2021年10月16日土曜日

1973年 Jackson 5 初来日公演(5月2日・日本武道館)


  ”King Of Pop”ことMicheal Jacksonの初来日公演といえば、大半の方は1987年の『Bad World Tour』での後楽園球場をはじめとするスタジアムでのライヴを思い浮かべる方がほとんどかと思う。
  しかし彼の初来日公演は、The Jackson 5(以下、J-5)時代の1973年4月だった。ただこの時期は本国での爆発的な人気にも陰りを帯び始めていた頃で、またマイケルの変声期にも重なり、印象が薄いのは否めない。なおこの公演は日本独自にライヴ・アルバム『In Japan』(注1)としてリリースされている。
 

  そんな彼らの来日を知ったのは、音楽雑誌「音楽専科」の広告ページだった。そこにはJ-5が4月27日(金)帝国劇場で開催される「第2回東京音楽祭」の特別招待ゲストとあり、追加で一般公演の日程(注2)も紹介されていた。その東京日本武道館公演が熱烈な「J-5ファン」だった弟の誕生日だったこともあり、彼への誕生日プレゼントにちょうど良いと思った。この時期の私は、東京で浪人生活を送っていたので、静岡から弟を呼んで行くことにした。
 
  とはいえこの1970年代初頭の日本では、海外の兄弟グループといえばオズモンズが断トツ人気で、J-5は<abc>(注3)が知られる程度で人気は華々しいものではなかった。ただ、1972年にマイケル初の全米1位を記録した<Ben(ベンのテーマ)>(注4)は、曲の良さに加え抜群の歌唱力が多くを魅了し、ソウルファンだけでなく一般のポップス・ファンにも注目されていた。
  そんなJ-5を静岡という地方在住だった私が知ったのは、彼等の4枚目のシングル<Mama’s Pearl(ママの真珠)>が、アイドル歌手のデビュー曲(注5)によく似ていたことがきっかけだった。そして、曲として気に入ったのは5枚目の<Never Can Say Goodbye(さよならは言わないで)>だった。弟がJ-5のファンになったのは、<Ben(ベンのテーマ)>(注6)がラジオから流れていた1972年の秋口だった。

  当時、日本ではJ-5のベスト・アルバムが何種類か発売されていたが、その中で『Both Sides』というA面「アップテンポ」、B面か「バラード」で構成したLPを購入している。そこでこのアルバムの「バラード」サイドに収録された<La-La (Means I Love You)(ララは愛の言葉)>(注7)でその恐るべし歌唱力に惹かれるようになった。 そんな私よりも熱中したのが弟で、擦り切れるほど聴きまくり熱狂的なJ-5になっている。そして、このLPを購入した頃リアル・タイムでヒットしていた<Lookin’ Through the Window(窓辺のデイト)>のカッコよさに、ファン熱は高まるばかりだった。

  と前置きが長くなってしまったが、肝心のJ-5初来日公演の話を進めることにする。この初来日公演だが正確には「Jackson 5+1」となっており、The Jacksonsになってから正式加入する9男Randyがコンガで参加していた。そんなこの日の公演は大雨の悪天候で、アリーナでも外の雷鳴が響くほどだった。とはいえ、席はメンバーの顔が肉眼でもしっかり確認できるくらいの良席だった。
  なおこの公演には前座がおり、この日は「オレンジ・ペコ」(注7)というロック・バンドだった。余談になるが、この前座には後に“和製ジャクソン5”と呼ばれたフィンガー5が切望していたという話がある。彼等は1970年6月に“ベイビー・ブラザース”としてデビュー後、1972年8月にフィンガー5と改名し、この時期には“関東ローカル番組”「銀座Now!!」(注8)等で地道にライヴ活動をしていた。皮肉にもこの公演の数か月後8月25日にリリースした<個人授業>で大ブレイクを果たしている。あと少し人気に灯がつくのが早かったら、「和製Vs.真打」という夢の共演を見れたかもしれなかった。
 捕捉になるが、フィンガー5も人気絶頂だった1974年に武道館公演を開催している。その公演は<Heartbeat - It's a Lovebeat(恋のハートビート)>のヒットを持つ、カナダの出身の兄弟グループThe DeFranco Familyとジョイント・コンサートだった。

