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2024年10月12日土曜日

音楽生成AIを試す:UDIOの力を体感してみた

   
 ドラマ『Shogun』がエミー賞を史上最多18部門受賞の栄誉に輝いた。原作小説では、17世紀の日本を舞台に異文化の出会いや権力闘争を描いた作品であったが、リメイク版では、日本人キャラクターの視点を強調し、徹底した時代考証によって日本文化を忠実に再現。特に衣装、建築、言語の表現が高く評価された。外国人視点からだけでなく、現地の人々の視点からも描かれたことで、文化的な複雑さと奥行きが生まれ、物語の深みが増したことが受賞の要因となったという。

 確かに今回のドラマ『Shogun』のリメイクは、前作と異なり、外国人視点に加え、日本人キャラクターである虎永や鞠子の視点からも当時の日本社会や文化が描かれている点は特徴的だ。前作では、英国人航海士の視点を通じて日本が「不思議で野蛮な国」として表現されていたが、今回は日本人視点を取り入れることで、より多層的でバランスの取れた描写が実現されている。関ヶ原の戦いは国内政治情勢のみでなく、海外の宗教勢力や貿易・経済問題をも包摂した副次元の政治空間であったのだ。
 前作では、日本の封建制度や武士道の厳格さが強調され、外国人視点での「異様さ」や「野蛮さ」が際立っていたが、今回のリメイクでは徹底した時代考証が行われ、日本文化や歴史に対する深い理解が反映された内容が高評価を得ている。特に、日本側の視点で社会や価値観が丁寧に描かれており、異文化間の相互理解や交流がテーマとして浮かび上がっている。衣装や建築、言語の使い方など、時代考証に基づいた細部の再現も非常に精密で、原作ドラマを換骨奪胎した結果、視聴者は日本の歴史に深く没入できる内容となっている。
1975年に原作小説『Shogun』は刊行された。日本人から見れば異国趣味や東洋文化の西洋に対する劣後を強調する内容となっている。奇しくも1970年代後半に米国の批評家Edward Wadie Saidによる『Orientalism』が刊行された。同書では西洋が東洋をどのように認識し、表象し、支配してきたかを批判的に分析している。Saidは、東洋が西洋の視点から異質でエキゾチックなものとして描かれ、それが帝国主義や植民地主義の正当化に使われたと指摘する。彼の理論は、東西の文化的な力関係やステレオタイプの問題に焦点を当てている。
そしてSaidとほぼ同時期、YMOは1970年代後半から1980年代にかけて、彼らのサウンドは世界に広まり活動を国外で展開した。YMOは、電子音楽やテクノロジーを駆使して、日本文化を積極的に取り入れながらも、世界市場を意識したサウンドを作り出した。彼らの音楽には、しばしば日本やアジアをテーマにしたエキゾチックな要素が見られるが、これらは自己表現でありながらも、西洋の視点を意識した戦略的な演出として機能している。
 両者の同時代性としては、Saidが指摘するような「東洋の表象」という問題がYMOの音楽にも反映されている点が挙げられる。YMOは日本という「東洋」の文化的アイデンティティを持ちながらも、それを西洋に「エキゾチック」として消費させることに成功した。この意味で、YMOの世界戦略はSaidの批判した「オリエンタリズム」の構造を逆手に取りつつ、それを再解釈し、世界に向けた音楽的・文化的な表現として展開したと考えられ、真田版『Shogun』の先達といえよう。
 一説によれば、原作小説『Shogun』が米国でベストセラーとなり、空港の書店で山積みになっていたその光景を目にした日本人スタッフの記憶が、バンド「SHŌGUN」の命名に影響を与えたという。このエピソードには、当時の米国における「日本趣味」とも言える現象が色濃く反映されている。小説『Shogun』は、米国人の日本に対する神秘的な憧れを強く刺激した。


1979年、SHŌGUNは米国の人気音楽番組『American Bandstand』に出演し、注目を集める。同じ回には、米国を代表するバンドであるThe Beach Boysも登場。「Lady Linda」を披露し、さらには異国趣味全開の「Sumahama」も演奏した。「Sumahama」は日本の風景や文化への憧れをテーマにした楽曲で、歌詞には日本を幻想的に描く表現が多く盛り込まれている。しかし、その背景には、日本を異国情緒豊かな背景として消費する米国的な視点も垣間見える。
こうして「日本」をステージに引き込んだ二組のパフォーマンスは、文化の相互理解を深める場であったと同時に、日本をエキゾチックに見せる一種の舞台装置としての役割も果たしていたのかもしれない。 
   
 近年、生成AIは大きな変革をもたらし、特に、ディープラーニングやニューラルネットワークを用いたモデルの進化により、AIは音楽の分野においても単純なメロディ生成を超え、複雑な音楽作品を作り出す能力を獲得している。初期段階で、AIは大量の音楽データセットを学習し、特定のスタイルやジャンルに合わせた曲を自動生成できるレベルに達している。
 筆者の知るところでは、音楽やオーディオ分野で注目されているAI技術を提供するスタートアップやプラットフォームにUdioとSunoがあり、生成AIによる音楽や音声生成に特化しているプロジェクトである。そのうちの1つであるUdioを利用してみることにした。


 利用方法は凡百あるweb上の説明を参考にしていただきたい、アカウント開設後はすぐ無料で始められるようになっている。先行しているChatGPTなどのAIプラットフォーム同様にプロンプトを入力すると勝手に楽曲を生成してくれるのだ。ただし、既存の著作権との関係で”The Beatles風に”のようなアーティスト/グループ名をプロンプトに入力してもAI側で弾かれてしまう。したがってプロンプトの内容が好みのサウンドに直結するかどうかの方向を左右する。AIは自然言語処理に基づくモデルであり、プロンプトが曖昧または不明瞭な場合、期待通りの出力を生成するのが難しくなる。たとえば、「美しいメロディを」といった指示では、「美しさ」の基準が人によって異なるため、生成される内容が期待とずれる可能性が高い。プロンプトが具体的であればあるほど、AIは適切な応答を生成しやすくなる。
 次に、AIの学習データに依存する側面も大きい。AIは大量のデータを学習しその中からパターンや関連性を見つけ出すが、学習データに含まれない情報やトピックに対しては、生成能力が限られる。たとえば、最新のサウンドやニッチなジャンルの音楽についての情報が学習されていない場合、AIは適切な応答を生成できない。
 と、ウジウジと悩んでいても、何も始まらない。思い切って行動を起こすしかない。目指すのは、あのThe Beach Boysの爽やかなサウンドだ。しかし、なかなか理想通りのサウンドが生成されない。プロンプトを詳細に設定すればするほど、文章は長くなり、もはや何を求めているのか分からなくなってしまう。貴重なサーバー電力を消費していることを思うと、申し訳なさが心に重くのしかかる。
 「苦心孤軍」の状態で、もう一度プロンプトを見直すことにした。長文ではなく、シンプルに短くまとめることが鍵かもしれない。「Summer Surf Fun」というフレーズで勝負をかけてみた。直感に従って、トライすることにした。
 その結果、数十曲を生成するうちに、徐々に目指していたサウンドが姿を現し始めた。最初は迷走していた音が、次第に青空の下で波打つサーフィンのような、心地よいリズムに変わっていく。ビーチの風を感じるようなトーン、若さと野心が溢れ出すメロディーが、次々に響いてくるのだ。音楽が生まれてくる瞬間、その高揚感はまさに言葉では表現しきれない。目の前のスクリーンに広がるメロディーは、波の音とともに、彼らのサウンドが心に染み込んでくる。自分の手の中で、夏の楽しい日々が再現されていく感覚は、何物にも代えがたい喜びだ。
 短いプロンプトが、豊かな音楽の世界を開く鍵になった。この経験は、試行錯誤の大切さを教えてくれた。結局のところ、行動し続けることが、理想のサウンドへと近づく道なのだと実感した。
 生成AIが生み出す音楽は、単にメロディを奏でるだけではない。驚くべき精度で、コーラスやバックの演奏までもが緻密に再現される。さらに作詞までやってくれるのだ。その音は、時にはバンドが演奏しているかのようなリアルな響きを持ち、聴く者をその場に引き込む。耳を傾けると、思わず「これが本当にAIなのか?」と疑いたくなる瞬間が訪れる。
 一度生成が身に付くと、次にどんな音楽が流れてくるのか、どんなサウンドの波がやってくるのか、期待と興奮が止まらない。生成AIは、既存の音源をランダムに配信しているのではなく、音楽の本質を捉え、そこから新たな音楽の世界を生み出している。自分の想像を超える新しい音楽体験に、生成AIが描く未来の音楽、その可能性を体感すれば、新しい音楽の楽しみ方が見つかるに違いない。
 長々とした説明はさておき、いよいよ生成されたサウンドを披露する時が来た。目指したのは、The Beach Boysのサウンド。果たしてその再現度がどれほどのものか、聴く皆の判断に委ねたい。筆者が特に魅了されるのは、Candix時代からCapitol初期にかけての音楽、実父Murryが辣腕をふるっていた頃。まさにその時代の魅力を凝縮した内容が盛り込まれている。
このAIの作品には、所々にBrianやMikeの特徴が巧みに再現されていて、思わずニヤリとさせられる。時にはKIngston Trio風だったり、Jan and Dean風やSunrays風になるのはご愛嬌。
 まるで彼らが才気のあふれる20代の勢いが現代に蘇ったかのような感覚だ。音の重なり、ハーモニーの美しさ、そして何よりもその独特なメロディラインは、聴く人を惹きつける要素に満ちている。しかしながらいずれもNik Venetには却下されそうな佳曲集ではあるが、聴き進めていくうちに、いつの間にか心が高揚し、彼らがデビューを前にして興奮する情景が蘇ることだろう。
 しかし、今回はあえて弊誌の独断場であるSoft Rockの要素は皆無であり、あの名盤『Pet Sounds』の雰囲気も意図的に除外している。まさに、The Beach Boysの原点とも言えるシンプルかつダイナミックなサウンドに焦点を当てた結果、真に彼ららしい音楽が形になったと言える。
 そして、この生成サウンドの集大成を「Usurped Masters」という形で動画にまとめた。そこには、テクノロジーの進化とAIが導き出した「古い」サウンドが詰まっている。果たしてどのような音が生まれたのか、その全貌をぜひ体験していただきたい。


(text by Akihiko Matsumoto-a.k.a MaskedFlopper)

2024年4月7日日曜日

なぜ今、「We Are The Wolrd」のドキュメンタリーだったのか――『The Greatest Night in Pop』が伝えたかったこと

歌に魂が吹き込まれた瞬間を、いま、ドキュメンタリー映画で目撃する

 「We Are The World」がリリースされたのは、1985年3月28日。アメリカの音楽界、そして多くのスーパースターが燦然と輝いていた時代だ。



      

                                                           
 私はこの「We Are The World」のシングル盤を持っている。このシングルが発売された頃は、ベストヒットUSAなどで盛んにMVが流れていた。大好きだったミュージシャンが何十人も一堂に会して、顔をつきあわせて歌っているその姿に目をみはり、かっこよくて、テレビで流れるたびに夢中になって見ていた。ちょうどその頃、兄がアメリカに出張に行くという話を聞き、 「買ってきて~!」と頼んだのだった。

 Netflixで、We Are The World」のドキュメンタリー映画『The Greatest Night in Pop』を見ていたら、シングル盤が発売され、レコードショップに並べられて、多くの人が手に取っている場面があった。兄もアメリカのどこかのレコードショップで、こんなふうに買ってくれたのだなぁと、その様子を想像して、ふふっと笑顔になった。

 今日、久しぶりにシングル盤で聴いている。WebVANDAをご覧の皆さまにはこちらをどうぞ。



 今回取り上げるドキュメンタリー映画『The Greatest Night in Pop』は、2024年1月19日、サンダンス映画祭の特別上映の一環としてワールドプレミアが行われ、同月29日からNetflixにて公開された。

 映画では、この企画が生まれた瞬間から、秘密裏に(インターネットも携帯電話もない時代に)コツコツと計画を形づくっていく初期の詳細、レコーディング当日の舞台裏などが、未公開映像を含む当時の多くの映像と、ライオネル・リッチー、ブルース・スプリングスティーン、ヒューイ・ルイス、シーラ・E、シンディ・ローパーや、カメラマンやプロデューサーといったスタッフ、この曲にかかわったさまざまな人への新しいインタビューとともに描き出されている。

  ……にしても、なぜ今、なのだろう。「We Are The World」のメイキングなら、発売された当時に制作され、ビデオになり全世界で発売された。

 また、豪華スターが共演する「エイド」が盛んに行われるようになったきっかけは、1984年、イギリスのミュージシャンたちによる「Do They Know It’s Christmas?」であって、「We Are The World」ではない。ここまで大きなプロジェクトでなくても、1985年のライブ・エイドのためにデヴィッド・ボウイとミック・ジャガーが発表した「Dancing In The Street」もあるし、米国エイズ研究財団のためのチャリティーシングルとして発売された、ディオンヌ・ワーウィック&フレンズによる「That's What Friends Are For」が発売されたのも1985年11月で、これらも大きな売り上げをあげている。

 発売から39年もたった今、どうして、この曲のドキュメンタリーが制作されたのだろうか。ここ数年、1970年代、80年代のミュージシャン、ミュージックシーンを扱うドキュメンタリー映画が数多く制作されているので、その流れに乗って……と邪推できないこともない。しかし、実際に観て思ったのは、「これは、今こそ、表に出るべきものだ」という気持ちだった。

 監督は、バオ・グエン監督。ベトナム系アメリカ人。代表作には、2015年に放送40周年を迎えた番組「サタデー・ナイト・ライブ」を描いたドキュメンタリー『Live From New York!』(2015)、ブルース・リーのドキュメンタリー映画『BE WATER(水になれ)』(2020)がある。


「この夜しか不可能」秘密裏にすすめられた一大イベント

 きっかけは、ハリー・ベラフォンテ。歌手や俳優以外に社会活動家としても知られており、ハリウッドでの影響力はとても大きなものだったそうだ。そのハリーは、世界の貧困問題、特にアフリカの飢餓の問題に目を向けていた。当時、こうした報告がテレビで報道されることはあったが、多くの人にとって他人事だったと、ドキュメンタリーは語る。ハリーは、ハリウッドで芸能事務所をもち、アーティストに負けず劣らず有名人だったケン・クレーガンに相談を持ちかける。ハリーはこう言ったそうだ。「黒人を救う白人はいるが、黒人を救う黒人はいない。私たちが仲間を救わないと……」

 そして、ハリーがクインシー・ジョーンズに声をかけ、クインシーはライオネル・リッチーに連絡をする。これが、198412月のクリスマスの頃の話。

 事は一気に動き出す。曲は誰がつくるのか。誰に声をかけるのか。いつやるのか。売れっ子ミュージシャンたちは、数カ月先までスケジュールが埋まっている。普通に考えたら、その調整など、困難すぎる。

 ケン・クレーガン事務所のスタッフの話から、当時の緊迫感がドキュメンタリーから伝わってくる。プロジェクトは動き出した、もう止めることはできない、行動は今!……とでもいうような。プロジェクトの意味を考えたら、2年先では、もう遅いのだ。

