2018年9月23日日曜日

【ガレージバンドの探索・第二回】 バミューダ諸島のガレージバンド


60年代のバミューダ諸島のガレージバンドがかっこいい。 
Crypt RecordsやArf! Arf! のコンピレーションでもよく登場するThe Savegesは比較的有名かもしれない。
1966年、Eddy De Melloが運営していたDuane Recordsから、首都ハミルトンのPrincess HotelのナイトクラブHubでの演奏を収録したライブ盤フルアルバム 『Live'n Wild』 (Duane ELP 1047)がリリースされている。



収録曲はThe Drifters、The Animals、アイスランドのパンクバンドTHOR'S HAMMERのカヴァーの他、オリジナルが9曲。オリジナル曲の 「The World Ain't Round, It's Square」 を初めて聴いた時は衝撃的だった。

   

同年、ニューヨークのA&Rスタジオでもレコーディングを行っているのだけれど、その滞在中にハーレムを訪れた際、メンバーの誰かが侮辱的な発言をしたことで命に関わるような騒動が起きたらしい。
詳細は明らかにされていないけれど、この出来事が原因でバンドは解散した。

『Live'n Wild』 も前回の記事で取り上げたThe Rising Storm の『Calm before…』 同様、再発が出るまでは入手困難なレアアイテムだったそうだ。1984年にResurrection Recordsから、2017年にTwitchin' Beatから再発があり、オールデイズレコードジミー益子監修 60’s GARAGE ROCKIN’ OLDAYSシリーズの復刻CDも先月発売されている。ニューヨークで録音されたシングル曲の「Roses Are Red My Love」がボーナストラックで収録されていて嬉しい。 The SavegesはThe Gentsというバンドの影響を受けて結成された。The Gentsも1966年にDuane Recordsから7インチをリリースしている。

   
「If You Don't Come Back」/「I'll Cry‎」(DUANE 1048) 

 The SavegesやThe Gentsは、トワイライトガレージのようでもあるけれど、The Rising Storm のメランコリックさとは違う、どこか神秘的な、乾いた激しさを感じる。

同ジャンルで、Duan Recordsから最初にリリースしていたのはThe Weadsというバンドだった。彼らはニューヨーク、ストーニーブルック校の学生バンドなのだけれど、学校にバミューダ出身の生徒がいた。
その生徒が持ち帰ったThe Weadsのデモテープを聴いたEddy De Melloは、すぐにメンバー達にコンタクトをとり、3年10曲の契約を結んだ。約1年後には、レーベル離脱を望むThe Weads とEddy De Melloとの間でトラブルが生じ、契約が達成されることはなかったようだけれど、1965年に7インチ「Today」/「Don’ t Call My Name」(DUANE 1042)がリリースされている。




「Today」はローカルラジオ局ZBMで流され、バミューダで2位になった。 リゾート地のバミューダ諸島で休暇を過ごしていた学生達にも、The Weadsは広く知られることになり、島の周辺やPrincess Hotelでライブを行った際も観客が集まった。
The Weadsの7インチの成功は、後のThe SavegesやThe Gentsのリリースにつながったようだ。

 参考・参照サイト
https://www.garagehangover.com/category/country/bermuda/
(文:西岡利恵 / 編集:ウチタカヒデ)

2018年9月20日木曜日

Promotional film trailer for Monkey's Uncle found.


The Beach Boys自身の映画出演作は極めて少ないが、その中のうち「Monekey's Uncle」(Richard M. Sherman、Robert B. Sherman作)のプロモ16mmフィルムを入手しデジタル化してみた。


