオ局にあったような、ながーい頑丈なトーンアームで聴くモノ音源ならなおさらいい。


 ここで1950年代末までのレコード事情を駆け足で紹介しよう。
1948年に米Columbiaが33回転塩化ビニール盤を製造販売開始する翌年1949年には米RCAが45回転塩化ビニール盤を製造販売開始した。
 当初はどちらかが戦前から続くSP盤にとって変わる、リーディングフォーマットと画策していたようだが、最終的には併存することとなった。
 1954年にはRIAAカーブが制定され、今後の業界標準となった。
 このRIAAカーブは、レコード盤に刻まれている溝と関係がある、原則的に音のダイナミックレンジが大きいと溝の幅が大きくなり、その逆は狭くなる。
 音声信号をダイレクトにレコード盤に刻んだとしたら、普段目にする溝とは異なる複雑な溝になってしまう。現に目にする溝はほぼ一直線、これは何を意味するかというと、レコーディングされた音を音の強弱が大きく出ないように加工してあるということになる。
 しかしそのままでは、モヤモヤした音が再生されてしまう、きちんと聴くためには、フラットに調整されている周波数帯の逆の周波数帯のカーブをかけてやれば元のレコーディングされた音に戻す必要がある。
 そこでこれを実現したのがフォノイコライザーという機器で、単体で使う場合かアンプ等に内蔵している場合もある。
 このフォノイコライザーがかける前と原音に戻す際の周波数帯のカーブがRIAAとなっているのだ。

青い線がカッティング時のカーブでフォノイコライザーで
赤い線のカーブをかける青・赤の曲線は理論上真逆になるので
元の音が再生できることになる


1958年より各社からステレオ盤の製造販売開始となる。

ステレオも様々なフォーマットが登場していた、
これは二つの溝に左右の音声を記録し二股のピックアップが
拾った音声からステレオ音像を再生していた

 閑話休題、この「モノ音源再生企画」にとりかかろう。

 機材等の選定をしていてあらためて、実現までのハードルの高さを痛感する。
 まず、ラジオ局にあるようなズドーンとしたトーンアームは1950年代辺りに絞ると入手困難かつ設置及び調整方法は複雑そうだ、元来約40センチのターンテーブルに合わせて設計されているモデルがほとんどなのが現状であって思案のしどころ満載である、残念ながらここは探索中とした。
 他のアンプ類は、実機は断念してできるだけ当時の回路に近い環境をシミュレートしたソフトウェアを活用することにした。
フォノイコライザーは真空管式のものを持っているのでそのまま使用する。
 ハードルがどんどん下がっている、このままではいけない、好奇心旺盛でその関心に向かってとことん楽しむ「佐野イズム」を絶やしてはいけない初志貫徹で50年代のモノ専用カートリッジを使用することにした。
 50年代当時の物の選定に当たっても困難を極めた、接続方法不明の物やレコード針そのものの取替が不明な物ばかりで当初は断念しかけたが
一筋の光明を見出した。

 General Electric社(以下GE社)のRPXシリーズであった。



 記録によると同製品は放送局から民生用にいたるまでレコード再生に幅広く使用された、とある。一時は絶対優位であった同製品は、ステレオ時代にSHURE社のカートリッジが市場に登場するや否や市場から駆逐される運命を辿った。

GE社のカートリッジは日本メーカーにも影響を与えていた
画像は東京サウンド社(Guyatoneで有名)のもの


 本製品の仕様は現代の観点から見るとユニークだ、33回転 45回転 78回転がこのカートリッジをアームを一度つけるだけで全フォーマットの音盤を聴くことができるようになっている。

 背面の突起を押して針をせり出してやって、
二種類の針が交換できるようになっている


 早速2点入手することができた。テスターで通電OKだったので期待は高まる。


 この突起を押し出すと針がせりあがり、クルッと回転させて針を変更する60年近く前の機種であるが、原理は現代のカートリッジとほぼ変わらないのと、サイズは大ぶりだが、ヘッドシェルにつけても違和感ない大きさだ。
 アームはまだ有望なものが見つからないので、愛機(1973年製)につなぐ真空管時代とトランジスタ時代のキメラシステムで当面再生に挑むこととした。
 ヘッドシェル は装着した時の重量を考慮してDJ用の物を利用することとしよう。
 しかし、ここで難題発生!


