2016年11月17日木曜日

☆Pink Floyd:『The Early Years 1965-1972』(Parlophone/190295950255)10CD+8Blu-ray(+9DVD+5EP)


さて、もうこれ以上ない凄いものが出た。あまりのヴォリュームに頭がクラクラする。こういった今まで聴いたことも見たこともない音楽と映像の両方を集めたボックスのアーカイブはこのピンク・フロイドぐらいだろう。シド・バレット時代から『狂気』未満までの未収録音源とほとんど初登場の映像を恐ろしいまでに集めて収録した。Blu-rayDVDは同じものなので、本ボックスはCD10+Blu-ray8枚のボックスと言って良い。音源も凄いが、映像の方がより凄い。というのもコンサートを丸ごと収録というものはなく、ほとんどが各国のテレビで放送されたスタジオ・ライブやPVなのだ。これはファンにとって最高の贈り物で、大枚払う価値は十分過ぎるほどある。本ボックスの次のアルバムは『狂気』であり、こちらは既に様々な音源を集めたボックスが発売済みだ。要はこのボックスで極端な話、ピンク・フロイドは完成する。自分はピンク・フロイドに1970年に出会ってからのファンだが、こうやってボックス全部を紹介するにあたって、自分の趣味趣向が反映されるので、その事だけあらかじめ書いておきたい。まず自分はシド・バレット時代のピンク・フロイドに思い入れがない。次の「A Saucerful Of Secret」は大好き、『Umagumma』はライブ・サイドは大好きだが、あまりに前衛的なスタジオ・サイドは大の苦手。そしてロジャー・ウォータースが不満を言おうが自分にとってピンク・フロイドに目覚めた『原子心母』こと『Atom Heart Mother』は燦然と輝く最高傑作。『Meddle』も大好きだが『Atom Heart Mother』が劣るとは思わない。そして『The Dark Side Of The Moon』も明らかな最高傑作。今までの試行錯誤は全てここに結実したと言える。以降のアルバムは『The Wall』を頂点に評価は高いが、もう本ボックスのような素材までは集めたいと思わない。サントラの『More』と『Obscured By Clouds』は、それぞれ光る曲があり、個人的には後者の方が好きだが、サントラなので同一視はできない。こういう偏見で紹介させていただこう。

このボックスは7枚の箱に分かれていて、ここで明確に区別される。

まずはセット1でシド・バレット時代の音源が集められている。時代はCDの冒頭を除き全て1967年。CD2枚で、ディスク1の最初の6曲は1964年から65年にロンドンのデッカ・スタジオでの録音で、昨年『1965 Their First Recordings』で公開された初期キンクスやストーンズのようなR&Bタッチのロック・ナンバー。他に1stアルバム未収録シングル曲の他、2010年にリミックスしたバレットの曲が並び有名な未発表曲「In The Beechwoods」「Vegetable Man」「Scream Thy Last Scream」がオフィシャル初登場。この時期の「Jugband Blues」も初。最初の曲はインストで洒落たコードを使っていて面白い。他の2曲はいかにもバレット。CDのディスク2はスウェーデンのストックホルムのクラブのゴールデンサークルでのライン録音のライブが7曲。ただしヴォーカルは入っていない。演奏の迫力と質は最高で、スタジオ録音よりはるかにロックであり、バレット時代のベストではないか。あのポップな「See Emily Play」が重厚なロック・サウンドになっていて驚かされた。その他は前衛アーティストのジョン・レイサムとのセッション9曲が並ぶが、前衛音楽であり個人的にはまったく興味がない音源。映画用に作られたが映画自体未発表で終わる。ヨーコ&ジョンのザップル作品といい、前衛音楽は自分にはまったく不要だ。

本ボックスの目玉はCDではなく映像であり初見のものが多い。基本的にBlu-rayDVDが入っているが全く同じもので、どちらにも対応できるようにしているというある意味無駄な作りだ。

セット1の映像は、カラーで画質もよくサイケデリックなインストを演奏し続ける「Nick’s Boogie」、演奏はないが冒頭でバレットが変な漢字のハッピを着ている画質の良いモノクロの「Arnold Layne」のPVは聴きやすい。ナレーションが入りサイケな演出が入るBBCThe Look Of The Week』の「Astronomy Domine」はまあまあ。演奏がないPVだがカラーで画質が抜群によくOut Takeと合わせて2通り撮影された「The Scarecrow」、リップシンクのカラーPVJugband Blues」、モノクロのリップシンク「Apples And Oranges」などレア映像のオンパレードだが、曲が面白くないなあ…その点、画質は悪くても『Top Of The Pops』でのリップシンクの「See Emily Play」は嬉しい。その他は前衛音楽だったり、映像がアメーバ状だったりで、個人的に苦手。

続いてのセット2は1968年の音源。CD1枚で冒頭の4曲はリーズナブル。シングルのみでコンピでしか聴けない5枚目のシングル「It Would Be So Nice」「Julia Dream」と7枚目の「Point Me At The Sky」「Careful With That Axe,Eugene(Studio Single Version)」が冒頭の4曲。次の2曲はLA822日に録音された未発表トラックで「Song 1」「Roger’s Boogie」は、前者がマイナー調の『More』っぽいインスト、後者は前半がア・カペラの歌の実験的なもの。そしてBBC625日収録の3曲で、最初の2曲はタイトルは違うが「Careful With That Axe,Eugene」と「A Saucerful Of Secret」。そして「Let There Be More Light」は演奏がシンプルかつ間奏のデイブ・ギルモアのギターがロックっぽく「Eight Miles High」みたいで面白い。「Julia Dream」は間奏の幻想的なギターがない。そして1220BBC収録の「Point Me At The Sky」「Embryo」「Interstellar Overdrive」もスタジオ・ライブなので、既発表ものと違う。「Point…」はキーボードが薄いし「Interstellar…」はイントロがリフではなくキーボードとまったく違う。

