2018年8月15日水曜日

【ガレージバンドの探索・第一回】The Rising Storm 『Calm Before…』

WebVANDAの記事で、The Pen Friend Club を取り上げていただいている関係でウチタカヒデさんと何度かお会いできる機会があり、60年代ガレージなどが好きだという話をさせていただいていました。
そんな中で記事投稿のご提案をいただき、この度、光栄にも執筆に参加させていただくことになりました。よろしくお願いいたします。
西岡利恵



 The Rising Storm 『Calm Before…』(Remnant ‎– BBA-3571)

トワイライトガレージの名盤と言われる作品で、寂しげな空気感の漂うサイケロックやフォークロックのようでもありながら、限りなくピュアなガレージロックでもある。つたない演奏は心に響く要因のひとつで、その自然発生的に生まれた特有のガレージらしさは味があるといった表現だけでは伝えきれない魅力がある。

The Rising Stormは、マサチューセッツ州アンドーヴァーの名門進学校フィリップス・アカデミーに通う学生バンドだった。
卒業間際の1967年、この『Calm Before…』をプライベート・プレスで500枚制作している。 当初は身近な友人、知人達へ売っていた程度だったようだけれど、メンバーが卒業してそれぞれの道を歩み始める中、一部のマニアの間で徐々に人気が高まり、80年代初頭には$350以上の高値がつくようになる。2016年には$6500支払ったコレクターまでいたらしい。 オリジナル盤は現在でも高額取引されるレアアイテムだけれど、過去にはEVA、STANTON PARK、Arf! Arf!(米マサチューセッツ州ミドルバラで60's ガレージパンクコレクター/ミュージシャンのエリック・リングレンが主宰するレーベル)から、今年の1月にはSundazed Musicから再発されている。
日本ではオールデイズ・レコードの、ジミー益子監修 60’s GARAGE ROCKIN’ OLDAYSシリーズとして4月に紙ジャケCDで復刻している。 

収録曲は全12曲。 The Remains、The Rockin' Ramrods 、Wilson Pickettなどのカヴァーや、10代のガレージバンドにしては意外にも、12曲中5曲はオリジナルを収録している。
近年では2016年、結成50周年記念としてオリジナル曲「I'm Coming Home」がPenniman Recordsによってシングルカットされた。60年代のガレージバンドらしいかっこいい曲で、危なっかしさがまたいい。
B面もオリジナル曲「She Loved Me」。


 

同じく2016年、「Frozen Laughter」は、EFFICIENT SPACE のコンピレーション『SKY GIRL』に収録され、カナダの映画『Allure』にも使用された。彼等らしいトワイライトな雰囲気は、オリジナル、カヴァーに関わらず全編に満ちているのだけれど、特にArthur LeeのバンドLove のカヴァー「A Message To Pretty」はThe Rising Stormの持つ空気と絶妙にマッチしている。静けさの中で鳴り響くハーモニカ、囁くような歌声が切なくてぐっとくる。
そしてボストンのガレージバンドThe Rockin' Ramrods のカヴァー「Bright Lit Blue Skies」。この曲こそトワイライトガレージの最高傑作だと思う。
高度なテクニックでも意図的なアレンジでもない、ただ偶然の重なり合いのような奇跡的な結果で、原曲以上の情感が生み出されている。


   
 『Calm Before…』の後には、十数年経ち再会を果たしたメンバー達がアンドーヴァーで行ったライブを収録した『Alive Again At Andover』(Arf! Arf! ‎–AA007)が1983年にリリースされた。この音源は1992年に同じくArf! Arf! からのリイシュー盤『Calm Before…』(同–AA-034)のCDにもボーナストラックとして収録されている。
そして1999年には、新たなオリジナル曲を含むスタジオ音源と、1981年、1992年のライブからの音源をコンパイルした『Second Wind』(同‎–AA-083)をリリースして今に至る。
現在もメンバー達はそれぞれ離れた土地で、音楽とは無関係の職を持ちながらも時々集まって The Rising Storm としての活動を続けているという。
(西岡利恵/ 編集:ウチタカヒデ)

