2018年12月24日月曜日

WebVANDA管理人が選ぶ2018年の邦楽ベストソング

今年の邦楽は、個人的趣味では豊作で有意義な年だったといえる。
筆者宛に音源を送ってくれたミュージシャンの方々は昨年以上に多く、いいものが多々あった。今後も新たな才能に出会いたい。
さてアルバム単位でベスト10を選ぶのは、これまでに2000年代連載を持っていたフリーペパー誌やカルチャー・サイトの企画でやっていたが、WebVANDAでとなると読者層も異なるため少し躊躇する。
ただ交流のある音楽関係者達からのリクエストもあったので、ここではアルバム(シングルを含む)を代表する1曲として、「ベストソング」というかたちで選んでみたい。 順不同でリリース順に紹介していく。

☆飛翔する日常 / The Pen Friend Club
ジミー・ウェッブが生みだした51年前のサウンドが現在も継承されているのは、ウェッブにインタビューした数少ない日本人の一人として非常に嬉しい。

☆1998 / Lamp (『彼女の時計』収録) 
絶妙なリズム・アプローチが完璧さを超えて自然に聴かせているのは見事で、繊細な心象風景を描いた歌詞の世界観を引き立てている。

☆無重力ファンタジア / RYUTist (『青空シグナル』収録)
インドネシアのエヂ・モッタと言って過言ではないAOR・マスター、Ikkubaru(イックバル)が作編曲を手掛けたガール・グループの希有なメロウ・グルーヴ。 

☆逢いの唄 / 桶田知道 (『秉燭譚』収録)
 刹那的ロマンティシズムな歌詞とハッシュ系ミッド・テンポのリズム・トラックのグルーヴが渾然一体となった純日本製のテクノ・ソウル。

☆残夏 / small garden (『歌曲作品集「小園Ⅱ」』収録) 
トップモデルのショットをリキッドラムでコーティングしたジャケットのアルバムに収録されていてもおかしくない、一人多重録音のプレイによるハイブロウなジャズ・ロック・ソナタ。

☆Urbane / ツチヤニボンド (『Mellows』収録)
フルートのリフがボディブロウで耳に残る、南米音楽のポリリズムとブルース進行をベースしたサイケデリック・メロウ・サウンド。

☆欲望 / Vacation Three (『One』収録)
ネッド・ドヒニーの「Get It Up For Love」に通じる非常にクールなブルーアイド・ソウルで、不毛の愛を綴った歌詞との相性も非の打ち所がない高い完成度。

☆人魚の夜 / 小林しの (『Havfruen nat』収録) 
ソフトロックというカテゴライズだけでは括れない美しいバラードで、クリーン・トーンのギターソロにはブルーアイド・ソウル(「Nothing At All」Hall & Oates)の匂いもする。

☆Heartbeat / Saigenji (『Compass』収録)
こういうアコースティックなヒップホップ感覚は日本では彼しか思い浮かばない。言わずもがなだがSaigenjiという唯一無二のジャンルが存在しているのだ。

☆雲の柱 / The Bookmarcs (『BOOKMARC MELODY』収録)
4つ打ち三連シャッフルの洗練されたR&Bトラックに、イノセントな歌詞とソフティなヴォーカルという対照的なエレメントが融合して生み出される清々しいフィール。 
(ウチタカヒデ)

2018年12月20日木曜日

ポール・マッカートニー フレッシュン・アップ・ジャパン・ツアー 2018 極私的レポート

VANDA誌30号「今更ながらポール・マッカートニーの魅力を語る」、WebVANDA「the Sweet Onions近藤君とPREFAB SPROUTの新作を聴く」等々、それぞれ過去に、ウチタカヒデさんとの対談レビューの機会をいただきました。
直近では私が所属するユニット、The Bookmarcsの最新アルバム「BOOKMARC MELODY」(2018.11.28リリース)のインタビューが掲載され、大変嬉しく思っております。
この度、ウチさんのご厚意によりビートルズ関連の執筆のご提案をいただきました。どうぞ宜しくお願い致します。


2018年が間もなく終わろうとしている。 少し前の出来事も、随分と昔のことのように感じてしまうこの頃。世の中は実に目まぐるしくせわしなく進んでいて、日々は泡のように消えて行ってしまう。しかし忘れてはいけない、いや、忘れることのできないビッグイベントが秋に開催された。ポール・マッカートニーの来日、フレッシュン・アップ・ジャパン・ツアー2018である。
なんと2017年の来日公演から僅か1年半で実現したコンサート。しかも5年ぶりのニューアルバム「エジプト・ステーション」を引っさげて、ポールが日本にやってきたヤァ!ヤァ!ヤァ! 巷では「平成最後の○○」という言葉が飛び交っているが、まさに平成最後のポール来日! あっぱれあっぱれである。  