さて肝心な映像は、まず218-19日にベルギーのブリュッセルのTVで放送されたモノクロの7曲で全て音はレコード、バレット時代の曲が多いがギターはギルモアだ。この中で、スタジオでリップシンクながらライブのような映像は「Corporal Clegg」「Set The Controls For The Heart Of The Sun」でこれがベスト。ちなみに「See Emily Play」は野外でのコミカルな最も見たことのあるPV。別番組だがベルギーで同時期放送の「Apples And Oranges」はリップシンクの演奏ものだが曲に合わせておふざけ気味。そしてこのボックス2で最高の映像がカラーで220日パリで放送されたリアル・ライブの4曲だ。その曲が「Astronomy Domine」「Flaming」「Set The Controls For The Heart Of The Sun」「Let There Be More Light」で選曲も素晴らしい。ニック・メイスンのドラミングがなんともカッコ良く、レコードよりよりロック色が強く文句なしだ。他映像処理されている曲は省略で、4月にローマで放送されたカラーの「It Would Be So Nice」は1分半もないがリップシンクの演奏もので存在自体珍しい。5月にローマで放送された「Interstellar Overdrive」はギルモアがいない別録音の演奏で、ギターがいない違和感があるが迫力があって聴きもの。レコードでは2分半ぐらいに出てくる通信音みたいな奇妙なリフだが、冒頭でロジャー・ウォータースがベースで弾いていて、弾き方にも驚かされた。8月にベルギーで放送されたモノクロでリップシンクの「Astronomy Domine」にもギルモアは映っていない。そしてここから先はギルモアも入って4人での演奏になる。9月にパリで放送されたモノクロでリップシンクの「Let There Be More Light」「Remember The Day」はスタンダードな映像ながら好きな「Remember The Day」が珍しいので嬉しい。もう一つの目玉の10月のパリでの「Let There Be More Light」「Flaming」は、カラーで観客も入ったライブで内容が素晴らしい。前者は重量感が増して迫力あるロック・ナンバーになっており、後者も好きな曲ではなかったがライブでは聴ける曲になっていた。そして「Let There Be More Light」はスタジオ・ライブで11月にパリでカラー放送、さらにテンポが遅くヘヴィな演奏になっていてさらにロック。このディスク2のピンク・フロイドのライブ映像はロック色が強まりレコードより魅力的な演奏を聴かせてくれていた。

セット3のCD1969年の『More』『Ummagumma』関連中心である。CDのディスク1はまず『More』のアウトテイクが4曲。2曲の別ヴァージョンはよりビートが効いたもの、「Hollywood」はマイナー調インスト、「Seabirds」は曲ではないBGMで、まあ全て内容はどうでもいい代物だ。間に「Embryo」が挟まるがハーベストのサンプラー『Picnic』のみ収録されていたオリジナルで、この曲の為にコンピの『Works』を持っている必要はなくなった。そして512日のBBCセッションで、『More』から「Cymbaline」「Green Is The Colour」、『Ummagumma』から「Grantchester Meadows」「The Narrow Way」と「Careful With That Axe,Eugene」。最初の3曲はアコースティック色が強いのでスタジオ・ライブでも大きく変わらない。「The Narrow Way」は歌の入ったPart3。これは曲がつまらない。「Careful…」はたった3分半で特徴的なベースのリフがなくロジャーの叫ぶ声もない。残るは89日のアムステルダムでのライブで「Interstellar Overdrive」は後半のギルモアのギターはいいが幻想的なオルガンが長いのでいまひとつ。他はこの時代のライブ定番「Set The Controls For The Heart Of The Sun」「Careful With That Axe,Eugene」「A Saucerful Of Secrets」の3曲で、おそらくロジャーの叫び声や裏声のコーラスはあったんのだろうがこの録音には入っていない。演奏に迫力があって新鮮。CDのディスク2はこの時代ピンク・フロイドが完成しようとしていた『The Man』と『The Journey』という2つの組曲で917日のアムステルダムで披露したものが収録されている。どちらも『A Saucerful Of Secrets』『More』『Ummagumma』からの曲も使っていてこの時代の産物と分かる。『The Man』は7曲で、「Afternoon」が後に『Relics』でホーン入りのものが収録されたジャズ風で洒落たフレーズもある「Biding My Time」のことで、「Daybreak」は「Grantchester Meadows」、「Nightmare」は「Cymbaline」で、アルバムのものとは違うテイク。残り「Work」「Doing It」「Labyrinth」パーカッションだけ、「Sleeping」は即興の幻想的なインストでまさに『Ummagumma』のスタジオ・サイド、まったくつまらない。一方の『The Journey』は8曲で、「The Beginning」は「Green Is The Colour」、「Beset By Creatures Of The Deep 」は「Careful With That Axe, Eugene」、「The Narrow Way Part3」はアレンジは違うがタイトルは同じ、別の曲と言っていいほどアレンジが違うが「The Pink Jungle」は「Pow R. Toc H」、そして「The End Of The Beginning 」は「A Saucerful Of Secrets」の最後のオルガンのパートをアレンジしたもの。他は「The Labyrinths Of Auximines」は『More』でも出てきそうなBGM風曲、「Footsteps / Doors」はパーカッションのみ、「Behold The Temple Of Light」はギターコードを発展させたインストで、これも既発表の曲以外、どうといった内容ではないのでボツになって当然だっただろう。

