2017年11月29日水曜日

佐野邦彦氏との回想録3・鈴木英之

Jigsawの第一回リイシュー発売をひかえた910日には、BS.TBSで『Song To Soul』の「Sky High」特集がオンエアされた。
番組は「Sky High」が誕生するまでの一週間(1975522日~28日)を中心に、メンバーをはじめとする関係者インタビュー、ジグソーの作品紹介、当時の写真や資料等で構成され、「Sky High」が主題歌となった映画『The Man From Hong Kong』の一部映像、ミル・マスカラスの試合風景もしっかり紹介されていた。さすが「報道のTBS」と唸らせる渾身のプログラムで、番組制作スタッフの真摯な取り組みが感じられ、大変よくできた音楽ドキュメンタリー番組だった。
番組ラストの協力者のテロップには、今回のライナー作成で大変お世話になったS氏、そして今回私と「Sky High & Rera Trucks~」のライナーをご一緒させていただいたY氏のクレジットがあり、佐野さんと自分も番組の支えになったようでうれしくなった。




ただ欲を言えば、Tom JonesFour Topsを紹介するパートで、Tomの「It’s Unusualよくあることさ)」は欧米向けであれば納得できたが、日本においては、「Love Me Tonight」か「She's A Lady」の方がふさわしいのでは?と感じた。またFour Topsは時代を考慮してか「Ain’t No Woman (Like The One I've Got)」がチョイスされていたが、こちらも「Reach Out I'll Be There」などMotown時のヒット曲が分かり易かったかな?というのが個人的な感想だった。さらにもっと凝るのであれば、Des Dyerが「「Shaft(黒いジャガーのテーマ)」をヒントにして作曲した。」につながるよう、1973年のヒット「Are You Man Enough?(シャフト!アフリカ作戦)」にしても面白かったかなとも感じた。



リイシュー第2回発売の3タイトルについては、45作が佐野さん、林哲司氏絡みの6作を私が受け持つことになっていた。作業はこの放送直後に、発売元から収録可能曲のマスター・データが送信され、そこから音源をチェックして収録時間内にまとめるというところからスタートした。日中仕事を持っている私はそれを一気に全部チェックするのに手間取り、病床の佐野さんが「1曲でも多く未発表音源を収録する」とばかりに、ものすごい勢いで聴きまくり、各アルバムの構成案をまとめ、収録内容はほぼ佐野さん主導で進められた。こんな流れで佐野さんの意見をベースに、私の提案も多少盛り込ませていただきつつ、927日に収録曲はいったん決定した。その後、いくつかの修正を入れ「重要な曲を外すことなく80分収録」にこだわった「レア音源だけ集めたCD」と揶揄されることのない収録リストが9月末までにまとまった。こういった作業となると「さすが佐野さん」と唸るばかりで、以前『The Beatles Anthology』シリーズでの詳細な音源チェック・リストが、当時某レコード会社で社員教育に採用したいとオファーを受けた実績を持つだけはあると頭が下がる思いだった。



とはいえ個人的には、『Song To Soul』で流れた「Sky High」のインスト・ヴァージョン(編曲Richard Hewson)と、1976年にJigsawがエントリーした第7回世界歌謡祭での「Paint The Smile On(恋のクラウン)」ライヴ音源(『第7回世界歌謡祭実況アルバム』)の収録に未練が残った。特に後者は朝日新聞縮小版にて「グランプリ決定世界歌謡祭」(フジ系11/23(火)1600)が放映された記事から探し当てたもので、佐野さんも「世界歌謡祭のライヴ音源の発見は凄い!」とその価値を認めてくれていたが、これらについてはマスターの所在が発見できず残念ながら見送りとなった。


この案が決定した直後に佐野さんより、私が受け持つ『Pieces Of Magic』について「林さんのエピソードは一般には知られていないのでそこにスポットを当てるべき」とメールが届き、改めて私ならではの内容にしなければという気持ちが昂った。


またその翌日には、私が6月に出演したテレビ番組の最新プログラムが「昭和ネタ」だったことを引き合いに、私に再度のアプローチを後押しする連絡が入り、佐野さんが元気なうちにこちらの企画もまとめなければと焦るばかりだった。

更に、私の誕生日にはFacebookを通じて「精力的な活動を楽しみにしています。」とお祝いメールを頂き、「全て佐野さんのおかげです」と返信すると、すかさず「どこへでも足を運んで交渉取材する鈴木さんにいつも驚かされています。その姿勢で頑張ってよりメジャーに!」とあり、なぜか彼からお別れの挨拶をされているような心境になってしまった。