 そんな前座のステージが終了すると、再び司会者がステージに登壇し「これまでの経験から彼らは雨の日に来てくれたお客さんのために、今日はそれに応えるように気持ちいっぱいに頑張ると言っている!」とコメント、それに反応した会場内は一気にヒートアップした。
 そしてイントロダクションの演奏がスタートし、いよいよお待ちかねのJ-5が登場した。 オープニング曲は日本では来日記念シングルとなっていた<Halleujah Day>。この「ベトナム戦争解放」を祝うゴスペルタッチのポップ・ソングからスタートしたライヴは、続く<Lookin' Through The Windows(窓辺のディト)>で、会場内は一体化した。 
 次に披露されたナンバーはJamaineのファーストに収録されたMarvin Gayeのカヴァー<Ain't That Peculiar>。この演奏が終わると、Michealから「Mina-Sama Konbanwa」と切り出す。この日の公演が最終日だけあって慣れた日本語だった。 

 そんなスピーチの後はMichealのソロ・デビュー曲<Got To Be There>。この美しいバラードは変声期の彼には少々辛そうで、出だしはやっと発声している風だった。サビ以降に聴かれるはずの伸びやかな高音もおさえて歌っているようだったが、バックを務める兄弟たちのコーラスで無難に乗り切っていた。 続いては既に恒例となっていたデビュー曲からの全米1位メドレーが登場。<I Want You Back(帰ってほしいの)><ABC>に続き、<The Love You Save(小さな経験)>に入る直前にMichealがニヤリとした笑みがのぞくところを確認。「この曲好きなんだ。」と彼の表情から察することができた。
 

  そんなJ-5に余裕が戻ったところで、次はJamaineのソロ・コーナーに入る。まずは彼のヒット・ナンバー<Daddy's Home(パパの家)>、近くにいたJamaineのファンのグループから大きな拍手、続いても彼のファーストからミディアムの<Live It UP>。続いてはStevie Wonderのカヴァー・ソング<Superstition(迷信)>がスタート、ここでの見せ場はコンガを演奏していたRandyが、Michealから「Come On,Randy!」の呼びかけで、サビの一部でヴォーカルを披露。

 そんな見せ場が終わるとリラックスした静寂の時間が経過する。 そこでMichealから「My Favorite Song…」のメッセージに盛大な拍手が起こる、そう来場者お待ちかねの<Ben(ベンのテーマ)>だ。この日一番のハイライトの瞬間と思えるほど盛大な拍手が沸き起こった。続いてもMichealのソロで、最新シングルの<With A Child's Heart(大人は知らない)>、地味な曲ながら彼の囁くヴォーカルがしみた。
 

 Michalの「Arigato !」メッセージに続いてサイレンが鳴り響き、後半戦のスタートはTemptationsのグラミー・ナンバー<Papa Was A Rollin' Stone>、そしてJamaineのソロ・デビュー曲<That's How Love Goes(恋の約束)>、名曲<Never Can Say Goodbye(さよならは言わないで)>が続く。ここでもMichaelの負担を軽減するかのように、メンバーのコーラスを大きくフューチャーしながら<Walk On>に流れ込む構成になっていた。 

 ラストはMichealのソロでのサード・シングル<I Wanna Be Where You Are(キミはボクのマスコット)>。多少喉をセーブ気味だったMichealも、めいっぱいシャウトしながらステージを所狭しと動き回り「A・Ri・Ga・To」を連発! そんなノリノリで会場内も手拍子で大きな声援を送るも、フェイド・アウトでステージから去っていった
 

