2019年2月11日月曜日

Three Berry Icecream:『SUNSHINE ON MY MIND 1998-2018』(miobell records / PCMR0014)


少し紹介が遅れてしまったが、元BRIDGE(ブリッジ)のイケミズマユミ(キーボーディスト)のソロプロジェクトThree Berry Icecreamが、オールタイム・ベスト・アルバム『SUNSHINE ON MY MIND 1998-2018』を昨年10月17日にリリースした。 
BRIDGEは92年に渋谷系バンドとしてデビューし、元フリッパーズ・ギターの小山田圭吾が主宰したトラットリア・レーベル(ポリスター傘下)から2枚のオリジナル・アルバムをリリースしている。95年後の解散後はベーシストのカジヒデキがソロ・アーティストとして成功し、その存在が改めて知られるようになった。17年には22年ぶりにオリジナル・メンバー6人で再結成ライヴを行ったことも記憶に新しいと思う。

さてイケミズマユミのThree Berry Icecreamの活動であるが、音楽誌「米国音楽」の付録CDに楽曲提供したのがきっかけとなり、99年にアメリカにてファーストEP『three berry icecream』を7インチでリリースし、その後も国内でミニアルバム『apricot』、『Rain Drops』を発表しており、17年には以前アメリカ・ツアーで一緒だったBrent Kenji(ブレント・ケンジ、Friedrich Sunlight)とのコラボレーションで「three cheers」を7インチでリリースしている。
彼女が紡ぎ出すシンプルなメロディと英語歌詞は海外でも評価が高く、アメリカ、台湾、韓国のイベントにも出演し、国内外合わせて20枚以上ものコンピレーション・アルバム(以下コンピ)に楽曲が収録されており、ゲーム音楽やLoftのキャンペーン・ソング、近年は『婚前特急』『わたしのハワイの歩きかた』『夫婦フーフー日記』 などの映画作品にも参加するなどその活動は多岐に渡っている。
今回の活動20周年を記念したベスト・アルバム『SUNSHINE ON MY MIND 1998-2018』は、そんな彼女の魅力を余すことなく詰め込んでいるので、ギターポップやWebVANDA読者をはじめとするソフトロック・ファンにも聴き応えがあるだろう。
なお本作には、BRIDGEで同僚だった、大友眞美や黒澤宏子の他、Swinging Popsicleの嶋田修、orangenoise shortcutの杉本清隆らと一緒にレコーディングした新曲「Come away to winter」「Honey and clover」の2曲を含む27曲が収録されている。  では筆者が気になった主な収録曲を解説していこう。

   
冒頭新曲の「Come away to winter」は、ボサノヴァのリズムを基調としたギターポップ・サウンドで、BRIDGEのリード・シンガーだった大友とSwinging Popsicleの嶋田、SmokebeesやRed Go-Cartなど複数のバンドに所属するヒロセミキがコーラスで、イケミズのヴォーカルをサポートしている。
なおこのコーラス・アレンジには、シンガー・ソングライターの小林しのが協力している。スリー・リズムのフォーマットでキーボードレスだが、グロッケンのオブリとヴィオラが入ることでサウンドが豊かになっていることにも注目したい。蛇足だがタイトルはAztec Cameraの「Walk out to winter」を彷彿とさせた。
続く「Honey and clover」も新曲で、こちらにはBRIDGEのドラマーだったクロサワヒロコが参加し歌心あるドラミングを披露しており、全編スキャットのこの曲にメリハリをつけている。また筆者が06年に監修したコンピ『Easy Living Vol.1』にも参加したMargarets Hopeのホザキマユミもフルートで参加して、この清々しいサウンドに彩りを添えている。

「Majestic monochrome (completed mix)」は12年のコンピ『胸キュン☆アルペジオ~Takayuki Fukumura with Friends』の冒頭に収録されており、往年のギターポップ・ファンが聴けば気付くと思うが、The Monochrome Setの「Jacob's Ladder」(84年)へのオマージュである。ルーツ的にはメジャー・キーのブルースだが、このモッドなサウンドは多くのバンドに影響を与えている。
この曲もそんな影響下にありイケミズとBrent Kenjiのデュエットで歌われる。バッキングはVasallo Crab 75のオオクライッセイがギターとベース、ヨシダアキヒロがドラム・プログラミングで参加している。
「Felicity fall」はセカンド・ミニアルバムの『Rain Drops』(06年)収録曲で、イケミズの曲とカジヒデキの詞という元BRIDGE組のソングライティングになっている。2分半程の小曲だがイントロからヴァースへかけてのコード進行が素晴らしく、イケミズによる印象的なアコーディンオンとグロッケンのプレイも効果的だ。
アルバム中最もソフトロック・テイストなのは「Fairy tale」で、07年に出版されたガール向け小冊子『My Charm』11号の付録CDに提供されたシャッフル・ナンバーである。歌詞はこの本の著者である磯谷佳江で、作詞家としても成功している彼女のセンスが光っている。アレンジ的には三連のピアノやグロッケンの配置、対位法のベースのフレーズなどアレンジもよく練られているのだ。