さて映像へ移ろう。122日のパリでのモノクロのリップシンクのライブ「Set The Controls For The Heart Of The Sun」「A Saucerful Of Secrets」は編集で短くなっている。414日ロンドンのロイヤル・フィスティバル・ホールは『The Man』のモノクロのリハーサル。「Biding Time」を最後までジャズタッチで演奏した「Afternoon」、アコギの弾き語りの「Cymbaline」は非常に聴きやすく、「Beset By Creatures Of The Deep 」はベースパターンも変えて「Careful…」のイメージから遠いアレンジ、「The End Of The Beginning 」はまさに「A Saucerful Of Secrets」の最後の部分だった。続く1011日ドイツのエッセンでのモノクロのライブの「Careful With That Axe,Eugene」「A Saucerful Of Secrets」は出来が非常に良くいよいよ60年代ピンク・フロイドのライブが完成した感がある。前者は幻想的かつ迫力満点の演奏で、ロジャーの叫びの後のギルモアのアドリブのヴォーカルも聴くことができる。後者は幻想的な部分とロック的な部分のメリハリがはっきりつくようになり、エンディングにもコーラスの代わりにギルモアのヴォーカルが入って完成度が増した。そして本映像のメインの1025日のベルギーでのライブはカラー、まずは「Green Is The Colour」からスタート、「Careful With That Axe,Eugene」「Set The Controls For The Heart Of The Sun」の2曲になるがこの「Careful With That Axe,Eugene」はこのセットだけでなく、本ボックス全体の中でも最高クラスの出来のライブだ。あのロジャーの叫びまでにロジャーは4Come Onとつぶやき期待値はマックス、そこでロジャーの叫び声は今までに聴いたことがない全力の叫び声でまさに断末魔、それが5回も入るのだ。これほど狂気に満ちたこの曲のライブを聴いたことがない。曲が終わったあとのロジャーの放心した顔がライブの凄さを物語る。「Set The Controls For The Heart Of The Sun」のライブもニックのドラムと共に全ての楽器が極限まで重なり合いその迫力はまさにピンク・フロイド。本当に素晴らしい。最後はフランク・ザッパが飛び入りし、メインのギターを弾いた「Interstellar Overdrive」で終わる。演奏もザッパのギターも非常に素晴らしいが、ギルモアの弾くフレーズとはイメージが明らかに違うので、これはライブならでは産物ということだ。

セット4のCD1970年、いよいよ個人的に最も思い入れがある『Atom Heart Mother』の登場だ。そしてディスク1はいきなり1120日にスイスのモントルのライブの「Atom Heart Mother」から始まり度肝を抜かされるだろう。この曲のレコードはオーケストラとコーラス隊が入っているので、ライブではメンバーの演奏だけのバンド・ヴァージョンと、オーケストラ等を招いたオーケストラ・ヴァージョンがあり、こちらはバンド・ヴァージョン。レコードは23分あるがコーラス隊の部分などそいで18分でまとめているが迫力があってなおかつ抒情的でピンク・フロイドの最高傑作のひとつといっていい。ロジャーは嫌いらしいが、ロン・ギーシンにオーケストラ部分を書いてもらったのが嫌なのだろう。まあ偏屈なロジャーのいう事、まともに聞く必要などない。続いて716日のBBCのセッションが6曲でこちらのリアル・ライブで最高の出来だ。まずは「Embryo」、スタジオの倍以上の11分の大作となっていて、当時のこの曲へのメンバーの思いが感じられる。曲自体は中間部に幻想的なパートが入るが基本はオーソドックスな曲。アルバムからは「Fat Old Sun」で後半はヘヴィになる。「Green Is The Colour」は牧歌的な仕上がり。そして「Careful With That Axe,Eugene」の登場だ。ライブでの狂気は無いが、やはりロジャーの叫びに向かっての盛り上がりといいこの曲には異様なパワーがある。まさに代表曲のひとつ。再びアルバムから最もシンプルかつ美しい「If」を挟んで、再び「Atom Heart Mother」が登場する。今回はホーン・セクションにコーラス隊が入ったオーケストラ・ヴァージョンで、レコードに近いサウンドが再現される。メインテーマのあとがチェロではなくホルンになるが、どのパターンでもこの後のギルモアのスライド・ギターが美しい。R&Bパートのあとのミュージック・コンクレートの部分もこのヴァージョンに入るので総尺が25分、しかしまったく飽きさせない。

続いてディスク2は1970年の映画「砂丘(Zabriskie Point)」のサントラ。ピンク・フロイドはサウンドトラックを担当しながら、レコーディングした16曲中3曲しか監督のミケランジェロ・アントニオーニは使用しなかった。2010年の同名のサントラにはその3曲とボーナストラックの4曲が入っていたが、この16曲は全曲初音盤化だ。冒頭と最後でコーラスの歌が入る「On The Highway」と「Climbing High(Take1)」(サントラのTake1と書いていないものとは別テイク)は爽やかで、そして5つのアレンジによる洒落たインスト「Love Scene」(サントラの2つを入れると計7曲)もあれば、ロックンロール、ヘヴィなR&Bもあり、変幻自在。「Explosion」は叫びといい明るいタッチの「Careful With That Axe,Eugene」(サントラの「Come In Number 51, Your Time Is Up」とは別物)、ピアノ主導の「The Riot Scene」は後の『The Dark Side Of The Moon』で「Us And Them」になっている。「Take Off」は「One Of These Days」の原型だろう。最後に収録月は不明だがスタジオで1970年に録音したというバンド・ヴァージョンの「Atom Heart Mother」が登場する。セット4で3回目、冒頭のバンドのライブより2分半長い。どこか違うかというとエンディングでテーマが再度登場するが最初のライブは勇壮な演奏が1回だけで終わるのに対してこちらは1度収束してあの抒情的な3連符の部分が出てきて再び勇壮なテーマになるのでその部分が多い。ただ完成度的には最初の方が上で、中間部の抒情的なパートにファルセットのコーラスを入れたり、細かい工夫があった。

