2006年10月11日水曜日

流線形:『TOKYO SNIPER』(Happiness Records/HRAD-00019)クニモンド瀧口インタビュー



 ポップ・ユニットの流線形が、2003年の『シティ・ミュージック』から3年振りに待望の新作『TOKYO SNIPER』をリリースした。前作はシティポップをはじめ、クラブ・ミュージックのファンまで幅広い支持を得た好作であったが、この作品では更にその期待を裏切らない傑作に仕上がっている。
 また本作からクニモンド瀧口のオウンユニットとして再スタートしたのだが、これは新たな流線形サウンドを語る上で重要なポイントであろう。
ここでは、リリースを間近に控えた多忙な瀧口氏に話を聞いてみた。

●前作『シティ・ミュージック』から今作『TOKYO SNIPER』の間にオウンユニットになって大きく変わった点は?

「前は3人で役割分担されていた部分を、今回すべて1人でやらなくてはいけなかったので、それが大変でしたね。プロデュースからディレクションまで100%瀧口節になったんですが、逆に客観的に聴けなくなってしまったので、そこの判断が難しかったです。
僕が作ったシーケンスデータを生に差し替えて行くといった作業だったんですが、譜面もコードもよく分からないので(笑)、参加ミュージシャンやエンジニアの方々に助けて貰いました。1人でやるのには限界がありますね、マニュピレーターやディレクターがいると全然楽なんですけど。音楽とは別の部分まで1人でやっていたので、かなり疲れました(笑)」

●『TOKYO SNIPER』の曲作りやレコーディングで一番心掛けた点は?

「3年前のミニアルバム発売後には今回の曲は殆ど揃っていました。曲はすぐ作れるタイプなので、曲作りで苦労した事はありません。自分が気持ち良いと思うコード進行やメロディラインになった次点でストックしています。断片も入れると相当な数になると思いますね。それがカセットテープ何十本にもなっているんです(笑)。
僕はミュージシャンというより、リスナー側に近いと思っているんです。いつも心がけているのは「10年後も聴いていられるか?」という部分です。結局、歌詞も含めて、耳障りやアルバムの構成など、自分が気持ち良いと思うものを作っているだけなんです。前回が85年あたりのHi-Fiサウンドを意識したのに比べると、今回ドラムは82年あたりのコンプがかかった感じで、音像は78年ぐらいのタイトな感じにしました」

●自分の中で流線形サウンドとして最も大事なことは?

「流線形の音楽性の核となっているのは、僕が小・中・高校生時代に聴いていた音楽です。
時期は1975年~1990年の音楽で「大人に憧れていたオマセな少年が描く都会感」といったイメージを大事にしています。流線形ではそれ以外の部分はやりません。イメージだとアーバン、メロウ、クリスタル、トワイライト‥‥‥そんな言葉が似合いそうなサウンドです。別のベクトルではソフトロック、シンガーソングライター、ジャズ、ニューウェイブ‥‥‥といった違うジャンルをやりたい自分がいるんですが、それはバンド名を変えて発表していきたいと思っています。
僕と同世代の方や上の世代の方は懐かしいと思うだろうし、若い世代で山下達郎さんの初期とかを聴いている方は同じ感覚で聴いて貰えると思っています」

スプリングレイン(ライヴ)/ 流線形

●今後の活動やライブの予定を

「バンドというよりサウンド・プロダクションなので、流線形のサウンドを気に入って、このサウンドでやりたいというアーチストがいたら、是非プロデュースしていきたいですね。
リリースライブも予定していますが、3年振りのライブです。ソロユニットという事もあって、なかなかライブができないのですが、今回はレコ発という事で豪華なライブをやります。
山下達郎さんの素晴らしいライブ「IT'S A POPPIN' TIME」に近づけるようなライブにしたいと思っています」
※ 11月18日(土)  流線形 presents  『IT'S A POPPIN' TIME』
New Album「TOKYO SNIPER」リリースLIVE!
@月見ル君想フ(青山)

