2024年7月21日日曜日

吉田哲人コラム番外編 ー BABY JOHNSONZについて知っている二、三の事柄 ー


こんにちは。吉田哲人です。 
 七夕の日であり短冊CDの日でもある7/7にリリースしました、僕と田中友直さんとのユニット、BABY JOHNSONZのデビュー短冊CD『BABY JOHNSONZ E.P.』をWebVANDAの読者の皆さまは当然手に入れて下さってますよね!? 
僕は信じてますよ!
 インストゥルメンタルばかりを収録した短冊CDになっておりまして、中々無いものを作ったぞ!と自負しております。まだ買ってないよ!って方はお急ぎください。今回は我々BJzが製作費を全額負担しているので流通枚数が極端に少ないのです。 
という事で今回のコラムは『BABY JOHNSONZ E.P.』についてです。 
※関連記事:短冊CDの日★Wink Music Service / 平野友里(ゆり丸)/ フレネシ>こちら

と、その前に。

 「わたくしのオフコース -3- 」で取り上げました『ワインの匂い』について、読者の方々から幾つか有力な情報を頂きまして、調査に進展がありました。 
本当にありがとうございました。めっちゃ嬉しい。
次回にでもその辺りをふれますのでお楽しみに。 
話題は少し逸れます。 
 最近の僕のXのタイムライン情報ですが、オフコースのシングルが売れているっぽいのですよ! 
初期プレスを集めるなら今のうちかもしれませんね。なんてね。


BABY JOHNSONZ
(左から吉田哲人、田中友直

さて本題のBABY JOHNSONZについてです。 

 突然ですが、皆さんは「DAT(ダット、ディー・エー・ティー、Digital Audio Tape)再生できない問題」をご存知でしょうか。
 近年ごく一部で話題となりましたが、ざっくり説明をしますとDATには曲毎にCDと同様にIDを打つことが出来ますが、そのIDが何らかの原因で消える事で再生が出来なくなる現象が起こっているようです。
 実はその話題が出る数年前に、僕もこの現象により聴けなくなったDATが存在していたので、生き残っているDATを早めにサルベージし作品化しなければと思い、作ったのが僕の『The World Won’t Listen』Disc2なのでした。 
閑話休題。 
 どうもこの現象を気にした田中友直さんがDATをサルベージする作業をしたらしく、

「DAT整理したりして昔のデータでてきたんで送ります、一瞬二人でやろうとしていたJOHNSONSというやつの。」

 というメールと共に送ってきたのが今回の短冊CD収録の「SLOW DANCE」「ONE」の元となった楽曲でした。 
久々にこれらを聞いて記憶よりも出来が良かったので、

 「手を加えてこれをリリースしましょう。ただ、〆切決めないとウチらまた何もやらなくなるから短冊CDの日に出すのはどう?」

と、持ち掛けたのでした。

 その後、制作はメールのやり取りのみで進められ、よくよく考えればZOOM等使えば良かったのですが、顔を見る事なく声も聞く事なく無事完成となりました。 

(ハウス系イベント@心斎橋/1997年頃) 

 さて、BABY JOHNSONZはわたくし吉田哲人と、私の出身校である大阪芸術大学芸術学部音楽科音楽工学コースの、直の先輩である田中友直さんとのユニットです。
 田中友直さんはWebVANDA読者の方にはお馴染みの、フレネシさんの最初期の作品(京都のレーベルBAMBINIより)でエンジニアとマニピュレーターを務めた人です。
 田中さん曰く、我々のユニット結成時期はDAT音源の制作環境から1998年くらいのようです。
 当時のユニット名はJOHNSON and JOHNSONSでしたが、今、その名前でデビューするのは怒られ案件かなあと思い、ジョンソンズ残しで現在の名前としました。 
 個人的には、いつかユニット組むことがあったら「Baby Lemonade」みたいな名前がいいなと思っていたので気に入っています。 
 結成時期の記憶が薄いのですが、当時、僕がSportscut(スポーツカット)という独りユニットをやっており、この時期の作風はラウンジ・ブレイクビーツものにスクラッチやコラージュをのせるスタイルだったので、それらを聞いて一緒にやれると思ったのか、
「なんかスクラッチとかネタに使えそうなレコード持ってきて。」 
と、声をかけられた事から旧JOHNSONSが始まるのでした。


 
BABY JOHNSONZ e.p. Trailer


1. POLE SHIFT 

制作順で言えば1番新しい曲。原曲は「SON (of) POLE SHIFT」。 
当初の予定では、TB-303が中心でハッキリしたメロディは無し、ワンコードでビルドアップしていく所謂ワイルド・ピッチ・スタイルの楽曲を目指していたのですが、
「悪くはないんだけれども、良いとは言い切れない…」
と、放置していた曲を田中さんに投げて何往復かをしているうちに「POLE SHIFT(ver.1)」が完成しましたが、
「悪くはないんだけれども、共作とはいえ、いま吉田哲人の曲として出すべきものなのかな…」 
と考え、自分がテクノに拘りすぎてると感じたので、テンポを落とし愛用しているNord Grandでコード進行をつけたところ、納得がいくものになる確信を得たのでシンセを色々足して、303を使ったチルなテイストの「POLE SHIFT(ver.2)」をいったん完成させます。
そのヴァージョンを数日は気に入っていたのですが、
「雰囲気モノとしては良いけれども、テーゼに乗っかりすぎて自分らしさが少なくないか…?あと、多分一曲目に収録するだろうけど、そうするとリードとしては曲が弱くないか?」 と思ってしまい、作れるのにわざわざメロディを封印するのはむしろ不自然ことだと考え、メロディを新たに作りテンポも元に戻し、更にテクノだからと言って僕の歌声が入ってない事もやはり不自然だと感じたので、ハーモニー・パートを作って遂に完成となりました。 
あまり無いテイストの曲になったし、ずっとループして聴ける8小節の良いメロディを作れたのは『The Summing Up』『The World Won’t Listen』の制作を経た、今だから、と我ながら思っております。


2. SLOW DANCE

当時、レコードを持って田中さんのスタジオに行くと、この曲の原型がある程度出来ており僕はあまりやる事がなかったので、このトラックではスクラッチをしてます。
当時のNinja TuneやMo’ wax、Rephlex辺りの作品を二人とも好んでおり、ビートの効いたラウンジものといった感じでしょうか。
僕の記憶では、展開をつける際に「田中さんのあの曲みたいにEnsoniq ASR-10を使って、ここをこうして~」「エンディングはこういう感じで~」の様なアイディア出しをしました。 今回、発売にあたり当時よく見られた、変化もないのに妙に長いクラブトラックを意識した構成にメスを入れて、タイト目の変化に飛んだ楽曲になる様にエディットを施し、楽器も追加しました。
この曲は当時の田中さんのビート感がよく表れていますね。 

 
(TANZAKU CD FESTIVAL 2024) 


3. ONE

僕の機材がない慣れない環境とはいえ、せっかくユニットを組んだので何か作りなよ、という空気になり、田中さんにマニピュレーターになってもらい、持っていってたレコードから6/8のビートを作り、最初のパートのコードとホルンの様なシンセのフレーズ、ヴィブラフォンのメロをある程度作ったのを覚えてます。 その後、田中さんがヴォコーダーや途中の展開、ベースラインを作って元曲の完成としました。ヴィブラフォンやオルガンの音などは、当時のフレネシさん楽曲の音色に通ずる様に思います。 今回は「SLOW DANCE」同様、タイト目なサイズ感に変える事と、展開とメロディを追加、そして、元曲のドラムが当時のチープなラウンジもののビートにより過ぎるかなと判断し、リッチな響きになる様に新たなドラムパートを全編にひきました。 当時を思い返すと「メンバーといっても、大して何もやってないしなあ…」という感情が真っ先に浮かんできますが、今回、エディットや追加音源を制作する事によって漸く自分もJOHNSONZに参加しているんだと実感しました。


