2019年12月1日日曜日

FMおおつ 音楽の館/Music Note 2019年11月号「ジャニーズ特集 昭和編」

 8回目の11月号は今年7月9日に逝去された「ジャニーズ帝国の総帥/ ジャニー喜多川」を偲び、氏に追悼をこめた「ジャニーズ特集」。彼の長い歴史は一回の特集では無理があり、前後半の二部に分け、今回は「昭和年間」。
 トップは「昭和」を代表する「たのきんトリオ」の「マッチ」こと近藤真彦さんのデビュー曲<スニーカーぶる~す> <スニーカーぶる~す> この曲は新人としてオリコン初の初登場1位、ミリオンセラー(104.7万枚)を記録、1981年のセールスで年間3位の驚異的ヒット。この年この曲の上位は、寺尾聰さん<ルビーの指輪>(132.7万枚)、竜鉄也さん<奥飛騨慕情/>(128万枚)の2曲、なんと松山千春さん<長い夜>(86.6万枚)よりも大きくセールスを伸ばしている。
 
  最初のBGMはABC-Zの<Never My Love>、後で触れますがこの曲はジャニーさんにとって残念な歴史を物語る曲。まず彼の芸能界参入は1962年6月、当時所属タレントはジャニーズ。彼らは同年8月にNHK『夢であいましょう』で田辺靖雄さんのバックが初仕事。 その年12月の<若い涙>で歌手デビュー、そして1966年には渡米してワーナーブラザーズと契約し、レコーディングを行うも、その音源は未発表となっている。その1曲が<Never My Love>で、同じワーナー所属のThe Associationがリリースし、全米2位のミリオンセラーとなり、ジャニーさんにとっては遺恨を残す出来事になった。この事実はジャニーズのメンバーだったあおい輝彦さんが1977年リリースの『あおい輝彦 オンステージ』でトークしている。

 その翌年に帰国したジャニーズは、GSブームにのってテレビ・ドラマの主題歌<太陽のあいつ>などをヒットで人気グループに。なおこの曲は少年隊が平成4年の「NHK紅白歌合戦」でカヴァーした「ジャニーズ・クラッシック」としても長く引き継がれている。そんなジャニーズは、1967年11月にわずか5年で解散。 そんな彼らの後継者はバックダンサーを務めたフォーリーブス。この当時から次世代には先輩格のバックを務める形態は始まっている。
 そのフォーリーブスはこの年10月にスタートの『プラチナ・ゴールデンショー』のレギュラーを務め、翌年9月にCBSソニー国内契約1号として<オリビアの調べ>でレコード・デビュー。 そのフォーリーブスのメンバー一番人気は「こーちゃん」こと北公次さん。このグループは元々彼をデビューさせるために結成され、彼はアイドルで初めてバク転パフォーマンスを演じている。一般に名前が通っていたのは、特撮番組「マグマ大使」で村上マモル役を演じていた「トシ坊」こと江木俊夫さん。そして「こーちゃん」と人気を二分し音楽面を支えた「ター坊」こと青山孝さん、「マー坊」ことおりも政夫さんの4人。この「坊」というニックネームはいかにも“昭和的”。
  そんな彼らは「歌って踊れる」スタイルで、1970年にはNHK紅白歌合戦にも出場するトップ・アイドルになって、人気は全国区に。実は私、著書の「よみがえれ!昭和40年代」の掲載用に、江木さんにお会いする機会を持っている。彼から当時のことを伺うと「僕たち人気はあったけど、大ヒットはなかったんだよね。」とコメントされた。その言葉通り彼らの代表的なヒット曲といえば、1971年に渡米して<Season Of The Sun>のタイトルで録音した<夏の誘惑>や、江木さんの「だって地球は丸いんだもん!」のセリフで知られる<地球はひとつ>のトップ10が最高だった。 

 そんなジャニーさんのアイドル発掘手腕を決定的にしたのは、間違いなく郷ひろみさんを見出したこと。彼は1971年にスカウトされ、他のアイドルの卵たち同様に、先輩であるフォーリーブスのバックダンサーとしてスタート。そんな彼のユニ・セックス的で抜群のルックスは、デビュー前にファンクラブが結成されるほどだった。 そして1972年1月にはNHK大河ドラマ「新・平家物語」で俳優デビュー、8月には<男の子女の子>で歌手デビュー、8位のヒットを記録。なおこの曲はGSオックスの<ダンシング・セブンティーン>の作者である筒美京平さんが改編したもの。 
 そして1973年には野口五郎さん、西城秀樹さんと共に「新御三家」と呼ばれ、あっという間にトップ・アイドルに。個人的にはひろみさんのお父さんが私の父と同じく「国鉄職員」だったということに親近感を覚えた。
  その後2作目の<ちいさな体験>がベスト5(4位)入り、<愛への出発(スタート)><裸のビーナス><魅力のマーチ><モナリザの秘密>と4作連続2位となり、フォーリーブスに変わり事務所のトップスターになった。当時私のお気に入りは8作目の<花とみつばち>。それはThe Doorsの全米1位曲<Hello I Love You>風で、その元ネタKinksの第4作<All Day And All Of The Night>にもよく似ていた。 なお郷さんが1位を獲得したのは1974年の10作目<よろしく哀愁>のみ。個人的には<ブルーシャトー>風の歌謡曲ど真ん中風のアレンジはあまり好みではない。 


 郷さんをトップ・アイドルに押し上げ、先輩格のフォーリーブスには『見上げてごらん夜の星を』のようなミュージカルを中心の活動をさせている。そして1974年になると「ジャニーズJr.第1期生」を「フォーリーブス」と「郷ひろみさん」のバックダンサーにチーム分け、翌1975年にフォーリーブス組から「JOHNNYS’ジュニア・スペシャル」として<ベルサイユのばら>でデビューさせた。ただこの方針は、「郷ひろみ」側の主力メンバーたちの不満をあおり、彼らは事務所を脱退し脱退組でメッツなるグループを結成。これが引き金となって彼らと親密だった郷さんまでが移籍するという騒動に。とはいえ、ジャニーさんはその後もアイドル最高傑作は郷ひろみであると断言されている。

  このように、郷ひろみという看板タレントを失った事務所は、引き続きジャニーズJr.からスター候補を輩出。その中には、「孤児院出の捨て子」という豊川誕さんを「不幸キャラ」を売りに<星めぐり>等のヒットで人気者に。そして1977年には郷さんの系譜の美少年川崎麻世さんを発掘。彼はジャニーズJr.だけでなく、NHKの「レッツゴー・ヤング」のサンデーズの主力メンバーで、後輩たちから「麻世先輩」と慕われていた。そんな彼はピンクレディーが元祖の日清食品「焼きそばUFO」のCMにも起用されるも、デビュー曲の<ラブ・ショック>以降16枚のシングルは全てトップ40圏外。 そしてフォーリーブスは1977年に<ブルドック>で起死回生をはかるも、トップ40入りがやっとで、翌1978年には全国ラストツアーを行い解散。 
 