ではセット4の映像だ。ラストを除き全てカラー映像である。最初に430日のサンフランシスコのライブでまず「Atom Heart Mother」がバンド・ヴァージョンで登場するが映像がアメリカの穀倉地帯か何かの空撮が延々続きつまらない。ただしCD最後の初期のものではなく前半の抒情的な部分ではメンバーの姿が映りファルセットでコーラスを担当する様が見える。また空撮になるが後半のR&B風の後半からメンバーの姿が再び登場、エンディングは短く、やはり初期のライブ構成ではない。次の「Cymbaline」「Grantchester Meadows」「Green Is The Colour」は歌っているギルモアのアップが多く(「Grantchester Meadows」はロジャーとの掛け合いだが)ここではロジャーへのカメラがかなり少ないのに気づく。「Careful With That Axe,Eugene」は肝心な部分で映像が反転とかサイケデリックな処理をされてガッカリ。「Set The Controls For The Heart Of The Sun」ではいよいよ盛り上がる部分でロジャーが銅鑼を叩くようになりさらにこの曲は盛り上がるようになった。続いて88日のフランスのサントロペでの「Cymbaline」のサウンドチェック。誰もいない会場でメンバーはみな上半身裸でロジャーにいたっては海パンだけだ。Summer Of Loveというべきか自由な時代が伝わってくる。続いてバンド・ヴァージョンの「Atom Heart Mother」が前半の抒情的なファルセットの部分から登場。続く「Embryo」は完奏する。中間の幻想的なパートはリック・ライトが大活躍だ。「Careful With That Axe,Eugene」ではロジャーの肝心な絶叫シーンはみなニックのドラミングを裏から撮るカメラで、この頃のカメラアングルの酷さを痛感する。「Set The Controls For The Heart Of The Sun」はやはり盛り上がる部分でロジャーが銅鑼を叩くので、この曲はこの時代がベストの演奏をしている。ただしこのサントロペのライブも強いライト越しのアングルで画面が暗く、雰囲気優先の演出が残念だ。内容が素晴らしいのにカメラ演出が古臭くて…。そのあと125日パリでの即興演奏「Instrumental Improvisations」と短い「Embryo」が挟まる。さていよいよ最後は718日ロンドン・ハイドパークでの「Atom Heart Mother」のライブで、ここではオーケストラ・ヴァージョンで全て見られる。バンドの目の前にフィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルが演奏をフォロー、コーラスはメンバーの後ろにジョン・オリディス・コワイアが控える。残念ながらモノクロで画質もイマイチだが一切の映像処理がないのがいい。レコードの完全再現ができるので、エンディングのアンサンブルがいったん出たとのリックの不協和音のようなキーボードのあとのしばらくのミュージック・コンクリートはリックのテープ操作で流れ、そこに最後はブラスが被って、最後にピンク・フロイドと合わさって勇壮なエンディングで大団円へとつながっていく。21分という長尺で、ピンク・フロイドのライブの頂点だろう。残念なのは最後がフェイドアウトだ。

なおこのセット4のみBlu-ray1枚なのにDVD2枚、尺は短いし内容は同じなのに理由は不明だ。Blu-rayDVD1に音だけの『Atom Heart Mother』の4.0 Quad mixが収録されていたが、私にとってはレコードと同じ音源なのでどうでもいい。

セット5は1971年。CDはたったの5曲で930日のBBCセッションが収録された。最初は「Nothing Part 14」と名付けられた「Echoes」のキーボードと「One Of These Days」のベースが合わさったような作品で7分ある。そのあとは「Fat Old Sun」で後半はロック。やっと「One Of These Days」が登場、この曲は日本で当時ヒットしたことを抜きにしても今聴いてもカッコいいロック・ナンバーでワクワクしてしまう。ここでまた長い「Embryo」が登場、ピンク・フロイドの並々ならぬ愛情を感じるが、次のメンバーの誰もが傑作と言い切る「Echoes」に雰囲気や構成が似ている気がしないでもない。そしていよいよ26分半の本命「Echoes」が登場する。これだけ長尺の曲なのにキャッチーなコーラス部、R&Bタッチの演奏パート、幻想的なパート、「One Of These Days」のベースを使って盛り上げるロックパート、そしてコーラス部へ戻るとまったく飽きさせない。アルバム『Meddle』が今でも高い人気を誇るキーの曲だ。