【西岡利恵・プロフィール】
平川雄一を中心とする60年代中期ウェストコーストロックバンド The Pen Friend Club (ザ・ペンフレンドクラブ)でベースを担当。自身の臨時編成バンドSchultz(シュルツ)ではボーカル、ギターとして活動。音楽性は主に60年代のガレージロックやブリティッシュビートなどの影響を受けている。

2018年8月11日土曜日

hajimepop:『Good-Melody Records』 (GMRD-0002/STEREO) リリース・インタビュー


















シンガー・ソングライターのhajimepopが、ファースト・アルバム『Good-Melody Records』を5月31日にリリースした。
07年に「hajimepop」名義でSNS上にてデモ音源を発表することで音楽活動をスタートした。同時期Sony Musicのプロジェクトで出会った作曲家の仁科亜弓達と共に、クラブ系ユニット「Btype Qualia」を結成し、12年にはサマーソニック出演を果たすまでになる。同年にはソロとして配信アルバム『Melodies』をリリースする。
その後は、平山大介(invisible manners)と武藤直哉によるファンク・ユニット「ネンドウズ」にヴォーカリストとして参加、更にジャミーメローのナカムラタカノリとポップ追求型・作曲ユニット「パグトーンズ」を結成している。
その他彼はアーティストのバック・コーラスとしてレコーディングへの参加や劇伴の作曲、CMでの歌唱なども行なっているのでどこかでその声を耳にしているかも知れない。
ここでは、VANDA監修書籍の愛読者で筆者とも交流のある彼に『Good-Melody Records』について聞いてみた。


●仲間内のミュージシャン達の間ではいつ出るの?いつ出るんだ?という感じでしたが、満を持してのファースト・アルバムのリリースについての率直な感想を聞かせて下さい。

hajimepop(以下H):はい、とても時間が掛かってしまいました(笑)。 "Special Thanks" には、とても書ききれなかったんですけど、個人の感慨よりも「皆さんのお陰です!」という気持ちが大きいですね。まだ小規模リリースながら予想以上の反応を頂いているので、とてもありがたく思っています。

12年に、それまでに溜まったデモ音源をブラッシュアップした配信アルバムを出したんですが、それ以降の4年くらいは病気で体調を崩して、自分の音楽にも全く自信が持てないような精神状態になっていました。このアルバムに4曲収録しているパグトーンズのCDをリリースする話もあったんですけど、僕のそういった問題で流れてしまって。

●アルバム作りでは多くのミュージシャンや音楽関係者の手助けもあったとか。

H:そうなんです。今回、制作などで関わってくれたジャミーメロー(ナカムラタカノリとMEMIcreamによるエレクトロ・ユニット)の二人には、精神面や音楽的なフィジカル面でかなり助けてもらいました。MEMIちゃんは歌唱だけでなく、かなり凝ったジャケットとパッケージのアート・ワークも担当してくれました。 

そして、いつもデモを聴いて意見をくれた友人、今作にコメントをくださったエンジニア/プロデューサーの寺田康彦さんと森達彦さん、その他の音楽家の皆さんにも大変お世話になりました。
また、ネットで気に入ってくださって「CDは出ないの?」と声を掛けてくれた方々にも。やっと皆さんに届けられて嬉しいです。

●hajime君の人柄が滲み出ているコメントですね(笑)。リスナーの方々からの声ほど励みになることはないですよね?