 このように1970年代後半は潜伏期間のジャニーズ事務所は、1979年に始まった武田鉄矢さん主演の『3年B組金八先生』に生徒役で出演した所属タレントたちで1980年代以降は再び快進撃が始まる。そのトップバッターは、川崎麻世さんのバックダンサーを務めた経験のあるトシちゃんこと田原俊彦さん。なおこの番組で共演したマッチ(近藤真彦さん)とよっちゃん(野村義男さん)の三人で「たのきんトリオ」として人気を博した。 
 「郷ひろみ~川崎麻世」に続く美少年系譜のアイドル、トシちゃんは1980年6月にLeif Garrettの<New York City Nights>をカヴァーした<哀愁デート>で鮮烈なデビューを飾った。ただこのデビュー曲は、特大ヒット<ダンシング・オールナイト>に阻まれ1位を逃した。とはいえ2曲目の<ハッとして!Good>3曲目<恋=Do!>は連続1位、その後デビュー曲から37作連続トップ10入り(通算38曲、12曲は.1位)を獲得、「新御三家」からトップ・アイドルの座を奪い取った。

  また彼はMicheal Jacksonを彷彿させるダンス・パフォーマンスでも存在感を際出たせ、久保田利伸さんがデビュー前に書下ろした<It’s Bad>(1985.11.28. 24th.4位)や、『教師びんびん物語』の主題歌<抱きしめてTONIGHT>(1988.4.21. 32th.3位)などで見せたパフォーマンスはその代表。そしていかにもトシちゃんらしいナンバーといえば、ゴージャスな雰囲気に仕上がった<ラブ・シュプール>(1982.12.18. 12th.3位)。この曲は、たのきんトリオ出演映画『ウィーン物語 ジェミニYとS』の主題歌だったが、30万枚限定発売のためにファンが必死で探し回った。

  続いては「たのきんトリオ」で最もデビューが待たれていたマッチ。彼はジャニーズ事務所に初のミリオン・セールスをもたらす。そんなマッチは16曲が1位を獲得、1987年の22作<愚か者>でジャニーズ事務所出身者初の(第29回)日本レコード大賞受賞者。 山下達郎ファンとしては彼の書き下ろし<ハイティーン・ブギ>(1982.6.30. 7th.1位)<永遠に秘密さ>(1984.9.13. 15th.1位)がイチオシ。コーラスを竹内まりやさんとEpoさんが担当した前者は、今も達郎さんのライヴのセット・リスト。また「ちびまる子ちゃん」でお馴染み<おどるポンポコリン>のヒット・メーカー織田哲郎さんのカヴァー<Baby Rose>も。とはいえマッチを代表するヒットと言えば、やはり<ギンギラギンにさりげなく>(1981.9.30. 4th 1位)。

 トシちゃんとマッチの次に送り出したのは、1981年4月にスタートしたさとう宗幸さん主演の『2年B組仙八先生』に生徒役の出演者「シブがき隊」。メンバーはフックンこと布川敏和さん、モックンこと本木雅弘さん、ヤックンこと薬丸裕英さんの三人。 彼らは1982.年5月に<NAI・NAI 16>でデビュー、実績としては28作中に1位獲得は9作目の<喝!(カツ)>のみ。そんな彼らを代表するナンバーは「NHKみんなのうた」で大反響をよび、発売前に1985年『第36回NHK紅白歌合戦』で披露された<スシ食いねェ!>、英語版の<OH!SUSHI>まで発売されたほど。 個人的には1983年の7作<挑発∞ (MUGENDAI)>を推す。この曲作者井上大輔さんが自身の番組「音楽ってなんだ」で、自らが録音したデモの英語版の出来は秀免だった。

 そして1983年によっちゃんはTHE GOOD-BYEでバンド・デビュー。メンバーはリーダーでギター担当の通称ヤッチン曽我泰久、ドラムスのこーちゃん江藤浩一、ベースにはハチこと故加賀八郎の4人。彼はバンドで「レコード大賞最優秀新人賞」を獲得し、ジャニーズ事務所の4年連覇。通称「よっちゃんバンド」と呼ばれるも、ワンマン・バンドではなく四人対等。彼らは1989年までにリリースしたシングル15枚中トップ10ヒットが2曲のみながら、よっちゃんは作曲家としてキョンキョンに提供した1987年<キスを止めないで>で1位を獲得。この曲は翌1988年に発表した第8作 8th『Album』に<Don't Stop Kiss>のタイトルでセルフ・カヴァー。
  このバンドはユニークな活動でマニアックなファンを獲得している。例えばアルバム・タイトルで、デビュー作『Hello! The Good-Bye』はThe Beatlesの<Hello Goodbye>、6作『#6 DREAM』はJohn Lennonの<#9Dream>、9作『Revolution No.9』はThe Beatlesのアルバム収録曲と遊び心満載。シングル12作<マージービートで抱きしめたい>はThe Beatles<抱きしめたい>のジャケットをパロッた大傑作。また<のぞいてFeel Me, Touch Me>はThe Whoの『Tommy』収録<See Me Feel Me>を連想させる改心のナンバー。 

 ジャニーズではANKHに次ぐ二番目のバンド活動で、ジャニーズにバンドというカテゴリーを定着させた。そんな彼らに続いたのが1988年に<DAYBREAK>でデビューした男闘呼組。メンバーはリーダーでキーボード担当の前田耕陽、リード・ギターの成田昭次、リズム・ギターの岡本健一、ベースの高橋一也の4人編成。彼らはデビュー作から4作連続1位を獲得し、ジャニーズのバンドで『NHK紅白歌合戦』(第39回、40回)に初出場。そんな彼らは最初の2作のアルバムにはシングルを未収録と、The BeatlesやRolling Stonesがデビュー時にイギリスで実践した戦略を敢行。これはアルバムとシングルを明確に分け、ファンに二度買いをさせない姿勢だった。

 次は本来の「歌って踊れる」スタイルの集大成少年隊。メンバーはリーダー「ニッキ」こと錦織一清さん、「カッチャン」こと植草克秀さん、そして「ヒガシ」こと東山紀之さんの三人。彼らはトシちゃんやマッチのバックダンサーとして人気を集め、歌唱力もパフォーマンスも精度が高く、全員バク転ができる本格派。1985年12月12日のデビュー曲<仮面舞踏会>は、マッチに続き「初登場1位」。当時それを間あたりにしたシブがき隊に自ら解散を決意させたほど。なお嵐<a Day in Our Life>は少年隊の<ABC>をサンプリングしたナンバー。個人的には『俺たちひょうきん族』の「ひょうきんベストテン」に登場し、<STRIPE BLUE>を歌ったことが印象深い。このコーナーは仮装の偽物や、懐かしの有名人の溜り場で、そこに本物のトップ・アイドルが登場するのは前代未聞の出来事だった。
 