 なお2010年にはこの公演の前年1972年の全米ツアーのライヴがCD化されている。以下にこの時期のセット・リストと来日公演を紹介しておく。これを比べれば、マイケルの不調をいかにジャーメインのソロや、メンバーのコーラスでサポートしていたのかがよくわかるはずだ。 

 <Budokan Hall Tokyo Jpn. May 1, 1973 > 
01. Introduction~We're Gonna Have A Good Time 02. Halleujah Day(⋆) 
03. Lookin' Through The Windows(窓辺のディト) 04. Ain't That Peculiar 05. Got To Be There 06. Medley:I Want You Back / ABC / The Love You Save(小さな経験) 
07. Daddy's Home(パパの家) 08. Live It UP(⋆) 09. Superstition(迷信) 
10. Ben(ベンのテーマ) 11. With A Child's Heart(大人は知らない) (⋆)
12. Papa Was A Rollin' Stone 13. That's How Love Goes(恋の約束) 
14. Never Can Say Goodbye(さよならは言わないで)~ Walk On 
15. I Wanna Be Where You Are(キミはボクのマスコット) 

(⋆)は『In Japan』未収録曲

 <Los Angeles Forum U.S.A. August 26, 1972 > 
01. Brand New Song 02. Medley:I Want You Back / ABC / Mama’s Pearl(ママの真珠) 
03. Suger Daddy 04. I’ll Be There 05. Goin’ Back To Indiana / Brand New Song / Goin’ Back To Indiana 
06. Bridge Over Troubled Water 07. I Found A Girl 08. I’m So Happy 
09. Lookin' Through The Windows(窓辺のディト) 10. Ben(ベンのテーマ) 
11. Rockin’ Robin 12. Got To Be There 13. You’ve Got A Friend 14. Ain’t No Sunshine 
15. I Wanna Be Where You Are(キミはボクのマスコット) 
16. That's How Love Goes(恋の約束) 17. Never Can Say Goodbye(さよならは言わないで)~ Walk On 18. The Love You Save(小さな経験) 
19. I Wanna Be Where You Are(キミはボクのマスコット) 

 そんなマイケルたちではあったが、変声期を乗り越えたこの年の秋には快作『G.I.T.:Get It Together』をリリースしている。このアルバムはダンスに特化したコンセプト・アルバムで、音楽雑誌「Rolling Stone」で絶賛された。セールス的には100位と惨敗ではあったが、セカンド・シングル<Dancing Machine>が全米2位の大ヒットとなり健在を印象付けた。

注1)当時のMotown系アーティストの来日公演は、日本独自でライヴ盤がリリースされていた。その皮切りになったのがThe Supreams、続いてThe Temptations、そしてこのThe Jackson 5だった。 

 (注2)4/28広島郵便貯金会館、4/30大阪厚生年金会館、5/1大阪フェスティヴァル・ホール、5/2東京日本武道館。 

 (注3)1970年5月にリリースされた日本では40位3.8万枚。当時のMotownにおける最大ヒットで、後にMariah Careyも大ヒットさせるスタンダード・ナンバー<I’ll be There>でも99位0.2万枚だった。

 (注4)日本でのリリースは1972年11月、52位2.6万枚。 

 (注5)西城秀樹や郷ひろみの同期デビュー・アイドル歌手伊丹幸雄の<青い麦>。

 (注6)スウィート・ソウル・グループThe Delfonicsの代表曲。1968年リリースのサード・シングルで全米4位R&B2位を記録。J-5カヴァーは、1970年5月リリースの『abc』に収録。

 (注7)詳しい素性は不明だが、私の知る限りではKingからデビューした「チューリップ・フォロワー」のはず。 

 (注8)1972年10月から放送開始したTBS系の関東ローカル「情報・バラエティ番組」。この当時の放送時間は平日17時~17時30分でフィンガー5は月曜日のレギュラー。ちなみに木曜のレギュラーには矢沢永吉率いるCarolがいた。

 (文・構成:鈴木英之)

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