2021年3月21日日曜日

1970年代アイドルのライヴ・アルバム(キャンディーズ)

 
 今回は今から44年前の1977年4月4日に後楽園球場で盛大な解散コンサートをもって活動の幕を下ろしたキャンディーズのライヴ・アルバムについてレビューをする。

 まずはキャンディーズについて、メンバーは東京音楽学院のスクールメイツ出身だった伊藤蘭(ラン)、藤村美樹(ミキ)、田中好子(スー)の3人組。なお当初はミキとスーに男性メンバーを加えた3人組という企画や、『NHKステージ101』で活躍していた太田裕美、のちにザ・ヴィーナスに加入するコニーもメンバーの候補になっていたという。
 このガール・グループのお気に入りメンバーを指して「○○派」という呼び方は、キャンディーズから始まったように思う。当時、慶応高校に在籍していた“キャンディーズ・ファン”だった自民党の石破茂元幹事長は、「ミキちゃん派」だったと公言している。

 そんな彼女たちの初仕事は1972年4月にNHK『歌謡グランドショー』のマスコットガールに起用されたことで、その場でグループ名が「キャンディーズ」に決まった。またこの年の 第23回 NHK紅白歌合戦(以下、紅白)のオープニングにも参加し、100人のスクールメイツの中でセンターのポジションでダンスを披露している。そんな彼女たちは、当時渡辺プロのスタッフだった松崎澄夫(まつざきすみお)(後のAmuse代表取締役)に認められ、1973年にスーをメイン・ヴォーカルに据え<あなたに夢中>(36位;8.1万枚)で歌手デビューを果たす。デビュー当時の作家は、国民的アイドル歌手天地真理の一連のヒットを手掛けていた森田公一だった。


 キャンディーズは即スターダムに乗ったわけではないが、そのキュートな振り付けは、同世代には人気があった。それは当時のバラエティ番組『ぎんざNOW!』の「しろうとコメディアン道場」で、彼女たちの振り真似する高校生が大喝采を浴びていたことでもよくわかる。しばらくヒットには恵まれなかったが、当時のマネージャー諸岡義明(後の渡辺プロ専務)の提案で、リード・ヴォーカルをスーからランにコンヴァート。そして1975年に発表した5枚目のシングル<年下の男の子>(9位;26万枚)がトップ10ヒットとなり、念願の第26回紅白に初出場を果たしている。この曲を書いたのは、一般に「キャンディーズとともに燃え尽きた作家」とも称される元GSアウト・キャストの穂口雄右(ほぐちゆうすけ)だった。なお彼は彼女たちがデビューしているとも知らず、「あの娘たちを手掛けたい」と白羽の矢を立てていたと聞く


 そんな当時の彼女たちは“フィラデルフィアのセクシー・エンジェル”スリー・ディグリーズに憧れており、ことあるごとに「目標はぐっと高く、スリー・ディグリーズ!」と公言している。8枚目のシングル<その気にさせないで>(17位;10.9万枚)は、ディグリーズを意識した作風だった。この年の10月19日には蔵前国技館で「キャンディーズ10,000人カーニヴァル」を開催できるまでになっている。


 なお彼女たちを語るのには1975年に結成された日本初の全国規模ファン・クラブ「全国キャンディーズ連盟(通称:全キャン連)」なる熱狂的なファンの存在を忘れてはならない。それはサード・アルバム『年下の男の子』の収録曲<春一番>が彼らの絶大なる支持(勿論、スタッフも意識)によって、1976年初頭にニュー・ヴァージョンのシングルとなり、オリコン3位(36.2万枚)の大ヒットを記録。その人気沸騰ぶりは、この年に蔵前国技館で開催された「キャンディーズ10,000人カーニヴァル Vol.2」に象徴されているように、収容人数を上回る超満員で埋め尽くされた。ここに至り、彼女たちはトップ・アイドルとして不動の地位を手にしている。そして第27回紅白にもこの曲で連続出場した。


 また同時に、『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』などヴァラエティ番組のレギュラーもしっかりこなしている。そこでは<電線音頭>を歌い踊り、「泣かないでラン、世界のキャンディーズになるまで涙は禁物よ!さあ笑ってラン!…うん」という恒例のコントまでもこなし、アイドルの範疇に収まらない幅広い人気を獲得している。それはトップ・アイドルしか採用されなかった<ポピーちゃん・スター人形>(注:1)にラインナップされていたことでもよくわかる。