 筆者は本作を聴いて、モデル・チェンジした流線形サウンドを大いに歓迎している。
 メイン・ソングライターとして、ユニットの中心人物としてコアな部分を担っていたクニモンド瀧口のオウンユニットになったことで、向かうべきヴィジョンが明確になりブレが無くなったような気がするのだ。勿論それにより客観性が失われた部分もあるだろうが、根っからのリスナー肌で音楽愛好家である彼だからこそ、本作を完成させることが出来たことを理解して欲しい。なりより元来彼は、ソングライター~プロデューサー指向が強い裏方系クリエイターを自認していることを知れば、流線形は数多存在するポップ・バンド、ユニットとは異なる、一種のサウンド・ラボ(Sound Laboratory)と解釈出来ないだろうか。
 一際異彩を放つ美的なジャケット・デザインにもそんな拘りが漂っている。70年代のプログレッシブロックやグラムロックのアルバム、松任谷由実の80年代前半のアルバム・ジャケットを思わせる、ヒップなSFセンスはヒプノシスの仕事を彷彿させるのだ。
(ウチタカヒデ)


2006年10月1日日曜日

☆Andy Williams:『Moon River And Me』(ワーナー/WPBR90547)DVD

最近はアンディ・ウィリアムスばかり聴いている。柔らかで暖かい歌声、ゴージャスで美しいストリングスによるバッキング、アンディのアルバムを聴いていると夢見ごこちになれる。私がアンディのレコードを買ったのは中1、1970年のことになる。小学校でまずベンチャーズ、スプートニクスのエレキ・インストにはまり、続いてビートルズに心を奪われた。中1になると、その当時最先端だったピンク・フロイドやレッド・ツェッペリン、CSN&Y、ニール・ヤング、イエス、EL&P、ムーディー・ブルース、キング・クリムゾンなどのLPをクラスの誰よりも早く入手して、洋楽のことなら誰よりも先に行っている自負があった。しかし、その傍ら、アンディ・ウィリアムスの「More」(今でも私のオール・タイム・フェイバリットで10本の指に入る永遠の名演)、「Danny Boy」、「Moon River」、「Ave Maria」などのレコードを買い、同じくターンテーブルに載っていた。特に「More」のように擦り切れるまで聴いたレコードは、ビートルズなら「Hello Goodbye」、ベンチャーズなら「Telstar」といった具合に、後にソフトロック発掘に明け暮れる音楽的趣向は、この中1の時から始まっていたのだ。そしてなぜアンディか?他のポップ・ヴォーカリストの声は、バリトン系が多く、アンディのようなテノールは少なかった。美しい曲を、美しいアレンジで、ハイトーンの美しい声で歌うというソフトロックの理想が、アンディにはあったのだ。だからあんなに心を捉えたのだと思う。断片的な記憶しかないが、NHKで放送していた『アンディ・ウィリアムス・ショー』は、子供がディズニーランドに感じたのと同じ夢の世界であり、アンディの優しい笑顔と素敵な音楽は、見知らぬ豊かな夢の国へと誘ってくれていた。現在、このサイトでリンクしたが、You Tubeで『アンディ・ウィリアムス・ショー』の映像を見た。デュエットでアントニア・カルロス・ジョビンとの夢見ごこちの「イパネマの娘」、ボビー・ダーリン、エディ・フィッシャーとの実に楽しい「ドレミ」、しかし最も心を奪われたのがジュリー・アンドリュースとの『Language Of Love』だった。