セット5の映像は1971年で表記のあるもの以外カラー。まずは断片なのが惜しいドイツのハンブルグでの225日のブラスとコーラスを従えた「Atom Heart Mother」が最初と最後に映る。セット4最後のイギリスのブラスより明らかに上手なので全編が見られなくて惜しい。「A Saucerful Of Secrets」も断片のみ。続いて615日のフランスの教会内での「Set The Controls For The Heart Of The Sun」はロジャーの銅鑼でもりあがっていく1970年以降のヴァージョンだが、画質の良さ、正統で均等に向けられるカメラ、そして演奏の質の高さでこの曲のベスト映像だ。続く「Cymbaline」も同様だ。71日オーストリアのTVでが、ブラス・コーラス付のモノクロの「Atom Heart Mother」が見られるが残念ながらこれもコーラス部の断片のみ。しかしボーナス・マテリアルで再登場した映像はカラーで収録され、三連符に入る部分からの映像がモノクロより長く見られる。ただ三連符の部分がチェロなので音はレコードからだろう。さらにオーストラリアのシドニーのTVでは「Careful With That Axe,Eugene」のロジャーの絶叫からの断片がモノクロ。こういう断片物はみなメンバーのインタビューとセットだ。

そしていよいよ本ボックスのメイン・イベント、197186-7日の日本初来日の箱根アフロディーテの映像だ。中1の時の思い出から語ろう。当時購読していたミュージック・ライフの「プログレッシブ・ロックの旗手 ピンク・フロイドとムーディー・ブルース」という記事を読んでまずはムーディー・ブルースの「Candle Of Life/Question」のシングルを買って大満足、しかしピンク・フロイドにはシングルがない。中学1年生にとってLP1枚は今の1万数千円の値段なのでおいそれを手が出せないがどうしても聴きたい。三軒茶屋にあった今はないスミ商会というレコード店に行くとピンク・フロイドの最新盤『原子心母』が壁にかかっていた。ジャケットには乳牛だけが写っていてグループ名もアルバム名もそこにはなく、帯でピンク・フロイドと分かるあまりに斬新なデザインに、これは買いしかないと確信した。A面の組曲「Atom Heart Mother」などにすぐに夢中になり附属中学の仲間と人(中や、坂本)と行く計画を立てた。ピンク・フロイドが登場する時間からいって、泊りがけは必須。しかしまだ中2だったので親の反対にあい泣く泣く諦めた。幸い翌1972年にピンク・フロイドは再来日、東京体育館のチケットを同級生の熊谷の父親からもらって見に行くことができた。2部構成で、第一部の冒頭でThis is our new numberとアナウンスがありいきなりまだ発売されていない『The Dark Side Of The Moon』を全曲披露して度肝を抜かれた。この時のものはプロト・タイプで、レコードで聴いた時は「これは少し違うな」と思ったもの。それだけピンク・フロイドには思い入れがあったので、箱根アフロディーテの映像が見られるなんて45年来の夢、高額な本ボックスを購入した決め手はただひとつ、「箱根アフロディーテ」の映像だった。箱を開けて真っ先に見たのはこの映像だ。前から流布していた来日時のオフショットやインタビュー、そして会場での演奏風景は同じものがあり、ブートを買わない自分としてはどこが初登場なのか分からないが、曲は一番好きな「Atom Heart Mother」であり、画質が悪かろうがもう心から満足できた。インサートされた羽田空港とJAL、空港でのメンバー、箱根登山鉄道、芦ノ湖の遊覧船、大涌谷のロープウェイ、そしてホテル(おそらく記者会見を開いたホテル・ニューオータニ)、一番気難しいと言われたギルモアは笑顔でファンが差し出した『原子心母』のジャケットにサインをしている。そして芦ノ湖畔の会場と集まる大観衆、こういった素材が箱根アフロディーテと大きく書かれたステージの上のピンク・フロイドの演奏シーンと何度かオーバーラップする。演奏シーンと曲はシンクロはしていない。そのうち会場に霧が下りてくるシーンが映る。「これが伝説の箱根アフロディーテでピンク・フロイドが演奏している時に出てきた霧か!」とこのワンシーンでも感動。「Atom Heart Mother」はバンド・ヴァージョンで15分余を完奏。これだけで十分だ。映像の最後にテレビ埼玉のリクエストの文字が出たので、この映像は一部、TVで放送されたことは間違いない。

セット6のCDの内容は1972年『Obscured By Clouds』の2016 Remixなので省略。これを聴くと1969年の『More』や今回初収録1970年の「砂丘(Zabriskie Point)」から2年で曲作りとサウンドが遥かに洗練されたのは驚異的だ。このCDは日本盤では最初から入っていたディスクと差し替え用で入っていたのだが、セット6で最初に『Obscured By Clouds』のタイトルで入っていたのは『Live At Pompei』であり、セット6Blu-rayに映像付きで5曲入っているが、この「間違いCD」はさらに35秒長く叫び声も違う「Careful With That Axe,EugeneAlternative Take)」まで入っていた。交換不要なので1枚得した勘定だ。内容は映像の方で。

映像は1972年で、まずは『Obscured By Clouds』関係のモノクロ&カラー映像でスタジオシーンがうつるのみ。729日のロンドンの「Set The Controls For The Heart Of The Sun」「Careful With That Axe,Eugene」のライブで、前者は演奏も演出もさらに磨きがかかり、最も盛り上がった部分のロジャーの銅鑼の最後には銅鑼の回りから火が出る演出でさらに盛り上げた。後者もさらに完璧な演奏で文句の付けようがない。そしてバレエとピンク・フロイドの融合という「ピンク・フロイド・バレエ」は11月に行われたそのニュース映像が収録。バレエダンサーの上でピンク・フロイドが演奏している。断片だが「One Of These Days」「Careful With That Axe,Eugene」「Echoes」を歌っているシーンが幾つかはっきりと見ることができた。そしてビデオ化されていたあの『Live At Pompei』が最高の画質で収録されたのが嬉しい。録画は1971104~7日にイタリアのポンペイ遺跡で「Careful With That Axe,Eugene」「A Saucerful Of Secrets」「One Of These Days」「Set The Controls For The Heart Of The Sun」「Echoes」と60分弱もあり、「A Saucerful Of Secrets」など実際の演奏の過程が分かるものもあって素晴らしい。演奏はこの5曲も完璧、非の打ち所がないライブ演奏(観客はいない)で、メンバーの演奏シーンにポンペイ遺跡のシーンやその他のシーンを挿入しているが、メンバー演奏シーンを基本にしているので見やすい。

