2023年6月1日木曜日

Saigenji :『COVERS & INSTRUMENTALS』 (Happiness Records/HRBR-027)


 2020年の2 枚組ライヴ・アルバム『Live “Compass for the Future”』(HRBR-017)や18年の9thアルバム『Compass』(HRBR-013)など幣サイトのレビューでもお馴染みの、シンガー・ソングライター兼ギタリストのSaigenji(以降サイゲンジ)が、MPB(ブラジリアン・ポピュラー・ミュージック)やスペイン・ポップス、R&B、沖縄民謡などを独自アレンジしたカバーと、オリジナル・インスト曲をコンパイルした『COVERS & INSTRUMENTALS』を6月7日にリリースする。

 レコーディングは2012年の『One Voice, One Guitar』(XQJT-1005)と同様にほぼ完全ソロでおこなわれており、ジョアン・ジルベルトの『João Voz E Violão』(プロデュース:カエターノ・ヴェローゾ/2000年)にも通じる、一人のパフォーマーとしての表現力を際立たせており、昨今のPro Tools(プロ・ツールス)による無制限マルチ・トラック・レコーディングに逆らった、そのミュージシャン・シップには敬服するばかりだ。
 本作には全18曲が収録され、絶妙な選曲によるカバー8曲とオリジナル・インスト曲10曲をよく計算された曲順で配置されており、筆者の様にジャンルに拘りなくリスニングしている音楽ファンをも唸らせる内容になっている。
 シンガー・ソングライター兼ギタリスト、パフォーマーとして唯一無二の存在であるサイゲンジのプロフィールについては説明不要と思われるが、詳しくは『ACALANTO』(05年)の10周年記念リマスター盤のリイシュー時に再掲載した、筆者のインタビュー記事(https://www.webvanda.com/2015/11/saigenji-acalanto10th-anniversary.html)を参照して欲しい。 


 ここでは本作中で筆者が気になった主な収録曲を解説していく。
 冒頭の「Open your ocean -prologue-」はオリジナル・インストで、スキャットによるテーマの旋律は嘗ての「La Puerta」(同名アルバム収録/2003年)に通じ、ミナス・サウンドからの影響を強く感じさせる。
 続く「Samurai」は、70年代後半からブラジルを代表するシンガー・ソングライターとなった、ジャヴァン(Djavan Caetano Viana)の82年作シングルのカバーで、本作のリード・トラックとして5月1日より先行配信されており、既に耳にしているファンも多いと思う。
 そもそもこの曲を収録したジャヴァンの『Luz』は、米国CBSソニーと契約しロスアンゼルスで初レコーディングして世界展開した記念碑的アルバムで、彼の最大のヒット作となった。筆者を含めこの曲やアルバムでジャヴァンの存在を知った音楽ファンは多いと思うが、ロニー・フォスターのプロデュースでハーヴィー・メイソンやエイブラハム・ラボリエルなど名うてのミュージシャン達が参加し、スティービー・ワンダーのハーモニカをフィーチャーした、Ⅱ-Ⅴ進行のコード転回を持つこの曲の虜になったのは言うまでもない。
 このような十全十美な曲であるが、サイゲンジはここで「Music Junkie」(『Music Eater』収録/2005年)よろしくヴォイス・パーカッションを多用した一人多重録音で解釈しているから痛快で堪らない。何よりジャヴァンに通じるヴォーカルの存在感と表現力の巧みさは大きい。
   
Samurai / Saigenji

 本作の「静」の側面を担うオリジナル・インストで、サブスクにて37万回以上の再生を誇るのは「Ajisai」だ。タイトルからイメージ出来る通り、雨の中で佇む紫陽花の刹那性を表現した美しいワルツで、世界中の音楽リスナーから好まれるのも頷ける。
 MPBやボサノヴァのブラジル人作曲家として筆頭に挙がるであろう、アントニオ・カルロス・ジョビンの曲は「Desafinado」と「Luiza」の2曲を取り上げており、前者はオリジナル・キーから1音落としたことでより深みのある和声感覚になり、サイゲンジのカラーに仕上げている。ジョビン屈指のロマンチックなバラードとして知られる後者は、以前からライヴ・レパートリーとしてプレイされてきたので、この初音源化はファンにとって嬉しいことだろう。
 「Samurai」同様に先行配信された「Amapola」は、山下達郎氏も『On The Street Corner 2』(86年)でアカペラ・カバーしているスタンダード曲で、スペインの作曲家ホセ・ラカジェが1924年に発表した歴史あるポップスである。ここではオリジナルよりややスロー・テンポの弾き語りにより表現力豊かに演奏されている。

 後半には本作のハイライトとして、「椰子の実」(昭和の唱歌/作詞:島崎藤村、作曲:大中寅二)、「Ponta de areia」(ミルトン・ナシメント)、「てぃんさぐぬ花」(沖縄民謡)の3曲が連なって収録されているのは注目に値する。これら曲の歌詞のテーマ、心象風景の繊細な描写など、その素晴らしさは多くを語りたくないほど美しいので聴いてほしい、いや聴くべきだ。
 カバー曲中最も異色なのがビル・ウィザーズの「Ain't no sunshine」(71年)だろう。ジャンルレスに音楽をリスニングしている、リアルなMusic Junkieとしてのサイゲンジのセンスが滲み出た選曲である。ヴォイス・パーカッションを多用した一人多重録音で、抒情的なストリングス・アレンジを配したオリジナルとは対極にある、ドープなサウンド・スタイルには脱帽である。


 ファースト・アルバムのリリース前から彼のライヴの常連だった筆者なので、些か贔屓目になってしまうが、カバー曲も自分のカラーに染めてしまうのがサイゲンジの魅力であり、実力含め高評価出来る数少ないミュージシャンなのである。
 興味を持った音楽ファンは是非本作を入手して聴いてほしい。 

(テキスト:ウチタカヒデ

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