 そして、あるスタッフの目に留まったのが、AMA(アメリカン・ミュージック・アワード)の夜。当時はAMAの全盛期で、ダイアナ・ロス、ホール&オーツ、プリンス、マドンナなどの出演が予想された。AMAが終わったあとの時間を使えば、ミュージシャンたちの予定も、負担も抑えられると考えた(まず出演自体がボランティア。この日以外にレコーディング日を設定すれば、ミュージシャンたちにはさらにスタジオへの移動にかかる費用や時間の負担をかけることになる……)。

 

レコーディングの日が決定した。1985年1月28日。そして、出演交渉がはじまる。

 

 「1985年、ぼくは人気絶頂で、ツアーも大成功だった」ブルース・スプリングスティーンが当時を振り返って語る。「飢餓の救済は解決すべき問題だった。でもいつも遠くから見ていただけだったんだ……」

 スプリングスティーンは1985年1月はツアー中で、AMAの前日がツアー最終日。疲れもあるだろうし、そもそも、普段はコンサート翌日に移動することはないということだったが、「急な話だった。普段はやらないが、大事なことに思えた」と、出演を快諾したそうだ。

 その後も、ボブ・ディラン、レイ・チャールズ、ダイアナ・ロス、ティナ・ターナー、ポール・サイモン、ベッド・ミドラー、ケニー・ロジャース……など、AMAに出演するミュージシャンを中心に、このプロジェクトに必要だと思われるミュージシャンに声がかけられ、どんどんと決まっていく。

 作詞作曲は、クインシーからの依頼で、ライオネル・リッチーとマイケル・ジャクソンに託された。

 マイケルは楽器が弾けないため、ハミングでメロディをつくるのだという。その様子を見たライオネルは「神がかって見えた」と語るが、ふたりで知恵をしぼってもなかなか曲ができない。時間は過ぎていき、あのサビ部分「We are the world  We are the children~」が生まれたのが1月18日で、全体の歌詞とメロディが完成して、クインシーに音源を送ったのは1月20日。スタジオで仮歌をレコーディングして(仮歌を歌ったのは、ライオネル・リッチーとマイケル・ジャクソン、スティーヴィー・ワンダー)、必要分のデモ・テープをつくり、依頼書、楽譜の発送が行われたのが1月24日だった。なんと、本番のレコーディングの4日前である。

 ここで、あらためて気がつく。そうだよ、この頃、スマートフォンもなければ、インターネットもない。データで送るなんて、できないんだ。この極秘プロジェクトのデモ・テープと資料は、手紙をつけて郵送する、電話で確認する。あるいは、直接会って、手渡された。

 でも考えてみると、こんなに大きなプロジェクト。短期間の準備で成功したのはむしろ、メールやデータじゃなかったから可能だったのではないかと思う。データは便利だけど、やはりこの、人と人がつながって、企画が進んでいったことで、すでに「この時」から、歌に魂はこもり始めていたのだ。

  

ソロを歌うあの順番を決めたのは

 ソロを歌うミュージシャンは、どう決められたのだろう。人選もさることながら、あの絶妙な組み合わせも。

 デモ・テープ完成の2日後、1月26日。クインシーの自宅に呼ばれたのは、ボーカル・アレンジャーのトム・バーラー。トムはまず、ミュージシャン全員のレコードを聴き、彼らの声、声質、声域の研究を始めたそうだ。

 ドキュメンタリーの中で、トムは当時を回想して語っている。「ソロパートは半小節しかないが、その人らしい歌声やキーを出さなきゃいけない」 これはトムが最も大切にしたことだろう。「ティナ・ターナーはあたたかみのある声」「スプリングスティーンはダミ声。ケニー・ロギンスの声は透き通っていて、スプリングスティーンのあとにピッタリでした」「スティーヴ・ペリー、彼の声域には感動させられます」「シンディの声はパワフル」…………「でも、全員にソロパートはありません」

 声域の問題、声質、声の相性もあるだろうし、1つのマイクで肩を並べ、顔をつきあわせて歌うのだから、性格的な相性も推測できる範囲で熟慮したのだろうと、想像する。なにしろ、レコーディングできるのは、1月28日のAMAが終わったあとから、翌朝までの一晩しかないのだから(結果的には約10時間でレコーディングは終了)。


「エゴは置いてこいCHECK YOUR EGO AT THE DOOR)」

 スタジオの入り口には、こう書かれた紙が貼られたそうだ。書いたのは、クインシー・ジョーンズ。

 このプロジェクトに参加したのは、ロック界のレジェンドやスーパースター、個性的な若手の歌手、アメリカの音楽界を華やかに彩るスターばかり。自分流のやり方もある。それが50人近く。この言葉、クインシーでなければ書けなかったあろう……。

 でも、ドキュメンタリーを見ていると、みんな、すごく楽しそう(シングル盤ジャケットの裏面を見ても、よくわかる!)。実はミュージシャンたちは、みんな「ひとり」でスタジオに入っていたのである。

 A&Mのレコーディングスタジオはそれなりに広いスタジオだったが、それでも、ミュージシャン、カメラマンや技術スタッフなどを入れたら、相当な数になった。だから、マネージャーもエージェントも、スタジオには入れなかった。

 普段はマネージャーなどまわりに人がいるので、ミュージシャン同士がどこかで会うことがあっても、なかなかフランクには近づけない。まわりの目もあるし、あくまでもアーティストとしてのスタイルで振る舞うだろう。それが、このレコーディングでは、ひとり。みんな無防備だった。

 スタジオの中では、あ!と見つけては近づいていって、ハグをする人、楽しそうに話をする人。まるで、同窓会のような雰囲気。この時点ですでに、スターのヨロイは脱げてきていたのでは?という気もする。



 ……が、時間は夜の10時をまわっていた。いよいよレコーディングが始まる。はじめは、みんなで歌う合唱部分。決められた場所に並んでも、みんな、にこにこ顔。笑顔が悪いわけではないが、どこかオフの集まりのような和やかさ……。

ここでクインシーが、バンドエイドの提唱者ボブ・ゲルドフを紹介。言葉をもらう。

 「これから君たちがこの曲を歌うことで、きっと、何百万人もが救われる。1枚のシングル盤で命を救う経験は、君たちの記憶に刻み込まれるだろう。でもぼくたちは、飢餓を理解しているだろうか。……(中略)……。だからぼくたちは、今、ここにいるんだ。今夜、ここに集まった意義が、歌からにじみ出てくれたらと思う。プロジェクトの成功を祈る」

 

ミュージシャンたちの顔が弾きしまる。

 プロジェクトの意義をあらためて思うのと同時に、初心というと堅苦しいが、自分が音楽を目指そうとした想い、なかなかうまくいかなかった時代、若い頃のピュアな気持ち、歌を通して伝えたいこと、音楽のチカラ、そんなものも思い出していたのではないかという気がする。

そして、レコーディングが始まった。

  

歌に魂が吹き込まれた瞬間を、いま、映画で目撃する

  We Are The World」のMVを見ると、マイケル・ジャクソンが誰もいないスタジオでひとりでソロを歌っている場面がある。ダイアナ・ロスとのデュエット部分は、みんながいるスタジオで歌っているが、このひとりで歌っている場面はなんだろう?と不思議だった。ドキュメンタリーを見て、これは、AMAに出席していなかったマイケル・ジャクソンが、他の人より先にスタジオに入って歌った映像だということがわかった。マイケルはひとりで集中して、自分を歌にシンクロさせようとしていたのだという。

 

このとき、2カ所の歌詞が変わる。

 1つは、「We are the world, we are the children. We are the ones who make a brighter day~」のところ。はじめにマイケルが作詞したときの歌詞は「~who make a better day~」(より良い日に)だったが、メイキング映像でマイケルは、「より明るく(brighter)って歌っちゃったよ」と言っている。「ぼくは魂をこめて、歌ったよ」と。この部分は、このあと全員で合唱する際にも話題に上り、「brighter」への変更で決定した。

  また、「It’s true we’ll make a better day, just you and me」のところでは、「you and me」と歌うのが良いか、「You and I」と歌うのが良いか、どっちがいい?とクインシーにたずね、クインシーが、「you and me だな。より魂がこもる」と答える場面も。

 このニュアンスの違いが私にはわからないので、どなたか、わかる人がいたら、ぜひ、教えてほしいです!

 

 マイケルがひとりでスタジオに入っていたあと、他のミュージシャンたちも加わって、本格的なレコーディングが始まるのだが、レコーディング開始が夜の10時過ぎ。プロのミュージシャンとはいえ、デモテープをもらったのが4日前で、数回の声合わせでレコーディングするわけで、時間もかかる。深夜0時をまわる。食事休憩の時間はあったものの、みんな寝ていない、疲労は相当なものだったと想像する。

 

 途中、スティーヴィー・ワンダーが、「これはアフリカのための歌なのだから、スワヒリ語の歌詞を入れよう」と言い出す。でも、スワヒリ語などすぐに覚えられない。みんなの顔がイライラしてくるのがわかる。誰も、スティーヴィーに意見できずにいた。ここで、あるミュージシャンが「ぼくはスワヒリ語はわからないから歌えない」と言って、帰ってしまって、どんどんまずい雰囲気に……。

 これには、まずはレイ・チャールズが「クインシー、思い出せ!」と声を出す。それがきっかけで「スワヒリ語では先進国の人に意味が伝わらない。つまり寄付に繋がらない」という話になって、スティーヴィーは自分の意見を下げた。

 このあと、マイケル・ジャクソンも、アフリカの雰囲気を付け加えたいと、コーラスパートの新しいアイデアを出す。でもこれも、スモーキー・ロビンソンの一声で取り下げることになる。

 

 歌詞が変わる、コーラスパートをアレンジする……。徹夜でのレコーディングでも、もっとよい楽曲にしようという、ミュージシャンたちとスタッフの熱意とプライドが感じられる場面が続く。そして全員で歌う部分のレコーディングは終わり、ソロパートのレコーディングに。時間は、朝の4時40分……。

 

終始、不安そうな表情をしていたボブ・ディラン

 結局レコーディングに姿を見せなかったプリンスのソロの代わりを務めたのはヒューイ・ルイスだった。「プリンスのパートは責任重大だよ。あの瞬間から緊張で頭がいっぱいになった」(ヒューイ・ルイス)

 スティーヴィー・ワンダーがピアノを弾き、ソロを歌うミュージシャンたちが全員、ピアノのまわりに集まって、ヒューイのために(と、たぶん自分たちのためにも)、順番に歌ってリハーサルをしてくれたのだ。すごくいい雰囲気が伝わってくる。ヒューイが続けて語る。

 「最初のリハーサルでどんな雰囲気になるのかわかった。一生、忘れない。初めてにもかかわらず、一人ひとりの個性が出ていた。思い出すとゾクゾクする」

 ヒューイ・ルイスとシンディ・ローパー、キム・カーンズの3人がソロをまわす場面では、キム・カーンズが歌う最後の一節を「ハーモニーで歌ったらどうか」と、マイケル・ジャクソンが提案する。マイケル、good job! あの一節のハーモニーとシンディの「yeah! yeah!~」はすごくいい!

「デモ・テープにハーモニーはなかった。私はごまかしながら(笑)ハーモニーを歌ったよ」(ヒューイ・ルイス)

 

 真剣かつ和やかにレコーディングがすすむなか、終始、眉間にしわを寄せ、不安そうな顔をしていたのがボブ・ディランだった。みんなが集まってきたときからずっと、まわりの陽気な雰囲気に入れず、不安そうな顔をしていた。まるで、転校生のような。全員で歌う合唱のパートでも、声域が高くないボブは居心地が悪そうだった。

 その不安そうな顔が極まってしまったのが、アドリブによるソロパートのレコーディングのときだった。アドリブを歌うのは、ボブ・ディラン、レイ・チャールズ、ブルース・スプリングスティーン、スティーヴィー・ワンダー、ジェイムス・イングラム。

みんなが期待するなか、しかしボブはまったく歌えない。

 クインシーが歩み寄って、ボブに声をかける。そして、スティーヴィーをピアノの前に座らせて、「ここで少しリハーサルをしよう」と。スティーヴィーは物まねが上手なのだそうだ。このときも、ボブ・ディランの声や歌い方を真似て、アドリブ部分を歌ってみせる。確かに、上手! 隣で聴いていたボブ・ディランがここでやっと笑顔を見せた。

そして、本番。無事に歌い終えたボブ・ディランは、まだ不安そう。

 「よし! やった!」(クインシー)、「ダメだった……」(ボブ)、「本当に良かったよ!」(クインシー)、「君がそう言うなら、信じる…」(ボブ)「違うよ、完璧だった!」(クインシー)。そして、ふたりでハグ。ボブ・ディランの繊細さと真剣さが伝わってくる感動的な場面だった。

 

 レコーディングの最後は、ブルース・スプリングスティーンによるアドリブソロ。前日までの全米ツアー、徹夜でのレコーディングで、スプリングスティーンの喉はかなり深刻な状態で、レコーディングのスタッフによると、「喉にガラスがささっているようだった」と。

 「We Are The World」のMVを見ると、この歌を愛おしむように、しぼりだすように歌うスプリングスティーンの声と表情が印象に残る。できる限りのチカラを尽くして歌っていたのだ。


だから、歌に魂がこもったのだ。見た直後の私の感想。

 一晩しか時間がないなかで、ミュージシャンがそれぞれいろいろなことを考えて、想いをこめて、チカラの限りを尽くして歌い、スタッフもそれを全力で支えた。それが、レコード盤を通して、レコードプレイヤー、スピーカーを通しても、その魂が伝わってくる。

 冒頭部分でも書いたが、この頃、豪華ミュージシャンによるエイドの企画がいくつもあった。それぞれに背景やさまざまな舞台裏があったはずで、「We Are The World」に限った話ではないと思うのだが、こうした舞台裏を知ると、「音楽のチカラ」をこれまで以上に信じられる、信じたい、そんな気持ちにもなる。

 

「家に帰るのは当たり前のことじゃない」の意味

 一通りのストーリーが終わったあと、再び、ライオネル・リッチーが画面にあらわれた。このときの話が印象的だ。ライオネルは昔、父親から「家に帰るのを楽しめ」と言われたことがあるそうだ。「家に帰るのは当たり前のことじゃない」と。

  たぶん、バオ・グエン監督は、制作前のリサーチか事前取材で、ライオネル・リッチーからこの言葉を聞いて、この映画を今、制作する意味を再確認し、「よし、ラストはこの話でいこう!」と決めたと思う。物語がおさまる、ちゃんと着地する感じ。

  この作品のなかではライオネル・リッチーは、「(家とは)自分にとっては、この部屋(「We Are The World」を録音したA&Mスタジオ)のことだ。この部屋は俺の家だ」と語っている。自分の原点の1つ、ということだと思う。音楽仲間と夢中になって成し遂げたプロジェクトは、ライオネルに大切な場所と仲間との絆という「家」を残したのだ。

 人生は(と、大きく出ますが…)つらいことも多くて、だから、こうした大切な場所や人間関係があると、生きていく大きな支えになる。1つでも2つでもいいから、そういうものがあったら、人はがんばれるように思う。

 