 今回の最後は、1987年にデビューした「最後のスーパーアイドル」光GENJI。そのメンバーは、「GENJI」を組んでいた諸星和己さん、佐藤寛之さん、山本淳一さん、赤坂晃さん、佐藤敦啓さんに、「光」を組んでいた内海光司さん、大沢樹生さんが合体した大所帯の7人編成。平成に入り結成された大所帯のグループの起源は彼ら。そのパフォーマンスはローラースケートを駆使したもので、爆発的なブームとなり一躍スターダムに上り詰めた。 デビュー曲は、1986年の<モーニング・ムーン>以降に上昇機運にあったチャゲ&飛鳥。この二組のタッグはまさにケミストリーで、デビュー曲<STAR LIGHT>は1位を獲得、以後8作連続1位。1988年には1978年のピンクレディー(1.UFO、2.サウスポー、3.モンスター)以来年間売り上げのトップ3を独占(1.パラダイス銀河、2.ガラスの十代、3.Diamondハリケーン)する快挙を達成。さらに7位には<剣の舞>まで送り込んでいてベスト10に4曲、これも1977年のピンクレディーの記録(6位透明人間)に並ぶもの。 この驚異の実績に<パラダイス銀河>で「日本レコード大賞」を受賞、ジャニーズ事務所はマッチに次ぎ二連覇。

 今回の最後は「忍たま乱太郎」の主題歌<勇気100%>。この曲は平成年間でも多くのジャニーズにカヴァーされている<平成編>につながるナンバーで、本家は光GENJIだった。 

1. スニーカーぶるーす/近藤真彦 
~B.G: Never My Love / ABC-Z 

2. 太陽のあいつ/ ジャニーズ 
3. 夏の誘惑/フォーリーブス 
~B.G: ダンシング・セブンティーン / オックス

4. 男の子女の子/ 郷ひろみ 
5. 花とみつばち/郷ひろみ 
6. よろしく哀愁 /郷ひろみ 
~B.G: 見上げてごらん夜の星を / フォーリーブス 

7. ベルサイユのばら/ Johnnys'ジュニア・スペシャル 
8. 星めぐり / 豊川誕 
9. ラブ・ショック/川崎麻世 
10.ブルドック/ フォーリーブス 
~B.G: New York City Nights / Leif Garrett 

11. ラブ・シュプール/ 田原俊彦 
12. It's BAD / 田原俊彦 
13. 抱きしめてTONIGHT /田原俊彦 
~B.G: 夢であいましょう/田原俊彦 

14. ギンギラギンにさりげなく / 近藤正義 
15.ハイティーン・ブギ/近藤正義 
16. 愚か者 /近藤正義 
~B.G: スシ食いねェ! /シブがき隊 

17. Nai・Nai 16(シックスティーン)(Live) /シブがき隊 
18. 挑発∞(Live) /シブがき隊 
~B.G: キスを止めないで/ 小泉今日子 

19. のぞいてFeel Me, Touch Me / THE GOOD-BYE 
20. マージービートで抱きしめたい/ THE GOOD-BYE 
21. DAYBREAK / 男闘呼組 

~B.G: a Day in Our Life / 嵐 
22. 仮面舞踏会 / 少年隊 
23. STRIPE BLUE / 少年隊 
~B.G: 君だけに / 少年隊 

24. 剣の舞 / 光GENJI 
25. 太陽がいっぱい / 光GENJI 
26. パラダイス銀河/ 光GENJI 
~B.G: 勇気100% / 光GENJI 

次回12月号は「ジャニーズ特集(平成編)」です。 

本放送:第四土曜日11/23(土)15:30~18:00 
再放送:第四日曜日11/24(日)8:00~10:30 

【FMおおつ公式アプリ】https://fmplapla.com/fmotsu/
                          (鈴木英之)

2019年11月27日水曜日

The Bookmarcs:『君の気配』


The Bookmarcs(ザ・ブックマークス)が、11月28日に新曲「君の気配」を配信リリースする。
 7月末にリリースした「Let' Get Away〜かりそめの夏〜」に続いて今年2曲目となるこの曲は、実力派女性シンガー・ソングライターの青野りえがゲスト参加しているのが注目に値する。
昨年11月28日のセカンド・アルバム『BOOKMARC MELODY』(VSCF-1769/FRCD-061)に続くサード・アルバムのリリースに期待しつつ、この新曲を紹介したい。


弊サイト読者は既にご存じの通りだが、彼等The Bookmarcsは作編曲家、ギタリストとして活躍する洞澤徹と、13年振りの新曲「夏のシンフォニー」を9月にリリースしたばかりのSweet Onionsのヴォーカリスト近藤健太郎が2011年にタッグを組んだ男性2人組ユニットである。
これまでに2枚のオリジナル・アルバムをリリースしており、ソフトロックとシティポップの良さを融合しながら大人が聴けるポップスをクリエイトしている。
今回ゲスト・ボーカリストとして参加した青野りえは、ゴスペルグループThe Voices Of Japanのメンバーとして東芝EMIよりリリースされた2枚のアルバムをリリースしている。また和田アキ子をはじめメジャー・アーティストとも共演している実力派で、その後シティポップ・ユニットaoyamaや現TWEEDEESの沖井礼二のソロ・プロジェクトFROGにもゲスト・ボーカリストとして参加しており、現在はCM音楽やライブ、レコーディングでのセッションなどその活動は多岐に渡っている。

君の気配/The Bookmarcs

ではこの新曲「君の気配」について解説しよう。

洞澤がプレイするマルチ・トラックのギターとプログラミングされたドラム・トラックに、セッション・ベーシストの北村規夫が加わった16ビートのR&B系サウンドはAOR~シティポップの枠を超えたセンスを強く感じさせ、デイヴィッド・T・ウォーカーを彷彿とさせるハンマリング&プリング・ハープ奏法など洞澤のフレーズが随所で光っている。
またサビの転回はウワノソラの「Umbrella Walking」(『陽だまり』収録 17年にも通じる、スタッカートで跳ねるメロディが実にプリティーだ。
近藤の高域で響く甘くソフティな声質と、レンジが広くテクニックを備えた青野の声質のブレンドは絶妙にマッチしており、この曲の歌詞が持つ不毛の恋愛観を引き出している。二人によるコーラス・ワークも合わせてじっくり聴いて欲しい。
とにかく秋から冬へと繋がるこの季節にぴったりのレイジーな曲なのである。 
最後にThe Bookmarcsの二人からのコメントも紹介しておこう。

いつか叶えたいと想っていたシンガーソングライター青野りえさんとのコラボレーション。そのために温めていた自信作をようやく発表できて幸せな気分です。
洞澤徹

「青野りえさんのソロアルバム「PASTORAL」がお気に入りで、今でも度々聴いています。そんな青野さんとデュエットできて大変光栄です。

寒い冬の訪れにぴったりな曲です。せつなさやあたたかさを感じていただけたら嬉しいです。」
近藤健太郎


配信リンク(amazonは下記画像からリンク)
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(ウチタカヒデ)


2019年11月23日土曜日

山下達郎 ライブ・クロニクル Part-1(1975~77)

 今、山下達郎さんが開催しているツアー『Performance 2019』のパンフレットには、彼がツアーを開始した2008年からの回想が掲載されている。そこで、古くからのファンである私も1977年の初ソロ・コンサートから、ブレイクする1980年までのライヴを回想しようと思い立った。私がライヴを初体験した時期は大学生で、ブレイク時には社会人になっていた。そこで今回は、Part-1として学生時代の体験をまとめてみた。