レコーディング時期でアレンジを変えたスリー・ヴァージョンが収録された「Go pit-a-pat days」にも触れておこう。収録は発表順と時系列的に逆になるが、「Go Pit-A-Pat Days 96」は、02年に森達彦氏のハンマー・レーベルからリリースされたコンピ『STUDIO LAB/ FLOCKS』に収録された英語歌詞の最新ヴァージョンで、アコースティック・ギターには元BRIDGEの大橋伸行、バックトラックのプログラミングには現在活動停止中のmaybelleのキーボーディストで、作編曲家、劇伴音楽家として知られる橋本由香利が参加している。サウンド的にはアコースティック・ギターの刻みとウッドベースが利いたオールドタイミーなサンシャイン・ポップだ。 
続く「Go pit-a-pat days (Brownie version)」は、ROUND TABLEの伊藤利恵子が主宰するブラウニーレコードのコンピ『9 pieces of BROWNIE』(99年)に収録されたヴァージョンで、バッキングは主に伊藤と北川勝利のROUND組二人で担当している。ベースは生のエレキだがヴァイオリンが入ることで、最初期ヴァージョンより落ち着いた雰囲気になる。
本作のラストに収録された最初期のオリジナル日本語歌詞ヴァージョンの「Go pit-a-pat days」は、98年にカセットで限定リリースされていた『Three Berry Icecream』に収録されており、ギターには元BRIDGEの清水弘貴が参加している。やや荒削りなアレンジと演奏であるが、清水はアコースティック・ギターとセミアコ・ギターを弾き分けており、オクターブ奏法も披露している。
この最初期ヴァージョンの時点でイケミズが描こうとしている世界観は垣間見られており、ブリル・ビルディングの時代に通じる巧みなソングライティングは、聴く者の心を掴んで離さないだろう。 
(ウチタカヒデ)

2019年1月26日土曜日

small gardenが「木漏れ陽」のMVと「残夏」をフルレングスで公開


2017年11月に紹介した小園兼一郎(コゾノ ケンイチロウ)によるソロ・ユニットsmall garden(スモールガーデン)の『歌曲作品集「小園」』から、リード・トラック「木漏れ陽」のMVが昨年12月より公開されている。
この曲を初めて耳にした時の印象は今でも憶えているが、イントロの4小節を聴いて直ぐにsmall gardenに世界観に引き込まれてしまった。 
チェンバロ(ハープシコード)のフレーズにアコーステック・ギターの刻み、フルートのオブリ等のサウンドにはエンニオ・モリコーネ、スウィートなバースとビターなサビのメロディー・ラインを活かすコード進行にはマイケル・フランクスからの影響を感じさせる。そして何よりリード・ヴォーカルの山本ひかり(野沢菜)のナチュラルな声質によって、この曲が一層ブリリアントな輝きを放っているのだ。

   

 そして、昨年リリースされたサードEPの『歌曲作品集「小園Ⅱ」』から、筆者が昨年のベストソングとして選出した「残夏」と、「シュールポワール」が、筆者の希望もありフルレングスで試聴出来るようになっている。 

 「残夏」 

「シュールポワール」

前者はかのスティーリーダンの「aja」に通じるハイブロウなジャズ・ロック・ソナタであり、フルレングスで聴いてこそこの曲本来の真価を得られる。
後者は無重力な5拍子のリズムと独特なコード進行が特徴的なソウル・ポップだ。



興味を持った良識ある音楽ファンは、『歌曲作品集「小園」』と『歌曲作品集「小園Ⅱ」』を入手し、高音質でじっくり聴いて欲しいと切に願う。 
(ウチタカヒデ)