4. SON (of) POLE SHIFT

POLE SHIFTの別ヴァージョン。通称;サンポール。
LFO「Tide Up - Acid Mix」の様なタイトルにしようかと思ってましたが、あまり面白味を感じられず「Acidって酸だよな…」というところからの駄洒落に。
因みに「Son of ~~~」というタイトルで僕が真っ先に思いつくのが「The Mighty Dub Kats! - Son Of Wilmot」でしたが、田中さんは「TOWA TEI - SON OF BAMBI」らしいので、各々がどういう音楽を好むかがここに表れているような、無いような…。
経緯は概ね「POLE SHIFT」に書いたとおりなので繰り返しになりますが、悩みつつも田中さんが作ったフレーズによって自分が当初予定していたよりもいい楽曲にはなったし、共作にもなった。ただ…というところから色々経て「POLE SHIFT」の完成をみた訳ですが、一方、完成した後アーリー・ヴァージョンのであるこちらを聞き直したら全然悪くない。むしろ共作感はこちらの方に出てる。とはいえ、リード曲とするにはユニットのコンセプトから外れているので、ボツにはせずにこちらはこちらで更にブラッシュ・アップして収録しました。
このコラムを読んでCDを聴いて頂けると、僕が何を基準にボツと考え、また、どの様に作業してゴールへ向かうかが垣間見えるかと思います。

(TANZAKU CD FESTIVAL 2024)


最後に。

 WebVANDAさんのXでのポストがきっかけで、田中友直さんとフレネシさんが旧交を温めている様子を見てふと、当時、僕が田中さんたちの様子を見ていて「田中さんをはじめ、みんな才能があるから、ここに自分の居場所はない。どこか別の居場所を見つけないと…とは言うものの…」と、周りの友人には見えない/言えない悩みを抱えていた事を思い出しました。僕が悩んでる間に田中さんが忙しくなっていったのもあり、旧JOHNSONSは宙ぶらりんで休止となったのかな、と今の僕は考えているのですが、田中さんにはどう見えているのでしょうね。
 その後、運よくマニピュレーターとして声をかけられたので僕は上京するのですが、田中さんの作業を見ていなければ、僕はマニピュレーターになっていなかった様に思いますし、そうなるとひょっとすると今の僕はいなかったのかもしれません。人生は何があるか分かりませんね。 
 その様なbittersweetな思い出のトラック達を再構築、更に新曲まで作ってリリースするには、この年齢になるまではやはり無理だったのかもなあ、とライナーノーツを書きながら思ってました。
 このセルフ・ライナーノーツはあくまで僕からの視点でしかないのですが、如何だったでしょうか。田中さん視点が入ればもっと違った印象になるかもしれません。

 このライナーノーツがテクノは苦手だからどう聞けば良いの…という方への手引きとなれば幸いです。

※短冊CDの日オフィシャルサイト:https://tanzaku-day.jp/#release2024
 (各紹介作品のオンラインショップ・リンク付)
DiskUnionオンラインショップ:https://diskunion.net/jp/ct/detail/1008868220
BABY JOHNSONZ プロフィール
アイドル楽曲界の奇才、稀代のメロディメーカー吉田哲人と、彼の大学の先輩であり、サウンドクリエイターとして多岐に渡るジャンルで活動する田中友直とのエレクトロニック・デュオがこのたび誕生。その名はBABY JOHNSONZ(ベイビー・ジョンソンズ)。 ラウンジでテクノ、アブストラクトでアシッド、ブレインダンスでサマー・オブ・ラブなサウンドは、云うならば『令和のインテリジェンス・テクノ』か!?2024年7月7日短冊CDの日に『BABY JOHNSONZ E.P.』でデビュー。


吉田哲人プロフィール
作編曲家。 代表作『チームしゃちほこ/いいくらし』『WHY@DOLL / 菫アイオライト』等。自身もシンガー・ソングライターとしての1stアルバム『The Summing Up』、テクノ/アンビエント系楽曲アーカイブ集『The World Won’t Listen』を2023年11月に同時発売。


田中友直プロフィール 
TREMORELA名義でマシンライブを中心とした電子音楽家としての顔を持ちながら、商業音楽等の制作にも携わる。ミックス/マスタリングエンジニアとしても長らく活動しており、近年はkojikoji、空音などを担当、関西のシーンを中心に幅広くサポートしている。


(テキスト及び画像提供:吉田哲人/編集:ウチタカヒデ








2024年7月14日日曜日

Negicco:『Perfect Sense』

 
 新潟在住のアイドル・ユニットNegicco(ネギッコ)が、結成20周年を記念し昨年7月20日に配信リリースしたミニアルバム『Perfect Sense』を、漫画家でイラストレーターの江口寿史氏が描き下ろしたイラストレーションをジャケットして、7月17日にフィジカル(Fall Wait Records / FAWA-0020)でリリースする。
 CDは全国流通し、同収録曲の7インチ・ボックスとカセットはリリース元であるFall Wait Recordsのオンラインショップと、新潟市内のNegiccoグッズショップ(EAST MOAT STREET BLUES)での限定リリースとなる。


 弊サイトでは、Negiccoのサード・アルバム『ティー・フォー・スリー』(2016年)をはじめ、リーダーであるNao☆のソロ・シングル『菜の花』(2018年)Lampの染谷大陽ウワノソラの角谷博栄が共同プロデュースしたKaedeの『秋の惑星、ハートはナイトブルー。』(2020年)をレビューしてきた。本作は結成20周年というアニバーサリーと、ジャケットのイラストレーションを江口氏が作画しており、弊VANDA監修の『The Beach Boys Complete Revised Edition』(2012年)にて、同氏のインタビューを筆者が企画、担当した縁もあり取り上げたい。 
 Negiccoのプロフィールに触れるが、2003年7月に地元・新潟県産ネギ “やわ肌ねぎ” PRのために結成されたアイドル・グループだ。所謂「ご当地アイドル」のパイオニアで、首都圏の大手事務所に所属せず、マネージャーなどスタッフを含め新潟在住を貫いた活動スタイルが特徴となっており、その人気は地元を飛び出して東京をはじめ全国各地に熱心なファンを獲得している。現在のメンバーは、Nao☆、Megu、Kaedeの3人で、結成当時から不動であり、他のアイドル・グループと比較しても活動歴が長いことで知られている。 
 その音楽性にも定評があり、やはり新潟在住で会社員兼業の音楽プロデューサーであるconnieの拘りにより、メジャーやインディーズ問わず様々なミュージシャン達に楽曲を発注しているのも人気のポイントだろう。2019年には最年長のNao☆が結婚したのを皮切りに、21年までにMegu、Kaedeの全員が既婚者となり、翌年には全員が第一子の出産を経験しているという、アイドルとしても極めて稀有な存在である。


 本作『Perfect Sense』は、前文通りNegiccoの結成20周年を記念し昨年配信リリースされていた全6曲を収録しており、2種の凝ったパッケージも含めその完成を待って今年リリースとなった。CD以外には、7インチの両面に1曲ずつ収録した3枚組ボックスと、Aサイドに4曲、Bサイドに2曲を収録したカセットテープの3種である。後者2種は数量限定であるため、コレクターズ・アイテムとなるのは必至だろう。
 そんなパッケージを飾るのは、雨上がりの歩道に反射するメンバー3人の姿をとらえた、江口氏によるひと際印象に残る、繊細なタッチのイラストだ。スカートの色やソックスの丈、スニーカー姿ということで、結成当時中高生だった彼女達を描いたという設定なのだろう。メンバーの個性から描かれた各人物達を推測するも面白いかも知れない。このように丁重な装丁で制作されているので、待ちわびたファンにとっては一層思い入れが強まったといえる。

 ここでは筆者による収録曲の解説をしていく。
 冒頭の「Make Up Promenade」は、これまでNegiccoやメンバーのソロ作で作編曲家としてレギュラー参加している、ユメトコスメの長谷泰宏が提供したインスト曲で、チェンバロやヴィブラフォン、グロッケンを配した欧州サウンドトラック風ジャズだ。彼らしい作風でミシェル・ルグランやトニー・ハッチに影響されたであろうサウンドは、弊サイト読者にもアピールする。 
 続く「お久しぶりです・お元気ですか」は、「アイドルばかり聴かないで」(フランス・ギャルの「N'ecoute Pas Les Idoles」とは同名異曲)以来10年振りとなる、小西康陽のソングライティングと編曲による提供曲で、トータル・コンプが効いたサウンドや歌詞(MVの構成についても)の所々にピチカート・ファイヴ感がセルフ・オマージュされている。この曲はメンバー全員の産休後の活動再開を祝して、昨年『Perfect Sense』の配信リリースに先立ち公開されたので、記憶に新しいファンも多いと思う。

