2015年5月28日木曜日

☆『Magical高橋葉介Tour』(復刊ドットコム)

高橋葉介著『マジカル高橋葉介ツアー』が復刊ドットコムから5月末に発売される。内容は高橋葉介の初期作品+初期単行本未収録作品を網羅したもの。彗星のように「マンガ少年」に登場した高橋葉介は、独特の筆で書いた輪郭線と古く懐かく無国籍のような独特な世界観、美とグロとユーモアが合体したような作風、そして何よりも絵が美しかった。登場するキャラクターにも美形が多く、性別を問わずコアなファンが生まれていった。選者として魅力を最も伝えられるのは、やはりインパクト満点の初期作品と思い、デビュー直後から1981年の「夢幻少女」までの4年間の初期作品に絞り、その中でも凛とした空気を持ち、高橋葉介の魅力である美少年・美少女が登場する話をセレクトした。そして私が一番復刻で大事にしている付加価値だが、今まで単行本未収録だった短編12本を一挙収録し、内11本は1982年までの初期作品。その中には高橋葉介さんとの出会った1981年に、当時編集人だったミニコミ「漫画の手帖」に描いていただいた「見た人でないとわからないカリオストロの城雑感」と、1982年に宮崎駿とのインタビューに一緒に行った時のエピソード「シャーロックホームズの日常的冒険」も含まれる。デビュー前の習作「とりこ」の発見も大収穫だ。今回も復刊ドットコムのサイトで購入すると本書未収録でかつ単行本未収録のVANDA2号の描き下ろし「ほのぼの忍者家族」等を収録した小冊子がもらえるので是非。(佐野邦彦)


マジカル・高橋 葉介・ツアー -高橋葉介初期傑作短編集

★対馬・阿蘇ツアー 2015

対馬・阿蘇ツアー 2015


佐野邦彦


                       対馬:釜山が見えることがあるという韓国展望台


海に囲まれた日本は、国境という意識が薄い。他国は海の彼方で見えないので「ヨソ」の世界となる。そんな日本で他国が見えるのは北海道の宗谷岬からロシアの樺太(47㎞)(北方領土の国後(16)はもちろん除外)与那国島からの台湾(110km)で、それぞれ行ったものの何も見られなかった。樺太、台湾は気象条件がいい時でないと見えない。特に台湾は年に数回ほどとか。残るは対馬から見る韓国(釜山まで50km)で、今回はこの写真にある韓国展望所へ行ってみた。晴れなのにまったく見えないが、見られる季節は秋・冬だそうなので仕方がない。バスが次々来て観光客が大勢いるが聞こえるのはみなハングル。日本人の観光客はいない。その中、この写真に見える目の前の島は、自衛隊の海栗島分屯基地。やはり自衛隊の基地が目の前にあると安心感があっていいねえ。自国は自分達で守らないと。さてそれでは12日の対馬・草千里ツアーについて紹介していこう。




523日(土)



