2019年6月16日日曜日

The Pen Friend Club『THE EARLY YEARS』シリーズ リリース・インタビュー


昨年2作のオリジナル・アルバムをリリースしたThe Pen Friend Club(ザ・ペンフレンドクラブ)が、ファーストからフォースまでの初期アルバム4枚を一挙にリミックスとリマスターを施し、新装盤として6月19日にリリースする。
筆者は3月末にはその音源を入手して聴き始めていたが、リミックス&リマスター効果よるサウンド向上は大きく、これまでに同アルバム群を聴き込んだ音楽ファンにも新鮮に聴ける筈だ。
ここでは弊サイトでもお馴染みのペンフレンドクラブのリーダーで、今回のリミックス&リマスターを一人で成し遂げた平川雄一氏におこなったインタビューをおおくりする。

●今回の初期4タイトルのリイシューですが、以前『Best Of The Pen Friend Club 2012-2017』(SZDW1040 / 17年)リリース時のインタビューでも、「ベスト盤に入らなかった曲もいつか全部やり直したい」と語っていましたね。
こんなに早く、4タイトルの全曲をリミックス、リマスターした理由を聞かせて下さい。

平川:なんとなく昨年にクリスマスアルバム(『Merry Christmas From The Pen Friend Club』/PPRD0004)を出して、ペンフレンドクラブの「初期」が終わった気がしました。何となくですけどね。
その内容も往年のクリスマスソングとこれまでのペンクラ曲とのマッシュアップ=これまで活動の「総括」的な意味合いもありました。 次に進むためにはやり残したことがある。それが今回の4作の見直しだったわけです。

●昨年11月リリースの『Merry Christmas From・・・』までがペンクラの初期だと感じていたんですね。今後も続くバンド活動を考えれば一区切りと捉えるのも頷けますが、『Best Of ・・・』の17年9月のインタビューでは、今回リミックス&リマスターした4作までを「初期のペンクラ」と語っていました。
このベスト以降5作目『Garden Of The Pen Friend Club』(PPRD-0003)でサウンド的にも飛躍したと思いますがいかがでしょうか?  

平川:5作目『Garden Of・・・』ではオーケストラも導入しましたしね。
ミックス的にもやり残したことはないです。『Garden Of・・・』からはボーカルの藤本有華が前作から引き続き在籍しボーカルをとった作品で、バンドとしてやっと「2枚目」を作れた作品でもあります。(それまでが1アルバム1ボーカルだったので) 4作目までのベスト盤もその時期ですし、そう考えると1st~4thまでが「初期」って感じもしますね。


●ミックスとリマスターをする上で、アルバム毎にカラーがあり、気を付けた点も異なると思いますので、主軸となる主要曲を中心に具体的に教えて下さい。



『Sound Of The Pen Friend Club』(SZDW1067)

 平川:一番、初出時と音が変わったんじゃないでしょうか。ハッキリクッキリ。 今回のシリーズ全体に言えることですが、各パートをしっかり聴こえさせたかったのです。 「Do I Love You」の出だしから全く違いますからね。こういう音にしたかったんです。

●明らかに今回のリミックス&リマスターでメリハリが出ていますね。 リマスター盤とオリジナル盤を比較して聴くと一目瞭然というか一聴瞭然で、全体的に低かったオケ、特にリズム隊の音がきちんと出ているから躍動感がありますね。 曲によっては別物というくらい違いますよ。


『Spirit Of The Pen Friend Club』(SZDW1068) 

平川:このアルバムは初出時にもいいところはあったんですが、やり直してみるとやはりいいですね。現在のメンバーでもある祥雲貴行や中川ユミが加入し、演奏も大きく変わった時期です。その最初の録音もハッキリクッキリ出すことが出来ました。「Guess I’m Dumb」、「Dusty」が気に入っています。

●「Guess I’m Dumb」、「Dusty」に限らず、今回のリミックス&リマスターでアルバム全体にベースのハイが出ていて印象が変わりますね。「Please Let Me Wonder」のにおけるコーラスも広がったように思います。
また改めて聴くとこのアルバムは、カバー曲のチョイスが秀逸で個人的にも凄く好みでした。「Wichita Lineman」のコーダのドラム・フィルなんて、平川君のリクエストで祥雲君がジム・ゴードンのプレイをよく研究していますよ。


 『Season Of The Pen Friend Club』(SZDW1069)

平川:これはリミックスして本当によくなりました。 一番やり直したかったアルバムです。 これまで聴くのも嫌だったんですが、やっと好きなアルバムになりました。
「Poor Boy」、「Long Way To Be Happy」がいいですね。 中でも「Summertime Girl」が本当に気に入っています。 

●聴くのも嫌って。(笑) ボーナスのオケとコーラスのみのトラックで聴くとより分かり易いですが、「Poor Boy」はギターとオルガンの煌びやかさが引き立っていますね。ピアノのグリッサンドの響きも凄くいい。
「Long Way To Be Happy」や「Summertime Girl」もオケではオルガンのハイが改善されているのが聴いて分かります。


 『Wonderful World Of The Pen Friend Club』(SZDW1070)

 平川:初出時はミックスに満足していたんですが、すぐに嫌になってきましたね。(笑) もう何もかも後悔ばかりですよ、音楽活動なんて。
それでCDの後に出したアナログLPで早速全曲リミックスしました。このバージョンがなかなか良くて、今回のリマスターにも数曲その音源を採用しています。 「ソーダ水の空」、「8月の雨の日」、「Wonderful World~」、「Sherry She Needs Me」がそれです。
これらも新たにリミックスしようと試みたんですがLPバージョンに勝てなかったのです。(笑)なのでそのまま入れました。 あと、今回の4作すべてにコーラス+インストゥルメンタルのカラオケ音源がボーナストラックとして入っています。それらは全て新たにミックスしたものです。

●すぐに嫌になる(笑)ってのは、自己完結型ミュージシャンにありがちなんでしょうね。レコーディングからミックスまで長時間聴いていると、もう何がベストなのか、自分一人では判断つかないんだと思います。
嘗てピンクフロイドがあの『狂気(The Dark Side of the Moon)』(73年)の最終トラックダウンで、メンバーとエンジニアのアラン・パーソンズは長期間音を聴き過ぎて、正常な判断が出来なり、アランの兄弟子筋のクリス・トーマス(当時から一流プロデューサー)に判断を仰いだという。
以前も質問したけど、俯瞰的な耳で自分達のサウンドに合ったミックスをしてもらおうと、本職のエンジニアに任せたいと思いませんか?バジェット(予算)的にクリアすればの話になりますが。

平川:ミキシングを他人に譲ることなど、もっての外ですね。一番楽しい作業ですから。お金をもらったとしても誰にも任せたくないですね。少なくともペンフレンドクラブの音作りに関しては。  


月見ル君想フ 2019年6月15日

●リリース前の6月15日には『月見ル君想フ』でライヴ・イベントをしましたが、この『THE EARLY YEARS』シリーズに関連したレコ発的なイベントは予定していませんか?