内容は本編映画オープニング部分を利用した内容になっているが、こちらはモノクロではあるものの本編では見られない内容となっている。

 
【映画版本編オープニング】

「Monkey's Uncle」のイントロが流れると間も無くDisneyのロゴが登場し歌い出しに入りいいところでAlと Carlが写るポジションに“The Monkeys Uncle”のロゴの一部がかぶさり見えなくなってしまうが、 プロモ版ではロゴの登場がなくイントロから通しで演奏を見ることができるのだ。
本編ではAnnette Funicelloの歌が入るとロゴが消え、しばらくロゴなしの演奏シーンが見ることができるが、"Ape for me!"とハモろうとした瞬間、今度は出演者等のクレジットが出現しBrianの姿が消されてしまう。 プロモ版ではこのようなことがなく、"Ape for me!"とハモり、見得を切っているメンバーの姿が確認できるが、Brianの口があってないのがご愛嬌だ。そしてイントロのメンバーのユニゾンで"Uh, huh, She loves the monkey's uncle"から始まる部分もロゴの壁に阻まれ全体を見ることができないが、プロモ版では容易に見ることができる。
それ以降も出演者等クレジットが流れダンス会場と思しきダンスに興じる映像と間奏の後AnnetteとMikeがモンキーダンスを踊るシーンにと変わるが、プロモ版では宣伝の為なのか劇中シーンの数々がコラージュされ流れる仕様となっているので、 "A bride! A groom! A chimpanzee! " と、映画ではハモっているシーンも出てこない。再び"AnnetteがLove all those monkeyshines,Every day is Valentine's"と歌い出し、"Ape for me!"とハモる瞬間製作者のクレジットがBrianの胸あたりに出現し、画面中央部に映し出される形となっている。

プロモ版の方はロゴの登場はなく終部まで演奏が続くように編集されている。 プロモ版で仕様されている音源はモノ音源だが、シングルとは異なるミックスとなっており全体的にベース音が大きくコンプレッションの効いたやや歪んだ音で、Annetteのヴォーカルにはエコー処理がされていない。おそらく映画館での音響を考慮しての結果と思われるので映画版も同様の処理がされていると思われる。 また本作のラジオのスポット広告用プロモレコードもあり、歌なしの演奏やコーラスのみのパートを断片的に聞くことができる。

【「Monekey's Uncle」プロモ16mmフィルムデジタル化版】


セッションデータによれば、録音は1964年6月16日Sunset Soundで行われており 、メンバーは以下の通りだ。

Hal Blaine (drums)
Gene Estes (percussion)
Bill Pitman (guitar)
Tommy Tedesco (guitar)
Steve Douglas (saxophone)
Jay Migliori (saxophone)

一年後奇しくも『Pet Sounds』〜『Smile』まで長い付き合いとなるメンバーである歌の方は別の日に行われたようだ。
この録音を仕切っていたのはSalvador "Tutti" Camarata、Disneyの音楽部門のトップである。戦前からミュージシャンやビッグバンドのアレンジャーとして活躍し、米Deccaから多くの作品を手がけ、渡英の際米国内へ英国産クラシック音楽の普及の為にLondon Recordの立ち上げにも関与している。後にDisneyに見出され音楽部門で手腕を発揮し独自レーベル設立や今では有名になったDisney映画のヒット曲を手がけ、Annetteのデビューもその中の一つである。
Annetteは「Monkey's Uncle」の前にはサーフィンを主題とした映画にいくつも出演し劇中歌の提供者にBrianやGary Usherも名を連ねている。
当時GaryがDeccaの製作スタッフにコネがあったのもThe Beach Boys起用に影響があったと思われる。

セッションの話に戻るが、録音場所のSunset Soundの設立者はCamarataであり、Disney関連専門の音楽スタジオが当時なかった為自ら設立したものであった。Disneyの経営からCamarataが離れるとスタジオ経営に専念し、多くのミュージシャンから愛されロックの名盤を数々生んでいる。
The Doorsの『Strange Days』からPrinceの『Purple Rain』、Decca/London繋がりの妙縁かThe Rolling Stonesの『Exile on Main St.』が代表作だ。現在も親子二代に渡って経営を続けている。
(text by MaskedFlopper / 編集:ウチタカヒデ)

2018年9月13日木曜日

【速報】ザ・ペンフレンドクラブがクリスマスアルバムを11月14日に発売




【Merry Christmas From The Pen Friend Club】
(メリークリスマス・フロム・ザ・ペンフレンドクラブ)

アーティスト名:The Pen Friend Club / ザ・ペンフレンドクラブ
発売日:2018/11/14
品番:PPRD-0004
価格:¥2,500(税抜)
ライナーノーツ:Tommy(Vivian Boys)
発売元:ペンパル・レコード

『冬の圧倒的多幸感!ザ・ペンフレンドクラブのクリスマスアルバム!』

マライア・キャリー「恋人たちのクリスマス」、ダーレン・ラヴ「クリスマス」、ワム!「ラストクリスマス」、ザ・ビーチ・ボーイズ「リトル・セイント・ニック」に、往年のクリスマスナンバー群とオリジナル曲「Christmas Delights(カンケ編曲)等、全16曲を堂々封入!!
ライナーノーツはVivian BoysTommyが執筆!


