2021年3月14日日曜日

【追悼 フィル・スペクター特集】To Know Him Was To Love Him ~ Phil Spector (1939-2021) 第2回


〈1964年編習作から実践へ〉

本記事プレイリスト


 Wall of Soundサイドから見たThe Beach Boysサウンドの変遷は、

①(1963年〜1964年)習作期 

②(1965年〜1966年)United Western Recordersでの
  独自サウンド確立

 の二期に別れる。

 1963年は、Jan BerryやPhil Spectorの後塵を拝する程度だが、外部制作に おけるBrianの手腕は日に日に開花し、あの「壁」が現れてきた。
 その一方でBrianの創作環境には大きな「壁」が待ち構えていた、'63年後半に 起きたDavid Marksのグループからの放逐があった。そのことはベースにAl Jardineを 復帰させBrianの代わりにツアーメンバーに加え、Brianがスタジオワークに専念する という目論見を打ち砕く現実であった。  さらに'62年にCapitolとの契約では6年間の間にCapitolへの楽曲のマスター提供 の履行がうたわれていた。初年度は6曲、次年度は8曲、その次は10曲、さらに その次以降は各年12曲、となっていた。売れっ子となった現在アルバムリリース の指示がCapitolからやってくる、アルバム1枚分に相当する7〜8曲をアルバム収録 へ回せば、すぐに手持ちの楽曲のストックが尽きてしまうのだ。
 全米での人気が上昇すれば、自ずとファンも増加する、そのためツアーやラジオ・ テレビ等の出演にメディア対応の時間も増加した。1964年におけるその時間は なんと年間の80%となったのだ。他人から見れば嬉しい悲鳴であろうが、Brian にとっては自らの手腕を進化させる貴重な時間の制約となった。
 これらの制約はCapitol内のアーティスト活動以外の外部でのソングライティングや アレンジ・プロデュース活動の減少を意味した。このことから、'63年よりBrianが 取り組んでいたWall of Sound手法の深化は、自らのバンドサウンドへの移植という形 で進めざるを得ない状況となった。
 大所帯のWrecking Crewの醸し出す音圧に中低域のパート同士が干渉し合うギリギリの バランスとエコーのブレンド、というエッセンスを兄弟のバンドサウンドで表現する と、いうのが大体の設計図としてBrianの頭の中にあったのだろう。
 それは前年『No Go Showboat』や『Drive-In』で行われたような、中低域をホーンと チューニング低めのスネアとキックが受け持ち、ダブルトラックされたヴォーカルと 分厚いコーラスがさらなる厚みを加えるサウンドが基本となっていたが、Jan&Dean やSpector作品から受けるダイナミックレンジと比較すればまだ何かが足りない。 足りない理由は簡単である、自分たちだけで演奏するから音数が少ない。

この難題にBrianはどう取り組んだのか? 
解決策としては、

Plan A:Wrecking Crewをそのまま使って、
    ヴォーカル・コーラスに専念する

Plan B:自分達の演奏+ゲストでなんとかやってみる

これらのプランがBrianの脳裏にあったと思われる。

Fun Fun Funセッション/1964年1月1日 

 「一年の計は元旦にあり」ということわざをBrianは知っていたかどうかは わからないが1964年1月1日に『Fun Fun Fun』のセッションをUnited Western Studioで行った。本セッションの内容は、弊サイト2014年12月13日の記事でも紹介し ている『Keep An Eye On Summer:The Beach Boys Sessions 1964』(iTunes 配信) 中の『 Fun Fun Fun (Session Highlights and Stereo Mix) 』で聴くことができる。

 
Fun Fun Fun (Session Highlights and Stereo Mix) 

 明らかにBrianのPlanB実行である。 
 参加メンバーを見てみよう。

Electric lead guitar: Carl Wilson
Electric lead/rhythm guitars: Carl Wilson
Electric rhythm guitars: Carl Wilson
6-string electric bass guitar: Ray Pohlman
Electric bass guitar: Al Jardine
Upright or Grand piano: Brian Wilson
Hammond B-3 organ: Brian Wilson
Drums: Dennis Wilson / Hal Blaine
Tambourine: Hal Blaine
Tenor saxophones: Steve Douglas
Baritone saxophones: Jay Migliori