 
Negicco「お久しぶりです・お元気ですか」 - Music Video - 


 3曲目の「Neggy‘s House」は、シンガーソングライター南葉洋平によるソロプロジェクトThe Recreations(ザ・レクリエーションズ)の作編曲によるインスト曲で、メンバーのスキャットをフューチャーし、木管やアコーディオンを配したのどかな小曲だ。『Smile』のセッション時期のビーチボーイズにも通じ、アイドルのアルバム収録曲としてはレアなサウンドだろう。南葉は2022年Kaedeに「カラッポで満たして」を提供してからの繋がりである。
 続く「それって魔法かも?」は、OKAMOTO’Sのギタリスト、オカモトコウキがソングライティングと編曲をした、ファンキーでポップなダンス・ナンバーだ。歌詞には嘗ての曲のタイトルがオマージュされていて、アニバーサリー感が漂う。オカモトコウキは名盤の誉れ高い『ティー・フォー・スリー』収録の「SNSをぶっとばせ」を作曲(作詞:堂島孝平)しているので、前出の楽曲提供者同様にゆかりのあるミュージシャンといえる。 

 Negiccoの音楽的な最大の功労者として、その活動の初期から彼女達を支えてきたプロデューサーのconnieは、 本作に「ル・ルーラは愛の言葉」 を提供している。このタイトルを見て、フィラデルフィア(フィリー)・ソウル往年のファンは直ぐ気付くだろうが、同ジャンル最初期のヒット曲で名匠トム・ベルが手掛けた、デルフォニックスの「ララは愛の言葉(La La Means I Love You)」(1968年)からインスパイアされている。
 但しここでは、倍速のBPMでプログラミングされたのドラムン・ベースのリズム・トラックと、モジュレーションを効かせたキーボード類の上物で構築されたサウンドに、オートチューンで処理されたメンバーのボーカルが乗るという斬新なものだ。フィリーの名残としては、エレクトリック・シタールのオブリガートがアクセントになっている点だろう。Perfumeをリスペクトしている彼女達の意を汲んだ、未来志向のサウンドに仕上がっている。
 そしてラストの「サークルゲームのなかで」は、クラムボンのリーダーで音楽プロデューサーとしても知られるミトの提供曲で、クラムボンで唯一無二なソングライティングとアレンジを披露していたので音楽通に彼のファンは多い。ここでもバロック進行のアコースティックギターのアルペジオとグランドビート風のトラックを基本とし、ピアノやイングリッシュホルン(コーラングレ)が絡んでいく音数少ないサウンドに、母性愛を感じさせる慈愛に満ちた歌詞を自身も母親になったメンバーが歌唱している。
 2022年にメンバー全員が出産し、アイドルではなく一人の母親としての視点でソングライティングしたミトの着眼点は鋭く、作詞曲とも非常に完成度が高い。フォース・アルバム『MY COLOR』 (2018年7月)に「硝子色の夏」の作編曲を提供してからの関係だが、ここまで彼女達の心情に寄り添った楽曲に仕上げたのはさすがと言うしかなく、ラストに相応しい曲である。

 
Negicco「サークルゲームのなかで」 - Lyric Video -


 筆者のレビューを読んで興味を持った音楽ファンは、好みのパッケージで是非入手して聴いて欲しい。なお繰り返しになるが、数量限定の7インチ・ボックスとカセットは、リリース元であるFall Wait Recordsの下記オンラインショップでの予約をお薦めする。 

Fall Wait Recordsオンラインショップ:https://fallwait.base.shop/

(テキスト:ウチタカヒデ






2024年7月7日日曜日

galaxy train 「なごやギャラクシー」「とうきょうギャラクシー」

 弊サイトでもお馴染みのthe Sweet Onions(スウィート・オニオンズ)とThe Bookmarcsのボーカリストとして、ソロ活動もしている近藤健太郎と、今年2月にセカンド・アルバム『The Wind Carries Scents Of Flowers』をリリースした、女性シンガーソングライターの小林しのが出演するライヴ・イベントが今月後半に開催されるので紹介したい。
 これは名古屋のインディーポップ・レーベル “galaxy train” が定期的に開催しているライヴ・イベントで、今回はニューヨーク在住のミュージシャン、Evan Brockが自身のソロプロジェクト”Laika Songs”として来日を公演する一環でプランされたそうだ。興味を持った音楽ファンは各会場に是非足を運んで、出演者の演奏を聴いて欲しい。

※関連記事はこちら> ●近藤健太郎:『Begin』
           ●Snow Sheep:『WHITE ALBUM』



「なごやギャラクシー」galaxy train vol.49 
7/20(土) 名古屋新栄HUNNY-BUNNY
open 17:30 start 18:00
予約 ¥3000+1D 当日 ¥3500+1D

ACT: 
ryohadano / kittens / 小林しの / Laika Songs
DJ :SEKIYA/mao

左上から時計回りでryohadano、kittens
Laika Songs、小林しの 

予約及び主催:galaxytraintape@gmail.com DM
など各アーティストにご予約


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「とうきょうギャラクシー」galaxy train vol.50
7/21(日)東京七針 open 16:00 start 16:30
予約 ¥3000 当日 ¥3500

ACT:
 Archaic Smile / Boys Age / Kentaro Kondo / Laika Songs

DJ: tarai/ueda

左上から時計回りでArchaic SmileBoys Age
Laika Songs、Kentaro Kondo 

予約 七針予約フォーム:https://ftftftf.com/#0721
など各アーティストにご予約


出演者紹介
Laika Songs(New York)
ニューヨークのEvan Brockのソロプロジェクト。多数のゲストを迎えて製作されたデビューアルバムはgalaxy trainから6月にリリースしての初来日です。
高い完成度のソングライティングが光る彼の音楽は純粋なインディーポップであり、歴代のインディーバンドへの愛もたっぷり詰まっています。Death Cab for CutieやTeenage FanclubあたりからThe Microphonesあたりのファンにも是非観て欲しいです!


「なごやギャラクシー」
1. ryohadano(浜松)
反復するギターアルペジオを基軸に、グロッケン、電子音、環境音等を重ね、 静かに囁く言葉とメロディを配置した独自の楽曲を生み出してきたryohadano。
近年はスロバキアのz tapesからのコンピやgalaxy trainからもフレキシをリリース、優しさの中に突き刺さる心のナイフを研ぎ続ける彼の独自の世界は一度はまると抜け出せなくなる。

2. kittens (名古屋)
愛知を中心に活動する4人組。1990年代~2000年代前半の国内外音楽を主たる影響元にしながら、パワーポップからギターポップまで、ノイジーで唄心溢れる穏やかに展開する。
次から次に出てくるグッドメロディーには思わず微笑んでしまいます。ギターヴォーカルを担当する片岡のソロ、ベースの細田のソロユニットPAPERMOONなどそれぞれの活動にも注目です。

3. 小林しの (東京)
Harmony hatchのメンバーとして活動後、2002年からソロとして活躍する小林しの、名古屋ではrecord shop Andy インストアライブ以来で、5年振り、今回初のバンド編成でのライブが実現。
philia recordsや*blue-very label*を中心にキャリアを重ねてきてギターポップファンから愛される存在に。今年2月にはセカンド・アルバムを*blue-very label*からリリース。青い空に爽やかな歌声で物語が描かれていくファンタジーポップ。


「とうきょうギャラクシー」
1. Archaic Smile(東京)
アメリカ最弱のDIYレーベルBlackbean And Placentaなどから作品をリリースしていた伝説の宅録家、5年振りにライブ。
長期に渡る活動の中でも自然にアップデートされた感のあるネオアコシューゲイズな新作カセットをgalaxy trainから今年春にリリース、その記念ライブです。

2. Boys Age (さいたま)
galaxy trainからのカセットリリースをはじめ、世界各地のDIYインディーレーベルから多数のリリース、日本を代表するベッドルームアーティストで、DIY POP MASETRとして常にリスナーの先を行く。
宇宙規模のアイディアを吸収しては変種となり排出されるベッドルーム DIYポップは今回はどんな形を見せてくれるのか?