男女で最も美声のこの二人が、ミュージカルのように、お互い見つめあいながら歌うこのシーンにすぐに虜になってしまったのである。これらはこのHPのフォーラムで見られるので、是非みて欲しい。言っておくが私は、アメリカン・ポップスのファンではないし、ましてやフランク・シナトラやビング・クロスビーにも興味がない。レコードを買ってはみても、心を奪われることはなかった。しかしアンディだけは違うのだ。ポップスの理想、ソフトロックの理想の形がアンディの曲にはある。もう数年行っていないが、かつてハイファイレコードに行った時、VANDAにも書いてくれた店員の関義彦さんが、「最近はアンディ・ウィリアムスをよく聴くんですよ」と言った時、やはり同じ人がいると嬉しくなったものだ。ソフトロックが好きな人ならアンディは絶対好きになるはず。間違いない。このYou Tubeがきっかけだった。前から気に入っていたCollectableから出ている2イン1のCDリイシューを一気に買った。シングルヒットを飛ばしたケイデンスレコード時代、そして映画の主題化を主に歌いアルバムが売れに売れたコロンビア時代のオリジナルアルバムが、簡単に揃えられてしまう。ケイデンス時代の10枚、コロンビア時代の19枚のオリジナルアルバムをまず揃え、聴きこんでいたときに、このDVDの存在を知った。今年の1月に発売されたものだそうだ。DVDは174分にも及ぶ長いものだったが、こんなにあっという間に時間が経ってしまったDVDは記憶にないほど。第一部は「Biography」で、アメリカのど田舎のWall Lakeの聖歌隊で歌っていたウィリアムス4兄弟がThe Williams Brothersとしてショー・ビジネスの世界で大活躍するようになったものの、TVの普及でショウビジ界が斜陽になりウィリアムス・ブラザースは解散、一番歌の上手かった一番下のアンディだけがソロで活動するようになる。レコードがヒットし、初めて持った『アンディ・ウィリアムス・ショー』は低視聴率により数ヶ月で打ち切りになってしまったそうだ。しかししばらくして復活した『アンディ・ウィリアムス・ショー』は62年から67年まで続く大人気番組になり、70年に三度、シリーズ化されるアメリカを代表する音楽番組なった。いい時ばかりではない。激動の60年代、70年代を生き抜いて、ヒットがなくなりそのまま老兵はただ消えゆくのみ...と誰もが思う時に、自宅などみな売り払ってミズリー州ブランソンに豪華な「The Andy Williams Moon River Theatre」を作り、そこで毎日「The Andy Williams Show」を公演するという賭けに出てこれに成功する。もう齢、78歳になろうとするアンディだが、今年も日本公演をしたそうで、とにかく前向きなこの凄いエンターテナーのヒストりーをわくわくしながら見てしまった。アンディのヒストリーが心地いいのは、家族を大事にする点で、自分のショーではしばしば兄弟を呼んで、ウィリアムス・ブラザースを復活して歌を披露、さらにアメリカの風物詩となった恒例の「The Andy Williams Christmas Show」では、両親、妻(クロディーヌ・ロンジェ)、子供も一緒に呼んで出演し、みんなで仲良く、楽しく、過ごしているのが、見る我々にも伝わり、暖かい気持ちにさせてくれた。