2018年5月20日日曜日

桶田知道:『秉燭譚』(考槃堂商店/ KHDR-001)


 昨年5月に『丁酉目録』をリリースし、その後ソロ・アーティストに転じた桶田知道が、1年というインターバルでセカンド・アルバム『秉燭譚(ヘイショクタン)』を5月23日にリリースする。
 最早元ウワノソラという経歴は要らないかも知れないが、彼のサウンド・スタイルは多くの著名人をも虜にしている。最近約7年ぶりにニュー・アルバムをリリースしたTHE BEATNIKSで高橋幸宏氏とタッグを組む鈴木慶一氏(ムーンライダーズのリーダーとしても知られる)や、筆者と交流がある漫画家でイラストレーターとしても高名な江口寿史氏など音に拘りを持つクリエイターからも評価が高いのだ。
 また昨年ソロ・アーティストとして独り立ちしたのを機に、自ら立ち上げたレーベル、“考槃堂商店”からの第一弾リリースという記念碑的作品となるので彼自身も感慨深いだろう。

   
 アルバムに先行して3月23日にはリード・トラックの「トラッカーズ・ハイ」のMVを公開し、mp3音源を無料配信して多くの音楽通を唸らせ、期待は高まるばかりだった。
 前作『丁酉目録』より明らかに進化したサウンドの緻密さと詩情溢れる歌詞の世界観の融合は、やはり唯一無二の存在であることは間違いない。
また本作での新たな特徴としては、ソングライティングのパートナーとして桶田の友人である岩本孝太が加わったことだろう。彼は全10曲中8曲で作詞を手掛けているが、これが作詞家デビューとは思えない言葉のセレクトを持ち、スクリプト・ドクターとして本作には欠かせない存在となっている。

 
     
 では本作の主な曲を紹介していこう。 
 冒頭の「凄日(せいじつ)」は、木琴系シンセのミニマルなフレーズとフレットレス・ベースのラインが印象的なやや早いテンポの曲である。桶田自身の作詞で、古風な言葉選びがモザイクのように配置され前作『丁酉目録』からの世界観を踏襲している。
 続く先行発表されたリード・トラックの「トラッカーズ・ハイ」は、循環コード・テクノの傑作として聴けば聴き込むほど耳に残る曲調とサウンドである。この曲に限らずだが、彼をはじめウワノソラの角谷やLampの染谷と永井など筋金入りの音楽通が作る曲は、リード・ヴォーカルの主旋律に対する間奏部の旋律、またオブリガートが非常に巧みに構築されていて、聴き終えた後のサブリミナル効果が高く、リピートさせる中毒性がある。
 ともあれ江口寿史氏も絶賛したこの曲は本作を代表する1曲といえよう。

 本作中筆者が最も好むのは、次の「逢いの唄」である。
 4月初頭に本作のラフミックスが送られてきて、イントロもなくいきなり始まるこの曲の持つポテンシャルの高さに一聴して惚れ込んでしまったのだ。
 岩本が描く刹那的青春のロマンティシズムな歌詞と、ハッシュ系ミッド・テンポのリズム・トラックのグルーヴが渾然一体となった美しさがここにある。本当に多くを語りたくないが、今年のベストソングの第一候補と称すれば分かってもらえるだろう。

 本作中盤となるインストの「篝」から「コッペリア」の流れは、ポップスの範疇では収まらないプログレッシブ・ロック的展開が非常に面白い。アナログ系シンセのフレーズが印象的なスローなミニマル・リズムを持つ前者から一転、緊張感のあるストリングス系シンセの刻みと鮮烈な変拍子が特徴的な後者のドラマティックな構成には脱帽する。
 この曲では岩本によるレトロなSFテイストの歌詞がジブリ・アニメにも通じる。この感覚は「高原のフラウ」にも言えるが、歌詞そのものが映画のスクリプト的広がりを持っているのだ。
  
 終盤の「船は漕いでゆけ」は2ビートの軽快な曲調に、ティンパニーの響きやバンジョーのフレーズがプリティーで牧歌的なサウンドになっていて、XTCの『The Big Express』(84年)にも通じる英国感が楽しい。
 そしてラストの「砂の城と薊の花」は8分を超える大作バラードで、ほぼオーケストレーションとスネア・ロールのみをバックに歌われる。
映画的視覚を持つ歌詞とサウンドを誇る本作のエンドロールに相応しい感動的な曲と言えよう。  

 なお本作は自主製作盤というスタイルのため扱う店舗も限られるが、桶田が主宰する“考槃堂商店”のオンラインストアでは予約を始めており、早い購入者には既に発送されているという。
 筆者のレビューを読んで興味をもった音楽ファンは、是非入手して聴いて欲しい。

【考槃堂商店】特設ページ:
https://www.kouhando.com/heisyokutan

 

(ウチタカヒデ)



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