3. Kentaro Kondo(東京)
レーベルphilia records、the Sweet Onions、The Bookmarcsなどの多くの活動を通してスイートでジェントルなポップを発信してきた彼のソロライブが実現。
*blue-very label*からリリースされた7インチシングルで聴かれるような、英国調ポップは、霧の中からやさしい光を見つけた時のような幸せな気分に浸ることが出来るでしょう。 


galaxy trainについて
1997年から名古屋/東京をベースにインディーポップなイベントを開催。 1998年からは同名のレーベルとして活動を開始。インディーポップ、ベッドルームポップ、フォークトロニカ、など手作り感のある音源を、手作り感のあるカセットテープやアナログレコードを中心とした作品にしてリリースしています。
国内だけでなく海外アーティストのリリースも多く現在まで国内外の130を超えるタイトルをリリースしています。それにともない海外アーティストのイベント参加も増えています。いつかサンフランシスコでイベントをやるのが夢だとか?


(テキスト及び編集:ウチタカヒデ

2024年7月2日火曜日

短冊CDの日★Wink Music Service / 平野友里(ゆり丸)/ フレネシ


 1988年に8cmサイズのCDを短冊型パッケージにしたシングルCDが生産開始され、35周年となった2023年から展開されていた『短冊CDの日』のイベントが、今年も7月7日”七夕の日”に開催される。
 90年代に青春時代を送った世代には懐かしいが、生産終了後に育った若い世代にとってはこのフォーマットの存在は”未知との出会い”と言って過言ではないだろう。今では前時代の遺物とされる「カセットテープ」や「写ルンです」までもリバイバルされるご時世だが、急速な技術革新で合理化へと向かっていく中で失われたこれらが、次世代に再発見されて愛でられるのは決して悪いことではない。ファッションにもリバイバル・ブームがあるように、このような工業製品に再び光が当たるのは、カルチャーの輪廻転生と言えるのだ。
 ここでは『短冊CDの日 2024』にエントリーされ7月7日に同時リリースされる中から、弊サイトのカラーや筆者の好みやで選出した作品をレビューしたいと思う。 


Wink Music Service『ローマでチャオ/ヘンな女の子』
(VIVID SOUND / VSCD9738)
  

 まずは昨年筆者(弊サイト管理人)が選んだ邦楽ベストソングにも選出した、Wink Music Service(ウインクミュージック・サービス/以降WMS)のファースト・7インチ・シングル『ローマでチャオ/ヘンな女の子』が、初のCD(デジタル)音源としてリマスタリングし新装リリースされる。 

 今年の4月後半にサード・7インチ・シングル『Fantastic Girl』(VIVID SOUND/VSEP861)を紹介したのが記憶に新しいWMSは、サリー久保田と高浪慶太郎による拘りのポップ・グループで、このファーストとセカンドではハイティーンのハーフ・モデルで女優のアンジーひよりをゲスト・ボーカルに迎えている。WMSの詳しいプロフィールは前回のレビューを再読して頂くとして、ここでは本作の収録曲を解説していく。 

Wink Music Service
(左から高波慶太郎、サリー久保田)

ゲスト・ボーカル:アンジーひより

 タイトルの「ローマでチャオ」は、3人目のWMSとされる作編曲家の岡田ユミの作曲と同じくWMSには欠かせないマイクロスター飯泉裕子の作詞によるソフトロック・ナンバーで、編曲はベーシストであるサリーを中心としたWMSと岡田の共同名義になっている。
 60年代後半~70年前半の欧州映画サウンドトラックからの影響が非常に強く、フランシス・レイやエンニオ・モリコーネの熱心なファンは初見でこの曲の虜になるだろう。またリズムセクションは全盛期のモータウンを支えたホーランド=ドジャー=ホーランドのサウンドをルーツとしており、このように転調を多用した高度なアレンジに、アンニュイながらあどけなさが残るアンジーとデュエットする高浪の歌声のギャップが非常に面白く聴き飽きさせない。

    
Wink Music Service「ローマでチャオ / ヘンな女の子」Teaser

 カップリングの「ヘンな女の子」は、80年代にサリーを配したザ・ファントムギフトと同様ネオGSムーブメントで同時期にデビューした、ヒッピーヒッピー・シェイクスの88年作のカバーで、作詞:小西康陽、作曲:高浪慶太郎というピチカート・ファイヴ黄金コンビの共作である。オリジナルはコンボ・オルガンとファズ・ギターをフューチャーしたモッズ系サウンドだったが、ここではシェイクのリズムを強調しベースラインは「Taxman」(ビートルズ・ジョージ・ハリスン作/1966年)からインスパイアされており、ハモンドオルガンにシタールも活躍する、ネオGSの名残のある洗練されたダンス・ミュージックに生まれ変わった。アンジーと高浪のボーカルやコーラス・ワーク、サリーとリズム隊を組む原“GEN”秀樹の巧みなドラミングなど聴きどころは多い。
 今回の短冊CDには以上2曲のインストルメンタル・バージョンも初めて収録されているので、今や中古市場で高額取引されている7インチの入手を逃した音楽ファンはこの機会に必ず入手すべきだ。



平野友里(ゆり丸)『超ゆり丸音頭』
(なりすレコード / NRSD-3133) 


 今回の『短冊CDの日 2024』の中で音楽通にとって目玉となるのが、1976年6月に大瀧詠一のプロデュースによりシングル・リリースされたタイトル曲を含む、『ナイアガラ音頭 EP』ではないだろうか。布谷文夫 with ナイアガラ社中の歌唱によるタイトル曲とカップリングの「あなたが唄うナイアガラ音頭」、それに加えて78年にリリースされた同名アルバムのタイトル曲「Let's Ondo Again」(歌唱:アミーゴ布谷)の'81 Mixバージョンなど5曲を収録している。
 
 この「ナイアガラ音頭」に対する令和アイドルからの回答と呼べるのが、同イベントでリリースされる、平野友里(愛称:ゆり丸)による『超ゆり丸音頭』だ。 
 ゆり丸こと平野は、2012年10月に2人組アイドルグループTAKENOKO▲により活動を開始し、15年5月の活動終了後にソロアイドルに転身した。その後ソロと並行してシャオチャイポン、エムトピ、APOKALIPPPS(あぽかりっぷす)、SZWARCといった多くのアイドルグループやユニットにも参加していた。現在はソロ活動をメインとして再開させて、出身地である千葉県旭市の一日警察署長を務めるなど地元にも貢献し、次期観光大使候補として知られる存在なのだ。 

平野友里(ゆり丸)

平野友里(ゆり丸) 『超ゆり丸音頭』MUSIC VIDEO

 そして今回の『超ゆり丸音頭』もそんな地元愛を綴ったハイブリッドな盆踊り歌謡ラップに仕上げられている。作詞はゆり丸自身で、作編曲とプロデュースはムーンライダーズのギタリストである白井良明が手掛けている。
 筆者はマスタリングされたばかりの音源を5月末に聴かせてもらったのだが、白井の作編曲とプロデュースの音頭ということで、直ぐに堀ちえみの「Wa・ショイ!」(作詞:鈴木博文/1985年)をイメージさせられた。同曲は米E-mu社製サンプラー内臓シンセサイザー EmulatorII(Depeche Modeが多用)を使用したと思しき、低いサンプリング周波数で粗い掛声がトリッキーなアクセントになって、オリコン9位のヒットとなった。
 そんな白井ワークスを再びと、リリース元レーベル主宰でライダーズ研究家としても知られる平澤直孝の熱烈なオファーにより、この様な稀有なコラボレーションが実現した。
 本作でも白井による特徴的なマルチトラックのギター・リフ、サンプリングで随所に散りばめられたゆり丸の「ワッショイ」の掛声をアクセントにしたメイン・パートに加え、ラウドなラップ・パートでも旭市を熱くピーアールしているのが微笑ましく、パート毎に表情を変える、ゆり丸のボーカリストとしての表現力も聴きどころだろう。何より地元愛を強く感じさせるので、新たなご当地ソングとして取り上げられることを願うばかりだ。
 今回カップリングには「あなたが唄う超ゆり丸音頭」と「超ゆり丸音頭〜超インスト〜」の2種類のインストルメンタル・バージョンも収録されているので、興味を持った音楽ファンやアイドル・ファンは入手して聴いてみて欲しい。