が同時に、私は別のことも考えていた。

 「家に帰るのは当たり前のことじゃない」という言葉。いま、戦争や自然災害などによって、家や国を失って、帰れなくなっている人が、世界中にいったいどれほどいることか。

 自然災害を人が止めることは難しい。でも、戦争なら人が止められる。人が始めたものだから、止められるはずのものだ。実際にはいつまでもなくならないけど……。

 グエン監督はベトナム系アメリカ人で、両親はベトナム戦争時の難民だと、ネットの記事で読んだ。アメリカ社会のなかで苦労もあっただろう。戦争、難民、肌の色の違い。これらはこのドキュメンタリーの構成のなかで深く掘り下げらている場面はないが、そもそもこの一大プロジェクトが立ち上がった背景と根底には、こうした社会問題がある。

 それを考えたとき、『The Greatest Night in Pop』というドキュメンタリー映画には、ただ単に「We Are The World」の舞台裏に迫る、ポップスが最高に輝いた夜、あるいは、音楽のチカラという意味のほかにも、なにか大事なメッセージが隠されていたのではないだろうか。私はそれを「No War」への願いだと感じたが、それとはちがうメッセージを受け取る人もいると思うし、そうあるべきだと思う。いい作品だった。


(テキスト:大泉洋子

■□大泉洋子□■  フリーのライター・編集者。OLを経て1991年からフリーランス。下北沢や世田谷区のタウン誌、雑誌『アニメージュ』のライター、『特命リサーチ200X』『知ってるつもり?!』などテレビ番組のリサーチャーとして活動後、いったん休業し、2014年からライター・編集。ライター業では『よくわかる多肉植物』『美しすぎるネコ科図鑑』など図鑑系を中心に執筆。主な編集書に『「昭和」のかたりべ 日本再建に励んだ「ものづくり」産業史』『今日、不可能でも 明日可能になる。』、編著書に『音楽ライター下村誠アンソロジー永遠の無垢』がある。

 


2023年7月22日土曜日

ビジーフォーについて(改編)

 ビジーフォーは、1990年代に一大ブームを巻き起こしたフジテレビの番組『ものまね王座決定戦』に出演していた。番組が初めて放映されたのは1973年。この頃から高視聴率を記録していたそうだけれど、1987年に番組の担当プロデューサーが木村忠寛に変わり、パロディ芸の要素を加えたエンターテインメント性の高い番組へ変化させたことで人気が高まり、一気にブームが広がったそうだ。

ものまね四天王 ビジー・フォー
(PCBC51528)

 そんな世の中の風潮を意識していたわけではないにせよ、子供ながらに感じていた熱気は今でもわくわくするような思い出として記憶に残っている。ビジーフォーはグッチ裕三とモト冬樹のコンビで1983年から出演し、ものまね四天王(コロッケ、清水アキラ、栗田貫一、ビジーフォー)として活躍した。私にとって四天王の中でもとりわけ気になる存在だったビジーフォー。大人になった今なら、スタイリスティックスやプラターズ、フォー・シーズンズライチャス・ブラザーズなどを演っていた彼らを音楽的な視点で見ることも自然かもしれないけれど、当時も別の出演者を見るのとは違った期待をよせていたように思う。外国なんて行ったことがなかった子供の頃、洋楽を歌って演奏しているビジーフォーは、ものまねという根幹がありながらも似ているか似ていないか以上に、得体の知れないどこか遠い場所の空気を味わわせてくれる人たち、という風に見えた。その頃ビジーフォーが4人組のバンドだったということや音楽的背景なんてまったく知らず、あくまでもバラエティ番組のタレントとして見ていた子供の私にも、本格的な異国情緒を感じさせてくれた二人のすごさを今になって改めて思う。


ビジーフォー/スタイリスティックス 愛がすべて

ビジーフォー/ラ・マラゲーニャ【トリオ・ロス・パンチョス】

 小中高同級生だったグッチ裕三とモト冬樹は高校時代に親しくなり、卒業後はモト冬樹の兄エド山口に誘われブルーエンジェルというソウルバンドをやっていたそうだ。しばらくしてエド山口が抜けた後、2人はブルーエンジェルのドラム、キーボードと新しいベースを入れてサジテリアスという、同じくソウルバンドを結成して活動するのだけれど、そんな中モト冬樹に別のバンドからスカウトがくる。ピープルという、元オックスの福井利男がリーダーのGSバンドだった。何度かライブを観に行ったモト冬樹は、コーラスが素晴らしかったことや、なによりドラムだった牧ツトムとバンドをやってみたくなったことでサジテリアスを辞めピープルへの加入を決めた。ところがその直後に牧ツトムは脱退しチャコとヘルス・エンジェルを始めてしまったそう。モト冬樹(ここでのアーティスト名は東冬木)が加入、メンバーチェンジを経てピープルはローズマリーという名前に変わり(ローズマリーと名付けたのは内田裕也らしい)、TBSテレビで生放送されていた関東ローカルの情報バラエティ番組 『ぎんざNOW!』や日本劇場で開催されていた音楽フェスティバル『日劇ウエスタン・カーニバル』などに出演。ローズマリーでのモト冬樹はギターとメロトロンも演奏していたそうだ。在籍時のリリースはトリオ・レコードからのシングル4枚とアルバム1枚。

あいつに気をつけろ!』/ローズマリー


1973年 「あいつに気をつけろ!」/「ROSEMARIE」(TRIO 3A-106)

1973年 『あいつに気をつけろ!』(TRIO 3A-1012)

1974年 「ふたりの休日」/「悲しい旅」(TRIO 3A-122)

1974年 「センチメンタル急行」/「はじめての朝」(TRIO 3A-127)

1974年 「傷心」/「一枚の銅貨」(TRIO 3A-129)

 この頃グッチ裕三は、サジテリアスのメンバーの一部や宮本典子(mimi)ら新たなメンバーも加えスリーチアーズ&コングラッツレイションズというソウルバンドで活動。このバンドのドラムがウガンダ・トラだった。米軍キャンプや高級ディスコで演奏していたそうだ。ロサンゼルスでレコーディングを行ったようなのだけれど、リリース情報が見当たらなかった。飛び抜けて日本人離れしたソウルミュージックを聴かせるバンドだったらしい。

 モト冬樹はローズマリーの後、ジュテーム(多くはローズマリーのメンバー)というGSバンドでもシングルを1枚リリース(「鏡の中のあなた」/「哀しみの悪戯」WARNER PIONEER L-1282A)、その後もいくつかバンドをやっていたよう。しばらくして何か別の面白いことがやりたいと友人だったウガンダに話し、ウガンダが連れてきた元ザ・クーガーズの島田与作と3人で銀座のミニクラブで練習代わりに演奏し始める。この頃にはスリーチアーズ&コングラッツレイションズも活動しておらず、時々グッチ裕三が遊びにきてオンリーユーやアンチェインド・メロディなどを歌っていて4人でバンドをやろうという話になったそうだ。

 こうして1977年に結成されたビジーフォーの前身バンドは、当初は仕事がたくさんきて忙しくなるようにとの願いがこめられた『いそがしバンド』という名前だった。コミックバンドとして六本木界隈のナイトクラブで掛け持ちして演奏していたところ話題になり、多くのプロダクションからスカウトがきたそうだ。その中から目標だったコミックバンド、クレイジーキャッツが在籍していた渡辺プロダクションに入ることを決める。その際、「busy」と、4人組の意味の『ビジーフォー』に改名している。

結成時のメンバー

Ba リーダー:島田与作(イタッケ島田)

Vo: グッチ裕三(初期:高田グッチ裕三)

Gt :モト冬樹(初期:武東スリム冬樹)

Dr :ウガンダ (ウガンダ・トラ)

ビジーフォー/SOUL MUSIC MEDLAY 初期1981

 自分達でチケットを売って大規模なホールで演奏したり、渡辺プロの仕事でとしまえんのステージに立ったり日本テレビの番組に出演するなど、様々な活動を行っていたそう。大瀧詠一の特別ラジオ番組で、レコーディングの機材や環境によるサウンド変化の実験・解説を行う 『笛吹銅次ショー』にビジーフォーがゲスト出演し演奏していたことも驚いた。『ものまね王座決定戦』へはグッチ裕三、モト冬樹のコンビで出演。フジテレビからものまねをやってみないかと持ちかけられたことがきっかけだったらしく、ものまねなんてやったことがないと最初は躊躇したようだけれど、やっているのは洋楽の"コピー"だと考え承諾したそう。(※後にモト冬樹はコピーとものまねは違うものだと話している。)継続的な人気を得ていた中、ウガンダ・トラがタレントとしてソロで活動するためにビジーフォーの脱退を決める。この時、ウガンダがいなければビジーフォーではないからとリーダーの島田与作はバンド自体を解散することにしたそうだ。

 この後モト冬樹はコメディアンの桜金造とお笑いコンビAJAPAとして活動したそうだけれど1年で解散。しばらくしてグッチ裕三と2人でまたやろうと、バックバンドにウーロン茶(Ba)、ロバよしお(Dr)、紅一点(Key)を加えビジーフォー・スペシャルとして再スタートした。後にドラムはエデン東に変わり、北海龍がマネージャーで参加。ビジーフォー・スペシャルは日本テレビ系列の音楽バラエティ番組 『夜も一生けんめい。』『THE夜もヒッパレ』での演奏も担当した。

■ビジーフォー

1981年 「たいへん!バイキン音頭」(CBS/SONY 07SH 1102)

1981年 「じゃりン子チエ/春の予感」(CBS/SONY 07SH960)

■ビジーフォースペシャル

1991年 「身から出たサビしさ」/「CRYIN’ FOR YOU」(SRDL-3420)

1991年 「学問のスズメ」/「嫌いにならずにはいられない」(PCDA-00148)

 1992年以降は、グッチ裕三はグッチ裕三とグッチーズ、モト冬樹はモト冬樹とナンナラーズ(当初はモト冬樹とフリーマーケット)やエド山口とのユニット、東京ドンバーズなどで活動していた。最近ではそれぞれのタレント活動が主体と思われるけれど、モト冬樹は自身のブログでビジーフォーは解散したわけではないと書いていた。

 昔はコミックバンドが今ほど珍しくなかったのかもしれないけれど、現代ではなかなか見ることができない。実力派でありながらオリジナル曲を演奏することはほとんどなく、エンターテイナーであり続けるビジーフォーは特別な存在に思える。

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【文:西岡利恵

執筆者・西岡利恵

60年代中期ウエストコーストロックバンドThe Pen Friend Clubにてベースを担当。

【リリース】
8thアルバム『The Pen Friend Club』をCD、アナログLP、配信にて発売中。

■ザ・ペンフレンドクラブ10周年企画『2023 Mix』随時配信リリース

【ライブ】
現在、Niinaボーカリストとして迎えた新体制にてライブ活動開始。

■8/6(日・昼) ​上野恩賜公園野外ステージ『ワイキキと雨のサマーコンサート』
8/26(土・昼) 下北沢LIVE HAUS 『SHE'S GOT RHYTHM!』
9/23(土) 東高円寺U.F.O CLUB 『SHE'S GOT RHYTHM!』
10/7 (土) 大阪・雲州堂 『The Pen Friend Club Live In Osaka 2023』


2017年9月15日金曜日

☆Rolling Stones:『Sticky Fingers Live At Fonda Theatre 2015(From The Vault)』(Ward/GQXS90284-5)Blu-ray+CD


ローリング・ストーンズは大規模ツアーの前に、小規模な会場で密かにウォームアップギグを開催してきたが(古くは1977年の『Love You Live』のエル・モガンボが皮切り)、2015年の北米ツアーの前の2015520日に、席数が1200人というごく小規模のフォンダシアターでこのライブが行われた。今までのスモール・ギグとは全く違うのは、今回は名盤『Sticky Fingers』を全曲披露するというコンセプトライブで、全16曲という曲数も絞り込んだものであること、そしてこのギグを4Kで撮影して初めてその全貌が我々ストーズファンに届けられたことにある。解説は寺田正典さんが主で、知りたいことが全て分かる。例えばストーンズのアルバムで全曲がライブで披露されたものは何枚あったのかなと思ったら『Let It Bleed』『Sticky Fingers』『Black And Blue』『Some Girls』の4枚だけだそうで『Exile On Main St.』も強く望まれたが、チャーリーいわく「今、あんな叩き方はできないよ」と。さすが名盤が並ぶ。ミックはコンサートの冒頭付近で「今度は『Their Satanic Majesties Request』を全曲やるかな」と言っていたが、もちろんこれは冗談、先日、キースは『Their Satanic Majesties Request』を最低のクズと言っていたので、100%やるわけがなく、ミックのブラックジョークだ。コンセプトのあるギグなので、アルバム10曲とその他6曲の計16曲という短いコンサートだ。まず全体的に言えるのはやはりこういう取り組みはストーンズも楽しいようで、始終笑顔のキースが忘れられない。Blu-rayCDは曲順が違い、正しいのはCDだが、『Sticky Fingers』の曲をプレイすると何度もメンバーの想い出のインタビューが挿入され、そこが面白いので、その内容を交えながら紹介していきたい。冒頭は「Start Me Up」だ。「Jumpin’ Jack Flash」と並ぶストーンズのオープニング・アクトの定番から始まる。やはりいくら『Sticky Fingers』といえども、頭に「Brown Sugar」を持ってきては、「ライブでアルバムを楽しませる」ことには直結しないので「Sway」からスタートする。この粘っこいR&Bナンバーを、かなりテンポアップしてプレイする。キースも通常のギターなのでなんとなく歯切れがいい。そして「Dead Flowers」だ。シンプルなC&Wナンバーだが、人気がある。そしてキースがミックとの自慢の共作だと誇らしくインタビューで語る「Wild Horses」。キースはアコギではなくエレキを弾き、若干テンポアップしてウェットな感じにはしていない。そしてミックが本作はドラッグの隠語満載と言い、キースはインタビューでバレたかと笑う本アルバムの中でも最問題作「Sister Morphine」。久しぶりにプレイしたら不気味で70年代にタイムスリップしたよ、我に返ったら胡麻塩頭の頭の自分がいた(笑)と語る笑顔のキースはそれでも嬉しそう。冒頭は確かに不気味な滑り出しだが、中間以降のロンのボトルネックギターの迫力は素晴らしく、ロンの名演だ。そして1970年当時にこのアルバムを買った時には、なぜこんなメチャクチャシンプルで酔っぱらいのざれ歌のようにも聞こえたアルバム唯一のカバー曲、フレッド・マクダニエル作の「You Gotta Move」の登場だ。カッコいい事にキースのアコギのブルースギターに乗せてミックら全員で歌う。単純なブルースの繰り返しだが、会場全員で「You Gotta Move」を全力で歌うようになるのは感動的。発売当時は分からなかったが、今はこの曲の魅力にハマるなあ。そしてアルバムの中でもハイライト級に人気がある「Bitch」の登場だ。ボビー・キーズ、ジム・プライスのホーンが最高のこの曲、キースは2014年に急死してしまったボビーが最高だと忘れられず、いつも右横にはボビーがいる気がすると、全幅の信頼を置いていたことが伝わってくる。ライブではあのリフをロンにまかせ、キースがリード・ギターを自在に弾いている。ホーンが弱く聴こえるのが残念だ。そしてアルバムの中である意味、一番斬新な「Can’t Hear Me Knocking」。ザックリとしたギターのリフに乗せたロックナンバーが途中からのコンガからラテン・ジャズに変わって演奏が続いていくフリーキーな曲でカッコいい。ボビー・キーズの後釜のカール・デンソンがサックスで頑張っている。ミックもその当時、プレイしていてストーンズの新しい面が見られてやっていて楽しかったそうだ。そしてメンバーがストーンズで最もスローなナンバーと口を揃える「I Got A Blues」。最もスローといいながらミックの熱唱によるスロー・バラードで、テンポは特に遅いわけではない。そして『Sticky Fingers』の最後はオリエンタルな「Moonlight Mile」。聴いていて何か違和感があると思っていたら、見事寺田さんの解説でミックのオリジナルはGだが、ライブでは5度上のDで歌っていて色々と歌い方も違っているのだそうだ。そして最後はいよいよお待ちかね、「Brown Sugar」。ミックは無人島へ持っていく1曲なら「Brown Sugar」と断言していて、傑作を書いたという自信に満ちていた。さらにキースもレコーディングは感動的だった、究極のロックンロールを仕上げた気分だった、そして何よりも熱があったんだと語る。キースのリフも当時のレコードと同じ跳ね上がらない弾き方でこういう小さいところも嬉しい。そしてアンコールはB.B.キングのカバーの「Rock Me Baby」。徐々に盛り上がりエンディングでロンのギターソロ、キースのギターソロ、ミックのブルースハーブで終わるところが最高だ。そしてオオトリは「Jumpin’ Jack Flash」。昔から自分が力説しているようにこの史上最強のロックナンバーをここでは一切崩さず、But it’s alright nowの部分もレコードと同じハーモニー、ミックの歌い方もレコードと同じで崩さず、こういうライブ・ヴァージョンが一番好きだ。この会場の人はこういう部分も幸せだな。ボーナストラックは実は「Start Me Up」の後に続いて演奏された「All Down The Line」と「When The Whip Comes Down」で、なかなか熱いライブだ。そして3曲目の「I Can’t Turn You Loose」は、実際には「Jumpin’ Jack Flash」の続いての本当のラストナンバーだった。オーティス・レディングで知られるこのナンバーだが、最も親しまれているのはブルース・ブラザースがデビュー・アルバムのオープニングに使われていたからで、このこの繰り返すホーンのフレーズを聴いたことがない人間などいないだろう。みんなが明るく笑顔で終わる最高のエンディングだ。このライブ、なんとたったの$29.5だったそうで、なんと幸せなファンなのだろうか。ただ会場にいたオーディエンスにはそうそうたる有名人が並び、一般人じゃとても入り込むすきなどなさそう。(佐野邦彦)