少しくだけた前置きはこのくらいにして、ここからはライブ私感、いわゆる詳細なレポートは既に他所で出尽くしていると思うので、個人的な感想文のようなものを、出来るだけ簡潔に記したいと思う、お手柔らかに。 


鑑賞したのは初日の10月31日東京ドーム公演。ソロとして初来日した90年(筆者は当時10代)のコンサートを皮切りに、これまで必ずライブに足を運んできたのだが、開演前のワクワクやドキドキ、そしてポールがステージに登場する瞬間の高揚感は、他では決して味わえない特別な体験である。今回もまた、その興奮指数は更新された。



オープニングは「A Hard Day’s Night」。イントロのギター、ジャーンの響きで、バンドと観客同士の心は一気に結びつく。あの日あの時あの場所で、どれだけこの曲が流れ、幾つのドラマが生まれてきたのだろうか。想像するだけで頭がクラクラしてしまう。
2曲目にしてアッパーなナンバー「Hi Hi Hi」で会場は早くもヒートアップ。ここで日本語での挨拶『コンバンワ トーキョー タダイマ!』。いつだってポールは明るくチャーミングで、僕らを笑顔にし、時に涙を誘い、励ましてくれる。
4曲目の「Letting Go」で騒つく会場。なんとホーン・セクションがアリーナの客席の中で演奏している。これはなかなか心憎い演出だ。
続いて最新アルバムから「Who Cares」「Come On To Me」を披露。
ポールお得意のシンプルなロックナンバー。特に「Come On To Me」ではさながらダンスフロアにいるような錯覚に。76歳にして踊れる新曲を持ってくる。いやはやさすがとしか言いようがない。
続く「Let Me Roll It」では、毎度必ずシャツの腕まくりをしながら歌うポール。これがなんともカッコよくてニヤニヤしてしまう。
いつか筆者がライブでこの仕草をしていたら、あー、あいつポールの真似をしているんだなと暖かく見守って欲しい。。

中盤の個人的ハイライトは、ホーン・セクションの導入が嬉しい「Let ‘Em In」。50年ぶりに披露された「From Me To You」。シャウトと美メロがあまりに美しい、これぞロック・バラードな「Maybe I’m Amazed」。
前回アウト・ゼアー・ツアーからレパートリーに加わった「Queenie Eye」は、ジョニー・デップ、メリル・ストリープ他、著名人が多数出演するミュージック・ビデオを映しながらのパフォーマンスに目を奪われる。特にメリルは、ティーンの頃から熱狂的なポールファンだったようで、画面にメリルが笑顔で登場する度に、なぜだかグッときてしまう。そして、これまた生のサックス・ソロが圧巻だった「Lady Madonna」、ジョージとポールの仲睦まじい映像が涙を誘う「Something」等々、圧倒的なステージングにただただ魅了された。

終盤に差し掛かると寂しい気持ちでいっぱいになってくる。もうすぐこの夢のような時間は終わってしまう。そこにポールがいる。
そもそもこの瞬間は本当に現実なのだろうか。大袈裟ではなくそう思う。でもポールは容赦しない。いつも通り完璧に、さらに畳み掛けるように怒涛のロックナンバーを突きつけてくるのだ。
「Sgt.Peppers Lonely Heart’s Club Band(Reprise)」で我に帰る。『マダキキタイ?』とポール。「Helter Skelter」で完全ノックアウトだ。もはやため息しかこぼれない。
ラストの「Golden Slumbers~Carry That Weight~The End」のメドレーは、ビートルズにハマった高校時代にタイムスリップ。そこから自分の人生を振り返り、脳内で色んな思いや映像が交錯する。
そして、魔法のようなショーの終わり。。 


『See You Next Time!』とポールは毎回最後に言ってくれる。当たり前のようでいて奇跡のような現実、そして時間。ビートルズの音楽がもたらしてくれた幸福や優しさ、またポールが今もなお、精力的にライブを継続し、世界中を飛び回っているという歴然たる事実に敬意と感謝を表して、この極私的感想文を結ばせていただきます。完


SET LIST 10月31日@東京ドーム 
A Hard Day’s Night
Hi,Hi,Hi 
All My Loving
Letting Go
Who Cares
Come On To Me
Let Me Roll It
I’ve Got A Feeling
Let ‘Em In
My Valentine
Nineteen Hundred Eighty-Five
Maybe I’m Amazed
I’ve Just Seen A Face
In Spite Of All The Danger
From Me To You
Love Me Do
Blackbird
Here Today
Queenie Eye
Lady Madonna
Eleanor Rigby
Fuh You
Being For The Benefit Of Mr. Kite!
Something
Ob-La-Di, Ob-La-Da
Band On The Run
Back In The U.S.S.R.
Let It Be
Live And Let Die
Hey Jude