2019年1月16日水曜日

【ガレージバンドの探索・第四回】 Downliners Sect


ガレージバンドとして一括りにはできないかもしれないけれど、ガレージ愛好家からの人気も高いDownliners Sect(ダウンライナーズ・セクト)。
長年聴いてはいたものの、どんなバンドなのか詳しく知らなかったので活動の流れを整理してみることにした。1977年に再結成し現在も続いているのだけれど、主に60年代の活動を対象にした。

1962年 
ロンドン近郊のトュイッケナムで、後にDon Craineの名で知られるMichael O' Donnellが、Downliners Sectの前身となるThe Downlinersというバンドをスタートした。
バンドの名前はJerry Lee LewisのB面曲「Down The Line」からきているそうだ。 このバンドはフランス・ツアーに行ったりコンテストに出たりもしていて活動は精力的だったようだけれど、コンテストで決勝にいったにも関わらず一部のメンバーがガールフレンドの事情で現れずチャンスを失ったり、トラブルが多かったらしい。

1963年
メンバーチェンジを経て、リズムギター、ボーカルのMichael O' Donnell、ドラマーのJohnny Sutton、リードギターのMel Lewis、もともと別バンドではドラマーだったArthur Keith Evansがベース、ボーカルとなり、この4人で心機一転スタートする。
始めはChuck Berryの曲を演奏していたようだけれど、The Rolling Stonesを観て影響を受け、StonesスタイルのR&Bを演奏し始める。しかしMel Lewisは医者を目指す為早い段階で脱退。リードギターとしてTerry Clemson(後にTerry Gibsonに改名) が加入した。
バンド名はDownliners Sectに変更され、Michael O' DonnellはDon Craineに、Arthur Keith EvansはKeith Grantにステージ・ネームを変更した。初期アルバムのクレジットは元の名前のままだったりするので混乱しやすい。

この時代、Alexis Kornerが経営するザ・イーリング・クラブ(元イーリング・ジャズ・クラブ)などに出入りし、Alexis Korner、Cyril Daviesが結成したAlexis Korner's Blues Incorporatedの元でブルースを学ぶ若いバンドが数多くいた。Downliners Sectもその中のひとつで、特にCyril Daviesからの影響が強かったようだ。
ロンドンの多くのクラブで演奏し評判となっていたDownliners Sectには、当時Steve Marriott、Rod Stewartなどが加入を希望したそうだけれど、断ったという。
この頃からDon Craineが着用したディアストーカー・ハットは彼のトレードマークとなった。
※80年代の終わりに結成されたイギリスのガレージバンド、Billy Childish率いるThee Headcoatsのバンド名はこのDon Craineの帽子に由来している。

90年代に、このThee HeadcoatsとDownliners Sectの合体ユニットでのEPとアルバムがリリースされている。
Thee Headcoats Sect Featuring Don Craine『Headcoats On』(LYNCH 1-EP) 1991
Thee Headcoat Sect『Deerstalking Men』(SCRAG 8-CD / SCRAG 8.CD / SCRAG 8-LP) 1996
Thee Headcoats Sect『Ready Sect Go!』(ASKLP 99/ASKCD 99) 1999

Downliners Sectの最初のレコーディングは1963年で、 「Cadillac」と「Roll Over Beethoven」を録音していたのだけれど、これは80年代までリリースされなかった。
最初のリリース作品は、この年ロンドン中心部のスタジオ51(Ken Colyer Jazz Club)で録音されたライブ盤EP『At Nite In Gt. Newport Street』(Contrast Sound RBC SP 001)で、マイナー・レーベルでの小規模なものだったけれど人気があり、特にスウェーデンのラジオ局で頻繁に流されたことと、あるスウェーデンの裕福な家の娘に気に入られたことが、北欧で人気に火がつくきっかけとなったらしい。

1964年
Studio 51で出会ったハーモニカプレイヤーのRay Soneが加入。
その後バンドは音楽出版社Campbell Connellyと3年間でアルバム3枚、シングル年間3枚の契約を結んだ。Campbell ConnellyはEMI/コロンビアと原盤、出版契約を結び、Mike CollierプロデュースでDownliners Sectの第1弾シングル、Jimmy Reedのカバー「Baby What’s Wrong」をリリース。
「Baby What's Wrong」/「Be A Sect Maniac」(Columbia DB7300)
年の終わりにはR&Bのカバー中心の1stアルバム『The Sect』(Columbia 33SX1658)をリリースした。参加しているセッション・ピアニストはおそらくIan Stewartのようだ。
※John Paul Jones、もしくはBrian Jonesという説もある。(スペイン盤(Munster Records‎–MR244)では、収録曲「One Ugly Child」のピアノはJohn Paul Jonesがクレジットされている)