2017年6月6日火曜日

☆Who:『Live At Isle Of Wight 2004』(Eagle/EAGDVD77)DVD+2CD


このライブは2004612日、イギリスのワイト島で3日間にわたって行われたフェスティバルの中日のメインにフーが登場した時の映像DVDに音源CDを付けたものだ。同じ2004年では『ロック・オデッセイ』のメイン・アクトとして、フーが待望の初来日を果たした。CSで放送があったので映像は今でも宝物だが、私は横浜競技場にフーの登場時間に合わせて行って、次のエアロスミスは見ないで帰った。友人に一緒に行こうと誘われたがそれも断り、ただただ初めてこの目で見るフーに集中したいので、それ以外の要素は全て遮断するほど真剣だった。そのためこのライブは曲目が完全に重複しているので見ながらあの感動を追体験できた。ただし日本では披露しなかった「Bargain」「The Punk And The Godfather」「Eminent Front」「Drowned」「Naked Eye」「You Better You Bet」「Magic Bus」も見られるので、さらに楽しめるだろう。その2004年の横浜での初ライブの映像と見比べたかったが、ベッド上で動けない体では指図などできず、そしてこれから名前があがる映像DVDなど探してもらうのは大変過ぎるのでその前との違いは見比べていないのであしからず。このソフトの前のライブ映像化は急増している。『The Vegas Job』(1999年)、『Live At Royal Albert Hall』(2000年)、『Live In Boston』(2002年)があるが、これも個人的には1996年にサポートのドラムがザック・スターキーになってフーのサウンドが安定し、フーらしいライブが出来るようになった証だと思う。フーは1984年にいったん解散、その後はイベントでの単発再結成が続き、1989年に25周年ツアーがあったものの、ザックがドラムで入った1996年のプリンス・トラストから本格的にフーはライブに戻る。しかしその中2002年にはキース・ムーンと並び称されるロック界最高のベーシストのジョン・エントウィッスルも亡くしてしまうが、代役のピノ・バラディーノが実に巧みなジョンと同じグルーヴのベースが弾けたので、フーのリズム隊は維持された。自分は。フーは完璧なキース・ムーン派で、ケニー・ジョーンズのドラムがフーのダイナミズムを削いでしまったと思っている。ケニーは上手なドラマーだがフーには合わない。ピート・タウンゼンドがケニー時代にソロ活動に軸を移していたのも、それが遠因のような気がしてならない。25周年時のサイモン・フィリップスもダメだ。ザックが来るまでは満足できるドラマーは存在せず、ザックが入ってからはCDでもまず通販のみの1999年の『The Blues To The Bush』、そしてコンサート毎に全公演を通販した『Encore Series 2002』『Encore Series 2004』『Encore Series 2006』『Encore Series 2007』という驚異的な大量のCDがリリースされ、あの感動の2004724日・25日の初来日の横浜と大阪がCDで聴けるようになったのだ。ワイト島は日本での一か月前のコンサートなのでロジャーのシャツとジーンズは同じ、ピートは上にジャケットを羽織っているが黒の上下で統一している。バンドはさらに1985年からのサポートのキーボードのジョン・バンドリック、そしてピートの弟のサイモン・タウンゼンドがサポート・ギターで入り、この安定した布陣で、フーの往年の名曲を存分に楽しめる。この頃には、ピートがエレキ・ギターに復帰しているのも極めて大きい。難聴を防ぐためにしばらくアコギ中心だった時代のライブはやはりダイナミズムが無かった。こうしてリズム隊が安定すると、ピートのギタープレイは冴え、ロジャーも安定して歌える。そしてライブは実に巧みに計算された選曲で盛り上げてくれる。「I Can’t Explain」からまず初期の3曲、「Who Are You」を挟んで『Who’s Next』から3曲、『Quadrophenia』から3曲と名曲が続いていく。そこでジャジーなピートがソロで歌う「Eminence Front」を入れアコギの2曲が続いてインターミッション。その後は同年にリリースしたばかりのベスト盤『Then And Now』で発表した久々の新曲2曲を入れながら、「My Generation」「Won’t Get Fooled Again」というライブで最も乗りあがるロック・ナンバーで盛り上がり、最後は「Pinball Wizard」から始まる『Tommy』メドレー4曲、ラストは「See Me Feel Me」で、もうファンなら昇天だ(古い表現だがこれが一番しっくりくる)。ちなみに日本公演は「See Me Feel Me」をアンコールのラストにしていて、初来日ということもあってか、ピートはイギリスでは見せなかったギターを叩きつけるパフォーマンスを見せてくれ大いに盛り上がった。このコンサートでは本編がここで終わりでアンコールは「Magic Bus」。ピートは上着を脱いで日本公演と同じになった。エンディングは大ロックンロールになりピートの風車弾きも炸裂、最高潮のエンディングとなった。なおBlu-ray版も出ているが、入荷が遅そうなので早く聴くためにDVD版を注文した。DVDも十分キレイ。(佐野邦彦)

2017年6月1日木曜日

☆Paul McCartney & Ringo Starr etc:『Change Begins Within A Benefit Concert For The David Lynch Foundation』(ヤマハ/YMXA10689)Blu-ray


You Tubeでポールとリンゴがジョイントしたライブの「With A Little Help From My Friends」をご覧になった事がある方も多いと思う。本Blu-rayはそのライブが行われた2009年のチャリティ・コンサートの抜粋版。ポール単独6曲、ポールとリンゴの共演3曲、リンゴ単独3曲と12曲もあるので十分楽しめる。その他ドノヴァンやシェリル・クロウなど6曲あるがここはパス。またこのコンサートはあのデビッド・リンチ監督が瞑想(TM)の財団を作ってその普及に尽力していてその活動に賛同した人が集まったライブであり、ポールとリンゴは故ジョージを通じたマハリシつながり。リンチが2人にTMも少しからめたインタビューしていたが興味がないのでこれもパス。映像ではまずリンゴが出てきて、ドラムは叩かず1971年の米英4位の大ヒット「It Don’t Come Easy」を歌う。今、聴くと音程の幅の少ないリンゴらしい曲だ。当時はリンゴの単独クレジットだったが、曲が終わった後にMCで、この曲は収拾がつかなくなってジョージに頼んだ…なんて裏話をリンゴらしく楽しく話していた。自分はビートルズ解散をアルタイムで見てきたので、その後に4人がどう活躍するのかも最大の関心事だった。真っ先に飛び出したのがジョージで『All Things Must Pass』のクオリティの高さ、そして「My Sweet Lord」も1位になって、多くのビートルズ・ファンは隠れていたジョージの才能に驚愕していた。2人目のナンバー1は誰かと思っていたらなんと最初の2枚のアルバムはでは想像もできなかったこの軽快なオリジナル・シングルで、当時、「ミュージック・ライフ」がキャッシュボックスのチャートを載せていたのでそちらでは1位だったのだ。「ジョンとポールを差し置いてジョージ、リンゴが先に1位をリリースするとは…」と、中2の自分はショックを受けていた。ただ数カ月後の同じ1971年内にはジョンは『Imagine』、ポールは『Ram』をリリースし、すぐに持てる実力を発揮していくのだが。話がそれたので映像に戻るが、次はリンゴがドラムを叩きながら「Boys」を歌うが、ここでお馴染みの光景に成り盛り上がる。最後はマイクを持って立ちながら「Yellow Submarine」。誰にでも愛されるこの曲、リンゴの人柄もあって会場のみんなが笑顔で一緒に歌っていた。この曲でリンゴは後半、かなりメロディを崩して歌うが、こういう歌い方は嫌い。歌が上手い人に多いが「メロディを崩して歌う」「わざと遅らせて歌う」、この2つは大嫌いだ。その点、これから登場するポールは常に正確に歌おうとするから大好きである。リンゴまでは「オールディーズ」の雰囲気だったが、ポールが登場するとバンドは一気に引き締まりロックバンドに変貌する。トップは最高のロックナンバー「Drive My Car」。何百回聴いたか分からないヘヴィローテーション・ナンバーだが、こんなカッコいいリフとドライヴ感、絶妙なハモリを持ったナンバーは無く、いつ聴いてもワクワクする。続いて「Jet」。このナンバーの重量感、ドライヴ感はビートルズ時代と匹敵するから凄い。そして「Got To Get You Into My Life」へと続く。迫力溢れるこの3曲のパワフルなナンバーはただただ圧巻だ。そしてポールはピアノに座り「Let It Be」を歌う。1969年当時の声と比べるとかすれているが、この曲は常にスピリチュアルで心が洗われる。ロック評論家などのジョン至上主義に見られるポールの「Let It Be」などのメロディアスな曲を「ポップ」とこバカにするのがいるが、この曲を聴いて心が揺さぶられない人間なんて耳が腐っている奴だと、相手にしないことにしている。音楽雑誌をほとんど買わないのは、こういうタイプの連中のコメントが不愉快で読みたくないことも大きい。BSの音楽番組は司会はいいがゲストがダメで見られない。また話が逸れてしまったので映像に戻るが、ここでポールはアコギを持ち、僕の一方的なジョンへの思いだと言って「Here Today」を歌う。この物悲しいメロディの曲でポールの感情が一杯になって涙ぐんだように歌が揺れ、感動的だ。そしてポールはすぐに雰囲気を立ち直すために「Band On The Run」を歌うが、はじめは流麗で、そしてロックへ移っていくこのナンバーですぐに会場は盛り上がる。そしていよいよハイライト。ポールは「特別なゲストが来ています。みんなが知っているビリー・シアーズ!」とリンゴを呼び寄せ、「SGT」の最後の最後の部分のフレーズを入れて「With A Little Help From My Friends」の冒頭のリフからリンゴが歌い始める。2人が並び、カールヘフナーのベースを持ったポールがカウンターコーラスを歌うところは感動的。会場の雰囲気が最高潮のここで、いったん引けアンコールへ。ポールは「どうせ出てくるって分かっていたでしょ?」と笑わせながら、ポールはアコギ、リンゴもドラムに坐り、「Cosmically Conscious」を歌う。この曲はポールがインドでマハリシに会った後のホワイト・アルバム時代に書かれていて、1993年のアルバム『Off The Ground』の最後にシークレット・トラックとして収められていた。そして完全版は『Off The GroundComplete Works』に収録されていたマニアックな曲。覚えやすいメロディなので最後は会場の多くが覚えて歌っていた。ポールのこのチャリティへの最大の配慮だ。そして最後は全員で「I Saw Her Standing There」。リンゴももちろんドラムを叩いているが、今までもツインドラムがトリプルドラムになっている。この軽快なロックンロールでクライマックス、大いに盛り上がって終わるが、さすがポール、見事な選曲だった。(佐野邦彦)
 

2017年5月27日土曜日

☆Beatles:『SGT. Pepper’s Lonely Hearts Club Band(Anniversary Edition)』(Universal/UICY78342)4CD+1Blu-ray+1DVD


DISC12017年ステレオリミックス、音圧が増してパワフルな感があり、自分はこれはこれで楽しめるだが、異論もあって当然。自分はアナログ&オリジナル信者ではないので色々楽しめる。