・収録曲
1.All I Want For Christmas Is You
2.Christmas (Baby Please Come Home)
3.Frosty The Snowman
4.Santa Claus Is Comin' To Town
5.I Saw Mommy Kissing Santa Claus
6.Rockin' Around The Christmas Tree
7.Last Christmas
8.Winter Wonderland
9.Christmas Delights
10.White Christmas
11.Let It Snow
12.Jingle Bell Rock
13.Little Saint Nick
14.Amazing Grace
15.Auld Lang Syne
16.Silent Night


・The Pen Friend Clubプロフィール
2012年に平川雄一により結成。ザ・ビーチ・ボーイズ、フィル・スペクター周辺の60年代中期ウェストコーストロックをベースとした音楽性。2015年にはザ・ゾンビーズやジェフリー・フォスケット来日公演のオープニングアクトも務めた。過去5枚のアルバムは全てロングセラーとなり、LP盤も全てソールドアウト2017年にはベストアルバム『Best Of The Pen Friend Club 2012-2017』をサザナミレーベルより発表。

・メンバー構成
Gt.Cho-平川雄一
Vo.Cho-藤本有華
Ba.Cho-西岡利恵
Dr.Per-祥雲貴行
Org.Pf.Flu.Cho-ヨーコ
Glo.Per-中川ユミ
Sax.Cho-大谷英紗子
A,Gt. Cho.-リカ


2018年9月10日月曜日

ツチヤマコト:『amaoto memo』 (DOTS TONE/dtst-010)



弊誌でも高く評価してきた土屋貴雅のソロプロジェクト“ツチヤニボンド”の現ベーシストで、土屋の実弟でもあるツチヤマコトが、ファースト・ソロアルバムを9月12日にリリースする。
ツチヤは2011年からサウンドクラウド上で自作曲を発表しシンガー・ソングライターとして活動を始めた。13年よりハカラズモ!(現在休止中)に参加し、その後16年春よりツチヤニボンドに参加することになる。そのきっかけは意図されていたのか知れないが、スタジオでのバンド練習に参加しそのままライブに出演して、気付いたらメンバーになっていたという。
ツチヤニボンドの革新的で雄一無二なサウンドの素晴らしさは、筆者の過去レビューを一読して欲しいが、ここではツチヤのこのソロアルバム『amaoto memo』を紹介したい。 

本作は基本的にツチヤの自宅スタジオを中心にエンジニアリングも含め一人多重録音でレコーディングされており、各種ギターとベース、キーボードの主要楽器は彼がプレイし、サポートとしてハカラズモ!のドラマーである吉川賢治が全曲、フルート奏者の松浦彩花、パーカッショニストの篠原玄が各2曲で参加している。
またミックスとマスタリングには、ツチヤニボンドをはじめ個性的なバンドやアーティストを多く手掛けるエンジニアの中村公輔が担当しているのも大きなポイントだ。
アルバム全体的に音数を削ったギター主体の風通しのいいリズム・トラックに、詩情溢れる心象風景を描いた独特な世界が浮遊感あるヴォーカルによって歌われる
メロディのスケールやコード進行には60年代中期以降のポップスやサイケデリック・ロックの匂いがするので、所謂ソフトロックとカテゴライズされるも理解出来るが、それだけには収まらないサムシングな魅力があるのも確かだ。

   
では筆者が気になった主要曲を解説していこう。
冒頭の「雨音メモ」は1分10秒の小曲だが、イントロの4小節を聴いて直ぐに本作の素晴らしさを感じ取った。複数のギターがリズムのタペストリーを紡いで、有機的に動くベース・ラインとミッドテンポのシェイクでグルーヴするドラム・パターンだけでサウンドは完成されている。
続く「かくれんぼ」は前曲の変奏曲のようだがコード進行はやや異なる。ブリッジのエレキギターのリフにはポール・マッカートニーの匂いがして、続く松浦のフルート・ソロもソフトサイケなスケール感がたまらない。
「おはようとさようなら」はバーズ風の西海岸フォークロック調のバースに、英国のマージービート風のフックが融合しているユニークな構成だ。この曲もシンプルな楽器編成なのだがパート毎のコード転回が巧みなので聴き飽きない。