アンコール 
Yesterday
Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band (reprise)
Helter Skelter
Golden Slumbers〜Carry That Weight〜The End


【近藤健太郎・プロフィール】
ポップグループthe Sweet Onionsのヴォーカル、ギター、作詞・作曲担当。The Bookmarcsのメンバーとしても活動中。最新リリースはThe Bookmarcs「BOOKMARC MELODY」(2018.11.28)。インディペンデントレーベルphilia records主宰。他アーティストへの楽曲提供も手掛ける。

2018年12月16日日曜日

RYUTist / The Pen Friend Club 『Christmas Delights / Auld Lang Syne』(RYUTO RECORDS / RP0001)


11月にリリースした『Merry Christmas From The Pen Friend Club』が好評なThe Pen Friend Club(ザ・ペンフレンドクラブ)と、昨年8月サード・アルバム『柳都芸妓(りゅうとげいぎ)』をこちらでもレビューした4人組アルドル・ヴォーカル・グループのRYUTist(リューティスト)が、12月22日のライヴ・イベント会場限定でスプリットCDシングルをリリースする。
その『Merry Christmas From・・・』収録でリーダーの平川雄一のオリジナル曲である「Christmas Delights」をRYUTistがカバーし、カップリングにはペンフレンドクラブによる「Auld Lang Syne」の別ミックスが選ばれている。サウンド・プロデュースとミックス、マスタリングは、カンケこと柏崎三十郎が担当しているのも注目だ。


RYUTistの現メンバーは五十嵐夢羽、宇野友恵、佐藤乃々子、横山実郁の4名から構成されており、所謂アイドルとは一線を画すヴォーカル・ワークと音楽通をも唸らせるソングライティングとサウンドを誇っている。
今年彼女達が発表したオフィシャル作品はシングル2枚で、5月に『青空シグナル』(PGDC-0007)、11月に『黄昏のダイアリー』(PGDC-0009)をリリースしている。
『青空シグナル』は、TWEEDEESの沖井礼二と清浦夏実によるソングライティングで、沖井がアレンジも手掛けており、シンバルズ~TWEEDEESサウンドが展開されている。カップリングの「無重力ファンタジア」は同じく清浦の作詞に、作曲とアレンジはインドネシア出身のシティ・ポップ・バンドikkubaru(イックバル)によるもので、こちらは彼女達の新境地となったメロウ・サウンドの名曲である。
『黄昏のダイアリー』でもTWEEDEESの2人が迎えられ、新たにROUND TABLE の北川勝利が加わってソングライティングとアレンジを手掛けている。北川は4月にこちらで紹介したNegiccoのNao☆のソロ・シングル『菜の花』(TPRC–0199)も手掛けていたので記憶に新しいと思う。サウンド的にはTWEEDEESの最新作『DELICIOUS.』(COCP-40536)に通じるパワーポップで聴き応えは申し分ない。カップリングは「心配性」と「a birthday song」の2曲で、前者はayU tokiO こと猪爪東風、後者はmicrostarの佐藤清喜と飯泉裕子が各々ソングライティングとアレンジを担当している。



さて今回の『Christmas Delights/ Auld Lang Syne』について解説しよう。 「Christmas Delights」はアレンジ的にはペンフレンドクラブのオリジナルを踏襲しているが、演奏は新たにレコーディングされたものだ。平川の巧みなギターソロも同じラインでプレイされている。 RYUTistのヴォーカルは、パート毎にメンバーの掛け合いとなっているのが、オリジナルの藤本有華一人の歌唱とは異なる特徴である。この複数のヴォーカルによってガールズポップのカラーが強調されており、60年代のガールズポップ・ファンにもアピールするだろう。


カップリングの「Auld Lang Syne」は『Merry Christmas From・・・』収録ヴァージョンとは、ミックスが異なり、途中の藤本の語りもない。カンケによる新たなミックスは個々のヴォーカル・トラックの定位がオリジナルより広がりを持っており、この曲が持つイノセントな美しさが一際引き立ってよりエバーグリーンさが増している。
またノスタルジーを駆り立てるキュートなジャケット画は青山京子氏による描き下ろしである。

なお好カップリングのスプリットCDだが、12月22日に青山の“月見ル君想フ”でおこなわれる、ペンフレンドクラブ主宰ライヴイベントの「Add Some Music To Your Christmas」でのみ販売される非流通盤である。
同イベントはペンフレンドクラブの『Merry Christmas From The Pen Friend Club』のレコ発ライヴであり、RYUTistも出演するのでイベントを盛り上げるに違いない。
興味を持った音楽ファンは是非足を運んで、このスプリットCDを入手して聴いてほしい。