第2部はハイライトとも言える「My Favorite Duets」だ。先の3組はみな収録(ジュリー・アンドリュースとのデュオは「Where Is Love」に変わった)され、さらに全15組の『アンディ・ウィリアムス・ショー』でのデュオが、楽しめる。このデュエッツは本当に凄い。アンディの凄さを最も感じることができる至福の瞬間だ。例えばサミー・デービス・ジュニアとのデュオではアンディが歌い始めるとサミーはアドリブですぐドラム、ベースを口でやり、その後はタップダンスで踊りまくる。アンディは1分以上、まったく伴奏がなく歌い続けるのだが、伴奏が始まると音程は正確に一致、まさにプロだ。レイ・チャールズとは、はじめアンディがレイの横に座ってピアノで「What'd I Say」のリフを弾き始め、レイが「僕の曲だね」というとわざとリフを間違え、レイが代わりにピアノを弾き始める。アンディはレイのようにR&B調で歌い、大いに盛り上がって終わった。フィル・ハリスと黒人のゴスペル・カルテットとの共演では、乗り乗りのカルテットに圧倒されながらアンディはコミカルに歌いまくり、エンディングも見事に落ちをつけて終わらせていた。このDVDでもハイライトと言えるサイモン&ガーファンクルとの「Scarborough Fair」では、アンディはアートと変わらぬ美声で、二人のハーモニーに溶け込んで、極上のハーモニーを聴かせる。ハーモニーは上手いし、ある時はスポーツしながら、ある時は会話をしている交互に歌い、すべて生放送という中、に変幻自在にゲストに合わせて歌うアンディの才能には驚くばかりだ。ボーナスではクリスマス・ショーのシーンも入り、これ以上ない満足を得られたDVDだった。調べると以前『Best Of The Andy Williams Show』と題されたDVDが出ていて、このDVDとは大半の内容が一致しているが、ジュリー・アンドリュースとのデュオがYou Tubeと同じ『Language Of Love』だったのでこれは買わないといけないと値段を見たら、中古で最低価格が199ドル(新品はもう廃盤)というとんでもない金額。他の店はそれ以上だったので、やはりアメリカでのアンディの人気は今でも凄いようだ。同じアマゾンのUKを見たら、イギリス盤は今年発売で6ポンド台という安い金額で、今注文したばかり。PALなので通常の日本のプレイヤーでは見られないが、日本マランツのプレイヤーではすべて見ることができるので心配ない。イギリスで少し前に大ヒットした「Watch The Girls Go By」を題したDVDもイギリスでは出ていて、こちらでは違う『アンディ・ウィリアムス・ショー』のシーンを見られるので、これも注文、さらに日本のアマゾンでは輸入盤だがクリスマス・ショーを集めたものと、初期の白黒時代の『アンディ・ウィリアムス・ショー』を集めたDVDがあり、これも注文した。いやー、まだまだ楽しみが残っていて嬉しい。100%、楽しめることを保障する。(佐野)
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☆コレクターズ:『All Mod Gear』(Triad/COBA4564-9)DVD6枚+CD1枚