ただ自分にとって肝心なのは別テイクが集まったここからだでまずDISC2から。冒頭は「Strawberry Fields Forever」。今までの公式のデモは『Anthology2』の3テイクで、そこのジョンのギター1本のデモ「Demo Sequence」はない。このBOXでソロは必要ない。「Take1」はどちらもあるがBOXの方にイントロとジョンとカウントがあり5秒長い。「Take4」は初登場で前半部のアレンジは大分完成していてジョンのヴォーカルはシングルトラック。「Take7」は両方にありBOXはジョンの声のイントロが加わりジョンのヴォーカルはダブル、そして最後の演奏がフェイドアウトになっていくように崩して演奏する部分で終わるが、『Anthology2』は「Take7 & Edit Piece」のタイトルの通り崩して歌う部分の最後にレコードで最後の逆回転のドラム部分のセッションの模様を無理やりつないであるので総尺は1分ちょっと長い。非常にピッチの早い原型のオーケストラヴァージョンの「Take26」はBoxで初登場。「When I’m Sixty-Four」のアウトテイクは初。初登場の「Take2」はまだカウンターのコーラスのないシンプルなテイク。ポールがきちんと歌っているので聴ける。「Penny Lane(Take6-Inst)」は初登場でこの時からサウンドがクリアだ。ポーンがないので新鮮なインストになり色々な消されてしまった遊びが聴けて面白い。逆に「Vocal Overdubs/Speech」は曲を聴きながら(わずかに聴こえる)手拍子をしながら会話をし、イントロの部分にコーラスを小さく歌っているがレコードで使っていない。『Anthology2』で登場したポールのヴォーカルがシングルトラックで聴かせどころの中間部のピッコロトランペットのないテイクはこのBOXにはない。これにはエンディングにもピッコロトランペットが登場、そのままプロモシングルのみのメロディも吹いてくれるがガチャガチャ終わる。DISC4の「Capitol Records Mono US Promo Mix」は盤おこしと思われ音質は良くないが初のモノで最後がプロモのみのピッコロトランペットエンディング。『Rarities』のはステレオに継ぎ足したものだった。「A Day In The Life」の「Take1」はポールのパートにつなぐ24節が出来上がっていなのでピアノと声のカウント入り。ポールの部分も歌はないがジョンのパートに戻る部分の演奏は出来ている。そしてジョンの歌で最後の上昇部もまだできていないピアノとカウントのみ。「Take2」は普通のジョンの1234のカウントから始まり構成は「Take1」と同じだが、ポールのパートのアコギが切れ切れのカッティング、マルのカウントのエコーが大きい上にピアノの弾き方も違い、最後に本番で使用されなかったメンバーによるエンディングコードのハミングが入っている。「Orch Overdub」はオーケストラのみの上昇部の練習。「Hummed Last Chord Tks 8,9,10,11」はレコードではピアノの連弾のコードになってしまったが、Take2で聴けるメンバーのラストのコードのハーモニー練習。「The Last Chord」はそのピアノのラストコードの練習でピタリと合うとのレコード雷鳴のような音になる。DISC4の「First Mono Mix」はポールパートのつなぎはマルの24までのエコーたっぷりのカウントで、ポールのパートが歌は入るがまだ歌い方が一部違う。ジョンのパートは完成されているがエンディングはオーケストラなしでさらにピアノの弾き方が違い下降するベースも入るが最後のコード音なし。『Anthology2』のものは最初は「Take1」とあるがポールのパートは「First Mono Mix」のものに差替えたもの。そしてエンディングはオーケストラをもの持ってきてエンディングのコードは入れなかった「継ぎはぎテイク」だった。「SGT.Peppers Lonely Hearts Club Band」の「Take 1 - Inst」は4人だけのザックリした演奏でこれはこれで魅かれる。最後は次につなぐと決めてあったので適当に終わる。「Take 9 / Speech」はリードギターが完成していないがポールもジョンもきちんと歌っていてコーラスも決まり、4人の演奏だけなので迫力があっていい。最後のつなぐ部分はジョンが適当に歌っていて面白い。「Good Morning Good Morning」の「Take 1 - Inst, BD」はシンプルな演奏だけのインスト。「Take8」はジョンの歌のみがシングルで入り、4人の演奏だけなのでロックンロール色が強くてなかなかいい。『Anthology2』のものはジョンのヴォーカルがダブルでクリアにミックスされており、最後のリンゴのドラムもサウンドがクリアなので手数が多く聴こえるが内容は同じ。

続いてDISC3。「Fixing A Hole」の「Take1」はハープシコードのバッキングでポールがシングルで歌っているが完成度は高い。あの印象的なリードギターとコーラスはまだない。最後のアドリブヴォーカルもいい。「Speech And Take 3」は1分くらいの話し声などがあってから演奏が始まる。リードギター、コーラスがない上に歌はさらにアドリブメロディが多く、あとで元に戻したことが分かる。「Being For The Benefit Of Mr.Kite!」の「Speech From Before Take 1; Take 4 And Speech At The End)」はジョンがシングルで歌っていて、間奏部分にラララと歌ったりカウントを入れたりアドリブを入れている。『Anthology2』の「Take1 Take2」のTake2は歌いだしてすぐ終わってしまうがこれのみ。SEなどが入っていない「Take7」は『Anthology2』の「Take7」より歌いだし前のジョンのアドリブの歌が10秒ぐらい長い。ここでもジョンは前半間奏で歌を当てている。そして『Anthology2』の「Take7」の後半はSE入りにつないでフェイドアウトしているのでこれまた「継ぎはぎもの」だ。「Lovely Rita」のアウトテイクは初登場。「Speech And Take 9」は明るくポールがシングルで歌い、コーラスやSEなどは入っていない。後半の構成は出来ているが、ポールのアドリブのメロディがまだ多い。最後はジョンのヴォーカルが聞こえる。「Lucy In The Sky With Diamonds」の「Take 1 And Speech At The End」は出だしのメロディが同じ音の繰り返しでレコードと違っていて、中間とエンディングのコーラスは歌が入っていない。「Speech, False Start And Take 5」もまだ出だしの歌い方がレコードと違っている。ピアノなど前のテイクより完成しているがこれも中間とエンディングのコーラス部の歌は無い。『Anthology2』のものは出だしのメロディは同じく違っているが、中間とエンディングに歌とコーラスが入りより完成されたテイクだがBOXには入っていない。DISC4の「Original Mono Mix - No. 1」は通常のモノミックスだが冒頭にスタジオチャットや最初のハープシコードの1音の15秒がイントロに加わっている。「Getting Better」のアウトテイクは初で、「Take 1 -- Instrumental And Speech At The End」はジョンの声から始まりピアノからスタートしている。演奏としてはしっかりしていて、気合が感じられる。あのハイライトともいえるポールのベースは、Blu-rayの映像でポールが語っているようにベーシックトラックが出来上がってから入れるそうだが、「Take12」ではポールのベースランニングが披露され、完成に近づいていることが分かる。大好きな曲なので歌入りのものを是非入れてもらいたかった。残念!「Within You Without You」の「Take 1 -- Indian Instruments」は文字通り歌ナシのインストで、『Anthology2』の「Instrumental」と同じものだと思うがBOXの方のミックスがいい。「George Coaching The Musicians」はジョージが主に西洋楽器のバイオリンやチェロに微妙な節回しを口で歌って教えている。「She’s Leaving Home」のアウトテイクも意外な事に初登場、「Take 1 -- Instrumental」はマイク・リーンダーの指揮のもののオーケストラオケ。ジョージ・マーティンがシラ・ブラックのレコーディングで手が離せないというのでポールが急遽スコアを依頼した。「Take 6 -- Instrumental」も同じだが演奏がややスムーズ。どちらもオフィシャルでカットされた2番のリフレインの後、3番の歌が入る前の短く下降するメロディのチェロが入っている。ただまったく同じのが並んで歌もないのじゃあ…。DISC4の「First Mono Mix」はモノ盤のみのピッチの早いテイクだが、前述のチェロのカット前なので、2番の「…many years」のコーラスが入る233秒の後に下降するチェロが入って「Friday morning…」になるので初登場。「With A Little Help From My Friends」はアウトテイクが初めて。「Take 1 -- False Start And Take 2 -- Instrumental」だがシンプルな曲なのでバッキングもシンプル。しかしここに後からポールの絶妙なベースランニングと、対位法のコーラスが加わると、あんなにカッコ良く変身するから凄い。「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)」の「Speech And Take 8」はラフにポールのみが歌ったテイク。『Anthology2』の方のテイクはTake5、ポールのみがラフに歌うテイクだが、中間部の歌い方が明らかに違う。ディスク4はモノ盤と前述の補遺トラックで構成されている。

オマケのBlu-rayDVDは、内容は同じでアルバムのそれぞれのオーディオ・ヴァージョンがあるが、見たいのはビジュアルコンテンツで、1992年に作られた「The Making Of SGT.Pepper」が目玉。もうジョンはいないので、ポール、ジョージ、リンゴとジョージ・マーティンがこのアルバムが作る過程、作っていく過程が詳細に語られる。ジョージ・マーティンがミキサーをいじってどう音が作られていったかを聴かせてくれるのが多いが、ポールはこのアルバムをビーチ・ボーイズの『Pet Sounds』の影響だとはっきり語っているし、サウンド作りなど大いに参考にしたと語る。またジョンの家にいつも車で行っては一緒に曲を作っていた…などのエピソードは聴いていて嬉しい。ジョージがインドへ行っても静かにしてもらえなかったとか、リンゴのドラムのテクニックをフィル・コリンズが絶賛し、でもリンゴは「他の3人がドラムに興味が無くて良かったよ」と笑ってかわすセンスがいかにもリンゴでいい。その他は「A Day In The Life」「Strawberry Fields Forever」「Penny Lane」のPVで『+1』で発表済み。しかしビジュアルコンテンツを探すのが冒頭の真っ赤な画面の黄色の線を右に変えないと出てこないというまあ不親切なもので、散々探してしまった。(佐野邦彦)



 



2017年4月22日土曜日

☆Paul McCartney:『Flowers In The Dirt(Deluxe Edition)』(ユニヴァーサル/UICY78247)3CD+1DVD


ポール・マッカートニーの1980年代の最高傑作と評価の高い1989年リリースの『Flowers In The Dirt』が毎年恒例のDeluxe Edition(今までのSuper Deluxe Edition。外盤と表記を合わせた)でリリースされた。またも『Wild Life』と『Red Rose Speedway』が飛ばされて残念だが、ポールとエルヴィス・コステロの共作が4曲収録された事で知られるこのアルバム、ポールがこのBoxにコステロと2人で曲を作った時のOriginal Demoと、それらの曲を1988年にバンドで録音したデモの1988 Demo9曲ずつ(内5曲は未発表曲)それぞれ分けてCDに入れ、計CD3枚、プラスコステロとのデモ作りなどが目玉のDVD1枚の4枚組でBoxを構成した。アルバム関連のB面曲などを日本のみで1990年に2枚組のSpecial Packageでリリースされていたが、その他のこの当時のアルバム未収録曲がダウンロードのみに回され、それも全てではなく中途半端でこのBoxの価値は大きく下がった。このコステロとのデモは2枚足しても65分しかなく1枚に圧縮できるので、膨大なアルバム未収録曲を2枚に分け、つまりあと1CDをプラスするだけでコンプリートだったのに、大きく期待を裏切った。そしてダウンロードにはアルバム未収録トラックが13曲入ったのだが、ダウンロードなのになぜか多くの曲が落としている。未だに海外のリリースが無くこの日本のみSpecial Packageでしか聴けない「P.S.Love Me Do(Studio Version)」が入らなかったのは、外国人は特に残念だろう。さらにSpecial Packageに収録されていた「Figure Of EightSingle VersionだがEdit)」の5インチCDシングルなどに入っていたソロになって『Give My Regards To Broad Street』に次ぐ2回目の新録音「The Long And Winding Road(Studio Version)」、「Figure Of EightSingle Version )」の3インチCDシングルには「Rough Ride」のツアーメンバーによるリハーサル・ヴァージョン、そしてこの2曲は『Flowers In The Dirt』セッション時の録音ではないが「Put It There」の5インチCDシングル収録の「Same Time Next Year」(『Back To The Egg』時の録音)と「Mamas Little Girl」(『Red Rose Speedway』時の録音。現行の『Wild LifeCDボーナストラック入り)が落ち、さらに「This One」の5インチCDシングル収録の「I Wanna Cry」も落ちたまま。13曲のダウンロードの内10曲は未CD化など全て廃盤、合計すると19曲もCDにしないというのは大失策で、後述の配信のみのコステロとのカセットデモ3曲も加え22曲をCDとして形にしなかったという点で個人的には不満一杯のDeluxe Editionだった。なお、今までのCD2枚だけの簡易版Deluxe EditionSpecial Editionに表記を変えた。

さてオリジナル盤は誰でも知っているので内容は省略、このBoxの目玉のポールとエルヴィス・コステロのデモ2枚の紹介に移ろう。まずはアルバムに収録された4曲の共作曲から紹介する。

まずベストナンバー「My Brave Face」だが、オリジナルデモはアコギのバックで、2人で快調にハモるがこの曲のキャッチーさはこのラフなデモでも十分際立っている。1988デモはバンドなのでベースが弾け、演奏は完成版よりシンプルだがハーモニーは厚く完璧だ。249秒くらいで一瞬ギターを3拍子で弾くのでドラムも一瞬止まり、いかにもリハーサルらしい。ロッカバラード風の「You Want Her Too」のオリジナルデモは、かけあいのコーラスなど、ギターだけのデモでも雰囲気は十分。1988デモはイントロ、エンディングの独特のフレーズは出来上がっているがデモなのでヴォーカルがシングルだったり、サビのキーボードがないなどシンプル。もちろん最後のジャズの演奏もない。ア・カペラで歌いだし、42秒からのサビからブライアン・ウィルソン風のサウンドが挟まるのが面白い「Don't Be Careless Love」だが、オリジナルデモではその部分は普通のハモリで自然な流れだが、1988デモではレコードと同じバスヴォイスのコーラスになるので雰囲気が出てくる。ただバッキングがシンプルでキーボードなどがプラスにならないのでブライアン・ウィルソン風にはならない。徐々に盛り上がっていく重量感のあるバラード「That Day Is Done」も、オリジナルデモからアコギに加えピアノも入り雰囲気が出ていて、1988デモはコーラスも入りさらにポールの振り絞るバラードになっている。ここからは未発表のコステロとのデモだ。「The Lovers That Never Were」のアコギ+ピアノのバックで、ポールはさらに振り絞ってシャウトして歌うので、「Wild Life」の時代を思い起こされる。1988デモだとバンドサウンドになり、振り絞るがシャウトが弱い。「Tommy's Coming Home」のオリジナルデモは、アコギに2人のハモリが爽やかでビートルズ風。ただ1988デモは重めのドラムが加わりSEが加わるなどオリジナルデモのような爽やかさが失われている。「Twenty Fine Fingers」のオリジナルデモは、アコギ+ドラムで、ロカビリーのよう歌いだしからメロディアスなメロディが入るロックンロール。1988デモだとバンドになってよりギターのリフなどメリハリがついてカッコよくなっている。シングルB面などにはピッタリだった。「So Like Candy」のオリジナルデモは哀調を帯びた「Bluebird」路線の洒落た曲で、アコギのオリジナルデモは下降するベースラインなど雰囲気が出ているが、その後の曲の展開が「Bluebird」のように心に響かない。1988デモのバンドになると哀調パートから変化するとドラムがアップテンポになり、その響かない部分がより目立つ。もっと練ればアルバム収録曲になったかもしれないのに惜しい1曲。「Playboy To A Man」のオリジナルデモは7分ちょっとあるがこのピアノとアコギのロックンロールのデモは3分もなく残り4分は「The Lovers That Never Were」のより完成されたデモで、なぜ切り離してこちらを単独で使わなかったのは謎だが、ポールはこのBoxを出すにあたって最初のデモの粗削りな歌声を残しかたったのだろう。なおこのプラス分はHidden Trackという事らしい。1988デモは「Playboy To A Man」のみでバンドサウンドになったら一気にビートがタイトになりデモよりはるかにカッコ良くなっている。ポールのベースも最高で、何かに使って欲しかった。

先に少し書いたがこのBoxは専用サイトからアルバム曲以上の曲数のナンバーがダウンロードできる。その1は『Flowers In The Dirt(2017 Remaster)』。リマスターをダウンロードに回したのは正解で、例えば「My Brave Face」はオリジナルのポールの中央に大きく鳴るベースが小さくなっていて他のギターなどは聴きやすいが、曲の良さを損なっている。その2とその3は前述したオリジナルデモと1988デモの24Bit版。これはある意味、CDと同じとも言える。その4はこのボックスの最大の欠点、アルバムに伴ってリリースされたCDシングルや12インチのみの曲を不完全に集めたもので、どこがダメなのかは冒頭の文を参照して欲しい。そのため配信の目玉はその5の3曲のエルヴィス・コステロとのカセットデモ。「I Dont Want To Confess」はアコギだけのバックの粗削りな曲で、いい曲だがまとまりがなく光るものがない。ボツで当然か。「Mistress and Maid」はカセットの保存状態が悪く音が歪んでいる。この曲も悪くはないが、曲として統一感はあるものの光るものがない。「Shallow Grave」もマイナー調の曲で、このカセットデモは全てマイナー調。サビのハモりに少しビートルズを感じる。

