2020年7月10日金曜日

RYUTist:『ファルセット』(PENGUIN DISC / PGDC-0012)


 ガール・ヴォーカル・グループRYUTist(リューティスト)が、17年の『柳都芸妓』(PGDC-0005)以来3年振りとなる4thフルアルバム『ファルセット』を7月14日にリリースする。 
 弊サイトでは16年のセカンドアルバム『日本海夕日ライン』(RYUTO RECORDS/RR-012)からRYUTistの作品を取り上げているが、リリース毎にひと回りもふた回りも成長している彼女達の姿に感服しているのだ。
 リーダーの佐藤乃々子を筆頭に、宇野友恵、五十嵐夢羽、横山実郁の4人組は、生まれ育った新潟のご当地アイドルからスタートし、今や実力知名度共に全国区で知られる存在となってきている。それは日々の鍛錬で養ってきたヴォーカル・ワークとダンスの力量の成果だろう。またスタッフ達の先見性に裏打ちされたサウンド・プロダクションの俊敏なアップデートによって確かな結果へと繋がっているのだ。
 『日本海夕日ライン』のレビューでも触れたが、マニアックな音楽趣向を持つミュージシャンやサウンド・クリエイター達との一期一会的コラボレーションの結晶は、筆者をはじめ弊サイト読者など拘り派の音楽ファンの心を掴んで離さない。 

 本作『ファルセット』収録曲から新たに参加したクリエイター達も実に多彩である。先鋭的なミュージシャンから構成されるフィルハーモニック・ポップ・オーケストラ“蓮沼執太フィル”を組織する作編曲家の蓮沼執太。
 バークリー音楽大学出身でキーボーディスト、トラックメイカー/プロデューサーとして幅広く活動し近年メディア露出も多いKan Sano(カン・サノ)。デスクトップミュージックに特化したユニークなユニットで平均年齢25歳のパソコン音楽クラブ。 
 またKIRINJI (キリンジ)のギタリスト兼ヴォーカリストとして知られる弓木英梨乃や美大と芸大を経てシンガー・ソングライターとなった柴田聡子など女性アーティストの活躍も目立つ。
 前作『柳都芸妓』以降にこのプロダクションに参加したTWEEDEESの沖井礼二(元シンバルズのリーダー)と清浦夏実、ROUND TABLE の北川勝利、インドネシアのシティポップ・バンドikkubaru(イックバル)、若きシンガー・ソングライターのシンリズムが提供したシングル曲も収録されている。そしてRYUTistとは古い付き合いとなるKOJI obaこと大場康司も1曲提供している。



 では筆者が気になった主な収録曲の解説をしていこう。
 冒頭の「GIRLS」は次曲の「ALIVE」をモチーフに、各パートをカットアップし再構築している。本編となる蓮沼作の「ALIVE」はイントロ無しで歌のパートが始まるので導入部として非常に効果的だ。
 蓮沼執太フィルの有機的なアンサンブルによるその「ALIVE」は、本作のリードトラックというポジションにあり、これまでのRYUTistサウンドとは全く異もなる新境地というべきサウンドである。現代音楽やジャズ・マナーの演奏から構築されるサウンド・ストラクチャーに彼女達の歌声が溶け込み、得も言われぬ世界観を生んでいる。
 誤解を恐れずに言えば、BB5の『Pet Sounds』(66年)やチャールズ・ミンガスの『Cumbia & Jazz Fusion』(77年)を初めて聴いたような衝撃が走った。即ちそれまで聴いたことの無い音楽との出会いとはそういうものだ。