 とはいえ彼女たちは人気だけではなくその実力も確かなもので、絶対音感を持つミキを中心とした美しい三声ハーモニーは当時のアイドルの中では際立っていた。加えてサポート・バンドのM.M.P.(ミュージック・メイツ・プレイヤーズ)との絶妙なコンビネーションも注目に値するものだった。
 このM.M.P.は元ワイルド・ワンズの故渡辺茂樹が率いた伊丹幸雄のサポート・バンドR.R.C.(ロックン・ロール・サーカス)を原型に、あいざき進也のサポート・バンドとして再編されたバンドだった。メンバーは渡辺茂樹(リーダー、キーボード)、西村コージ(ギター)、川内章一(ドラムス)、新田一郎(トランペット)、兼崎順一(トランペット)、片山鉱二(サックス)、菅原由紀(パーカッション)の7人編成。



 なお、捕捉になるがM.M.P.のトランペット奏者新田一郎は、これ以降バンドを独立してサザン・オールスターズなどのライヴをサポートするホーン・スペクトラムを結成。その後M.M.P.の元メンバーに呼びかけ日本版アース、ウィンド&ファイヤー(以下、E.W.F.)とも呼ばれたスペクトラムを結成している。そんなスペクトラムは8人編成でメンバーはスペクター1~8号と称していた。ステージでは1,000万もかけたという古代ギリシャの戦士ヘラクレスを思わせる甲冑や北欧のバイキング風の派手なコスチュームを纏い、わずか2年の活動期間だったがそのど派手なパフォーマンスは今も伝説になっている。

 話は本論に戻すが、このように順調に邁進していた彼女たちを脅かす存在が出現する。それはこの年8月<ペッパー警部>で彗星のようにデビューしたピンク・レディーだった。この新勢力はセカンド・シングル<S.O.S.>から1位の座を連続で奪取するようになり、怒涛の快進撃を開始し、日本中に「旋風」を起こすモンスターになっていった。この状況にキャンディーズのスタッフが危機感を持ち、彼女たちをさらに飛躍させるべ「大人計画」を発案し、吉田拓郎を起用した。
 そんな拓郎が提供した曲は彼女たちの最高傑作の呼び声も高い<やさしい悪魔>(4位;39万枚)だった。その歌唱時に小悪魔的なセクシー・コスチューム(注:2)で武装するというイメージ・チェンジで新たなファンを開拓することにも成功している。

 
 この曲で勢いを取り戻したキャンディーズの続くシングルは、<およげたいやきくん>の作者佐藤寿一(さとうじゅいち)を起用。それは元来のキュートな彼女たちを強くアピールする<暑中お見舞い申し上げます>(5位;29.8万枚)で勢いづいたなおこの曲は郵政省の暑中見舞い葉書(現:かもめーる)のCM曲に起用されている。とはいえピンク・レディーの快進撃はさらに加速し、<渚のシンドバット>は1位のみならずミリオン・セラーを記録するほどだった。

 そんな<暑中~>がヒット中の1977年7月17日に開催された日比谷野外音楽堂のコンサートのエンディングで、キャンディーズを社会現象にまで発展させた出来事が発生する。それこそが「ふつうの女の子に戻りたい」という突然の涙の解散宣言だった。
 人気絶頂のアイドルから飛び出したこの発言は当時の流行語になり、その後も多方面に飛び火するほどだった。具体例としては、1984年に演歌歌手都はるみの「普通のおばさんに戻りたい」という引退宣言。また人気漫画家浦沢直樹は「YAWARA!」の主人公猪熊柔(いのくまやわら)の柔道家を放棄する本心として「普通の女の子になりたい」と発言させている。

 そもそも彼女たち3人は、同年9月末限りで解散する意思を固めていたが、事前に所属事務所の正式な了承を得ずに解散宣言をおこなってしまった。そのため関係各位の説得と話し合いの末、解散は半年間先送りされたが、この事態ははからずも彼女たちの存在を日本中に大きくクローズ・アップすることになった。皮肉にもこれをきっかけに、飛ぶ鳥を落とす勢いで日本の音楽シーンの頂点に昇りつめたピンク・レディーをしのぐ勢いで、人気を再燃させることになっている。