行きと帰りは最もマイルが節約できる福岡空港の往復を選ぶ。朝720分発なので1時間前に到着、JALスマイルサポートで手続きを終えると扉の横が保安検査場の先頭部分になっていて、いわば横入りで障害者の方なので...ということで入れていただける。車椅子は構造上必ず鳴るのでボディチェックを受け出発ロビーへ。優先搭乗では事前に車椅子と申告しておくとマイルで取れた席とは全く別の歩く距離が少ない先頭に近い窓際の席を並びで用意してくれていた。910分に到着後はニッポンレンタカーへと向かう。
なぜニッポンレンタカーか?それは次の日の日程が朝750分福岡空港発対馬行に乗るので、7時前に返車をしたいからだ。多くのレンタカー会社は営業時間が朝8時-夜8時になっていて、24時間受け付けというのはニッポンレンタカーくらいのものだ。ここ福岡は24時間ではないが朝7時からで、640分頃には社員が来るので返却できるから大丈夫だという。
さてレンタカーに乗って九州自動車道で熊本ICへ向かう。そう、今日の目的地は、阿蘇の草千里なのだ。4年前に行った時は冬でここは北海道と見間違うような雪原だったため、その名の通りの「草千里」を見たい。ただ、昨日になってはじめて天気予報を見たが、今日と明日は曇/雨で降水確率60%と芳しくない予報。しかし現在のところ曇りだが空は明るいし、日中は持ちそうな感じ。これは天気のいい間に観光を済ませるべきだな。
高速のドライブインに立ち寄ると「いきなりだんご」が売っていて即座に購入する。この「いきなりだんご」は熊本の名物で、おまんじゅうなのだが、中身の大半はゴロリとカットしたサツマイモでそこにあんこが少し入っている。甘さが絶妙でこれはメチャクチャ美味しい。甘いものが苦手な人でもどんどん食べられる。賞味期限が当日と短いため熊本限定になっているが、東京で売ればみんな気に入るのに...ともったいない。誰か進出すればいいのにね。ここでたこ焼きやら買ってお昼とし、熊本ICを出て阿蘇まで向かう。
福岡から2時間弱で、目の前にお椀をかぶせたような緑の山が見えてくる。これは米塚に違いない。一気にテンションが上がる。米塚の真横を通るが、道路際の駐車スペースが取られていたのでまずはその上にある草千里へと向かう。草千里を真横にしたレストハウスよりさらに上にある駐車場に停めたが、そこは物凄い強風。気温も低く、米塚がプリンのように見える上からの写真を撮ったら、這う這うの体でレストハウスへ向かった。レストハウスの駐車場は有料、それでも停めるのは、複数のテレビで絶賛していた「ASO MILK」が飲めるからだ。さっそく牛乳とソフトクリームを買って食べる。牛乳は甘みがあって美味しい。ソフトもいいが、牛乳程のインパクトはない。長野の神津牧場の濃いソフトとか食べていたからね。栗のジェラートも買って食べたが、栗と言うよりキャラメル風味...。その後、草千里の柵越しに写真を撮るが、乗馬体験とかやっていて人工物が入ると少し興ざめ。ただの草っぱらが良かったな。向かって右側には大きな池があり、5年前には雪に覆われていて気が付かなかった。確かに広い草原だが、雪に覆われた雪原の時の景色の方が、雄大に感じられたのは錯覚かな。でも見事な景色であることは間違いない。





そこから5分ほどで米塚へ到着する。冬に行った時は草が枯れていて茶色に覆われていた米塚は、新緑に覆われ見事な緑の小山に。阿蘇の噴火口の跡のひとつということだが、これほどきれいな形の小山は他に見たことがない。高さは100mほどだそうだが、景観保持のためもちろんの登ることはできない。緑の米塚を見ることができたのでこれで草千里は満足。





今は火山活動で行くことができない阿蘇の火口は前回行ったので行く必要はないし、この足だと厳しい阿蘇のパノラマが見える大観望も前回行っている。しかし熊本はまだ大事な用が残っている。
それはラーメンだ。4年前に熊本ラーメンのベスト1と2という店に行ったが、美味しいがもう一度行きたいという感じではなかった。しかしその後の3年前に息子と「幕末史跡ツアー」として長崎、熊本、鹿児島を巡った時に熊本で食べた「天外天」という店のラーメンがあまりに絶品で忘れられず、また行くのが夢だった。熊本まで来たら絶対食べていかないといけない。ただこのお店、日曜は休みで平日は夜7時から開店なのだ。だから7時まで待たないといけない。
阿蘇から熊本へは1時間半くらいで店の前に着くが、東京と同じでとても路上駐車できるような道ではなく、目の前の鶴屋の巨大なパーキングタワーに停めて開店時間を待つ。650分頃までは誰も並んでいなかったが2人のカップルが並んだのであわてて後ろに着くとあっというまに長蛇の列。お店のメニューは基本的に「ラーメン」ひとつしかない。今回はチャーシューメンにしたが、厚切りのチャーシューがなんと11枚!脂っこいのや、固いチャーシューは苦手な私だが、口に入れると適度な弾力でその後ほろりと溶け絶品だ。普通のラーメンを頼んだ妻の方にもチャーシューは入っているが、普段、油ものが嫌いで油が多い肉だと食べない妻も「これは美味しいね」と珍しく食べていたので、相当なレベルと確信した。麺は九州独特の細麺、スープは透明な豚骨で、白濁している博多のそれと違って少しもしつこくない。そこににんにく粉とネギを大量がトッピングされ、熊本らしくキクラゲが添えられる。実は私はニンニクが好きではなく、例えばホイル焼きなど食べないし、ニンニクのすりおろしやチップも絶対に入れない。熊本ラーメン特有のマー油(こがしニンニク油)も好きではないのに、この天外天のニンニク粉だけは絶品のマッチングなのだ。熊本でしか食べられない最高のラーメン、と断言しておこう。