フレネシ『メルヘン-短冊CDバージョン』
(乙女音楽研究社 / OTMSH-101)


 シンガー・ソングライターでイラストレーションや文筆など多面的才女として知られるフレネシ(熊崎ふさ子)も、今回の『短冊CDの日 2024』にエントリーしているので紹介したい。

 彼女は2014年から活動を休止しており、19年には現Wink Music Serviceのサリー久保田が率いたバンド、SOLEIL(ソレイユ)のサード・アルバム『LOLLIPOP SIXTEEN』に楽曲提供していたが、表立ってソロ活動は再開していなかった。筆者が2006年に監修したインディーズ・コンピ『Easy Living Vol.1』に参加してくれた縁もあり、これまでのソロアルバムは弊サイトでも取り上げており、本作の3曲が収録されていた10年リリースのセカンド・アルバム『メルヘン』リリース時にもインタビューを掲載している。 
 フレネシのプロフィールに少し触れるが、大学生時代にnaphthaline squallというユニットで音楽活動を開始し、この時代に既に多くの楽曲をソングライティングしていたという。ソロ名義のフレネシ (frenesi)として1999年にファースト・ミニアルバム『Landmark Theater』、翌年には2人組ユニットbluenoでアルバム『blueno』を各リリースしている。

フレネシ

 彼女が広く知られるようになったのは、2009年6月のファースト・アルバム『キュプラ』だろう。リードトラックの「覆面調査員」は80’テクノ、「スカイバストーキョー」ではUKのネオアコースティック系の影響下にあるサウンドに、独特なウィスパーヴォイスで歌唱するという唯一無二の存在だった。翌年9月には、筆者も最高傑作に挙げるセカンドアルバム『メルヘン』をリリースし、更に多くの信奉者的ファンを獲得していく。松田聖子のオフィシャル・カバーアルバムを監修しフレネシに参加をオファーしたタレントの千秋を筆頭に、朝ドラ『あまちゃん』で一躍人気女優になった、のん(のうねん れな)や、SOLEILのボーカルで当時高校生だったそれいゆ等、ファンであることを公言している著名人も少なくない。
 その後も2012年9月にサード・アルバム『ゲンダイ』、13年11月には新曲と『Landmark Theater』全曲を中心としたコンピレーションアルバム『ドルフィノ』をリリースし、翌年12月のライヴイベント『フレネシ学園 伝説の終業式』をもってその活動を無期限休止していた。
 近年ではアジアを中心とする海外で人気が高まっており、SNSでは彼女の楽曲をBGMにした動画が多数アップされ、膨大に再生されているという。Lampと同様にジャケットのアートワークも含めた唯一無二な独自性とメルヘン感覚に、海外のファン達は魅了されているのだろう。 

 前出の通り本作には『メルヘン』から3曲選曲されており、「不良マネキン」、「街」、タイトル曲の「メルヘン」という代表作が収録されているので、これからフレネシの楽曲に触れる音楽ファンにも最適だろう。 
 冒頭の「不良マネキン」は、凝ったドラマ仕立てのPVの演出含め彼女自身が全て担当しており、大映テレビ『ヤヌスの鏡』(主演:杉浦幸、山下真司/1985~1986年)がモチーフになっている。このPVが公開された2010年当時サブカル界隈でかなり話題になった記憶があるが、先に挙げた著名人達もこのPVをきっかけにファンになったと推測できる。楽曲自体のサウンドは完全なテクノ歌謡で、ツイストをルーツとする八分刻みのベースラインにシンセタムを多用したドラムのリズム隊、FM音源系シンセのパッドやリフ、スラップ・ベースのアクセントなど、彼女より上の世代である筆者には懐かしさに溢れているが、多様性が進んでいる今こそ改めて視聴して欲しい名曲なのだ。

 
フレネシ「不良マネキン」PV  


 「街」では一転して、坂本龍一がサウンド・プロデュースしていた頃の大貫妙子を彷彿とさせるヨーロピアン・テイストの洗練されたサウンドで、隙間を活かしたアレンジの中で、パーカッションやシーケンス音など細部に渡ってよく構築されていて完成度が高い。
 この曲でひと際美しいアコースティックピアノをプレイしているのは、当時レーベルメイトでblue marbleを主宰し、フレネシのライヴ・サポートメンバーだったショック太郎だ。現在彼は無果汁団(mukaju dan)というポップスユニットで、3枚のオリジナルアルバムをリリースしているのでこちらもチェックして欲しい。
 ラストの「メルヘン」は、更にヨーロピアン・サウンドへの傾向が強く、欧州映画のサウンドトラックやフレンチポップの匂いがするワルツの小曲だ。本人によると、フランソワ・トリュフォー監督の諸作で知られる映画音楽家のジョルジュ・ドルリューの『The Day of the Dolphin(イルカの日)』(マイク・ニコルズ監督/1973年)のテーマ曲を主に影響を受けて作曲したという。そんな儚い曲調に、散文詩と一人称が融合した歌詞にイマジネーションを駆り立てられてしまう。わずか2分9秒の小曲であるがPVが制作されており、インスパイアされたのが、1974年NHKで放映された異色ドラマ『夢の島少女』(中尾幸世主演)だという。
 当時NHKドラマ・ディレクターで後に映像作家となった佐々木昭一郎の作演出によるこのドラマは、肝心の台詞が極端に少なく、感覚的なカットと編集がなされて、劇伴としてヨハン・パッヘルベル作曲の「カノン」が多用されるという抽象的な映像作品で、映画監督やミュージシャンに信奉者がいることで知られるカルト的名作だ。Lampの染谷大陽もフェイヴァリットに挙げており、筆者も10年前プレミアムアーカイヴでの再放送をドラフト画質で録画し今でも大事に保存している。
 このように大映テレビ・ドラマと佐々木昭一郎作品を同じ地平で許容してしまう拘りこそが、フレネシの唯一無二の才能を形成している根幹ではないだろうか。本格的なソロ活動復活を願っているファンが多いのも理解できると思う。
 先に紹介した2作同様に限定数量プレスなので、彼女の世界観に興味を持った音楽ファン、熱心なフレネシ・ファンはコレクターズ・アイテムとして早期に入手し聴いて欲しい。

 
フレネシ「メルヘン」PV 




 BABY JOHNSONZ『BABY JOHNSONZ e.p.』
(GOUACHE/NEO NEW MUSIC/なりすレコード
 / GCNM-0001)

 
 最後に番外だが、弊サイトにコラムを寄稿している作編曲家でシンガー・ソングライターの吉田哲人が、TREMORELA名義で電子音楽家として活動しながら、プロデューサーやエンジニアとしても知られる田中友直と組んだ2人組テクノ・ユニット、BABY JOHNSONZとしてこのイベントにエントリーしている。今月後半の彼のコラムの中で、この『BABY JOHNSONZ e.p.』のセルフ・レビューを予定しているので是非読んで欲しい。
 筆者は近年のテクノ・ミュージックに疎く門外漢であるが、収録曲の「POLE SHIFT」を非常に気に入っており、マスタリング音源入手直後から何度も何度もリピートしている。
 共に芸大出身者による端正なテクノと言うべきか、19世紀初頭の初期ロマン派に通じる麗しい旋律、4つ打ちキックでドライヴしていくラグジュアリーなバックトラック、ブレイクでの美しいコーラスを配したサウンドに一聴して虜になってしまった。
 ジャンル的に歌モノではない点で弊サイト読者の趣味とは異なるが、興味を持った音楽ファンは是非入手して聴いて欲しい。

BABY JOHNSONZ e.p. Trailer


※短冊CDの日オフィシャルサイト:https://tanzaku-day.jp/#release2024
 (各紹介作品のオンラインショップ・リンク付)


(テキスト:ウチタカヒデ









2024年6月15日土曜日

漫画『音盤紀行』『音街レコード』 作者・毛塚了一郎ロングインタビュー②「聴き継ぐ音楽」

 

(左)『音盤紀行』2巻 表紙  毛塚了一郎著  株式会社KADOKAWA  2023/(右)同書「探訪デイ・トリッパー」より。一番下のコマに、「レコードは誰かに聴き継がれていくモノだから」のセリフがある)


「レコードは誰かに聴き継がれていくものだから」「私の好きな曲が……50年、100年後の人にまで届いてくれるといいな」――『音盤レコード』2巻の中で語られるこうした言葉が印象に残った。