 まず山下達郎さんが日本の音楽シーンに登場したのは1975年4月25日発売の『Songs』だった。当時の私はレコードと音楽雑誌に囲まれた日々を送り、そのほとんどは洋楽といった状態で、和物で聴くのはチューリップとオフコース程度だった。
 その頃の私の日課は輸入盤・中古レコード屋巡回と、パチンコ屋で景品にお目当てのレコードが並んでいないかをチェックすることだった。 そんな私の通った学校は駿河台に校舎のあった時代の中央大学で、授業の合間にはお茶の水や神保町界隈をうろつくことが常だった。
 そして神保町でよく覗く店のひとつが「ササキレコード社」、そこで衝撃のサウンドに遭遇した。それは店内にBGMで流れていた日本語には聞こえないような歌を耳にしたのだった。気になって店の視聴盤コーナーを除くと、その正体はSuger Babeなるグループだった。気になりはしたが、その日のお目当てであるStevie Wonderの『Innervisions』をゲットし、次の機会にとその場を後にした。


 その直後にFM東京の「週刊FMサウンドスペシャル」なるプログラムに登場したSuger Babeの演奏を聴き、完全にノック・アウトされてしまった。さらに、ユーミンの『MISSLIM』『COBALT HOUR』で最高のコーラスを聴かせているのも彼らだと知り、興味は深まるばかりだった。
 そして“ぴあ”でライヴ・スケジュールをチェックし始める。しかし、海外の来日公演(2/7:Eagles、3/11:Neil Youngなど)に行く友人はいても、和物ライヴに付き合ってくれる知り合いはなく、一人で行く勇気もなかった。しばらくして『Songs』は廃盤となったことを知り、入手困難となってしまった。


 そして1976年3月にFMから『Niagara Triangle Vol.1』の告知CMで<Dreaming Day>を聴き、その素晴らしさに即購入した。そのジャケット画像も気に入ったので、Tシャツに絵の具書きしてそれを着て見せびらかしていた。その後やっと一人でもライヴに行く気になるも、その直後に「Suger Babe3月31日で解散」の報道を聞く。だだ会場の「荻窪ロフト」の場所もわからず、結局Suger Babeの生ライヴ体験ははかなくも消えた。とはいえこの解散コンサートは、1978年にFM東京のスペシャル番組でオンエアされており、追体験だが(「佐渡おけさ」の掛け声ではじまる)感動のステージを聴くことができた。


 またこの年10月には週刊FM読者欄に『Songs』の交換希望者を発見、即座に連絡を取り私所有の『Live Full House/The J.Geils Band』と交換が成立、入手後は盤がすり減るほど聴きまくった。そんな達郎さんの歌を全ておぼえた私は、ゼミの合宿の親睦会で勢い余って<Ⅾown Town>をアカペラを手拍子付きで歌っている。また翌年には友人の大学学園祭で、友人の率いるバンドのギタリストがSuger Babeのファンという縁で、リハーサルの場で<Ⅾown Town>をバンド演奏付きで歌わせてもらうという最高の気分を味わっている。

 そして1977年には達郎さんのデビュー作『Circus Town』が発売され、このレコードもよく聴いた。そんなある日、音楽雑誌で「山下達郎のニュー・アルバムは全編アカペラ・アルバムになる」(実際にはB面の一部だった)という記事を目にする。

 その直後にバイトで通っていた渋谷西武A館の休憩中に、電信柱に「山下達郎Sings!」というビラが貼ってあった。それを見た私は、B館地下のCISCOプレイガイドに飛び込み、同行するパートナーのあてはなかったがチケットを2枚ゲット。そして身近にいるメンバーをかたっぱしから打診し始めた。すると「中島みゆき命」を自認するバイト先の同僚女子が「絶対行きたい!」という意外な(?)反応で、いざヤクルト・ホールへ。


◎1977年5月27日(金) 『Sings! From Circus Town To Spacy』 新橋ヤクルトホール

 18時開場ながら1時間前に到着すると、既に相当数の行列ができていた。初参戦の私は 会場のキャパ(574人)も知らず「山下達郎って人気あるんだ!」と改めて驚き。開場時間となり入場すると、近隣の席にはバード・ウォッチングでもするかのようなステレオ・マイクをセットしてSONYのデンスケで収録を準備する来場者もいた。他人事ながらここまで堂々と録音しても大丈夫?と思わずにはいられなかった。
 ざわついているなか、照明が落ち<Love Space>でコンサートがスタートした。ただ、新譜を手に入れてなかった私には何を歌っているのかさっぱり解らなかった(-_-;)ところがこの曲の間奏で「キーボード、坂本龍一!」と達郎さんが叫び、ダイナミックで力強いグランド・ピアノが響き渡ると、その迫力あるプレイを聞かせている人物が、少し前に道玄坂のヤマハ店頭で見た「大貫妙子ミニ・ライヴ」でバックを務めていたピアニストだとわかった。
  なおこのコンサートのセット・リストは、ソロ二作と<God Only Knows><Ooh Baby Baby>という構成だった。曲間のトークではアメリカでの『Circus Town』のレコーディング時の話があり、「向こうのスタッフに「T.V.Trackはいらなのか?」と聞かれたんです。要するに「カラオケ」のことで、「お前、日本に戻ってT.V.に出るとき必要だろ?」と言われ、せっかくなので作ってきました。」(会場内大爆笑)、「ただ録音したものの使う当てがないので、ここで披露します。」と<Minnie>を歌っている。
 そんな中、この日一番の盛り上がりは、「では皆さんにお馴染みの」といってアカペラが流れ、<サイダー’76>を披露、これには割れんばかりの拍手と大喝采が起こった。 そして当初のアカペラ・アルバムにするという名残は、続いて披露した<朝のような夕暮れ>で聴かれる重厚感ある多重録音のコーラスだった。
 また私の席周辺では、その後で歌った<Candy>について「あのオルゴールはどこで作ったんだろうね?」という小声が飛び交っていた。<Circus Town>で本編が終わり、アンコールでは坂本龍一さんとともに登場。その際、ファンの一人が坂本さんにプレゼント!その光景に達郎さんは「龍一、人気あるね!」。そして愛用のテレキャスターで、Lovin’ Spoonful<Daydream>風の弾き語りで<Last Step>(後に『JOY』収録のアレンジ)を披露して幕は下りた。

 これが私の達郎さんの初体験ライヴだった。そして翌日、佐々木レコード社に駆け込み、発売されたばかりの『Spacy』を手に入れた。その日から朝昼晩と毎日昼夜を問わず、その素晴らしさに感激して朝から晩まで聴きまくっていた。さらには吉田美奈子さんのシングル<恋は流星>をお手本に、『Love Space』のジャケットをベースに歌詞カードの達郎さんスナップをあしらった<Love Space>のシングル・ジャケット(B面朝のような夕暮れ)を制作し、それを勢い余って当時の発売元RVC社に郵送している。
 それからは「ぴあ」で、達郎さんのライヴ情報もまめにチェックしていた。すると翌月18日の中野公会堂でのSentimental City Romance(以下、センチ)「Sentimental Party Vol.2」に、ゲスト参加するという記事を発見した。ただ、このライヴは急な発見だったので、パートナーを見つけられず、一人で参戦することになった。