同時期に録音された第2弾シングル、The Coastersのカバー「Little Egypt」は翌年スウェーデンで大ヒットする。
「Little Egypt」/「Sect Appeal」(Columbia DB7347)
第3弾シングル「Find Out What's Happening」はヒットに至らなかったそうだけれど、個人的には気に入っている曲。原曲はThe Spidells。
「Find Out What's Happening」/「Insecticide」(Columbia DB7415)


※その他、この年に録音されるも失われていた音源が収録されたEP『Brite Lights-Big City』(RBCSP 002)が2011年にリリースされている。

1965年
この年の春、Ray Soneはライブに遅刻したことで解雇される。新たなハーモニカプレイヤーとしてPip Harveyが加わり、新体制でバンドはスウェーデンを訪れた。
ストックホルムのアイスホッケースタジアムでの演奏は、10,000人を超える観客を前にしてのものだった。静まらなければコンサートを止めると警察が制するほどの盛り上がりだったそうだ。夏の終わりにスカンジナビアでツアーを行い、クラブやアミューズメントパークで大観衆に向けて演奏した。

そんな人気が高まっている中、これまでとスタイルの異なるカントリー志向の2ndアルバム『The Country Sect』(Columbia DB7817)をリリースする。
アルバム単位での大胆な路線変更に戸惑うファンも多かったらしい。これまでのDownliners Sectのファンからもカントリーのファンからも評判が悪く、ここからの曲はライブでは滅多に演奏されなかったという。


この年リリースされたシングル「Wreck of the Old '97」の原曲は1903年に起きたサザン鉄道の列車事故を歌ったオールドタイム・バラッドで、カントリーミュージックに大きな影響を与えた曲。
1933年に、この事故現場の地元住民だったDavid Graves Georgeが原作者として名乗りを上げ裁判で認められるも、その後の上訴でRCA Victorの所有となった。
「Wreck Of The Old '97」/「Leader Of The Sect」(Columbia DB7509)

別の2枚のシングルは『The Country Sect』からの曲で、1枚が「I Got Mine」。Tommy Collinsのカバーで、テレビ放送もされスウェーデンでヒットした。
「I Got Mine」/「Waiting In Heaven Somewhere」(Columbia DB7597)

もう1枚「Bad Storm Coming」はDon Craine、Keith Grantによって書かれたオリジナル曲で、ヒットには至らなかったものの、他のミュージシャンにカバーされたりと、評判は良かったらしい。
「Bad Storm Coming」/「Lonely And Blue」(Columbia DB7712)
『The Country Sect』の前にも変わったEPをリリースしていた。 『The Sect Sing Sick Songs』(SEG 8438)という4曲入りのコンセプトEPで、1曲目の「I Want My Baby Back」の原曲はJimmy Cross(アメリカのラジオプロデューサー)が1965年にリリースしたノベルティ / デス・ソング。恋人同士でThe Beatlesのコンサートに行った帰り道に交通事故に遭い、彼女が亡くなってしまうという歌。Downliners Sectのカバーでは、セリフの“The Beatlesのコンサート”の部分を“Sect(Downliners Sect)のコンサート”と置き換えて歌っている。
BBCには禁止されていたけれど、スウェーデンのラジオで度々流された。

 

1966年
ある日ライブに行く途中メンバーはPip Harveyを迎えに行き、家の前で待っていたけれど彼は現れずそのまま行方をくらましてしまう。原因は定かではないけれど、警察に追われていたらしい。
4人になったメンバーは再びロックサウンドに戻り、1966年春、3rdアルバム『The Rock Sect’s In』(Columbia 33SX 6028)をリリースした。


この年リリースされたシングル「All Night Worker」はスタンダードなR&Bのカバー曲で、原曲はRufus Thomas。
「All Night Worker」/「He Was A Square」(Columbia DB 7817)
次のシングル「Glendora」はRay Stanleyによって書かれた、マネキンに恋をした男の歌で、1956年にリリースされたJack Lewis with Zippy Simms Orchestraバージョンが原曲である。同年にPerry ComoやGlen Masonがカバーしている。Downliners Sectは、1963年のBilly Youngのバージョンを直接の参考にしていると思われる。
「Glendora」/「I'll Find Out」(Columbia DB7939)

