2020年8月10日月曜日

ウワノソラ:『くらげ』(UWAN-005)


 昨年6月のサード・アルバム『夜霧(よぎり)』リリース後、初の東京ライブを成功させたウワノソラが、未発表曲とライブ音源を収録したマキシシングル『くらげ』を8月15日にオフィシャルサイトのオンラインストア限定でリリースする。

 ギターとソングライティング、プロデューサーの角谷博栄とヴォーカリストのいえもとめぐみの2人組となってから3年となる彼らは、ネオ・シティポップ・シーンから飛び抜けた存在であり、好事家や拘り派の音楽ファンのとっておきのバンドとなってきた。
 『夜霧』リリース時に弊サイトに掲載したインタビューをご覧の通り、これはひとえに角谷の人並み外れた拘りに裏打ちされた曲作りとアレンジング・センスが大きいだろう。またヴォーカリストとして、いえもとの巧みな表現力はウワノソラの存在意義を高めており、欠かせない存在となっている。 

 最新トピックとしては、以前弊サイトで評価したガール・グループNegicco(ネギッコ)のメンバー、Kaede(カエデ)のセカンド・ミニアルバム『秋の惑星、ハートはナイトブルー。』をLampのリーダー染谷大陽と角谷が共同プロデュースしている。角谷は2曲のソングライティングと4曲のアレンジを手掛けており、レコーディングにはLampのメンバーと共にいえもともコーラスで参加し、各バンドのセッション・メンバー達も多くプレイしているので両バンドのファンは必聴だろう。
 リリースは9月8日で、筆者は既に音源を聴いているので弊サイトでレビューを予定している。



 本作の話題に戻るが、このマキシシングルを構成している楽曲の経緯を説明しておく。昨年の『夜霧』の収録から外れ、『夜霧1.5』なるタイトルでリリースしようとしていた2曲と、「Umbrella Walking」から「隕石のラブソング」まで計4曲のMVを監督している菅野圭亮が所属する映像会社からのオファーにより書き下ろした新曲2曲(制作されたMVは1曲のみ)。 
 また女性シンガー・ソングライターNeoとの共作のセルフカバー、そして昨年の『ウワノソラ 7Years Live』から2曲の計7曲が収録されている。
 筆者は先月送られてきた音源を一聴して高く評価し、「オンラインストア限定だけでなく、なぜ流通させないのか?」と聞いたほどだ。

 ではこの貴重な音源が収録された本作『くらげ』の収録曲を解説していこう。 冒頭の「ハートの手鏡」は昨年冬に制作された新曲で、80年代の機材を駆使したニューミュージック~シティポップ系サウンドだ。
 ちょうど昨年夏に筆者が愛聴していた、サカナクションの13thシングル「忘れられないの」に通じるオメガトライブ感がたまらない。八分刻みのシンセベースにスラップのアクセント、FM音源系シンセ(ヤマハDX7)のプリセット音やエレピのサウンドがそれを想起させるのだろう。それでもコード・プログレッションには強い拘りがあり、セカンド・ヴァースはプリファブ・スプラウトの「The World Awake」(『Protest Songs』収録/89年)、ブリッジのジャジーな進行はドナルド・フェイゲンの匂いがして好きにならずにいられない。いえもとの特徴的なヴォーカルもこの新境地サウンドに溶け込んでいる。
 歌詞にも触れると、80年代中期にヒットした、漫画家わたせせいぞうの「ハートカクテル」(モーニング誌に連載/83~89年)に影響を受けているという。混沌としたバブル期において一服の清涼剤ともいえる同作品のリアルタイムの後に生まれた角谷にとっては新鮮に映ったのだろう。


無重力のフォトグラファー / ウワノソラ

 続く「無重力のフォトグラファー」も昨年秋に制作された新曲で、こちらは菅野圭亮が監督してMVが制作された。歌詞にはSF要素のある青春模様が描かれていて本作タイトルのくらげがモチーフとなっている。またサビの歌詞にはドゥービー・ブラザーズの「What a Fool Believes」(『Minute by Minute』収録/78年)が顔を出すが、その直前のパートで同曲風のピアノとシンセ・パッドのフレーズが聴けるのも心憎い。前曲よりリラックスしたいえもとのヴォーカルに絡む本人と深町仰によるコーラスの美しさも際立っている。
 この曲の全体的なサウンドには80年頃のユーミン・サウンド(基はデイヴィッド・フォスター~エアプレイ)からの影響を感じるが、ヴァースのリズム・アプローチやオーバー・ドライブ系で歪ませたジェイ・グレイドン~松原正樹系のギターリフ、ナチュラル・トーンのギターソロ、前出のコーラス・パターンなどそのエレメントが多い。「5cmの向う岸」(『時のないホテル』収録/80年)や「まぶしい草野球」(『SURF&SNOW』収録/80年)などが好きな熱心なユーミン・ファンにお勧めしたい。