 そんな彼女たちは解散に向けたツアーを消化し、<アン・ドゥ・トロワ>(7位:28.1万枚)、<わな>(3位:39.2万枚)と続々リリースした新曲も勢いを増していった。ただ新譜を量産するのみばかりではなく、前者のカップリング曲にはスティーヴ・イートンの<All  You Get From Love Is A Love Song(ふたりのラヴ・ソング)>をカヴァーするなど選曲センスの良さも光っていた。そして解散に向けて発売された<微笑みがえし>は、初のオリコン1位(82.9万枚)に輝くことになる。
 この曲は<わな>で再び彼女たちとタッグを組んだ穂口雄右のメロディに、阿木曜子がキャンディーズのヒット曲のタイトルを随所に盛り込んだ<春一番>の歌詞からスタートする粋な計らいのナンバーだった。そして歌唱時にはセンター・ポジションも「ラン~ミキ~ラン~スー~ラン」と、「三人のキャンディーズ」を象徴していた。
 余談ながら当時「少年ジャンプ」に連載中の「すすめ!!パイレーツ」(江口寿史)では、この曲の歌詞をもじったギャグ(注:3)が登場するほどだった。


 さて肝心の『ファイナルカーニバル』だが、1978年4月4日に後楽園球場における初の女性アーティスト単独ライヴとして、55,000人のファンを集めて開催された。この模様は3日後に録画でテレビ中継もおこなわれ、30%を越す高視聴率を記録。そしてこのコンサートのエンディングで「ほんとうに私たちは、幸せでした」という有名なセリフを残してステージを降りた。
 なおこの日のライヴを収録した『ファイナルカーニバル・プラス・ワン』は、3枚組6,000円という高価なアルバムにもかかわらず、ファンの熱い支援によってシングル同様にキャンディーズ唯一の1位にランクされ、商業的にも大成功を収めている。



 これを最後に彼女たちは引退して「普通の女の子」になった。ところが1978年11月に解散コンサートのラストを飾った<つばさ>(16位)がキャンディーズとしての正式なラスト曲としてリリースされている。また番外にはなるが、1989年には松浦雅也(元PSY・S)によるリミックス・アルバム『CANDIES BEATS / Andy Pop Posse』が登場し、ちょっとした話題になっている。このように根強い人気ゆえに1994年の『キャンディーズ・バイブル』を皮切りに、貴重な未発表音源を収録したCD-Boxが2008年まで続々5作もリリースされている。


 そんな各メンバーは徐々にではあるが歌手や女優としてカムバックしている。まず1982年にミキがソロ歌手として再デビュー、化粧品会社のキャンペーン・ソング<夢・恋・人>(13位、16万枚)をヒットさせている。ランとスーは女優の道を選び、とくにスーは「日本アカデミー賞」を受賞するまでに至る。そんな彼女の役どころで個人的に印象に残っているのは、NHK連続ドラマ「ちゅらさん」の主人公の母親役だ。このドラマの女子会シーンで、彼女がカラオケを歌うさいに飛び出した「私、キャンディーズ!」というおちゃめなセリフだった。

 またランは2019年に『My Bouquet』をリリース、41年ぶりにソロ・デビューを果たし、ソロ・コンサートを開催している。とはいえ、キャンディーズの再結成は2011年のスーの逝去により叶わぬものとなり、全盛期に引退した山口百恵同様に「伝説」となった。
 ただそんな往年のファンを喜ばせたのが、2020年11月7日にNHK・B.S.で放映されたファイナル・ライヴ映像を含む「我が愛しのキャンディーズ」の放映だった。
 
(注:1)この人形には、他に「桜田淳子」「アグネス・チャン」等が存在する。

(注:2)コスチュームを考案したのはアン・ルイス。

(注:3)登場人物猿山さるぞうが、駄菓子を口にくわえて涙を流し「キャンディーズ<微笑がえし>「お菓子食って(おかしくって)涙が出そう」」という吹き出しコマがある


『キャンディーズ10,000人カーニバル』
1975年12月21日  CBS/SONY /<SOLL-202>
*オリコン 37位 / 1.9万枚
①あなたに夢中②危ない土曜日③内気なあいつ④バイ・バイ・センチメンタル⑤片想いの午後⑥悲しきためいき⑦その気にさせないで⑧年下の男の子⑨プラウド・メアリー(Proud Mary)(クリーデンス・クリアーウォーター・リヴァイヴァル:1969/アイク & ティナ・ターナー:1971)、⑩アイ・ビリーブ・イン・ミュージック(I Belive In Music)(マック・ディビス:1970)