 装着予定のヘッドシェルに空いている穴が例の背面の突起の位置と合わずとぶつかるのだ。
 穴を開けねばならない!さあ、どうする?

(次回へ続く)
(text by Akihiko Matsumoto-a.k.a MaskedFlopper)

2021年9月4日土曜日

1970年代アイドルのライヴ・アルバム(アグネス・チャン)

-初めて日本での成功を収めた香港スター、アグネス・チャン-
 
 今1970年代アイドルが熱い、それに合わせたかのように、NHKが当時のビッグ・アイドルたちの映像「山口百恵引退コンサート」「キャンディーズ解散コンサート」を放映しているほどだ。
 もちろん復刻版のリリースもこれまではボックス仕様という限られたファン向けが多かったが、ここ最近は単品作品のリリースもラッシュ状態だ。そんな中、これまで出そうで出ていなかったアグネス・チャンの単品リリースも2021年になってやっとスタートしている。

 そんなアグネスは香港生まれで、デビューは1971年にオムニバス・アルバム『Second Folk Album』に収録された<Circle Game>。ただし、これはソロではなく、姉のアイリーンとデュエットだった。とはいえ、この曲でフォーク・シンガーとして注目を浴びる存在になっている。

 
 その後、ソロとしては同年に香港の「Life」レコードから『Will the circle game be unbroken』でソロ・デビュー、翌年には早くもセカンド『ORIGINAL(1)(A New Beginning)』をリリースした。なおここには日本のデビュー作にも収録された<You Are 21,I Am 16>のオリジナルが収録されている。 
 
 さらにこの年には、香港映画に女優デビューを果たし、その人気は東南アジアにも広がっている。その人気のバロメーターは、本国で自身のテレビ番組『Agnes Chan Show』を持っていたことでもはかり知れる。そんな彼女が日本に向かうきっかけになったのが、この番組で知り合った作曲家平尾昌晃氏のアプローチによるものだった。 
 
 そのラヴ・コールに答え、彼女は1972年17歳の秋に来日。11月25日には<ひなげしの花>で日本デビューを飾っている。この曲は今でもカラオケで必ず登場するアグネス・チャン・ソングは欠かせない鉄板ソングだ。それは両手でマイクを握りしめ「O、kka No Ue, Hii~Na-Ge-Shi-No, Haahnadee~」と片言交じりのたどたどしい日本語で披露しないと完ぺきとは言えない。 
 そんな彼女、当初は香港のイメージを残すロング・ドレス衣装だったが、人気が爆発するのは日本のアイドルに習いミニ・スカート姿で歌うようになってからのようだ。また慣れない日本語を一生懸命話す幼児風言葉使いの愛らしさも人気を後押しした
 この曲はベスト5ヒットとなり、続く<妖精の歌>も5位、そして指で空をなぞる振付の愛らしいサード・シングル<草原の輝き>は2位、さらに10月25日リリースの4枚目のシングル<小さな恋の物語>はアグネス唯一のオリコン1位獲得(58万枚)と最大ヒットとなった。なおこの1位獲得には、当時の人気漫画「チッチとサリー/小さな恋のものがたり」と同タイトルだった事での相乗効果もあったようにも感じる。
 
 このデビュー1年目に発売したシングルは年間セールス・トップ50位以内に3曲(17位 草原の輝き、28位 ひなげしの花、36位 妖精の歌)もランクされるほど彼女の人気は絶大だった。 また彼女はこの1年間にアルバムも4作(1枚はライヴ盤)リリースしているが、全てベスト10入りしていることにも驚かされる。この年<草原の輝き>でレコード大賞新人賞に選出され、日本での人気を完全に不動のものとした。
 そんなアグネスだったが、来日直後は日本の常識に戸惑うこともあったという。それは写真撮影で日比谷公園に行った際のことで、日本では「平和の象徴」とされる鳩の群れを見て、「なんて美味しそう!」と思った。それは香港で鳩は食材であり、そんな鳩に公共の場でえさを与える姿が不思議に見えたそうだ。


 このように日本で大ブレイクしていたこの年にも、台湾でサード『WITH LOVE FROM AGNES』をリリースしており、本国での活動も継続している。補足になるが、香港の「Life」では1975年にも第4作『Agnes Loving Song』をリリースしている。なおこれらの音源は、1990年代に『The Agnes Chan Best Vol.1』 『~Vol.2』の2枚にCD化されており、日本でも1992年に「新星堂」を通じ直輸入盤として発売されている。