◎1977年6月18日(土)  『Sentimental Party Vol.2』 中野公会堂
 
 センチはデビュー時から“名古屋のEagles”と音楽雑誌で話題となっており、以前からレコードは聴いていたが、ライヴはこの日が初めてだった。 まずオープニングはアコースティックでのコーラスを活かしたセット・リストだった。ただ、私は前年2月に本物のEaglesの初来日公演で、完璧なコーラスを聴いており、それから比べればやや物足りなかった。
 そしていよいよ達郎さんの出番となる。さっそうというより、飄々と登場してファースト・コンサートのアンコールで披露した<Last Step>が始まった。演奏が終わるとピアノに向かい、いきなり「とぉ~~びちるぅ~あいのぉ~つぶてぇ~~は、きぃ~みにもすぐにぃ~とどくぅ~はず♪♪な~んて曲を収録したアルバムを先月発表しました!」とコメント。一瞬唖然としたが、彼のファンもかなりいたようで会場内は大拍手が起こる。
  ところがその後は「なにやろうかな~」とつぶやく達郎さん。そこに、会場から「Down Town!」というリクエストがあり、会場中拍手喝采で大興奮。それを受けた達郎さんは「Down Town?そんなのピアノで出来るわけないだろ!」と切り返すも、ギターに持ち替え「な、ないろのぉ~」と歌いだす。するとステージ袖から、当時センチに加入していたSuger Babeのオリジナル・ドラマー野口明彦さんが加わり、会場は興奮のるつぼに。Suger未体験の私にとっては夢の共演であり、この光景が見れただけでも来たかいがあったというもの。
 続いて達郎さんが披露した曲は、ヤクルト・ホールでもコメントした「T.V.Track」の話題にふれ、ここでは<Circus Town>を披露。歌い終わると、「ちっとも歌った気がしないのでもう1曲やります。」と、ピアノに向かいドゥーワップ・ナンバーを熱唱。演奏後は大きな拍手に送られて舞台袖に消えていった。
 こんな興奮気味の後に、再びセンチが登場。この時期は名盤『City Magic』のリリースをひかえ、SONY時代よりはかなりソリッドな演奏をきかせてくれた。またゲスト・プレーヤーには後に吉田拓郎さんのバックにも加入する青山徹さん(元愛奴)が飛び入り。そこで聴かせたハードな<ポテトチップスかじるすりる>などは、これまでの印象を一新とさせる新鮮な驚きがあった。それは当時の “めんたんぴん”をもしのぐような迫力があった。  
 
 と2ヶ月連続で達郎さんのライヴに接することができ、ますます夢中になっていった。3ヶ月目は千葉県南房国定公園内で開催されるフェスのメンバーにラインナップされていた。さすがにこんな遠隔地まで一人でいくのはたまらないと、中学時代からの親友を説得して向かった。ちなみに彼は1972年の幻のRolling Stonesコンサート・チケットを求め、学校をエスケイプして静岡から2泊3日野宿で並んだ仲間で、Keith Richardを崇拝する悪友だった。そんな彼の趣味はStonesのブートレックを手に入れてKeithのフレーズを研究するマニアで、説得には「美乃屋の土屋君や、四人囃子に新加入したギタリストは、Keith好きなら絶対に見ておくべき!」という恩義せがましいトークを使って引っ張り込んだ。


 ◎1977年7月29日(金) 『FM東京開局7周年 グリーン・グリーン・ポップ・フェスティヴァル』千葉マザー牧場
出演:四人囃子、山下達郎、吉田美奈子、来生たかお+深町純グループ、 大橋純子&美乃屋セントラルステーション(出演順)

 抜けるように晴れ上がった解放感に満ちた郊外牧場でのフェスだ。最初に登場した四人囃子は中心メンバーだった森園勝敏さん脱退後の初披露ということで話題となっていた。オープニングはリリース直前の新作『PRINTED JELLY』から<ハレソラ>。新メンバーの佐藤ミツルさんはギターもヴォーカルもフレッシュな感じだった。このお披露目公演では<空飛ぶ円盤にお弟が乗ったよ>や<カーニバルがやってくるぞ>といった森園さん在籍時のナンバーもそつなくこなしていて、ライティングの効果が得られない昼のステージだったのがもったいない気がした。

 そして次に登場したのが達郎さんだった。オープニングにはウォーミング・アップのように弾き語りで<Surfer Girl>を披露した後に、ファースト・コンサート同様に<Love Space>からスタートした。バック・コーラスは次の出番になっている吉田美奈子さんで、演奏も達郎さんのヴォーカルも絶好調で、ヤクルトホールでのライヴとほぼ同様に<素敵な午後は>や<Solid Slider>といったレパートリーで進行。半ばにファルセットで歌った<Ooh Baby Baby>では、「裏声で歌うとよだれが出すんですよ」とのコメントに会場の笑いを誘う。そんな彼のステージは<Circus Town>にて約一時間のパフォーマンスは終わった。 フェスなのでアンコールはなしだった。

 続いては当日達郎さんのコーラスを担当していた吉田美奈子さん。彼女のライヴは初めてだったが、この年にリリースした『TWILIGHT ZONE』は達郎さんが共同プロデューサーで、かつ演奏メンバーも達郎さんのバックそのままだったので、興味深く見ていた。そのステージの袖には達郎さんが残っていたので、「どこかで加わってくれるのではないか?」とほのかに期待したが、それは当てが外れた。とはいえ、聴きたかった<恋は流星>も演奏され充実した内容だった。とはいえ、ただ『FLAPPER』的なポップな世界観を予想していたファンには少々ヘビーだったかもしれない。
 この3組のステージが終わったところでセットの入れ替えで小休止となり、夕暮れが近づいてきた。

 そして登場したのは、<赤毛の隣人>で気になる存在だった来生たかおさん。Gilbert O’sullivanを崇拝している彼らしいポップなナンバーで心地く聴くことができた。同行してくれた友人からも「俺は好みじゃないけど、ヒデが好きそうな感じだね!」と、図星だった。そのステージで一番気になったのが、バックでギターを演奏するメンバーにMoonridersを脱退したばかりの椎名和夫さんがいたことだった。

  そして日も暮れ、このフェスのトリを取ったのが、<Simple Love>のヒットで一番勢いのあった大橋純子&美乃屋セントラルステーション。大橋純子さんのパワフルなヴォーカルとともにギタリスト土屋昌己さんのプレイも冴えわたっていた。そんな土屋さんはCharさんを意識したような白できめたスーツやハットがかなり目立っていた。なおこの日最大の収穫は、後に私が制作のオファーを受けることになる林哲司さん作の<Rainy Saturday & Coffee Break>に魅了されたことだった。


 私は達郎さんがブレイクする1980年までかなり熱心に彼のコンサートに足を運んでいた一人だと思う。この「Part-1」では私が『Song』を聴いてSuger Babeのファンとなり、達郎さんがソロ活動を始めた時期に通った学生時代のライヴ体験をまとめてみた。
 次回のPart-2では、社会人となった1978年から彼がブレイクする1980年までのライヴ体験を、今ではお約束となっている<Let’s Dance Baby>の「クラッカー」初登場なども交えてまとめる予定だ。当時、一緒に聴いていたのは静岡にいた弟だけで、東京には仲間はいなかった。この時期はある面、「達郎ライヴ暗黒の自分史」なのかもしれない。ただ、私がリアルで記憶している達郎さんのトークも、ファンにとってはセット・リスト以上に興味深いはずなので私がボケて忘れてしまう前に披露しておきたいと思う。
(鈴木英之)