年の終わり、メンバー達は状況に不満を持ち始める。
音楽シーンは変わりR&Bが下火になっていたことに加え、プロデューサーのMike Collierにも不満を感じていた。メンバーが書いた曲でもクレジット表記を自分に偽ろうとする人物だったらしく、Mike Collier作となっていても実際は作曲に関わっていない可能性もあるようだ。
この時期リリースされたシングル曲「The Cost Of Living」の原作者はGraham Gouldman, Peter Cowap, Harvey Lisberg。
最初のリリースはDownliners Sectと思われるけれど、もともとは別のミュージシャンへの提供曲だったかもしれない。 詳しい経緯がよく分からなかったけれど、Graham GouldmanのHPでは仕事のひとつとしてDownliners Sectのバージョンが記載されていた。Graham Gouldmanのデモをそのまま使用していて、追加録音されたのはアコースティックギターとボーカルだけのようだ。
「The Cost Of Living」/「Everything I've Got To Give」(Columbia DB 8008)

1967年
Don CraineとKeith Grantは新しくDon Craine’s New Downliners Sectをスタートする。ラインアップはリードボーカルDon Craine、ベースボーカルKeith Grant、リードギターBob Taylor、キーボードMatthew Fisher、ドラムKevin Flanagan。
R&Bの要素は維持しつつも、サイケデリックなスタイルへと変化する。 オルガン奏者のMatthew Fisherはバンドに長くは滞在せず、別のオルガン奏者Barry Cooperが加わった。パジャマでステージに立つなど変わった人物で、メンバーと観客の両方を驚かせた。
この新体制で、パイから1枚のシングルをリリースしている。
「I Can’t Get Away From You」/「Roses」(Pye 17261)

しかしDon Craine’s New Downliners Sectも長くは続かず、Don Craineが飽きてバンドを去り、その数か月後Barry Cooperも脱退。バンドはKeith Grantが引き継いだ。

1968年~1969年 
Johnny Suttonが1968年に復帰するも、この年の終わりKeith Grantもバンドを離れ、実質Downliners Sectは一旦終了する。
1968年~1969年にスウェーデンのレーベルJukeboxから3種類のコンピレーションEPがリリースされていて、それぞれに1曲ずつDownliners Sectの曲が収録されている。
Jukebox(JSEP-5580)(Downliners Sect /Spider収録) 
Jukebox(JSEP-5584)(Downliners Sect / Lord Of The Ring収録)
Jukebox(JSEP 5586)(Downliners Sect / White Caterpilla 収録) 

参考・参照サイト 
http://www.angelfire.com/rock3/yardbird_sect/secthistory1.html 
http://www.makingtime.co.uk/downliners.html#.W_lCuuj7RPY
https://en.wikipedia.org/wiki/Wreck_of_the_Old_97
http://ontheflip-side.blogspot.com/2014/07/downliners-sect-glendora.html?m=1 

【文:西岡利恵(The Pen Friend Club)/編集:ウチタカヒデ】

2019年1月6日日曜日

Brian Wilson December 10, 1966 Letter.

平成の世から新たな御代へと移り変わる候となった、思えば先帝の御代から平成には様々な変化があった。音楽メディアにおいては、レコードからCDという大きな流れがあったが、今上帝治世の末にはCDからレコードという動きもある。
弊誌ゆえの贔屓の引き倒しではあるが、The Beach Boys/Brian Wilson復権の動きも昭和〜平成になり次第に大きくなっていったと言えよう。 1980年代はKokomoの大ヒットもあったが、Smile/Pet Sounds再評価の動きは1970年代中葉以降米国で活発化していた。1985年にドキュメンタリー映画American Bandのリリースで未公開映像や音源の数々は多くの関心を呼んだ。
一方旧作の再発は依然として進まなかったが、主にSmileのbootlegリリースのインパクトは大きく、日本にも80年代初頭には伝搬している。 1984年刊行の雑誌Forever 第6号においてその衝撃が特集され、その後米国においてもDomenic PrioreによるSmile録音時のドキュメント本『Look, Listen,Vibrate,Smile』が刊行され、The Beach Boys研究の金字塔を打ち立てている。