-強者ミュージシャンがサポートしていた日本での音楽活動- 

 話は日本での活動に戻すが、アグネスはミュージシャンとしても大きな成果を残しており、その充実期はキャラメル・ママが参加した第5作アルバム『アグネスの小さな日記』(1974年)以降になる。これはサード・アルバムまでが人気に便乗したシングル・ヒットとカヴァーを収録したものだったので言わずもがなところだろう。

 
 その第5作では軽快なポップ・ソング<TWINKY>や、松本隆の専業作詞家デビュー作<ポケットいっぱいの秘密>など好ナンバー揃いだった。後者は1973年に全米1位となったカーペンターズのリアレンジ版<Top Of The World>(原曲は第4作『A Song For You』収録)をお手本にしたニュー・アレンジで(Arr.東海林修、キャラメル・ママ)シングル・カットされている。
 ちなみにそのアルバム・ヴァージョンはキャラメル・ママ単独アレンジによるもので、ディッキー・ベッツ主導期のオールマン・ブラザース・バンド風だった。尚、この曲はキャラメル・ママが名称変更したティン・パン・アレイ時代のセカンド『TIN PAN ALLEY 2』にも収録(ヴォーカルはManna)されているので、聴き比べてみると面白い。 


 その他の注目作としては、セカンド・ライヴ発表後の1976年にリリースされた日本8作目『美美(MeiMei)』だろう。ここでは鈴木慶一とムーンライダース(以下、ライダース)やラストショウ、ブレッド&バターの岩沢二弓などそうそうたる面々がサポートしている。
 この仕上がりは、同時期に発表されたライダースの『火の玉ボーイ』をポップに解釈したように感じるのは私だけだろうか。 

 なおアグネスにはライヴ・アルバムが3作品あるが、選曲&アレンジ&サポート・メンバー(ファースト・ライブ除く)共に注目ポイントが多い。当時No.1プロダクション「ナベプロ(渡辺プロダクション)」のなかでこれだけ独自な世界観を出せたのは、当時のアグネス人気が絶大だった事は勿論のこと、彼女自身が母国香港ではシンガー・ソングライターとして活動をしていた事も大きいだろう。 
 そして前出した様に、来日後のブレーンにはユーミンを支えたキャラメル・ママや、当時やまがたすみこなどもバックアップ(76年10月発表『SUMIKOLIVE』参加)していたライダース、シュガー・ベイブ時代の山下達郎、泉谷しげるのサポート・バンドだったラストショウ(74年『黄金狂時代』参加)など強者達のサポートを得ていた事も影響しているといえるだろう。 

 そんな彼女の人気は今も衰え知らずで、全盛期からのファンクラブが今も継続しており、現在正規会員が4,000名ほどいるという。 
 余談ながら、アグネスは1974年に上智大学国際学科に入学しているが、当時彼女を一目見ようと上智大学のある四ツ谷駅周辺が騒然となったと聞く。またそんなアグネス人気は、翌1975年になると元々女性には東大並」と称されるほど高かった上智大学の受験偏差値を、男性の難易度もアップさせ、早慶と並ぶ都内超難関大学に押し上げた。 

 なお、アグネスは1998年に初代「日本ユニセフ協会大使」に就任、2016年には「ユニセフ・アジア親善大使」を務める等、ボランティアやチャリティーなどを通じた社会奉仕活動に身を投じている。 近年では「ピンク・リボン運動」への参加、香港浸会大学の客員教授として教育現場でも活動を広げている。また2017年に発表した著書「スタンフォード大学に三人の息子を合格させた50の教育法」が大ベストセラーとなり、作家としての地位も高め、マルチな活動を展開している。 



 『FLOWER CONCERT』1973年11月10日 Warner-Pionner / L-5049-50   (CD Bridge /BRIDGE322 ) 国内チャート 4位 / 12.3万枚 