最後のセット7だがこのセットは1から6に入りきれなかったものを収録したので時代はメチャクチャである。CDではまずバレット時代のBBCライブが並ぶ。1967925日の6曲で、「Flaming」「Scarecrow」「The Gnome」「Matilda Mother」は録音も良く完奏。「Reaction in G」は断片、この時代にこの曲があったのかと驚かされた「Set The Controls For The Heart Of The Sun」は音質が悪い。19671220日のBBCは未発表の「Scream Thy Last Scream」「Vegetable Man」と「Pow R. Toc H.」「Jugband Blues」はレコードやセット1に比べスタジオ・ライブなのでシンプル。1968122BBCは後に『Ummagumma』の「The Narrow Way Part 1」で使われたインスト「Baby Blue shuffle In D Major」と、いかにも即興のR&Bインスト「Blues」、マンフレッド・マンのポール・ジョーンズ主役の1968年の映画『The Committee』のサントラ用のインスト「Music from The Committee No.1」「Music from The Committee No.2」と、1969BBCTV用「Moonhead」は未発表で、前者はいかにもサントラ用の軽いインスト、後者は音質は悪いが人類初の月面着陸に合わせてピンク・フロイドが即興で演奏した彼ららしい幽玄な曲だった。ラストは1974年イギルスのウェンブリーでの24分を超す「Echoes」のライブで、サックスが入っているのが面白い。

映像は2枚ありディスク1には19675月にロンドンで放送された演奏なしの「Arnold LayneAlternative Version)」、1969722日にドイツで放送された演奏なしの「Corporal Clegg」と演奏シーンも含めた「A Saucerful Of Secrets」はどちらも音源はレコード。70年にイギリスのバースでのライブにホーン・セクション&コーラス付きで出演した「Atom Heart Mother」の一部、1970728日にオランダのロッテルダムのライブに出演した時の「Set The Controls For The Heart Of The Sun」と「A Saucerful Of Secrets」の一部を集めたものは画質はイマイチだがカラー。1972522日にオランダのアムステルダムのライブに出演した時のナンバーは「Atom Heart Mother」「Careful With That Axe,Eugene」「A Saucerful Of Secrets」で、「Atom Heart Mother」はバンド・ヴァージョン、カットは無いが回りの話し声が入ったりカメラが1カメでふらついていたりと完全なオーディエンス画像。1972年という最も充実した時代のライブなので、ブートを商品化したのは英断だ。ディスク2は映画『More』と映画『LaValleeObscured By Clouds)』が丸ごと収録され、カルト映画ファンにはたまらない贈り物だろう。

あとコロンビア時代の初期アナログ・シングル5枚のオマケあり。(佐野邦彦)


 


2016年11月16日水曜日

☆Rolling Stones :『Havana Moon』(Eagle Vision/EVB335549)Blu-ray+2CD


今年の325日、アメリカと劇的な国交回復した社会主義国キューバに、自由の象徴と言えるローリング・ストーンズが一夜限りのコンサートを行った。なんと集まった観客は120万人!どこまでも広がる人の波に、ストーンズにとっても特別の思いのあるコンサートになった。アメリカの54年に及ぶ経済制裁は、ある意味キューバの時間を止めた。それまでアメリカの植民地のようだったキューバは、社会主義革命でアメリカと国交断絶、その当時町に溢れていた数多くのアメ車は買い変える方法も金もないのでそのまま大事に維持するしかなく、今になればキューバの町中がレトロなアメリカのクラシック・カーで溢れ、タイムスリップしたかのような非常に魅力的な光景が味わえる。ただ冒頭で、俯瞰で映るハバナの街並みは老朽化が進み、まるでスラム。ただ南国の良さというか、キューバの社会主義は、ソ連式の抑圧、中国式の拝金、北朝鮮の王朝ではなく、おおらかで、やる気が乏しい反面人生を謳歌しているようで、暗さがない。リズムがあれば体が動くラテンの血。ストーンズのロックはもちろん初体験になるわけだが、みな心から楽しんでいるようだった。ストーンズも他に類を見ない大観衆を前に、歌も演奏も超人的なパワーを発揮し、特に73歳のミックとキースのエネルギーとスマートさには驚くばかりだ。(先日、ついに長編アニメーションをスタートさせる宮崎駿は75歳、神様はその道のトップで意欲のある人だけに力を授けてくれるようだ)曲はBlu-rayCDともに18曲収録され、これは2月からチリ、アルゼンチン、ウルグアイ、ブラジル、ペルー、コロンビア、メキシコ、キューバと続く中南米ツアーと同じパターン。共通するのはアンコールの「You Cant Always Get What You Want」「Satisfaction」で、セットリストも「Jumpin’ Jack Flash」「Its Only Rock’n’ Roll」「Paint It Black」「Out Of Control」「Honky Tonk Women」「Tumblin Dice」「Midnight Rambler」「Miss You」「Gimme Shelter」「Sympayhy For The Devil」「Brown Sugar」「Start Me Up」はずっと共通でその他の曲が変わる。曲順とかはハバナ前の317日のメキシコシティのものが似ていて「You Got The Sliver」「Angie」は同じで、「Before They Make Me Run」「All Down The Line」がハバナ用に歌われた。みないい出来だが、個人的にはキースとロンのボトルネックのブルース「You Got The Silver」がカッコ良かった。ハバナ用と言えるのは、「You Cant Always Get What You Want」のコーラスがキューバのコーラスグループEntrevocesを使っていたこと。「Satisfaction」のあとのカーテンコールが非常に丁寧で長いのにストーンズのコンサートへの思いが感じられた。最後にひとつ。これだけの大観衆なのに会場の光が少なく寂しく見える。お隣の国の大統領退陣デモは26万でもクリスマス・イルミネーションのような光の波。これはスマホを持っていてそれを光らせているかの差で、キューバの貧しさをふと思った。楽しそうなのでいいけどね。(佐野邦彦)