2019年11月10日日曜日

『11月のフィリアパーティVol.3』のご紹介

9月に13年振りの新曲『夏のシンフォニー』を配信リリースしたthe Sweet Onions(スウィート・オニオンズ)の近藤健太郎と高口大輔が主宰するインディーズ・レーベルphilia records(フィリア・レコード)が、今月16日にライヴ・イベントを開催するので紹介したい。
今回で3回目ということで出演はスウィート・オニオンズをはじめ、レーベルメイトで9月に配信リリースした「SUNSET」が好評のKNIT RED RUM。
先日紹介したクリスマス・コンピレーション・アルバム『Natale ai mirtilli』に収録でイケミズマユミのThree Berry Icecreamの楽曲に参加した奥田英貴が率いる京都を中心に活動する男女ユニットSucrette、ヴォーカル兼ヴァイオリニストの梶山織江を配するガール・ギターポップのswiss cameraMiki NishidaとKoichi Nishidaによるユニットthe vegetablesとバラエティーな面々である。
11月のアフタヌーンを有意義に過ごしたい音楽ファンは是非足を運んでみては。


【11月のフィリアパーティVol.3】 
11/16(土)開場 12:45 開演 13:15
 @早稲田RiNen
https://waseda-rinen.com/ 

前売 2500円+1drink / 当日 3000円+1drink
 (小学生迄のお子様入場無料)
出演 : the Sweet Onions / KNIT RED RUM / Sucrette /
swiss camera / the vegetables
DJ : tarai(Happy Day,Happy Time!)
お菓子 : milky pop.

the Sweet Onions

KNIT RED RUM

milky pop.によるスイーツ

興味を持った読者はphilia recordsの下記サイトからチケットを予約してほしい。
(テキスト:ウチタカヒデ)


2019年11月4日月曜日

VA:『Natale ai mirtilli』(*blue-very label* / blvd-006)


クリスマスを前に素敵なコンピレーション・アルバムの音源を入手したので紹介したい。
弊サイトで紹介している多くのアーティスト達も度々プロモーションで訪れる杉並区高円寺のDISQUES BLUE-VERY(ディスクブルーベリー)。このレコード・ショップの中村慶店長が立ち上げたレーベル【*blue-very label*】から11月13日にクリスマス・コンピレーション・アルバム『Natale ai mirtilli』がリリースされる。


楽曲を提供しているアーティストは、昨年弊サイトでも高評価した小林しのの「人魚の夜」を手掛けた元melting holidaysのササキアツシのポプリをはじめ、元BRIDGE(ブリッジ)のイケミズマユミ(キーボーディスト)のソロプロジェクトThree Berry Icecream、ドイツのミュージシャンBrent Kenji(ブレント・ケンジ)によるTime Between。


元ARCHの中村大を中心としたvacation Three(ヴァケーション・スリー)、マルチ・プレイヤーの小園兼一郎のソロ・ユニットsmall garden(スモールガーデン)、女性シンガー・ソングライターsugar meと作曲家エンドウシンゴとのコラボレーション、The Laundriesの木村孝之とネオアコ・ユニットalvysingerによるデュオ・ユニットDiogenes Club(ディオゲネス・クラブ)。


フランス人ミュージシャンのジェローム・ディドゥロによるOrwell(オーウェル)、そのOrwellと交流のあるanoneのキーボーディスト松岡奈津紀によるソロ・ユニットSweet Port.、そして9月25日に13年振りの新曲を配信リリースしたthe Sweet Onions(スウィート・オニオンズ)という多彩な10組である。 
ジャケットの写真には元Dream Academyのリーダーであるニック・ライアード・クロウズ!の作品が使用されているというから、嘗ての英国ギターポップ・ファンも気になるところだろう。

 

では弊サイトでも過去取り上げたアーティストを中心に、気になった収録曲を解説していこう。
冒頭の「初雪が降った日」はポプリの曲でササキによるソングライティングだ。melting holidays時代を思わせる生楽器と打ち込みによる「Up, Up and Away」(The 5th Dimension)系ソフトロックで、ヴォーカルのreinaの個性的な声質とマッチしている。reinaはコンピの最終曲のソングライティングも手掛けている。 
続く「christmas snow dome」はイケミズの作曲センスが滲み出ているThree Berry Icecreamの曲で、パート毎に異なるアレンジが配置され凝っていて聴き飽きない。この曲にはCM音楽でも知られるSucretsの奥田英貴がギターとプログラミングで参加しており、作詞はRed Go-Cartのmiki hiroseが手掛けているなど、交友の幅広さはイケミズの人徳ゆえといえる。

vacation Threeの「christmas time again」はこれまでの彼等のカラーとは異なる凝ったアレンジで、トット・テイラー経由のブライアン・ウィルソンと言うべきスケールの大きい曲調でティンパニー以外にパンデイロやクイッカがアクセントになっていて新鮮だ。 続く「blue very x’mas!!」はsmall gardenの新曲で、The Bookmarcsの「雲の柱」(2018年)に通じるR&B系のシャッフル・リズムが心地よく、唐突に入る三連符のアクセントも違和感なく聴ける。弊サイトの「名手達のベストプレイ」シリーズでも執筆参加してくれている小園の巧みなベースのプレイも細かく聴いて欲しい。なお彼はコンピ全体のマスタリングも手掛けているというから貢献度は大きい。

そしてこのコンピの中でも出色なのが、diogenes clubによるNRBQカバーの「christmas wish」だろう。オリジナルはアコースティック・スイングのアレンジだが、ここではThe Laundries木村のヴォーカルをフューチャーしたアカペラ・ヴァージョンで、alvysingerこと小野剛志の多重コーラスとの絡みがとにかく素晴らしい。両者ともインディーズ・シーンにおける歌唱力はトップに位置する実力を持っているのが理解出来る。
またバーバーショップ・スタイルのアカペラなので、出だしを聴いて、嘗てのThe Housemartinsの「Caravan Of Love」(86年/ Isley-Jasper-Isleyのカバー)を想起するギターポップ・ファンもいるだろう。筆者的にはこの曲をコンピのベストとして挙げたい。
the Sweet Onionsの「a place of love」も触れぬ訳にはいかない名曲だ。
近藤健太郎によるポール・マッカートニー系譜の新曲で、バースにはダン・フォーゲルバーグの匂いもする、まさしくこの時期にピッタリのウィンター・バラードなのである。近藤のギターとヴォーカルに、マルチ・プレイヤーの高口大輔が残りの全パートをプレイしている。

楽曲提供アーティストのカラーの違いを楽しみながら、一足先にクリスマス気分を味わいたい読者や音楽ファンは是非チェックしてほしい。 
(ウチタカヒデ)