●2018年12月22日(土) @青山・月見ル君想フ
【Add Some Music To Your CHRISTMAS】
OP/11:00
前売/3,500円 当日/4,000円 (共に+1d、600円)
出演:The Pen Friend Club, RYUTist, OA:Quartet Ez
DJ:aco
・チケットぴあ https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=1849306

(ウチタカヒデ)


2018年12月8日土曜日

2018年11月3日(土)FMおおつ「この人に聞きたい」




113日「文化の日」は、2015年から「レコードの日」に制定されています。これは、この日にアナログ・レコードを集中してリリース・ラッシュをしようという “アナログ・レコードの祭典です。アナログ・レコードは昨年に2001年以来の100万枚超えを記録し、今年は再発も含め140以上のアイテムが発売になるという盛り上がりをみせています。そんなことから、レコード・コレクター歴48年の私がレコードについての話題で出演することになりました。

まず1曲目に選んだ曲は、The BeatlesSGT Peppers Lonely Hearts Club BandB2曲目に収録された<When I’m Sixty-Four>。何故この曲かといえば、歴史的大傑作『SGT.』はこの曲から始まったというスタートにひっかけ、また「チコちゃん」(注1)風に「ろくじゅうよんさ~い!」とはじけられない私の登場テーマにしました。そう私は、あと1年で年金支給年齢に到達する年齢になります。

次に選んだ曲はアン・ルイスさんの<恋のブギ・ウギ・トレイン>。これは今年の「レコードの日」に発売されるカタログの中にあった、19798月に山下達郎さんがプロデュースしたアン・ルイスさんの『ピンク・キャット』(注2)から発生したシングルということでのチョイスです。当初、このアルバムの初回盤はレコード盤がピンクだったということでも話題になっていましたが、今回の再発盤は180g重量仕様(注3)だそうです。 


ちなみにこの曲は当時のヒット曲ではありませんが、熱心な達郎フリークに支持され、翌年65日には英語詞の<Boogie Woogie Love Train>も発売されています。その隠れた人気ぶりは、近年「タイムスリップグリコ」の「青春のメロディー」シリーズの「シークレットバージョン」にも選ばれているほどです。ちなみに、作者の達郎さんにはスタジオ録音はありませんが、ライヴ・アルバム『Joy』に収録され、最近のツアーでも欠く事の出来ないレパートリーになっており、最近ではE-Girlsもカヴァー(注4)しています。 

では3曲目になりますが、(初代)ジャニーズの歌っていたテレビドラマ主題歌<太陽のあいつ>。この曲は私が中学2年(1967年)に初めて購入したレコード(ハジレコ)で、当時の価格は330円。当時は音楽に全く興味がなく、購入動機はこのレコードに「ベル・マーク」が付いていたからなんです。この頃の私はベル・マーク集めにはまっており、何か購入するときには必ず「ベル・マーク」をチェックしていました。このビクターから発売されていたレコードには、ジャケットの右上にマークが印刷されています。
そして次の曲ですが、これもジャニーズにまつわるナンバーになります。初代ジャニーズは全米進出を計画(196667年)していた時期があり、渡米したメンバーのあおいさん(注5)がある曲をレコーディングしています。ただ諸事情でお蔵入りとなり、その曲をアメリカのグループThe Associationが録音して大ヒット(全米2/年間20位)させています。その曲とは、現在活躍中のジャニーズ・アイドルABC-Z20131120日に発売した5枚目のシングル<Never My Love>です。この事実は熱心なABC-Zファンならご存知かと思います。実際ジャニー喜多川氏もその残念な想いをコメントしていますし、あおいさん自身も彼のライヴ・アルバム(注6)でその事実を語っています。なお、1970年代にはあのキャンディーズもライヴのレパートリーに取り入れていました。ただ彼女たちがベースにしたのは、スウェーデンのバンドBlue Swede1974年にトップ10入り(全米7位)させたカヴァー・ヴァージョンでした。ということで、<Never My Love>をオリジナルのThe Association、そしてキャンディーズがお手本にした1974年のヒットBlue Swedeのカヴァーの2曲どうぞ。
 洋楽レコードで初めて購入した盤もベル・マーク目当てで、それは人気番組『ザ・モンキーズ・ショー』の主題歌<ザ・モンキーズのテーマ>、価格は370円になっていました。この曲は、今何かと話題の沢田研二さんが在籍したG.S.ザ・タイガースも歌詞を変えて自分たちのテーマ・ソングとして歌っていたので、お馴染みの曲のはずです。ではここで、The Monkees<ザ・モンキーズのテーマ>を聴いてください。 

