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2026年6月13日土曜日

Johnny Kidd & The Piratesについて

  

 Johnny Kidd & The Piratesといえば、"元祖パブロック"や、"ビートルズ登場以前のロックンロール" と言われ、Guess Who? やThe Whoなどにもカバーされた「Shakin' All Over」のヒットがとても有名だ。海賊ルックでカットラスを振り回すライブパフォーマンスは圧巻だったという。映像がほぼ残っていないのは残念に思う。シングル音源、未発表音源が集められたベスト盤を聴いてみると、メンバーの交代が多かったこともあってか、まさにパブロックの元祖というような曲もあればマージービートの影響が強い曲、オーケストラを加えた曲など様々。パブロックの他、ロカビリー、パンク、ガレージ周辺への影響は今でも大きいように見える。

Shakin' All Over Johnny Kidd & The Pirates

 1950年代後半、ジョニー・キッド(本名: フレデリック・アルバート・ヒース)は、The Five Nuttersなどいくつかのスキッフルバンドに所属し、ペンキ職人をしながら作曲活動も行っていたそうだ。The Five Nutters時代の未発表デモ「Shake, Rattle & Roll」「She’s My Blood Red Beauty」も2015年にリリースされている。(Moochin' About – MOOCHIN12)

 ジョニー・キッドと、マネージャーだったガイ・ロビンソン作の「Please Don't Touch」はJohnny Kidd & The Piratesのデビュー曲になるのだけれど、それ以前にこの曲はThe Bachelors(アイルランド出身の同名バンドとは異なる)に提供され、EMIのパーロフォン・レーベルからリリースされていたようだ。ジョニー・キッドは、その提供をきっかけに知り合ったEMIのHMVレーベルのマネージャー、ウォルター・J・リドリーからレコーディングテストを受けるように勧められて合格したことでHMVレーベルと契約する。そして1959年に自分達の「Please Don't Touch」をレコーディング、リリースした。この時、レコーディング名としてJohnny Kidd & The Piratesと名付けられた。オリジナルメンバーはリードボーカルのジョニー・キッド、リードギターのアラン・キャディ、リズムギターのトニー・ドハーティ、ベースのジョニー・(フルーツ)ゴードン、ドラムのケン・マッケイ。そしてマイク・ウエストとトム・ブラウンがバックコーラスとなる。実際にはHMVと契約していたのはジョニー・キッドのみで、他メンバーはセッションミュージシャンとしての起用だったよう。その後の活動期間中、把握しきれないほどメンバーの交代や追加のセッションミュージシャンの起用がある。

 3枚のシングルをリリースした後、The Piratesはアラン・キャディを残して再編成されクレム・カッティーニ(ドラム)、ブライアン・グレッグ(ベース)が加わった。4枚目のシングルは最大のヒットとなった「Shakin' All Over」で、もともとはB面収録を予定して作られた曲だった。スキッフル歌手のチャス・マクデヴィットの店Frieght Train Coffee Barの地下で、コーラの木箱に座って6分程で完成させたそうだ。バンドでファーストテイクを録った翌日、ゲスト参加したジョー・モレッティ(Vince Taylor and His Playboysの「Brand New Cadillac」への参加でも知られる)がリードギターと、ライターを弦に当てて鳴らした音をオーバーダビングした2テイク目で完成した。想像以上の出来栄えだったためA面に変更され、1960年にリリースされるとイギリスチャート1位のヒットとなった。

 ここからさらに3枚のシングルをリリースするもヒットは難しく、The Piratesの3人はバンドを離れてColin Hicks & The Cabin Boysに加入、後には「テルスター」のヒットで有名なThe Tornadosとして成功した。ジョニー・キッドはバックバンドを失い落胆していたけれど、新たにもともとThe Redcapsというバンドにいたジョニー・パットー(ギター)、ジョニー・スペンス(ベース)、フランク・ファーリー(ドラム)が加わり活動は継続した。

 1962年のこの頃、ジョニー・キッドはソロ名義でのシングルをリリースしている。クライヴ・ウェストレイク作で、マイク・サムズ・シンガーズのコーラスとオーケストラをフィーチャーした「Hurry On Back To Love」は、彼らの経歴の中で注目されることは少ないけれど、これはこれでとても魅力的だと思う。

Hurry On Back To Love / Johnny Kidd

 The Piratesは新体制となったものの、ジョニー・パットーが体調不良で脱退したため、ジョニー・スペンスとフランク・ファーリーは旧友のミック・グリーンを誘った。このミック・グリーンを加えたラインナップはJohnny Kidd & The Piratesの黄金時代と言われることも多く、Dr. FeelgoodやThe Who、The Rolling Stonesなど後世に大きな影響を与えている。このラインナップでリリースされた最初のシングルは1962年、アーサー・アレキサンダーのカバー、「A Shot Of Rhythm & Blues」だ。B面はボ・ディドリーのカバー「I Can Tell」。

I Can Tell / Johnny Kidd & The Pirates

 1963年になると、マージービートブームの影響を強く受け、この時のマネージャー、ゴードン・ミルズが作曲した「I'll Never Get Over You」をリリースした。これはイギリス4位のヒットとなった。B面は、ジョニー・キッドとミック・グリーン作の「Then I Got Everything」。

 同年、ゴードン・ミルズ作の「Hungry For Love」、B面はベン・E・キングのカバー「Ecstasy」のシングルをリリース。これらと同日に録音していたリトル・ウォルターのカバー「My Babe」と、エドウィン & アルヴィン・ジョンソン作の「Castin' My Spell」はThe Piratesのソロシングルとして1964年にリリースされた。

 次のシングルは、ナポリ民謡の「サンタ・ルチア」に英詞をつけてアレンジした「Always and Ever」だった。そしてB面曲の「Dr. Feelgood」は、70年代の代表的なパブロックバンドDr. Feelgoodの名前の由来にもなった、傑作のひとつとして語られる曲だ。

 しかしこの頃からは、以前のキャバーン・クラブなどでのライブと異なり、ブラックプールで犬の出し物の後にライブをさせられるなど、退屈なショーが続きミック・グリーンはうんざりしていたそう。1964年の「Jealous Girl」のリリースを最後に彼は脱退し、Billy J. Kramer With The Dakotasに加入した。ジョニー・スペンスとフランク・ファーリーはバンドに残り、ギタリストが何人か加入脱退を繰り返すも失敗続きだった。

