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2022年2月5日土曜日

【追悼 ロニー・スペクター】ゲスト ~ The Pen Friend Club 平川雄一

 
 60年代のガール・グループを代表したThe Ronettes(ザ・ロネッツ)のリード・シンガーで、ソロ・シンガーとしても活躍したロニー・スペクター(本名:Veronica Yvette Greenfield~ヴェロニカ・イヴェット・グリーンフィールド/以降ヴェロニカ)が、現地時間の1月12日に逝去した。
 コネチカット州ダンベリーにある自宅で短期間の癌闘病中、現夫でマネージャーのジョナサン・グリーンフィールドをはじめ家族達に看取られ、75歳の生涯を閉じたという。昨年1月16日にカリフォルニア州立刑務所内で亡くなった、元夫で名プロデューサーだったフィル・スペクター氏とは対照的に、静かで平安な最期だったようだ。

 定期誌VANDA及びWebVANDA読者には説明不要かも知れないが、彼女を中心としたザ・ロネッツは、ウォール・オブ・サウンドの総本山でフィル・スペクター率いるフィレス・レコードを象徴するガール・グループとして知られ、その影響力はビートルズのジョン・レノンやジョージ・ハリスン、ビーチボーイズのブライアン・ウィルソンなど錚々たるミュージシャン達を虜にした。フィルとザ・ロネッツの存在無しに、その後の彼らのサウンドは無かったと言っても過言では無いだろう。
 ヴェロニカは1943年にニューヨークのイースト・ハーレムで、アフリカ系アメリカンとチェロキー族の血を引く母親とアイルランド系アメリカンの父親の娘、ヴェロニカ・イヴェット・ベネットとして生まれた。
 マンハッタンのジョージ・ワシントン・ハイスクール時代、2歳年上の姉のエステル、3歳年下の従姉妹のネドラ・タリーと共にDarling Sisters(ダーリン・シスターズ)を結成し、地元で活動していた。60年代初頭にはグループ名をザ・ロネッツに変えて、ニューヨークの都市圏でライブ活動を続けながら、Colpix Records(コルピックス・レコード)と契約し「I Want a Boy」「I'm Gonna Quit While I'm Ahead」等のシングルをリリースしたが成功には至らなかった。

Be My Baby (Philles Records–116)

 転機になったのは63年で、フィル・スペクターがヴェロニカの特徴ある歌声に興味を持ったことでフィレス・レコードと契約することとなる。スペクターの読みは当たり、同年8月にフィレスからのファースト・シングルとしてリリースした「Be My Baby」(ジェフ・バリー、エリー・グレニッチ、フィル・スペクター作)が全米2位の大ヒットとなる。名ドラマー、ハル・ブレインによるイントロのバス・ドラムが象徴するフィレス・サウンドは、スタジオ・ミュージシャン集団”The Wrecking Crew”の活躍もあり隆盛を迎える基礎となった。
 同年11月には同じくバリー&グレニッチ作の「Baby, I Love You」(ツアー中のエステルとネドラの代わりに、ダーレン・ラヴ、シェールとソニー・ボノがバック・ボーカルを務めた)、翌64年6月には「Do I Love You?」(ピート・アンダース、ヴィニ・ポンシア、フィル・スペクター作)、同年10月の「Walking in the Rain」(バリー・マン、シンシア・ワイル、フィル・スペクター作)とトップ40ヒットが続いた。
 しかし64年初頭のビートルズのアメリカ初公演を起点とするブリティッシュ・インヴェイジョンの影響は大きく、65年の全米チャートではブリティッシュ・ミュージシャンの楽曲が多くを占めるようになる。同年ザ・ロネッツはシングル「Born to Be Together」(バリー・マン、シンシア・ワイル、フィル・スペクター作)と「Is This What I Get For Loving You?」(ジェリー・ゴフィン、キャロル・キング、フィル・スペクター作)をリリースするが、前者は52位、後者は75位と大ヒットには至らず、徐々に彼女達をはじめフィレス・レコードのセールスにも陰りが見え始める。
 66年10月のバリー&グレニッチ作の「I Can Hear Music」は、そのクオリティーとは相反して100位止まりでオリジナル・メンバーとしてのラスト・ソングルとなった。翌67年初頭に彼女達はヨーロッパ・ツアーを終え、ついに解散してしまう。