このザ・モンキーズは、当時全米を制覇していたザ・ビートルズに対抗するために一般公募によって結成されたグループです。ただこのプロジェクトに提供する曲はキャロル・キングやニール・ダイヤモンドなど当時のヒット・メーカーを総動員しています。それを彼らが登場するテレビ・シリーズ番組で放送するという筋金入りの企画でした。その成果はデビューした1966年から翌年の1967年にかけて出す曲全てがトップ3入りで3曲はNo.1になったほどです。その功績は“1967年のザ・ビートルズの称号が付くほどの大ブレイクでした。ここ日本でも、音楽に全く興味のない時期の私を夢中に(この番組が放送されていた火曜日1730には、色々な口実を作ってクラブ活動を休んだ)させたくらいですから、当時はザ・ビートルズよりも人気があったように感じていました。

ちなみにこのグループの仕掛け人は、ドン・カーシュナーというフィクサーですが、彼は途中でメンバーから追放されています。しかし彼は、テレビ・アニメでArchiesという架空バンドを手掛け、<Suger Suger>で再び全米制覇を果たしています。1970年代にはモンキーズは解散していますが、彼は自身のレコード会社Karshunerを設立し、実態のあるロック・バンドKansasを大成功させたほどのやり手でした。 そんな彼は2011年に73歳で逝去しますが、翌2012年にはロックの殿堂入りも果たしています。

なおこのモンキーズのメンバーは4人中3人が健在で、一昨年(2016年)には結成50周年ツアーを実施したほど根強い人気を持っています。そして彼らの代表曲の1つ<Daydream Beliver>(19674週連続全米1位)は、日本においてこれまでも数回リヴァヴァルするほどの人気ナンバーとしてお馴染み。そして、ザ・タイマーズがカヴァーした(1989年)日本語版は今でもCMソングとして流れ、日本では知らない方はいないのではないかと思われるほどの超人気定番曲です。それでは、<Daydream Beliver>をThe Monkeesオリジナルと、タイマーズのカヴァーでお聴きください。 

 さて今、聴いていただいた<Daydream Beliver>のオリジナルには出だしにメンバー同士の会話が入っていましたね。これはレコーディング中にリード・ヴォーカル担当の人気者Davy Jonesが自身の背が低いことにひっかけたジョークで返している場面を収録したものです。まずDavyが「この録音何番目だっけ?」と尋ねると、他のメンバーが「7番のAトラック!」、するとDavyが「ごめんよ、背が低いから聞こえなかったんだ」と返答してイントロが流れてくるという微笑ましいものです。その人気者Davyですが、残念ながら2012年に亡くなっており、オリジナルでの歌声はもう聴くことはできません。なお、この番組でDavyの吹き替えを担当していたのは、『水戸黄門』のうっかり八兵衛役こと高橋元太郎さんでした。

余談になりますが、日本では1980年にこの曲がCM(コダック・フィルム)に使用された時期に、大リヴァイヴァル・ブームが起こっています。その当時に再発された彼らのLP100位圏内に7枚同時にランク・インしたほどで、メンバーの来日にまで発展しています。

またこのT.V. 『ザ・モンキーズ・ショー』は後のM.T.V.やプロモーション・ビデオに多大なる影響を与えた革命的な伝説の番組で、1986年にそのMTVで再放送されると、本国でも爆発的な反響をよび、大々的な全米再結成ツアーが実施され新作が発表されるほどでした。

まそして1989年にカヴァーを発表したタイマーズですが、これは故忌野清志郎さんを中心に結集した覆面バンドで、バンド名はGSザ・タイガースにひっかけたものと言われています。このバンドでの清志郎さんの愛称はZERRYなる変名は沢田研二さんの愛称ジュリーをパロったものでした。また、バンド名は時計のタイマー以外にダブル・ミーニングされている事は清志郎さんファンにはお馴染みですね。

ちなみにこのザ・タイガースの活動期間はたった4年程ですが、今も根強い人気を持つ伝説のグループです。ヒット曲が多いだけでなく、音楽的にもGS期の大傑作アルバム『ヒューマン・ルネッサンス』を残しています。1970年に解散後、1982年には「同窓会」(オリジナル・メンバー1人が欠けた)を開催し、その模様を収録したLPAlive』は何と3枚組でした。そして2013年にはフル・メンバーでの再結成ツアーを敢行しています。そのオリジナル・メンバー全員が勢ぞろいした公演は、43年を経過したにもかかわらず東京ドームを含め10万人を動員したほどです。 

 また今何かと話題の沢田研二さんは2008年の還暦コンサートでは、東京・大阪ドームにて(ゲストもなく自身のバンドを率いて)一人で80曲をフルコーラスで歌う6時間半ライヴを決行しています。そして、昨年から今年にかけては「古希(70歳)ツアー」を開催中です。ここ滋賀でも8/4にびわ湖ホール、11/18には地元の京都ローム・シアターと全国66ケ所にて開催中で、ラストは2019116日の大阪城ホールと19-21日は日本武道館3Daysという健在ぶりです。