この一杯だけを堪能し、すぐに九州自動車道で福岡まで戻る。夜の九州自動車道は気が荒い運転手が多く、何が先であったか分からないが、背の高いトラックがいきなり蛇行運転をし、後ろの車を威嚇をしている。背が高いので転倒してもいっこうにおかしくない派手な蛇行で、少し離れた我々もヒヤヒヤもの。その後、千代というインターが出口で右車線から出るのだが、標識があるのにパッシングで車線を変えさせようとする。運転する妻に「車線を変えるな、無視しろ」と言ってそのまま走行して出てが、交通マナーが悪い奴が多すぎる。夜は博多で一泊する。
☆524日(日)
出発前の天気予報とは一転、今日の対馬の天気は晴れとなった。ここ18年間の間に飛行機で22回旅行に行ったが、曇りはあっても雨で台無しになった事がない。今回もこのジンクスは有難い事に守られた。対馬行の飛行機は福岡空港750分発。レンタカーは先に書いたように7時開店だが640分頃には職員が来るので返却可。飛行機を利用する人なら分かると思うが、これはギリギリの時間帯だ。
6時前にホテル出発だとどこのホテルも朝食プランは利用できないため、コンビニのパンを食べ、対馬では店が少なく、時間短縮の2つも兼ねて昼のおにぎりもコンビニで買いこむ。そしてガソリン満タン給油を間に入れると、620分に空港に着いて受付を済ませ、車を返して、まさにピッタリの時間だ。ひとつ問題があったのは、対馬行はANAしかないので久々にANAを使うが、車椅子を預けた時の代わりの車椅子が介助用しかなく、自走式がない!ひとりじゃ漕げないのだ。トイレに入っても座る時にブレーキが後ろなのでノーブレーキで座ることになり危険、福岡空港という大きな空港なのにここのANAは情けない。(ANAの名誉のために言うが、はるかに小さい対馬空港のANAカウンターではちゃんと自走式の車椅子が用意されていた。ダメなのは福岡空港のANA。)
離島便というとプロペラ機を想像していたが、なんと120人乗りのジェット機。調べてみると対馬は人口が37000人と多く、沖縄の石垣・宮古以外の離島とは規模がまったく違うのだ。フライトはあっという間で、シートベルト着用サインが消えて5分で降下が始まりすぐにシートベルト着用となる。到着は820分だったが、飛んでいたのは正味20分くらいではないか。この着陸は見もので、島全体が山といってもいい山の島だけあって、空港は絶壁の上の大地にある。島が近づくとみるみるそそり立つ断崖が露わになり、ほぼ水平なフライトで島の上に乗ったかと思うともうそこは滑走路というちょっと他では見られないランディングが楽しい。
ここではオリックスのレンタカーを借り、すぐにお目当ての島の最北端、韓国展望所へ向かう。もちろん、冒頭に書いたように、国境をこの目で見るためだ。道路は一車線でまっすぐな部分は少ない。というのも対馬は険しい山で覆われた島で、山の間を縫うように道路が作られているからだ。だいたいが峻険な山が道路のわきにそそり立ち、急に開けたと思うとそこは海の横の漁港を走る道となる。しかしすぐにぐるぐるとまわる山道へ戻る。走り始めてから1時間半でようやく韓国展望所へ着いた。駐車場にはバスが2台、マイクロバスが1台と先客がかなりいる。車椅子を降りて六角形の異国風の建物を上がっていくと目の前に対馬海峡が開ける。すぐ近くには自衛隊の海栗島分屯基地の丸いレーダーサイトが大陸に向けて光らせている。この小さな島に作られた基地の向こう、海の彼方の49.5km先には釜山の町が見えるはずだが眼をこらしても何も見えない。晴天だというのに、この時期は黄砂などであまり見られないのだとか。