2019年10月31日木曜日

FMおおつ 音楽の館/Music Note 2019年10月号「My Favorites」

 本日1曲目はPuffyの<これが私の生きる道>。この曲は1996年10月7日私の厄年42歳の誕生日にリリースされた彼女たちの2曲目で初1位、私がこの曲をどのように楽しんだのかは後ほど。 Puffyのデビュー曲<アジアの純真>ではElectric Light Orchestra風のサウンド、仕掛け人奥田民生さんのセンスに脱帽。また井上陽水さんのユニークな歌詞「アジアなのに北京の次の詞がダブリン、ベルリン」や「白のパンダを~」にもはまりまくり。この歌詞に嘉門達夫さんは「新・替え歌メドレー」で、「北京原人、クロマニヨン人」、「白のパンダは白くま」とつっこんでる。

  そして、<これが私の生きる道>ではThe Beatlesのフレーズが散りばめられ、その明細は「Ticket To Ride(涙の乗車券)~From Me To You ~All My Loving ~She Love You ~Day Tripper ~Mr.Moonlight ~Nowhere Man(ひとりぼっちのあいつ)~From Me To You ~Please Please Me ~Twist And Shout ~She Loves You」の9種11曲と言われている。またこの曲のタイトルはクレイジー・キャッツの「これが男の生きる道」を意識していたのは笑わせどころで、またタイトルの漢字を合わせるとCMを依頼した「私生道(しせいどう)」になるなど、1曲で何曲も楽しめる仕掛けがたまらない。
 そんなPuffyですが、私は彼女たちのファンになったことで、大きな勘違いをしてあるグループに夢中になったことがあります。それは「2008.Rock In Japan」の中継で、「Puffy」を録画したつもりが、留守録されていた「Perfume」。仕方なく見たパフォーマンスが私の琴線にふれ、Perfumeにはまっている。

  その当時のPerfumeはメンバー全員が10代で、前年リリースの<ポリリズム>でブレイク直後の最も勢いがあった時期。 このフェスでの登場は2番目に大きなステージ(当時;現在は3番目)Lake Stageで8:00スタートというポジションながら、開始1時間前に1万人以上が詰めかけ入場規制がかかる。当時のPerfumeの主戦場はライヴ・ハウスだったので一番驚いたのはメンバーだったと。その人気ぶりに翌年からは60000人収容の最大キャパ「Grass Stage」に昇格、出場6年目の2013年には最終日の大トリを務めるまでに。私はさすがにフェスまでには遠征していないが、2009年から2014年まで全てのツアーに参戦。

 と私のPerfume遍歴はこれくらいにして、次はサザンオールスターズのネタ。彼らは私が大学4年だった41年前に<勝手にシンドバッド>でデビュー、当時は「コミック・バンド」とみなされていた。それは彼らを有名にした曲<女呼んでブギ>は、「女呼んでもんで抱いていい気持ち~」でしたから。またそれを耳にしたドリフのいかりや長介さんが桑田さんをメンバーに狙っていたという話もあったほど。それが今や彼らの解散報道で所属事務所の株価を揺るがすほどの「国民的バンド」に。

  そんな桑田さんが初めて作ったオリジナルは<茅ヶ崎に背を向けて>(『熱い胸さわぎ』収録)で、この曲は1976年に『Frampton Comes Alive』が大ブレイクしたPeter Framptonの<Show Me The Way>をお手本に書き上げた曲。そして、この曲はEagles初の全米1位<Best Of My Love(我が愛の至上)>がベースに。そのEaglesはこれを機にトップ・バンドへの道を邁進。ただ、この曲は<If>のヒットで知られるBreadの1970年全米1位<Make It With You(二人の架け橋)>のコード違い(CとD)といった感じ。このBreadは1960年代に裏方で大活躍したスタジオ・ミュージシャンによって1969年に結成、ヒットを連発するもメンバーのソロ活動のため1973年活動を停止。一説にはEaglesが全米を制覇できたのは、Breadが活動を休止したからとも言われている。Richard Carpentersは「BeatlesやBeach BoysそしてBacharach並みにリスペクトする」と公言するほどの存在。

 ということで、次は1970年代以降日本の音楽をリードした巨匠筒美京平先生。まず日本初のアイドル歌手とも言われる南沙織さんのヒット曲から、その1971年のデビュー曲<17歳>はLynn Andersonの<Rose Garden>(1970年)、セカンド・シングル<潮風のメロディー>はThe Seekersの代表曲<Georgy Girl>(1966年)そのもの。 私が初めて意識したのは1972年6月の第4作<純潔>。この曲を始めて聴いたのは私が高校生の頃でロック調ナンバー。ある時、友人から借りたレコードに収録のVan Morrisonの<Wild Night>(1971年、全米28位)にそっくりで唖然。メロディー自体は日本で大ヒットしたThe Messengers<That’s A Way A Woman Is(気になる女の子)>風で、見事なミクスチュアぶりに感心。

 ところが1972年に全米5位を記録したAlbert Hammondの<It Never Rains In California(カリフォルニアの青い空)>は、彼が1971年に書いた堺正章さんの<さらば恋人>によく似ていることに気が付いた。実際にネタにされたかは不明だが、雰囲気はよく似ていてそれまでにも増して彼の追っかけに。 

 ただ、私のように意識しないでも、自然にネタを当てる人もいた。それはある飲み屋で、有線から流れてきたNeil Sedakaの<The Dairy(恋の日記)>に、一緒に飲んでいた友人がその曲にあわせて細川たかしさんの<心のこり>を歌いだし、それがすんなりはまっていた。なお最初のタイトルは<私バカよね>だった。ただ、このタイトルでは挨拶周りで「この度、<私バカよね>でデビューしました~」と言わざる得なく、あまりに間抜けと感じて、この<心のこり>というタイトルに変更したという。

 続いては、洋楽でネタの宝庫にされた曲The Doobie Brothersの<What A Fool Believes>から。この曲は1979年に全米1位となり、1980年に開催された第22回グラミー賞の“ソング・オブ・イヤー(Song Of The Year)”を受賞した彼らの代表作とも言われているナンバー。ただ古くからのDoobieファンからは、「????」と戸惑わせる曲だった。それは元々このバンドの魅力は豪快で男性的な野性味あふれるサウンドだったから。そんな彼らはこの曲を発表した直後に初来日しており、この曲も披露しているも、いまいち盛り上がらなかった印象がある。それはこの曲の特徴である「変拍子」がそれまでに聴いたことのない革命的なリズムだったから。ところがその後続々とこのリズムをネタにした曲が登場し、この曲の影響のすさまじさを思い知らされた。

 まずはRobbie Dupreeで<Steal Away(ふたりだけの夜)>、この曲は全米6位を記録した彼のデビュー曲で日本でも大ヒット。とても良い曲だが、雰囲気は元ネタそのもので、当時作者から訴訟を起こされている。
 そして日本でも大量発生、私自身が最初に感じた曲は竹内まりやさんの<二人のバカンス>。この曲は1980年7月にリリースした5作目のシングルで、彼女の詞が初めてシングルに採用された曲。なお、最近デビュー40周年としてリリースされた『Turntable』にも収録。そんな彼女はデビュー40周年を記念したファン・ミーティングを来年東京と大阪で開催予定。参加するには、このアルバムとニュー・シングル<旅のつづき>に封印されている応募券で抽選。これらの曲はほんのさわりで、1980年代には山ほど登場しており、例をあげたらきりがない。