コレクターズ結成20周年を記念してリリースされたDVD6枚プラスボーナスCD1枚の、驚異的なボックスセットだ。あまりに凄い内容に、今もため息をつきながら見ているところ。まず驚きの連続だったのは、現在のコレクターズのメンバーに、プロデュースの小西康陽、吉田仁、伊藤銀次が、その当時の映像を交えながら、20年間を振り返るディスク1の『Happenings 20 Years Time Ago And Now』(タイトルも洒落ているよね)だ。加藤ひさしがベースを弾きながら歌っていたBike時代の映像にも驚いたが、それよりも衝撃だったのが、本音で語るメンバーの証言だ。当時の東京モッズ・シーンでずばぬけた存在だったのは、甲本ヒロトのいるコーツと、マーシーがいるブレイカーズで、そのヒロトとマーシーが一緒になってブルーハーツを作ると知ったとき、内輪受けでぬるま湯にひたっていたコレクターズをメジャー・デビューさせないといけないという動機付けになったこと。そしてそんな思いにかられていた加藤ひさしは、ヒロトとマーシーに喫茶店に呼び出されて、ブルーハーツのベースをやってくれないかと頼まれたという衝撃の事実を語る。ブルーハーツは絶対に成功するって分かっていたので、正直、とても迷った、でも大好きなモッズのスーツを脱いで皮ジャンを着ることはできなかったと加藤は本音を語る。その後、ブルーハーツが大成功していくのを見て、羨ましかったとも。ブルーハーツに加藤ひさしが入っていたら、いったいどんなバンドになったのだろう。私の最も愛する2つのバンドが一緒になるなんて、ジョンとポールに、レイ・デービス(ピート・タウンゼンドと迷ったが、やはり加藤ひさしはレイだね)が組むようなものだ。合うわけなどない。でもきっと3人はアルバムを3等分して曲を書いただろうし、どんな方向性の曲ができたのか、あー妄想は尽きない。そんなコレクターズもテイチクから、コロムビアに移る際に、レコード会社からリズム隊が弱いからリズム隊を変えないと契約しないと告げられ、加藤は泣いて馬謖を斬る(規律を守るためではないけど)ことになる。自信を喪失して欠席が続いていたベースはともかく、ドラムのリンゴ田巻は加藤の中学校時代からの友人だ。そしてそのアフタービートのドラミングが加藤は大好きなのだ。そのつらい宣告をしなければいけない時に、一緒に待ち合わせていた古市コータローは現れず、加藤が電話をすると、「俺にはできない、加藤君頼むよ」と加藤ひとりで喫茶店で話をすることになる。「実は...」「次のレコーディングの話?」絶句する加藤の辛さが手を取るように分かる。でもその時田巻が「お前の歌でドラムが叩けるのは俺だけだよ」って言っていれば、ベースだけ代えるからドラムはそのままで、と言うつもりだったが、辞めるという返答だったので、リズム隊がそっくり入れ替わることになったのだそうだ。なかなか代わりのメンバーが決まらない時に、レコード会社から、「(加藤と古市で)第二のB'zになってよ」とも言われた。半ズボンでギター弾きたくないって断ったという古市の言葉には笑える。そして後にコロムビアの契約を切られ、所属事務所が閉鎖という、バンド存続の危機に、加藤は心労で自律神経失調症になって、日銭を稼ぐライブが精一杯という状況に陥ってしまう。その時に、今まで傍観者のようなスタンスだった古市が中心となって、経理面から出演交渉までこなしていったという証言は、そういう裏方を見せようとしなかったコレクターズだけに、衝撃だった。しかしこのピンチが、加藤と古市の絆を今までになく深めたという。人生万事塞翁が馬だ。私の人生の至言。さて、映像だが、ディスク2の『New Clips』にはなんと「僕はコレクター」から「Thank U」まで25曲ものPVプラスボーナストラックを一気に見ることができる。私はテイチク時代からのファンなので、テイチク時代の映像が見られるのが特に嬉しい。ファーストアルバムと同じコスチュームに身を包んだコレクターズのライブ・クリップで、加藤のかわいらしさが印象的だ。「太陽はひとりぼっち」は明らかなPVで、60年代風のサイケな演出に、コレクターズのこだわりを感じる。「ぼくはプリズナー345号」(「プリズナーN0.6」はもちろん知っているよね?あんなシュールでカッコいいSFTVシリーズは他にないよね)も当時のライブ映像で作られたクリップ。この頃のコレクターズって本当にお洒落。そして大好きな「ぼくのプロペラ」。リッケンバッカーの12弦ギターが決まった最高にカッコいい曲で、PVもアニメーション入りでとっても可愛いけど、歌詞は実はとてもエロい。ダブルミーニングというか、すぐこの曲の歌詞の意味が分かるだろう。加藤の突き上げるポーズに当時の女の子のファンは気づいていたのかな。