”美しき唱歌の伝承作品”
シンガー・ソングライターの畠山美由紀が、ソロデビュー25 年記念としてカバー・アルバム『空からみてる~日本のうた・唱歌集』 (Happiness Records/ HRBR-032) を8 月26 日にリリースする。
2024年12月リリースのオリジナルアルバム『Travelin’ Light』から約1年半振りとなった本作は、サウンド・プロデューサーにChoro Club(ショーロ・クラブ)のベーシスト沢田穣治を迎えた、日本の唱歌のカバー集で、誰しもが義務教育課程で耳にして歌唱したことのある名曲がリアレンジされ畠山の美声で歌われる。また本作ラストには畠山の作詞、沢田の作曲による新曲「いそひよどりの歌」が収録され、令和に生まれた“新しい唱歌”として聴けるのだ。
レコーディングにはコントラバスとエレクトリックベース、シンセサイザーまでプレイする沢田を中心に、アコースティックピアノとエレクトリックピアノのフェンダーローズを担当するジャズ・ピアニストの柳原由佳、畠山のアルバムでは前々作から参加する元orange pekoe(オレンジ・ペコー)のギタリスト、藤本一馬が各種ギターをプレイしている。他にもパーカッションで様々なジャンルで活躍する佐藤直子、ガットギターにはBophana(ボファーナ)でビューし、その後bonobosやLITTLE TEMPOといった名門バンドを渡り歩き、数々のセッションでも知られる小池龍平、ストリングス・セクションにはヴァイオリニスの向島ゆり子と法橋泰子(本作ではヴィオラ担当)、TOYONOや北園みなみをはじめ多くのセッションで知られるチェリストの橋本歩と、多彩な手練ミュージシャン達が参加している。
畠山は宮城県出身で、93年にダンスホール楽団“Double Famous”に参加して音楽活動を開始し、96年には男女2人組ユニット“Port of Notes”を結成し、耳の早い音楽通に知られるようになった。2001年にはこれらのバンドやユニットと並行して、シングル「輝く月が照らす夜」でソロデビューし、これまでに9枚のアルバムと5枚のシングル、3曲の配信シングルをリリースしている。
ボーカリストとしては、他アーティストの楽曲やトリビュートアルバム、映画音楽からTV CMソング(ナレーション含む)等への参加も多く、松任谷由実、大貫妙子など日本音楽界のレジェンドとも共演している。現在は故郷のみなと気仙沼大使とみやぎ絆大使も務めながら、FMヨコハマでは音楽・情報番組「Travelin’ Light」(毎週土曜11:00~12:50)のパーソナリティーを約14年も担当するなど、様々な顔を持ち活躍している。
畠山美由紀『空からみてる~日本のうた・唱歌集』
アルバムティーザー
ここからは筆者が気になった収録曲を解説していく。
冒頭の「この道」は明治から大正、昭和の日本を代表する詩人、童謡作家の北原白秋が、1926年児童雑誌『赤い鳥』に発表した詩に、日本近代音楽の父である山田耕筰が曲をつけて翌1927年(大正15年)に発表された唱歌だ。白秋が晩年旅した北海道札幌市と、生まれ故郷と幼少から青年期を過ごした熊本県南関町や福岡県柳川市のそれぞれの情景を綴った歌詞に、耕筰が西洋音楽をルーツに持つ、たおやか旋律をつけて仕上げた、多くの日本人に愛される不朽の名歌として知られている。ここでは空間を活かし最小限の音数にした沢田のアレンジで、表現力溢れる畠山の歌唱で、歌詞の世界が目に浮かぶ。アコースティックギター、コントラバス、アコースティックピアノ(以降ピアノ)のセクションと、シンセサイザーのパッド、時折入るパーカッション(テンプルブロックか?)が効果的である。
本作中最も親しみ易いのは「七夕さま」だろう。大正後期から昭和初期の童謡詩人、権藤花代が作詞、林柳波が補作詞をして、作曲家の下総皖一が作曲を手がけ、1941年(昭和16年)に当時の文部省教科書で発表された唱歌である。ここではボサノヴァのアレンジで、この曲が持つノスタルジックでファンタジーな歌詞の世界を演出すべく、よく練られたアレンジがされている。ガットギターの刻みにコントラバス、ピアノ、パーカッションの刻みはカバサだろう。上物には対位法的に展開するチェロ、スペーシーなトーンのエレクトリックギターのフレーズなど考え抜かれて配置されている。畠山のボーカルもボッサのリズムは自身のホームタウンなので、心地良く表現している。
なおアルバム・タイトルの『空からみてる』は、この「七夕さま」の歌詞からピックアップされており、多くの収録曲を嘗て愛聴し愛唱していた先人達が、現代の社会で生きている我々をそっと見守ってくれているような深い優しさを感じるのだ。