 1965年、カナダのバンドGuess Who? が「Shakin' All Over」をカバーし、大ヒットする。カナダで1位、アメリカで20位を記録した。Guess Who? はもともとChad Allan And The Expressionsというバンドだったのだけれど、当時カナダのバンドは興味を持たれにくかったため、レコード会社はこのシングルをGuess Who? の名義で偽装し、ブリティッシュ・インヴェイジョンに紛れたバンドであるかのように見せかけてプロモーションした。「Shakin' All Over」が大ヒットしたことで、その後もこの名前が定着してしまったそうだ。後にクエスチョンマークをとり、The Guess Whoとなった。この年、本家のJohnny Kidd & The Piratesも「Shakin' All Over」の新バージョンをリリースしているのだけれど、注目されることはなかったようだ。

 ミック・グリーン脱退後に4枚のシングルがリリースされ、その最後はジョニー・キッドのソロ名義で1966年にリリースされた「It's Got To Be You」だった。バックにジョニー・ハリス編曲のオーケストラ、バックボーカルにはThe Marionettesが参加し、ヒットを見込んでいたもののチャートインしなかった。

 この後バンドは解散し、落ち込んだ生活を送っていたジョニー・キッドが音楽活動そのものを辞めることも考えていた時、ジョニー・キッドに雇われていたオルガン奏者レイ・ソーパーが、ジョニー・キッドのファンだったベーシスト、ニック・シンパー(後にDeep Purpleに加入)に連絡をとる。ニック・シンパーは同じくJohnny Kidd & The Piratesファンのロジャー・トゥルース(ドラム)とミック・スチュワート(ギター)に連絡し、新しいThe Piratesとしてジョニー・キッドを誘った。彼らの演奏が素晴らしく、元気をとり戻したジョニー・キッドは再びツアーを開始する。もともとはソロに転向する予定で、黄金期のメンバー、ミック・グリーン、ジョニー・スペンス、フランク・ファーリーにThe Piratesを名乗る権利を許可していたため、(このThe Piratesの活動は2000年代まで続いた)ジョニーキッドの新しいバンドはJohnny Kidd & The (New)Piratesと呼ばれた。再び観客からの期待も高まり始めた最中だった。1966年10月、移動中のジョニー・キッドとニック・シンパーが乗っていた車が衝突事故を起こす。2人は病院に搬送され、ニック・シンパーは一命をとりとめる。しかしジョニー・キッドは病院到着時に死亡が確認された。最後のシングルになった「Send For That Girl」はジョニー・キッドの死後にリリースされた。


参考・参照サイト:

http://www.adiebarrett.co.uk/johnnykidd/index.htm

https://www.allmusic.com/artist/johnny-kidd-the-pirates-mn0000239961#biography

http://forgottenbands.blogspot.com/2009/10/red-e-lewis-redcaps-then-red-cats.html?m=1


執筆者・西岡利恵
60年代中期ウエストコーストロックバンドThe Pen Friend Clubにてベースを担当。



【リリース】

■ 2026年3月18日発売
2枚組 NEWアルバム
『Songularity - ソンギュラリティ』

   【全曲試聴トレーラー】
       
【LIVE】

■2026年6月20日(土)
名古屋・鶴舞KDハポン
【Songularity Tour 2026 in NAGOYA】

■2026年9月26日(土)
渋谷LOFT HEAVEN
【Add Some Music To Your Day】

チケット予約











2026年2月21日土曜日

Jim Croceについて


 ジム・クロウチの「Operator」を初めて聴いた時、優しいメロディと輪郭のはっきりした心地いい歌声に聴き惚れた。電話をかけるには交換手(Operator)に繋いでもらう必要があった時代。交換手へ語りかけながら、過去の恋人に電話をしようかしまいか、心境が変化していく様子が歌われている。5枚あるスタジオアルバムのうち、初ヒットとなった3作目『You Don't Mess Around with Jim』(ABC Records-ABCX756)からのシングル曲だ。

Operator / Jim Croce

 ペンシルベニア州南フィラデルフィア出身のジム・クロウチは、幼い頃からアコーディオンを演奏したり、様々なジャンルの音楽を聴いて育ったそうだ。ヴィラノバ大学に進学してからはヴィラノバ・スパイアーズというサークルで音楽活動を行い、審査員として参加した音楽コンテストの出演者イングリッド・ジェイコブソンを誘って彼女とデュオでの活動も行った。1965年の卒業後は陸軍州兵に入隊し、訓練生活を送りながら音楽活動も続けていたそう。翌年、クロウチとイングリッドは結婚し、この時両親からの結婚祝い金で500枚自主制作されたのが最初のアルバム『Facets』だ。

 兵役の任務が解かれた1968年、大学の友人でもある音楽プロデューサーのトミー・ウエストの勧めで夫妻はニューヨークへ移住し、キャピトルレコードからデュオでのアルバム『Jim & Ingrid Croce』(Capitol Records-ST-315)をリリース。しかし商業的には恵まれず、ニューヨークでの生活にも疲れた2人はペンシルベニア州リンデルの田園地帯に移り住むことにした。ここでのクロウチは工事現場の作業員やトラック運転手など様々な仕事で生計を立てていたそうだ。この生活の中で出会った人々は、後の曲作りのテーマとして登場しているらしい。

 1970年になって、大学の友人で音楽プロデューサーのジョー・サルヴィオロから紹介されたシンガーソングライターのモーリー・ミューライゼンとパートナーを組みABCレコードと契約。この頃息子が生まれたクロウチは決意を新たに再びニューヨークへ向かい、ミューライゼンをリードギターに、トミー・ウェストとテリー・キャッシュマンのプロデュースでアルバムを制作する。こうして1972年4月にリリースされたのがヒットアルバムとなった『You Don't Mess Around with Jim』だ。収録曲のひとつ「Time In A Bottle」は息子のために書かれた曲だそう。この時から、全米中をツアーしてまわる多忙な日々が始まった。ツアーと並行してレコーディングも進められ、ABCレコードでの次のアルバム『Life and Times』』(ABC Records-ABCX756)は1973年1月にリリースされた。このアルバムからのシングル曲「Bad, Bad Leroy Brown (邦題: リロイ・ブラウンは悪い奴)」は2週連続全米1位を獲得。フランク・シナトラやドリー・パートンにもカバーされた。クイーンの「Bring Back That Leroy Brown」という曲で歌われているのは、このクロウチの「Bad, Bad Leroy Brown」の歌詞に登場する悪党リロイ・ブラウンのことだ。

