2014年12月23日火曜日

新川忠:『Paintings of Lights』(Botanical House / BHRD-001)



シンガー・ソングライターの新川忠(シンカワ・タダシ)が、05年の『Christy』以来約10年振りとなるサード・アルバム『Paintings of Lights』を15年1月11日にリリースする。
今年の2月にリリースされたLampの7thアルバム『ゆめ』収録曲の「ため息の行方」で、榊原香保里と共にリード・ヴォーカルを担当したことも記憶に新しいが、そのメンバー3人が新たに立ち上げたレーベル、Botanical House(ボタニカルハウス)からの第一弾リリースとなる。
音楽に対して比類なき拘りを持つLampの中でも、特に一筋縄ではいかないリーダーの染谷大陽の熱望によって実現した今作であるので聴く前から期待しない訳にはいかない。
筆者も音源を入手して半月ほどだが、一聴してそのロマンティシズム溢れる風通しのよいエレクトロニック・サウンドに魅せられてしまった。無駄の音が一切無い"Less is more."の極みである。
ポップス・ファンが15年の新年を飾るアルバムとしても相応しいので紹介したい。

新川忠は77年東京生まれのシンガー・ソングライター(以下SSW)で、著名な音楽評論家として知られる高橋健太郎(筆者も10代の頃は氏の多くのレビューを参考にした)が主宰するインディー・レーベルMemory Labより『sweet hereafter』(03年)と『Christy』(05年)の2枚のソロ・アルバムをリリースしている。その傍らで湯川潮音(余談だが10年ほど前に某野外フェスで友人ミュージシャンに紹介され、その無垢な可愛らしさにより飲み物をご馳走した過去がある(苦笑 )の『うたのかたち』(03年)に楽曲提供しソングライターとしての顔も持ち、09年以降はネットを発表の場としてプライベートな形で活動を続けていた。
そして前出の『ゆめ』に繋がる訳だが、このアルバムでは「ため息の行方」の他、冒頭の「シンフォニー」にもコーラスで参加してその美声を聴かせている。
ともあれミュージシャンズ・ミュージシャンの言葉通り、Lampのメンバーも認める彼の才能はヴォーカリストとしてだけにとどまらず、独自の美意識を持つソングライティングは、ニュー・アルバムの『Paintings of Lights』でも余すことなく発揮されているのだ。また今作では全楽器の演奏とプログラミングからレコーディング・エンジニアリングとミックスまで手掛けており、さながらホーム・レコーディング時代の吟遊詩人といったところだろう。

ではこのアルバムの主な収録曲を解説していこう。
耳に心地よいアルペジオと彼方で漂うパッドにデジタル・エレピのコードが重なり、麗しいメロディを持った「アイリス」。ペインティングス・オブ・ライツというアルバム・タイトルを象徴するかのような柔らかな陽の光を感じさせるサウンドにいきなり魅了させられる。
シンセサイザーを多用しているのにも関わらず、これだけヒューマンな感触が出せたのは過去ブルー・ナイルくらいだろう。正しく21世紀のオーガニック・エレクトロニック・ポップとよべるのだ。
続く「渚」も音数少なく空間を活かしたサウンドに美的センスを強く感じさせ、まるでプリファブ・スプラウトの「Wild Horses」(『Jordan: The Comeback』収録・90年)を彷彿とさせる心地よさに参ってしまう。
アルバム中最もリズミックな「カミーユ・クローデル」は、『Idlewild』(88年)の頃のエヴリシング・バット・ザ・ガールにも通じる爽やかな初夏の匂いが香しい。



ボサノヴァのリズムで展開する「彼女たちの舞台」のデリケートな世界観には坂本龍一が手掛けていた頃の大貫妙子にも通じるが、シンコペーションに呼応するシンセサイザーの細かい処理はトーマス・ドルビーが手掛けたプリファブの「Horsin' Around」(『Steve McQueen』収録・85年)だと感じた。
「ハワースの荒野」のメロディ・センスとコード進行にもやはりプリファブの「Couldn't Bear To Be Special」(『Swoon』収録・84年)あたりを感じさせる。日本人でプリファブのパディ・マクアルーンを信奉する拘り派のSSWは多くいるかも知れないが、これだけ右ストレートで攻めてくる人は初めてだ。筆者はパディをかのジミー・ウエッブの最後の継承者として強く信じているので嬉しい限りである。
ラストの「ヴィーナスの腕」はアルバムを締めくくるのに相応しく、このデリケートで奥行きのあるサウンド・スケープは唯一無二の世界観がある。ギリシア神話に登場するアプロディーテとして知られる"ミロのヴィーナス"の像は、ご存じの様にパリのルーヴル美術館で現存するものには両腕がない。ゆえにこの像の美しさが想像力によって無限に広がっていく。
同様に音楽も必要以上に多くの楽器で空間を埋めてしまうと、曲本来の魅力が半減してしまう。"Less is more." 、この精神が貫かれているが『Paintings of Lights』の素晴らしさなのだ。
興味を持ったポップス・ファンは是非入手して聴いて欲しい。




(ウチタカヒデ)



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