2024年4月21日日曜日

Wink Music Service:『Fantastic Girl』


 サリー久保田と高浪慶太郎による拘りのポップ・グループ、Wink Music Service(ウインクミュージック・サービス/以降WMS)が、今年2月から隔月で7インチ・シングルを3枚リリースするが、その第2弾『Fantastic Girl』(VIVID SOUND/VSEP861)を4月24日にリリースする。カップリングはフランス・ギャルがドイツ語で歌った1968年の「Der Computer Nr.3」のカバーということで取り上げたい。
 本作ではギャルのカバーのシチュエーションからゲスト・ボーカルには、日独ハーフのモデルで13歳という若さのオーバンドルフ凜を招いているのも注目である。 
オーバンドルフ凜

 WMSについては、昨年のデビュー・シングル『ローマでチャオ/ヘンな女の子』(VSEP859/現在廃盤)を筆者(弊サイト管理人)の年間ベストソングに選出したが、第3のメンバーというべき作編曲家の岡田ユミによるアレンジが凝りに凝りまくっていて、そのサウンドも音楽研究家に注目されているのだ。 
 そもそもWMSは、ネオGSムーブメントを牽引したザ・ファントムギフトを皮切りに、近年ではSOLEILからザ・スクーターズなど数多くのバンドに参加するベーシストでプロデューサーのサリー久保田が、ピチカート・ファイヴ解散後に音楽プロデューサー兼作曲家で活動していた高波慶太郎に「極上のポップ・ミュージックを作ろう」と誘い結成されたユニットからスタートしている。ジャケット・デザインを含めたトータル・プロデュースはサリー久保田が手掛け、高浪の作曲とボーカル、マイクロスターの飯泉裕子の作詞、岡田のアレンジという4名によるサウンド・ラボと考えていいだろう。シングル楽曲ごとにボーカリストを迎えるというスタイルもデビューから崩していない。

Wink Music Service
(左から高波慶太郎、サリー久保田)

 デビュー・シングル『ローマでチャオ/ヘンな女の子』と今年2月にリリースされた『素直な悪女 c/w ラ・ブーム ~だってMY BOOM IS ME~』(VSEP860 /現在廃盤)では、コロンビア人元プロボクサーの父親と日本人の母親の間に生まれたハイティーンのモデル兼女優、タレントのアンジーひよりを迎えて制作していた。この2枚はノスタルジックなキャビンアテンダントのコスチュームを着用した彼女のジャケット・フォト効果もあり、即ソールドアウトしてしまったという超人気盤だった。
 
 そんな前作にも少し触れるが、「素直な悪女」は高浪と飯泉のオリジナル曲で、岡田によるホーン・アレンジにはフランスの巨匠ミッシェル・ルグランの「la pasionaria」(『Le Jazz Grand』収録/1979年)からの影響が強く、ルグランが作編曲した緻密で構造的なスコアを米東海岸のミュージシャンがプレイしたというヨーロピアン・ジャズの匂いがするクールでハードエッジなリズムを持つポップスだ。DJ諸兄はレコードバックに入れておくべき1曲だろう。 
 カップリングの「ラ・ブーム ~だってMY BOOM IS ME~」は、シンガーソングライターのカジヒデキがブリッジ解散後の1997年にソロでメジャー・デビューしたシングル曲で、渋谷系アーティストとして一般にもその名を知らしめたヒット曲である。セカンド・バースからサビに掛けての広範囲をXTCの「Mayor Of Simpleton」(『Oranges & Lemons』収録/1989年)からの影響を受けていた。ここでのカバー・ヴァージョンは、全編的にディスコ・ビートのダンス・ミュージックにモディファイされており、イントロにはBeckの「The New Pollution」(『Odelay』収録/1997年)のそれを引用していてマニア心をくすぐる。

『素直な悪女 c/w ラ・ブーム ~だってMY BOOM IS ME~』
/ ゲスト・ボーカル:アンジーひより

 
 ここからは本作の収録曲を解説していく。
 「Fantastic Girl」は、サリーがゲスト・ボーカルのオーバンドルフ凜をイメージして作曲し、飯泉が作詞した書き下ろしの新曲で、ソフトロックとして非常に完成度が高い。編曲クレジットはWMSと岡田の共同名義になっているので、リズムセクションはサリーを中心にヘッドアレンジしているのだろう。ゲスト・ミュージシャンでノーナ・リーヴスのギタリスト、奥田健介のインタープレイが聴きものだ。
 また岡田による上物のアレンジは、筒美京平氏追悼企画で筆者がベストソングに挙げた南沙織の「美しい誤解」(『20才まえ』/ 1973年)に通じる、ピッツィカートのシンコペーションやスラーが効いたストリングス、木管と金管が適材配置されたホーン・セクションとのコントラストが美しく、転調やモンド・パートの挿入など展開が複雑で聴き飽きさせない。ゲスト・ボーカルのオーバンドルフの幼さが残るボーカルは高浪が終始サポートしていて微笑ましく、60年代後期のソフトロックの空気さえ感じさせる。なお間奏の英語と独語のモノローグは、オーバンドルフ自身が担当していて非凡さを感じさせる。