ちょっと話はそれてしまいましたが、ここまでは私が音楽ファンでなく、成り行きで購入していた時代について紹介しましたが、ここからは音楽に目覚めてレコードを買いだしてからの話をします。
 ちなみに私は小中学生の頃は、漫画家を目指していたほどの漫画&アニメ・マニアで、中学までは音楽には全く興味がなく、一番苦手な科目は音楽だったほどです。そんな私が音楽に目覚めたのは、高校生(1970年)になり、ロック・ファンの友人が出来てからです。最初はレコードを購入する小遣い仕様の優先順位が低く、その友人からレコードを借りたり、安く売ってもらったりしていました。当時の我が家にはステレオがなく、あったのは電蓄と呼ばれていたポータブル・プレーヤーで、レコード針も消耗したら取り替えるといった概念もありませんでした。それまで我が家でのプレーヤーの役目といえば、アニメのソノシートをかけるくらいでしたから、あたりまえですね。

そんな私でしたが、当時のチャールズ・ブロンソンの登場するメンズ・コスメCMソング「マンダム」のテーマ・ソング<男の世界(Mandam: Love Of The World)>に夢中になり、新譜をレコード店で購入するようになりました。もちろんその化粧品「マンダム」も、ブロンソンのポスター目当てに購入しました。そのテーマを歌っていたのはブロンソンと思っている方もいらっしゃるかと思いますが、Jerry Walleceというカントリー・シンガーでした。 

 さらにこの頃は高校入学祝いに買ってもらった3バンド・ラジオで深夜放送オールナイト・ニッポンを朝まで聞くほどはまっていました。当時欠かさず聞いていたのは、土曜深夜の亀淵昭信さん(通称:亀チャン、後にニッポン放送社長)。ここから熱狂的な音楽マニアになります。そのきっかけは、ある日の放送で偶然聴いた(1970年初頭解散していた)The Beatlesの<抱きしめたい(I Wanna Hold Your Hand)>に感動したことです。

そんな時、タイミングよく映画『Let It Be』が公開中で友人と見に行きました。でも演奏風景だけのドキュメント作品は、当時の音楽初心者の私にとっては非常に退屈なものでした。ところが併映となっていた『ビートルズがやってくるヤァ!ヤァ!ヤァ!(A Hard Day’s Night』があまりに素晴らしくて夢中になり、即座にLPを購入しています。ただその時の本音は<恋する二人(I Should Have Known Better)>が目当てでしたが、タイトルがわからなかったのです。店員に「映画の列車シーンで、Johnがハーモニカを吹いて歌っていた曲」と尋ねてもわからず、清水の舞台から飛び降りた気持ちで(笑)1ケ月の小遣い2,000円をはたいてLPを買ってしまったというのが事実です。ではここで、The Beatles1964年に全米を制覇した大ヒット(7週1位)<抱きしめたい>、それに<恋する二人>を聴いてください。

とはいえレコードを購入し始めた当時は、クラブ活動もまじめに取り組んでいた頃で、限りある小遣いをどうして工面したらよいかと悩んでいました。そんな時、ある雑誌で亀チャンが高校時代に昼食の弁当代をレコード購入につぎ込んでいた(栄養失調になり親から大目玉を食ったと書かれていた)というエピソードを知りこれだ!と思い、早速実践しました。仕事をしていた母に弁当を作る手間を省かせるという口実を作り、パン購代用にもらう昼食代と、電車とバス通学を自転車通学にふりかえて定期代をうかすというものでした。ただこれには空腹に耐えることと、雨天時には交通費は自己負担といったネックもありましたが。

さらにこの時期には私が音楽にはまるきっかけとなる出来事がありました。それは、まだ家にステレオの無い当時に入りびたりになっていた(ステレオのある)友人宅でのことで、彼のお兄さんが大学へ進学するので古い音楽雑誌を処分するという話を耳にしました。それを聞いた私はそれを譲り受け、自転車の荷台に乗せ何往復もして引き取り、勉強そっちのけで読みふけるようになりました。その本とは19651970年に発行された月刊音楽雑誌ほぼ九割というものです。中には1966年のThe Beatles来日記念雑誌もあり、その中にはJohn Lennonが「シェー!」をした写真もありました。またその雑誌を運び終わった3日後に、友人宅が火災で焼失してしまうという事件があり、その雑誌との運命的な出会いを感じました。ちなみに、これらは今も実家にストックしています。 