H:ここ2年くらい、人生で一番体調が良いと思っているんですけど(笑)、そういった方々の存在が本当に大きかったですね。「自分が良いと思っているメロディは、本当は全然良くないんじゃないか?」と疑っていた時期が長かったので。 
それと、1年前からピアノの弾き語りを始めたんですが(8月16日には岩本町Eggmanに出演)、作り込んだ音源とのギャップが大きいので、そこを埋めてライブでも楽しんで頂けるようになるのが当面の目標です。



●アルバム・コンセプトは「架空のレコード・ショップ」をイメージしたそうですが、具体的に説明して下さい。

H:先ほど少し話に出た、パグトーンズ(ナカムラタカノリとのユニット)のアルバムを制作する予定だったんですけど、僕個人のSoundCloudでソロの曲を好きになってくれる人も増えてきて、「ソフトロック風のhajimepopも、シティポップ寄りのパグトーンズの曲も混ぜてしまおう」と考えました。
その時点で様々なサウンドの曲が揃っていたので、『架空のレコード・ショップの店主がセレクトした (仮想)コンピレーション・アルバム』というコンセプトが、既に浮かんでいました。であれば、ジャミーメローがカヴァーしてくれた僕の曲「マシンガントーカー 」も入れたら多様性があって面白いかな、と。

"架空のレコード・ショップ" のモデルは、現在タワーレコード渋谷店・5階にある「パイドパイパーハウス」で、"店主" は長門芳郎さんのイメージです。 でも最近気づいたんですけど、土橋一夫さんと長門さんのラジオ番組『ようこそ夢街名曲堂へ!』も全く同じ設定なんですよね。
6月の末に、その番組で長門さんが「Dear Brian」を掛けてくださって大感激だったんですが、そのとき初めて番組のオープニングを聴いて、文言までそっくりなので冷や汗がダラーっと出ました。それまでradikoプレミアムにしてなかったんで…という言い訳を(笑)。 

●「Dear Brian」は僕も初めてデモ(当時「God made him write」というタイトルだった)を聴かせてもらった時から素晴らしい曲だと思いました。『ザ・ビーチ・ボーイズ・コンプリート revised edition』(佐野邦彦氏監修/12年)を愛読して、ブライアン・ウィルソンの熱烈なファンであるhajime君として、この曲を作った経緯を教えて下さい。

H:あの本はバイブルになっていて、今も何かとお世話になっています。 曲名はクリス・レインボウから拝借してしまったわけですが…(笑)。 ブライアンを描いた映画『ラブ&マーシー』(15年公開)を観て、途轍もなく感動して「これは曲を書かねば!」と、一週間くらいで現状に近いデモを作りました。 文献レベルで知っていたことが軒並み映像化されていたんで、興奮しましたね…。でもメリンダとの話は殆ど知らなくて。歌詞は二人のことがテーマになっています。

Bメロの転調は、自分の作った曲の中でも「上手く書けた!」と気に入っています。サビ直前のメロディは何となく(ペット・サウンズ収録の)「Don't Talk」ぽいな、とニンマリしていたんですけど、この辺りは細か過ぎて伝わらないかもしれません(笑)。 フィル・スペクターとかナイアガラっぽいと言われることがあったんで、最後の最後でカスタネットを加えました。

●レコーディングの期間を教えて下さい。またレコーディング中のエピソードをお聞かせ下さい。

H:「ここ5年間のベスト・アルバム」と言えば解りやすいかもしれません。一番古い曲はパグトーンズの「Happy Sleep」で、13年の年末くらいにデモが出来ていました。 この後にリズムを組み直したり、シンセを差し替えたりして、ディスコ寄りのアレンジにしています。武藤直哉さんのファンキー・ベースは寺田さんも絶賛されていました。
他は今年の4月くらいまでにレコーディングしたもので、「Happy Sleep」以外のパグトーンズの3曲は、CDプレス直前まで作業していて、かなりテンパってましたね(笑)。


 左から武藤直哉、hajimepop、仁科亜弓、ナカムラタカノリ


●「Happy Sleep」での元Clownfish武藤君のプレイは大きいですね。この手のファンクでは音数を削ぐ傾向のアレンジが多いけど、ナカムラ君のギターが妙に主張していて面白いですよ。
他の曲ではどうですか?