 その後ヴェロニカは68年4月にスペクターと結婚するが幸福とは言えず、様々なトラブルに巻き込まれながら別居し74年に正式離婚している。
 この期間69年にスペクターのプロデュースのもと、A&Mレコードから「You Came, You Saw, You Conquered」(フィル・スペクター、トニー・ワイン、アーウィン・レヴィン作)を”The Ronettes Featuring the Voice of Veronica”名義でリリースしているが、実質ヴェロニカのソロと言える。またビートルズ元メンバーであるジョンとジョージからリスペクトされていたスペクターが彼らの初期ソロ作を手掛けていた縁もあり、71年4月にはジョージのソングライティングと共同プロデュースでシングル「Try Some, Buy Some」をリリーし、全米77位を記録した。
 73年ヴェロニカは心機一転、新しい2人のメンバーとしてチップ・フィールズとデニース・エドワーズを加え、Ronnie Spector And The Ronettesを結成し、ブッダ・レコードから4作のシングルをリリースしたが、フィレス時代のように成功することは無かった。 彼女のキャリアの中で成功の頂点だった、ザ・ロネッツ黄金期がその後も呪縛になっていたことが垣間見られ、ポップ・スターの悲劇を感じて切なくなるが、彼女が偉大な女性シンガーであったことは紛れもない事実である。

 さてここからはヴェロニカ=ロニー・スペクターを敬愛するミュージシャンとして知られる、The Pen Friend Club(ザ・ペンフレンドクラブ)のリーダ-、平川雄一君の貴重なエピソードと、彼が選んだロニー・スペクターの楽曲オールタイム・ベストソングを掲載する。
 このベストテンに筆者の選曲分も加え、サブスクのプレイリストにしたので聴きながら読んで欲しい。

 

新年を迎えて早々に悲しいニュースが飛び込んできた。
大好きなロニー・スペクターが1月12日に死去した。
弊バンドであるザ・ペンフレンドクラブはフィル・スペクター関連曲をいくつかカバーしており、ザ・ロネッツの曲も取り上げている。
2017年、ロニー・スペクター来日公演が計画され前座として弊バンドが候補に上がったが、諸事情につき公演そのものが中止になってしまった。
ロニー亡き今となっては非常に残念でならない。 
ロニーが歌った曲は大体すべて「好き」と言えるのだが、記事にするにあたり敢えて順位付けしてみた。 
平川雄一  


1. Do I Love You?(1964年) 
ピート・アンダース、ヴィニ・ポンシア、フィル・スペクター作。 天才的なイントロから始まる全てが完壁な一曲。 弊バンドでは一番最初に取り上げたロネッツの曲であり今でもライブで演奏している。

2.How Does It Feel?(1964年) 
こちらも'64年のアンダース&ポンシア、スペクター作。 あえて『Do I Love You?』を1位に挙げたが本心ではこの曲の方が好きだ。 こんな夢のような曲が他にあるだろうか。 弊バンドでは二番目にカバーしたロネッツ曲。

3.Born To Be Together(1965年) 
バリー・マン、シンシア・ワイル、フィル・スペクター作。 アイケッツのP.P.アーノルドも'68年にカバーした、聴けばいつでも夢心地になれる強烈な一曲。弊バンドでは三番目にカバーしたロネッツ曲。

4.Something's Gonna Happen(2003年) 
マーシャル・クレンショウの'81年作を'03年にロニーがカバーしたもの。 しっかりと「ロニー・スペクターの曲」に仕上がっているところが素晴らしい。 ザ・プッシーピロウズによる掛け合いコーラスも可愛い。

5.When I Saw You(1966年) 
フィル・スペクターのペンによる'66年作。 テディ・ベアーズの『To Know Him, Is To Love Him』に通ずる三連バラード。ロニーの愁いを帯びた名唱が染みる。

6.Is This What I Get For Loving You(1965年) 
ジェリー・ゴフィン、キャロル・キング、フィル・スペクターによる'65年作。3位に挙げた『Born To Be Together』同様、いよいよロックンロール、ガールズポップスがソフトロックのそれへと変わっていく「狭間」を感じる一曲。 