1964年1月1日のセッションシート

 ベーシックな演奏は身内で行い、さらにバックアップとしてHal Blaine 他Wrecking Crewの加勢を得ている。
 このレコーディングで重視し、今後多用されるようになる手法はオーヴァーダブだ。
 通常のレコーディング使われる場合、曲の最終仕上げで加えるハンドクラップの ような単発の作業がほとんである。

SpectorやJan Berryでの手法についても再確認しよう。

 前稿でも紹介したが、下の画像の様にレコーディングは3トラックレコーダーであった。
3トラックの内訳としては、

トラック1:バックトラック
トラック2:ストリング(またはストリングなしの曲の場合
      キックなどの効果音)
トラック3:ヴォーカル+コーラス 

 Spectorの場合トラック1の演奏は、うんざりするほどのセッション回数で固定した アレンジがSpectorの最終決定となる。しかし3トラック全部埋まってしまった後 ヴォーカルをダブルトラックにしたい場合がどうしてもある 。(それはVeronicaのヴォーカル処理でよく起きたのだが)
どう対応したか?

下の画像を再びご覧いただきたい。
 スタジオには3台のレコーダーが確認できる 中央のデッキでレコーディングが完了したテープを右隣のレコーダーにセットし このレコーダーで既に録音された演奏のプレイバックを行う。
 その音声はおそらくLarry Levineの操るコンソールに返される。
 スタジオ内の歌手はプレイバックを聴きながら歌い、その歌声のみはコンソールへ それらをコンソールで3トラックにミックスして、今度は中央のレコーダーの新しいテープに録音されて完成する。

<コンソール内に返される音声> 
トラック1:既に録音された音声 
トラック2:既に録音された音声
トラック3:既に録音された音声
トラック4:新しい音声     
 レコーダーへは
トラック1:そのままレコーダーのトラック1入力へ   
トラック2:そのままレコーダーのトラック2入力へ   
トラック3:3+4の音声をミックスしてトラック3入力へ
トラック4:3+4の音声をミックスしてトラック3入力へ

そして完成した3トラックマスターは左隣でモノマスターへ変換されたと思われる。

Gold Starでの録音風景
コンソール隣のデッキが3トラックであることがわかる。
左隣はマスター用モノトラック。

 当時のオーヴァーダブの手法としてはSpectorと雖もオーソドックスなものである。
 オーヴァーダブを駆使したBrianのPlanBについて見てみよう! 
 『 Fun Fun Fun (Session Highlights and Stereo Mix)』 から窺われるセッション風景として まず、リズムセクションはHalとDennisのツインドラムを聴くことができる。
 これはJan Berry直伝の手法であり有効であるかに思われた。
 お聴きいただけるとおり、ドラム音のエッジが欠けどうしてもカブリ気味である Gold Starのマイキングを真似ているのか?低めの位置で中低域が強めに出ており、Brianの好みである低めのドラムチューニングが裏目に出ているようだ 。

このままではいけない
Brianは行動に出た
2回演奏しちゃえばラウドになる! 

 そう、ドラムのマイキングなどは見直したがドラムのチューニングは低めに保ち オーヴァーダブしたのだ! 
具体的には、

 [Tape A]
トラック1:Brian他メンバーの演奏+Ray Pohlman,
Steve Douglas, ドラムはDennisのみ
トラック2:Ray Pohlman,Steve Douglas,                
  ドラムはHal Blaineのみ, Brianのピアノ
トラック3:ヴォーカル+コーラス+イントロと       
間奏のCarlのギター
 ↓ 
[Tape B] 
ここでもう3トラック埋まったので、
さらにもう一台のレコーダーに[TapeA]をセット! 
このテープのプレイバックを流しながら
メインのレコーダーの[TapeB]に録音。
トラック1:上記のトラック1+2をコンソールで
モノにミックス
トラック2:上記のヴォーカル+コーラス+          
イントロと間奏のCarlのギター 
トラック3:空き
 ↓ 
さあ、ここでもう1トラック空いた! 
Mikeの自慢の喉と兄弟のハーモニーで、もう一度歌っちゃおう! 
と、いった感じで3トラック録音完了

 ヴォーカル+コーラスが二重になっていることで分厚い効果がとエコーのような 深みを産んでおり、このテクニックはデビュー前からのBrianの実験とBob Norberg との試行錯誤で生まれた賜物である。

ここで3トラックマスター完成と思いきや
ちょっと、パンチが足りない??