このセリフを書いた作者の毛塚了一郎さんにお話を伺ってみたい。これが、今回、インタビューをお願いしたいと思った動機である。いろいろと話をしていくなかで、毛塚さんから、こころ動かされる言葉がいくつも出てきて、毛塚さんの音楽への想い、音楽マンガを描くことへの真摯な姿勢が感じられて、とても気持ちのよいインタビューとなった。

インタビュー①「想像の音」とも併せ、ぜひ、毛塚さんの言葉をお読みください。

 

話し手:毛塚了一郎さん(漫画家)、担当編集  聞き手・構成:大泉洋子

 

★「曲そのものが本物」という音楽の特殊性

 

―― 何年か前に観た『音響ハウス』という映画の中で、「いい曲とは?」という問いかけがあって、それに対して、坂本龍一さんや佐野元春さんら出演アーティストの皆さんが、それぞれが考える「いい曲」について語っていたのが興味深くて、それが「いい曲ってなんだろう?」を考えるきっかけでした。そして昨年、『音楽ライター下村誠アンソロジー永遠の無垢』をつくっていく過程で、「いい曲ってなんだろう」ということを再び考え出すようになって。私の中では、「歌い継ぎたいと思う曲かな」という考えに至っているんですが、そんなこともあって、毛塚さんにも、同じ質問を投げかけてみたいと思ったという次第です。

 

毛塚 そうですね、時代を超えて、どう継がれていくかっていうのは、いろんな形があると思うんですよね。音楽だと、レコードやCDに記録されて、そのまま未来に残るということが音楽文化の継承という意味の大きなところだし、あと、音楽は楽譜として残ると、その人本人が歌わなくても、他の人が歌い継いだときに……それ自体はオリジナルではないんですけど……曲そのものが本物だから、それもひとつの継承なんじゃないかなっていう面もありますよね。それは、音楽の特殊なところかなと思います。絵画とかだと、その人本人が描いたものじゃないとオリジナルとは認められないから。

 

―― 確かにそう考えると、音楽って特殊ですね。音楽は、つくったり、最初に歌った本人が歌えなくなっても、歌自体は本物だし、後の人が歌えば、その曲が消えることなく、残っていきますし……。

 

(『音盤紀行』2巻「カンシオン・パラ・マニャーナ」より。三線を弾くシャイな少女が、人との出会いのなかで、少しずつ変わっていく)

 

毛塚 でもその一方で消えていった曲もあるはずなんですね。たとえば、少数民族のなかで、紙や楽譜もなくて、口承だけで伝わってきていた音楽は、レコードとしても記録されていないし、どこかの段階で消えてしまったんだろうなっていうのもあるし……。そういう、音楽そのものの儚さ、消えていった音楽もあったんだろうなというのは感じますね。でも、レコードっていうものができて、記録することができて、商品として売るという市場が生まれて、それによって結果的に受け継がれる。記録媒体が誕生したことで、受け継がれるっていうことが圧倒的に増えた。レコードが生まれてからの時間は、人間の時代でいうと、わずかな、まだ新しいメディアだと言えるのかもしれないんですけど……。

 

担当編集 ちょうどいま描いている話が、そういう話で……。

 

―― あ、そうなんですねー!

 

毛塚 フォークとか民謡とかが、どうやって受け継がれてきたんだろうっていう。民謡は、譜面だけが残って、それを次の時代の人が、新しい解釈、いろんな演奏もしながら、継いでいるわけですね。そういうなんか……なんでしょうね、パブリックドメインみたいな、公共のものになっているんですね。

 

担当編集 アメリカだと、スミソニアン博物館群のなかにカントリー・ミュージック殿堂博物館っていうのがありますね。

 

毛塚 その曲自体が文化となっているという……。

 

―― 民謡は楽譜によって……楽譜ということは明治以降の話ですか。

 

毛塚 いや、そうとも限らないです。楽譜っていっても、西洋の楽譜と、日本古来の楽譜は違うので……。

 

―― あぁ、確かに……。

 

毛塚 楽譜を買うって、一般の人はあまりしなくなりましたけど、明治のころは、レコードと、そのレコードに入っている音楽の楽譜が別売りで売られていて、レコードは高価だから、その代用として、一般庶民の人は楽譜を買って楽しむっていう文化があったらしいんですよね。装丁もちゃんとされていて、本のような感じで売られていたようなんです。レコードの前、SPレコードの時代ですね。SPレコードって再生回数が限られるメディアで、レコード以上に摩耗が早くて、本当に高価な品だったんですね。でも、昭和の時代でも、レコード、LPとかはおいそれと何枚も買えるものじゃなかったって聞くんですけど……。

 

―― 高かったと思いますよー。うちにあるLPで一番古いのが、1970年代のはじめに出た、サイモン&ガーファンクルのベスト盤なんですけど、CBSソニーから出たもので、確か2100円だったかな。でも、2100円といっても、いまの2100円よりずっと高価なものだった気がします。兄が中学生の頃、たぶん、おこづかいを貯めて買ったんだと思います。

 

毛塚 ですよね。そういう高価なものだったから、友だち同士で貸し借りする文化とか、ダビングとか……。音楽市場に中古市場やレンタルレコード屋が生まれたりとか、人の行動、行動範囲を増やすようなことになっていったと思うんですね。最近では、レンタル文化はほとんどなくなってしまって、サブスクリプションの文化になってきましたけど。

 

―― 中古市場ということで言うと、本もそうだと思うんですけど、音楽も、どんどん新しいものが入ってくるから、どんどん返品もされて、店頭から消えてしまうけど、中古レコード屋さんって、それを留めている存在、消えていくものを留めてくれる存在なのかなって思います。

 

毛塚 中古レコード店のなかでも個人店は流通のペースがゆっくりしているので、いろんな古いものが何十年と残っているパターンも多いし、眠っている在庫みたいなものが多い。そういうところは大手とは違うと思うので、『音盤紀行』で描いていくのは個人店が多いですね。ぼく自身、そういう店が好きなので。

 

―― 少し前に、『音楽ライター下村誠アンソロジー永遠の無垢』のお取り扱いをご相談しに、ある中古レコード店に行ったとき、棚を見ていて、「American Flyer」というバンドのアルバムが目に留まったんです。American Flyerのバンド名は聞いたことがあったんですが、〈曲は聴いたことないかも、ジャケットもかっこいいし、買ってみよう~〉と思って、レジに持っていったら、店長さんに「これは名盤ですよ」って言ってもらえて、あ、そうなんだとすごく嬉しくなって、いそいそとうちに帰って、聴きました。私にとっては初めての出会いなんだけど、50年近くも前のものだったりするのはおもしろいなぁと思いました。


 

(聞き手・大泉が中古レコード店で出会ったAmerican Flyerの1stアルバム「American Flyer1976年/家に帰ってから、メンバーの名前にエリック・カズを見つけて、あ、そうか、エリック・カズのいたバンドだ!と気がついた。リンダ・ロンシュタットとボニー・レイットの「Cry like a Rainstorm」など多くのミュージシャンに楽曲を提供したミュージシャンで、ソングライター)

 

毛塚 世間で言う音楽の文化とは別に、自分個人のなかでの音楽の再発見っていう体験があるじゃないですか。それは音楽、レコードのよい部分だなと思うんですよね。その時代じゃなくても、それを知る機会が存在する場所っていうのがレコード屋なんだな、って。

 

―― 再発見の体験。確かに。

 

毛塚 その人にとっては、そのときの体験が初体験、というところがあるので、古いも新しいもない。ビートルズって60年代がメインの活動だったから、それ以降に聴いた人はみんな「後追い」ですけど、ビートルズがCD化されたときに、でっかいブームが起こりましたよね。ブームっていう言葉自体が流行だから、それ自体は普遍性とは違うかもしれないんですけど、でも、そういうサイクルが起きることが、その作品の普遍性を表しているんじゃないかな、と。

 

―― 2巻で、「いつの曲でも、今の体験として聴けばいいんだよね」っていうセリフがありましたね。

 

(『音盤紀行』2巻「風を聴いたら」より。音楽好きの常連さんやミヤマレコードの店長さんと話すことで、暦実ちゃんがいろいろと考えて、レコードや音楽への想いを口にしていく過程が、とてもいいんです♪)

 

毛塚 その時代、その時代で、そういうタイミングが巻き起こすおもしろさ、という面と、個人の体験として、そこで再発見するおもしろさ、音楽の二面性というか……。ちょっと話を戻して、「いい曲ってなにか」を考えると、聴いた人のなかに、どれだけ残っているかっていうこともある気がしますね。昔、好きだった曲って、どうでもいいようなときに、あ、あの曲!って思い出して、頭の中で一日中流れていること、ありませんか。

 

―― 頭の中で、ですよね。あります、あります!