平川:オルガンのヨーコがその6月15日で脱退するというのもあり、レコ初的なものは行いません。
活動は続くのですが、それ以降は「中期ペンフレンドクラブ」が始まる気がしています。 何となくですけどね。まあ活動開始から7年目に入ることですし、そろそろ「中期」ですよ。(笑)

●そうでしたか。ヨーコさんはペンクラ・サウンドへの貢献度が大きかっただけに残念です。新たな鍵盤奏者も加入されるとのことで、今後の活動も応援していきます。

平川:ありがとうございます。

●最後にこの『THE EARLY YEARS』シリーズのピーアールをお願いします。

平川:やっと自信を持って「初期ペンフレンドクラブ」をお聴かせすることが出来て本当にうれしい限りです。
こういうことがやりたかったんです、僕は。是非お耳をかっぽじられて、じっくりお聴きになってください。
あとディスクユニオン限定の特典になるんですが、4作まとめ買いでボックスが付きます。これもやりたかったことの一つです。憧れていたんですよね、ボックスセット。
ディスクユニオン
The Pen Friend Club『THE EARLY YEARS』4タイトルまとめ買いセット:https://diskunion.net/portal/ct/detail/1007898394


(インタビュー設問作成/文:ウチタカヒデ)

2019年6月12日水曜日

宮田ロウ:『ブラザー、シスター』(ORANGE RECORDS/ORGR-55)


宮田ロウは神戸市出身のシンガーソングライターだ。十代の学生時代よりバンド活動を始めて、高校一年生の頃にはオリジナル曲をライブで披露するまでになっていたという。
関西をベースにワールプール、magictaxi等のインディーズ・バンドを経て、現在はソロ・アーティストとして活動している。2014年には自主製作でファースト・ソロアルバム『ゴリラ』をリリースし、音楽マニアの間では話題となっていた。その後18年11月にはUNCHANTABLE RECORDSより「悲しみはさざ波のように」の7インチ・シングルを枚数完全限定で発売するが、これは小西康陽氏の熱望により同レーベル主宰のグルーヴあんちゃんの尽力で実現したという。
 

そして満を持して、今年5月29日に同曲を収録したセカンド・アルバム『ブラザー、シスター』をORANGE RECORDSからリリースした。
全10曲中9曲は宮田のオリジナル曲で、残る1曲は彼が敬愛する小西氏が嘗てピチカート・ファイヴ時代に書いた「メッセージ・ソング」(シングル/96年)をカバーしている。
レコーディングには、ワールプール時代の同僚である杉本徹がキーボードで(全10曲中6曲)、関西のインディーズ・バンド、ロマンチップスのベースの光浩司とドラムの藤井秋平がリズム隊で(全10曲中8曲)、全面的に参加している。
では筆者が気になった主な収録曲を解説していこう。

   
冒頭の「悲しみはさざ波のように」は、前出の通り昨年11月に7インチ・シングルで先行リリースしたミディアム・テンポの詩情溢れるトーチソングである。
杉本による繊細なピアノとロマンチップス組のリズム・セクション、宮田自身のアコースティックギターという編成だが、このシンプルなサウンドゆえに時代を超越しており、近年のシンガーソングライター系の楽曲としては、白眉の完成度と言えるだろう。ジェームス・テイラーの「Music」(『Gorilla』収録/75年)を彷彿とさせて、じわりじわりと静かに心に浸透してくるサウンドと歌声は多くの音楽ファンに聴いて欲しい。
続く「旅人たち」は、ロストフィルム、カワムラユウスケ&フレンチソニックスのメンバー、落合悠によるペダルスティールと、シンガーソングライターの酒井ヒロキのマンドリンが利いたカントリー・タッチのフォーク・サウンドで、この曲でも恋人との別離を綴っている。
シャッフルの「こうしちゃいられない」は曲調、コーラス・アレンジ共にソフトロック・テイストのサウンドで、弊サイト読者にもアピールするだろう。ソングライティング的にはローラ・ニーロの匂いがする。


ピチカート・ファイヴのカバーである「メッセージ・ソング」は、アレンジ的には後年小西氏が『わたくしの二十世紀』(15年)でクリエイトしたサウンドに通じるシンプルな編成で、宮田のアコースティックギターの弾き語りに京都在住のテナーサックスプレイヤー、篠崎雅史のプレイをフューチャーしている。
酒井がエレキギターで参加した「やけを起こすなよ」も興味深いサウンドで、西海岸ロックの系譜になるのだが、サビのリフレインするコード感がビーチ・ボーイズの「Sail On Sailor」(『Holland』収録/73年)に通じて好きにならずにいられない。酒井のブルージーなギターソロも効果的である。

そして本アルバム後半のハイライトとなるのは、タイトル曲の「ブラザー、シスター」だろう。 杉本のピアノとハモンドオルガン、ロマンチップス組のリズム・セクションにゴスペル・フィールなコーラスが加わった感動的なポップスで、メッセージ性のある歌詞もじっくり聴いて欲しい。
また60年代ポップス・マニアは気付くと思うが、この曲はバリー・マンの作風をオマージュしているのは間違いないだろう。音楽マニアを自認している弊サイトの読者は必ず入手して聴くべき曲である。筆者も一聴して今年のベストソングにも入れるべきと確信した。

アルバム全体を通して、高品質のソングライティングとイノセントな歌声、それを際立たせている引き算の美学に満ちたアレンジは見事と言うしか無い。
(ウチタカヒデ)


2019年6月9日日曜日

Cowboy ~ Scott Boyer, Tommy Taltonの活動


いつもは「ガレージバンドの探索」というコラムを書かせていただいているのだけれど、今回は最近気に入ってよく聴いていたサザンロックバンドのCowboyについて調べてみることにした。
1969年にScott BoyerとTommy Taltonを主要メンバーとして結成されたバンドで、The Allman Brothers Bandとの繋がりが深い。
二人はセッション・ミュージシャンとしての活動も多かったようだ。


【主要メンバー】
Scott Boyer(Acoustic guitar, electric guitar, vocals, violin) 
Tommy Talton(Electric guitar, acoustic guitar, vocals)

1966年
Scott Boyerはフロリダ州立大学を卒業後、大学で知り合ったButch Trucks(The Allman Brothers Band)らとフォーク・ロック・グループ、The Bitter Indを結成。ここから始まった活動が後にCowboyの結成に繋がっていく。

Tommy Talton の方はこの頃、意外にもフロリダ州オーランドでWe The Peopleというガレージバンドをやっていた。シングルも7枚リリースしている。


ニューヨークのフォーク・クラブ、The Bitter Endに商標権を主張された為The Bitter Indはバンド名をThe Tiffany Systemに改名。

1967年
The Tiffany Systemでシングル「Let's Get Together」(MIN-128)をリリース。

1968年

新たにバンド名をThe 31st Of Februaryに改名し、Vanguard Recordsと契約。この時のメンバーはScott Boyer、David Brown、Butch Trucks。セルフタイトルのアルバム『The 31st Of February』(VSD-6503)をリリースする。