そこで間奏のあのオルガンの音が足されるのであるが、
あと1トラックが足りない!

 そう、当時はまだ4トラックの導入前夜であったのだ。
 最終ミックスは現時点で作成された3トラックのテープ[TapeB]を別のレコーダー へセットしそのプレイバックを新しいテープ[TapeC]にオーヴァーダブする形で完 成した。

<最終ミックス>
 [TapeC]
トラック1:モノにミックスしたバックトラック       
(上記トラック1のまま) 
トラック2:モノにミックスした上記トラック2+3
トラック3:オルガン              

 同曲は本セッションから一ヶ月後シングルとしてリリースされ、全米Top5を記録した。
オリジナルシングルで聴くドラムの音は深いエコーの様な音像であるが、実際はノンエフェクトのダブルトラックであり、渾然一体のWall of Sound特有の熱い感覚をリスナーにもたらしてくれる。最終ミックスはモノであるという点は、師匠のSpector のセオリー通りではあるが、制作過程でマルチトラックを活用する点では、Brianの レコーディング手法におけるオリジナリティの片鱗が見られる。
 同様の手法は 『I Get Around』でも行われており、翌年から多用されるマルチトラック録音への 進化を感じさせる。本作で惜しいのはオリジナル盤ではギター以外のその他のパート はモノミックスの際ホーンの中域と干渉しているのか?コーラスに埋没してしまって いる点は残念だ。

Why Do Fools Fall In Loveセッション/1964年1月7日

Wall of Sound免許皆伝を提げて創り上げた感のある本作、のスタジオは当然かの Gold Star、BrianのPlanA発動である。参加ミュージシャンはお約束の 下記の通りWrecking Crew。

1964年1月7日のセッションシート

Archtop acoustic rhythm guitar: Bill Pitman
Electric rhythm guitar: Tommy Tedesco
Electric bass guitar: Ray Pohlman
Upright bass: Jimmy Bond
Tack piano: Leon Russell 
Grand piano: Al de Lory
Drums: Hal Blaine
Temple block & Castanet (w/stick): Frank Capp
Tenor saxophones: Steve Douglas and Plas Johnson
Baritone saxophone: Jay Migliori 

 各パートのマイクセッティング、ミックスなどのコントロールはLarry Levine との協力で行われたため、Gold Starの音以外の何物でもない。
 レコーディング手法は1月1日のFun,Fun,Funと同様Brian特有のオーヴァーダブを 用いて録音された。

 <レコーディング過程>
 [Tape A]
 トラック1:Brian他Wrecking Crewメンバーの演奏    
 トラック2:Brian他Wrecking Crewメンバーの演奏のうち、
      ギター・パーカッション, ドラム中心の演奏
トラック3:ヴォーカル+コーラス                                        

 ここでもう3トラック埋まりレコーディングおつかれさま、と思いきや 屋上屋を架すどころか壁に壁を重ねる極上の演奏に対抗するには コーラスが弱すぎる!
 そこでさらにもう一台のレコーダーにテープ[TapeA]をセット!
 このテープのプレイバックを流しながらメインのレコーダーへコーラスの録音。

 [TapeB]
トラック1:上記のトラック1+2をコンソールでモノにミックス
トラック2:上記のヴォーカル+コーラス
トラック3:新規にヴォーカル+コーラス 
これで最終ミックスでモノマスター制作 

