“インディーズ新人バンドの1stアルバムとしては
稀なサウンド・プロダクション”
インディーポップバンドcambelle(キャンベル)が、ファースト・フルアルバム『Magic Moments』(OLD JOY RECORDS/OLDJ-1)を11月19日にリリースした。
先月の本作リリース直後SNS経由で管理人宛にメンバーからDMが届き、弊サイトやVANDA監修の『ソフトロックA to Z』(初版96年)シリーズの熱心な愛読者であることを知り、遅ればせながら取り上げるに至った。
先ずはcambelleのプロフィールに触れよう。ケイチ&ココナッツ・グルーヴ(2022年~2024年)のメンバーだった熊谷慶知(ボーカル、ギター、ピアノ他)、市原諒(プロデューサー、プログラミング他)、川上遥(キーボード、ボーカル、トランペット)の3名により2024年に結成された。60年代ポップスや70年代ソウルからAORやボサノヴァ等々温故知新派の若きメンバー達によりクリエイトされた楽曲は、前出の通りLmapやウワノソラの初期に通じるので、耳の肥えた弊サイト読者にも強く響くはずだ。
本作ではメイン・ソングライターの熊谷を中心に、川上も1曲で作曲しており、アレンジはメンバー3名か2名の合議制で進めている。バンド内プロデューサーである市原の立ち位置がユニークだが、レコーディングでは殆ど生演奏に参加せず、プログラミングを担当しており、例えばセイント・エティエンヌ(Saint Etienne)のボブ・スタンリーのように膨大な音楽知識を基にアレンジのアイディアを出しているのではないだろうか。蛇足だがボブ・スタンリーがSNSのXでフォローする数少ない(唯一?)の日本人アカウントに、筆者が管理する弊サイト・アカウントもあり、ポピュラー音楽研究家の末席として光栄の至りである。
レコーディングは都内のstudio CRUSOEでおこなわれ、エンジニアにはポストロック・バンドtalkを率いていたKensei Ogata、ミックスはMagic Sonやセッション・ドラマーの山本直親がそれぞれ担当して、ミュージシャンならではのセンスで本作に貢献している。またマスタリングはstudio CRUSOEのオーナーである西村曜が手掛け、サウンド・クオリティを更に向上させているのだ。
懐かしも新しいジャケットのイラストレーションと全体のアートワークは、イラストレーターのサカサノカサによるもので、本作『Magic Moments』のサウンドを如実に現わしており、本年度リリースされた数多のアルバム・ジャケットの中でも高ランクではないだろうか。
ここでは筆者による収録された全曲の詳細解説をお送りする。
冒頭のタイトル曲「Magic Moments」は、熊谷のソングライティングとメンバー3名のアレンジによる現代のソフトロックで、イントロから独特なヴォイシングのコーラス、空間系エフェクターが効いたシンセサイザー・パッドとデジタル・エレピ、彼方で聴こえるホーン、眠りから目覚めさせる金物パーカッションとグロッケンと、この構築力で本作全体のクオリティを計り知れる素晴らしいサウンドだ。
また夕暮れのマジックアワーを綴る歌詞をビビッドに浮かび上がらせるのは、熊谷の甘くソフトなボーカルと、サビに追い足したトランペットのオブリガードで、このアレンジにはニック・デカロの匂いがしてよく研究されている。熊谷はボーカルとコーラスの他にべース、川上は鍵盤類とトランペットをプレイし、ゲストではpersimmonの川島健太朗が各種ギター、ミキシングを担当した山本直親は本職のドラム、コーラスでマオ、パーカッションで筋野優作と亀山響吾でそれぞれ参加している。川島と山本は本作収録曲の多くに参加し、全体のサウンドプロデューサー・チームのメンバーとしてクレジットされている。
続く「Gloom/親密さについて」は先行配信されたファーストシングルで、前曲同様のパーソナリティによるソングライティングとアレンジだが、一転してメロウなグルーヴでネオシティポップ以降に出てきたバンドのサウンドらしい。Lampの「街は雨降り」(『そよ風アパートメント201』収録/2003年)を彷彿とさせるが、エレピが刻むボサノヴァとソウルを融合させたリズム感覚は、チック・コリアの「What Game Shall We Play Today」(『Return to Forever』収録/1972年)にまで遡るだろう。編成的に特筆すべきは川上がコーラスに加わって、市原がエレキギターをプレイしている点だ。
A White Heron/白い鷺/cambelle
筆者が本作中ファースト・インプレッションで惹かれたのが、3曲目の「A White Heron/白い鷺」である。ローラ・二ーロ風コード進行のイントロのピアノから耳に残り、歌詞と曲が高次元で溶け合ったその世界観にはノスタルジーを超えたサムシングが潜んでおり、熊谷のソングライターとしての能力や歌詞の世界を表現するソフトなボーカルには感心するばかりだ。その熊谷はべースの他、アコースティックギターとポルタメントを効かせたヴァイオリンまでプレイしている。川上による間奏のアナログシンセ・ソロや川島のエレキギターのリフ、歌詞に呼応する山本の巧みなドラミングも曲を構築する重要なエレメントとなって、この曲の完成度を高めている。初期オフコースの匂いもして、弊サイトで同バンドのコラムを連載していた音楽家の吉田哲人にも勧めたいし、筆者の本年度年間ベストソング候補に入る一曲である。