H:「半額のカニちらし」では、作曲家でトイミュージック演奏家の仁科亜弓さんにトイピアノを弾いてもらいました。が、予想していたものと全然違う感じのテイクが来て、かなり盛り上がりました。トラックは一人で作り込んだものなのですが、彼女の演奏が加わっただけで曲全体が遊園地のようにキラキラしてきて。 
パグトーンズもそうなんですけど、(ナカムラ)タカノリ君のギターが乗ると、自分のイメージを軽く超えて感動できるというか…10曲目の「Mellow Jam」(Spotify、Apple Musicなどで配信中)はその最たるもので、これはもうコラボレーションの楽しさですね。 
タカノリ君とはルーツで被っている所があまり無いんですが、とにかく引き出しが多い。マジカル且つカラフルで、僕の大好きなやつなんです(笑)。 さっきの「Happy Sleep」にしても、たぶん彼があまり通ってないジャンルで、「おぉ、こう来るのか!」って感じで新鮮でした。

レコーディング終盤のバラード「Right by Your Side」では、音数をかなり抑えたギターで泣かせてくれます。 この曲、トラック数が多くなり過ぎていたせいか、あるとき曲のプロジェクト・ファイル自体が開かなくなってしまって、作業が続けられず「終わった…」と諦めかけたんですが、奇跡的に何とかやり切りました(笑)。一番好きな曲だと言ってくれる人が多いので、収録できて良かったです。
その他、オープニングを飾るエレクトロニカ的な「Galaxy」では、女性シンガーの碧(みどり)さんのユニット・Fluffy Toy Boxがコーラスを、「RARA Song」はインドネシア人の友達 Joph(ジョップ)と、詞・曲ともに共作しました。

●Jophと出会ったきっかけやどんなミュージシャンなのか教えて下さい。

H:Jophとはインターネットで、JellyfishやThe Sonic Executive Session好きのサークルで繋がりました。その後の彼は AKB48にハマって、いつのまにか日本語を話せるようになっていました(笑)。バンドでベースを弾いたりもしながら、現地のインディー・レーベルでスタッフとして関わっていたようです。日本でも人気のikkubaruのギター・ヴォーカルのイッ君とはご近所友達で、よく遊んでいます。
80年代のシティポップやアイドル、90年代の渋谷系、最近の日本のバンドも… 大体は僕より詳しいですね(笑)。 WebVANDAでお馴染みのアーティストの中ではLamp、microstar、ウワノソラ、その他ではシンリズムなどを特に熱心に聴いています。 5月に彼が来日したときは、Lampの染谷さんに会えてとても感激していました。日本とインドネシアの架け橋になってくれる気がしています。



●Jophは日本の音楽贔屓なんですね。今後も彼の活躍に期待しますよ。
「マシンガントーカー」のリメイクでは、ジャミーメローのMEMIさんのヴォーカルをフィーチャーしていますが、以前のヴァージョンからこの曲が持つモータウン(ジャクソン5)的ムードに非常に合っていると思いました。この曲のレコーディング中のエピソードはないでしょうか?

H:トラック自体は、16年にリリースされたジャミ―メローのアルバム『左右』に収録されたものと同じですが、今回は他の曲に合わせて、マスタリングの段階でだいぶバランスを変えています。
実は、僕が歌う元のヴァージョンだと、コードが4つしか出てこないんです。有名曲で言うとミニ・リパートンの「Lovin’ You」とか、サイモン&ガーファンクル「59番街橋の歌」のアレ(所謂 ”4・3・2・1”)です。 そのコード進行のトラックを流しながら、RBを意識しつつ自由にメロディを作っていった曲でした。
ですから、MEMIちゃんがこの曲をカヴァーしたいと言ったときは驚きました。作った僕でさえ歌いづらいメロディなので、「歌えるの?」って(笑)。
でも彼女のウィスパー・ヴォイスが凄く良い感じでしたね。タカノリ君のアレンジも、テンション・コードを入れてジャズっぽくしたり、ファンキーなセクションを入れたりで、渋谷系寄りのかなりお洒落なガールポップになりました。 ちなみにブラスのサンプルは、(仁科)亜弓さんと同じくBtype Qualiaで一緒のアベちゃん(阿部道子)が手掛けたもので、「オザケンの『LIFE』みたいな雰囲気に出来る?」なんて言いながら、作ってもらいました。