 ⑧がトップ10ヒットとなり、③⑦もトップ20に送り込む上昇機運のなか、蔵前国技館で開催された「キャンディーズ10,000人カーニバル」を収録した初のライヴ・アルバム。サポートは彼女達を解散まで支えたM.M.P.で、全編曲も渡辺茂樹が担当。
 ここではオリジナルを中心に収録されているが、ティナ・ターナーをお手本にしたカヴァー⑨では会場を熱気の渦に巻き込んでいるまた⑩では彼女達のソロにスポットをあてるなど、上り調子にある初々しい彼女たちがまぶしいばかりだ。

<カヴァー収録曲について>
⑩I Belive in Music
 オリジナルは1970年にリリースされ全米117位(A.C.25位)、翌年11月発表の同タイトル・アルバムも160位と本国では商業的には不発。しかし日本では沢田研二がみずから訳詞を手がけて歌い、のちに多くの歌手がカヴァーをするようになった。なおマック・ディヴィスは、<愛は心に深く(Baby Don’t Get Hooked on Me)>(1972)を全米1位に送り込み、エルヴィス・プレスリーにトップ10ヒット<In the Getto>を提供している。



『キャンディーズ・ライブ--蔵前国技館10,000人カーニバルVol.2』
1976年12月5日  CBS/SONY / 25AH-125 
*オリコン26位 1.9万枚
①プラウド・メアリー(Proud Mary)、②あなたに夢中、③Do You Love Me(コンチュアーズ:1962/ ブライアン・プール & ザ・トロメローズ:1963)、④危い土曜日⑤恋のあやつり人形、⑥The House Of The Rising Sun(ボブ・ディラン:1962/アニマルズ:1964/フリジド・ピンク:1970/ジョーディー:1974)、⑦Never My Love(アソシエイション:1967/フィフス・ディメンション:1971/ブルー・スェード:1974)、⑧夜空の星(加山雄三:1965)、⑨想い出の渚(ザ・ワイルド・ワンズ:1966)、⑩(They Long To Be)Close To You(カーペンターズ:1970)、⑪Sir Duke(スティーヴィー・ワンダー:1976) 、⑫春一番、⑬夏が来た!、⑭ハート泥棒、⑮その気にさせないで、⑯ダンシィング・ジャンピング・ラブ、⑰めざめ、⑱さよならのないカーニバル

 1976年⑫が初のトップ3ヒットとなり、アイドル人気も頂点を極めつつあった同年10月11日の蔵前国技館での公演を収録したセカンド・ライヴ・アルバム。  
 この時点では未発表曲だった⑯⑰⑱も収録されており、詰めかけたファンには最高のプレゼントになっただろう。(⑰のみ『CANDIES 1676DAYS』にスタジオ・ヴァージョン収録)
 ここでは前作以上にカヴァーの収録数を大幅にアップさせ、シンガーとしての自信にあふれたパフォーマンスが繰り広げられている。そんなカヴァー曲は、前作にも収録の①ではサビの歌詞を「Oh, the candies keep on burning」と歌い、③はシャウトも冴えわたりノリノリだ。そして⑥では、イントロにナレーションを入れ、プログレッシヴ・ロック風に仕上げている。またソフト・ロック仕立ての⑩は3人の持つ本来の甘いヴォーカルが魅力的だ。
 さらに彼女たちのお気に入りのパワー・ポップ⑦、ソウルフルなプレイが炸裂する⑪でもM.M.P.とのコンビネーションが冴え渡り、パフォーマーとしての魅力を存分にみせている。
 さらにライヴの魅力はヒット曲以外のオリジナルにも反映されており、センチなバラード⑰、サンバ・リズムの⑱など前作以上に聴きどころが多い。

<カヴァー収録曲について>
③Do You Love Me
 オリジナルはモータウンのコンチュアーズだが、数多くのカヴァーが存在するポップ・スタンダード。これを代表作とするのは英国バンドのトロメローズといえる。