Smileのbootlegについて音源の流出経路はほぼ特定されていて、1979年に刊行された公式バイオ本の著者Bryon Preissとその周辺と推定されている。
理由は定かではないが、(一説によればBrianがMFQのThis Could Be The Nightをカバーしたかったが手元に音源がなく、第三者に依頼し、提供した報酬としてコピーしたテープを渡したという説もある)米国国内で関係者やライター周辺では通称Preiss Tapeとして流通していたことは確かである。
冒頭に述べたように当時の音楽メディアはテープかレコードしかなく、bootlegのレコード音源はPreiss Tapeの数世代コピーという状態であった、現代のリスナーならば身銭を切って購入するようなことは到底考えられない品質だが、ノイズの向こうから聞こえるセッションの断片は想像力をたくましくさせたものである。
筆者の記憶では80年代中葉では最初の入荷時即品切れとなり西新宿では数万円で売られていた記憶がある。
80年代以降はCDが本格的に普及し、音質も向上し1987年に世界初Smileのbootlegが登場している、こちらもダビングされた音源のコピーか何かが多かったが、それと並行してCapitolもThe Beach Boysの旧作のCD化作業を始めており、Mark Linett(先年、映画のLove and Mercyでカメオ出演している)中心に音源のデジタイズ及びマスタリングの進行を伝えるレファレンス用のテープが作成されており、これらはスタジオ関係者へ配られ、高音質のSmile音源がすでにこの時点で存在していた。 
1990年になると当時としては高音質デジタルマスタリングされたと思しきbootlegで、日本製とも言われる名盤?T-2580のリリースがあった、以降は正規盤CDやbootlegの怒涛のリリースが始まるが割愛する。 

1966年当時のBrianの息吹を伝えるアイテムを当方のコレクションから紹介しよう。

日付は1966年12月10日Smile session真っ只中の手紙であり、奇しくもGood Vibrationsが全米チャート・ナンバーワンと記録された日である。



その内容は、 

”しばらく手紙でやりとりしよう。(何かわからないけど)結果をもたらす出来事が起きるはずだと思っているよ。
何かコメントしてね。
アルバムのトレンド
シングル
コンサート
映画
広報
写真
それじゃ ブライアン”  

手紙の宛先はFred Vail、The Beach Boys結成当時から興行面で大きく関わりがあり、当時十代ながら南カリフォルニアの新興バンド中心の興行で頭角を表し、次第に全国ツアーでも興行のブッキングなどを任された人物である。
The Beach Boysにライブアルバムを提案したのもFredであり、彼の声はアルバムBeach Boys Concertの冒頭で"And now,from  Hawthorne,Califorinia,to entertain you tonight"の部分で聴くことができる。
この手紙の時点ではFredは設立前後のBrother Recordの要職にいた関係からBrianとの親密さが感じられ、筆致からはBrianの何かに憑かれたかのような興奮が伝わってくる。
(text by MaskedFlopper / 編集:ウチタカヒデ)

2018年12月24日月曜日

WebVANDA管理人が選ぶ2018年の邦楽ベストソング

今年の邦楽は、個人的趣味では豊作で有意義な年だったといえる。
筆者宛に音源を送ってくれたミュージシャンの方々は昨年以上に多く、いいものが多々あった。今後も新たな才能に出会いたい。
さてアルバム単位でベスト10を選ぶのは、これまでに2000年代連載を持っていたフリーペパー誌やカルチャー・サイトの企画でやっていたが、WebVANDAでとなると読者層も異なるため少し躊躇する。
ただ交流のある音楽関係者達からのリクエストもあったので、ここではアルバム(シングルを含む)を代表する1曲として、「ベストソング」というかたちで選んでみたい。 順不同でリリース順に紹介していく。

☆飛翔する日常 / The Pen Friend Club
ジミー・ウェッブが生みだした51年前のサウンドが現在も継承されているのは、ウェッブにインタビューした数少ない日本人の一人として非常に嬉しい。

☆1998 / Lamp (『彼女の時計』収録) 
絶妙なリズム・アプローチが完璧さを超えて自然に聴かせているのは見事で、繊細な心象風景を描いた歌詞の世界観を引き立てている。

☆無重力ファンタジア / RYUTist (『青空シグナル』収録)
インドネシアのエヂ・モッタと言って過言ではないAOR・マスター、Ikkubaru(イックバル)が作編曲を手掛けたガール・グループの希有なメロウ・グルーヴ。 