 1973年9月20日、クロウチとミューライゼンはルイジアナ州ナケテシュにある、ノースウェスタン州立大学でのコンサートを終え、翌日のテキサス州シャーマンのコンサートに向かうところだった。しかしナケテシュの空港で2人が乗り込んだ小型チャーター機は、離陸した直後に木に激突し6人の乗客全員が死亡。ジム・クロウチは30歳、モーリー・ミューライゼンは24才という若さで突然この世を去った。シングル曲「I Got A Name」がリリースされる日の前日の事故だったそうだ。11月には、これまで『You Don't Mess Around with Jim』の中の1曲だった、息子のための曲「Time In A Bottle」がシングルカットされ、全米1位を獲得する。そして事故の1週間前にレコーディングを終えていた、「I Got A Name」を含む同名のアルバム『I Got a Name (邦題: 美しすぎる遺作)』(ABC Records-ABCX797)が1973年12月にリリースされ、「I Got A Name」の他、「I'll Have To Say I Love You In A Song」、「Workin' at The Car Wash Blues」がヒットを獲得した。

Workin' at The Car Wash Blues / Jim Croce

 その後も、生前未発表だったデモ音源やライブ音源などがいくつかリリースされているのだけれど、最近知って興味深かったのは2003年リリースのコンピレーションアルバム『Home Recordings: Americana』(Shout!Factory-DK30266)で、この音源は1967年に自宅のキッチンテーブルで、ウォーレンサック製のオープンリール式テープレコーダーを使って録音されたものだそうだ。

The Wall / Jim Croce (Harlan Howard カバー)
『Home Recordings: Americana』


参考・参照サイト

https://jimcroce.com/

https://web.archive.org/web/20090813083353/http://www.philly.com/inquirer/local/20090810_Croces_capture_time_in_a_bottle.html

https://web.archive.org/web/20100611020306/http://www.pabook.libraries.psu.edu/palitmap/bios/Croce__Jim.html

https://www.rhino.com/article/happy-45th-jim-croce-i-got-a-name

https://agreenmanreview.com/music-2/jim-croces-have-you-heard-jim-croce-live-and-home-recordings-americana/


執筆者・西岡利恵
60年代中期ウエストコーストロックバンドThe Pen Friend Clubにてベースを担当。



【リリース】

■ 2026年3月18日発売
2枚組 NEWアルバム
『Songularity - ソンギュラリティ』

「Harbinger」(『Songularity』)Official PV













■ 2026年2月20日〜配信中
『Songularity - ソンギュラリティ』
先行シングル第一弾「California Again」
(ショートMV)













■ 2026年2月20日
先行シングルCD4作 同時発売
(ペンパルレコード通販にて販売)

先行シングル4作
4週連続 配信
2/20「California Again」
2/27「Got To Be Rock And Roll」
3/6「Grow」
3/13「Lily’s Smile」

【LIVE】

[Songularity - ソンギュラリティ]
レコ発ワンマンツアー

■2026年4月25日(土・昼)
東京・渋谷LOFT HEAVEN

■2026年5月2日(土)
大阪・天満橋RAW TRACKS

■2026年6月20日(土)
名古屋・鶴舞KDハポン

チケット予約









































2025年10月4日土曜日

Shel Naylor 「One Fine Day」

 前回の記事で触れた、『キンクト!~キンクス・ソング&セッションズ 1964~1971(PCD17745)』に、シェル・ネイラーの「One Fine Day」という、キンクスのギタリストのデイヴ・デイヴィスが提供した曲が収録されている。ザ・ベンチャーズの「Walk Don't Run」の影響を受けて作られた曲だそうだ。フリークビートのコンピレーション『The Freakbeat Scene』(Decca-772 467-6)(Deram-844 879-2)にも収録されているので、そこから知られることの方が多いのかもしれない。

One Fine Day / Shel Naylor

 この「One Fine Day」を歌うシェル・ネイラーというのはどういう人物なのか気になって調べてみると、70年代に人気のあったノベルティ・バンド、ルーテナント・ピジョンの中心人物として知られているロブ・ウッドワードが60年代初期に使用していた別名義だそうだ。

Mouldy Old Dough / Lieutenant Pigeon

 英国中部コヴェントリー出身のロブ・ウッドワードは17歳の時、キンクスやトロッグスのマネージャーとして知られるラリーペイジが開催していた、オーキッドボールルームでの新人発掘コンテストに参加。グランプリを受賞し、この時の賞品だったデッカレコードとのレコーディング契約が決まったそうだ。当時ラリー・ペイジは、リバプール・サウンドに匹敵する "コヴェントリー・サウンド" なるものを生み出そうと、地元の才能ある人材を集めていたらしい。プロデューサーとして、シェル・タルミー、マイク・ストーンを説得して参加させていた。"シェル・ネイラー" というのはラリー・ペイジが名付けたそうで、シェル・タルミーへのトリビュートの意味合いがあるよう。

 シェル・ネイラー名義では2枚のシングルがリリースされている。初のシングルはアーヴィング・バーリンのポピュラーソング「How Deep Is The Ocean」(Decca F.11776)。B面は「La Bamba」。「One Fine Day」は翌年の1964年にリリースされたものだ。この演奏には、後にレッドツェッぺリンとなるジミーペイジとジョン・ポール・ジョーンズが参加している。ドラムはおそらく、キンクスの「You Really Got Me」などの演奏でも知られるセッションドラマーのボビー・グラハムではないかと言われている。冒頭に書いた通り、作曲はデイヴ・デイヴィスだけれど、シングル盤にクレジットされたスペルには誤りがあり、"Davies"ではなく"Davis"になっている。B面は「It's Gonna Happen Soon」という曲で、エジソンライトハウス「恋のほのお」などで有名なセッションシンガーのトニー・バロウズ、英国の著名なソングライター、ロジャー・グリーナウェイ、J. Brooksの3人が作曲者にクレジットされている。J. Brooksについては詳しい情報が見あたらなかった。