秋冬には確率が高まるそうだが、それだと昨日の草千里が「枯草千里」になってしまうので、この時期に行くしかないので仕方がない。ここで驚くのは来ている観光客の話す言葉に日本語が聞こえない事だ。みなハングル。そうみな釜山からの高速フェリーで観光に来た韓国人だらけ。日本人の対馬の観光客数は20数万人、韓国からの観光客は29万人と韓国人の方が多いのだ。日帰りが出来、免税店で安く日本の商品が買えるので、円安もあってここ数年で5倍に増えたのだという。その中には対馬の仏像を盗んで持ち帰る輩もいて、盗んだものを返そうとしない韓国政府に日本人の怒りは爆発寸前だが、ここ対馬ではそこまでされても韓国人は大のお得意様というところ。
そういえば昨日の草千里のレストハウスでもそうだが、九州旅行をするといたるところで中国人の大声がよく響く。韓国人も多い。まあ政府は仲が悪くても、民間レベルは良好というのはいい事なのだろう。我が国を守る自衛隊基地に感謝しながら、韓国展望所を去り、対馬旅行のもうひとつの目玉、対馬野生動物保護センターに向かう。
ここには現在70匹~100匹しか生存していないという国の天然記念物ツシマヤマネコの個体が見られるという。発見時は新種と世界的な大ニュースになったイリオモテヤマネコに比べて生存する個体数はほぼ同じなのに圧倒的にツシマヤマネコの知名度は低い。それは発見当時の稀少度の差であり、はじめからアムールヤマネコの亜種とされたツシマヤマネコが天然記念物止まりだったの比べ、イリオモテヤマネコは新種の哺乳類発見と世界中の大ニュースとなり、特別天然記念物としてワンランク上のVIP待遇になった。今はDNAの分析で、ベンガルヤマネコの亜種とする説が有力だそうだが、知名度の高さは未だにはるかに上。
西表島にも西表野生動物保護センターがあるが置いてあるのはイリオモテヤマネコの剥製だけで、ケガなどで保護された個体は、どこかのストレスのない環境下におかれ、我々はそこに設置された白黒の隠しカメラで様子を見ることができる仕組み。その白黒画面にイリオモテヤマネコが写ることは希で、映ったとしても白黒と、観光客のサービスなどカケラもない。やはり「特別」なので予算は確保されているので、サービスに金使うより、保護に金を使うことが優先なのだろう。
ところがこのツシマヤマネコは知名度が無く、島民にも50年くらい前は食料として食べていた人もいるそうで、昔は保護という観点がなく、予算も無い中、NPOが保護に乗り出した。激減するツシマヤマネコを保護するために、休耕地にソバや大豆を作り、それを収穫しないで置くと、ネズミなどのツシマヤマネコの食料となる動物が増え、それによって保護につなげるという食物連鎖に注目した保護には驚いた。また別のNPOでは企業と協働、企業の遊休地を使ってツシマヤマネコを保護する森として再生するよう取り組んでいるなど、色々なアプローチで保護に取り組み、さらにツシマネマネコを守るための国際ワークショップを開催し、「ツシマヤマネコと共存する地域社会づくり」「生息域内保全」「飼育下繁殖」「感染症対策」の4つのワーキンググループで提言をまとめるなど、島民は自分達の島に住む動物がこんなに世界で保護に取り組もうと注目されているんだと知り、保護活動に参加する人が増えていった。37000人も住む島なのに一つも動物病院がなかったが、こういう活動が実を結んで長崎の獣医師会が動物病院を開設するなど現在は2つの動物病院ができ、交通事故や罠でケガしたツシマヤマネコの治療などにもあたっている。まさに草の根の活動で、まったくその事を知らなかったので感動した。