ALIVE / RYUTist 

 「きっと、はじまり季節」は昨年10月にリリースされた弓木作の8THシングルで、sugarbeansのアレンジによりタイトなドラミングと多彩なギター・アンサンブルによるサウンド・ウォールを持つドラマティックなポップスとなった。
 個性的な女性シンガー・ソングライターの柴田聡子による「ナイスポーズ」は今年3月に先行配信され、メンバーの横山実郁が1人写るジャケットが話題となった。ストンプ・サウンドを効果的に使い転調を繰り返す構成は斬新である。ブリッジのサイケなコーラスはまるでハーパース・ビザールの「Witchi Tai To」(『Harpers Bizarre 4』収録 69年)のそれを彷彿とさせる。
 「絶対に絶対に絶対にGO!」はROUND TABLE の北川が手掛けた英国風ビート・ポップの新曲で、リフレインする印象的なコーラスのコード進行は彼が18年にNegiccoのNao☆に提供したソロ・シングル「菜の花」(名曲だ)のそれに通じる。緩急凄まじいテンポ・チェンジに呼応するRYUTistのヴォーカル・ワークはやはり凄い。

 「青空シグナル」は18年5月の5THシングルとしてTWEEDEESの沖井と清浦による書き下ろしである。一聴して沖井印と分かるCymbals~TWEEDEESサウンドは痛快で、サビから始まりマイナーキーのヴァースからブリッジでクッションしてメジャーキーのサビに戻るという転回は素晴らしい構成だ。動き回る沖井のベースラインとフィルを多用したドラミング、ハモンド・オルガンの巧みなプレイもじっくり聴いて欲しい。 
 Kan Sanoが手掛けた新曲の「時間だよ」はクラブ・ミュージックとしてDJプレイできるクールなトラックにRYUTistのセクシーなヴォーカルが乗るというナンバーで、筆者のファースト・インプレッションではベスト・トラックだった。”Oh baby, oh baby, is this love?”のコーラス・パートや裏拍で鳴っているアタックの強いブラス・シンセのリフなどとにかく素晴らしい。
 そして筆者が弊サイトで18年の邦楽ベストソングに選出した「無重力ファンタジア」に続く。「青空シグナル」のカップリング曲で、TWEEDEES清浦による幻想的な歌詞と、ikkubaruのリーダーMuhammad Iqbalが手掛けたメロウなトラックが融合して、RYUTistを更に上のガール・ヴォーカル・グループに押し上げた金字塔と言って過言ではない。
 この曲のグルーヴの気持ちよさは、彼女達の美しいコーラス・ワークを邪魔しない帯域と最小限の音数による、引き算の美学で構築されたトラックの完成度の賜物だろう。

無重力ファンタジア〜Blue / RYUTist 

 パソコン音楽クラブによる新曲の「春にゆびきり」は、音源モジュールを使い倒してProphet-5やTR-808&909のサウンドをよく再現している。彼らのスタンスは中田ヤスタカに通じるものがあり、この曲のサウンドも中田が手掛けているPerfumeの初期に近いと感じる音楽ファンも多いのではないだろうか。但しRYUTistの巧みでヒューマンなヴォーカル・ワークはそれとは一線を画しているので聴き比べるのも面白い。

春にゆびきり / RYUTist  

 ラストの「黄昏のダイアリー」はTWEEDEESの沖井と清浦にROUND TABLEの北川が加わって手掛けた18年11月の6THシングルである。清浦による等身大の歌詞に沖井と北川による巧みなコンポーズがこの曲の完成度を高めている。
 サウンド的にはTWEEDEESとROUND TABLEの魅力が溶け合っており、『DELICIOUS.』(18年)でも聴かれたジェットコースター状態の弦の展開やモッドなハモンド・オルガンのソロなどは沖井のカラーで、RYUTist 4人のハーモニーが奏でるサビの甘美なメロディなどは北川によるものだろう。とにかく両バンドのファンは必聴なのである。

 最後に繰り返しになるが、本作『ファルセット』は、新たなPhaseに入ったRYUTistの魅力を余すことなく堪能出来るばかりか、2020年を通して重要な邦楽アルバムになることは間違いない。
 興味を持ったポップス・ファンは是非入手して聴いて欲しい。
 (ウチタカヒデ)


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