 「One Fine Day」には、1965年にラリー・ペイジが結成したラリー・ペイジ・オーケストラによるバージョンも存在する。こちらが収録された『Kinky Music』(Decca LK4692)は、キンクスのヒット曲をインストゥルメンタルアレンジしたアルバムで、キンクスに無断で制作したことで裁判沙汰になったそう。このラリー・ペイジ・オーケストラでもジミー・ペイジとジョン・ポール・ジョーンズが参加している。

One Fine Day / The Larry Page Orchestra



【LIVE】

2025年11月23日(日) 東高円寺UFO CLUB
The DROPS New 7inch Single “Get On A Train” Release Party!
チケット予約


リリース

■ベストアルバム第二弾『Best Of The Pen Friend Club 2018-2024』
(試聴トレーラー)

■カバーアルバム『Back In The Pen Friend Club』
(試聴トレーラー)

8thアルバム『The Pen Friend Club』
(試聴トレーラー)


現在、2枚組NEWアルバム
​[Songularity - ソンギュラリティ]​ 制作中

































2025年7月12日土曜日

Ray Davies作「Nobody's Fool」

  昔YouTubeを観ていたら、キンクスのレイ・デイヴィスが弾き語る「Nobody's Fool」のデモ音源が流れてきた。すごく惹かれて何度も聴いていたのだけれど、キンクスのオリジナルアルバムの曲でもなさそうだったので、この曲はなんだろうと思っていた。(現在は2013年再発盤のキンクス『マスウェル・ヒルビリー +13 デラックス・エディション Sanctuary UICY75872-73』のボーナストラックなどで収録されている)

Nobody's Fool / Ray Davies (Demo)

 他にコールドターキーというグループのバージョンも存在することは分かったものの、このコールドターキーが何者なのか疑問に思いつつもそのままにしていたので、今回もう少し詳しく調べてみた。

 「Nobody's Fool」は70年代初頭に放映されたアダムフェイス主演、英ITVのテレビドラマ『バッジー』第2シリーズのテーマ曲だそうだ。レイ・デイヴィス作曲、ジミー・ホロウィッツプロデュースで、1972年にパイ・レコードから、コールドターキーのクレジットでシングルリリースされた。B面は、子供向け合唱団ザ・ストリート・キッズが歌う別のテレビシリーズ『セサミストリート』のテーマ曲で、プロデュースは同じくジミー・ホロウィッツ。もともとこちらがA面になる予定だったそうだけれど、「Nobody's Fool」がヒットした為曲順を変更したらしい。イントロはキンクスの「アニマルファーム」(1968年『ヴィレッジ・グリーン・プリザヴェイション・ソサエティ』Pye Records NPL18233 収録曲)に似せた作りになっている。

Nobody's Fool / Cold Turkey

 コールドターキーというグループはこの音源のみでその後何もリリースしておらず、彼らが誰だったかは議論の的になっている。キンクスの別名義の可能性が高いとも言われているけれど、スウェーデンのRock’n’Roll Magazineのインタビューでレイ・デイヴィスが答えた通りなら、コールドターキーはキンクスに似せたサウンドを作ろうとしていたけれど、キンクスではないとされる。別の推測では、アンディ・ボーン(ベース)、バリー・デ・スーザ(ドラム)、ボブ・コーエン(ギター)、クリス・スペディング(ギター)、ジミー・ホロウィッツがピアノを弾いているという話、ボーカルはストーリーテラーというグループに所属していたロジャー・ムーンではないかという説などがあるよう。コールドターキーの「Nobody's Fool」は、『キンクト!~キンクス・ソング&セッションズ 1964~1971(Ace/CDCHD1463)』などで聴くことができる。この編集アルバムにはレイ・デイヴィス作の楽曲を他アーティストがカバーしたものなどが収録されていて、一部キンクスが演奏に参加しているものや、弟のデイヴ・デイヴィス作の楽曲も含まれる。

 コールドターキーのリリースより前、1971年にマンフレッドマンのメンバーで、作曲家のマイク・ヴィッカーズも「Nobody's Fool」を録音していたようなのだけれど、リリースされているのかどうか、その音源は見あたらなかった。

 2019年には、カルト映画やテレビ番組のテーマ曲を集めたコンピレーション 『Cult Themes Forever(Future Legend Records – FLEG.37CD)』に、グレンダ・コリンズによるカバーが収録された。また、同じ年、BBCラジオ4でポール・ウェラーとサッグス(グラハム・マクファーソン)もデュエットでカバーしている。

Nobody's Fool / Suggs & Paul Weller

おそらくこれとは別バージョンだろうか、今月25日にリリースされるポール・ウェラー のカバーアルバム『ファインド・エル・ドラド(Parlophone 2173.274893)』にも、「Nobody's Fool」が収録されるようだ。

 キンクスやキンクスの関連曲には、当初未発表だったり、あまり知られていない中にも本当にいい曲が多いなと思う。


参考・参照サイト:

https://popdiggers.com/kinda-ray-davies/

https://onlyrockandroll.london/2021/04/09/the-great-lost-kinks-single/


執筆者・西岡利恵
60年代中期ウエストコーストロックバンドThe Pen Friend Clubにてベースを担当。


【NEWS】
2025年7月30日(水)まで 
クラウドファンディング実施中
2枚組NEWアルバム [Songularity - ソンギュラリティ]​
(プロジェクトページ)

【LIVE】
2025年8月30日(土) 東高円寺UFO CLUB【Color Me Pop】
(チケット予約)

リリース
■ベストアルバム第二弾『Best Of The Pen Friend Club 2018-2024』
■カバーアルバム『Back In The Pen Friend Club』
CD、配信にて発売中

(試聴トレーラー)




2025年4月23日水曜日

伝承民謡 スカボロー・フェア

  最近、少し興味があった英国伝承童謡のマザーグースについて調べていたら、サイモン&ガーファンクルのヒット曲「スカボロー・フェア」の情報に辿り着いた。有名曲なので存在は知っていたけれど、マザーグースにも含まれるのは今になって知った。