本作中最も異色なのはインストの「新しい街で」だろう。フェイザーを効かせたエレキギターのリードのバックでアコースティック・ギターがボサノヴァを刻む。巨匠エンニオ・モリコーネの60年代末期~70年代初期のラウンジ系サウンドトラックを彷彿とさせる音像が爽やかである。
本作中最もビーチボーイズ(ブライアン・ウィルソン)の影響下にあると思しき「夢の続き」は、リズム・アレンジやコーラス・ワーク的に非常に凝っており、音楽通が多いWebVANDAの読者に最も好まれるだろう。
ラストの「森のリズム」は60年代中期のサイケデリック・ロックとその影響下にある80年代のネオアコースティック系のサウンドに通じており、筆者が好きなLove & Rocketsの『Earth Sun Moon』(87年)を彷彿とさせた。
ツチヤが所属するツチヤニボンドのエクスペリメンタルなサウンドとは異なる、彼独自の音世界に興味を持った音楽ファンは是非入手して聴いて欲しい。
(ウチタカヒデ)


2018年9月7日金曜日

2018 shinowa "Flowerdelic" レコ発ライブ 東京公演

















今年2月にフル・アルバム『Flowerdelic』(LITTLE EYES IN A MEADOW/LEIM-002CD)をリリースしたshinowa(シノワ)が、 レコ発ライブとして、9月16日(日)に東京公演をおこなう。
彼らは96年にリーダー兼リードヴォーカル、ギタリストの山内かおりとギタリスト兼プログラミングの平田 徳(ヒラタハジメ)を中心に大阪で結成されたサイケデリック・ギター・ロックバンド。
01年にファースト・アルバム『Bloom 光の世界』を GYUUNE CASSETTE 傘下の Childish Soup よりリリースし、野有 玄佑(ノウゲンユウ、ベース&ドラム)が加入して現在の男女3人組となっている。


『Flowerdelic』の独創性的なサウンドとポップな感覚の融合は、筆者による前回のレビューを読んで欲しいが、東京近郊でのライブが少ないだけに、この機会に彼等の生演奏を体験してみてはいかがだろうか。
ライブにはサポート・メンバーとして、ギターの西牟田 翔(ウツツキ)、ベース兼コーラスのメラノ斎藤(White Moles/ムチムチプリン)、キーボード兼コーラスの青木ミミ(White Moles/ムチムチプリン)の3名が参加する。

【L to R:
西牟田 翔/メラノ斎藤/青木ミミ/山内 かおり/平田 徳/野有 玄佑】

また最近のトピックとして触れておくが、メンバーの野有が、若干15歳の美少女“それいゆ”を配するSOLEILのセカンド・アルバム『SOLEIL is Alright』(9月19日リリース)に一般公募から「Every Day Every Night」を楽曲提供している。 こちらのアルバムも参加する作家陣のバラエティさから既に話題となっている。





【shinowa "Flowerdelic"リリース関連ツアー】

●9月16日(日) @東京 青山 月見ル君想フ
出演:shinowa,SUGAR PLANT
OPEN 18:00 START 18:30
Adv. 3,000yen Door 3,500yen+1D 600yen
※小学生以下無料
http://www.moonromantic.com /03-5474-8137(月見ル君想フ) 

●10月19日(金)
shinowa ReleaseTour "Flowerdelic"
 @京都UrBANGUILD(アバンギルド/木屋町三条下ル)
出演:shinowa,hinowa,山本精一とbikke,数えきれない,仙石彬人[TIMEPAINTING, Visual]
OPEN19:00 / START19:30 adv.2000yen+1drink /door.2500yen+1drink http://www.urbanguild.net/ur_schedule/event/20181019_shinowareleasetour_flowerdelic

●10/20(SAT)
@大阪なんばBEARS
・詳細は後日shinowa OFFICIAL WEB SITEに掲載

●10月
長崎にてライブ予定有
・詳細は後日shinowa OFFICIAL WEB SITEに掲載
 shinowa OFFICIAL WEB SITE 

(ウチタカヒデ)


2018年8月29日水曜日

佐野邦彦氏との回想録15・鈴木英之


前回の回想録は「VANDA28」の発行までをまとめたが、今回は定期刊行としてはラストとなった「29」の発行までの出来事について紹介する。この号の製作期間は2002年の中ごろから2003年の初夏頃になる。この時期、佐野さんはお父様の他界という悲しい出来事に接している。それは彼が自宅近郊にある実家に立ち寄った際の出来事で、彼が訪れた時にお父様は危篤状態だったという。その事態に同居のお母様は即救急に連絡を取るも、実家の歩道は狭く救急車入れない状況だった。そんな中、保健所勤務だった彼は救急士が到着する前に、しかるべき緊急処置を全て対応していた。しかしその甲斐なく、お父様は時既に遅く帰らぬ人となってしまったということだった。

