2016年10月27日木曜日

☆『The Beach Boys Pet Sounds(ペット・サウンズ・ストーリー)』(Universal/UIXY15012)Blu-ray


先日紹介した『The Wrecking! Crew』(390分の特典ディスクのインタビューが入ったBlu-rayDVD)ヴァージョンのこと。以下同じ)と比べてしまうと『The Beach Boys Pet Sounds(ペット・サウンズ・ストーリー)』は残念ながら取材力が相当にショボかった。メンバーのブライアン、アル、ブルース、マイク、作詞のトニー・アッシャーは当然、さらに『Pet Sounds』時は脱退させられていたデビッド・マークスも登場したのは最低限の登場だが、アルバムではメンバーは一切演奏せずセッション・ミュージシャンのいわゆるレッキング・クルーが担当していたのにその最も重要な部分がドラムのハル・ブレインとピアノのドン・ランディだけなのには驚いた。この2人は『The Wrecking! Crew』にも登場するが別コメントだったのは幸い、しかし『The Wrecking! Crew』に登場したベースのキャロル・ケイ、ギターのビリー・ストレンジがそれぞれ「Good Vibrations」と「Sloop John B」での初めて聴く貴重なエピソードを語っていたのにその取材すらしていないのはどういうこと?さらにパーカッションのゲイリー・コールマンも『Pet Sounds』時の思い出を述べていたがそれもなし。そして『Pet Sounds』から「Good Vibrations」へ続く一連のセッションでは『The Wrecking! Crew』に登場したグレン・キャンベル、ビル・ピットマン、ラリー・ネクテル、アル・ケイシー、プラス・ジョンソン、マイク・メルヴォイン、フランク・キャップ、ライル・リッツ、マイク・デイジーが参加しているのでいくらでも重要な証言が取れたのに一切取材しなかったのは最悪である。みな高齢なので、チャンスは今のうちなのに…。他に登場するのは『Pet Sounds』のエンジニアのブルース・ボトニックとビーチ・ボーイズのステレオミックスなどで有名なマーク・リネット、そして当時ライブを同行したことがあるヘレン・シャピロ、ここまではいいが、あとライター3人は無しだろう。ということで残念感漂うこのBlu-ray、本編は59分と短いがその中でいくつかエピソードを紹介しよう。

最初にデビュー期からの話があるが目新しいものはなく、映像では初期の一瞬のプライベートフィルムにこれ見た事ないかも?みたいなシーンがあるが、演奏シーンではないので売り物になるものはない。

エピソードとしては「Sloop John B」はなかなかいい。アル・ジャーディンが大好きなキングストン・トリオの「Sloop John B」をブライアンに取り上げて欲しくてコードの一部をマイナーコードに変えビーチ・ボーイズ向けとアピール、それを気に入ったブライアンがアレンジを翌日には完成させていてアルは心底驚かされる。ハル・ブレインは今まで聴いたことがないダウン・ビートにまず驚き、エンディングでは荒波を表現するようにドラムのパターンをどんどん変えていき最後は2つのドラムを使って高音のスネアと低音のフロアタムで表現するというのがビーチ・ボーイズでのマジックだったと語る。

曲は「I Just Wasn’t Made For These Times」へ移り、マイクはビーチ・ボーイズにしかできない洗練され息の合ったハーモニーを誇らしげに語る。「Wouldn’t It Be Nice」ではアルいわく「英国将校のようなタフさ」で完璧な歌を要求したそうだ。マーク・リネットはブライアンになぜこの曲にマイクを参加(サビのリード)させたんだ?と聞くと、ブライアンはマイクにこの歌に参加してもらいたかったんだと、最も協力的でなかったマイクへリーダーらしい心配りを感じさせてくれた。

ここで作詞担当のトニー・アッシャーのエピソードが登場する。ブライアンはキャピトルの録音スタジオで偶然立ち話をしたトニー・アッシャーを抜擢するが、ブライアンは「張りきった感じではなく控えめで落ち着いているいい人柄」「人の気分を良くする何かがあった」ところが気に入り、言葉の使い方の上手さに魅かれ、家へ呼んで少し曲を書くとそこにトニーが歌詞を書くという作業が続き、メンバーが日本などに行っている間に『Pet Sounds』を仕上げていった。マイクも「トニーの協力は素晴らしいものだった。素晴らしい書き手だ」と手放しにトニーを褒めていた。

I’m Waiting For The Day」はラブ・ソングとハッピーソングを合体させたものでマイクの貢献が大きいという。そしてキャロル・ケイの見事なベースにブライアンは「彼女はとても独創的でいつもぴったりビートと合っている」と褒める。しかし彼女のコメントはなし…。