Scarborough Fair / Simon & Garfunkel

 サイモン&ガーファンクルの直接的なカバー元になっているのは、60年代英国のフォークリバイバル運動の中心人物だったマーティン・カーシーの弾き語りだそう。ポール・サイモンとアート・ガーファンクルは、まだ学生だった1957年にトム&ジェリーとして、母国アメリカでデビューしたものの思ったようには売れず、その後ポール・サイモンはイギリスに渡った。その際に、フォーククラブなどでトラッドを弾き語っていたマーティン・カーシーの「スカボロー・フェア」を聴いたそうだ。当時この弾き語りに影響を受けたのはポール・サイモンだけではなく、ボブ・ディランも同曲からインスピレーションを得て「北国の少女」を制作している。もとは古くからの伝承民謡のため多くのバリエーションが存在する曲で、マーティン・カーシーはイワン・マッコール&ペギー・シーガーによる歌集のバージョンを元にしていると言われている。

Scarborough Fair / Ewan MacColl

 "スカボロー・フェア"というのは13〜18世紀頃、約500年もの間、イギリス北東部ヨークシャー州の海辺の街、スカボローで毎年夏に開催されていたマーケットのことだそう。サイモン&ガーファンクルの「スカボロー・フェア」の歌詞は、ある者がスカボローに住むかつての恋人への伝言を、その地へ向かう者に依頼する内容になっている。伝言には、

縫い目を残さず針も使わずにキャンブリックのシャツを作ってほしい

海と波打ち際の間に1エーカーの土地を見つけてほしい

といった、不可能な課題が提示される。そして、その伝言に対しての言葉なのか、繰り返し歌われる

パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム

という言葉。謎かけ歌として解釈が様々存在するけれど、ここで出てくるハーブは古くは魔法的な意味を持ち、災いから身を守るためのお守りとしても考えられていたことが、植物学者や民俗学者にはよく知られていることらしい。問いかけに応じると魂を奪われてしまうため、まじないとしてハーブの名前を唱えているというのがひとつの解釈だ。

 また、サイモン&ガーファンクルのバージョンでは、前述の恋人への伝言に、さらに1965年にリリースされたポール・サイモンのソロアルバム『ポール・サイモン・ソングブック』収録の反戦歌「ザ・サイド・オブ・ア・ヒル」の歌詞の内容が組み合わされているので、ここでの伝言は戦死した騎士の生前の恋人へのものかもしれないし、スカボローの恋人の方がこの世に存在していない、と解釈されることもある。

 「スカボロー・フェア」の歴史を辿れるところまで辿ると、19世紀後半にアメリカの文献学者フランシス・ジェイムズ・チャイルドが、イングランドやスコットランドの民間伝承バラッドを収集してまとめた、『チャイルド・バラッド』の整理番号Child #2にあたる「エルフィンナイト」に行き着くとされる。ここでは、妖精の騎士へ結婚を望む乙女に対して騎士が不可能な課題を提示し、乙女も同様に困難な課題を考案する。

 1993年にリリースされたフォーク・ドキュメンタリー番組のサウンドトラック『アコースティック・ルーツ』にはマーティン・カーシーとペンタングルのメンバーとしても知られるフォーク・ミュージシャンのバート・ヤンシュが共演したバージョンが収録されていて、ここでのタイトルは「エルフィンナイト」とされている。

The Elfin Knight / Martin Carthy · Bert Jansch

 「エルフィンナイト」から続く「スカボロー・フェア」の根幹は "不可能な課題" だと思うけれど、これがバージョンによって様々な効果を生んでいて面白い。有名な男女デュエットのものでは、お互いが不可能な課題を与え合い、達成できればあなたは恋人だと歌う。16〜17世紀から存在するとされている民謡が伝承の過程で変化しつつも、消滅することなく歌い継がれてきたと思うと、途方もなく壮大でわくわくしてくる。


参考・参照サイト



執筆者・西岡利恵

60年代中期ウエストコーストロックバンドThe Pen Friend Clubにてベースを担当。



■NEWアルバム『Back In The Pen Friend Club』をCD、配信にて発売中。

試聴トレーラー:

■ライブ
5/18(日) ​横田基地『日米友好祭2025』

詳細・ご予約

■クラウドファンディング
2枚組NEWアルバム『Songularity - ソンギュラリティ』
制作&レコ発ツアー応援プロジェクト

プロジェクトページ








































2025年1月26日日曜日

いい湯だな〜『にほんのうた』シリーズ

  先日、しりあがり寿presents 新春!(有)さるハゲロックフェスティバル'25〜あなたとわたしの温泉郷〜にThe Pen Friend Clubで出演し、イベントのテーマ曲だった「いい湯だな」を演奏した。

いい湯だな / The Pen Friend Club / さるフェス25

 これまで子供の頃にテレビで親しんだ "ドリフの曲" という認識だったけれど、この機会に改めて聴いてみると、なんとも他にないような風情がある曲だなと思う。この曲はもともと群馬県のご当地ソングだそう。「上を向いて歩こう」の作詞でも知られる作詞家永六輔と、「手のひらを太陽に」「ゲゲゲの鬼太郎」などの作曲家いずみたくが、日本各地を旅して作りあげた『にほんのうた』シリーズのひとつだそうだ。1965年から1969年にかけて発表されたこのシリーズの題材が46都道府県と本土復帰前の沖縄になっていて、全部で52曲ある。

 シリーズの歌い手に選定されたのはNHKの音楽バラエティ番組『夢であいましょう』のレギュラー出演などで活躍していたコーラスグループ、デューク・エイセスだった。黒人霊歌を得意とし、ジャズや落語、童謡など、幅広い分野をレパートリーに取り入れているグループということもあって適任と考えられた。取材の旅にはデューク・エイセスが同行することもあったらしい。

 1965年に発表された、京都を題材とした「女ひとり」は「いい湯だな」と同様に歌いつがれているヒット曲。〽︎きょうとおおはらさんぜんいん、の歌い出しには聴き覚えがある。この曲のヒットで大原・三千院への観光客は急増したという。