そんな悲報に遭遇したとはいうものの、彼はこれまで同様に月1回のRadio VANDAは穴をあけることなくこなし、また当時怒涛のように発売されていた貴重音源のリイシュー盤やライヴ映像をチェックしてWeb.VANDAへの情報発信投稿も精力的に行っている。この頃のWeb.の閲覧数は60万を超えており、マニアックな音楽ファンにとって佐野さんの一挙一動が大きく影響を与えていたのがよくわかる。その量と内容がいかに濃かったかは、「29」のP8593の「Latest Items」に列記されたラインナップのフォントをかなり小さくなっていることでも判断できるはずだ。

またYou-Tube2005年開設)もスタートしていなかったこの当時の映像作品はかなり高価だったこともあり、一般には広く見られていたとは言えなかった。ただ、佐野さんは貧欲に興味のある映像は即入手してチェックしまくっていた。珍しいものを入手すると、「絶対、これ見ておくべき!」とばかりに早々にダビングして送られてくることが多く、私はその恩恵に預かっている。そのおかげもあって彼との会話はさらにコアなものになっていった。

さらにそれまで大好評を得ていた『Soft Rock A To Z』の大改訂版『Soft Rock A To Z The Ultimate!』も9月に発刊している。その内容は初版発刊以来、新たな発見記事についてVANDAを通じて追記させていたものを反映させたコンプリート版で、これまで資料提供という協力者のポジションだった私も、新規執筆者として参加させていただいている。佐野さんが大ブレイクを遂げた「VANDA 18」以降、お互いに刺激し合ってそれまで注目されていないジャンルを紹介した集大成いう出来に仕上がったと思っている。何せこの本で紹介されている大半は、リアルな時期では都内のショップ等で「カット盤の帝王」的なものが大半で、当時は3500円や1100円でも売れ残っていたものばかりだった。当時、そんな「屑」同然の扱いのアルバムを聴き漁っていた私の記憶と、それを探求する佐野さんとの付き合いからまとめられたものも多く、印象深いものばかりだった。


このように以前にも増して精力的に勤しんでいた佐野さんだったが、そんな彼でも一向に進展せず難航しているものがあった。それは、かなり以前から多くの知人たちに執筆の協力を呼び掛けていた「リスナーのための音楽用語辞典(仮題)」だった。それは単に一般の音楽用語を羅列して解説するのではなく、項目を音楽ファンの視点でまとめるということを着眼点にしたもので、読み物としても成立するような画期的なコンセプトを持った本になる予定だった。

当初、私は「音楽的な用語は無理」とばかりに、ビンテージ・ギターのコレクターで多くのコピー・バンドを掛け持ちしていた後輩のK君に振っていた。ただ、佐野さんからリアルタイマーとしての時代的を反映したような項目をというリクエストがあり、「少しだけなら」という感じで手伝うようになった。そこで私が挙げたものは、個人所有の「ぴあ」などの情報誌やFM雑誌などから検証する、「名物ロック喫茶」「名物ライヴ・スポット」「名物レコード・ショップ」「来日公演チケット購入プレイガイド」「人気ラジオ・テレビ音楽番組」など、十代後半から二十代に直接見聞きした概況を記憶の限りまとめるといった項目だった。それを話すと佐野さんは「それって絶対鈴木さんしか出来ないもの!」として、思いっきり背中を押してくれた。ただまとめ始めてみるとあまりにも守備範囲が広がりすぎ、膨大な量になってしまい、コンパクトにするため書き直しの毎日となった。また音友の木村さんから「各項目の内容のレベルにばらつきがあり、全体的なバランスに問題がある」とダメ出しされ、延期に次ぐ延期となり、ついには棚上げ状態となってしまった。そのデータについては、木村さんから佐野さんに渡され、その他のメディアに持ち込んだようだったが、その後どのようになったかは不明だ。


そんな頃、「26」の編集に尽力してくれた木村さんから「VANDAを音友の出版ルートにのせませんか?」という話を持ち込まれている。前回でもふれていたが、この時期のVANDAは佐野さんと松生さんそれに私の三人で編集費用を負担するという状態だった。彼にしてみれば経済的な問題が解消でき、私と松生さんへの負担を解消できるということもあり、一時は音友傘下も選択肢の1つとして検討していたようだった。ただ、この頃には出版業界はかなり斜陽産業化しており、「Web.VANDA」と「Radio VANDA」を通じ、制約のない自由な活動が軌道に乗ってきていた。そんな事情もあり、ある時に彼から「VANDAはこれまで通りにやっていきたいので、今後も負担協力お願いしたい。」という連絡が入った。