⑥The House Of The Rising Sun
 邦題<朝日のあたる家>。ボブ・ディランがファースト・アルバム『Bob Dylan』に収録したトラッド。初ヒットはブリティッシュ・インヴェイジョンで大成功を収めたアニマルズで、1964年9月に全米1位(3週)を記録。1970年にはデトロイトのフリジド・ピンクが世界的にヒット(全米7位)させ、日本でも同様に26位(7.6万枚)のヒットとなった。なお、日本ではイギリスのグラム・ロック・バンド、ジョーディーの1974年発表のセカンド・アルバム『Don’t Be Fooled by the Name』から日本独自にシングル・カットされている。

⑦Never My Love
 邦題<かなわぬ恋>。オリジナル・ヒットはアメリカのソフト・ロック・グループ、アソシエイションで1967年に全米2位を記録。その後、1971年にはフィフス・ディメンションのライブ・ヴァージョンがヒット(12位)。さらに1974年には<ウガ・チャカ(Hooked on a Feeling)>(2014年のディズニー映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の挿入歌)を全米1位に送り込んだスウェーデンのブルー・スウェードによって再々ヒット(7位)。キャンディーズがカヴァーしたのはこのテイク。
 なおこの曲は初代ジャニーズがアソシエイションに先駆け、レコーディングしたが、諸事情により未発表のままオクラ入りした。この事実は元ジャニーズのあおい輝彦が1976年にリリースされた『あおい輝彦/オン・ステージ』のM.C.でコメントしている。 
 またこの経緯をもとに2013年10月にはミュージカル『ジャニーズ物語』が上演され、所属のアイドル・グループA.B.C.-Zが、この曲を歌いヒットさせた。
 この経緯についての詳細は2020年に「サンデー・ソングブック」でも特集されている。

⑩(They Long To Be)Close To You 
 邦題は<遥かなる影>。カーペンターズ初の大ヒット曲で1970年に全米位1位を記録した出世作。名ソングライター・チーム、バート・バカラックとハル・デヴィッドの作で、原曲をピアノ弾き語り調にアレンジしたリチャード・カーペンターのセンスが光る名曲

⑪Sir Duke
 邦題は<愛するデューク>。スティーヴィー・ワンダーが1976年9月に発表した、LP2枚と4曲入りEP1枚という組み合わせの大作『Song in the Key of Life』の収録曲。伝説的ジャズ・マン、デューク・エリントンへのトリビュート・ソングで、1977年にアルバムからの2枚目のシングルとして発表され全米1位に輝く。


『キャンディーズ・ファイナルカーニバル・プラス・ワン』
1978年5月21日 / CBS/SONY / <SRCL 3139> 
*オリコン 1位  10.6万枚
①Open Sesame(クール&ザ・ギャング:1977)、②Jupiter/(E.W.F.:1977)、③Do It(Use Your Mind)(スリー・ディグリーズ:1976)、④Play That Funky Music (ワイルド・チェリー:1976)、⑤Fantasy(E.W.F.:1977)、⑥Going In To Circle(スリー・ドッグ・ナイト:1972)、⑦ラン・ミキ・スー自己紹介M.C.~キャンディーズ、⑧恋のあやつり人形、⑨ハート泥棒、⑩キャンディーツイスト、⑪It’s Vain Try To Love You Again、⑫買い物ブギ、⑬アンティックドール、⑭午前零時の湘南道路、⑮Super Candies、⑯ハートのエースが出てこない、⑰その気にさせないで、⑱危い土曜日、⑲アン・ドゥ・トロワ、⑳わな、21.哀愁のシンフォニー、22.悲しきためいき、23.微笑みがえし、24.年下の男の子、25. 春一番、26.ダンシィング・ジャンピング・ラブ、27.つばさ
※アナログ3枚目はスタジオ盤のため割愛。