女ひとり / Duke Aces  

 「いい湯だな」は、翌年1966年に発表された。ドリフターズ版では歌詞の舞台となる温泉地の範囲が広がっていたけれど、デュークエイセスの原曲では上州の温泉について歌われている。

いい湯だな / Duke Aces

 『にほんのうた』シリーズの内容は楽しげなものや情緒溢れるものなど様々だけれど、一定層から注目を集める1969年発表の「クンビーラ大権現」などは異彩を放つ。

クンビーラ大権現 / Duke Aces

 この曲の題材になっている香川の金刀比羅宮(ことひらぐう/ 愛称: こんぴらさん)は明治元年の神仏分離令が出される以前は、神道と仏教が融合された神仏習合の神、金毘羅大権現(こんぴらだいごんげん)が祀られ、海上交通の守り神として特に船のりから信仰されていたそう。「金毘羅」の語源がサンスクリット語の「クンビーラ」で、歌詞に出てくるようにこの「クンビーラ」とはガンジス川に棲むワニが神格化された水神のこと。「大権現」は神号で、仏、菩薩が衆生を救うために仮の姿で現れたものを尊んで呼ぶそうだ。

 『にほんのうた』シリーズは、今では私がそうだったように「いい湯だな」や「女ひとり」などの曲単位でしか知らない人も多いようだけれど、シリーズとして聴いてみるとまた味わい深い。


執筆者・西岡利恵
60年代中期ウエストコーストロックバンドThe Pen Friend Clubにてベースを担当。


【リリース】
■ベストアルバム第二弾『Best Of The Pen Friend Club 2018-2024』
■カバーアルバム『Back In The Pen Friend Club』

試聴トレーラー:

CD、配信にて発売中。

【NEWS】
■クラウドファンディング開始!

2枚組NEWアルバム『Songularity - ソンギュラリティ』
制作&レコ発ツアー応援プロジェクト

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2024年8月11日日曜日

The Allman Joysについて

  


 サザン・ロックの有名な兄弟、Duane AllmanとGregg Allmanがまだ10代だった頃に組んでいたバンドが Allman Joysだ。Allman Brothers Band関連の初期音源という歴史的価値に注目されることが多くその意味でも興味深いのだけれど、ひとつのガレージバンドとして魅力を感じる存在でもある。

 1965年の結成当初はThe Escortsという名前で、その後すぐにThe Allman Joysと改名された。Duane Allmanはリードギター、Gregg Allmanがオルガンとリードボーカルを担当。1966年にシングル 「Spoonful」(Dial – 45-4046) をリリースしている。Howlin' Wolf や、数ある聴き慣れた「Spoonful」とは印象が違ってファズガレージのようで、初めは同名の別曲のカバーかと思ったけれど、Willie Dixon作の「Spoonful」のカバーだ。B面曲の「You Deserve Each Other」は、このシングルのプロデューサーで、世界的ヒット曲 「Tobacco Road」の作者として知られるソングライターJohn D. Loudermilkによって書かれたもの。


You Deserve Each Other / The Allman Joys

 

 The Allman Joys名義での当時のリリースはシングル1枚のようだけれど、アルバムも録音はされていて、その音源は1971年にバイク事故で亡くなったDuane Allmanの追悼盤として、Early Allman (Featuring Duane And Gregg Allman) のタイトルで1973年になってから初リリースされた。


Early Allman(Featuring Duane And Gregg Allman)
Dial – DL-6005)

 1989年にAllman Brothers Bandの20周年を記念してリリースされたアンソロジー『Dreams』(Polydor 839-417-1)や、2013年リリースのDuane Allmanのアンソロジー『Skydog: The Duane Allman Retrospective』(Rounder Records 11661-9137-2)にもThe Allman Joysの音源が含まれていて、『Dreams』には「Spoonful」のデモバージョンが収録されている。

 1965〜66年の活動期間中、彼らはフロリダ州ペンサコーラのまだ12、13歳といった女の子たちのボーカルトリオ、The Sandpipersと出会い、そのバックバンドとしてツアーを行ったりもしていたようだ。

 そして1966年にThe Spotlightsという変名で参加した「Batman And Robin」(Smash Records – S-2020)というシングルがある。これは当時のヒーローブームに乗じたプロジェクトだったようで、もともとは1965年に、人気コミックのキャラクターが題材の「Dick Tracy」 (Liberty-55840)をJJ Cale作品としてSnuff Garrett、Leon Russell がプロデュースし制作したことがきっかけになっている。その後放送予定だったテレビシリーズ「バットマン!」の成功につながるような、アメリカンコミックを題材にしたアルバムを構想したSnuff Garrett、Leon RussellがアイデアをMercury Recordsに売り込んだことでプロジェクトがスタートしたらしい。The Allman Joysはライブの仕事を得るためにThe Spotlightsとして振る舞うのを了承しただけという話もあるようなので、実際演奏にどこまで参加していたのか定かではないのだけれど。


Batman And Robin / The Spotlights

 

 アルバムは当初、Mercury Recordsの姉妹レーベルSmash Recordsと契約したばかりだったThe Spotlightsの作品として、Smash Recordsからリリースする予定で進められていたそうだけれど、12曲録音したものの最終的にThe Spotlights作品としてリリースされたのはシングル2枚だった。残りの8曲はDesign RecordsからThe Super Dupersという名義でリリースされている。


The Superrecord Of Superheroes / The Super Dupers
(Design Records DLP-257)




【リリース】
■NEWアルバム『Back In The Pen Friend Club』をCD、配信にて発売中。

試聴トレーラー:

【ライブ】
■9/23(月・祝) ​西永福JAM『ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY』
■10/13(日・昼) 荻窪・TOP BEAT CLUB『SHE'S GOT RHYTHM!』

詳細・ご予約






2024年5月15日水曜日

The Pen Friend Club:『Back In The Pen Friend Club』

 
『Back In The Pen Friend Club』
(PENPAL RECORDS/PPRD-0006)


The Pen Friend Club (ザ・ペンフレンドクラブ) 

【メンバー】
平川雄一 (Gt, Cho)
Niina (Vo)
西岡利恵 (Ba, Cho)
祥雲貴行 (Dr)
中川ユミ (Glo)
リカ (A, Gt, Cho)
そい (Key, Cho)
大谷英沙子 (Sax) ※現在休団中