 対馬野生動物保護センターへの道は対向車が来たらどうしようと心配するほどの狭い道を抜けて到着する。私達以外の観光客は誰も来ていない。ここは環境省・長崎県・対馬市が作った公的な施設で、穏やかな女性職員が笑顔で迎えて案内してくれ、ツシマヤマネコを保護して育てているガラスで囲まれた部屋へ案内してくれる。そこにはホント、手が届くような位置にツシマヤマネコが切り株の上で寝ているのだ!こんな目の前で見られるなんて...と感動していると、ちょうど12時になったので給餌の時間ですといって飼育員が現れ、少量の馬肉(高たんぱく、低カロリーでいいのだそうだ)を与える現場に遭遇できた。
飼育員が現れると食事がもらえるとわかっていて、すぐに切り株を降りて、エサを隠れるように待つ。丸い棒で床を叩くのが餌のサインとおしえているそうで、床を叩いた後に餌を置くと、さっと駆け寄って肉を食べる。するとその後、興奮してケージ内を走り回り、ツメを研ぎともう大サービス。ネコ好きの我々夫婦にとっては最高の一瞬で、大喜びでビデオを取り、写真を撮った。そう、ここはフラッシュを使わなければ撮影自由なのだ。ここの個体はイエネコが持ち込んだネコエイズに感染していて野生には帰せないので飼育をしている。しかしもう11歳だそうで野生動物としては大変な長生きだ。
この年でケージを走り回る体力、ネコエイズは発病しなければまったく健康だそうで、このまま発病せずに天寿を全うして欲しいものだ。それにしても給餌の時間に偶然遭遇できたなんてまさに奇跡。対馬に来た甲斐があったねーと妻も大喜びだった。そしてこの展示は、目の前でツシマヤマネコを見てもらって、親しみを持ってもらい、保護に賛同する人を増やすと言う目的もある。官民協働のツシマネマネコの保護を応援していきたいものだ。