その後Steve Alaimoプロデュースで、2ndアルバムの為のデモが録音される。この録音にはDuane AllmanとGregg Allman兄弟(The Allman Brothers Band)が参加していて、後にThe Allman Brothers Bandの代表曲のひとつとなる「Melissa」の初録音が含まれていた。

このデモ音源をVanguard Recordsに送ったものの断られてしまったそうでThe 31st Of February名義で世に出ることはなく、The Allman Brothers Band が有名になった1972年になって『Duane and Greg Allman』というタイトルでBold Recordsからリリースされた。(Bold Records‎–33-301)

今月の6月12日に、この『Duane and Greg Allman』の世界初オフィシャルCD化された国内盤が、SOLID/T.K.RECORDSから発売される。(CDSOL-5678)

We The Peopleを脱退したTommy Talton、ロサンゼルスで活動していたHour Glassを解散してフロリダに戻っていたDuane AllmanとGregg Allman兄弟がThe 31st Of Februaryに加わったものの、2ndアルバムのリリースが上手くいかなかったこともあってかその後に解散してしまう。


1969年
The 31st Of February解散後、Duane AllmanとGregg AllmanはThe Allman Brothers Bandの結成に繋がる活動を始め、Scott BoyerはTommy Taltonと新バンドを結成することにした。こうして、ジャクソンビルでScott Boyer 、Tommy Taltonを中心にピアニスト/ギタリストのBill Pillmore、ベーシストのGeorge Clark、ギタリストのPete Kowalke、ドラマーのTom WynnによってCowboyが結成される。

結成して間もなく、Capricorn Recordsと契約していたThe Allman Brothers BandのDuane Allmanが、レーベルオーナーのPhil Waldenに薦めてくれたおかげでCowboyもCapricorn Recordsと契約することになる。

1970年

Capricorn Recordsのあったジョージア州メイコンに拠点を移し、Johnny Sandlinプロデュースで1stアルバム『Reach for the Sky』(SD 33-351)をリリース。全体的にアコースティックな雰囲気のアルバム。味のある歌声とコーラス、温かい空気感が心地いい。





このアルバムの収録曲「It’s Time」は1974年のBonnie Bramlettのソロアルバム『It’s Time』でカバーされていて、Scott Boyer、Tommy Talton、Capricornのミュージシャンがバックバンドに参加している。(CP 0148)

1971年
2ndアルバム『5'll Getcha Ten』(SD 864)をリリース。 The Allman Brothers Band のDuane Allman、Chuck Leavellも参加している。
収録曲「Please Be With Me」のスライド・ドブロ・ギターはDuane Allman。この曲はEric Claptonの1974年のアルバム『461 Ocean Boulevard』でカバーされた。(SO 4801)

1stアルバムと2ndアルバムはカップリングされ、『Why Quit When You're Losing』(2CX 0121)として1973年にも発売されている。

2ndアルバムのリリース後、バンドは休止状態となる。
Scott Boyer 、Tommy TaltonはCapricorn RecordsのセッションミュージシャンとしてAlex Taylor、The Allman Brothers Bandなどのバックに参加していた。

1974年
この年、Gregg Allmanの『Laid Back』ツアーに同行したScott Boyer 、Tommy TaltonはデュオとしてCowboyの名前で演奏を行い、その2曲がGregg Allmanのライブアルバム『The Gregg Allman Tour』(2C 0141)に収録されている。




3rdアルバム『Cowboy~Boyer&Talton』(CP 0127)をリリース。このアルバム、CowboyとBoyer&Taltonどちらがタイトルの扱いなのかはっきり分からなかった。1st、2ndと比べ少しロック色が強まった印象。
Cowboyに興味をもったのは最初にこのアルバムを聴いたのがきっかけだった。Johnny Sandlinはプロデュースだけでなくプレイヤーとしても参加。その他Chuck Leavell 、Bill StewartなどThe Allman Brothers BandのメンバーやCapricorn Recordsのミュージシャンが参加している。

2018年にCD化された『Cowboy~Boyer&Talton』(RGM-0709)には、上述の『The Gregg Allman Tour』で演奏した2曲がボーナストラックとして収録されている。

3rdアルバムリリース後も、二人はCapricornでセッションミュージシャンとして活動。

1976年
T. Talton / B. Stewart / J. Sandlin名義のアルバム『Happy to Be Alive』(CP 0167)がリリースされる。これは事実上Tommy Taltonのソロアルバムのようだ。

1977年
Scott Boyer、Tommy Taltonは新たにTopper Price、Chip Millerなどを加えてCowboyを復活させ、4thアルバム『Cowboy』(CPN 0194)をリリース。

1970年代末
Capricorn Recordsが倒産し、Cowboyも正式な発表はしなかったものの解散状態となる。

2011年
2010年12月17日にジョージア州メイコンにあるキャピトル・シアターで再結成ライブを行っていて、そのライブCD 『Cowboy, Boyer & Talton Reunion 2010』(RS110516-01)が2011年にリリースされている。Scott Boyer、Tommy Taltonの他、3rdアルバム期のメンバーRandall Bramblett、Bill Stewartなどが参加。

2018年
最後の新作アルバム『10'LL GETCHA TWENTY』(CCR008)がリリースされた。収録曲は2007年以降に録音されていたもので、トラックの半分にはオリジナルメンバー全員が参加している他、3rdアルバム期のメンバーRandall Bramblett、Bill Stewart、Chuck Leavell なども参加している。

Cowboyが解散状態となった1980年代以降、Scott Boyerはいくつかのバンドで活動後、1988年からマッスル・ショールズに住み、Johnny SandlinがスタートさせたThe Decoysで活動。(Johnny Sandlinは途中で脱退。)2018年の2月に亡くなるまでThe Decoysで活動を続けた。息子のScott Boyer IIIもギタリスト、ボーカルとして、マッスル・ショールズで音楽活動を行っている。

Tommy Taltonは1994年にルクセンブルクに移りMatt Dawsonのバックバンドに参加。新バンド、The Rebelizersを組みヨーロッパで活動し、2005年以降はソロ作品をリリースし活動を続けている。

【文:西岡利恵(The Pen Friend Club)/編集:ウチタカヒデ】 

 

2019年6月5日水曜日

ソフトロックの最高峰Piper、CDリリース記念サマー・コンサート

 
 今から21年前の2000年12月25日に発売された『Soft Rock In Japan(以下、In Jp.)』を憶えているだろうか。
 
 この本は日本人によるソフトロック系アーティストの再考察をコンセプトにしたもので、長年リアルで日本のミュージシャンを聴き続けてきた私や松生さんが中心となって、VANDA周辺と私の友人の音楽愛好家仲間でまとめあげた本だった。
 そこには故佐野邦彦さん同様に、これまで見過ごされてきたアーティストを一人(一組)でも多く伝えたいという強い信念があった。
 そこでとりあげられていたPiper関連のCDが、この夏に復刻されることになった。またそれを記念してリーダーである山本圭右さんがPiperとして、1年ぶりのライヴを開催するというニュースが飛び込んできた。