 こんにちは、ザ・ペンフレンドクラブのリーダー、平川雄一です。今回は202451日に発売されたザ・ペンフレンドクラブの9thアルバム『Back In The Pen Friend Club』についてメンバー達がバンドやアルバムに関する設問に答える、という形で記事にさせて頂きました。僕自身も答えております。ではどうぞ。

Niina加入から1年ですが、ご感想をお願いします。


◎平川:Niinaに最初に出会ったのが2022年の7月。翌年20233月に加入。4月に初ライブ。それ以降数々のライブとレコーディングをこなし、20245月に本作9thアルバム『Back In The Pen Friend Club』 完成、発売。

ペンクラにとってもNiinaにとっても怒涛の1年 (1年半だったと思います。その圧倒的な才能と魅力でペンクラというバンドに変革をもたらしました。これからも更にペンクラは変化を見せていくことになると思います。どんなふうになるか僕自身も楽しみでしょうがないです。普段のNiinaは面白くていつもみんなを笑わせてくれる、めっちゃおもろい最高な奴です。


Niina入ってから、もう1年もたったと思えないくらい楽しい経験を色々してきました!バンドとのライブも沢山できたのはもちろんですけど、バンドメンバーと仲を深めることができてとても嬉しいです。仲のいい人達と自分の好きなことがこんなレベルまでできるなんて最高です!1年でこんなにできるなら、これからが益々楽しみです!

 

西岡:まだ1年なのかと考えるとちょっとびっくりするくらい変化した気がします。Niinaの加入が決まった頃、みんなで喫茶店に行ったんです。その時Niinaと平川であれもやろう、これもやろうってカバー候補をどんどん出しあってて、これはとんでもなく忙しくなりそうだなと笑。話にあがる曲は私は知らないのが多かったけど、モータウンとか、これまでのペンクラではあがってこなかったような内容でした。レパートリーも大きく変わって、Niinaの存在はペンフレンドクラブの印象も大きく変えたんじゃないかと思います。

 

祥雲:音楽に対してオープンで純粋な愛のあるNiina。一緒に演奏していると色々刺激になることがあります。まだ二歳の娘さんをときどき練習に連れてくるので雰囲気が和んでありがたいです。

 

中川:キー変更、ライブ、レコーディングと常に走り続けているような状態だったのでもう1年という感じです。

 

リカ:あっという間な1年で大変さもあったけど、とても楽しかったなぁという印象が大きいです。Niinaは本当にパワフルで、しっかりした部分もあるし、子供みたいに無邪気にはしゃいでる時もあってかわいいです。みんなとも直ぐに仲良くなって、なんだかNiinaとリーダーが妙に馬が合う感じが面白くて、2人でふざけ合ってる姿を見ると微笑ましいです。


そい:Niinaが加入してくれて本当に良かったなあと思っています。Niinaの歌声が大好きだから演奏するのがいつも楽しくて、あっという間にもう1年経ったのか〜という感じです!Niinaのパワフルでポジティブな姿に救われることも多いです。ペンフレンドクラブがより元気に突き進んで行ける気がしてこれからも楽しみ!!



Back In The Pen Friend Club』全曲試聴トレーラー

・本作『Back In The Pen Friend Club』レコーディングで印象に残っている曲とエピソードを語ってください。※複数可


平川:

①クラウドファンディングの返礼品で「ハンドクラップで録音に参加できる権」というのがあって、購入された方々とブースに入って一緒にハンドクラップをレコーディングしたんですが、リズムがズレる場面があると「ちゃんと合わせる!全身でリズムに乗りながら叩く!」等、怒鳴ってしまったんですね、、、。高額なお金を出してくれた大切な方々なのに。後で考えたら大変申し訳なくて。お陰でいいハンドクラップが録れました。

 

②「Let It Shine」「The Girl From Greenwich Village」では僕がリードボーカルなのですが、ネイティブの英語を話せるNiinaに僕の英語の発音の悪い所を全て挙げて、改善策を教えてもらって再録音したこと。


③「Can't Take My Eyes Off You」ではフランキー・ヴァリの溜めた歌いっぷりに寄せるために一度録ったボーカルテイクを破棄し、後日、泣きの再録音を願い出たところNiinaが快諾してくれたこと。

 

Niina印象に残るエピソードは2回目のレコーディングセッションにクラウドファンディングでファンの方々が聴きに来てくださって、曲のクラップを一緒にレコーディングした時です。その時の平川さんが、みんなを完璧に合わせるように、凄い熱さでリードしてるところがとても面白かったです!真剣で真面目な平川さん、緊張してて頑張ってるファンの方々、リズム完璧なさくもくんのニヤケを見てて、面白いシチュエーションについ笑ってしまったのがいい思い出になってます!

レコーディングの印象に残った曲は「Can't Take My Eyes Off You」です!最初はスタジオでレコーディングしましたが、あとから少し歌い方の変更があって、また録り直すことになりました。それは鍵盤のそいさんの家で録ることになり、凄く楽な空間で録れました。

レコーディングの全てのサンプルが集まったのはそいさんの家が最後だったので、お疲れ様会としてみんなで飲みながらジャムセッションしたのが一番印象に残ります。

 

西岡:ベースのレコーディングは自宅でやってるんですけど、「Let It Shine」や「Alfie」を1人でじっくり聴きながら弾いてると曲の美しさがじわじわと再認識できた感じです。


祥雲:「Hey There Lonely Boy」

三拍子の曲をやることが少ないので新鮮でした。力を抜いてオリジナルのアダルトな雰囲気に近づけることを意識しました。

 

中川:Alfie」です。いつもおちゃらけてばかりのNiinaの普段とのギャップに、帰りの電車でもドキドキしていました。

 

リカ:今回のアルバム制作の為に実施したクラウドファンディングの返礼品の中に、購入してくださった方とメンバーと一緒にハンドクラップの録音をするというのがありました。ファンの方と一緒に録音するっていう、こんな特別な機会はなかなか無いことなのでとっても嬉しく楽しかったです。

For Once In My Life」「Let It Shine」「Can't Take My Eyes Off You」「Do You Believe In Magic?」の4曲に収録されています。

 

そい:Can't Take My Eyes Off You」 のピアノのリズムをとるのがなかなか難しくて、ディレクションしてくれる平川さんが全身を使って表現してくれたんですけど、その姿がすごく面白くて。集中しないといけないから笑っちゃいけないけど、他のメンバーがそれを動画で撮影してくれてて、あとで見たらすごく笑いました!