☆逢いの唄 / 桶田知道 (『秉燭譚』収録)
 刹那的ロマンティシズムな歌詞とハッシュ系ミッド・テンポのリズム・トラックのグルーヴが渾然一体となった純日本製のテクノ・ソウル。

☆残夏 / small garden (『歌曲作品集「小園Ⅱ」』収録) 
トップモデルのショットをリキッドラムでコーティングしたジャケットのアルバムに収録されていてもおかしくない、一人多重録音のプレイによるハイブロウなジャズ・ロック・ソナタ。

☆Urbane / ツチヤニボンド (『Mellows』収録)
フルートのリフがボディブロウで耳に残る、南米音楽のポリリズムとブルース進行をベースしたサイケデリック・メロウ・サウンド。

☆欲望 / Vacation Three (『One』収録)
ネッド・ドヒニーの「Get It Up For Love」に通じる非常にクールなブルーアイド・ソウルで、不毛の愛を綴った歌詞との相性も非の打ち所がない高い完成度。

☆人魚の夜 / 小林しの (『Havfruen nat』収録) 
ソフトロックというカテゴライズだけでは括れない美しいバラードで、クリーン・トーンのギターソロにはブルーアイド・ソウル(「Nothing At All」Hall & Oates)の匂いもする。

☆Heartbeat / Saigenji (『Compass』収録)
こういうアコースティックなヒップホップ感覚は日本では彼しか思い浮かばない。言わずもがなだがSaigenjiという唯一無二のジャンルが存在しているのだ。

☆雲の柱 / The Bookmarcs (『BOOKMARC MELODY』収録)
4つ打ち三連シャッフルの洗練されたR&Bトラックに、イノセントな歌詞とソフティなヴォーカルという対照的なエレメントが融合して生み出される清々しいフィール。 
(ウチタカヒデ)

2018年12月20日木曜日

ポール・マッカートニー フレッシュン・アップ・ジャパン・ツアー 2018 極私的レポート

VANDA誌30号「今更ながらポール・マッカートニーの魅力を語る」、WebVANDA「the Sweet Onions近藤君とPREFAB SPROUTの新作を聴く」等々、それぞれ過去に、ウチタカヒデさんとの対談レビューの機会をいただきました。
直近では私が所属するユニット、The Bookmarcsの最新アルバム「BOOKMARC MELODY」(2018.11.28リリース)のインタビューが掲載され、大変嬉しく思っております。
この度、ウチさんのご厚意によりビートルズ関連の執筆のご提案をいただきました。どうぞ宜しくお願い致します。


2018年が間もなく終わろうとしている。 少し前の出来事も、随分と昔のことのように感じてしまうこの頃。世の中は実に目まぐるしくせわしなく進んでいて、日々は泡のように消えて行ってしまう。しかし忘れてはいけない、いや、忘れることのできないビッグイベントが秋に開催された。ポール・マッカートニーの来日、フレッシュン・アップ・ジャパン・ツアー2018である。
なんと2017年の来日公演から僅か1年半で実現したコンサート。しかも5年ぶりのニューアルバム「エジプト・ステーション」を引っさげて、ポールが日本にやってきたヤァ!ヤァ!ヤァ! 巷では「平成最後の○○」という言葉が飛び交っているが、まさに平成最後のポール来日! あっぱれあっぱれである。  

少しくだけた前置きはこのくらいにして、ここからはライブ私感、いわゆる詳細なレポートは既に他所で出尽くしていると思うので、個人的な感想文のようなものを、出来るだけ簡潔に記したいと思う、お手柔らかに。 


鑑賞したのは初日の10月31日東京ドーム公演。ソロとして初来日した90年(筆者は当時10代)のコンサートを皮切りに、これまで必ずライブに足を運んできたのだが、開演前のワクワクやドキドキ、そしてポールがステージに登場する瞬間の高揚感は、他では決して味わえない特別な体験である。今回もまた、その興奮指数は更新された。