さて話はJigsawのライナー制作に戻るが、私が担当したアルバムのリアルな発売日は1977225日だが、この直前の219日にミル・マスカラスが登場テーマに「Sky High」を使用して話題沸騰の最中だった。さらに林さん作の日本盤EPIf I Have To Go Away(君にさようなら)」の発売された325日は、その直前の321日に「Sky High」がオリコン11位(翌週3位)に登場しており、こんな状況ゆえ新譜としての印象の薄さを物語る不幸な作品だった。ちなみに当時は、プロレス・ファンが多かった私の周りでは、このテーマを口ずさんでマスカラスの必殺技「クロスチョップ」「フライング・ボディ・アタック」の真似をするのがブームになっていたほどだった。Jigsawファンの私でさえ林さんの記事を発見しなかったら、世界歌謡祭の入賞曲「Paint The Smile On(恋のクラウン)」を収録したアルバムくらいにしか認識していなかったのだから、一般での認知が低いのは無理もない話だった。

 また日英米と収録曲が微妙に違い、特に日本盤は「Sky High」未収録の新装ベスト・アルバムといった感じになっていた。しかし、CDリイシューではオリジナルの英国盤がベースになり、ヒット作にはならなかったが、まだバンドとしての輝きが失せていない充実作と再認識させられるものだった。個人的には林さんに繋がった記念碑的作品で、あの当時のことがリアルに頭をよぎり、かなり字数をオーバーしてしまった。そこで冷静に文面を見直し、気になった事を1017日佐野さんに最終確認をして完成させることが出来た。


 その後は、発売元の担当者とタイトルのチェックや、アルバム・ブックレットに掲載するジャケットのレイアウトについてやりとりをしていた。その中で、問題となったのは佐野さんが集大成とばかりにまとめあげたコンプリート・ディスコグラフィがかなりスペースを占めており、私がこだわっていた日英米のLPEPのオリジナル・ジャケットの掲載スペースが確保できそうにないということだった。ただそんな私が不安視していた案件は、CDトレイの内側を使うという担当者の配慮でなんとかクリアできた。全ての作業が終わって気がつけば、そろそろ秋の気配が感じられる季節になり、佐野さんの健康面を配慮して、メールのやり取りは控え、17日の確認メールが佐野さんとの最後の連絡になるとは予想もしなかった。

 1030日にサンプルCDが届き、休日だった翌日にパッケージを開けて中を確認し、佐野さんに報告がてら連絡文を書き始めた直後、Facebookより彼の訃報が飛び込んできた。

一瞬、この半年間佐野さんとやり遂げたJigsawのことが頭の中を回想した。そして、これはきっと佐野さんの命が燃え尽きる前に、天から贈り物として一緒に仕事をさせてくれたのだと思え、彼に完成の報告をするため、114日通夜の葬儀会場に向かった。そこにはまるで眠っているかのような佐野さんに対面、ご親族と彼の生前を熱く振り返った。
5日は告別式が執り行われていたが、火葬の最中に放送されていた「サンデー・ソングブック」(TokyoFM)で、山下達郎氏が佐野さんに敬意を評したお悔やみのメッセージと追悼に「Let’s Kiss The Sun~愛を描いて」をおくってくださった。
まさに「神対応」、追悼曲と一緒に佐野さんが天に召されていく情景が浮かんだ。


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2017年11月26日日曜日

VANDA誌以前の佐野邦彦氏の投稿記事と氏への回想録

8月にビーチ・ボーイズのレア・アイテム、プロモ・7インチ盤『Spirit of America / Boogie Woodie』に関する記事を提供してくれた筆者20年来の友人が、佐野邦彦氏がVANDA誌以前にビーチ・ボーイズに関する記事を投稿していた『RAVE ON』誌を紹介してくれた。
氏の記事によってビーチ・ボーイズ・コレクターとして開眼していった彼による回想録を少しお送りしたい。



佐野氏が泉下の客となられた、かの知らせには涙腺が緩むのを禁じ得なかった。 ジャンルを超えた様々な音の調べの豊かさを世に知らしめるべく尽力された人生に敬意を払う。 その中でも数々の方々が賞賛されるようにソフトロックをいちジャンルにまで昇華させた事は特筆すべきであるが、ソフトロック言論確立に至るまでのインターネット無き時代から草の根で培われた多くのミニコミ、人的交流を基盤に続けられてきたオールディーズ研究の成果の一つでもある。
1970年代前半からオールディーズ研究のミニコミが刊行され、1970年代後半さらに数誌が刊行されると同時に交流や人気が拡大していくこととなる。