私の家にメンバーが集まって、レコーディングした後は、ごはんをつまみながら楽器を演奏したり歌ったり…そんな中で新しい曲のワンフレーズができちゃったりしたのも楽しかったです!



・本作からリスナー目線で好きな曲とその理由をお願いします。※複数可

 

平川:全部。出来がいい。

 

Niinaこれは何曲かありますね~!個人的に聴いてて気持ちいい曲は 「For Once In My Life」「Do You Believe In Magic?」 と 「The Girl From Greenwich Village」 です。全部ノリがいいって言うのもありますし、「For Once In My Life」のギターソロがめちゃくちゃ好きで、ライブでもソロと一緒に歌いたいくらいテンションがあがります。

Do You Believe in Magic」 もハッピーな感じで最後の Aaaah って言うところが歌うのも、聴くのも好きです。「The Girl From Greenwich Village」 は、正直初めて聴いた時、メロディとかパッと来なかったけど(知らなかった曲だったって言うのがその原因だと思いますが、、)、何回か聴いてから凄く気に入った曲になりました!平川さんの英語発音もめっちゃ良かったので、ライブでいつか聴けるのも楽しみです!

雰囲気が全然違うけど、「Alfie」も好きです!これは曲自体って言うより、小さい頃からお父さんの音楽の影響で一番最初に聞いた60年代のアルバムの最初の曲が「Alfie」でした。まさか自分のアルバムで歌うとは思ってなかったので、お父さんと沢山歌った思い出を含んで好きな曲の一つです!

 

西岡:1曲目 「Got To Get You Into My Life」 の賑やかな感じで始まるのが好きです。Niinaのパワフルな歌声がマッチしててかっこいいし、楽器の重なりも気持ちいい。

平川単独ボーカル曲の 「Let It Shine」 は1人の多彩な声色が心地よく調和してて、いい曲だなあと感じます。

Cant Take My Eyes Off You」 は今のペンクラらしいカバー曲という感じがしてます。

 

祥雲:Hey There Lonely Boy

アダルトな雰囲気が出せたので。

 

中川:For Once In My Life」が楽しい気分になれるのでお気に入りです。

 

リカ:全曲好きなので本当は選べないんですが、なんとか3曲に絞ってみました!


For Once In My Life

自分の中でも大好きだったこの曲を、華やかなペンフレンドクラブらしいサウンドでやっている不思議さと、嬉しさがあります。個人的に前ボーカルのMegumiさんの吹いてくれているフルートの音色がめっちゃお気に入りです。

 

Hey There Lonely Boy

原曲を知らなかったんですがすっかり大好きな曲になり、演奏したらより一層この曲の良さをしみじみと感じる事ができました。胸がキュッとなりますね。Niinaの歌いっぷりが最高!

 

Let It Shine

とってもイイ曲だし、ふぁ〜っと拡がる全ての音像が温かくて聴いていると心がキラキラしてきます。リーダーご自身のソロ作品ももっと作ったらいいのにって、この曲や「The Girl From Greenwich Village」 を聴いて思いました。

 

そい:全部良くて本当に迷ってしまいます。強いていうなら、「Tell Me」ですかね。「Tell Me」のボーカルの歌声はまろやかで優しくて、一言で言うとラブリーな感じ。メロディもボーカルもコーラスも、楽器隊の演奏も、一体になってる感じがすごく好きです。あと今回は平川さんボーカルの曲も2曲入ってて(Let It Shine」 と 「The Girl From Greenwich Village)、平川さんの歌声も実はすごく好きなので、何回も聴いちゃいます!



・本作の魅力を挙げて、アピールしてください。

 

平川:Niinaという新しいボーカルが加入したペンフレンドクラブの、まずは挨拶代わりのアルバムです。スピード感が大事と思ってるので急ピッチで作りましたが、メンバーのお陰で満足できる仕上がりになりました。

いつも応援してくれているファンの方々にもこの場をお借りして感謝を申し上げます。

こんな内容のカバーアルバムを作れるバンドは他にいないと思います。

誇りに思っています。

是非お聴きください。

 

Niina

①ジャケット、可愛くて最高。

②違う音色のペンフレンドクラブ、最高。

③ジャケットの中の写真、最高。

60/70年代の洋楽ジャンルの中でもいろんなジャンルとスタイルの曲が楽しめるアルバム。1つのCD12の楽しみ。最高。

 

西岡:Back In The Pen Friend Club』 は "コロナ禍を経て、また明るく楽しいペンフレンドクラブへ戻る" というコンセプトがあったんですが、ただ戻るだけでなく、これまでとも違う明るさ、楽しさのあるアルバムになってると思います。新しいペンフレンドクラブも楽しんでもらえたら嬉しいです。

 

祥雲:Niinaのエモーショナルな魅力を引き出す構成になっています。またバンドの進化したコーラスワークなども楽しんで下さい。

 

中川:有名な曲が多いので、まだ聴いたことがない、どれから聴けばいいか迷っているというペンクラ初心者にオススメです。

 

リカ:ペンフレンドクラブの新境地もたくさん詰まった、美味しい所だらけなカバーアルバムです!聴いたら力が湧いてくるようなエネルギーに満ち溢れた1枚だと思います☆

 

そい:今回はなんといってもクラウドファンディングによって出来上がったのと、前ボーカルのMegumiのフルート演奏も入っていたりして、皆んなの期待とサポートによって出来上がった作品だと感じています。個人的にはジャケットのカラフルなメンバーの弾けた感じがお気に入りで、ぜひ皆さんのお部屋に飾ってもらいたいと思っています。新ボーカルNiinaを迎えて初めてのアルバム!コーラスも、どんどんレベルアップしてるんじゃないかな(!?)と思います。ぜひたくさん聴いてくださいね!




(テキスト:The Pen Friend Club)