7.I Wish I Never Saw The Sunshine(1966年) 
ジェフ・バリー、エリー・グレニッチ、フィル・スペクターによる'66年作。 ドラマチックな曲想とエモーショナルなロニーのボーカルに溜息が出る。

8.Sleigh Ride(1964年) 
ルロイ・アンダーソン、ミッチェル・パリッシュ作のクリスマス・スタンダード・ナンバー。 '63年にフィル・スペクターによるクリスマス・アルバム『Christmas Gift For You From Phil Spector』に於いてロネッツの歌唱でカバーしたもの。 そりすべりの疾走感のあるサウンド、はち切れるロニーの歌いっぷりがいい。

9.Paradise(1965年) 
ギル・ガーフィールド、ペリー・ボトキン・ジュニア、ハリー・ニルソン、フィル・スペクター作。'65年に録音された。 大音量で没入感を味わいたい一曲。

10.How Can You Mend A Broken Heart(2016年) 
バリー・ギブ、ロビン・ギブ作。 ビー・ジーズの'71年のシングル。この珠玉のバラードをロニーは遺作となった'16年のソロアルバム『English Heart』でカバーした。 しっとりとオルガンに寄り添うロニーの歌声に落涙を禁じ得ない。 


 (企画編集・テキスト:ウチタカヒデ) 

2018年9月13日木曜日

【速報】ザ・ペンフレンドクラブがクリスマスアルバムを11月14日に発売




【Merry Christmas From The Pen Friend Club】
(メリークリスマス・フロム・ザ・ペンフレンドクラブ)

アーティスト名:The Pen Friend Club / ザ・ペンフレンドクラブ
発売日:2018/11/14
品番:PPRD-0004
価格:¥2,500(税抜)
ライナーノーツ:Tommy(Vivian Boys)
発売元:ペンパル・レコード

『冬の圧倒的多幸感!ザ・ペンフレンドクラブのクリスマスアルバム!』

マライア・キャリー「恋人たちのクリスマス」、ダーレン・ラヴ「クリスマス」、ワム!「ラストクリスマス」、ザ・ビーチ・ボーイズ「リトル・セイント・ニック」に、往年のクリスマスナンバー群とオリジナル曲「Christmas Delights(カンケ編曲)等、全16曲を堂々封入!!
ライナーノーツはVivian BoysTommyが執筆!


・収録曲
1.All I Want For Christmas Is You
2.Christmas (Baby Please Come Home)
3.Frosty The Snowman
4.Santa Claus Is Comin' To Town
5.I Saw Mommy Kissing Santa Claus
6.Rockin' Around The Christmas Tree
7.Last Christmas
8.Winter Wonderland
9.Christmas Delights
10.White Christmas
11.Let It Snow
12.Jingle Bell Rock
13.Little Saint Nick
14.Amazing Grace
15.Auld Lang Syne
16.Silent Night


・The Pen Friend Clubプロフィール
2012年に平川雄一により結成。ザ・ビーチ・ボーイズ、フィル・スペクター周辺の60年代中期ウェストコーストロックをベースとした音楽性。2015年にはザ・ゾンビーズやジェフリー・フォスケット来日公演のオープニングアクトも務めた。過去5枚のアルバムは全てロングセラーとなり、LP盤も全てソールドアウト2017年にはベストアルバム『Best Of The Pen Friend Club 2012-2017』をサザナミレーベルより発表。

・メンバー構成
Gt.Cho-平川雄一
Vo.Cho-藤本有華
Ba.Cho-西岡利恵
Dr.Per-祥雲貴行
Org.Pf.Flu.Cho-ヨーコ
Glo.Per-中川ユミ
Sax.Cho-大谷英紗子
A,Gt. Cho.-リカ


2018年5月9日水曜日

ジェフリー・フォスケット:『LOVE CAN GO THE DISTANCE / TRUE LOVE WAYS:VSEP-830』7インチ・アナログ盤:平川雄一



現在、マイク・ラヴとブルース・ジョンストン率いる「ザ・ビーチ・ボーイズ」で活動中のジェフリー・フォスケット。2017年から日本国内で7インチ・アナログ盤を精力的にリリースしている。

