2022年7月9日土曜日

冗談伯爵:『ONE』(LOVE SHOP/VIVID SOUND & HIGH CONTRAST / HCCD9615)


 シンガー・ソングライター前園直樹と作編曲家でDJの新井俊也による音楽ユニット冗談伯爵(じょうだんはくしゃく)が、ファースト・フルアルバム『ONE』を7月13日にCDでリリースする。
 本作は昨年7月にアナログLPでリリースされ即完売したのだが、今回は同LP未収録の配信シングル『月に飛び乗れ』(20年7月/今回初フィジカル・リリース)と、7インチ・シングル『銀河特急』(21年6月)をボーナス・トラックで収めているので、アナログ盤を入手出来なかった音楽ファンにも嬉しいリリースになった。 

 まず彼らのプロフィールに触れるが、ソングライティングとヴォーカルの前園直樹(まえぞの・なおき)は、広島県在住のシンガー・ソングライターで、ソロ活動の他に小西康陽氏とのコラボレーションをきっかけに、近年は“前園直樹グループ”としても知られている。弊サイトでは20年8月に紹介したウワノソラのマキシシングル『くらげ』収録の「ろまん」にゲスト・ヴォーカルで参加していた。 
 作編曲の新井俊也(あらい・としや)は、小西氏が主宰するREADYMADEのレコーディングにマニピュレーターとして参加し、近年はテレビCM音楽や脇田もなりやSOLEIなどのシンガーへの作編曲を多数手掛けている。ソロでも様々な名義で音源を発表しており、クラブDJなどその活動は多岐に渡っている。 
 この二人がレコーディング現場で出会い、意気投合して2012年春より、冗談伯爵としてソングライティング・チームの活動を開始。2020年にはそれまでリリースしていたシングルをコンパイルした初期のベスト・アルバム『ZERO』を配信リリースしている。
 最新の活動としては、あの少年隊の錦織一清 の新曲「栄光の石(意志)」(6月1日配信リリース)の楽曲提供や、コーラス・グループSmooth Aceのご子息である小学生シンガーSOTAROの『パレード』(タイトル曲は山下達郎氏のカバーで『NIAGARA TRIANGLE Vol.1』収録/1976年)をプロデュースするなど注目されている。



 本作のプロデュースとアレンジは冗談伯爵の二人名義になっており、ほぼ全ての演奏とプログラミング、レコーディングとミックスのエンジニアリング、マスタリングは新井が担当し、約半数の曲でヴォーカル・レコーディングは前園自身がおこなっている。
 ゲストは女性シンガー・ソングライターでピアニストの倉田美和、前出のSmooth Aceがコーラスでそれぞれ1曲ずつ参加している。その他にも現在韓国を中心にDJ兼プロデューサーで活躍している長谷川陽平がギターで1曲参加しているが、彼は韓国のインディー・バンド"チャン・ギハと顔たち"のギタリスト兼プロデューサーとしても知られているので話題になっている。 
 ジャケットにも触れるが、アート・ディレクションは前園とデザイナーの伊藤敦志で、イラストは伊藤が手掛けている。因みに伊藤は名古屋でグラフィックデザイン事務所”AIRS” を主宰し、以前弊サイトで紹介したForeign Correspondentの『The First One』のジャケットも手掛けており、今後も注目されるデザイナーの一人なのだ。

 
西暦2200年/冗談伯爵 

 さてここからは筆者が気になった主要曲を中心に解説をしていく。
 冒頭の「西暦2200年」は、2020年に先行配信され、翌年には7インチ・シングル『銀河特急』のカップリング曲として収録された。本作のリード・トラックとして相応しい、リフレインされる甘美なフレーズとコーラスが牽引するフィリー・ソウル系サウンドで、デストピアな仮想未来を綴った歌詞とのコントラストが美しい。前園のテノール気味の特徴あるヴォーカルに、ゲスト参加した倉田の繊細な声質のコーラスがブレンドされたサビのパートなど聴きどころは多い。
 続く「ピンク・シャドウ」はブレッド&バターがオリジナル(同名シングル/74年)で、岩沢幸矢と岩沢二弓の兄弟によるソングライティングとして現在も音楽ファンに愛されている。特に山下達郎が78年のライヴ・アルバム『It's A Poppin' Time』で取り上げたテンポアップした16ビート・ファンクのカヴァー・ヴァージョンがよく知られており、ここでもそれを踏襲しつつ、クラヴィネットとスラップベースを強調し独自のコーラス・パートを追加している。新井が手掛けた緻密なトラック・メイキングは見事で、前園のリード・ヴォーカルに絡むSmooth Aceのコーラスも含め曲全体の完成度が極めて高い。
 RAH Band (ラー・バンド)に通じる打ち込みサンバの「あなたのいる世界」は、「西暦2200年」とは対極にあるポジティヴな歌詞の世界がそのサウンドと共に多幸感を生んでいる。

 「愛の炎」は吉田美奈子の『愛は思うまま』(78年)収録が原曲で、吉田の作詞で山下達郎が作曲を手掛けている。オリジナルはジーンとビリーのペイジ兄弟のプロデュースの基、ハリウッドのウォーリー・ハイダー・スタジオでレコーディングされており、エド・グリーンとスコット・エドワーズのリズム隊にデイヴィッド・T・ウォーカーやワーワー・ワトソンがギターで参加した名手達の演奏とシンコペーションが効いたホーン・セクションが聴ける。
 ここでのカヴァー・ヴァージョンは、作曲者である達郎サウンド(シカゴ・ソウルをルーツ)寄りのサウンドを打ち込みで演出していて、ホーン・セクションの動きもより複雑にしている。単にシュミレイトしているのではなく、各パートの輪郭を際立たせ、自分達のカラーを打ち出しているのには感心する。 

銀河特急/冗談伯爵 

 ボーナス・トラックにも触れるが、「銀河特急」は1978年4月リリースの松崎しげるの16作目のシングル曲カヴァーで、オリジナルは作詞たかたかし、作編曲は巨匠の筒美京平によるブルーアイドソウル~フィリー歌謡だ。イントロ部などのヴィビラフォンのリフはボズ・スキャッグスの「Hollywood」(『Down Two Then Left』(77年)収録)がオマージュされていた。本作ではBPMをかなり上げ、ジャジーなエレピや長谷川陽平の高速ギター・カッティングをフューチャーしてハイセンスに生まれ変わったが、原曲が持つ刹那的ロマンティシズムが失われていないのは、前園のスウィートな歌声の賜物だろう。
 もう1曲の「月に飛び乗れ」は、前園単独のソングライティングで、恋の喪失感を綴ったシャッフル気味の八部刻みでグルーヴするナンバーだ。こうして元々がエバーグリーンなカヴァー曲と並んでも遜色ないオリジナル曲をクリエイト出来るのは彼らの才能に他ならない。
 最後に本作の限定アナログ盤LPを持っている方も含め、この解説で興味を持った音楽ファンは是非入手して聴いて欲しい。


(テキスト:ウチタカヒデ


0 件のコメント:

コメントを投稿