 そして、1971年夏には後楽園球場のGrand Funk RailroadGFR)に行った友人から豪雨の中で敢行されたという壮絶なライヴ体験の自慢話に触発され、自分自身もライヴを体験したくなりました。そこで同じ年の秋に行われたLed ZeppelinZep)初来日日本武道館公演に出かけています。なお、この公演日は私の通う学校では体育祭当日でしたが、親に拝み倒してチケットを東京の親戚にお願いして手に入れての参戦でした。そこには友人から「アポロ11号の搭乗員が宇宙に持って行ったと言われていたSonyの超小型(当時)カセット・レコーダー」(旧パスポート・サイズ)を借りて隠し撮りをしていました。またその日の公演にはThe Alfeeの高見沢さんも駆けつけていたようでした。その事実は以前勤務していた会社の部下で高見沢さんの追っかけをしていた女性から聞き、彼に当日テープのコピーを渡したことがあります。なお彼らの初来日では広島でチャリティー公演を開催し、その収益を原爆被災者に寄付するといった行動をしています。当時はまだチャリティーが一般には浸透しておらず、当時世界的に話題となったGeorge Harrisonが主催の「Bangra Desh難民救済コンサート」が同年8月に開催したばかりで、世界的ビッグ・グループとなっていた彼らの慈善活動は音楽雑誌以外では大きく報道されていません。

では最後になりますが、私が初めて輸入レコードを購入した話をします。それは先ほどふれた1971924日のZepコンサートの帰りでした。当日の公演は14時開演で夕刻には終演していたので、銀座に寄りYAMAHAにあった1970年発売の『Led Zeppelin 』を1,600円で購入しています。そもそもレコードは再販品で新譜も旧譜も定価販売(ほぼ2,000円だった)で、安く購入できることがうれしかったです。それにビニール・シートでパッキング(ヴァージン・シール、国内盤でもSONYの洋盤はこの様式)され、そのシートには「Gold Disc」のステッカーが貼られており、その珍しさもあっての衝動買いでした。日本国内盤のように歌詞カードや解説はついていませんでしたが、オリジナル盤を持っているという優越気分に浸っていました。

こんな感じで、はじめは安いという理由での購入でしたが、日本盤が出る前にいち早く聴けるという事に気がつきました。ただそんな新作になると2,800円位と値が張るので、なかなか手を出せないのが現実でした。ところが、近所のショップでのバーゲンで国内盤よりも1ヶ月以上早く発売されていたのにかかわらず国内盤と同価格の2,000円だったので(多分、価格の付け間違い?)思わずゲットしました。

その1枚はZepの一般に『』と呼ばれている新作。正式タイトルは無く、バンド名やレコード会社さらにはレコード番号も印刷されていないものでした。今では、そのLPパッケージに添付されていたメンバー四人のシンボル・マーク・ステッカーから「フォー・シンボルズ」ともよばれています。ここには来日公演で披露された新曲も収録されていました。それはZepらしいロック・ナンバー<Black Dog><Rock’n’Roll>と、(ベルリン・フィルハーモニー管弦指揮者ヘルベルト・フォン)カラヤンからも絶賛された一大傑作<天国への階段(Steaway To Heaven)>などでした。このアルバムは全米だけでも2,300万枚をセールスし、今なお売れ続けている彼らを象徴する大ヒット作です。

バンドは1980年にドラムスのジョン・ボーナムの急逝で解散していますが、20071210日に元所属会社の創始者(Atlanticレコード、アーメット・アーティガン)追悼コンサートに再結成(ドラムはジョンの息子ジェイソン)で出演しています。その公演チケット2万席には世界中から2,500万人が応募しています。なおこのペア・チケットにはオークション・サイトでは83,000ポンド(約1,900万円)もの値がつき、それを支払った事実も確認されていたという事で、世界中で大きな話題となりました。では、『Led Zeppelin 』からロック史上に燦然と輝く名演奏による名曲<天国への階段>聴いてください。

そしてもう1枚は、当時一世を風靡していたグループCrosby, Stills,Nash & YoungCSNY)のNeil Youngが発表した『Harvest』です。そのNeilCSNY名義で1970年に発表した、ケント州立大学の学生紛争で学生の死亡者が出たことに抗議する<Ohio>を書き、現在もFuji Rock Festivalなどにも参加しているカリスマ・シンガーです。この曲の「ブリキの兵隊とニクソン(大統領)がやってきて、オハイオで4人が死んだ(殺された)」と現職大統領を名指しで抗議(コーラス隊は泣きながら唄っている)しているところに、カルチャー・ショックを受けました。 

というのも当時の日本ではこのような政治的メッセージのあるレコードは発売禁止(その代表は「頭脳警察」等)になっていたからです。それにゴーサインを出したのは、先ほど名前の出たアーメット・アーティガンなんですが、その自由な精神のアメリカという国にも憧れを持ちました。しかも商業的には、<Teach Your Children>(映画『小さな恋のメロディ-』の挿入歌)という名曲を発売した直後にもかかわらず、強行発売を実行しています。結果、過激な歌詞にもかかわらず大ヒット(全米14位)となっています。そんな経緯もあって、新作が出たら一刻も早く聴きたいと思っていた頃でした。このLPには彼の最大ヒットとなった<孤独の旅路(Heart Of Gold)>が収録されており、擦り切れるほど聴いた記憶があります。では最後に、CSNYをカリスマに持ち上げた傑作<Ohio>、ラストはNeilの最大ヒット<孤独の旅路(Heart Of Gold)>の2曲どうぞ。 