【2017年】
『FISH! / THIS COULD BE THE NIGHT』VSEP-822

【2017年】
『JODY / YOU REMIND ME OF THE SUN』VSEP-826

【2018年】
『ONLY WITH YOU / FEELING JUST THE WAY I DO』VSEP-829

【2018年】
『LOVE CAN GO THE DISTANCE / TRUE LOVE WAYS』VSEP-830


ジャケットをジミー益子のイラストで統一しているのが一貫性があって小気味良い。
そしてご覧のようにA面は全て山下達郎楽曲のカヴァーで、いかにも日本市場(の中でも、ある一定層のヒトビト)向けと言える。
何より今年2018年の選曲はなかなか攻めていて(というか私好みで)良い。

今年のレコードストアデイ2018に2作発表しているが、今回は『LOVE CAN GO THE DISTANCE / TRUE LOVE WAYS』を取り上げる。

A面は山下達郎の『LOVE CAN GO THE DISTANCE』をカヴァー。
山下達郎が1999年にシングルとしてリリース、当時NTTコミュニケーションズのTVCMソングとなっており、私はリアルタイムでそのCMを観て、この曲を知った。
初めてブラウン管から流れるア・カペラを聴いた時、あまりの素晴らしさに度肝を抜かれた。当時19歳の私は、これほどまでに桁違いに最高な曲を作れる日本人が存在するのか、と驚き感銘を受けた。それ以来、今の今までこの曲は山下達郎楽曲中で私の一番好きなものとなっている。

さて今回のジェフリー版だが、原曲よりもサラッとした印象。
ジェフリーの歌いっぷりも、山下達郎の様に溜めずに歌い流している。
歌の情感も比較的込めずに、やはり「サラリ」と歌っている。
山下達郎の原曲では静寂から始まり徐々に厚みと広がり、深みが増してゆき、最後に大きく上空へ昇華する「流れ」があるが、このジェフリーのカヴァーバージョンでは、あえてなのか、最初から最後まで一様に平坦な道を歩んでゆく。そんなアプローチの仕方。
原曲の「荘厳で物憂げ、しっとりとした」風合いとはまた違った、言わば「カリフォルニア風のカラッとした」手触りだ。
それが「らしさ」といえば「らしさ」なのかもしれない。

B面はバディ・ホリーのバラード『TRUE LOVE WAYS』。
ホリーが死の4か月前に録音し妻に奉げた美しくも悲しいラヴ・ソングだ。
このB面でのジェフリーの歌唱が本当に素晴らしい。
彼の美声が十二分に発揮された、ジェフリーのこの曲への思い入れがひしひしと伝わる丁寧で愛のある歌いっぷりに、聴いていて嬉しくなってしまった。
演奏もシンプルではあるが的確で丁寧。歌の良さを引き立てる好プレイである。

レコードストアデイ用の数量限定盤との事なので、気になる方は早めのご入手を。
オススメです。


平川雄一

2017年12月17日日曜日

The Beach Boys 『Graduation Day 1966: Live At The University Of Michigan』・平川雄一


 2016年末に海外で既に配信されていた本盤であるが、この2017年12月に日本での販売が解禁された。本盤にはビーチ・ボーイズによって1966年10月22日に行われたミシガン大学でのライブ演奏、2ステージ分が収録されている。

 この年の10月と言えば既にアルバム『ペットサウンズ』、シングル『グッドバイブレーションズ』が発売されブライアン・ウィルソンは天才の名を欲しいままにし、次作アルバム『スマイル』のレコーディングの真っ只中にあった。
 レコーディングに専念するブライアンに代わりブルース・ジョンストンがライブに参加していたが、当日は『グッドバイブレーションズ』初披露の日。"ボーイズ"達が我が傑作をしっかり演奏出来るか不安になりミシガンまで同行、リハーサルを監督した。更にブライアンは2ステージ目のアンコールで喝采の中、登壇。メンバーと共に『ジョニー・B・グッド』を歌った。その模様も収録されている。


 肝心の『グッドバイブレーションズ』だが両ステージともブライアンの指導のお陰か丁寧な歌唱、演奏ではあるがやはり薄さは否めない。更にアウトロのリボンコントローラが両テイクともピッチを大きく外しており少々残念な結果に。