 

毛塚 そういうのって、聴いていないときでも、頭のなかでちゃんと循環している感じなのかな、って思ったりしますね。ライブの即興性とか、その場その場で感動できるすばらしさというのもあるんですけど、何も聴いていない、その音楽を体験していないときでも、自分のなかでちゃんと循環している、残っている。その残響というか、その残る時間というのは、いい曲ってなんだろう、を考える1つのポイントになるのかもしれない。

 


★自分の時間と一緒に変化していく音楽や作品

 

毛塚 昔よく聴いた曲で、そのときは本当にいいなと思っていた曲でも、あまり聴かなくなったとか、忘れちゃうっていうのも、たくさんあって。……マンガの話になってしまうんですけど、すぐにフワッと消えてしまわないような作品をつくりたいっていう思いは、ずっとありますね。そういう作品をどうつくればいいのかっていうのは、なかなかわからないんですけど、1回読んだだけではわからない、でもそれは複雑なものということではなくて、1回読んだだけでのおもしろさがあって、さらにもう1つ深さがあるっていう。マンガの場合、ぼくはそれをよく感じます。

 

―― 毛塚さんの話を聞いて思ったのが、小説やマンガ、映画でも、「わかりたい」と思うのがいい作品なのかなって。1回ぱーっと読んで、読んだ、読み終わった、じゃなくて、もう1回読んでみたいなと思う感じ。それじゃあ、音楽、いい曲はどうなんだろうっていうのはあるんですけど……。

 

毛塚 う~ん……。その……当時の自分の心境とか時間、時を経て、自分の気持ちもだんだん変わってきて、また別の見方ができるようになるときがあって、自分の時間と一緒に変化していく作品っていうのがあるんですよね。それは想い出ともつながっていったりするので、そういう作品や音楽は、いいと思いますね。

 

―― 自分の時間と一緒に変化していく。それが、いい曲であり、いい作品。あぁ、それ、あるかもしれない。

 

 

★自分が選び取るという体験が、自分の「好き」への自信につながる

 

―― 私が『音盤紀行』を知ったのは……下村さんの本をつくるときに、音楽関係の本をたくさん読んだんですね。新刊書店や古本屋さんで見つけることもあったし、ネットでも検索したり、探したりして、そのなかで『音盤紀行』も知ったんです。タイトルと簡単な内容説明と、あとは表紙の絵に惹かれて購入しました。内容もしみじみといいなぁ~と思ったし、それと本のつくりがとてもきれいでした! 表紙カバーも、レコードの部分がつるつるとした加工を施していたりして、凝ったつくりをしているなぁって……。

 

担当編集 UV厚盛という加工です。『青騎士』はまだ新しい雑誌なので、雑誌もコミックスも、書店の棚のなかでも一番端のほうに置かれることが多いんですね。そういう場所だからこそ、紙や造本、ブックデザインにこだわってつくっていかないとって考えてます。加工も積極的におこないます。

 

―― コミックスというより、書籍のようなつくりになっていますよね。ただ、あの……ネットで単行本を購入したので、最初から単行本で読んでしまったんですけど、本来はマンガ雑誌の『青騎士』で連載があって、何話かたまると単行本になるという、普通の流れですよね。

 

毛塚 そうですね。

 

―― 私、10歳で『りぼん』を読み始めて40歳まで30年間、毎月、マンガ雑誌を買い続けてきた人生だったんです。『りぼん』から始まって、『別マ』『mimi』『LaLa』、そのあとは、少女マンガもオトナになるっていうキャッチコピーで誕生した『コーラス』とか『ヤング・ユー』とか……。レディースコミックじゃなくて、作家さんも歳を重ねていくから、若い頃は主人公が高校生だったのが、歳をとってきたら、主人公も働く女性になっていたりっていう。

 

担当編集 少女マンガ特有の現象ですよね。描き手が成長して、読者も成長して、一緒に成長していくというかたちで、これは少年マンガ、青年マンガよりも少女漫画に顕著な現象です。

 

―― あ、そうなんですね。でも、出産、子育てで、マンガ雑誌を買わなくなって、間が空いてしまったら、マンガ雑誌を買う行為に戻れなくなってしまって、気になるマンガがあると、単行本で買うようになってしまって……。

 

担当編集 いや、それは大泉さんだけのことではなくて、近年は雑誌ではなく単行本のほうが商売の要になる時代になってしまってます。

 

―― 今度、本屋さんに『青騎士』を探しに行きます!

 

担当編集 文化として習慣をつくる。人に習慣になってもらうっていうところが最終的な行動の目標としてありますね。マンガは雑誌を読む習慣、音楽はレコード屋に行く習慣……。

 

毛塚 習慣ってブームの対極にあるものだから。その場の熱量だけじゃなくて、定期的に足を運ぶ、行動するっていう。それができたら、いいなと思いますね。

 

―― さっきも少しお話ししましたが、下村誠の本をお取り扱いいただきたくて、ある中古レコード屋さんに行ったときに目に留まったのがAmerican Flyerのアルバムで、買うときに店長さんに「これは名盤ですよ!」と言われて、すごく嬉しかったですね~。アマ〇ンだったら、American Flyerは薦めてこない、絶対に()

 

毛塚 そういうのは、わかります()

 

担当編集 そういう本をつくろうとしていますよね、我々も。見つけられて、「お!」ってなるやつね。これ、おれが見つけたんだって思ってもらえる本。

 

毛塚 本屋もそうなんですけど、レコード屋も……自分が主体として動いて、作品を見つけられるっていう環境が、ぼくはすごく大事だと思っていて。店からのおすすめ、その店に何度か通っているうちに、だんだん信頼関係っていうのが生まれてくるので、この店がおすすめしているんだったら間違いないな、とか、平積みで置かれていたりとか、そういう中から自分が選び取った、多くの中から選んだっていう行為自体が、その作品に対する思い入れと強くする、ということはあると思うんですよ。たくさんある中から選び取るのって、いろんなものに触れないと、自分が本当に好きと思えるものかっていうことがわからない。失敗しながらでも、ジャケ買いしたら思っていたのと違った、とか、そういうこともありながら、それを自分の経験として積み重ねていくっていうのは、自分の「好き」っていうものに対する自信みたいなものにつながってくるんじゃないかなって思いますね。音楽でも、マンガでも。

 

 

★音楽が聴こえてきそうな店や街並み

 

―― ストーリーもそうなんですけど、誌面を見ると、毛塚さんの限りないレコード愛を感じます。店内のレコード棚に並んでいるアルバムジャケットやポスターが本当に細かい! 見たことないようなジャケットもあれば、これってあのアルバムを参考にしているのかなぁ、と思ったり……。(表紙などカラー面で)アルバムにつけられたラベルの色で、実際にあるアルバムか架空のアルバムかを分けているという記事を読みましたが……。


(『音盤紀行』1巻「追想レコード」で出てくるミヤマレコードの店内の様子。アルバムジャケットがていねいに描かれていて、つい1枚1枚、確かめたくなる)

 

毛塚 そう…ですね(笑)。これは、何かを描くと、「あ、これ、あのジャケだ」って言ってくる音楽マニアが多いから、対策として、架空のものもまぜたんですよ。全部、答え合わせをされるのが恥ずかしいので(笑)、架空のジャケットもまぜて描こうって。

 

―― (笑)。でも、店の中に置かれているレコードジャケット1枚1枚が、とてもていねいに描かれているから、本当にレコード屋さんにいるようです。それと、お話ごとに描かれる街並みも好きです。街の様子やバイクとかの乗り物、昔ながらの、ちょっとひなびた喫茶店とか、片側アーケードの街とかも……。水澤レコードを探しに行く話に片側アーケードが出てくるじゃないですか。片側アーケードのある街並みって、なんか、いいですよね。