2016年11月7日月曜日

☆「手塚治虫表紙絵集」(玄光社)


「手塚治虫表紙絵集」は、これはマンガファン、特に手塚ファンにとっては涙ものの本だ。フルカラーで掲載1200点以上。この本に掲載された本の総額は数千万円は間違いなく、逆に1億払っても揃えられない、要は幾ら払っても手放すコレクターがいないウルトラ・レア本がずらりと揃っていて驚いた。単行本の表紙は時系列に並んでいるので前半にそのウルトラ・レア超高額本が揃っている。これらは拝むだけでいい。出版社の変更、そして初版・再版・3版で表紙も裏表紙も完全に変わっている単行本がいくつかあって、手塚治虫の大ファンだが手塚コレクターではない自分にはこの昭和20年代の単行本はとても手が出せない高値の花だったので初めて見たものもある。

自分がマンガに目覚めたのは遅く、高217歳、1974年の時だ。体調が悪く自分が病気と思い込みあらゆる病院を回っていた。ドクターショッピングだ。心身症になってしまったので、治らない。高校は病院へ行くので欠課の嵐、高2、高3でそれぞれ200時間以上欠課していた。よく卒業させてくれたものだが、大病院の待ち時間は長く、そこで何か時間つぶしで楽しく読めるもの…と思い、自分のお金で最初に買ったマンガ単行本が「W3」だった。理由はアニメは見なかった(裏番組が『ウルトラQ』だったのでほとんど見た人がいない不遇なアニメ)がタイトルを知っていたから。さて読みだしたらあまりの面白さに順番待ちなんて逆に早く呼ぶなと思うほどで、最後のタイムパラドックスの絶妙なエンディングに、感動で震えてしまってマンガって何て面白いんだ、手塚治虫って天才だとその日から手塚マンガを貪るように買って読み始めた。手塚作品の中でも最も好きな本を最初に買ったなんてこれは運命としかいいようがない。まだ講談社の手塚治虫漫画全集が出る前だったので秋田書店と朝日ソノラマしか単行本がなかったがそこで「ノーマン」「どろろ」と未だに手塚マンガで好きなトップ5に入るマンガを読めたのでますます夢中になる。この当時、ある程度揃っていたのは小学館の手塚治虫全集で1968年~72年に40冊出たが既に絶版、虫プロ商事の倒産で虫コミックス7冊の市場から姿を消し、絶版になったばかりなのに既に古本屋では高かった。まあ中目黒の書店兼貸本屋みたいな店で店の隅の最下段で見られない棚に手を突っ込んだら大量の虫コミックスが出てきて定価で買えることもあった時代だった。思い出すのは、期末試験の時に気分転換にとふと「火の鳥」を読みだしたら、再読なのにあまりの面白さに止まらなくなり、朝になってしまって、勉強できなかった上に徹夜なってしまった失敗談だ。長編に手を出しちゃいかんね。

自分は手塚の入手できる本を買えるだけ買ったあと、その頃、渋谷のディスクポートの本屋で買っていたので手塚の隣が石森章太郎、そのとなりがちばてつやで、絵柄が1968年までが好みと分かりそれ以前のものは手塚と同じく面白く大好きで一気に集めたが、ただ手塚が違うのはどの時代も全て面白かったところだ。手塚は講談社の手塚治虫漫画全集400巻が1977年から始まり、手塚はこれで読めると、古本のコレクティングは他にシフトしていく。というのもすっかりマンガコレクターになった自分は、古くは水野英子、新しくは吾妻ひでお、諸星大二郎、大友克洋や、萩尾望都などの24年組の少女漫画など集めるようになっていたので、高額な手塚治虫本に手を出せなかった。高校卒業後3年間も大学に行かず、友人達と毎日古本屋、貸本屋を回っていたが、勝負はその頃週に1度デパートで開催された古書展だった。ここではオリジナル単行本や雑誌が当時の古本屋より安価で買えたし、何より出る時は大量に手に入った。(今は高額な60年代のミュージックライフやティーンビートも数百円だったので、今考えるともったいないが、音楽雑誌は必要な部分だけばらして保管してしまっていた)この古書展ではライバルの早大グループがいて、ひとりは手塚治虫しかコレクティングしないクールながらフレンドリーなT1君、もう一人は吾妻ひでお専門の若干とっつきづらいT2君だった。T2君とは最近の『ワンダーAZUMA HIDEOランド2』の制作過程の最後の方で、出版社経由で協力を依頼しメール交換をしていたが、私が本の内容に口を出し過ぎると出版社に嫌われ以降これっきりのまま。ただのアイデア提供でおまかせ…程度の仕事なら出版社とする必要もないのでもうどうでもいい。そしてT1君とは今でも年賀状のやり取りを続けていたが、この本の協力者に名前があってとても嬉しかった。高松直丘さんだ。高松さんは特に昭和30年代の雑誌を集めていたと思うが、少女クラブなどに水野英子が載っているとバッティングしてしまっていたが、重複したものを手にしたときは回していた。この頃の古書展はその手の本が出るのはだいたい1~2店くらい、一人で総取りしてしまうので、そこはトレードや分配もある。しかし一番乗りを果たすためデパートの店員の制止など一切無視、エスカレーターを駆け上がり、早く上がった方が勝利をほぼ引き寄せていた。