 まずはこの本が発売に至った経緯について触れておく。VANDAの単行本第1号『Soft Rock A to Z』が発売になったのは1996年だった。
 この本は亡き佐野さんがそれまで「アニメ専門誌」だった「VANDA」を「音楽誌」へ脱皮をはかるべく、発表した特集記事<Soft Rock A to Z>を掲載した「VANDA 18」が始まりだった。この号は品切れが続出し、彼の手元にも数冊しか残らないという大反響を呼んだ。さらに探求を重ねてまとめたバイブル本だった。当然のようにこの本も大評判となり、重版を重ねるベストセラーとなった。そして2年後の1998年12月10日にはそれまで見逃されていた新たな才能を追加して28P増幅させ、改訂版が発売されている。
 
 その後、次に彼が取り組んだものが、ビーチ・ボーズを筆頭にハーモニーを売りにしているミュージシャンを取り上げた『Harmony Pop(以下、H.P.)』だった。この本は2000年3月2日に発売されている。そしてこれに続く第3弾として佐野さんから発案されたものが、「日本人アーティストによるSoft Rock ガイド」だった。ただこの企画については佐野さん自身は一歩引いた立場をとり、『H.P.』で日本人アーティストを数多く取り上げ和物の扉コメントをまとめた経緯から私、それに松生さんを中心に委ねられることになった。

 そこでアーティストをピック・アップする際、「山下達郎」「大瀧詠一」等ありきたりな名前があげられる中、私が絶対に掲載したかったのが「村田和人」と「Piper」だった。そして彼らについては、リアルの熱心なファンである後輩、音楽ライター/近藤正義氏に任せるつもりだった。それは昔から両者のライヴに何回もふれている彼が適任と思っていたからだ。ただ、「村田和人」については松生さんが強く希望していたため、村田さんは「Moon期」を除く「東芝~Victor時代」と「Piper」を彼にまかせることにした。

 そもそもPiperの存在を知ったのは近藤氏からの情報だった。それは彼が村田さんのセカンド『ひとかけらの夏』発表に伴うライヴ(1983年)へ行った時期まで遡る。そのライヴの途中で村田さんの紹介で「圭右コーナー」が始まりPiperの曲が演奏された。熱狂的な村田さんのファンを自認する近藤氏だったが、そのサウンドに一発でやられてしまった。彼は即PiperのLPを探しまわりゲットすると、すぐさま興奮気味に連絡が入り、私もPiperの存在を知った。とはいえ、山本圭右さんは村田さんがブレイクした<一本の音楽>で印象的なリード・ギターを鳴らしていた人物という認識はあったものの、彼が村田さんより先にレコード・デビューしていた事実は後に知った。


 

 日本のポップスを語る上で絶対外せないアーティスト山下達郎さんが、所属のMoonから自信を持って送り出したのが村田和人さんだった。そして村田さんの活動を語る上で欠くことのできない存在だったのが、ギタリストの山本佳右さんである。そんな圭佑さんのデビューは村田さんよりも早く、1980年にスカンクとしてシングル・デビュー、1981年にはユピテルよりPiperとして、LP『I’m Not In Love』を発表している。 



 そんな圭右さんの存在は、1983年に村田バンドのギタリストとしてクローズ・アップされた。それはこの年に発表したギター・インストを前面に打ち出したリゾートBGM風の『Summer Breeze』が好評を博したからだった。そして半年後には同じコンセプトで、タモリ和義氏のジャケットで知られる『Gentle Breeze』をリリースしている。近藤氏はこの時期のPiperが最高だったと常々語っている。



 なお圭右さんは村田さんのデビュー前後のライヴから村田バンドの一員として行動を共にしており、時折レコーディングにも参加している。そして、初めて村田バンド演奏主体のレコーディングとなったサード・アルバム『My Crew』以降は、スタジオでも村田サウンドの要として活躍している。
 また、二枚のアルバムで自信を付けたPiperでは、歌物アルバム『Sunshine Kiz』をリリース、タイトル曲は久々にシングル・リリースされた。なおこの曲は「サンデー・ソング・ブック」でも達郎さんの推薦コメント付きで紹介されている。ところが、この直後に所属するユピテルが不渡りを出し、会社はそのまま存続するも音楽部門はリストラ対象となり、バンドの先行きに暗雲が立ち込めてしまう。 



 そんなPiperだったが、これまで圭右さんと共に活動を続けていた村田さんの繋がりでMoonに移籍。1985年には彼らの最高傑作『Lovers Logic』を発表する。ただその新譜はMoonからのプロモーションも得られず、ライヴ活動を行う機会も無かった。とはいえ、直後にアルバム未収録のシングル<あなたのとりこ>が発売されている。その後、1987年に企画ものとして村田さんと若手二人(平松愛理、西司)の4人で組んだユニットHoney & B-Boys『Back to Frisco』で話題を集めたが、Piperは自然消滅してしまった。



 それ以後は、村田さんをはじめ多くのアーティストのレコーディングやライヴ活動のサポートで活躍している。とはいえ、Piperの人気は衰えることなく、中古レコード市場ではかなり高騰化していたようで、特にファースト『I’m Not In Love』に至っては万単位の価格で取引されていたらしい。 そんななか冒頭で紹介した『In Jp.』でPiperがとりあげられた。それを見たPiperのファンが出版社を通じ、近藤正義氏にコンタクトを取り、彼は憧れの山本圭右さんに面会する機会を持っている。そこでは、「本でのスペースの取り上げられ方が、あの達郎さんと同じ」ということで圭佑さんは感激されていたという。それがきっかけだったのかは不明だが、翌2001年8月25日に「@赤坂LOVE」で久々にPiperの復活ライヴが開催されている。そのパフォーマンスは、何回もPiperの生ステージを見ている近藤氏も大感激するほどの素晴らしいものだったと聞く。 

 そして2006年には、Moon時代の「村田和人・紙ジャケ+ボーナストラック」シリーズが発売された。そこにはPiperのラスト作『Lovers Logic』もボーナストラック付でリリースとなり、Piper信者近藤氏はじめファンを歓喜させた。その後、一向に進まないユピテル時代のアルバム復刻に向け、近藤正義氏は2016年にSNSの書き込みを始めた。そんな彼の意気込みに多くの人脈が合流するも、復刻にはかなり高いハードルがたちはだかっていた。何故なら、ユピテルの音楽部門消滅によりマスター・テープは不明、また権利関係も複雑ということだった。 


 その後、偶然にもユピテル音楽部門の関係者に繋がることができ、紆余曲折しながらも2018年3月21日、ついにユピテル4作品が待望の初CD化の運びとなった。この復刻は近藤正義氏の再発にかける情熱で実現したと言っても過言ではないと言えるだろう。その発売に併せ、「西荻窪Terra」にて久々のPiperライヴが開催され、復刻を祝う集いとなった。 
 そんな近藤氏はこれまで数多くのトリビュート・バンドを経験しているが、現在は村田さんの声を彷彿させるヴォーカルを擁する「村田和人トリビュート・バンド~Ready September」を率い、憧れの圭佑さんになりきりギターを奏でている。その想いが通じたのか、来る7月14日(日)には目黒のブルースアレイで開催されるPiper一年ぶりのライヴに、前座を受け持つことになった。圭右さんと近藤氏のツイン・ギター・バトルも予想されるこのライヴは、今から期待に胸が躍る。