続く「夏の思い出」もこの夏の時期には聴きたい。昭和を代表する唱歌詩人の江間章子による作詞、作曲家の中田喜直(甥の中田佳彦は細野晴臣や大滝詠一との交流で知られる)が曲をつけた唱歌で、そもそもNHKからの依頼で作られ、1949年(昭和24年)に同社ラジオ番組『ラジオ歌謡』で発表され、後に学校教科書にも掲載された戦後日本唱歌のスタンダードである。ここではコントラバス、ピアノにストリングス・セクションにパーカッションのアクセントが入るシンプルなバッキングで、畠山の静かにエモーションな美声を引き立てている。
マイナー・キーの曲では「月の砂漠」がやはり耳に残る。大正から昭和の挿絵画家で詩人の加藤まさをが、1923年(大正12年)雑誌『少女倶楽部』で詩と挿画により発表した作品に、触発された若手作曲家の佐々木すぐるが曲をつけ、恐らく当時としては稀有ばエキゾティックな童謡となった。ジャズメン達によるカバーも多く、トランぺッターのリー・モーガンが『The Rumproller』(1965年)、ピアニストのケニー・ドリューが『Moonlit Desert』(1982年)でそれぞれ取り上げていてジャズファンには知られている。
ここではボサノヴァのアレンジが施されているが、柳原のピアノは完全に本職のジャズ・スタイルでプレイされていて興味深く、ギターは複数台ダビングされ、右チャンネルで刻まれているのはカバキーニョにも近い高域である。パーカッションはカホンとカバサでリズムがより強調されつつ、ストリングス・セクションも入っているので音像的には複雑である。原曲の歌詞が砂漠をあてどなく旅する王子とお姫様のフィクションの世界ゆえ、沢田のアレンジも視覚的イメージを演出しており、ストーリーテラーよろしく、畠山の歌唱も説得力のある高度な表現がされていてさすがである。
そして筆者が本作のプレス向け音源を入手して、ファーストインプレッションでベスト・トラックに選んだのは「雪の降る街を」のカバーだった。原曲のプロトタイプは、1952年(昭和27年)NHKラジオ放送劇『えり子とともに』の挿入歌として、同劇の脚本家だった内村直也の作詞に中田喜直が作曲し、わずか1日で急造され1コーラス分作られた。劇中歌として主演女優の歌唱により発表後、多くの聴衆者から人気が出たため、フルコーラスが制作され、後にレコードも制作されたという経緯を持つ曲である。戦後娯楽が少ない時代のラジオの影響力を感じさせるエピソードである。
ここではブルージーなジャズファンクでアレンジされており、このパラダイムシフトには脱帽してしまった。沢田はエレクトリックベースに持ち替え、独特のベースラインを奏でてリズムを構築し、柳原はフェンダーローズ、間奏で巧みなソロもプレイする藤本はエレクトリックギターでそれぞれリズムを刻み、佐藤はここでもカホンをメインにシェイカーもプレイしている。初期CTI作品を彷彿とさせるストリングス・セクションの緊張感あるアレンジも素晴らしく、ヴァイオリニスの向島は終盤でソロまで披露している。この曲でも手練ミュージシャン達による演奏は文句なしで、サビで転調するパートでエモーションになる瞬間など表現力豊かな畠山のボーカルを引き立てて完成度を高めている。
最後に本作の総評として、日本において不朽不滅とされる名曲唱歌のカバー集というハードルの高い企画を、ソロデビュー25 年記念で挑んだ畠山のシンガーとしての高い志と、それをバックアップしたサウンド・プロデューサーの沢田をはじめ参加したメンバーのミュージシャンシップに感服するばかりだ。なにより時代に流されない唯一無二なサウンドと巧みな歌声により、これら名曲をこの先の未来に伝承させていくという情熱も強く感じさせられた。
筆者のレビューを読んで興味を持った音楽ファンは、是非入手して聴いてみてほしい。
畠山美由紀
ソロデビュー25 年記念
2Days LIVE
2026 年 9 月12 日(土) BLUE Enoshima
ゲスト:鈴木正人
(1st アルバムプロデューサーfrom LITTLE CREATURES)
2026 年 9 月13 日(日) BLUE Enoshima
ゲスト:Double Famous ~ Petit
( ダブルフェイマス~プチ)
メンバー:畠山美由紀(Vo)
沢田穣治(Ba)/ 小池龍平(Gt)/ 藤本一馬(Gt)
柳原由佳(Pf)/ 向島ゆり子(vln)
予約など詳細は下記オフィシャルサイトで
(テキスト:ウチタカヒデ)





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