セカンドシングルとして先行配信された「Giddy Parades/街場」は、シングルとしてチョイスされたのが意外なブリリアントな熊谷のソングライティングで、『SMILE』(1967年、2004年)期のビーチ・ボーイズやそのフォロワーであるハイ・ラマズに通じるバースがイントロ無しで始まり、転調とパート・チェンジを繰り返していく。コーダのコーラスではまた中期ビーチ・ボーイズ風で締め括っている。この曲ではバンジョーに片野修作、フリーキーなアルトサックスは中澤義也がゲスト参加し、この曲のソフトサイケなサウンドに貢献している。
続くインスト小曲の「Interlude」も熊谷作で、前曲からの雰囲気を引き継いだSMILEフォロワー・サウンドだ。熊谷は一人多重コーラスとピアノ、中澤はバリトンサックスに持ち替えて2人のみの演奏で完成させている。約1分半の尺ではあるが、サムシングな余韻を残してくれる。
本作中盤6曲目の「Dream in Bossa /しずかなふたり」は、熊谷の詞に川上が作曲して、熊谷とデュエットでボーカルを取るボサノヴァ・ポップだ。スティーヴィー・ワンダーの「You Are the Sunshine of My Life」(1973年)に通じるイントロから、2人の異なる声域のボーカルがブレンドすることで相乗効果をもたすクールなボサ・ラブソングである。川上はエレピの他、シンセサイザー・べースもプレイしており、ガットギターは片野、ドラムに山本、パーカッションは筋野がそれぞれ担当している。中澤はこの曲ではフルートをプレイし、マルチ木管奏者として本作に貢献している。
再び熊谷の単独ソングライティングによる「Our Suburban Friends/火粉」は、尺の長いアコースティックギターのカッティングから始まる抒情的歌詞を持つバラードだ。本作中他の曲とは毛色が異なり、じわじわと感動を呼び起こすサウンドで、コーダではフェイドアウトせず唐突に終わるのがcambelle流なのだろう。ボーカルを取る熊谷はべース、ピアノと各種キーボードをプレイし、川上がグロッケン、川島はアコースティックギターを担当しており、ドラムレス編成である。
幅広いソングライティング・スタイルを持つ熊谷は、続く「Christopher/クリストフ」では米東海岸風シャッフルのスウィートなソフトロックを披露している。歌詞の世界観も実にサンシャイン・ポップ的であり、詞曲共に器用に書き分けられる才能に脱帽してしまう。そんな熊谷はべースとキーボード、川上はコーラス、ピアノとヴィブラフォンをプレイし、ゲストの川島はアコースティックギターとコーダでエレキギターのソロ、山本はドラム、筋野はパーカッションで参加している。
終盤9曲目の「Sleep Warm/微睡の午后」は、熊谷作のラテン・フィールがあるドラムレスの美しいスローバラードで、ビーチ・ボーイズをこよなく愛する弊サイト読者なら初見でオマージュ元のいくつかのエレメントが分かる筈だ。「Caroline, No」をべースに、間奏のテルミン風ソロは「I JustWasn't Made For These Times」(共に『Pet Sounds』収録/1966年)からだろう。それ以外にもシュガー・ベイブの山下達郎作「過ぎ去りし日々"60's Dream"」(『SONGS』収録/1975年)経由で、The Cyrkleの「The Visit (She Was Here)」(『Neon』収録/1967年)やOhio Knoxの「Pound Or My Dog Dad For Robert Downey (A Prince)」(『Ohio Knox』収録/1971年)のバース部など温故知新派の真髄であるが、何より重要なのはこの曲自体が本当に良い曲だということだ。熊谷はべースとキーボード、川上は各種鍵盤でチェンバロ(ハープシコード)、テルミンをシミュレートしたシンセサイザーも担当しているではないだろうか。ゲストの川島はアコースティックギター、筋野はボンゴとクラベスをプレイしている。
本作ラストの「Akegata/明け方のブルース」は、熊谷のソングライティングだがアレンジは川上と市原が担当しており、演奏も川上のシンセサイザーのみで構築した小宇宙のようなサウンドである。「Our Suburban Friends/火粉」同様に、人生を達観した哲学的作風を持っているのは、他の同系統のバンド・メンバーには無い、熊谷の才能であり今後強みになっていくだろう。
最後に本作『Magic Moments』の総評として、才能あるソングライターが生み出したダイヤの原石を、バンドメンバーとサポートメンバー達がきめ細かく丁寧に磨き上げてクリエイトしたという、インディーズ新人バンドのファースト・アルバムとしては稀なサウンド・プロダクションの在り方を感じて、彼らcambelleの今後の作品にも非常に期待が高まった。
繰り返しになるが、本年度リリースされた新人バンドのアルバムの中でも特に音楽性が高く、有望な存在なので、筆者の詳細解説を読んで興味を持った読者は是非入手して聴いて欲しい。
(テキスト:ウチタカヒデ)






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