さて最後はDVDだ。まずは『Music Video』で10曲のPVが収められている。「My Brave Face」はまず日本人が日本語で自分はポールのコレクターで人生を懸けていると熱く語る当時、見たことがあるPV。最後のこの日本人はポールのベースを最高の逸品と披露すると日本の警察官2人に連れていかれるシーンがインサートされていて、ポールの歌と演奏よりこちらの方が印象に残るという事で演奏シーンとスタジオシーンのVersion2を作った。「This One(Version1)」はシングルジャケットのヒンズーの神様のようなイラストから始まり、ポールも瞑想していて後半はインド人がいっぱい登場する。つぶった目の上大きな目を書いたベタなギャグのような後半が薄気味悪い。Version2はカメラがストップモーションを多用していて見づらい。後半メンバーは古いイギリス人の軍服を着ている。「Figure Of Eight」はライブ仕立てで別撮りのようだが観客も映る。「Party Party」はアニメーション。「Ou Est Le Soleil」はポールが横スクロールのゲームを見ているPVで面白い。「Put It There」はモノクロのPVで、白人と黒人の2組の父子を微笑ましく描き感動的。「Distractions」はポールの弾き語りの部分がモノクロで、どちらも曲が素晴らしいのでしっとりとしたPVだ。「We Got Married」もライブ仕立てで、こちらはツアーでの観客をインサートし、日本のツアーのシーンも見える。

次の『Creating Flowers In The Dirt』は3部作で最初の「Paul And Elvis」が目玉。ポールがバイオリンで遊ぶシーンからスタート、「My Brave Face」をコステロのみが歌ってバンドが演奏するデモでここでしか聴けない最も粗削りでロックンロールな演奏が楽しめる。ポールはずっとキーボードを弾いているのみ。「Twenty Fine Fingers」はポールとコステロがアコギを持ってバンドも入れ2人で歌うデモ。こちらはポールがリードだ。途中からドラムにアレンジを加えて全く別のアレンジに変わるのが楽しい。「Tommy's Coming Home」は2人の短いア・カペラ。そして再び「My Brave Face」だがコステロがアコギでポールはベース、ここでも歌はコステロのみのアップテンポのバンドデモ。笑ってしまって終わってしまう。そして演奏のテープを聴きながらやっとポールとコステロがユニゾンで歌い、コーラスパートは3人でハモる。歌だけの録音だがカチッと決まっている。『Bud In The Studio』はスタジオでのポールのリラックスしたレコーデング風景のクリップ。「Put It There」でポールがズボンをめくって生足で足を叩いてビートを付けるなどリラックスしている。他でもピアノを弾きながら狂ったようにシャウトするのも楽しい。「Motor Of Love」「Put It There」「This One」「How Many People」「Don't Be Careless Love」のデモが披露され、最後はポールが「Hello Goodbye」のエンディングを歌って終わる。198788年にHog Hill Mill Studiosで録画されたものだ。『The Making Of This One』はディーン・チャンバレンが「This One(Version2)」のPVの監督しているクリップ。ラストは既にソフトとして販売された事があるツアーメンバーの演奏のリハーサルを集めた映画『Put It There』なので詳しくは紹介しないが、『Flowers In The Dirt』の曲だけでなく「C.Moon」「The Long And Winding Road」「Ain’t That A Shame」「Let It Be」などの曲が入るので楽しい。冒頭のポールの「ジョンレノン以上の相棒はいない。どうしようもない真実なんだ。彼は怪物だから。彼以上の仕事相手はいない。バンドの一員でいることはロールスロイスを所有するよりぜいたくだね。」の独白には泣けた。(佐野邦彦)


2017年4月14日金曜日

2016年の入域観光客数は八重山120万、宮古70万とまた大幅増、4KBlu-rayで宮古、黒島、波照間島の新作が出たので、過去の重要なソフトと含め紹介しよう。ただし宮古、黒島は成功、波照間は完全な失敗作だった。


ちょうど1年前に八重山諸島と宮古諸島のBlu-rayDVDのソフトを八重山10枚、宮古6枚を紹介したが、この1年、Blu-rayも4Kの時代になり4Kソフトを3枚購入したので紹介したい。画質は本当に素晴らしいが、結局は監督のセンスしだい。いいものもあり、最低のものもあり、高額商品なので参考にしてほしい。その3枚の詳細はディクスごと、下記の冒頭3枚で紹介しているのでここではさわりだけ書くが、まずはビコムの宮古島4K.。これはドローン空撮を使ったこと、池間大橋下のビーチを入れたこと、そして完成して1年ちょっとの伊良部大橋のそそり立つようなアーチの橋を車からのカメラ映像がプラスポイント。ただ4番目に掲載した同社の宮古のBlu-rayとセットにしないと漏れが多いので「対」にすべき。こちらには4Kではまったくカットされた下地島空港沖の海が、まだJALANAが訓練飛行していた時代なのであの最高のタッチ&ゴーが見られるし、伊良部島への廃止されたフェリーの旅が映っていて歴史的資料も大。ただこの2枚でも宮古島のベストビーチの吉野海岸がないので、それがまがいなりにも映っていて池間島のロープで下りていく秘密のビーチなども初登場したSharataの宮古の4K5番目に紹介)も入れて3つでセットにしよう。ただ、このビコムは2枚組で、通常のBlu-rayプレイヤーでは再生できないUltra HD Blu-rayディスクが強制的にセットされ価格はamazon23%引きでも9102円はあまりに高すぎる。誰が買うんだ?Sharataの八重山諸島の黒島4K1年前に書いた時は「黒島がほとんど取り上げられない」と嘆いていたので、単独でそれも4Kで出すのは大変な英断だ。このSharataのは固定1カメで自然音のみで数分も映すというBVGともいっていい映像なのでセレクトを間違えたら最悪になる、幸いこの黒島は一番美しい西の浜を全体の2/5近く使って映していて、海の色の翡翠色も良く出ていて素晴らしい。他も黒島灯台以外はセレクトされ、また知らないビーチもあり、何よりも牧場の島という部分も感じられるカットがあって良かった。反面最低だったのはSharataの波照間島4K。波照間島には日本で最も美しいビーチの第1位に選ばれたニシハマがあり、この海の美しさを称してみな「ハテルマブルー」と呼んでいたのだが、ソフトのタイトルがその「波照間ブルー」、これでは多くの波照間島ファンは飛びついて買ってしまう。ところが2度に分けて20数分もあるニシハマが、なんと波打ち際にカメラを置いたままでかつ干潮時に撮影しているのであの濃い翡翠色と群青色が織りなすハテルマブルーが薄い青で終わってしまった。ニシハマを撮影する時は誰でも波打ち際から少し離れて白浜の後ろの方からベストの色合いを探るのに、監督はバカなのか?特にニシハマが美しいのは高いところから見下ろす場所からであり、ニシハマに降りる坂の上か、坂の途中で色の発色のいい場所を選んで撮るのにそのカットはひとつもなし。波照間島でニシハマがダメならそれで終わりだ。この4Kは金を払う価値ゼロの最低の代物になってしまった。だいたいメニューでニシハマを「西浜」と映像でもジャケットでも表記しているが、「北浜」でありそれだけでモグりと分かる。こんな初心者に監督させるとこうなるという悪い見本だ。このSharataでは先に褒めた黒島でもジャケットは伊古桟橋がドーンと真ん中に写る冴えないジャケットでこの会社はセンスがない。amazon2割割引があっても4403円と高いのでこのシリーズの石垣島と西表島は既に出ている他社のBlu-rayにほとんどダブって入っていたのでパス、そしてこともあろうにはいむるぶしとユニマット&星野リゾートが島のいい部分をみんな買い占めた小浜島も4Kで発売したのは、この島の海は八重山の中では大したことがないといことを知らないから。この手の高級リゾートは自分達の買い占めたビーチに利用料を払わせる上にたいして美しくないのだから最低。小浜島は行く人が多いが、多くはこれらの高級リゾートに泊まりにきた金持ちか、「ちゅらさん」の舞台なので八重山の事をよく知らない初心者がミニツアーでセットされたビギナーで、我々八重山リピーターの中では小浜島の人気はビリ、一度行ったら二度と行かない島なのだ。だから当然買う訳がない。

冒頭文の最後に、1年前から解消されていない不満を書いておこう。「八重山は、新城島、鳩間島はほとんど取り上げられない。シュノーケリング・ポイントで最も美しいのは黒島沖と新城島沖の海なので単品じゃなくてもきちんとしたカメラが欲しい。そして波照間島は失敗作なのでまだ単独がない与那国島と合わせて単品で。宮古に至っては宮古諸島で最も美しい海は多良間島のウカバなのに多良間島自体まったく紹介されない。同じく多良間島の近くに浮かぶ人口僅か3人の美しい宮古の水納島の海にもカメラが入らない。宮古島の狩俣の近くで便もいいのに誰も行かない過疎の島大神島も少しでいいから映すべき。さらに宮古、八重山も合わせても最も多くの魚が見られる宮古島の吉野海岸は肝心な海の中の撮影、これはただ足を付けたままカメラを入れればいいだけで、これだけの魚が見られるのかと誰でも驚くのでこの紹介がなければ宮古はまだ消化不良だ。」それではディスクごと今回の3つの新作をトップに、以降は必要なソフトを前回とダブる部分も真に必要なソフトは一部手直ししたので紹介しておこう。

 

Relaxes 宮古島癒しのビーチ(ビコム)60+14分 Blu-ray4K+UltraHD 4K Blu-ray

このBlu-rayの前に『Healing Islands OKINAWA2 宮古島』をリリースしているので新しいアプローチで編集している。最初の大神島は期待した上陸はなく夕暮れの島影を映すのみ。池間大橋のドローン空撮の後に池間島の売店から降りられる白浜のビーチからの右に大きな池間大橋、翡翠と群青が織りなす海には富士のような大神島の美しいシルエットのコラボが素晴らしく、カメラを様々に変えて撮るので、やはり1カメ固定のSharataBlu-rayより上。池間大橋を渡る車からの映像の後は東平安名先へ。細長く岩がゴロゴロする岬のドローン映像、灯台、灯台からの景色と短いが実によくまとまっている。次は来間島のドローン映像で、あの路地ばかりで行く先もよく分からないこの小さい島の全容が分かったのは驚きの一語。そしてドローンに先導され次に地上から来間島随一のビーチである長間浜がたっぷり映ったのは嬉しい。海が実に美しく感動的。次いで前述のディスクではフェリーだった伊良部島へ、宮古島から3540mという日本最長の無料の橋である完成して間もない伊良部大橋をまずは横から全貌を、そして車からの景色をずっと映してくれるのもグッド。あの2つある大きなアーチを車が登っていき下りに入ると海がパッと開けていく光景は、伊良部大橋を渡った人にはたまらない。体が動く時にこの橋を渡っておいて本当に良かった。そして伊良部島のきれいに弧を描く渡口の浜。コンパクトだが真っ白な砂浜のきれいなビーチだ。サトウキビ畑をなめるようにドローンが撮影し、来間島の竜宮城展望台から、向こう岸の宮古島と来間大橋を映す。来間大橋は来間島から見下ろすのが一番美しい。手前の翡翠色、奥の輝く群青があの橋のアーチを際立たせてくれる。そして対岸の与那覇前浜から今度は砂浜からの来間大橋と対岸の来間島を映すので実に良い編集だ。それにしてもここは東洋一と呼ばれる7㎞も続く白浜とターコイズブルーの海による極上の景色。締めはドローン空撮で何パターンも楽しませてくれる。島尻マングローブ林は、西表島と比べてあまりにも小規模でこれは箸休めか?最後は砂山ビーチをあの天然のアーチ型の大岩の中から映すという王道のカメラで撮りそして海へ入って砂山ビーチの印象的な急こう配の白砂の下り坂を映してエンディング。ボーナス映像は本編の与那覇前浜の14分の拡大映像。最後にこのBlu-ray2枚組で1枚は通常のBlu-rayプレイヤーでは再生できないUltra HD Blu-rayディスクなので個人的には全く不要。amazon23%引きでも9102円は異常な高値でよほどのファンでないと購入しないだろう。

HEALING SUPERB VIEW5 黒島BLUESharata50分 Blu-ray 4K

何よりも黒島を単独で出してくれたことに感謝したい。八重山の中でも最も地味な扱いで入域観光客数では八重山で7番目。というか下3つは人口が数十人の島で年に何千人しか人が来ない島なので実質ビリ。石垣島は必ず到着する玄関なので年間124万(17年前は61万だった)ので別格として竹富島48万、西表島33万、小浜島19万の下は、最西端ながら100㎞くらい離れているので飛行機便が主流でハードルが高い与那国島が4万、最南端で人気があるが外洋に出るので14便しかない波照間島が36千、黒島は178便あるのに24千と少ない。しかし島の中は牧場で周りに美しい海がある実に個性的な魅力がある。まず黒島で最も美しい西の浜をたっぷり20分近く冒頭で映してくれた。4の波照間の失敗をせず、少し離れて撮影しているのでニシハマ並みの素晴らしい翡翠色と群青のグラデーションを楽しめる。カメラの向こうには大きく横たわる西表島。カメラは固定だが徐々に右へ移っていって西の浜で一番目立つ大きな岩を左に位置するまで移る。この岩の上からの景色も絶景だがそれはない。岩場からの海を最後に、伊古桟橋へ移る。遠浅の海に突き出たここもきれいな黒島のポインだ。長い間桟橋が途中から崩れていたが、映像を見る限り修復した模様。右側に見える島は石垣島だ。そして島の中はほとんど牧場なので緑の草原を映してくれ爽やかでいい。ここだけ見ると「北海道」と言われても分からないだろう。後述の仲本海岸の並びの宮里海岸というマイナーなビーチのあとは、牧草の束がゴロゴロする牧場の景色。そして誰も知らない超遠浅の喜屋武御嶽海岸。なかなかきれいでここはネットでも紹介されたことがないビーチ。そしてシュノーケリング・ポイントで知られる仲本海岸を、アウトリーフの近くから海岸を見るという逆アングルで写してエンディングとなる。あえていえば黒島灯台を映して欲しかったこと、ジャケットが中央にドーンと伊古桟橋メインはあまりに華がなくジャケットのセンスがない。なお固定カメラで波が打ち寄せる音だけの50分というのはBVGとしてはいいが、監督のカメラが良ければ成功、黒島と宮古島は成功で波照間島は失敗とリスキーでもある。このSharataのシリーズがみな同じパターン。