ここで時間を費やしたので帰りに寄ろうと思った名勝の烏帽子岳は寄るだけとし、駐車場で景色を撮影しただけですぐに出発となった。ここにも韓国人が溢れていて、タコ焼き屋の屋台が出ているのだが、なんと日本語が一切なく全てハングル。いったいここはどこの国かと思う光景に唖然とした。日本人よ、もっと対馬に行こう。これじゃ、なんだか情けないよ。
ガソリンはレンタカー会社の中にスタンドがあり、あれだけ走り続けたのに使ったのはたったの10ℓ。ヴィッツだったのでエコだねーなんて話していたが、ガソリンはリッター170円と相当な離島価格。まあいいか。1555分発のANAで福岡へは1625分着。ただ帰りはマイルの特典航空券のJALのため、トランジットとはいかず(可能だそうだが詳細を確認する時間もないため断った)車椅子を受け取って、また第1ターミナルから第2ターミナルまで移動しての乗り込みなので、18時発のJALはギリギリの時間となった。JALの方には自走式の車椅子があったので、福岡空港の対決はJALの勝ち(笑)。
天気に恵まれ、見たいところは全部見られた大満足の12日だった。今年に入っての3回の国内旅行は全て正解で、企画立案者としては、よし、うまく行ったと心の中で自画自賛。ただずっと運転していた妻は疲れたようだったが。ちょっと気の毒だが、妻が免許を取った今年の旅行以前は、全部私一人で運転していたので、まあ勘弁して欲しい。それにしても今回の旅行は(も)店に入って食事をしたのは、1泊目の夜の熊本のラーメン店だけであとはコンビニや、ドライブインの屋台や、空港で買ったサンドイッチだけ。いつも旅行は行きたい場所を目一杯組むため、食事はオマケで、宿泊の夜だけしかちゃんとしたものを食べていない。自分はグルメじゃないな。ご当地のラーメン屋しか行かないから。食事に対する価値観が違うから仕方がなんだけどね。次回は与論です。ここも12日で与論島滞在が24時間しかないという弾丸旅行だが、さてどうなることやら