 
Wink Music Service / Fantastic Girl - Der Computer Nr.3
2024/4/24 Release 

 カップリングの「Der Computer Nr.3」は、ユーロ・ガールポップの最高峰とされるフランス・ギャル(France Gall 本名:Isabelle Geneviève Marie Anne Gall)がドイツ語で歌った1968年作のカバーで、ドイツ人作詞家兼プロデューサーのGeorg Buschorと、彼とのコンビで多くのヒット曲を生み出した作曲家のChristian Bruhnのソングライティングによる曲だ。1968年7月4日にドイツのポピュラー・ミュージック・コンクール“Deutscher Schlager-Wettbewerb”で3位を獲得し、同国のポップス・チャートでも最高24位を記録した。歌詞のテーマはコンピューターによる恋人選びで、登録されたデータベースから相性が合う異性を的確に紹介するという点で、現在の婚活サイトの先祖だろう。
 それはさておき、肝心のサウンドに触れよう。この曲は一聴すれば陽気なバブルガム・ポップスだが、イントロから重要なエレメントとなるリフで牽引する構造はR&Bがルーツである。ホーランド=ドジャー=ホーランドがモータウン専属だった時代(1961年~1967年)にこのパターンを発明したと言って過言ではないと思うが、彼らは古き良きスイング・ジャズやジャイヴ・ミュージックで演奏されたホーン・セクションのフレーズを、当時エレキギターやエレキベースにアダプトしてポピュラー・ミュージックのエレメントとして昇華させたのだ。弊サイト読者にはお馴染みのトニー・マコウレイが作曲した「Love Grows (Where My Rosemary Goes)」(Edison Lighthouse/1970年)から京平先生作曲の「男の子女の子」(郷ひろみ/1972年)、ニューウェイヴ時代にはXTCのコリン・モールディング作の「Life Begins at the Hop」(1979年)などもこの構造でアレンジされているのが理解出来る筈だ。
 ここではオリジナルを踏襲しつつ、よりスムーズなシェイクのリズムを基調とし、肝心のリフはイントロでサリーのベースから奥田のエレキギターが受け継いでオクターブ・ユニオンでプレイしている。原“GEN”秀樹の巧みなドラミングも含め、YMOヴァージョンの「Tighten Up」(1980年/オリジナル:Archie Bell & the Drells/1968年)に通じる洒脱なダンス・ミュージックに仕上げられていて、一流のセンスを感じさせるのだ。このサウンドに高浪にサポートされたオーバンドルフのボーカルが乗ることで新鮮に聴けてしまう。またオリジナルではベルリン訛りが強い独人男性によるブレイクのコンピュータ・ヴォイスの台詞は、オーバンドルフと高浪が独語の呪文のように節をつけ、二人楽しく歌っているのがハートフルでいい感じだ。原曲の良さを継承し、オーバンドルフのキャラクターを活かしたチルドレン・ソフトロック風のガールポップにブラッシュアップされていて、ギャル・ファンの筆者も非常に嬉しいカバー・ヴァージョンである。

※筆者所有フランス・ギャル『Der Computer Nr.3』
オリジナル・ドイツ盤7インチ(Decca / D19935)

 今回のWMSに限らず、サリー久保田がプロデュースした企画はその審美眼によるセンスを感じさせるものが多い。昨年12月リリースの”サリー久保田グループ feat. 平山みき”名義では伝説の一流女性歌手に、本作同様にフランス・ギャルの知る人ぞ知るアフロサンバのシングル曲「ZoZoi」(1970年 ※オリジナルでピアノ演奏しているのは後年エリス・レジーナの夫となり音楽面を支えたセザル・カマルゴ・マリアーノだ)や、The Velvet Underground の「I'm Waiting For The Man」(『The Velvet Underground & Nico』収録/1967年)を取り上げて歌唱させるなど、ボーカリストの資質を見抜き、意表を突く絶妙のカバー選曲で音楽通を唸らせてくれたのだ。オリジナルが世界的にヒットしてアドバンテージのある選曲とは一線を画す、彼のような審美眼に裏打ちされたカバー企画は極めて少ないので今後も期待したい。
 なお本作『Fantastic Girl』は予約分が受付終了しているようなので、大手レコード・ショップの店頭発売分を事前チェックして入手し聴いて欲しい。

56年の時を超えて・・・

(テキスト:ウチタカヒデ

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