当方のThe Beach Boys収集もまずは身の回りの聞くことができる音源を探すところから始まり、ほとんど国内再発盤がない状況からのスタートは暗中模索であった。かかる状況では、日本語によるThe Beach Boys収集の指南や歴史など体系的に知る手段は皆無であって、あったとしても断片的であったが、間もなく答えは海外にある事に当然ながら気がつく。
輸入盤や中古レコード店にコレクター向け雑誌があり、たまたまThe Beach Boysが特集されており、おまけに世界中の個人ファンクラブの住所が掲載されていた。すかさず当方は手紙を出しまくり入会することが出来ると、ファンクラブ内で行われるレア音源の交換や既に米国で刊行されていた伝記や研究書の入手が出来、ようやく彼等の全貌が分かるとともに、コレクター道の嚆矢となった。
ほとんど徒手空拳に近い形でThe Beach Boysやオールディーズに耽溺していた当方ではあるが、ある日とある中古レコード店で見つけた雑誌の表紙がGene Vincentではないか!とよく見ると英語ではなく日本語で色々な記事で特集されており、目に付いたのがThe Beach Boys rare masters???執筆者は佐野邦彦とある、それが佐野氏との出会いの始まりであった。


その雑誌は『RAVE ON』という名前で、前身の『Back to the Rock』から続くオールディーズ研究の大きな潮流の中にあることが分かる。
巷間かまびすしい、ビートルズやロック中心史観とは異なるポピュラー音楽の宝庫がそこにあった、それを契機に音楽の趣味は完全にコンテンポラリーから背を向けてしまう結果となるが、渺渺たるものではあるが収集してきたアイテムやそこで得た知識などコラムの形で披露させていただくことで佐野氏への追辞に代えることとしたい。 

(text by -Masked Flopper- / 編集:ウチタカヒデ)

2017年11月22日水曜日

佐野邦彦氏との回想録2・鈴木英之

Jigsawは佐野さんがVANDAにコラムを発表したことがきっかけとなって、19986月にテイチクよりオリジナル・アルバム4タイトル、7月には(佐野さん選曲)新装版ベスト『Soft Rock Collection』の計5枚がリイシューとなった。当時、彼からの依頼で発売元よりサンプル盤が届き、解説の末尾には「音源を提供していただいた鈴木英之氏に感謝いたします。」とあり、自分が彼の役に立ったことをうれしく思った。

ただリアル・タイマーの私としては、当時と同じジャケットでの発売となった第4作『I’ve Seen The Film, I’ve Read The Book(邦題:愛の想い出)』以外はオリジナル・ジャケット仕様で、初めて対面する心境だった。また第6作『Pieces Of Magic(邦題:愛のマジック)』は収録曲もかなり違っていたので、違和感を覚えてしまった。とはいえ、研究熱心な佐野さんのおかげで実現したこのリイシューを喜んだものだった。

私はこのお礼として、以前彼が「価値はないんだろうけどこにも見当たらない」と言っていた日本のみ発売となったLPJourney In To Space』を「私が持っているよりも、佐野さんのところにあった方が価値はあると思う」と伝えてプレゼントした。その後、2006年にはビクターより紙ジャケ仕様で、再び佐野さん主導で(微妙に選曲が違う)4枚がリリースされ、今回ウルトラ・ヴァイヴからパーフェクト・リイシューとして全6作が発売されている。今回のリイシューでは、『Journey ~』も完全収録することになり、約19年を経てこのアルバムが役に立つことになり、本当に良かったと思っている。



ここで話を私がどのようにJigsawを知ったのか紹介させていただく。まず初めて彼らの曲を聴いたのは、FM東京(現:Tokyo FM)の「ダイヤトーン・ポップス・ベスト10」にチャート・インした「夏の歌をいつまでも(My Summer Song)」だった。当時はベスト10番組が数多く放送されていたが、この曲がチャート・インしていたのはこの番組だけだったので、新し物好きの自分としては気になる存在となった。その後、「悲しみのヒーロー(Billy Don’t Be Are Hero)」でブレイクしたBo Donaldson & The Heywoodsの第2弾「恋のあやまち(Who Do You Think Are)」のオリジナルとしてJigsaw版を聴き、完全にはまってしまい、この曲が収録された『I’ve Seen The Film, I’ve Read The Book』を手に入れたのが始まりだった。