2015年5月15日金曜日

☆ましまろ:『ガランとしてる』(ソニー/BVCL643)

真島昌利とヒックスヴィルの真城めぐみがユニットを組んだ「ましまろ」(同じくヒックスヴィルの中森も参加)のマキシ・シングル『ガランとしてる』がリリースされた。ネットのチェックが甘い私はマーシーの新しいシングルだ!と相当前に予約していたがユニット名の意味が分かっていなかったのでこれで納得。何しろ私にとって日本のアーティストで最大のインパクトがあったのはブルーハーツだった。はじめて聴いて人生が変わると思った。同じブルーハーツファンのしりあがり寿さんが、まだキリンビールの社員でもあった頃の話だが、しりあがりさんも初めて聴いた時に人生が変わったと思って、その後の営業はとても強気に望めた(笑)なんて言っていたことを思いだす。ブルーハーツ時代も好きだが、ハイロウズ時代も大好きな曲が多い。これはヒロトの曲だが「14才」なんていつも聴くと涙ぐんでしまう。これって俺だ!なんで分かるんだっね。ヒロトは超名曲を残すが、マーシーも負けていないどころが、平均的にはマーシーの曲の方が好き。詩人であり、ロマンティストであり、そして怒りを持つロックンローラー。ロックでもフォークでもこの3つのどこかに特化してしまうミュージシャンが多いが、マーシーはその全てにバランスが良く、そしてメロディ・メーカーでもある所が凄い。そしてだ。マーシーの私にとって個人的に最大の魅力は、安っぽい表現に聞こえてしまうかもしまうが「少年の心」を持ち続けていることだ。それは小学生から高校生までの楽しさや、やるせなさや、心のときめきや、折れそうな気持ちを持ち続けていて歌にしてくれる。しかしそれはブルーハーツやハイロウズ、クロマニヨンズでは一部しか出せない。例えばブルーハーツでは「青空」や「Train-Train」「1000のバイオリン」などの普遍的な名曲もいいし、先駆的な「チェルノブイリ」を作り「イメージ」でロッカー的な視線も素敵だ。でも「ホームラン」を聴くと、身も心も解放されて、あの楽しかった、幻想の子供時代に一瞬トリップできる。小学生の頃には河川敷などなく、高校の頃神宮外苑でテニスボールの草野球をやっただけで実際はまったく違うのだが、そのイメージは目に浮かぶのだ。メロディもサウンドも爽やかで、個人的には超名曲のひとつ。ハイロウズでもマーシーのこういう曲はあるが、やはり、その内面をさらけだすのは、ソロ活動になる。マーシーは最初のソロを出したのは3枚目の『Train-Train』でグループが頂点を迎えた感がある翌年の1889年に『夏のぬけがら』を出し、サウンド的には頂点と思える『Bust Waste Hip』の翌年にセカンドの『Happy Songs』をリリースする。『夏のぬけがら』ではハードなサウンドの曲は少なく、メランコリックな少年時代のマーシーの歌が心を打った。吐き出すようなマーシーの声は、アコースティック・ギターにピッタリ合う。その中でも軽快な「カローラにのって」が好きで、実際に自分の車で日野橋を渡ってみた。「花小金井ブレイクダウン」にも引かれて花小金井にも行ってみた。それほどマーシーが好きだった。『Happy Songs』では、スペクター・サウンドやボサノヴァを取り入れたポップな曲が多くなり、聴きやすいアルバムになった。実はこの2枚は、マーシーがブルーハーツ加入前に在籍していたブレイカーズ時代での旧友である篠原太郎さんと一緒に録ったデモから作らており、当時B-Jacks(後のBrick's Tone)というバンドを作っていた篠原さんにみんな聴かせてもらった。そのまま使われなかった曲もあるが、大半はそのまま、ほとんど同じようなアレンジでアルバムに入った。そしてこの1991年にマーシーは伝説のソロ・コンサートを行う。日清パワーステーションで行われ、私も見に行ったが、バックには先の元ブレイカーズの篠原太郎さんだけでなく、ドラムの大槻敏彦さんも入り、旧友を大事にするマーシーの人柄も感じられ素晴らしいコンサートだった。今でもこのコンサートはDVDLive Another Summer』で購入できる。その後は1992年の3枚目のソロ『Raw Life』は全2作とは一転、ロックンローラーのマーシー全開で、「俺は政治家」などメチャクチャカッコいいロックナンバーが並ぶがその中にも一服つけるように陽光溢れる「ドライブしようよ」を仕込んでくれた。4枚目のソロは1994年で、もうブルーハーツがバラバラの時代。『人にはそれぞれ事情がある』が今考えると意味深なタイトルで、アルバムも今までの要素をミックスしたような内容。インストもあった。そして翌年の1995年にはブルーハーツを解散し、ヒロトと共にハイロウズをスタートさせている。そのハイロウズは10年後の2005年に解散、マーシーはソロを作らず、ヒロトはその頃ヴォーカリストとして色々ゲスト参加していたがソロには至らず翌2006年に三度、ヒロトとマーシーでクロマニヨンズをスタートさせた。歌詞の意味をギリギリまで削いだクロマニヨンズ、新しい試みでアルバム8枚を昨年までリリース。今年は3月までツアーを行い、そして久々のマーシーのソロ活動?となった。このましまろはライブを9月から10月に行い、秋にアルバムもリリースされる。ただ、?マークを入れたのは、曲のリード・ヴォーカルは基本的に真城であり、マーシーは一節をソロで歌ったり、ハーモニーを入れるだけ。4曲の内3曲がマーシーの作詞・作曲で、1曲はバディ・ホリーの「ハート・ビート」にマーシーがまったく違う?日本語詞を付けたものなので、音楽的中心は明らかにマーシー。サウンド的には、アコースティック色が強いサウンドで、曲もメロディアスで、歌詞は詩的だが、ノスタルジックな想いを織り込んでいてマーシーの初期のソロを思い起こさせる。ただ血を吐くようなマーシーのヴォーカルではないので、爽やか度が強い。「公園」なんてまさに夏、飛行船、クワガタ、ギターとマーシーの世界で、マーシーのソロ部分が出てくるとそこが楽しみになってしまう。「しおからとんぼ」は嬉しいマーシーのソロから始まり後半、真城へ移る。このフォーキーで爽やかなサウンドは、セカンド・ソロの「休日の夢」と共通したもの。マーシーは再び、ソロでバンドではできないサウンドと、詩の表現をしたくなったようだ。レーベルはソニー内のariolaで変化なく、公認のソロ活動と言えるだろう。2014年にはTBS日曜劇場『ごめんね青春!』のサウンドトラック盤でマーシーは9曲のインストを提供しているが、曲は全てマーシーで、ギターがマーシー、ベースが小林、ドラムが桐田なのでまさにヒロト抜きのクロマニヨンズ。リズム隊との関係もいいようだ。ただ来年でクロマニヨンズも10年。ブルーハーツ、ハイロウズと10年ごとに解散して、リフレッシュしてきたが、どうなるんだろう。もし新しいバンドになったとしてもヒロトとマーシーは離れない。これほどお互いをリスペクトして、必要としているコンビはちょっと他にはない。ミックとキースだって険悪な時期があったのに、この二人にはない。しばらくましまろでリフレッシュして、アルバムでマーシーの穏やかで詩的な一面を味あわせて欲しい。(佐野邦彦)