今お聴きいただいた<Ohio>ですが、当時の日本盤シングル・ジャケットには、NeilではなくStillsがアップになっています。そして、今ではCSNYではなくNeilのレパートリーとしての方が有名になっています。これは彼が私欲を棄てソロ名義ではなく、グループのレパートリーとしてリリースしたもので、この無欲のスタンスが完全にカリスマとして語られる存在になったと感じます。ちなみに今お話しした2枚のLPはご存知の方は多いかと思いますが、今も名盤としてカタログにも残っている傑作アルバムです。さて、補足になりますが、<学生街の喫茶店>のヒットで知られるGaroはこのCSNYに影響されて結成されたグループです。彼等はヒットを出す前には、「和製CSNY」としてコアなフォーク&ロック・ファンをうならせていました。またこのCSNYの名前は、太田裕美さんの<木綿のハンカチーフ>を収録した大ヒット・アルバム『心が風邪をひいた日』(1975年)の<青春のしおり>(作詞:松本隆)の一節にも登場しています。

いかがだったでしょうか?今日お話しさせていただいたのは、私の中学から高校時代にかけての1960年代後半から1970年初めころのレコードの購入奮闘記でした。今では音楽の聴き方は、CDや配信などを利用されている方がほとんどで、もしご自宅にレコードがあったとしても眺めるだけになっていらっしゃるかと思います。とはいえ、今でもレコード・プレーヤーはリーズナブルな価格でも流通しています。デジタル音楽とは違ったアナログの優しいサウンドにも耳を傾けてください。本日お話しした内容は、小学館から発売した私の著書『よみがえれ!昭和40年代』にも詳しくまとめていますので、是非ご覧ください。またアナログでの音楽鑑賞をされたい方はアナログ・レコードの宝庫、金沢工業大学のPMCでボディソニックで堪能されることをお奨めします。

放送終了後に社長の古田氏から大津の音楽事情をご伝授いただきました。まず一般にも有名なGSの「オックス」、人気No.1メンバーだった赤松愛さんは大津の出身ではなく、それも在籍期間はわずか1年ほどしかなく彼の存在でオックスを語られるのにはいささか心外だとのことでした。またもう1つの有名人として「誰がカバやねんロックン・ロールショー」。当時、彼等は「東のおとぼけ(東京おとぼけキャッツ)、西の誰カバ」と称されるほどの時期がありました。そんな彼等はお笑い系でもてはやされて関東進出していた時期があり、もしかしたらザ・ドリフターズの後継者になったかもしれなかったそうです。ただ、ミュージシャンとしての成功を夢見ていたので、お笑いの道には進まなかったということでした。個人的には言わせていただくならば、「誰がカバやねんロックン・ロールショー」というバンド名と、彼らの風貌を見る限り、お笑いの道に進むべきだったのでは?と思えます。とはいえ、このドリフの後継者という話では、故いかりや長介さんがデビュー直後のサザン・オールスターズを見て、桑田さんをお笑いの道に引き抜こうとしていたという話の方が、今の日本の音楽シーンを語るうえで興味深い話ではないでしょうか。
(鈴木英之)


(注120184月からNHKで放映中のクイズバラエティ番組「チコちゃんに叱られる!」の司会進行役の着ぐるみ少女・チコちゃん。この「好奇心旺盛の何でも知ってる5歳児」が大人にクイズを出し、知らないと「ボーッと生きてんじゃねぇよ!」と叱られるのがお決まり。

(注2)このアルバムは達郎さんが19781220日発売の『Go Ahead』を引っ提げた全国ツアー「Flying Tour Part 1」の真最中で、1021日に発売される『Moongrow』の準備段階に制作されたもの。当時、関西では『Go Ahead』からシングル・カットされた<Let’s Dance Baby>のカップリング曲<Bomber>が大喝采を浴びていた。 

(注3)通常LPレコード盤の重量は120130g。重量が重くなると慣性質量の増加により、ターンテーブルの回転が安定し、盤がターンテーブルの密着度が増します。これにより、レコード針と盤の溝の接触が安定して、原音に近い再生を得ることが出来ると言われています。

(注420013102日第6作<ごめんなさいのKissing You>(阿部サダヲ主演映画『謝罪の王様』主題歌)のカップリング曲。

(注5)アニメ『あしたのジョー』で矢吹丈の声優、また時代劇『水戸黄門』の助さん役で知られるあおい輝彦さん。

(注61977125日発売の『あおい輝彦 オン・ステージ』(1976104日中野サンプラザ収録)。