HEALING SUPERB VIEW4 波照間BLUESharata50分 Blu-ray 4K

日本の美しいビーチナンバー1に輝くニシハマの「ハテルマブルー」が堪能できると思ったら、最後の1分を除いて20数分はみな波打ち際からの撮影なので、うっすらと青い程度であの沖縄一の美しい色合いが少しも出ておらず、これじゃそこらの遠浅のビーチと何も変わらず最低の映像で本当にガッカリ。ニシハマは波打ち際から少し離れて見れば光り輝く翡翠と群青色の海が堪能できるのに…。ニシハマが一番きれいに見られるのが午前中の満潮で、ニシハマに降りていく前の坂道の上からの景色がベストなのにワンカットもない。高さがあるとさらにきれいに見えるのだ。最後の1分は上からの映像だが底の海藻が大分見えているし、20数分の波打ち際からの映像も砂地の波の模様をずっと映し続けているのはあまりきれいに見えない干潮時の撮影ということが分かる。だいたいメニューにニシハマを「西浜」と誤表記していて、「北浜」であることも分からない何の知識もないスタッフの仕事と分かる。そしてニシハマから浜伝いにある浜崎。ここはなかなかきれい。最南端の荒々しい高那崎は深い青の海が写る。風渡るサトウキビ畑を少し挟んで、波が打ちよせるのペムチ浜展望台からの景色のあとは、ニシハマから浜崎を抜けペー浜と呼ばれるつながってるビーチへ。やはり干潮に近い時間の遠浅の海で、岩の多い場所からニシハマと見分けのつかない白浜へ移っていく。ここはきれい。そのまま再びニシハマなのだがやはり波打ち際のカメラで少しも良さが出ない。エンディングの音楽が入るところでカメラは上になりニシハマの色が出るが干潮時なので底の黒い海藻が目立って残念。買っては損するだけの代物。なおこのシリーズの1は下記の宮古島。2は石垣島、3は西表島で、この両島は『Healing Islands OKINAWA』の2枚のBlu-rayで十分な内容なのでパス。ほぼ同内容では値段が高すぎる。そして番号はついていない小浜島も出たが、この島は大型リゾートがのさばるだけで、ビーチに魅力は無く、見どころは展望台の上だけ(『八重山七島を訪ねて』DVDに映像あり)なので単独購入する価値なしだ。

Healing Islands OKINAWA2 宮古島(ビコム)60+30分 Blu-ray

東平安名崎の灯台からの見下ろす美しい風景からスタート、その後の海岸まで降りて灯台を見上げる光景は珍しい。ハイビスカスやアリアケカズラなど色とりどりの鮮やかな花とアダンの実を映していくといかにも宮古島に来たという感が高まる、そして砂山ビーチへ。岩のアーチの中から海を眺める。ここのビーチは波が高い。続いて西平安名崎の風力発電、そこから見える池間大橋に車で入り車窓からの景色が楽しめる。浜に降りるが池間大橋を左手に見る景色なのでイマイチ。そして実際に車で池間大橋を渡り、この最高の海と1425mの池間大橋、沖に浮かぶ美しいシルエットの大神島は1枚の絵のような美しさだ。そのあと島尻マングローブ林は少し、イムギャーマリンガーデンは、時間をかけて映す。遊歩道の向こうは入江の湖になっているので海が荒れていても遊べる唯一の場所。ただ宮古島は素晴らしいビーチだらけなので1回行ったら二度とは行かないだろう。そして新城海岸をたっぷりと映してくれる。八重山にはない、リーフ内に大型の珊瑚があり、ダツのような大型の魚まで楽しめる宮古島のハイライトのひとつのビーチなので素晴らしいチョイスだ。海の中も映るが、西表島の星砂の浜のようなルリスズメやデバスズメみたいな小魚ではない中型の魚まで泳ぎ回っていてその違いが分かる。ただもっと珊瑚が密生し、魚が圧倒的に多い隣の吉野海岸を映さなかったのは大失敗。その後は平良港から伊良部島へのフェリーの旅だ。20分くらいの行程だったが、伊良部大橋が出来た今では歴史的な映像になってしまった。ここで民謡が流れる。先が半分開いたフェリーが接岸して車が次々降り、佐良浜港を抜けていく景色が懐かしい。そしてシュノーケリング・ポイントで知られる中の島ビーチへ。ここはけっこう波が荒い。外洋と通じるダイビングポイントでもある不思議な通り池、美しい弧を描く白浜の渡口の浜の後、明和の大津波で打ち上げられた巨岩が沖にゴロゴロころがる佐和田の浜を左に見ながらいよいよ伊良部島・下地島のハイライトである下地島空港沖の、宮古の中でも最も美しい翡翠の海を堪能しながらその突端へ。水平線からJALANAの大型旅客機が現れ、最も美しい海の彼方からのタッチ&ゴーを繰り返す勇壮な訓練を味わえ、もう離れられなくなってしまう。ただし2015年で両社ともフライトシュミュレーターへの切り替えで撤退し、もうこの光景は見られない。ここも歴史的映像になってしまったなあ…残念!宮古へ戻って来間島の竜宮城展望台からもうひとつの大橋である来間大橋を見下ろす。ここは高い来間島からの景色の方が、海の翡翠と群青が濃く綺麗。1690mという池間大橋よりも長い橋で、ここも実際に車で橋を走りその気分を体験できる。実際に両大橋の車からの景色があるのはこのディスクのみでこれは大きなポイントだ。最後は東洋一、7㎞の白浜を誇る前浜ビーチからの景色だ。左に来間大橋と向こう岸に来間島、間は輝く翡翠の海、日本のベストビーチのベスト3に必ず入る名所でディスクは終わる。特典映像は与那覇前浜と砂山ビーチのロングヴァージョンが30分入っている。

MIYAKO ISLANDS1宮古島・宮古諸島(Sharata60分 Blu-ray 4K

宮古島のビーチばかり、波の打ち寄せるところだけ固定1カメでBGMなしの自然音で撮り続けたこのブルーレイは4K撮影で、画像のクオリティは素晴らしい。与那覇前浜、吉野海岸、新城海岸、砂山ビーチ、イムギャーマリンガーデン、東平安名崎、通り池、竜宮城展望台(から見下ろした来間島の海)、いつも通り過ぎていただけの比嘉ロードパークと、名所をきっちり押さえている。特に目の前のリーフ内に珊瑚が発達し大型の魚まで泳ぎ回る吉野海岸、それに次ぐ新城海岸は、八重山にはどこにも存在しない凄いビーチなので、少なくとも吉野海岸は海中の凄さを映すべきだったのに惜しい。ただ今までのDVDは与那覇前浜と砂山ビーチしか映らず肝心なこの2つのビーチがやっと取り上げらえたのは大いに評価したい。宮古[k1] の真謝ビーチは、有名ではなく行ったことが無かったが、きれいなビーチだった。凄いのは池間島で、池間大橋下のビーチは映らなかったが、知る人ぞ知るロープで海岸まで下りていく「池間ロープ」ビーチが写ったのはビックリだ。そしてNHK2012年の朝ドラ「純と愛」の舞台となったという岩の隙間がハートに見えるので「ハート岩」と名付けられた岩と、この岩のあるイキズ―ビーチというそれまで無名だったビーチが、今は有名となり駐車場からカフェまでできたというのだから驚きだ。テレビで見ると非常に美しいビーチで、2015年はじめに宮古島に行った時に寄ればよかったと後悔しきり。ただこのビーチは白浜が50mととても小さくコンパクトで、池間島、来間島はこの手の小さな浜が多い。驚くのは宮古島観光の目玉である池間大橋と来間大橋が映っていないこと。与那覇前浜のビーチからの映像、竜宮城展望台からの前浜と来間島の間の極上の翡翠色の海の俯瞰映像に、来間大橋を意図的に外しているしある意味新鮮だが、他のソフトを持っていないと宮古島の目玉を知らないままになってしまう。砂山ビーチはあの看板のアーチ状の大岩を一切映さない。イムギャーマリンガーデンは夕暮れ、東平安名崎の半分夕暮れと、個人的にまあどうでもいいかなという場所を演出上、メインにしない所はグッド。ただまだ伊良部大橋開通前とはいえども伊良部島・下地島が通り池だけで、少なくとも海の美しさで八重山・宮古で3本の指に入る下地島空港沖の海がないのはあまりに残念。

Healing Islands OKINAWA 西表島・竹富島(ビコム)60+30分 Blu-ray

まず竹富島から。なごみの塔から赤瓦の集落を見渡したあと、水牛車に乗っておじいの解説を聞きながら集落一周という観光の定番コース。白砂を敷きつめた道路に石垣を覆うピンクのハイビスカス、黄色のアリアケカズラなど花が実に色鮮やかだ。バナナの葉も美しい。その後にコンドイビーチへ行くが、子供でも安心して遊べ、なおかつ他の島の完全に干上がってしまうビーチと違って一定の海水をキープできる奇跡のビーチである。満潮時は海の翡翠色が濃くなりさらに美しく、日本の美しいビーチの6位に選ばれている。この後に西表島へ移り仲間川のクルーズに入る。こうやって実際の乗物からの景色を見ながら実際の船内のナレーションと合わせると臨場感が高まる。浦内川から今は近づくことが禁止されたマリュドウの滝を見て、その後は絹のような神々しいカンピレーの滝に足を付ける。車で畑を抜け島の最南端の南風見田の浜へ。きれいな海だが泳いでいる人は見たことがない。ここで島の周遊道路は終わる。沖縄本島に次ぐ広さの西表島だが、90%がジャングルで道路は半周しかないのだ。ヤエヤマヤシ群落を挟んで小さな熱帯魚ならいるリーフに囲まれた星砂の浜へ。続いて板のような根が印象的なサキシマスオウノキ、祖納展望台が一瞬映り、海路でしかいけないのでさらに人のいない船浮集落のイダの浜へ。弧を描くグラデーションが美しいビーチを堪能する。最後は水牛車で由布島へ渡ってエンディングとなる。特典映像はイダの浜を15分映した後は、何故か石垣島の景勝地、川平湾が15分映る。

Healing Islands OKINAWA4 石垣島(ビコム)75+10分 Blu-ray

まずは石垣島の最北端にある平野海岸からスタート、かなりきれいなビーチで訪れる人もなく期待できそうだ。そして島の最北端にある平久保崎の灯台へ。ここからの景色はBlu-rayで見ると実に見事。ここから南へ下って玉取崎展望台へ。太平洋と東シナ海が300mくらいの距離まで狭まっている石垣島で最も細い部分のため、まさに絶景となっている。石垣島のベストビューはここだ。野底岳では野底マーペーなどポイントで民謡が入るのがいい。米原のヤエヤマヤシ群落を挟んで米原ビーチへ。ここはキャンプ場も隣接し、石垣島のビーチで最も賑わっている場所だ。珊瑚の群落もあるそうだが沖の方なので見たことは無い。名蔵湾のマングローブ林のあとは国の景勝地で知られる川平湾。上から見ると小島の緑と海のターコイズブルーの対比がきれい。そして干潮時はただの干潟になる超遠浅の底地ビーチ。ちなみにこういうところには魚はほとんどいない。そして離島桟橋の近くで石垣島に行った人なら誰でも通る730交差点が映るとワクワクして嬉しくなってしまう。そして現在の離島桟橋へ。あまりに多くの船が頻繁に観光に出発していくので、まるでバス停のようだ。ここではデンサ―節とポイントの選曲がいい。石垣の市街地を一望できるバンナ森林公園、人工で作った前栄里ビーチ、少し離れてここ数年で開発された石垣島サンセットビーチが映るが、ビーチを囲むクラゲネットが景観を阻害している。特典映像はフサキビーチの景観。きれいだがここも遠浅、こういったビーチはみなリゾートホテルの目の前で行きづらい。

☆沖縄美ら島百景 八重山七島を訪ねて(シンフォレスト)103分 DVD

タイトルの通り、八重山各島の美しい風景を紹介していく。すべて晴天で海が瑠璃色と群青に輝いている。石垣島は川平湾、平久保崎、玉取崎展望台と名所が続いた後は、ヤエヤマヤシ群落と底地ビーチを挟んで御神崎とポイントを押さえた後は竹富島へ。まずはもちろん竹富の白砂の道と珊瑚の塀、赤瓦の伝統集落からだ。観光用の水牛車も現れる。続いて西桟橋、コンドイビーチへ移るが、コンドイビーチはかなり干潮なのが残念。小浜島はシュガーロードから。例によって「ちゅらさん」の跡を追うので、ちゅらさん展望台などTVのシーンを追っていく。そして大岳展望台へ。ここからは八重山諸島がみな見渡せるのでまさに絶景だ。そして超遠浅のトゥマールビーチで終わり。西表島はマングローブの森を見下ろしながら仲間川から始まる。サキシマスオウノキ、干潟を見た後は、星砂の浜へ。後半は浦内川からマングローブの林を映す。あまりカメラが入らないトゥドゥマリ浜(月が浜)のあとは、西表と地続きの由布島へ。ここは浅いが海があるので行き来は水牛車でこれが島の名物である。島の中は植物園だ。そして最南端の波照間島へ。荒々しい波が打ち寄せる日本最南端の碑の後は、八重山随一の美しさを誇るニシ浜をたっぷりと時間をかけて映す編集が素晴らしい。ニシハマに圧倒的な時間配分がなされ、この映像を見た人はみなニシハマに行こうと目指すはず。最後は与那国島だ。ヨナグニウマの放牧風景から東崎へ。立神岩の超クローズアップの映像が嬉しい。そして短く比川浜が移るが、古い収録なのでまだDr.コトー診療所がない。そして最後は西崎だ。日本最西端の碑が映るが、台湾は見えない、オマケ映像は仲間川のクルージング。マングローブの川面をカヌーが走って行く様はまさに西表。ただ人口の少ない鳩間島と新城島を飛ばすのは仕方ないとして、黒島を外したのは納得いかない。BGMは三線。

☆沖縄美ら島百景 本島・宮古島を訪ねて(シンフォレスト)37分(本島は60分)DVD

宮古島は砂山ビーチを見下ろす風景からスタート。あの天然アーチと小さなビーチをゆったり映す。仲宗根豊見親の墓を挟んで見事な池間大橋を上と下から撮影するが、翡翠色の海が美しい。そのあとは天気が悪くても遊べるイムギャーマリンガーデン、奇岩が並ぶ東平安名崎と灯台の見事な風景を挟んで、もう一か所の見どころの来間大橋を、前浜から横に、そして来間島から俯瞰で映すが、やはり上から撮影した方が翡翠色と群青が濃くなって美しさが増す。最後は東洋一といわれる7㎞も続く真っ白な浜が続く前浜ビーチがエンディング。透明度が高く初めて見る人はそのきれいさに呆然とするだろう。ただし魚はいない。宮古島には吉野海岸、新城海岸という八重山にはない、波打ち際まで珊瑚礁が発達し、魚の宝庫のビーチがあるのにまったく紹介しないのは実にもったいない。そしてこの映像当時はフェリーで、20分で到着する伊良部島と下地島の見どころへ移る。伊良部の中で最も美しく、見事な弧を描く渡口の浜、そして伊良部島と地続きにある下地島にある通り池は、外洋とつながったダイビングポイントしても有名だ。最後は八重山の波照間島のニシハマに匹敵する海の美しさを誇る下地島空港沖の海から飛んでくる大型旅客の訓練飛行が最大のハイライト。輝く翡翠の海の美しさとその海の彼方から頭をかすめる低さで大型ジェット機が飛んでくる迫力、宮古へ来ると必ずここの下地島空港パイロット訓練飛行場へ行ったものだが、伊良部大橋が完成して簡単にここへ来られるようになった前年の2015年にJALANAも訓練飛行から撤退してしまったため、もうこの風景を見ることはできない。BGMは三線。