(左から hajimepop、MEMIcream)



(「マシンガントーカー」オリジナルVer)

●リリースに合わせたライブ・イベントがあればお知らせ下さい。

H:リリースに関連したライブは無いんですけども、全国発売時には何か出来ればと考えています。 それと…まだお伝えできないのですが、あるダンス系トラックメーカーの楽曲のフィーチャリングで、ヴォーカリストとして参加しました。岡村靖幸や筒美京平を思わせる良い曲なので、そのCDのリリース情報も追ってお伝えしたいです。

●では最後にこのアルバムのピーアールをお願いします。

H:ソフトロックやシティポップ、エレクトロニカや渋谷系など音楽好きな皆さんは勿論、普段はJ-POPしか聴かないという方々にも、聴きやすいポップ・アルバムになったんじゃないかと思っています。カラフルなサウンドと、タイトル通りのグッド・メロディに拘った作品です。
友人の協力によって海外で気に入ってくれている方も増えているので、より多くの方々に聴いて頂けたらなぁ、と思っています。

今のところ、タワーレコードの渋谷店(3階・5階パイドパイパーハウス)と新宿店、ヴィレッジヴァンガード渋谷本店で発売中です。 まだ全国発売になっていないのですが、オンラインストアでも販売しています。現在、パイドパイパーハウスでは試聴機に入れて頂いていますので、お立ち寄りの際には是非よろしくお願いします。

オンラインストア
https://good-melody.stores.jp/items/5b28942d50bbc326570003fd

(インタビュー設問作成/文:ウチタカヒデ)

2018年7月21日土曜日

1970年代アイドルのライヴ・アルバム(西條秀樹編・Part-2)


 Part-1の歩みに続き、今回は彼を象徴する黄金期1970年代のライヴ・アルバムを紹介する。ただし、彼はライヴ・アルバムを19作発表しているが、ここではミュージカルの『わが青春の北壁』(1977年)、それに1980年代に入ってからの『限りない明日を見つめて』以降の8作品(内1作はミュージカル)にはふれていない。それはこのコラムが「1970年代の通常ライヴ」の検証だとご理解いただきたい。

1973 『西城秀樹オン・ステージ』(RCA)
1973326日大阪毎日ホールで行われたデビュー1周年公演「ヒデキ・オン・ステージ」から15曲収録。5

 バックは渡辺茂樹率いるM.M.P.。まだ持ち歌が少ない時期ゆえ、そのセット・リストはリトル・リチャード<Good Golly Miss Molly>やジェームス・ブラウン<Try me>をはじめアマチュア時代からのレパートリーと思われるエキサイティングな洋楽カヴァーが中心となっている。ただそれのみならずロギンス &メッシーナの<ママはダンスを踊らない(Your Mama Don't Dance)>といった近年のヒットまで、洋楽に親しんでいた彼ならではのレパートリーが並ぶ。それらがオリジナル以上に際立った存在感を放っている。

1974 『リサイタル/ヒデキ・愛・絶叫!』(RCA)
1973117日東京・芝郵便貯金ホール第2回コンサートから22曲を収録。2 

シングルが国内チャートを初制覇し、勢いに乗った時期のライヴ。ここでも半分以上の13曲が洋楽カヴァーで占められ、オーティス・レディングはじめ実力派シンガーのレパートリー<Try A Little Tenderness>や、ブラッド・スウェット&ティアーズ<Spinning Wheel>といったソウルフルなナンバーが際立っている。またそんなハードなナンバーのみならず、バラード・ナンバーで聴かせる甘いヴォーカルは、抱擁感に溢れた魅力を堪能させている。ここでのパフォーマンスはすでに本格派の風格が漂うアイドル離れしたシンガー、ヒデキの姿が感じられる。