 なお今回のライヴは、2006年にリイシューされた『Lovers Logic』、1987年のユニットHoney & B-Boys『Back to Frisco』(待望のボートラ付き初再発!)に併せたものになっている。さらには圭右さんが参加(『Hello Again』のみ全面参加)した村田和人さんのVictor/Roux時代の初コピレーションも同時発売されることが決まっている。ちなみにこのコンピは、この時代のポジティヴな雰囲気を近藤氏がイメージしたセレクションで、(村田さんの)師匠達郎さん風のアカペラも加えた粋なものになっている。またジャケットは今回のために用意された初出スナップなどを織り交ぜた仕様と聞いている。今回発売となる3枚は、この夏の定番になること間違いなしのグッド・ミュージック集で、ファンならずともお求め逃がしの無いように願いたい。


 最後になるが、私がFMおおつで担当している「音楽の館~Music Note」(第4土曜15:30~;再放送第4日曜8:00~)7月号で「村田和人&Piper特集」を放送する予定になっている。
 この放送はアプリ「FMプラプラ」でも受信可能なので、是非彼らの夏サウンドを堪能いただきたい。 
【FMおおつ公式アプリ】https://fmplapla.com/fmotsu/
(鈴木英之)

2019年5月26日日曜日

WOWOW一周忌追悼番組 西城秀樹「YOUNG MANよ永遠に」


 平成から令和に年号が変わり、昭和が生んだ不世出のシンガー西城秀樹さんが亡くなった一周忌当日(516日)、彼の死を惜しむファンがフィルム・コンサートに詰めかけたと聞く。また命日の当日1830からWOWOWでヒデキのスペシャル・プログラムがオンエアされている。





 その放映プログラムは『ブロウアップ ヒデキ』『西城秀樹ライブ~バイラモス2000~』『傷だらけの勲章』の3本立てだった。『傷だらけ~』以外の2本は、ヒデキの最大の魅力であるライヴ映像だ。



昨年の追悼記事でも紹介したが、その一本『ブロウアップ ヒデキ』からふれていく。このライヴ映像は19757月より敢行されたヒデキ初の全国ツアー「全国縦断サマーフェスティヴァル」を収録したドキュメント作品だ。ここには以後ヒデキのライヴには欠くことのできない存在となる吉野藤丸バンド(メンバー紹介では吉野藤丸&U.F.O.)の初お披露目でもあった。その初日となったのは720日、富士山麓に設営された巨大な特設野外ステージでのパフォーマンスだった。


この作品は、同年10月には一般劇場公開されており、19853月にはビデオ化され、さらに20157月に発売された9枚組DVD BoxThe Stages Of Legend –栄光の軌跡―Hideki Saijo And More』にも収録されている。なお昨年のヒデキの訃報に際し、この作品は717日から全国3ヶ所のライヴ・ハウス(Zepp)での再上映会が実施され、ほぼ即日完売という人気ぶりだった。





そして、もう一本『西城秀樹ライブ~バイラモス2000~』は彼の9作目で、ラストの映像作品でもある。これは彼の通算80作目のシングル<Bailamos>の発売を記念して2000331日に新宿厚生年金会館で行われた一夜限りのスペシャル・ライヴだ。今回はこの2本のライヴ映像について、参考資料を加え詳細データをまとめてみた。なおカヴァーには(オリジナル・アーティスト:発表年)を表記した。





『ブロウアップ ヒデキ』(19751010日 松竹系劇場公開作品)


富士山麓特設ステージ~オープニング、Get Dancin’ (ディスコ・テック&セックス・オー・レターズ1974)、悲しみのアンジー(Angie)(ローリング・ストーンズ:1973)、恋の暴走、情熱の嵐、グッド・バイ・ガールズ札幌~愛の十字架、傷だらけのローラ(フランス語)この愛のときめき、旅は気ままに、大阪球場~激しい恋、青春に賭けよう、至上の愛、グッド・バイ・ガールズ、エンディング




(サポート・メンバー)


演奏:藤丸バンド、永尾公弘とザ・ダーツ、コーラス:クルクル、指揮:惣領泰則



このライヴの初日は1975720日で富士山麓に設営されたステージでスタートした。そこに全国から3万人を集客するというビッグ・イベントだった。その移動に使われたバスの車中では、ファンの大合唱<青春に賭けよう>がおこり、既に臨戦態勢だ。そのオープニングはクレーンに乗って降臨という派手な演出でファンを興奮のるつぼに引き込んでいる。巨大スクリーンもない当時では破格の来場者サービスだったはずだ。またヒデキは常にヘッド・フォンをモニターとして装着しているが、そのルーツをたどれば、ドラマーだった彼が1971年に初来日したシカゴの(ドラマー)ダニエル・セラフィンに影響されたものではないかと思える。


また大阪球場のラストでの倒れても倒れても起き上がるその様は、「ジェームス・ブラウンのマント・ショー」を彷彿させるほどだ。


この映像作品での収録曲は15曲だが、全20曲収録のライヴ・アルバム『ヒデキ・オン・ツアー』も発表されている。とはいえ映像の③⑩⑬はアルバム未収録で、ファンであればどちらも聞き逃せないはずだ。なおは前年に発表した第3作のライヴ・アルバム『リサイタル/新しい愛への出発』(197525日)に収録されている。

 余談になるが、このライヴは当時テレビのスペシャル番組で放映されていたと記憶する。私はヒデキが歌う、フランキー・ヴァリの<瞳の面影My Eyes Adored You)>を日本語訳詞(「もう一度~」で始まるヴァージョン)が目に焼き付いている。このヒデキの選曲センスが光る全米1位ナンバーは残念ながら映像化されていない。




参考:カヴァー収録曲について


Get Dancing



フォーシーズンズなどのプロデューサーとして知られるボブ・クリューが手がけた覆面グループ、ディスコ・テック&ザ・セックス・オー・レターズのデビュー曲であり代表曲(全米10位)。この曲はこのグループのセッションにも加わっているケニー・ノーランとクリューの書下ろし。このコンビはパティ・ラベル率いるラベルに<Lady Marmalade>、フランキー・ヴァリの<瞳の面影>で全米1位を獲得。またノーランはソロでも<夢のバラード(I Like Dreamin’)>を全米1位に送り込んでいる。

悲しみのアンジー


ザ・ローリング・ストーンズ幻の来日となってしまった1973年に発売された第14作『羊の頭のスープ(Goats Head Soup)』からの先行シングルとなった彼らの傑作バラードの1つ。7作目(バラードとしては2作目)の全米1位(全英5位)を記録。当時、このタイトルがデヴィット・ボウィーの前妻アンジェラのことではないかということで話題になった。