 

(向かって右から『音盤紀行』2巻「探訪デイ・トリッパー」より。片側アーケードの街並み/中央『音盤紀行』1巻「追憶レコード」より。背景の道が少しねじれて交差している。こういう道、どこかで歩いたことがあるような、ないような…/左「探訪デイ・トリッパー」より。すべての話にこういう見取り図がついているのも、イメージが広がって楽しい)

 

毛塚 そういうのは、ぼくが実際に行った場所を参考にしています。地方のレコード屋はやっぱりアーケードの中だろうなとか、ひなびた喫茶店があるといいな、とか。ちょっとした日帰り旅行的なおもしろさが描けたらいいなとか、と思って。『音盤紀行』という、せっかくタイトルに「紀行」という言葉が入っているので、旅するおもしろさみたいなものも少しずつ増やしていってます。

 

担当編集 いま描いている3巻は、わりと「旅」がテーマですね。コンセプトアルバム的なつくりかなぁ、っていう感じで。

 

―― お、そうなんですね~、3巻が楽しみです! では最後に、ジャケット画の話を聞かせてください。このWebVANDAでもご紹介させていただいていますが、何枚か、アルバムのジャケット画を描かれていますよね。IKKUBARUさん、秘密のミーニーズさん……。きっかけは何かあったのですか?



IKKUBARU:『Summer Love Story』>レビュー記事
IKKUBARU:『LAGOON』>レビュー記事
IKKUBARU:『DECADE』>レビュー記事
秘密のミーニーズ:『Our new town』>レビュー記事


毛塚 IKKUBARUさんが最初でしたね。ぼくが、当時のtwitterにイラストをアップしていて、それを見たんじゃないかなと思います。IKKUBARUさん側からジャケットを描いてほしいという依頼がきました。最初は2020年の秋頃ですね。秘密のミーニーズさんは、ぼくが昔からファンで。IKKUBARUさんと同じレーベルというご縁もあって、依頼されて描きました。カーネーションさんも、ぼくが昔からファンで、トークイベントをさせてもらったり、いろいろとご縁がありまして。

 

―― ジャケット画を描くというのは、マンガを描くのとは違う緊張感とか、ありますか。

 

毛塚 ジャケット画の場合は、自分の画風というものを期待して、求めてもらっての依頼なので、その音楽を端的に表現できるかという話ですね。そこに関して、ぼくができることって何だろう、と。イラストを描くとき、まずは「場所」から考えることが多いですね。どういう雰囲気の場所か、そのアルバムに収められている音楽が聴こえてくるような場所っていうものを、ジャケットのイメージの最初のアイデアとしてあるかな。それが、ぼくが一番大事にしていることですね。

 

―― その音楽が聴こえてきそうな街の風景、街に流れる音楽……なるほど。

 

毛塚 ぼく自身が昔からレコードジャケットを見てきたなかで、あ、この音楽にはこのジャケットだなって、バシっとハマるものが何枚かあって、そういうものはやっぱりデザインとして優れているので、そういうことを大事にしました。写真とイラストとでは、ジャケットの印象が大きく変わる。ぼくがイラストを描くっていうことは、写真ではなくて、イラストじゃなきゃならないということを意識しましたね。描いているのは架空の場所だけど、どこかにあるような場所を描いているというイメージです。

 

―― IKKUBARUさんのほうには人物が出てきますが、そのあたりは何かイメージがあったんですか。

 


(日本80年代の洋楽や、日本のシティ・ポップなどに影響を受けているというIKKUBARUさん。そのサウンドは軽快でおしゃれな展開、そして、どこかせつなくて優しい音色。ジャケット画をこうして並べてみると、なにか、続いてゆくストーリー性も感じる)


毛塚 IKKUBARUさんの場合は、イラストの依頼として、キャラクターを出してほしいというのがあったので、つながりのなかで全部登場させています。秘密のミーニーズさんは、アルバムのタイトルが『Our new town』で、「街」という言葉が入っているので、街の灯りで、人がいる世界みたいなものを感じ取れればキャラクターは必要ないかなと考えて、こういう絵になりました。

 

(秘密のミーニーズさんのアルバム『Our new town』。よーく目を凝らして見ると、街の要素がていねいに描き込まれていることがわかる。確かにここには住む人がいて、日常がいとなまれていることが伝わってくる)


―― 『音盤紀行』や『音街レコード』での、音楽と楽器、レコードにまつわる人間模様のストーリーと、その幸福な音楽の世界。そして、アルバムジャケットや書籍のカバーのイラストという、マンガとはまた別の表現。これからの活躍も楽しみにしています。長い時間のインタビュー、本当にありがとうございました。

 

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後日談

インタビューから数週間後の4月20日、マンガ雑誌『青騎士』を買った。書店のなかでマンガ雑誌のコーナーに行くのも、買うのも、とても久しぶりだ。 


背表紙の『青騎士』のタイトルまわりのデザインが洒落ているなぁと思いながら表紙をめくって、びっくりした。見返しがある! 見返しというのは、書籍の構造である。目次ページもシンプル。サイズは一般的なマンガ雑誌より小さめ。表紙がペーパーバックというだけで、本体の紙質も厚みがあって、コミックスのようだ。マンガ雑誌でありながら、コミックスでもある。そういう意図もあったのだろうか。いずれにしても、担当編集の方が話されていたように、紙質もブックデザインも、こだわってつくられていることがよくわかる。

私が昔、マンガを、コミックスではなく、マンガ雑誌で読んでいたのは、コミックスとしてまとまって発行されるまで何カ月もかかるのが、待ちきれなかったから。続きが早く読みたい、ファン心理。今回、久しぶりにマンガ雑誌を購入して、眠っていたマンガ雑誌ファン心がウズウズ。もうすぐ、20号の発売日ですね(偶数月20日頃の発売)。マンガ雑誌を毎号買う生活に戻りそうな予感……。


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「いい曲ってなんだろう」という問いかけに、真摯に、いろいろな角度から考えてくださって、いい言葉がいくつも飛び出しました。私の心に一番しっくりきたのは、(最初に聴いたときから)「時を経て、自分の気持ちもだんだん変わってきて、また別の見方ができるようになるときがあって、自分の時間と一緒に変化していく作品っていうのがあるんですよね。それは想い出ともつながっていったりするので、そういう作品や音楽は、いいと思いますね」という話でした。

皆さんは、どの話が気になりましたか。

また、私からの質問や考え、ときに経験などを話しているときに、「うん、うん」とまっすぐにこちらを見て、じっくりと聞いてくださる、その姿がとても印象的でした。お人柄ですね。

人が生きていくとき、音楽は常にそばにありますよね。思い出とセットになっていることも多い。音楽マンガとカテゴリーされる毛塚さんの作品、登場人物の多くは音楽が好きな普通の人です。ミュージシャンや楽器を演奏する人物も出てきますが、それ以外は、なにか音楽的に特別な人というのはあまりいなくて、だから、誰が読んでも、「あぁ、なんか、わかる~」という気持ちになれる。楽しくて、ときどきせつなくて、でもハッピーで、心地よいのだと思います。これからの作品も、楽しみです。

毛塚了一郎ロングインタビュー、5月、6月の2カ月にわたって読んでいただき、ありがとうございました!

 

 

毛塚了一郎(けづか・りょういちろう)さん  自画像とプロフィール

1990年東京都生まれ。漫画誌『青騎士』創刊号でデビューし、現在も『音盤紀行』連載中。好きなものはレコードとレトロ建築。



大泉洋子プロフィール

フリーのライター・編集者。OLを経て1991年からフリーランス。下北沢や世田谷区のタウン誌、雑誌『アニメージュ』のライター、『特命リサーチ200X』『知ってるつもり?!』などテレビ番組のリサーチャーとして活動後、いったん休業し、2014年からライター・編集。ライター業では『よくわかる多肉植物』『美しすぎるネコ科図鑑』『樹木図鑑』など図鑑系を中心に執筆。編集した主な書籍に『「昭和」のかたりべ 日本再建に励んだ「ものづくり」産業史』『今日、不可能でも 明日可能になる。』など。編著書に『音楽ライター下村誠アンソロジー永遠の無垢』がある。