その後も(人知れず)彼らを聴き続けたのは、第6作『Pieces Of Magic』(日本盤は『恋のクラウン~君にさようなら/ジグソー愛の詩』)に収録された「If You Have To Go Away(君にさようなら)」があったからだ。この曲は彼らにとって最後のヒット(1977年全米93位、全英36位)で、当時の音楽雑誌に「日本人作曲家がビルボード・チャートにランク・イン」と掲載されていた。なお、その日本人とは後にヒット・メーカーとして活躍する林哲司氏で、当時まだ無名だった氏の快挙は、もっと大々的に報道されてもいいはずだった。しかし、この曲の日本発売日(325日)の3日後に、ミル・マスカラスの登場テーマ(219日の試合より使用)として大評判となっていた「Sky High」がオリコンの第4位(前週11位)にランクされるタイミングに重ってしまった。そんな経緯で、この話題は一部の関係者に注目されるに留まっている。



 その後、VANDAに参加して4年目の2000年、初めて私が中心となって企画した『Soft Rock In Japan』(音楽之友社)で、ご本人と対談の機会を持たせていただき、当時の話を伺うことが出来た。またこの御縁から、彼のデビュー30周年記念企画『林哲司全仕事』(音楽之友社)のオファーを受け、この制作過程では竹内まりやさんはじめ、氏と関わりの深い著名人と対談の機会をまかせられたが、その中に「If You Have To Go Away」をJigsawに売込んだフジパシフィック音楽出版(PMP;現フジパシフィックミュージック)社長朝妻一郎氏も組まれていた。こんな夢のような体験ができたのは、ある面Jigsawのファンでいたおかげだと思っている。

 
話は佐野さんとの共同作業となったJigsaw3回目のリイシューの件に戻るが、この仕事は20176月中頃に彼から「Nさんという方からJigsaw の復刻企画について協力依頼の連絡が入るのでよろしく」というメール連絡から始まった。そして6月下旬になって、そのN氏から「BS.TBSの「Song To Soul」で「Sky High」特集が組まれており、Jigsawのメンバーへのインタビュー取材で渡英します。そこで彼らへの質問をあげていただけませんか?」という要請が入った。日程も迫っていたので、大慌てで10数項目ほどまとめてメール送信した。このことを佐野さんに連絡すると「私も10問程度連絡しましたよ。」とのことだった。その後、選曲に関する質問が何回かN氏から届き、それと入れ替わるように発売元の担当者より最初のリリースとなる3作の収録内容等についての連絡が入った。このあたりから佐野さんと頻繁にやりとりが続いた。ここでは、「収録時間をめいっぱい使う」「各アルバムには最低でも1曲は未発表を収録」を念頭に、「多分今回が最後のリイシューになると思うので、これまで収録できなかったものを全て収録」という佐野さんの意向を尊重して進めた。佐野さんはかなり意気込んでいたものの体調のすぐれない事も多く、作業は二人三脚状態で進行させた。結果、担当者より「内容がすごくわかりやすく、ファンの方への訴求力も上がった」と評価いただけるまでにまとめることが出来た。

そして、「最初の3タイトルのうち鈴木さんには『Sky High & Rera Trucks~』の解説をお願いしたい。」との依頼を受けた。佐野さんからも「僕よりはるかにマスカラスに詳しいはずだから適任だね!」と連絡を受けた。ただ、私が佐野さんレベルに仕上げるには当時のプロレス情報が希薄だったので、当時のプロレスに詳しい従弟について話を聞くも、「マスカラスは全日(本)だろ?俺、猪木の新日(本)派だから、そんなに詳しくないよ。でも、「Sky High」のシングルは持ってるけどね」と、ただ「登場テーマは、マスカラスよりもモハメド・アリと猪木戦(1976年)のアリが最初だよね。」など興味深い話が確認できた。また、「Sky High」発売当時にテイチクでJigsawを担当者されていたS氏を紹介いただき、「マスカラスのテーマは当初全日本プロレス・サイドが、発売元に無断で使っていた」等、当時の真実を伺うことが出来た。さらに、19761977年の時代背景の文献をあれこれ調査し、無事「リアル・タイマー」らしい内容の原稿をまとめる事が出来た。
                 

その後は、ラフ原稿のチェックに入り、当初よりこだわっていたジャケットや画像レイアウトについて要望を入れ、9月初旬どうにか完成に辿り着いた。この完成サンプルCDが届く前、佐野さんから連絡があり、その際にライナーには文字数の都合で書けなかった諸説内容を伝えた。それを聞いた佐野さんから「そんな面白い話、企画書を作ってメディアに売り込まないとだめだよ!」とはっぱをかけられてしまった。
そして、「次回の発売は11月だけど、曲目さえ決まれば書き始めたい。遅れるほど体調が悪くなる可能性が高いので早くにスタートしたい。今回のような泥縄にならないようにしてほしいと、鈴木さんから担当者によく頼んでください。」と伝言を受けた。ということで、その第2回発売分のJigsaw回顧録は、次回に回して完結にさせていただくことにする。




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