1975 『リサイタル/新しい愛への出発』(RCA
19741020日東京・芝郵便貯金ホール第3回コンサートから26曲を収録。4

<傷だらけのローラ>で全身からみなぎるばかりのシャウトを印象付けたヒデキ。ここではクールザ・ギャングの<Funky Stuff>、ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツ<恋の逃亡者(Satisfaction Guaranteed)>などファンキーなソウル・ナンバーをその歌唱に迫るように聴かせている。特に後者はテディ・ペンダーグラスに迫るほどのパワーに溢れている。
またロックの古典<Roll Over Beethoven>では、ELOのカヴァーを意識したであろうロック・スタイル、さらにディランの<Just Like A Woman>ではハードなアレンジで仕上げるなど、ここに収録された洋楽カヴァー12曲の聴きどころは多い。

1975 『ヒデキ・オン・ツアー』(RCA
1975年に敢行されたヒデキ初の全国縦断コンサートから20曲を収録。2

このライヴから演奏は藤丸BAND(とザ・ダーツ)が務め、編曲は惣領泰則が担当。自身のバック・バンドを得たことで、ヒデキに躍動感が増している。それはここで取り上げた半分以上を占める12曲の洋楽カヴァーで顕著に表れている。
それは吉野の提案で演奏されたグランド・ファンクの<Heartbreaker>や、当時頭角を表していたエアロスミスの<S.O.S.>などにしっかり刻まれている。
さらに藤丸とのデュエット<瞳の面影(My Eyes Adored You)>では、既に二人のコンビネーションが確立されているようにも感じられる。
またお約束の<青春に賭けよう>ではファンの大合唱が会場内に響き渡り、野外ライヴならではの解放感に溢れている。

1976 『MEMORY-20歳の日記)』(RCA
1枚目がスタジオ作、2枚目を1975113日に開催された日本のソロ歌手初の日本武道館公演を収録した変則アルバム。6 

初武道館公演はその会場を意識したかのように壮大な雰囲気を連想させる<バッハのトッカータ>で幕を開ける。そんなライヴ前半はゆったりとした感じだが、後半になると当時一大旋風を巻き起こしていたK.C.&ザ・サンシャイン・バンThat's The Way>をはじめ、ヒデキらしいエネルギッシュなセット・リストで会場を沸かせている。藤丸BANDとのコンビも1年を経過し、充実したプレイを聴かせてくれる。

1977 『HIDEKI LIVE’76』(RCA
1976113日に開催されたヒデキ2回目の日本武道館公演から21曲収録。12 

ライヴはジャケット写真に象徴されるような大人のエンタテナーを意識したものになっている。それは<恋は異なもの(What a Diffrence a Day Makes)>といったジャジーなカヴァーや、近作アルバム(注1収録曲からの甘い魅力に溢れたナンバーからもうかがうことが出来る。
もちろん武道館というキャパにあわせたスケールの大きなヒデキ・スタイルはディスコ調で披露している<夜のストレンジャー(Stranger In The Night)(注2)でもよくわかる。さらに同年に発表された『Wings Over America』を連想させるような藤丸BAND Featuringヒデキ然とした<希望の炎(Jesus Is Just Alright)><心のラヴ・ソング(Silly Love Song)>でのプレイはヒデキ自身もバンドとの一体感を楽しんでいるよう
な仕上がりだ。その姿はヒット曲だけでは語りつくせない彼の魅力が凝縮されている。

1978 『バレンタインコンサート・スペシャル/愛を歌う』(RCA
1978214日に日比谷公会堂で「新日本フィルハーモニー」との初共演ライヴから19曲収録。22 