 テレビ放映もされた1978年4月4日後楽園球場で開催されたキャンディーズ解散公演『ファイナルカーニバル』を収録した3作目のライヴ・アルバム。
 ①から⑥までは、例えるならE.W.F.とエモーションズや、M.F.S.B. とスリー・ディグリーズを連想させるほどM.M.P.とのコンビネーションが冴えわたっている。
 オープニングの①はM.M.P.による単独演奏で、それはまるで後のスペクトラムのようだ。そして彼女たちが加わる②と⑤はオリジナルがファルセットということもあって、彼女たちの三声が演奏にぴったりはまっている。さらに③は彼女たちの憧れスリー・ディグリーズのナンバーとあって気の入れ方が半端なく、微笑ましい。
 そして注目したいのは⑥で、この曲の間奏ではキング・クリムゾンの<Epitaph>を挟むという粋な計らいを披露している。伝説のライヴでこのようなマニアックなセット・リストを聴かせているセンスに拍手を送りたい。余談になるが、当日にはこの曲を作りあげたといわれるイアン・マクドナルドが在籍していたフォリナーの初来日公演が、日本武道館で行われていた。
 このライヴでのハイライトはキャンディーズが衣装替えで再登場するアナログC面⑮以降だ。そこではヒット曲を「ソウル・トレイン」風にファンキーかつダンサブルに仕上げ、会場を興奮の坩堝(るつぼ)に巻き込んでいる。そんな怒涛のヒット・ソング連発の締めは彼女たちのライヴ名物ナンバー<26>。ここではフィンガー・ファイブ<学園天国>のフレーズを交えたコール・アンド・レスポンスでフィナーレを飾るべくファンも声を限りに声援を送り、会場の一体感が最高潮を迎えている。
 ただこのアルバムで唯一もったいないと思えたのは、テレビでは放映されていた「皆様のおかげで1位となった…」という<微笑み返し>始まりのM.C.が割愛されているところだ。それはこの解散イベントによって(実質的)ラスト・シングルとラスト・アルバムが、ファンの強力な押しもあって、国内1位を記録しているからだ。貴重な証言として収録するべきだったと思うのは私だけではないだろう。
 また余談になるが、このライヴ当日私は後楽園球場を見下ろす高台の知人宅にいた。そこから見る会場風景は、照明が煌々と輝く狼煙(のろし)のようで、歓声が地響きのようにその場でも体感できるほどだった。

<カヴァー収録曲について>
①Open Sesam
 邦題は<開けゴマ>。1969年に結成されたファンク・バンド、クール&ザ・ギャングが、1976年に発表した12枚目のアルバム・タイトル曲(全米110位)。彼等は第7作『Wild And Peaceful』(1973年:全米33位)でブレイクしたが、この曲はその翌年の大ヒット映画『サタデー・ナイト・フィーバー』のサウンド・トラックに取り上げられヒット(全米55位)。

②Jupiter
 邦題<銀河の覇者>。1970年代を代表するソウル・グループ、E.W.F.の全盛期である1977年に発表された第9作『太陽神(All ‘N’ All)』に収録。<Fantasy(宇宙のファンタジー)>に続くセカンド・シングル(82位:1.1万枚)。

③Do It(Use Your Mind)
 ソウル・グループとして「夜のヒットスタジオ」に初出演し、日本で絶大な人気を誇ったスリー・ディグリーズの1976年に日本で独自ヒット(52位:6.5万枚)。4度目の来日記念盤として同年に発売された日本録音アルバム『A Toast Of Love(恋に乾杯/ドゥ・イット)』に収録。本国では1977年、フィラデルフィア・インターナショナルからの第5作(ライヴ含)『Standing Up for Love』に収録されている。

④Play That Funky Music 
 白人ファンク・バンド、ワイルド・チェリーが1976年に全米1位を記録したビッグ・ヒット。日本でもディスコを中心に話題(59位;4.9万枚)となっている。

⑤Fantasy
 邦題<宇宙のファンタジー>。E.W.F.が1978年に発表したフィリップ・ベイリーのファルセットが冴えわたる日本での最大ヒット(22位:17.4万枚)。第9作『太陽神(All ‘N’ All)』(1977)に収録。

⑥Going In Circles
 邦題<ある愛のすべて>。1970年代初頭に<喜びの世界(Joy To The World)>を始め数多くのヒットを放ち、一世を風靡したヴォーカル&インスト・バンド、スリー・ドッグ・ナイトが1972年に発表した第7作『Seven Separate Fools』(全米6位)の収録曲。彼らの曲が数多く挿入曲として採用された映画『ある愛のすべて』の主題歌にもなった。

※なお今回の内容はFM大津の「音楽の館~Music Note」3月号(3/27&28)でも特集が組まれているので、是非ご聴取いただきたい。

本放送:第四土曜日 3/27(土)16:00~18:30
再放送:第四日曜日 3/28(日)  8:00~10:30

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(鈴木英之)

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