 ①Circle Game(バフィ・セント=メリー: 1970)、②幸せの黄色いリボン(Tie A Yellow Ribbon Round The Ole Oak Tree)(トニー・オーランド&ドーン:1973)、③遠い遠いあの野原(森山良子:1972)、④心の旅(チューリップ:1973)、⑤学生街の喫茶店(ガロ:1972)、⑥白い色は恋人の色(ベッツィ&クリス:1969)、⑦オリジナルⅠ、⑧You are 21, I am 16、⑨悲しき天使(Those Were The Days)(メリー・ホプキン:1968)、⑩二人の牧場、⑪初恋、⑫山鳩、⑬Yesterday Once More(カーペンターズ:1973)、⑭若葉の頃(First Of May)(ビージーズ:1969)」、⑮Foggy Foggy Dew、⑯赤とんぼ、⑰ゆき、⑱七つの子、⑲ママに捧げる詩(Mother Of Mine)(Neil Reed:1971)」、⑳ひなげしの花、21.妖精の詩、22.草原の輝き、23.小さな恋の物語、24.Without You (バッドフィンガー:1970/ ニルソン:1971)、25.「Bye Bye Love(エヴァリー・ブラザース:1958 / サイモンとガーファンクル:1970)  

 彼女のファースト・ライブ・アルバムは1973年9月15日に行われた東京・草月会館での模様を収録したもので、自身最大ヒット曲<小さな恋の物語>リリース直後に発表されている。バックを務める演奏陣は、スタジオ・レコーディング同様のワーナー・ポップ・オーケストラ。
 アルバムは彼女の香港でのデビュー曲オーケストラ・ヴァージョンで始まる。ここに収録されたナンバーはファースト~サード・アルバム収録曲を中心に童謡の⑯⑰⑱から、和物ロック・フォークの③④⑤⑥、そしてポップス名曲②⑨⑬23. といったバラエティに富んだ内容となっている。
 ヒット曲以外での聴きどころは、<ひなげしの花>を連想させる<小さな恋の物語>のB面に収録された⑩(森田公一作)、当時彼女自身のフェイヴァリッツ・ソングだったという⑤、声質がオリジナルに近い⑨などだ。 そして彼女のアーティスティックな側面を覗かせる弾き語りの(アグネス)自作曲⑦や⑧(サード・アルバム『草原の輝き』収録)も聴き逃せない。尚、この自作曲がライヴで聴けるのはこのアルバムだけだ。 
 特筆すべきは、このアルバムはこの年4枚目に発売したアルバムながら、この時点までの彼女のヒット曲全てが収録されていることもあって、自身のキャリア中最大セールスを記録している。

 参考1:カヴァー収録曲について
①Circle Game
 1970年に公開された映画『いちご白書(The Strawberry Statement)』主題歌で、ヒットさせたのはバフィ・セント=メリー。オリジナルはジョニ・ミッチェルの1970年サード・アルバム『Ladies Of The Canyon』に収録。 

②Tie A Yellow Ribbon Round The Ole Oak Tree 
 <Knock Three Times(邦題:ノックは3回)>などのヒットで知られるトニー・オーランドとドーンが73年に放った全米No.1ヒット(年間1位)で、彼らの最大ヒットでもある。本国において当時のライヴで1ステージに3~4回も披露させられるほどだった。一時期ギルバート・オサリバン<Alone Again(Naturaly)>の盗作疑惑も取り沙汰されたが、詞の内容の素晴らしさに自然消滅している。 日本では山田洋二監督がこの曲にインスパイアされた『幸せの黄色いハンカチ』(1977年)でよく知られている。 

③遠い遠いあの野原
  ″フォークの女王″森山良子が<禁じられた恋>(1969年)以降歌謡曲路線にシフトしていた彼女が、従来の「フォーク・シンガー回帰」と話題になった1972年の作品。作曲は加藤和彦、彼女の完全復活は1975年紅白に出場したの<歌ってよ夕陽の歌を>と言われるが、個人的にはこちらに軍配を挙げたい。 

④心の旅
 チューリップの名前を一躍メジャーにしたサード・シングル。彼ら初の1位獲得曲で代表曲でもある。 

⑤学生街の喫茶店
 ガロのサード・シングルで1位にも輝いた彼らの代表曲。当初この曲は村井邦彦が書いた<美しすぎて>のB面曲だったが、発売後に有線を中心に人気が高まりAB面が入れ替わり大ヒットとなった。77万枚を売上げ、1973年々間3位にランクされている。 