とはいえこの頃の私は、約一年間本業の傍ら、出張取材をくり返し、全精力を注いで完成させた『林哲司全仕事』のやりきり症候群で、精根尽き開店休業だった。その気分転換にと遊び半分で、「Web.VANDA」のパクリネタを探求する「Sound of Same」への投稿に夢中になっていた。ある時、「サンデーソング・ブック」で「パクリネタ特集」があり、調子にのってレポート用紙10枚ほどを封書で番組宛に送付している。ちなみにその放送日は、少し前にインタビューを取らせていただいた竹内まりやさんが参加する「夫婦放談」の回だった。番組では「滋賀県の誰かさんから封書で送られてきました。」と紹介された。とはいえ調子にのって、恐れ多くも達郎さん絡みのネタもふれていたが、それらについては「どんだお門違い!」とバッサリ切り捨てられてしまった。ただ、この番組を聞いていた多くの知人たちから、「「滋賀の誰かさん」って鈴木さんでしょ?」と頻繁に連絡が入り、改めてこの番組が幅広い聴取者に支えられている事を実感した。この件を佐野さんに話すと、「大丈夫、気になったから読んだんだよ!内容が屑だったら、ゴミ箱直行のはず!」と励まされ(?)ている。


そんな宙ぶらりんな状態のなか、当時勤務していた会社の体制が変更となり、仕事環境も閑職セクションから営業職に配置転換となり、且つ単身赴任の身になったので、ライター活動を少々手控えざるえない状況になっていた。そんな時期ではあったが、以前から頻繁に協力依頼を寄せられていた松生さんからは「近くなりましたね!」とばかりに大歓迎され、彼にいくつか付き合わされるようになっている。まずは彼のライフ・ワークの1つであるCliff Richardの来日公演への誘いだった。この来日は1976年以来の27年ぶりということもあって、彼はインタビューをとるなど、精力的に活動していたようだった。そんな彼が「良い席が取れたんで行きませんか?」と頻繁に誘われ、公演日は平日であったが、「終電に間に合う範囲で」との約束で、東京国際フォーラムに足を運んでいる。ただその公演時間は翌日の仕事に差し支えそうで、残念にも最後まで見ることは叶わなかった。


そんな流れで、次に松生さんから協力要請を受けたのは、幼児向け番組「おかあさんといっしょ」「ひらけ!ポンキッキ」「みんなのうた」等の挿入歌などを検証するキッズ・ミュージックへの協力だった。アニメのテーマ関係は佐野さんの守備範囲だったので、「それ以外」ということで調べ始めた。この当時は、長男の影響でNHK教育(現、Eテレ)にて放送されていた「ハッチポッチ・ステーション」にはまっており、また子供の幼少時代にはかなり耳馴染んでいたジャンルだったので、こちらはかなりその気になってまとめている。ところが、やりはじめると海外物の「セサミストリート」や、「童謡」から「小学校唱歌」にも手を付けずにはいられなくなり、リストも膨大になってしまい収拾がつかなくなってしまった。そこで、単なるリストつくりにならないよう、子供たちと一緒に聴いていた「ディズニー・アニメ」「ひらけ!ポンキッキ」をはじめ、ヒーローものの主題歌など自分自身の体験とリンクする曲を中心にまとめていった。


とはいえ松生さん的には主観を入れず、リストを優先させたいという意向だったので、その時点で彼と共同作業は無理と判断して降りることにした。このコラムについては「29」で、「みんなのうた~キッズ・ミュージックの楽しみ~」として松生さん単独でまとめている。私はその後も検証を継続したが、納得できるレベルまでに到達できず、残念ながら未だ「塩漬け」状態のままだ。とはいえ、この調査中には幼少時に言葉が素付かないながらも、ヒーローものでは「仮面ライダーRx Blackと「超力戦隊オーレンジャー」、ポンキッキの「ゴロちゃん」「かいぶん21めんそう」等を一生懸命歌っていた我が子たちの顔や歌声が頭に浮かび、これまでで一番充実した時間となった。