このオーケストラ初共演はバンドを率いたロックなヒデキとは別の魅力を再認識することが出来る。ここでは<マイ・ファニー・バレンタイン>など洗練されたシンガーとしてのヒデキ、またランディ・ニューマンのセイル・アウェイ>といったマニア好みする曲をチョイスしているセンスも見逃せない。  
こんな贅沢なライヴでもファンとの一体感を強く感じさせているのは、会場内のファンの大合唱が始まる定番曲<青春に賭けよう>だった。補足ながら、この曲は後にアカペラでも歌われる(注3彼のライヴには欠く事の出来ないナンバーだった。
なお余談になるがここで取り上げているシュープリームスの<ユー・キープ・ミー・ハンギン・オン>は、もしこの時点でロッド・スチュワートのカヴァー(注4を聴いていたとしたら、彼がどのようにチャレンジしたのか気になるところだ。

1978 『BIG GAME’78 HIDEKI』(RCA
1978年の722日に後楽園球場、816日ナゴヤ球場、826日大阪球場で開催された第1回スタジアム・コンサート・ツアー「BIG GAME'78 HIDEKI」から23曲収録。15位 

派手な爆竹音がけたたましく響き渡るオープニングは、当時全米人気の高かったブギ・バンド、フォガット(注5のナンバーとまさにロック・コンサート。ここでもバック・バンドU.F.O.を率いる吉野藤丸のギター・プレイは冴え渡り、ヒデキとのコンビネーションは抜群だ。
またロックの古典<朝日のあたる家The House of The Rising Sun)>を当時大ブレイクしていたサンタ・エスメラルダ調(注6に仕上げるなど、流行に敏感なヒデキらしさは健在だ。さらにドラマチックに歌いあげるアラン・パーソンズ・プロジェクトの<哀しい愛の別離(Some Another Time)>(注7は改めて選曲センスの良さを感じさせる。ここでのパフォーマンスは正にヒデキ・ライヴの集大成といった雰囲気に満ちている。

1979 『永遠の愛・7章』(RCA
1978113日の日本武道館のライヴで10曲収録。11

このライヴは吉野との共同作業によるオリジナル・アルバム『ファースト・フライト』の収録曲を大きくフューチャーしたもので、当然ながらヒット曲や洋楽カヴァーも抑えられている。
ここでの注目は、1980年代以降のヒデキを彷彿させるAOR調の新曲Love is Beautifull>。また桑名正博の<哀愁トゥナイト>(注8ではオリジナルの高中正義を意識したであろう藤丸のギターが炸裂している。
そんな最良のパートナーだった藤丸は、このレコーディングから誕生したOne Line Band(翌年Shogunに改名)の活動に専念するため独立。残念ながらこの二人の蜜月はこのアルバムが最後となっている。  
補足ながら、このような新作のプロモーションを兼ねたライヴ盤は郷ひろみや野口五郎も同時期に発表(注9)している。これはアーティストとしてアルバムに対する自信の表れとも取れる。

1979 『BIG GAME’79)』(RCA
1979824日に開催された第2回後楽園球場コンサートから17曲収録。12 

<ヤングマン(Y.M.C.A.)>が空前の大ヒットを記録したまさに絶頂期のライヴだ。ただ当日1971年に開催された暴風雨のGFRコンサート再現のような悪天候で、収録不能となり、スタジオ録音と差し替えられたパートもあるほどだった。
ここではヴィレッジ・ピープルの曲が3曲チョイスされ、中でも<ゴー・ウエスト>は人形劇「飛べ!孫悟空」(注10の挿入歌でなければ、シングルにしても良いほどの出来ばえだ。 
ディスコ・ヒットのキッス<ラヴィング・ユー・ベイビー(I Was Made for Lovin' You)>、ドナ・サマーの<ホット・スタッフ>などはありがちなところだが、最新曲でもあるトトの<愛する君にI'll Supply The Love)>(注11をチョイスするあたりは、いかにも音楽シーンに敏感な彼らしい選曲だ。
さらにここでの最大の聴きどころは雷鳴が効果的なSEとなって響き渡る中で歌うキング・クリムゾンの名曲<エピタフ(注12だ。そこにはヒデキらしい情念に満ちた幻想的な世界が醸し出されている。