Bailamos 2000 20001122日 / Polydor : UPBH-1012JRX-8017~8

IntroductionUpside Down(Vamos A Bailar)(ジプシー・キングス:1987)、Sunshine Day(オシビサ:1976)、Black Magic Woman(フリートウッド・マック:1969)、BailamosRemix Ver.エンリケ・リグエシアス:1999)、MakingLive Rehersalヤングマン(Y.M.C.A.) (ヴィレッジ・ピープル:1978)~情熱の嵐~ヤングマン(Y.M.C.A.) ジェラシー、悲しき友情、ジプシー、決起大会模様最後の愛、ラストシーン、眠れぬ夜(オフコース:1975)、愛の十字架、サンタマリアの祈り、MakingLove Torture★⑭ギャランドゥ(Remix Ver.)、激しい恋、ブーメランストリート、傷だらけのローラ、いくつもの星が流れMakingLove Torture~-Part2~Bailamos(Encor)Rain of Dream~夢の罪、㉑ナイトゲーム(グラハム・ボネット:1981Ending


(サポート・メンバー)

Gt.:吉野藤丸、黒田英雄、B.:長岡道夫、Key.:塩入俊哉、Dr.:鎌田清、Per.:木村誠、
Sax:竹上良成、Cho.:Milk(宮島律子、永井理絵)



 この作品は2000331日に開催されたヒデキ80枚目のシングル<Bailamos>の発売記念を兼ねた、東京・新宿厚生金会館におけるスペシャル・ライヴだ。


派手な演出で沸かせるのではなく、実力派ミュージシャンを揃えじっくり歌を聴かせるスタイルに、ヒデキのパフォーマンスにかける意気込みが伝わってくる。
ここでのセット・リストは彼にとって思い入れの深いナンバーや、エスニック系のカヴァーが並び、これまでのライヴの集大成的な雰囲気が漂ってくる。



参考:カヴァー収録曲について

 
Vamos A Bailar

 キリンビール淡麗CMに起用された<Volare>でお馴染みのフランスのラテン・ロック・グループ、ジプシー・キングス。彼らが1989年に発表した第6作シングルで全米ラテン・チャート3位を記録。第4作『Mosaique』に収録されている。


Sunshine Day


1969年にガーナ出身のテディ・オセイを中心にアフリカ系ミュージシャンで結成されたアフロ・ロック・バンド、オシビサ。彼らが1975年に発表した第6作『Welcome Home』に収録された通算10作目のシングル。全英でスマッシュ・ヒットを記録した代表曲のひとつ。1997年にはファンカラティーナを代表するユニット、マット・ビアンコが第7作『World Go Round』でカヴァー。彼ら20作目のシングルとして全米ダンス・チャートを賑わしている。


Black Magic Woman


ピーター・グリーンが率いたブルース・ロック・バンド時代のフリートウッド・マックがサード・シングルとして発表。その後、1970年にサンタナがセカンド・アルバム『天の守護神(Abraxas)』でカヴァー。カルロス・サンタナの官能的なギターを前面に打ち出したこのヴァージョンは、シングル・カットされ全米4位の大ヒットを記録。バンドの人気を世界的レベルに押し上げた。


Bailamos


フリオ・イグレシアスの次男エンリケ・イグレシアスの第14作シングルで代表作。本国スペインチャートを制覇し、全米1位、全英4位を記録。彼が世界に飛躍するきっかけとなった第4作『Enrque』に収録されている。





 補足になるが、この『ブロウアップ ヒデキ』は6月2日10:00と14日19:30、そして『Bailamos 2000』は142100からWOWOWで再放送されるので、このデータを参考にしていただければ幸いだ。なお今回放映された作品を含め、彼には9作の映像作品がある。またこれら以外にもスペシャル番組でのライヴも何回となく放映されている。WOWOWでも1990年代に一度彼のライヴが放映されたことがあった。そこでは<青春に賭けよう>をアカペラで歌っていたと記憶する。それは1996年に発表された盟友吉野藤丸がアレンジを担当したセルフカヴァー・アルバム『LIFE WORK』に収録されたヴァージョンのようだった。可能であれば、これらについても再放映を期待してやまない。
(鈴木英之)

2019年5月19日日曜日

名手達のベストプレイ第3回~ジム・ゴードン


ジム・ゴードンほど波瀾に満ちた人生を歩んだドラマーはいないだろう。
60年代半ばからThe Wrecking Crew(レッキングクルー)のレコーディング・セッションに参加し、先輩格のハル・ブレインと共にそのボトムを支えてきた。
70年代になると更にその活動範囲を広げ、ロサンゼルスのスワンプ・シーンに加わり、Delaney & Bonnie & Friendsのメンバーとしてイギリス・ツアーに参加する。そこではエリック・クラプトンとの出会いから稀代の名盤『Layla And Other Assorted Love』(70年)に参加し、Derek & The Dominosのメンバーとなる。
このクラプトンとの蜜月時期にはビートルズ解散後ソロに転じたジョージ・ハリスンの『All Things Must Pass』(70年)やジョン・レノンの『Imagine』(71年)にも参加、その名はブリティッシュ・ミュージック・シーンでも高名な存在となり、アメリカ本国とイギリスを股に掛けた一流ドラマーとして活躍していくことになる。
しかしその後70年代後半に統合失調症による自殺未遂、83年には母親を殺害するという事件を起こし音楽業界から退いてしまった。2019年現在もその罪でカリフォルニアの医療刑務所にて服役中である。
ここではハル・ブレイン氏ジョー・オズボーン氏に続き、ジム・ゴードン氏を心より敬愛するミュージシャン達と、彼のベストプレイを挙げてその偉業を振り返り、いつの日か適うと信じて氏の復帰を心から願いたい。
また今回からサブスクリプションに登録された全楽曲をプレイリスト化し、試聴出来るようにしたので興味を持った方は是非フルレングスで聴きながら読んで頂きたい。


【ジム・ゴードンのベストプレイ5】
●曲目 / ミュージシャン名
(収録アルバムまたはシングル / リリース年度)
◎選出曲についてのコメント


 【角谷博栄(ウワノソラ)
今回はファースト・アルバム『ウワノソラ』ウワノソラ'67の『Portrait in Rock'n'Roll』に参加しているドラマーのナルハシタイチ君に一部選曲してもらいました。
https://uwanosora-official.themedia.jp/


●What Is Life / George Harrison
(7”『What Is Life』/ 71年)
◎Phillip Spectorのプロデュース。George Harrisonの大好きなアルバム『All Things Must Pass』にも収録。もう本当にかっこいいです。
こんなドラムの音、令和では聴けないのかなぁ。(角谷)

●Why Does Love Got To Be So Sad? / Derek & The Dominos 
(『Derek & The Dominos ‎– In Concert』 / 73年) 
◎スタジオワークでのタイトさとは一線を画す、ライヴならではのパッション全開の一曲。 バンドの熱気と共にインプロで展開される約9分半の中、異様な執着を感じる程に叩きまくっているライドシンバルが癖になります。個人的に彼といえばこの曲。
オリジナル音源よりも断然ライヴです。(ナルハシ)

●Apache / Michael Viner's Incredible Bongo Band ‎
(『Bongo Rock』/ 73) 
◎レアグルーブでも有名な架空で作られたこのバンドでもゴードンがプレイしています。 パンクさもあってかっこいいです。(角谷)