 他の曲もそうだがこの頃のビーチ・ボーイズは楽器演奏面でかなりラフで悪い言い方をすれば適当な印象だ。後のアメリカでの人気凋落後のライブへの気合の入れ様(ホーン隊を追加したり)とは格段の差だ。ブライアンがライブに参加していた時期の熱気を帯びたグルーヴもこの頃にはない。

 余談ではあるがカールはフェンダー社のジャガーやリッケンバッカー社の12弦エレキなど個性的なギターを鋭角な音色で使用、独特のキラキラ感を演出していたが、本盤ではギルド社のセミアコ6弦エレキのスターファイアを乾いた音色で使用。これを使い出してから音に煌きがなくなったようにも思えてならない。それに加えてデニスのドラミング、グルーヴが最もないのが1960年代中盤のまさにこの時期なのではないだろうか。



 しかしながらブライアンという存在感のあるボーカルを欠いていたとしても依然、各人のボーカル、コーラス面での魅力が溢れている。やはりビーチ・ボーイズは歌、ハーモニーの人たちなのだと再確認させられる。

 サントラ『エンドレス・ハーモニー』にも収録されている、『Medley: Fun, Fun, Fun / Shut Down / Little Deuce Coup / Surfin’ USA』は演奏共に聴ける代物。『God Only Knows』のカールの美しい歌唱も堪能できる。各曲のコーラス、ハーモニーにも唸る瞬間が沢山ある。マルチで録ってあるので音の分離もよい。

 本盤は1966年秋のまさにバンド絶頂期の余裕ぶっこいていた時期の危機感のないラフなライブ演奏を聴くことが出来るし、なによりブライアン本人が監督した『グッドバイブレーションズ』の初演も収録されている。そんな意味でも価値ある一枚(配信ですが)ではないだろうか。

 因みにボーナストラックの『Row Row Row Your Boat (Live)』。一聴してお分かりいただける通りこれはライブ演奏ではなくスタジオ録音版だ。しかもこれは前年1965年11月にブライアンのプロデュースではあるがハニーズのボーカルで録音されたもの。公式での初出は喜ばしいことではあるが、果たして本盤に収録した意味があるのだろうかと疑問に感じる。

2017年11月12日日曜日

WebVANDA執筆陣への参加に際して・平川雄一

度々WebVANDAにて拙バンド、ザ・ペンフレンドクラブの新譜レビューやインタビューを掲載して頂いた身であるが、この度、当サイトの執筆者として参加する運びとなったことは、まさに光栄至極だ。

故・佐野邦彦氏とはFacebook上での交流から始まり、ザ・ペンフレンドクラブ新譜発売の際に推薦文を依頼、寄稿して頂く、という間柄だった。
毎回、病床にも関わらず改行無しのビッチリと文字で埋められた推薦文を賜るにつけ、そのバイタリティーに驚いたものだった。

佐野氏に来年発売予定の新譜のライナーノーツを依頼した。アルバムはソフトロック色の強いものであるため、「佐野さんしかいない」と。

推薦文に引き続き、またも私からの不躾なライナー執筆依頼。幸い佐野氏には喜んでは頂けたが、闘病生活での不自由さ故、全面的な執筆は固辞された。形として残るためか、佐野氏の責任感を感じた。そして「2か月先の体調も見えない状況なのでサブとして曲解説のみ承る、原稿料はいらない」と仰ってくれた。

そのメールでのやり取りの翌日に佐野氏は逝去された。

2017年11月5日、都内斎場
佐野氏との最初で最後の直接の対面となった。気丈に振る舞う奥様、頼もしい息子さん御兄弟、そして先立った息子の体をいつまでも優しくさするお母様の姿。斎場では佐野氏が最後にライナーを執筆されたジグソーが流れていた。

ご家族、ご友人、関係者と一緒に棺に別れ花を入れ、火葬場にも参列、周りの勧めでお骨を骨壺に入れさせてもらった。1997年の佐野氏が編纂された「ザ・ビーチ・ボーイズ・コンプリート」をボロボロになるまで読んだ20年前のあの日。まさかこんな日が訪れるとは夢想だにしなかった。

その時、WebVANDAのウチタカヒデ氏、VANDA関係者の方々とも合流し、その後、執筆者として招待された次第だ。

ザ・ペンフレンドクラブの平川雄一として、一音楽ファンとして、私らしく執筆していければと思う。

以後よろしく願いします。

平川雄一