⑥白い色は恋人の色 
 米国人フォーク・デュオ、ベッツィ&クリスのデビュー曲、フォークル以来の黄金コンビ加藤和彦=北山修の作で、2位止まりだったが50万枚を超える大ヒットとなった。 

⑨Those Were The Days 
 ビートルズが設立したアップルのシンデレラ・ガール、メリー・ホプキンの世界的大ヒット・ナンバー。ヴィッキーやポール・モーリア・グランド・オーケストラなど世界的な大競作となり、日本では森山良子が歌っている。 1969年1月27日に当時絶大な人気を誇っていたピンキーとキラーズを押しのけて1位に輝いている。 

⑬Yesterday Once More 
 1973年日本で大ベスト・セラーとなった『Now&Then』(51.4万枚)からのセカンド・シングルで、彼らの日本における代表曲(59.2万枚)。ちなみにこの年日本でのカーペンターズは<Sing><Top Of The World>も大ヒットさせており、まさにこの年日本でのポップス人気の顔だった。ちなみにアグネス自身も彼らの大ファンで1990年にはカーペンターズ・カバー・アルバムをリリースしている。 

⑭First Of May 
 ビージーズが1969年に発表した傑作『Odessa』からのファースト・シングル、全米37位, 全英6位を記録。 更に日本では1996年に同名ドラマの主題歌となり、リバイバル・ヒットしている。 

⑮Foggy Foggy Dew 
 アイルランド民謡のトラッド・ソング 

⑲Mother Of Mine 
 当時、日本語版も発売になるほど人気を博した英国の少年シンガーソングライター、ニール・リードの自作ヒット曲。 

㉓Without You 
 初ヒットさせたのはニルソン、彼はこの曲を「ビートルズ・ソング」と思ってカヴァーしたという。近年ではマライア・キャリーの歌でも有名なスタンダード・ナンバー。オリジナルはアップルに所属したバッドフィンガーのセカンド・アルバム『No Dice』に収録曲。 日本ではリンゴ・スターが主演して話題となった『マジック・クリスチャン』の挿入歌<Carry On Till Tomorrow(邦題:明日の風)>とカップリングで独自シングルが発売されている。 

㉔ Bye Bye Love 
 オリジナルはビートルズも憧れの存在だったエヴァリー・ブラザースのヒット曲。サイモンとガーファンクルの第6作で代表作でもある『〈Bridge Over Troubled Water(邦題:明日に架ける橋)〉』(1970年)にライヴで収録。日本では独自にシングル・カットされてヒットした経緯もあり、エヴァリー盤よりもこのヴァージョンが有名。 



『ファミリー・コンサート』1975年11月10日 Warner-Pionner / L-10006W 
 (CD Bridge /BRIDGE323 ) 国内チャート 16位 / 2.8万枚        

①Let Me Be There(オリビア・ニュートン・ジョン(以下、オリビア):1974)、②ラブ・サムバディ(To Love Somebody)(ビージーズ:1967)、③トゥンキー、④Today(The New Christy Minstrels:1964)、⑤追伸(グレープ:1974)、⑥しあわせの扉(Knock Knock Who’s There)(メリ-・ホプキン:1970)、⑦Good Bye Yellow Brick Road(エルトン・ジョン:1973)、⑧まごころ、⑨雨模様、⑩小さな恋の物語、⑪愛の迷い子、⑫恋人たちの午後、⑬Bye Bye Love、⑭はだしの冒険(※…スタジオ録音) 