 一転してハードなラテン・ファンクのパートを持つ「ろまん」は、リード・ヴォーカルに冗談伯爵の前園直樹が迎えられている。2017年の「遅梅雨のパレード」(『陽だまり』収録)に参加したカンバス小川タカシ以来となる外部ヴォーカリストの参加は新鮮だ。
 この曲と「私のモラトリアム」は『夜霧1.5』の収録候補曲で、サウンド的には終始響くクイッカとティンバレスのアクセント、クラビネットの刻みが特徴的なヴァースと、甘美なメロディを持つサビのパートの対比が素晴らしい。難波大介のプレイによるギターソロはこの曲のハイライトと言えるだろう。
 「私のモラトリアム」は、2014年12月に配信のみでリリースされたコンピレーション・アルバム『Light Wave '14 Vol.3』に提供された曲で、今回リマスタリングのみしている。曲作りは彼らのファースト・アルバム以前ということだが、『夜霧』収録の「ロキシーについて」にも通じる、いえもとのブルージーな歌声の表現力が曲の世界観を決定している。サウンド的にはストリング・カルテットのアレンジと、ベテラン奏者の横山貴生によるテナー・ソロがコーダで続くパートが聴きものだ。
 続く「星屑のマーメイド」もレア音源であり、現在は大阪を中心に活動するジャズ、ネオソウル系女性シンガー・ソングライターのNeoが作曲し、角谷が作詞と編曲を担当して彼女のミニアルバム『Neo naninuneo』(16年)に収録された曲のセルフカバーである。ここではオリジナルのトラックをリミックスしているが、Neoによる4声のコーラスを残して、いえもとのヴォーカルに差し替えている。この個性の異なる二人のシンガーのコントラストは聴きどころだ。
 プレスキットを入手後執筆準備中に気付いて驚いたのだが、Neoは2001年に山下達郎氏の「あまく危険な香り」のカバー(『Red Incognito』収録)をリリースしている。当時山下氏のサンデーソングブックTOKYO FM系 全国38局ネット / 毎週日曜日14:00~14:55)でもオンエアされて、その素晴らしい解釈に魅了された筆者は直ぐに入手して相当聴き込んでいた。ここで再び巡り会えるとは不思議な縁である。



 ファン待望のライブ音源は、いずれもファースト・アルバム収録の「摩天楼」と「さよなら麦わら帽子」の2曲を収録しており、昨年8月3日に青山の“月見ル君想フ”で開催された『ウワノソラ 7Years Live』の演奏をPAアウトしたマルチ音源をライブ当日パーカションで参加した玉田和平がミックスしている。 
 サポート・メンバーの多くは角谷といえもと同様に芸大で音楽を専攻していたので演奏力には定評があり、これが2回目のライブとは思えないアンサンブルを誇っている。生でライブを体験した筆者も当日の熱演を思い出しながら聴いている。 
 ライブ・パフォーマンスならではのプレイとして挙げたいのが、「摩天楼」では杉野幹起のアルト・ソロ、杉山悟史のオルガン、宮脇翔平のエレピの各インタープレイが目立った。リズム・チェンジの展開が多い「さよなら麦わら帽子」ではバンド全体のアンサンブルが実に素晴らしく、ブレイクでのいえもとに深町と宮原翔平、やおいまりなの3名が加わったコーラス・ワークの見事さもハイライトとして挙げたい。

 最後に本作制作中にイメージ作りで聴いていた5曲をメンバー2人に特別に選んでもらったので、サブスクのプレイリスト(登録曲のみ)で試聴しながら、彼らのオンラインストアで本作を予約して8月15日のリリースを待とう。 

〇角谷博栄
1. ふたりの夏物語NEVER ENDING SUMMER / 杉山清貴&オメガドライブ (『ANOTHER SUMMER』/ 1985年)

2. Dear Brian / Chris Rainbow
(『Looking Over My Shoulder …』/ 1978年) 

3. Philly / Rupert Holmes (『Rupert Holmes』 / 1980年) 

4. ボンボヤージ波止場/ 小坂忠 (『HORO』 / 1975年) 

5. It’s Been So Long / Jaye P. Morgan
 (『Jaye P. Morgan』 / 1976年) 

〇いえもとめぐみ 
1. Johnny & Mary / Robert Palmer
  (『7インチ Johnny And Mary / Style Kills』 / 1980年)

2. I Belong to You / Twila Paris
 (『Keepin' My Eyes On You』 / 1982年) 

3. Gimme The Goods / Boz Scaggs 
 (『Down Two Then Left』 / 1977年) 

4. Shoes And Booze / Roos Jonker (『Mmmmm』 / 2010年) 

5. 2人のストリート / 松任谷由実 (『Da・Di・Da』 / 1985年) 





ウワノソラ・オンラインストア・リンク 
『くらげ』予約受付中


(ウチタカヒデ)



0 件のコメント:

コメントを投稿