こんな中途半端な状態の中、K君から「29」の内容について「今度はKarapana やらせてもらえません?」という問い合わせがあった。元々、彼はHawii系音楽に造詣が深く、ぴったりだと思い「こだわりがはっきりしていたら、ジャンルは問わないと思うよ。」と快諾した。そんなK君の申し出に「そろそろ自分も」という気になり、そこで頭に浮かんだものが、「Starbuck」と「The Osmonds」だった。前者は、リーダーのBruce BlackmanがEternity’s Childrenに在籍していた関係もあるのでVANDA的にも面白いと思ったが、後者はあまりまともに取り扱われてはいないアイドルもので、佐野さんに確認を取ることにした。ただ「それをまとものまとめられるのは鈴木さんくらいしかいないから、やるべきですよ。」という返答で、今回はこの2つをまとめることにした。


最初に手掛けたものは、一般には「Moonlight Feels Light(恋のムーンライト)」の一発屋というイメージの強いStarbuck。あえて断っておくが、彼等はコーヒーのスターバックスとは全く無関係だ。まずそのファースト・アルバムの成り立ちがとてもユニークだったのが忘れられない。それは表ジャケは「プログレ風」、裏ジャケは「サザン・ロック風」ながら、サウンドは思いっきりポップス!そして、サウンドの要はBo WagnerのマリンバとBlackmanのやる気のなさそうなヴォーカルだった。サウンド展開は、一本調子な感じもあったが、自分的にはかなりはまった。レコード会社がPrivate StockからUnited Artistに移籍したサードではWagnerが脱退してしまうが、ホワンとした浮遊感のあるキーボード・サウンドは魅力的だった。そしてサードを最後にバンドは解散するが、Blackmanはヴォーカリストとデュオを組みKoronaを結成しているがレコーディング活動は終焉を迎える。その後は、Blackmanを中心にWagnerをはじめとする昔の仲間とStarbuckを再編してライヴ活動をしている。そんな彼らの映像も、今ではYou-Tubeで簡単に閲覧できるので、是非チェックしてほしい。余談ながら、このStarbuckの特徴である楽器マリンバは、人気シンガー星野源さんがはまっているという話を耳にした。それは現在放送中のNHK朝ドラ『半分、青い。』のテーマ「アイデア」でもしっかり確認することが出来るのでこちらも要チェックだ。


そしてもう一つ、The Osmonds1960年代に日本では「カルピス」CMで人気の高い兄弟グループだった。しかし、1970年代突入と共に敏腕Mike Curb (注1)により、大ブレイクを果たしている。それは当時全盛期だったJackson 5(以下、J5)の好敵手とし評されるほどの活躍ぶりだった。そのスタートはJ5風のバブル・ガム・ソウルだったが、後には自身のレーベル「Kolob」を設立し、セルフ・プロデュースによるバンド活動を展開し、「Crazy Horse」などロック・ナンバーをヒットさせている。これら一連のヒット曲は、当時のNHK「レッツ・ゴー・ヤング」で、アイドル達によく取り上げられていたので、耳にされた方は多いと思う。その後の彼らは本来のヴォーカル・グループとして、往年のヒット・カヴァーで人気を集めており、人気者Dannyに至ってはミスター・カヴァーソング・シンガー(注2)と称されるほどだった。アイドル好きの私には恰好の題材で、これが後にVANDA30でまとめることになる「1970年代アイドルのライヴ・アルバム」に繋がった気がする。捕捉になるが、このコラムは2007年春に単身赴任先近郊のFM局で、当時大ブレイクを果たしたばかりの嵐と対比したプログラムで放送(70分)している。


この「29」発行から雑誌VANDAはしばらく休刊状態となり、「30」が発行されたのは10年後の2013年だった。この10年間は、佐野さんにとっても私にとっても、多くの出来事に直面している。そこで次回以降の回想録は、雑誌VANDA空白期間から「30」への軌跡を紹介して完結する予定だ。

(注1)1970年当時傾きかけていた古参MGMレコードに20代の若さで社長に就任し、V字回復させた才人。なおこの時、副社長に就任したのはまだ10代のMicheal Llyodが起用されている。その後、Warner傘下にCurbを設立し、Four Seasonsの復活や、Pink Ladyの全米進出にも関わっている。

(注2)Danny Osmondのソロ(妹Marieとデュット含)はカヴァー・ソングが基本で、唯一の全米1位曲もSteve Lawrenceの「Go Away Little Girl」(1962年全米1位)だった。なおオリジナルでのヒットは1988年に全米2位を記録した「Soldier of Love」のみだった。