●Apostrophe’ / Frank Zappa 
(『Apostrophe’』/ 74年)
◎60’~70’のセッションマンの中でも、ゴリっとしたサウンドと肉厚なグルーヴが彼の持ち味(だと思っています)ですが、その真骨頂とも言えるプレイに満ちた一曲。小気味良いシンバルワーク、それでいて重厚なドラムサウンドが◎。ひたすらヘヴィに畳み掛けていくプレイがカッコいいです。(ナルハシ)

●Parker's Band / Steely Dan
(『Pretzel Logic』 / 74年) 
◎ポーカロとゴードンのツインドラム。最高な組み合わせ。ツインドラムだけでも高揚してしまいますが、曲もカッコイイ!(角谷)

 
What Is Life / George Harrison


西浦謙助(集団行動 / mezcolanza etc)】 
集団行動HP https://www.syudan.com/
ツイッターアカウント @tikanakangana 
 

●I Don't Want to Discuss It / Delaney & Bonnie & Friends 
(『On Tour With Eric Clapton』/1970年) 
後のデレク・アンド・ザ・ドミノスメンバーが全員参加のこの曲(というかこのアルバム)、ジムのドラムがパワフルでキレッキレです。
演奏陣を牽引しています。

● Power To The People / John Lennon
 (7”『Power To The People』/1971年) 
◎曲構成が超シンプルだからこそパワフルなドラムが光ります。「Power To The People」と歌っていない箇所のバスドラムのベタ打ちが、メッセージ性の強いこの曲の推進力を強調していてすんばらしいです。

●Charlie Freak / Steely Dan
 (『Pretzel Logic』/1974年) 
◎物憂げなピアノが印象的ですが、同じメロディのループなのに全く退屈しないのはジムの力強いシャッフルとセクションごとのスネアのゴーストの変化が効いているなと。シンプルですがえらい難しいと思います。

● Fallin' In Love / The Souther-Hillman-Furay Band
 (『The Souther-Hillman-Furay Band』/1974年) 
ウエストコーストの才能が集まったスーパーグループ。爽やかでポップなこの曲ではタムを絡めた多めの手数のジムのドラムが堪能できます。

●Rich Girl / Daryl Hall & John Oates
 (『Bigger Than Both of Us』/1976年)
◎この曲大好きなのですが、ジムが叩いていたとはつゆ知らず。改めて聴くと付点のバスドラムの位置が本当絶妙でして、粘っこいドラミング内ですごく良いアクセントになっています。
 
Fallin' In Love / The Souther-Hillman-Furay Band 



平田 徳(shinowa)
http://www.shinowaweb.com


 ●Smell Of Incense / The West Coast Pop Art Experimental Band
(『Volume 2』 / 67年)
◎サイケ好きにはよく知られる米西海岸の有名バンドで、後にプロデューサー諸々で大成功するマイケル・ロイドが在籍。Reprise からの67年のアルバム ”Volume 2” にゴードンが参加しており、サイケクラシックとして名高い ”Smell Of Incense”は Jim Gordon のプレイと思われます。

●Wasn't Born To Follow / The Byrds 
(『The Notorious Byrd Brothers』/ 68年) 
◎映画 ”イージーライダー” で二人が荒野をバイクが疾走する場面に流れる曲で、多くの人が憧れる名シーンだと思う。軽快なドラミングが心地よく、ドライブミュージックの最高峰のひとつ。なおアルバム自体も30年来愛聴しております。

●California Home / Mark Eric 
(『A Midsummer's Day Dream』 / 69年) 
◎鼻にかかった脱力ヴォーカルに完璧な演奏というギャップも見事なアルバム。オブスキュアに点で存在するかのようなソフトロックのアルバムも、プロダクトとしてはきちんと確かな一流ミュージシャンが参加していたという、線でつながることが理解できた一枚。
その中から冒頭を飾る一曲。

● I Looked away / Derek & Dominos 
(『Layla And Other Assorted Love Songs』/ 70年) ◎高校生の頃、クリーム以降のクラプトンは親父が聴く音楽と思っていましたが、ちょっと大人になりかけた19才の冬に聴いたレイラの一曲目、ギターよりも歌よりも、音は素朴だけど異常にたくましく力強く、気持ち良すぎるエイトビートに心奪われました。いまだにレイラのアルバムは何よりもドラムを聴きたくて聴いています。 

● The Incredible Bongo Band
(『Bongo Rock』/ 72年) 
◎全編にボンゴがフィーチャーされるバックにて、ゴードンが出しゃばらず、まさに職人としてグルーヴの壁を作っています。それにしても上手いです。音の粒立ちがよく本当にビートが美しいんです。これこそがセッションドラマーとしてまさに求められた技だったんだろうな。あえてこれ1曲は選びませんが、ゴードンのプレイが堪能できる一枚。


California Home / Mark Eric 



The Bookmarcs(洞澤徹 & 近藤健太郎)】 
https://www.thebookmarcs.net/


 ●Only You Know & I Know / Dave Mason
(『Alone Together』/70年)
◎トラフィックのメンバーだったデイブ・メイスンのファースト・ソロアルバム冒頭を飾るナンバー。軽快なアコースティックギターカッティングのイントロでは、シンバルを使わず、スネアのみのリズムキープが面白い。アウトロのドラミングも最高。(近藤)

●Midnight At The Oasis / Maria Muldaur 
(『Maria Muldaur』/73年)
◎マリア・マルダーのソロ・デビュー作収録のヒット曲。エイモス・ギャレットの名演が有名だが、安定のリズムと、ブラシをオーバー・ダヴィングしたと思われるプレイが心地よい、永遠の名曲。(近藤)

 ●Feelin' That Your Feelin's Right / Minnie Riperton 
(『Adventures In paradise』75年) 
◎ジャケの良さも含めてのミニーリパートンの傑作アルバム『Adventures In paradise』 からの1曲。官能的なまでのキープに絶妙なタイム感のフィルは、ドラムを聴いているだけでご飯何杯でもいけます。(洞澤)

●Rock And Roll Slave / Stephen Bishop 
(『Careless』76年)
◎ Stephen Bishopの大好きなアルバムから。控えめながらも、曲の後半頻繁に出てくるタム回しは”泣きのギター”ならぬ”泣きのドラム”といったところでしょうか。 まさにドラムが歌っていますね。(洞澤)

●Lie To Me / Bill LaBounty
(『This Night Won't Last Forever』78年)
◎Bill LaBountyといえば「Livin' It Up」が有名ですが、このアルバムもAOR史の中でかなりの良曲揃いだと思います。特にこの曲はゴードンのハイハットの刻みの息遣いが、歌とうまく溶け合ってなんとも心地よいグルーヴを生み出しています。(洞澤)


  
Feelin' That Your Feelin's Right / Minnie Riperton 





増村和彦(GONNO × MASUMURA etc)
http://www.ele-king.net/writters/masumura_kazuhiko/


●Now That Everything's Been Said / City 
(『Now That Everything's Been Said』/ 68年)
◎ジム・ゴードンの推進力とタンバリン・シェイカーの絡みがナイス。 よくよく聴くとピアノのタイムがすごくよい。

●Marrakesh Express / Crosby,Stills&Nash (『Crosby,Stills&Nash』/ 69年)
◎お願いだからダラス・テイラーに叩いていて欲しかった名盤中の名曲。

●Some of Shelley's Blues / Nitty Gritty Dirt Band 
(『Uncle Charlie & His Dog Teddy』/70年)
◎Michael Nesmithのカバー。 数多あるジム・ゴードンのプレイの中で最もリラックスしていて楽しそう。 その分所々少しだけおらついていて、それがまたかっこいい。

●Love Song / Lani Hall 
(『Sun Down Lady』/72年)
 ◎ミッドナイト・ランブル・ショー(http://www.midnightrambleshow.com/)からの推薦。
ブラシ8ビートの最高峰!