この『Pet Sounds』のブライアンの仕事ぶりはアルとブルースでニュアンスが違う。アルはその前の「Sloop John B」のセッションで呼ばれなかったことを憤慨したが我慢したと言っているし、アルバムは「録音はブライアンは楽しかっただろう。レッキング・クルーと付き合えたし。ふんだんに金をつかって試行錯誤できる。まるでお菓子屋に入る子供のようだった」と冷めた目で語るが、ブルースは「演奏家はなんでも演奏できた。ブライアンは小さな交響楽団で素晴らしい演奏家で仕事ができた」と絶賛。これはアルはビーチ・ボーイズの中だけにいた井の中の蛙、ブルースは1965年に加入するまでレッキング・クルーと仕事をしながらレコード制作していたのでその凄さを知り、世界を知っている。その差からでた言葉だと思う。「Here Today」ではレッキング・クルーとブライアンの関りが語られる。ハルとランディはいつもウェスタンの第3スタジオでブライアンの書いてきた新曲に取り掛かる。譜面はコードと指示が入っただけのものだったが、ブライアンは各パートを歌ってきかせそれをレッキング・クルーのメンバーが書き取り、皆で確認して合わせるとあのサウンドが出来上がる…それは『The Wrecking! Crew』でレオン・ラッセルが言っていたのとまったく同じ、レオンはそれでブライアンを天才だとほめちぎっていた。エンジニアのブルース・ボトニックは、あの独特のピアノの音は画びょうをひとつひとつハンマーに取り付けたもので、ブライアンはすぐに魅了され使うようになったという。そしてピアノは常に3台使っていたとも。「Here Today」とアルバムの半分は8トラックのレコーダーがあるCBSのスタジオで録音したという証言も興味深い。

Hang On To Your Ego」はマイクが歌詞をLSDを使う時は自我を保てという暗示でビーチ・ボーイズにそぐわないと反対し、歌詞を書き換え「I Know There’s An Answer」にさせた。薬物に反対するマイクらしい抵抗だった。薬物が嫌いなアルもあとで理解できたというが日本語ではとてもアシッドソングとは思えない。

Pet Sounds』で一番言われるマイクの抵抗は、トニーが証言している。マイクはブライアンに「今までのやり方を変えるな。いいものを持っているのに何で変えるんだ。今のが通用しなくなるまでやればいいじゃないか。何で違うものを探し回っているんだ」と。しかしブライアンは「これはもうやった。もう飽き飽きだ」と一蹴する。ブライアン本人も「マイクはやり方を変えるなと言った。でも私はもっといい音楽に向かい前進したいんだと言った。そうしないといいアルバムにはならなかった」と。マイクはそれに対して欺瞞だと反論をしていたが説得力は薄い。どう聞いても言い訳だろう。

ブライアンとマイクはキャピトルのA&R部長のカール・エンゲマンに『Pet Sounds』を持っていく。ここからのカール・エンゲマンの話が当時のキャピトルという会社の体質を見事に体現する。「『Pet Sounds』の傾向はホットロッドやサーフィンほど素晴らしくないだろうと推測した。」ブライアンは「何で好きじゃないのか分からない。いい曲だ」というと「営業向けではないね」と。数週間置かれたあと発売しようということになったが、売れ行きは良くない。カール・エングマンは「以前の売れ行きには達していなかったのですぐさま予算に追いつくため『Best Of The Beach Boys』を作った」。ブルースは「レコード会社の信念は皆そんなところにあったんだ。まったくバカバカしい。」そしてブルースは『Pet Sounds』を持ってイギリスへ行くとみなその出来に目を輝かせレノン=マッカートニーが2度も聴いて絶賛する一連のエピソードは耳タコだろうから省略する。

その中でポール・マッカートニーが褒めちぎった「God Only Knows」にエピソードへ移る。この曲の賛辞はこれも耳タコだろうから省略するとして、この曲の歌から間奏へ移る部分でブライアンがなかなか納得できなかった時に、ドン・ランディはスタッカートで省略したアレンジを考えブライアンに聴かせるとすぐに採用された。このことはブライアンもよく覚えていて、レッキング・クルーとのクリエイティヴな仕事ぶりを感じることができる素晴らしいエピソードだ。そしてアルはこの曲をブライアンが歌わなかったのが意外だと言うが、それに対しブライアンは、カールは美しい天の声を持っていたからと語る。ブライアンはプロデューサーだったので適任者を選んでいたのだ。ここで突然、1980年代に亡くなったデニスのインタビューが挿入される。「彼がやっていることがやっとわかったのは「God Only Knows」をやった時だ。…それは意味深く崇高でもあった。『Pet Sounds』は僕にとって本当に良かった」。今はメンバーが絶賛する『Pet Sounds』だが最も早くその凄さを見抜き、最もブライアンを崇拝したのがデニスだった。

本編ではなぜかビーチ映画の映像を『Pet Sounds』の楽曲でも使っていて、そのセンスが竿悪だったことも付け加えておこう。

ボーナス映像は32分。『The Wrecking! Crew』とは違って内容的に本当にオマケ。「Good Vibrations」では、ドン・ランディらレッキング・クルーもいったいどこをやっているのか分からない、他の部分も知らない、ところが1か月くらいたってつながった音を聴いて進展が分かる。ブライアンの書くまったく違うメロディにWhy?の連続。色々なスタジオでブライアンが録音し、パートをつなぎ合わせていくモジュール技法を真っ先に使った曲だ。このあとのPVは「Fire」のものを使っていたが、見たことのないシーンが一部あり楽しい。もしかするとどこかで見たかもしれないが、この動けない体では確認することなどできないのでご勘弁。他では、エンジニアのブルース・ボトニックが『Pet Sounds』に関わったのはあのスティーブ・ダグラスの紹介でというエピソードくらい。ジャック・ニッチェがお気に入りのスタジオと聞きつけたブライアンが使うようになった。あのゴールド・スターと同じエコーが得られるスタジオで、それがブライアンが使うようになった要因だ。余談では隣にもっと大きい部屋を同じ設計で作ったが音は最悪、すぐに壊してラウンジで使ったという。ブルース・ボトニックはすぐにサンセットの音は分かるようで前述の「Good Vibrations」でマーク・リネットと聴きながらここはサンセット、ここはゴールド・スターと一発で当てながら会話していた。(佐野邦彦)
 

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