☆んみゃーち沖縄・宮古島(ファインダーズ・サプライ)60分 DVD

定点カメラで最も美しい発色の景色をずっと見せるので環境ビデオのよう。最初の前浜の海の瑠璃色の輝きはちょっと他のビデオでは見られない素晴らしい発色だ。特に船の係留場所からの景色はその海が画面の3/4、残りの1/4はバックの碧い空で凄すぎる。そのあと風力発電が3台並ぶ西平安名崎の景色に移る。中央に映るのは池間大橋だ。珊瑚礁のグラデーションの海ながらけっこう波があるのは来間島の長間浜。険しい七又海岸は初めて見る景色。来間大橋は来間島からからの撮影だが、なかなかいい発色をしている。特に来間島から、横アングルで撮影する来間大橋の景色は新鮮。その後は砂山ビーチだがここからは早く画面が変わり島唄と夕陽で終わる。冒頭で書いたように環境ビデオ、BGVと言えよう。

Virtual Trip西表島+竹富島(ポニーキャニオン)87分 DVD

一切のBGMが無く、自然の音だけが聴こえる。最初の西表島編では仲間川を進みかわいい水落の滝へ。次は陸路では行けないサバ崎の海辺を映す。誰もいない船浮のイダの浜は手前の黄色がかった砂浜から翡翠、群青へ変わるグラデーションがきれい。無人の外離島の浜も一部映るがこれもたどり着けないので貴重だ。古見岳の登山は緑と川の水が美しい。この島は本当に水豊かな亜熱帯の島ということが良く分かる。次に沖縄一の大河である浦内川を上っていく。マリウドゥの滝が一瞬映りその上流のカンピレーの滝へ。ミミキリの浜の夜、前良川河口の朝から古見のサキシマスオウの木、仲間川上流へ上がっていき初めて見た西表のヤエヤマヤシ群落を挟みながら陸路は無いので海路でウビラ石の外周を回り西表の海からの景色で終わる。コースが上級編だ。続いて竹富島。八重山の中でも波照間のニシハマに次ぐ美しさを誇るコンドイビーチを干潮から満潮までの移り変わりをたっぷりと味わせてくれたあと、竹富島の集落の早朝から夜までをずっと追っていく映像で終わる。

☆八重山巡り(石垣島ケーブルテレビ)60分 DVD

始めに断っておくが、編集が最悪なので、今はない映像を保存しておきたいという人以外買ってはいけない。まずは旧石垣空港から始まるがこれは懐かしい。石垣島は公設市場とか石垣牛の放牧、泡盛作り、唐人墓など景色ではない場所が長い。11分過ぎにようやく川平湾、ヤエヤマヤシ、玉取崎展望台、平久保崎と名所が出るが、マンタが泳ぐ海中以降はミンサー織りやアンガマ、豊年祭、ハーリーなど伝統文化が続くので景色がなくガッカリ。これでもう全体の半分はおしまいだ。竹富島へ行く際に映る旧離島桟橋も懐かしい。集落の跡は井戸、クマヤの生家が映るが肝心なコンドイビーチは10秒しか映らない。小浜島は「ちゅらさん」の名所を追ったあと大岳展望台からの景色を少し移した後は、西表島へ。浦内川とマリウドゥの滝、カンピレーの滝がアップで映るが、まだマリウドゥの滝が滝つぼまで自由に行けた時のフィルムなので貴重。(苔で滑りやすく危なかった)仲間川のあとは由布島へ。そのあとこのDVDでは黒島が映る。牧場のような島の中の風景、豊年祭の模様と西の浜が映ったところですぐに終わる。これじゃあ黒島を取り上げた意味がない。波照間島は日本最南端の碑、最大の祭りのムシャーマが延々と移りなんと最大の見どころのニシハマが映らない!いったいなにを考えて編集しているのか…最後は与那国島でまずティンダバナから祖納の町を見下ろし、その後はヨナグニウマの放牧、今は進入禁止のサンニヌ台と軍艦岩が貴重だが、立神岩などのあとは西崎と夕陽というお決まりパターンで終了。景色が少なく編集方針が間違っている。

☆街道をゆく5 オランダ紀行/沖縄・先島への道(NHKエンタープライズ)45分(オランダも45分)DVD

司馬遼太郎の名著の映像版で、2イン1DVDなので後半が沖縄から与那国まで辿る旅である。司馬遼太郎の書いた文のナレーションが実に良い。まずは本島からだが13分後から八重山へ移動していく。まずは石垣島で薩摩支配によるヤマト文化の伝播を知る。続いて竹富島。竹富島の集落の司馬の文が映像と合わさると実に美しい。そして竹富では沖縄の伝統文化を追っていく。そして与那国へ。ここがこのDVDのハイライト。35分で西崎から見える巨大な台湾のシルエットを見ることができる。年に数えるほどしか見ることができない台湾。写真だけでも貴重なのに、映像で見られるのは本DVD以外ない。人頭税の苛烈な時代の紹介しながらナンタ浜へ。そして豊年祭の大綱引きに、いにしえの倭人の原風景を見る。最後はサンニヌ台だ。今は降りて見ることができない軍艦岩でエンディングを迎える。

☆下地島パイロット訓練飛行場(竹書房)104分 DVD

このDVDは下地島空港沖の海を楽しもうという人向けではなく、JALANAのどんな機種の飛行機が訓練飛行をしているかという風景を狙ったヒコーキマニアのためのDVDである。よってヒコーキのアップばかりで海は写りこむ程度。他のDVDのように晴天の日に撮影するのではなく曇天でもおかまいなしだ。しかし本DVDの凄さは特典映像にあった。特典映像の8番、「Emerald Dream(ヘリ空撮)」はかなり高度からのヘリの空撮で、あの下地島空港沖の海を眼下に見下ろしながら、旅客機が着陸する様を上からずっと追っている。あの極上のエメラルドグリーンの海に機影が映りこんでいく光景は最高だ。これは初めてみる映像で、素晴らしいの一言。4分だけの特典だが、音楽も勇壮でジブリの映画を見ているかのよう、このためだけに購入する価値は十分である。ただしもう訓練飛行が撤退してしまったので歴史的映像となった。

☆島人の旅1 八重山諸島(石垣島・小浜島・黒島)(ジェネオン・エンタテインメント)60分 DVD

このDVDCSで放送していたシリーズのDVD化である。レポーターは照英で統一しているが、曇天でも平気でロケしてしまうのが大きな問題である。まずは石垣島だがモーターパラグライダーで明石の海の上をタンデムでフライトする。その後は平久保で泡盛入りの味噌作り、三線体験、みんさー工芸館、石垣牛牧場と渡り最後は険しい御神崎へ。長袖を来ているので冬の撮影であり案の上、最後は完全に曇っている。そして次は小浜島。まずはちゅらさん展望台へ。そのあとはシュガーロードを自転車で(おそらく電動)。小浜島のお決まりパターンで「ちゅらさん」を追ってこはぐら荘へ。三線を弾いてもらった後は大岳展望台へ。食事の後は高級リゾートのはいむるぶしでマリンジェットを体験しておしまい。小浜島は天気がおおむね良く成功。そして黒島だ。人口の15倍の牛がいる牧畜の島だ。牧場を貫くまっすぐな道は一瞬北海道かと錯覚させられる。黒島研究所でウミガメの赤ちゃんの調査を見る。ウミガメの産卵で有名な西の浜へ行くが、自分達が登った岩が、遠くから横から見るとウミガメの形をしているのは知らなかった。地元では亀岩というそうだ。食事の後は黒島展望台で360度牧場の景色を見る。そのあと昔の遠見台である、ただ珊瑚の岩を積み重ねただけのフズマリ展望台に登るが、我々も昔は登れたが、今は崩れるというので登るのは禁止になった。そして自転車で島を回るが、この島は極めて平坦なので自転車で十分。干潮の仲本海岸、そして最後はまだ崩れていない?伊古桟橋で終わる。黒島の天気もおおむね良く、第1巻は天気が良かった。

☆島人の旅2 八重山諸島(竹富島・西表島・鳩間島・新城島)(ジェネオン・エンタテインメント)63分 DVD

竹富島は快晴、まずは竹富の集落から。水牛車で観光し、その後にコンドイビーチへ。干潮が近い浜の状況だが、照英は海には入らずクローズアップしない。食事や醤油の手作りを見て、西表島へ。まずは仲間川のクルーズから。星砂の浜を一瞬映し、浦内川のクルーズへ。ここからはトレッキングしながらマリユドゥの滝を見下ろす展望台へ。なぜかカンピレーの滝へは行かず食事の店へいき由布島へ水牛車で渡る。そして鳩間島へ。鳩間中森の鳩間灯台の隣の展望台へ上がる。ここでもう天気は曇天に。沖に珊瑚のカケラが集まって出来たバラス島へ渡る。そして鳩間へ戻って、最後は新城島(パナリ)の上地島へ。パナリ島観光の西泊さんが案内をするが、「アカマタクロマタ」の豊年祭の素晴らしさを突然話し出し、しかし一切撮影・録音禁止で詳しくは言葉で説明もできないと思わせぶりに話を打ち切ってしまう。西泊さんの案内で遠見台のタカニクへ。ガジュマルの木を見た後は浜崎へ行き、パナリのもうひとつの島である下地島が目の前に見える。大潮の時には渡ることも可能だという。最後はクイヌパナへ上がり、ノッチのような奇岩を見下ろす風景を見ることができる。天気は曇天に近いが陽も若干射すので海の色はギリギリのライン。

☆島人の旅3 宮古諸島(伊良部島周辺~宮古島)、久米島(ジェネオン・エンタテインメント)63分 DVD

3巻はまずフェリーで伊良部島へ渡るところからスタートする。到着するやすぐに観光船で伊良部の沖へ。戻ったあとはサシバという鳥をかたどったフナウサギバナタの展望台から海を眺める。佐和田の浜を見て、下地島空港へ。この日は空港から旅客機が発進する日なので翡翠の海から現れるいつもの光景と違う。下地島から通り池への誘導路を歩いて行く。その後は宮古へ戻り来間島へ。来間島海底観光船なるものがあったとは知らなかったが、グラスボートを見る。宮古島は食事とカフェ、そして荷川取漁港、製塩と続き、やっと観光地の西平安名崎へ。池間大橋と大神島、風力発電が見られ天気がいいので絶景だ。池間大橋を歩いて渡っていく。池間島のフナクシなる小さなきれいなビーチは初めて見た。そしてついに吉野海岸へ。せっかくこの最高のポイントに来たのに、水中カメラが無かったのか、水中メガネ越しの画像しかなく魚影が少ししか映らずこれではまったく意味がない。最低の演出だ。そして久米島とまったく舞台が変わる。久米島は海中に現れる無人の白浜である「ハテの浜」へ渡ったものの完全な曇天で海がねずみ色、短い時間で久米島へ引き上げてしまう。島の南端の「鳥の口」や島の北にある子供に恵まれない女性に御利益があるという「ミーフガー」が映るが、天気が悪いため、色々なものを食べたりシーサーを作ったりの、雨天用プログラムで終わってしまったのは残念。

☆島人の旅4 八重山諸島(与那国島・波照間島)(ジェネオン・エンタテインメント)56分 DVD

日本の最西端の与那国島から。まずティンダハナタへ上がり、島最大の部落の祖納を見下ろす。崎元酒造で与那国だけで許された60度の泡盛「花酒」を試飲する。食事のあとは西崎の日本最西端の碑へ。この日は曇りなので当然台湾は見えず。ヨナグニウマに乗馬してナーマ浜を歩く。立神岩、軍艦岩を遠景で眺め、最後は海底遺跡のダイビングの資料映像をインサートし、食事と文化体験という雨天パターン。Dr.コトー診療所は残念ながらスルー。続いて最南端の波照間島へ渡るがここも曇天だ。まずは日本最南端の碑へ。珍しく竹富町が作った巨大な碑の方で撮影する。ここで撮影したのを見るのは初めて。センスが悪い。星空観測タワー、食事を挟んで八重山で最も美しいニシハマへ行くが曇天ではイマイチ、10秒ほどで画面が変わり、また様々なお店で食べ、最後は波照間小学校、波照間中学校へ行って遊んだり給食を食べたりとこれもまた雨天パターン。せっかくの最西端、最南端の組み合わせなのにどちらも天気が最悪で残念だった。こういう天気でも天気の回復を待たずに放送し、さらにDVDでも販売してしまうジェネオンのずうずうしさには呆れてものが言えない。絶対買わないこと。

☆野口健ECO×TOUR西表島の旅(GL Visual56分 DVD

アルピニストの野口健が自然と人をつなぐ新しい旅のライフスタイルで日本全国を回る。西表島では自然体験観察ガイドの森本孝房と行動を共にする。マングローブにいる様々な生物を一緒に観察しながらも常にゴミ袋を持ち歩き、循環型社会を目指しゴミの回収を忘れない森本の姿勢に野口は共感を覚える。ピナイサーラの滝の上まで行き、夜は五感を研ぎ澄まさないと分からない生物を見つける楽しさを知る。海でのシュノーケリングのあとは再び森本と合流、宇多良炭坑跡に僅かに残るレンガの橋脚に幾重にもからみつく植物の姿に野口は衝撃を受けた。そして森本が仕掛けた猪の罠にかかった猪を野口は担ぎ、猪をさばくまでの過程を見届けたいと頼む。命をいただいて食べる過程を我々は知るべきと野口は語る。その後はカヤックで浦内川の上流へ行きマリユドゥの滝を展望台から見てカンピレーの滝で西表の旅は終わった。野口は西表の厳しい環境だからこそ必死に生きる、生きてやるという生命の気迫に打たれ、都会に住むと失いがちな生きる気迫を思い出すことが出来たと語る。

なお、このシリーズには「野口健ECO×TOURトカラ列島の旅」があり、屋久島から奄美大島まで点々とつながる7つの有人等と6つの無人島のトカラは、人口も7つの島を合わせてもたったの624人(2009年)とまさに秘境中の秘境。足は村営船だけで週2便しかない。鹿児島からだと一番近い島で6時間、遠い島で12時間、奄美大島が終点なので逆便の時はその逆となる。その中で野口は今もずっと噴煙を上げ続けている諏訪瀬島、奇怪な面を付け草に覆われた草装神のボゼで知られる悪石島、そしてキャプテンキッドの宝の隠し場所の伝説がある宝島の3島を回る。悪石島のボゼ祭りの実際の映像がインサートされているが、動くボゼが見られるのはこのDVDだけで貴重この上ない。宝島は江戸時代末期にイギリス船が島から牛を強奪しようと上陸、島に派遣されていた薩摩藩の役人が鉄砲で見事に一人を射殺、鉄砲があることに驚いたイギリス人どもはすぐに逃げて行った。この事件を受けて幕府は異国船打払令を出すのだが、こんな不便な小島にまで鉄砲を持たした役人を送り込んでいた薩摩藩はさすが日本有数の軍事国家(藩)だったと言えよう。

他に「野口健ECO×TOUR対馬の旅」と「野口健ECO×TOUR礼文島・利尻島の旅」も購入したが、前者は対馬から見える韓国・釜山の町並み、後者は海抜0mから高山植物に覆われた礼文島の映像などが見事でこれもオススメしておこう。後、南大東島、与論島があれば完璧。(佐野邦彦)