 と1970年代のライヴをレヴューしたが、冒頭でもふれたようにヒデキは1980年代にも7作ライヴ・アルバムをリリースしている。参考までにリストだけ列記しておく。

1980.『限りない明日を見つめて』
   『BIG GAME’80 HIDEKI
1981.BIG GAME’81 HIDEKI
1983.HIDEKI RECITAL-秋ドラマチック』
   『BIG GAME’83 HIDEKIFINAL IN STADIUM CONCERT
1984.JUST RUN’84 HIDEKI
1985.'85 HIDEKI in Buddokan-for 50 songs

 最後に前回の追悼特集の末尾に1999年に、デビューから1985年までにリリースされたライヴ・アルバムのセレクション集がCD6枚ボックスで発売されていると紹介したが、そその詳細を記載しておく。

HIDEKI SUPER LIVE BOX  1999.12.16日 / RCA / RCA/RVL-20778
Disc-1. 『オン・ステージ』の一部、『リサイタル/ヒデキ・愛・絶叫!』の一部、『リサイタル/新しい愛への出発』の一部 
Disc-2.『バレンタインコンサート・スペシャル/西城秀樹 愛を歌う』の一部、『永遠の愛7章』の一部 
Disc-3.BIG GAME’78』の一部、『BIG GAME’80』の一部、『BIG GAME’81』の一部 
Disc-4.『限りない明日を見つめて』  

Disc-5,6.『'85 HIDEKI in Buddokan-for 50 songs-』


(注1)1976年6月25日発売の第6作『愛と情熱の青春』

(注21976年発表のベッド・ミドラー第3作『Songs for the New Depression』に収録されたヴァージョンをベースにしたフランク・シナトラの代表曲。

(注31996年のセルフ・カヴァー・アルバム『LIFE WORK』に吉野アレンジによるアカペラでのセルフ・カヴァーが収録されている。

(注41978年の『明日へのキック・オフ(Foot Loose And Fancy Free)』に収録。

(注51971年にサボイ・ブラウンのメンバーで結成されたバンド。1975年の第5作『Fool for the City』に収録されたSlow Rideでブレイク。その後も1970年代後半までライヴ活動を通じ人気を博す。

(注61977年に<悲しき願い(Don't Let Me Be Misunderstood )>のヒットで一世を風靡したしたフラメンコ・スタイルのディスコ・グループ。

(注7)アラン・パーソンズ・プロジェクトの第2作『I ROBOT』(1977年)に収録されたバラード。

(注81970年代初めに「東のキャロル、西のファニカン」と呼ばれ人気を博したファニー・カンパニーの桑名正博。彼のセカンド『マサヒロ・Ⅱ』に収録された筒美京平書き下ろしのソロ・ファースト・シングル。この曲では高中正義がギターを担当、その演奏は編曲担当の萩田光雄さんが唖然とするほどだったという


(注9郷ひろみには『Narci-rhythmのプロモーション『IDOL OF IDOLS』(1978年)、野口五郎にはGORO IN LOS ANGELES,U.S.A.-北回帰線-』(1977年)をはじめとする海外録音数作でセッションに参加したメンバーが集結した10thANNIVERSARY U.S.A STUDIO CONNECTION.』(1980年)がある。


(注10)ザ・ドリフターズが吹き替えを担当した人形劇(1977-1979年)の挿入歌。主題歌はピンク・レディー。




(注11)ボズ・スキャッグスの傑作『Silke Degrees』(1976年)のセッションから誕生したバンド、トトのファースト・アルバム『Toto(宇宙の騎士)』収録曲で、セカンド・シングル。

(注12)英国のキング・クリムゾンが1969年に発表したプログレッシヴ・ロックの一大傑作『クリムゾン・キングの宮殿』に収録された叙情的名曲。

2018年7月11日21時