2018年8月27日23:00

2018年8月15日水曜日

【ガレージバンドの探索・第一回】The Rising Storm 『Calm Before…』

WebVANDAの記事で、The Pen Friend Club を取り上げていただいている関係でウチタカヒデさんと何度かお会いできる機会があり、60年代ガレージなどが好きだという話をさせていただいていました。
そんな中で記事投稿のご提案をいただき、この度、光栄にも執筆に参加させていただくことになりました。よろしくお願いいたします。
西岡利恵



 The Rising Storm 『Calm Before…』(Remnant ‎– BBA-3571)

トワイライトガレージの名盤と言われる作品で、寂しげな空気感の漂うサイケロックやフォークロックのようでもありながら、限りなくピュアなガレージロックでもある。つたない演奏は心に響く要因のひとつで、その自然発生的に生まれた特有のガレージらしさは味があるといった表現だけでは伝えきれない魅力がある。

The Rising Stormは、マサチューセッツ州アンドーヴァーの名門進学校フィリップス・アカデミーに通う学生バンドだった。
卒業間際の1967年、この『Calm Before…』をプライベート・プレスで500枚制作している。 当初は身近な友人、知人達へ売っていた程度だったようだけれど、メンバーが卒業してそれぞれの道を歩み始める中、一部のマニアの間で徐々に人気が高まり、80年代初頭には$350以上の高値がつくようになる。2016年には$6500支払ったコレクターまでいたらしい。 オリジナル盤は現在でも高額取引されるレアアイテムだけれど、過去にはEVA、STANTON PARK、Arf! Arf!(米マサチューセッツ州ミドルバラで60's ガレージパンクコレクター/ミュージシャンのエリック・リングレンが主宰するレーベル)から、今年の1月にはSundazed Musicから再発されている。
日本ではオールデイズ・レコードの、ジミー益子監修 60’s GARAGE ROCKIN’ OLDAYSシリーズとして4月に紙ジャケCDで復刻している。 

収録曲は全12曲。 The Remains、The Rockin' Ramrods 、Wilson Pickettなどのカヴァーや、10代のガレージバンドにしては意外にも、12曲中5曲はオリジナルを収録している。
近年では2016年、結成50周年記念としてオリジナル曲「I'm Coming Home」がPenniman Recordsによってシングルカットされた。60年代のガレージバンドらしいかっこいい曲で、危なっかしさがまたいい。
B面もオリジナル曲「She Loved Me」。


 

同じく2016年、「Frozen Laughter」は、EFFICIENT SPACE のコンピレーション『SKY GIRL』に収録され、カナダの映画『Allure』にも使用された。彼等らしいトワイライトな雰囲気は、オリジナル、カヴァーに関わらず全編に満ちているのだけれど、特にArthur LeeのバンドLove のカヴァー「A Message To Pretty」はThe Rising Stormの持つ空気と絶妙にマッチしている。静けさの中で鳴り響くハーモニカ、囁くような歌声が切なくてぐっとくる。
そしてボストンのガレージバンドThe Rockin' Ramrods のカヴァー「Bright Lit Blue Skies」。この曲こそトワイライトガレージの最高傑作だと思う。
高度なテクニックでも意図的なアレンジでもない、ただ偶然の重なり合いのような奇跡的な結果で、原曲以上の情感が生み出されている。


   
 『Calm Before…』の後には、十数年経ち再会を果たしたメンバー達がアンドーヴァーで行ったライブを収録した『Alive Again At Andover』(Arf! Arf! ‎–AA007)が1983年にリリースされた。この音源は1992年に同じくArf! Arf! からのリイシュー盤『Calm Before…』(同–AA-034)のCDにもボーナストラックとして収録されている。
そして1999年には、新たなオリジナル曲を含むスタジオ音源と、1981年、1992年のライブからの音源をコンパイルした『Second Wind』(同‎–AA-083)をリリースして今に至る。
現在もメンバー達はそれぞれ離れた土地で、音楽とは無関係の職を持ちながらも時々集まって The Rising Storm としての活動を続けているという。
(文:西岡利恵 / 編集:ウチタカヒデ)

【西岡利恵・プロフィール】
平川雄一を中心とする60年代中期ウェストコーストロックバンド The Pen Friend Club (ザ・ペンフレンドクラブ)でベースを担当。自身の臨時編成バンドSchultz(シュルツ)ではボーカル、ギターとして活動。音楽性は主に60年代のガレージロックやブリティッシュビートなどの影響を受けている。