 アグネス2枚目のライヴ・アルバムは、彼女の声質にフィットしたマイナー調のヒット曲⑪(年間19位)や⑫が発表された時期にリリースされている。 演奏はレコード・デビュー前のライダースで、当時のメンバーにはKeyに矢野誠、Gt.は椎名和夫(後に山下達郎Band)も在籍していた。またPerc.とChorusで元ワイルド・ワンズの:植田芳暁も参加。このライヴでのコーラスを聴いていると、まるでライダースのアルバム収録曲に聞こえるのは私だけだろうか? 
 余談ながらこの当時の各ステージの前座(?)では『火の玉ボーイ』(1976.1.25.発表)に収録される<酔いどれダンス・ミュージック>も演奏されていたと聞くが、アグネス・ファンにはどれほど受け入れられていたのか気になるところだ。
  オープニングはオリビアの①、注目すべきは日本においてのオリビア人気は75年5月発売の<Have You Never Been Mellow(邦題:そよ風の誘惑)>以降で、当時日本ではまだブレイクしていない彼女の曲をチョイスしたセンスに注目したい。またこのカントリー調の雰囲気はアグネスとの相性は抜群だ。尚、アグネスはこの年にリリースした第6作『はじめまして青春』で<そよ風~>をカヴァーしている。 
 続いてビージーズ67年のヒット②、この曲は日本よりも海外人気の高い曲だが、彼女自身かなりお気に入りのようだ。そして一般には<Green, Green>(63年)で知られる ニュー・クリスティ・ミステルズのヒット③(メンバーのランディー・スパークス作)。
 更に⑥は彼女自身がフェイバリッツと宣言して披露しているだけあって、和んだ良い雰囲気が伝わってくる。サイモンとガーファンクル風仕上がりのエンディング⑬はライダースのコーラスが冴え渡り、締めにふさわしい演奏を聴かせてくれる。 
 尚、アルバム収録曲からは第5作『アグネスの小さな日記』収録の③がうれしいところ、ただスタジオ版によりも少々緩くライダース風だ。さらにライダースらしい演奏が聴きものの⑨は、彼らのアルバムに収録されていても違和感のない仕上がりだ。 

参考1:カヴァー収録曲について 
①Let Me Be There 
 1974年全米チャート最高位6位ながら、年間27位にランクされたオリビアの米国での代表的ヒット曲。

②To Love Somebody 
 オーストラリアを活動拠点にしていたビージーズが全米進出した1967年にリリースしたセカンド・シングル。全米17位, 全英41位を記録している。 

③Today 
 <Eve of Destruction(邦題:明日なき世界>1965のヒットを持つバリー・マグワイヤーが在籍したザ・ニュー・クリスティ・ミンストレルズ63年のヒット曲。 

⑤追伸 
 グレープのサード・シングル。ブレイクした<精霊流し>よりも初期オフコース風のセンチメンタルな雰囲気が漂うヒット・ソング。 

⑥Knock Knock Who’s There 
 1970年に発表されたメリー・ホプキンのアップルでの4枚目シングル。作者はファースト・クラスの<Beach Baby>などで知られるヒット・メーカー、ジョン・カーター。尚この曲はユーロビジョン・ソング・コンテスト2位入賞曲でもあった。 

⑦Good Bye Yellow Brick Road 
 エルトン・ジョンの全盛期1973年にリリースした初の2枚組第7作アルバムのタイトル曲。このアルバム・リリース直後には彼の2回目の来日公演があった。 



 『また逢う日まで』1976年9月10日 Warner-Pionner / L-5515-6 
 (CD Bridge /BRIDGE324 ) 国内チャート 2位 / 6.1万枚 

 ①ひなげしの花~妖精の詩、②山鳩、③ほほえみ、④まごころ、⑤美美、⑥男の人わからない、⑦アップルパイのラブレター⑧Look What You’ve Done(ブレッド:1970)、⑨Melody Fair (ビージーズ:1969)、⑩Ben(マイケル・ジャクソン:1972)、⑪緑の風のアニー(Anni's Song)(ジョン・デンバー:1974)、⑫海岸通り(風:1975)、⑬Circle Game(バフィー・セント・メリー: 1970)、⑭若葉の頃(First Of May)(ビージーズ:1969)、⑮美しい朝がきます、⑯小さな恋の物語、⑰草原の輝き、⑱はだしの冒険、⑲白いくつ下は似合わない、⑳愛の迷い子、㉑夢をください、㉒恋人たちの午後、㉓恋のシーソーゲーム、㉔ポケットいっぱいの秘密、㉕歌のある限り(Keep On Singing)(ヘレン・レディ:1973)、㉖Without You(バッドフィンガー:1970/ ニルソン:1971)、(Encor)㉗星に願いを、㉘ポケットいっぱいの秘密、㉙思い出して下さい 