 と、思われたが
 まだヴォーカルが硬い! 
 と、なったのだろう、その結果最終マスターは
  [TapeB]のトラック1〜3をプレイバック用のデッキからマスター制作用デッキの テープ[TapeC]へダビングするのと同じタイミングでヴォーカルをレコーディングして完成したようだ。
 また、長らく[TapeA]あたりの3トラック音源は散逸したと思われていたが、近年の 本曲の3トラックのテープが発見される。このことにより、2009年リリースの コンピレーション盤『Summer Love Songs』ではステレオリマスターと同時に 同音源から見つかったテイクを利用した新しいイントロが付け加えられている。

『Summer Love Songs』

全体の曲想はおそらくPhilles所属のBob.B Sox and the Blue Jeansの 『Not Too Young To Get Married』を参考にしたと思われる。



 『Keep An Eye On Summer:The Beach Boys Sessions 1964』収録の『"Why Do Fools Fall in Love" (session excerpt, followed by backing track)』 中のバックトラックは初期Phillesの持つ人海戦術で醸し出す音圧感でやや ルームエコーが乗る程度だが、オリジナル盤のミックスではGold Starのエコー チェンバーを通したと思われる深いエコーがかかっている。
 Phillesのヒット曲でトレードマークとなる深いエコーが印象的なのは1963年の Philles 115 『Then He Kissed Me』 /The Crystals がもっとも印象的だ。
 それ以後の1964年までのリリースについて見ていくと 以下の通りである。
 
Philles 116 『Be My Baby 』/The Ronettes
Philles 117 『A Fine Fine Boy』 /Darlene Love
Philles 118 『Baby, I Love You』 /The Ronettes
Philles 119 『Christmas (Baby Please Come Home)』
       /Darlene Love
Philles 119x『Little Boy』/ The Crystals
Philles 120 『The Best Part of Breakin' Up』 /The Ronettes
Philles 121 『Do I Love You?』 /The Ronettes
Philles 122 『All Grown Up』 /The Crystals
Philles 123 『Stumble And Fall』 /Darlene Love
Philles 123 『Walking in the Rain』/ The Ronettes
Philles 124 『You've Lost That Lovin' Feelin'』
       /The Righteous Brothers

 リリースを追うごとにエコー感が深くなっていることがよくわかる。おそらくBrianもGold Starでは見学者としてだが見聞きしてきた中で、マスター への処理についての新手法(エコーを全体にかける)の情報を掴み自らのバンド へ適用してみたのだろう。
 この時点でBrianは制作の入り口から出口まで関与する立場となった、すなわち Brian自身はSpectorでありJack NietzcheでありLarry LevineでありThe Ronettes でもあったのだ。 
 The RonettesのRonnie Spectorは、本作のオリジナルを歌ったFrankie Lymon & The TeenagersのFrankie Lymonからは多大な影響を受けた。New York時代の彼女らがSpectorのお眼鏡にかなったきっかけこそ、Mira Sound studioの一室で Ronnieが歌う『Why do birds sing....』の一節だった。これを聴いた瞬間Spectorは『この声が欲しかった!』と感嘆したという。
 The Ronettes絡みのエピソードは他にもあって、本セッション『Why Do Fools Fall In Love』と別の時刻で実はアルバム『Shut Down Volume2』の収録曲の レコーディングがUnited Westernで行われた、その中で生まれたのは 『Don't Worry Baby』。The Ronettesの『Be My Baby』にインスパイアされ、「是非彼女らのシングルに」との思いで作られた傑作である。
 同曲は『Be My Baby』から10年後にリリースされた『The Beach Boys In Concert』 に収録されており、アレンジがどこか『Be My Baby』を連想させる趣向となっている。

『The Beach Boys In Concert』

 正月から続くセッションの数々は10日ほど続く、この忙しさには理由がある。1月15日から翌月初頭まで初のAustralia及びNew Zealandツアーが組まれていたのだった。
(これにはRoy Orbison, The Surfaris, Paul & Paula らが同道した) 

1964年その2続編(第3回)に続く(4月末公開予定)> 

(text by MaskedFlopper / 編集:ウチタカヒデ)

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