●Do You Know / Joey Stec
(『Joey Stec』/76年)
◎MillenniumのメンバーでもあるJoey Stecのソロ。空間豊かなリズムの中で、低いチューニングのドラムと高いチューニングのコンガのアンサンブルが心地よい。ジム・ゴードンらしくベードラ、スネアでしっかりビートを進めながら、ハイハットとシェイカーの絡みも気持ちいいし、ハイハットのアクセントのダイナミクスがかっこいい。


Do You Know / Joey Stec 



 【松木MAKKIN俊郎(Makkin & the new music stuff / 流線形 etc)】
http://blog.livedoor.jp/soulbass77/ 


●Grazing In The Grass / The Friends Of Distinction
(『Grazin'』/ 69年)
◎アールパーマー、ポールハンフリーの系譜に位置する「ソウルドラマー」としてのジム・ゴードン。美しさと安定感では両者を凌ぐのだから超一流である。ドラムソロも嬉しい。

●Somebody Found Her (Before I Lost Her) / Dennis Lambert
(『Bags & Things』/ 72年) 
プリAORとして究極の1曲。強拍でハットがオープンがちになるのがゴードンらしい。間奏以降の怒涛の流れにはただただ聴き惚れるのみ。
最高!
●Song For Paula / Bobby Whitlock  
(『Bobby Whitlock』/ 72年)
◎圧倒的な実力で『レイラ』を支えた男の傑作ソロ。こんなに熱く激しく、長いフィルも多いのに、ゴードンの安定感たるや流石は職人!何度聴いても感動的。

●American City Suite-All Around The Town / Cashman & West
(『A Song Or Two』/ 72年) 
◎アルバム全編がポップス歌伴ドラムの完成形。中でもこの曲のカッコよさは筆舌に尽くしがたい。本当にうまいなぁ…!

●American Lovers / Thomas Jefferson Kaye
 (『First Grade』/ 74年) 
◎フェイゲン&ベッカー作で知られるこの曲。あらゆる技を盛り込んでシンプルなメロディを盛り上げる。この素晴らしい構成力! 
名演、名盤は枚挙に暇がないゴードン。どうしてももう一枚『The Souther-Hillman-Furay Band』(74年)を次点として挙げさせてください。


American Lovers / Thomas Jefferson Kaye 



Masked Flopper(BB5数寄者)

●Dream Weaver/ Rick Nelson 
(『Another Side Of Rick』/ 68年)
◎Everly Brothers同様にBritish Invasion後にセールス的に伸び悩み人気低迷時の ソフトロック風佳作。Rickの歌唱にうまくからむナチュラルなドラミング。

●California Dreamin'/ Brotherhood 
(『Brotherhood』/ 69年)
◎Paul Rever & The Raiders脱退メンバーが結成したバンドで、Raiders時代から Jimはセッションで参加することが多かった。重厚なサウンドを支えるドラミングは秀逸。

●Hound Dog/ Anna Black 
(『Thinking About My Man』/ 69年)
◎ブルージーな歌唱にからむ演奏を見事に支えるドラムにパーカッションの構成は見事。

●Marrakesh Express/ Crosby, Stills & Nash 
(『Crosby, Stills & Nash』/ 69年)
◎The Holliesから却下され米国西海岸で日の目を見た、という喜びと軽快なJimのリズムと 異国情緒が重なる不思議な曲。

●Sandcastles at Sunset / The Surf Symphony 
(『Song Of Summer』/ 69年)
◎インスト企画もので浜辺の情景にちなむ曲を集めた快作。いわゆるイージーリスニングの 範疇ではあるが時々聴きたくなる魅力がある。


Marrakesh Express/ Crosby, Stills & Nash 



 【ウチタカヒデ(WebVANDA管理人)

●Hurt So Bad / Bobby And I 
(『Bobby And I』/ 68年)
◎マイナーからメジャーへのコード・チェンジが繰り返されるテディ・ランダッツォ作曲らしい陰影のあるバラードがオリジナルだが、この男女ヴォーカル・デュオのカバー・ヴァージョンではハイテンポなジャズ・アレンジで演奏される。ゴードンのドラミングがその原動力となっているのは言うまでも無い。

 ●Paxton Quigley's Had The Course / Chad And Jeremy 
(『The Ark』 / 68年)
◎ゲイリー・アッシャーが手掛けた英フォークロック・デュオのラストアルバム収録でシングルカットもされたソフトサイケの隠れ名曲。時代的に早すぎたオペラ・プログレ・ポップであり、職人ゴードンは各パートに的確にその能力を駆使したプレイをしている。断末魔的なコーダをノリノリのシェイクで攻める様が極めてクールだ。

●Gimme Some Lovin' / Traffic
(『Welcome To The Canteen』/ 71年)
◎スティーヴ・ウィンウッド配するスペンサー・デイヴィス・グループ、66年のメンフィス・ソウル系譜のモッズ・アンセムがオリジナルだが、ウィンウッドが次に組んだトラフィックの71年のライヴ盤では、ゴードンが叩くスワンプ・リズム・パターンを核にして3倍の尺で演奏され、会場を興奮の坩堝と化す。

●Rikki Don't Lose That Number / Steely Dan 
(『Pretzel Logic』/ 74年)
◎スティーリーダン史上最高位のシングル曲を取り上げるのは躊躇するが、業界屈指の一期一会セッション故に生まれた名作ではないだろうか。ハイハット・ワークの絶妙な揺れ、フェイゲンのヴォーカルに呼応するオブリガートのようなラテン・フィールのタム転がしなど聴き込むほどに、その非凡な技巧を思い知るのだ。

●Please Call Me, Baby / Tom Waits 
(『The Heart Of Saturday Night』/ 74年)
◎酔いどれ詩人(実際は下戸)として日本にも信奉者が多いトム・ウェイツのセカンドは、プロデューサーのボーンズ・ハウのコネクションとしてゴードンが全面的に参加している。語るような独特なテンポで歌うウェイツの「世界観=タイム感」を崩さないプレイは、一流の職人ドラマーとしての真骨頂である。
 
  
Gimme Some Lovin' / Traffic 



 (企画 / 編集:ウチタカヒデ)