 このアルバムはアグネスがカナダ・トロント大学へ留学するため6月に祖国・香港で引退の決意表明をした後に来日して、8月に東京・名古屋・大阪の三大都市で開催された『さよならコンサート』を収録したものだ。
 当時は人気も音楽的にも安定期で彼女のヒット・ナンバーはデビューからこの時点までほぼ網羅されたベスト・アルバム的な内容になっており、ランキングが彼女のアルバム中最高位となる2位を記録したのも頷けるところだ。
 ここでのバックはカントリー系バンド、ホット・ケーキと前作ライヴ・アルバムに続きGt.&Chorusで植田芳暁、それにブラス・セクションが加わっている。収録曲は1/4がオリジナル・アルバムから(内1曲はアグネスの自作)・カヴァー1/4・ヒット曲1/2と万遍なく取り上げられ、納得の内容に仕上がっている。
 中でも洋楽カヴァーは33曲中8曲、この中で特に注目すべきはブレッドの⑧。彼らが日本で注目されるのは1971年の<If>(3rd『Manna』収録)以降で、とかくデビット・ゲイツ作品に傾倒している。アグネスがあえてゲイツ以外の書いた曲をチョイスしているのはかなり興味深い。 
 なお⑬は香港でのデビュー曲だが個人的な好みで言わせていただくならば、香港でのオリジナル・ヒットである弾き語りテイクを聴かせてほしかった。余談になるが2014年BS番組『コロッケ千一夜』で、この曲をアグネスがGt.弾き語りで披露していたが、透明感触れる彼女の声は今も健在で思わず聴き惚れてしまった。 
 またオリジナル曲では第6作『あなたとわたしのコンサート』(1974年)に収録された軽快な⑦(穂口雄右作)、第8作『はじめまして青春』収録⑥、そしてライダースの好サポートを受けて完成させた傑作第11作『MeiMei~私の恋人』(1976年)からはアグネス自作⑤と爽やかな印象に溢れたナンバーが並び、フィナーレに花を添えている。 
 ヒット曲で目立っているのはライヴとして初収録されたカントリー・ティストの㉓㉔で、彼女の持つ陽の部分をよりクローズ・アップさせ会場内をほんわか気分にさせている。特に後者はアンコールでも再登場しており、フィナーレを飾るのに相応しいナンバーだ。
 そしてライヴ・オーラス㉙のエンディングには<ひなげしの花>のイントロが挿入されるという憎い演出に多くのファンは胸を締め付けられたことだろう。
 補足となるが、彼女は78年にトロント大学を卒業し、同年8月に日本帰国し、芸能活動を再開している。その復帰コンサートは日本武道館で開催と、休業明けにもかかわらずその人気が健在だったことの驚かされる。

 参考1:カヴァー収録曲について
⑧Look What You’ve Done 
 ブレッド唯一の全米1位曲<〈Make It With You(邦題:二人の架け橋)>を収録した1970年セカンド・アルバム『On The Waters』収録曲。メンバーのジェームス・グリフィンとロブ・ロイヤーの作品。 

⑨Melody Fair 
 ビージーズの2枚組傑作『Odessa』(1969年)収録曲。1971年に映画『小さな恋のメロディ』の主題歌となり日本のみシングル・カットされ大ヒットしている。当時この映画は海外では酷評されているが、日本は大ヒットしている。その後、主演のマーク・レスターとトレイシー・ハイドは、日本で大スター扱いされている。 

⑩Ben 
 1972年に公開された少年とネズミの友情をテーマにしたパニック映画の主題歌。マイケル・ジャクソン、ソロ初の全米1位を獲得曲でセカンド・ソロ・アルバム『Ben』に収録。当時日本でもヒットしたのには、『旺文社・ラジオ講座』の「今月の歌」で取り上げられ、受験生を中心に支持されたという説もある。 

⑪Anni's Song 
 <Take Me Home Country Road(邦題:故郷に帰りたい)>で日本でも人気のあったジョン・デンヴァーが当時の妻アニーに捧げた曲。1975年リリースの『Back Home Again』に収録。 

⑫海岸通り 
 かぐや姫の伊勢正三(正やん)と猫のメンバーだった大久保一久が1975年に結成した風のデビュー・アルバムに収録された正やん作品。1979年にはイルカがシングル・ヒットさせている。 

㉕ Keep On Singing 
 オーストラリア歌手で初めてグラミー賞を受賞した女性歌手ヘレン・レディが1974年にリリースされた10枚目のシングル。全米15位ながらA.C.チャートでは3作目の1位記録した彼女の代表作の1つ。

 (文・構成:鈴木英之)