小西プロデュースの「See-Saw」も実はとってもエロい歌詞の曲だけど、このお洒落でポップな映像を見ると、「ぼくのプロペラ」も含め、全然隠微な感じがしない。これはコレクターズだけの芸当だろうな。エキストラトラックの「BoKuWa COLLECTOR(Mint Sound Version)」は新しく作られたデビュー前のライブ映像で作られたクリップで、人の頭の間からコレクターズの姿が見られるというライブハウス独特の光景に、とても懐かしい思いにかられた。これは新宿のJAMか?よく行ったなー。ライブハウスの熱気が伝わってくるようで、いいクリップだ。ディスク3まで紹介しようと思うが、この『The Collectors In Live TV』はコレクターズのTV出演映像を集めた、先の1,2と並ぶ本ボックスの目玉のDVDだ。許諾を取るのに奔走しただろう、スタッフの努力に頭が下がる、87年、フジテレビでの「僕はコレクター」は、正真正銘のファーストアルバムのジャケットそのもののコスチュームでの演奏で、まさに涙もの。88年のテレビ熊本での「1・2・3・4・5・6・7Days A Week」と「太陽はひとりぼっち」は、セカンドアルバムのコスチュームで加藤が歌っているスタジオ・ライブでこれも素晴らしい。後者では加藤の頭が汗のためかマッシュルームカットではなくなっているため、とても若々しく見える。90年チバテレビの「気狂いアップル」はテイチク時代のメンバーの、本当に最後の時期のライブだ。このライブはどこかの会場で、さすがにデビューから3年経っているため、ステージが堂々としている。加藤のモノローグと廃材置き場のメンバーでPVをつないでいく91年のAC-TVでの5曲は、5枚目のアルバムの時期なので、「1991」は『Collector No.5』のジャケのコスチュームで歌っていて楽しい。新メンバーでのテイチク時代の「スーパーソニックマン」と「僕はコレクター」のライブは、パワー溢れる演奏で、その力量の高さが感じられる。面白いのは93年のテレビ埼玉でのアコースティックライブの3曲で、加藤も生ギターを弾きながら、御馴染みの曲を別アレンジで披露してくれる。その後は日比谷の野音でのライブステージの中継など、計26曲が楽しめる。ひとつひとつ書いているときりがないので、DVDは3枚目まで紹介したが、もうこれで買う気になったでしょう?でもこれだけじゃあないんだ。このボックスのもうひとつの目玉はメジャー・デビュ-前の87年にミントサウンドから10インチ盤(25cm盤)で、フルアルバムとしてリリースされた『ようこそお花畑とマッシュルーム王国へ』が初めてCD化され、ボーナスとして付けられたからだ。3000枚限定のインディー盤で、今は現物を手に入れるだけでこのボックスセットの金額は払わないといけないコレクターズ・アイテムである。何しろ、小西康陽がプロデュースした時に加藤に対して、コレクターズの最高傑作は『ようこそお花畑とマッシュルーム王国へ』だねと思わず言ってしまったほどの傑作なのである。曲はここから5曲がファースト・アルバム、3曲がセカンド、1曲がサード、残る「Nick!Nick!Nick!」がミニアルバムの「愛ある世界」と、全てがメジャーになってから使われた傑作ばかり。基本的にアレンジもそのままで使われていて、いかにデビュー前からコレクターズが完成されたバンドだったか痛感するだろう。デビュー前からコレクターズだけがA級だったというのはファントム・ギフトの言葉だ。私もこんなにインディー時代の曲の完成度が高いバンドを他に知らないが、レコーディングは予算がないので大変で、このCDの加藤の解説にはないが、「Nick!Nick!Nick!」のTaro's Studioの持ち主?篠原太郎さんからこのレコーディングのエピソードを聞いたことがある。篠原さんの自宅は木造の古い家で、自室にレコーディング機材が置いてあったそうだ。その狭い自室に体の大きい加藤らが来て部屋はすし詰め状態、そして加藤があの声量で歌うものだから、外へ筒抜けで困ったよと、言っていたことを思い出した。私はVANDAで91年にコレクターズにインタビューをしたことがある。コレクターズの曲の事を聞いたときは、硬い表情だったのに、後半、ビートルズと60年代の好きなバンドの話題になったら、みんな笑顔になり、弾けたよう話が盛り上がった。みんな本当にブリティッシュロックが好きで、その熱い想いを持ち続けているから、それから15年経っても現役で、変わらない「コレクターズ・サウンド」を作り出してくれるんだろう。自分の好きな音楽をやり、今でもロック・ミュージックに夢を持ち続ける誠実なバンドがコレクターズだ。だから大好きだ。(佐野)
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