  続いては、“BOSS”ことBruce Springsteenが1975年に発表した代表作<明日なき暴走(Born To Run)>。この曲はBrouceにとって5作目のシングルで全米23位にとどまるものの、これ以降彼は全米において“カリスマ”として扱われるように。Bruceはこの曲でブレイクした後のライヴではこの曲をトップで歌うという「アンコールをトップにしたセット・リスト」で、「この曲目当ての奴は、もう帰ってもいいぜ!」と言わんばかり。この姿勢は多くのミュージシャンが取り入れるようになり、Eaglesは<Hotel Calfornia>をオープニング・ナンバーで演奏。日本でも、さだまさしさんや松山千春さんがこの手法でライヴをやっていた時期があったほど。 

 このナンバーは日本でも後に“カリスマ”となったシンガーたちに衝撃を与えた。まずは佐野元春さんは1980年3月にリリースのデビュー曲<アンジェリーナ>。印象的なイントロからしてそのままだが、彼の持つ「言葉」の魅力に引き込まれた人は多かったはず。そんな彼に魅せられたひとりが沢田研二さん。彼はこの年に発表した16作アルバム『G.S. I LOVE YOU』に曲を依頼(3曲)したほど。なお佐野さんの言葉には印象的なものが多く、同年発表の<ガラスのジェネレーション>に登場する、「つまんない大人にはなりたくない!」はその代表。この歌詞は昨年放送のNHK連ドラ『半分、青い。』で「ボクテ」を演じる志尊淳さんのセリフにも登場。

 そして二人目はハマショーこと浜田省吾さんが1980年7月に発表した<明日なき世代>。「ロック・シンガー」に変貌した記念碑的作品『Home Bound』からの先行シングル。このタイトルを見た瞬間にBruceの曲を連想し、聴いてみるとまさにそのままでした。なお彼はこの時期以降、大したヒット曲もないのにもかかわらず、「スタジアム級」のシンガーに躍進。 

 三人目は今の50代世代には圧倒的支持を誇る尾崎豊さんの<十七歳の地図>。この曲は1983年12月に発表のデビュー・アルバムのタイトル曲で、その生々しい言葉は同世代に大きな衝撃を与えた。この曲以外でも彼の書き下ろした「盗んだバイクで走りだす、行く先もわからぬまま~」(「15の夜」)や「夜の校舎、窓ガラス壊して回った」(「卒業」)という歌詞は実際に行動を起こす事件が多々発生し、社会問題にもなったほど。



 ラストは「ブーメラン現象」を起こした曲からElton Johnで<Bennie And The Jets(ベニーとジェッツ(やつらの演奏は最高))>。この曲はEltonの全盛期1973年に発表した第7作『Goodbye Yellow Brick Road』の収録曲で全米1位。 
 まずこの曲をお手本にしたのが、ユーミンの<まぶしい草野球>。この曲は1980年12月に発表した第10作『SURF & SNOW』の収録曲。 さらにこのリズムのアレンジで原田知世さんが松田聖子さんの<秘密の花園>をカヴァー。この曲は彼女が2016年5月に発表した4作目のカヴァー・アルバム『恋愛小説 2 』の収録曲で、アレンジを担当したのは伊藤ゴローさん。

 このアレンジのベースになっているのは、Eltonのみならず清水ミチコさんのある曲のアイデアも加わっていたのでさらにびっくり。それは「時計」の音で始まる清水ミチコさんの<イェル・ケ・クク>。この曲は彼女が2005年に発表した第 6作『歌のアルバム』の収録曲で、1968年にFrançoise Hardyが歌った<Comment Te Dire Adieu (It hurts to say good bye)(さよならを教えて)>のカヴァー。清水さんはこの曲をそのポイントはパーカッションの音が時計の秒針が奏でるカチカチ音に聞こえるところタイトルを「九九」のデタラメ・フランス語風に仕上げている。デタラメ・フランス語は例えば「麻布十番」を「アザブジュボ~ン」と発音するような「遊び」。それをフランス語で「九九」に当てはめた清水さんには脱帽。 

 と、2曲のカヴァーを聴き較べた時、私はこの<秘密の花園>がお気に入りだったが、「良い曲なんだけど、どこかで聴いたことのあるような気がする」という謎が解明

 ただこの曲は元々財津和夫さんが担当することになっていたが、彼の曲をプロデューサーが納得せず降板。その非常事態に作詞担当の松本隆さんが当時ツアー中のユーミンを拝み倒して3日で完成させた曲。 元々財津さんが書く予定だった余韻は、B面の<レンガの小径>が財津作品のままというところ。それは第8作の<赤いスイートピー>以降のシングルはAB面共に同じライターが担当していたから。なおこのお蔵入りした未発表の財津版<秘密の花園>は、松田聖子コピー・バンド“Sweet Dreams”が<“誰も知らない”秘密の花園>として演奏している動画あり。 


1. これが私の生きる道/ Puffy 
~B.G: Doc / Earl Klugh 

2. 茅ヶ崎に背を向けて/ サザンオールスターズ (『熱い胸さわぎ』収録)
3. Show Me The Way / Peter Frampton 
4. Best Of My Love(我が愛の至上) / Eagles 
5. Make It With You(二人の架け橋) / Bread 
~B.G: Lahaina Luna / Dan Fogelberg & Tim Weisberg 

6. 純潔 / 南沙織 
7. That’s A Way A Woman Is(気になる女の子)/ The Messengers 
8. Wild Night / Van Morrison 
~B.G: SENTIMENTAL AVENUE/ CASIOPEA 
  9. さらば恋人 / 堺正章 
10. It Never Rains In California(カリフォルニアの青い空)/ Albert Hammond 
~B.G: Catherine / Earl Klugh 

11. The Dairy(恋の日記)/ Neil Sedaka 
12. 心のこり / 細川たかし 
~B.G: Guitar Etude No. 3 / Dan Fogelberg & Tim Weisberg 

13. What A Fool Believes / The Doobie Brothers 
14. Steal Away(ふたりだけの夜) / Robbie Dupree 
15.二人のバカンス / 竹内まりや
 ~B.G: Brighton By The Sea(ブライトンの海辺) / Bob James 

16. Born To Run(明日なき暴走) / Bruce Springsteen 
17.アンジェリーナ / 佐野元春 
18.明日なき世代 / 浜田省吾 
19.十七歳の地図 / 尾崎豊 
~B.G: SWEAR / CASIOPEA 

20. Bennie And The Jets(ベニーとジェッツ(やつらの演奏は最高)) / Elton John 
21. まぶしい草野球 / 松任谷由実 (『SURF & SNOW』収録
22.秘密の花園 / 原田知世 (『恋愛小説 2』収録)
21.イェル・ケ・クク / 清水ミチコ (『歌のアルバム』収録)
22.秘密の花園 / 松田聖子 
~B.G: Midnight Motion / Kenny G 

次回11月号は「ジャニーズ特集」をお届けします。

本放送:第四土曜日10/26(土)15:30~18:00 
再放送:第四日曜日10/27(日)8:00~10:30 

【FMおおつ公式アプリ】https://fmplapla.com/fmotsu/                           (鈴木英之)