つぶれた貸本屋もねらい目で、ある時本はみな倉庫にしまってあるというので頼み込んで連れて行ってもらったら開けると3mくらいの高さまでマンガの貸本が積みあがっている。みなA5版と古くまるで金の鉱山だ。その山によじ登って上から穴を掘るように探すとまあ98%はゴミ(貸本劇画は無知だったのでいいものがあったはず)だったが、手塚本を見つけたり、埃まみれになりながら午後の数時間、至福の時を送らせてもらったこともあった。金の大鉱脈はなかったが、金を探すという貴重な体験を送ったという意味だ。

高校を含めると5年間もロクに学校に行かず、古いマンガ三昧の日々を送ったことは今も少しも後悔していない。日課のようにまず高田馬場と早稲田の中間にある古本街へ行き、神田の古本屋街も少し見る。神田(お茶の水)は専門書中心、高田馬場は一般書が多く圧倒的に高場馬場が良かった。まんだらけが出来てからは中野へ行き、さらに八王子など中央線の古本屋を狙う。もちろん遠征も多数。古書展がある日は1日のスタートはそのデパートから。事前に店の配置を下見して、エレベーターの方が速い場合があるのでそのシュミュレーションもしておいた。回る順番でお昼はお茶の水の書泉グランデ先のキッチン南海のカツカレーを毎度のように食べていたが、今もまだ残っていて名店として行列店だそうだから驚かされた。

集めるだけでは満足できなくなり、1980年代はマンガとアニメのミニコミを10年間に30冊作って多くの著名なマンガ家やアニメーターに会えて色々協力いただけたからだ。コミケも10数年出店、いわゆる壁を背にする「壁サー」だったのでコミケもずいぶん楽だった。

90年代以降は音楽ミニコミのVANDAをはじめ、社会人になって十数年、まあよく両立できたもの。月1回の職場の半休はRadio VANDAというスカパーの番組の収録のためのもので、そのおかげで、家族4人で10年以上沖縄離島へ旅行できた。もちろん職場にはナイショでね。年休は20日使用しないと間に合わず、年休を使わない部下には最低月に1日使えと言っていたっけ)

ただし古書展で昭和20年代の描き下ろし単行本は出てこない。この当時から非常に高額で、手塚一本じゃないと集められるようなものではない。その当時、神田の中野書店という所が常設店では先駆けだったが、ほどなく中野ブロードウェイに小さな店舗のまんだらけが出現、ここは今までの古本屋は11冊の値踏みをせずまとめていくらなどのいいかげんな買い入れをしていたが、まんだらけは、11冊値段を付け、手塚など高額で売れる本は他の店を圧倒する高額で買い取ってくれた。そのため全国から手塚の高額本が集まるようになり、店はどんどん拡張していった。店主の古川さんの家も昔行ったことがあるがその頃は国領の小さなアパートだったが、今はプール付きの豪邸だというからまさにサクセスストーリー。それもやはりいいものは高額で買うという姿勢と目利きが生み出したものだ。

さて、ずいぶんと思い出が長くなってしまったが、この表紙だけの本に興味を持ってもらうためと勘弁していただきたい。

昭和20年代のB6単行本は目も眩むほど貴重だが、描き版だったり絵の魅力という点では個人的にはイマイチだ。「漫画少年」連載の「ジャングル大帝」の単行本から魅力が出てくる。以降は雑誌の時代になり、雑誌付録表紙も網羅しているので絵を見ていても実に楽しい。そして1958年から1963年まで鈴木出版で刊行されたA5の手塚治虫漫画選集は25冊まで出たが、これは表紙も最高に美しく、そして冒頭が色指定だが42色が交互で作られ、個人的には一番魅力的だった。自分も昔集めたので非常に懐かしかった。1980年頃だったと思うが池袋西武デパートで3日連続サイン会があり、初日の手塚が先着20名、2日目の石森章太郎が先着50名、3日目の松本零士が先着100名で3日並んでみなサインをもらった。手塚先生には確か鈴木出版の「虹のとりで」を持っていって友人が「バンビ」を持っていきそれぞれ凄いねーよく持ってるねと声をかけていただいたが、美本マニアの友人は、手塚先生のサインが裏抜けして本が汚れたと後悔していたのを思い出す(笑)石森先生にも曙出版の「少年同盟」を持っていき「君はISFC(石森章太郎ファンクラブ)でしょ!」などすごく声をかけてくれたが、松本先生は本人が嫌いな少女漫画の「銀の谷のマリア」を持っていったので無視された(笑)今は「少年同盟」しか残ってなくどこかへ行ってしまった。知識のない自分は手塚治虫が単行本を出すたびに大幅に加筆訂正するのを知らず。全集が出ると資金稼ぎに貴重な古い本をみな売ってしまった。今となっては惜しい限りだが、もう集めなおすことなど不可能なのでこの本を見て我慢しよう。講談社の全集の表紙全部まで入っているという徹底ぶりだ。絶対におススメしたい。(佐野邦彦)