オープニングは「A Hard Day’s Night」。イントロのギター、ジャーンの響きで、バンドと観客同士の心は一気に結びつく。あの日あの時あの場所で、どれだけこの曲が流れ、幾つのドラマが生まれてきたのだろうか。想像するだけで頭がクラクラしてしまう。
2曲目にしてアッパーなナンバー「Hi Hi Hi」で会場は早くもヒートアップ。ここで日本語での挨拶『コンバンワ トーキョー タダイマ!』。いつだってポールは明るくチャーミングで、僕らを笑顔にし、時に涙を誘い、励ましてくれる。
4曲目の「Letting Go」で騒つく会場。なんとホーン・セクションがアリーナの客席の中で演奏している。これはなかなか心憎い演出だ。
続いて最新アルバムから「Who Cares」「Come On To Me」を披露。
ポールお得意のシンプルなロックナンバー。特に「Come On To Me」ではさながらダンスフロアにいるような錯覚に。76歳にして踊れる新曲を持ってくる。いやはやさすがとしか言いようがない。
続く「Let Me Roll It」では、毎度必ずシャツの腕まくりをしながら歌うポール。これがなんともカッコよくてニヤニヤしてしまう。
いつか筆者がライブでこの仕草をしていたら、あー、あいつポールの真似をしているんだなと暖かく見守って欲しい。。

中盤の個人的ハイライトは、ホーン・セクションの導入が嬉しい「Let ‘Em In」。50年ぶりに披露された「From Me To You」。シャウトと美メロがあまりに美しい、これぞロック・バラードな「Maybe I’m Amazed」。
前回アウト・ゼアー・ツアーからレパートリーに加わった「Queenie Eye」は、ジョニー・デップ、メリル・ストリープ他、著名人が多数出演するミュージック・ビデオを映しながらのパフォーマンスに目を奪われる。特にメリルは、ティーンの頃から熱狂的なポールファンだったようで、画面にメリルが笑顔で登場する度に、なぜだかグッときてしまう。そして、これまた生のサックス・ソロが圧巻だった「Lady Madonna」、ジョージとポールの仲睦まじい映像が涙を誘う「Something」等々、圧倒的なステージングにただただ魅了された。

終盤に差し掛かると寂しい気持ちでいっぱいになってくる。もうすぐこの夢のような時間は終わってしまう。そこにポールがいる。
そもそもこの瞬間は本当に現実なのだろうか。大袈裟ではなくそう思う。でもポールは容赦しない。いつも通り完璧に、さらに畳み掛けるように怒涛のロックナンバーを突きつけてくるのだ。
「Sgt.Peppers Lonely Heart’s Club Band(Reprise)」で我に帰る。『マダキキタイ?』とポール。「Helter Skelter」で完全ノックアウトだ。もはやため息しかこぼれない。
ラストの「Golden Slumbers~Carry That Weight~The End」のメドレーは、ビートルズにハマった高校時代にタイムスリップ。そこから自分の人生を振り返り、脳内で色んな思いや映像が交錯する。
そして、魔法のようなショーの終わり。。 


『See You Next Time!』とポールは毎回最後に言ってくれる。当たり前のようでいて奇跡のような現実、そして時間。ビートルズの音楽がもたらしてくれた幸福や優しさ、またポールが今もなお、精力的にライブを継続し、世界中を飛び回っているという歴然たる事実に敬意と感謝を表して、この極私的感想文を結ばせていただきます。完


SET LIST 10月31日@東京ドーム 
A Hard Day’s Night
Hi,Hi,Hi 
All My Loving
Letting Go
Who Cares
Come On To Me
Let Me Roll It
I’ve Got A Feeling
Let ‘Em In
My Valentine
Nineteen Hundred Eighty-Five
Maybe I’m Amazed
I’ve Just Seen A Face
In Spite Of All The Danger
From Me To You
Love Me Do
Blackbird
Here Today
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Helter Skelter
Golden Slumbers〜Carry That Weight〜The End


【近藤健太郎・プロフィール】
ポップグループthe Sweet Onionsのヴォーカル、ギター、作詞・作曲担当。The Bookmarcsのメンバーとしても活動中。最新リリースはThe Bookmarcs「BOOKMARC MELODY」(2018.11.28)。インディペンデントレーベルphilia records主宰。他アーティストへの楽曲提供も手掛ける。

2018年12月16日日曜日

RYUTist / The Pen Friend Club 『Christmas Delights / Auld Lang Syne』(RYUTO RECORDS / RP0001)


11月にリリースした『Merry Christmas From The Pen Friend Club』が好評なThe Pen Friend Club(ザ・ペンフレンドクラブ)と、昨年8月サード・アルバム『柳都芸妓(りゅうとげいぎ)』をこちらでもレビューした4人組アルドル・ヴォーカル・グループのRYUTist(リューティスト)が、12月22日のライヴ・イベント会場限定でスプリットCDシングルをリリースする。
その『Merry Christmas From・・・』収録でリーダーの平川雄一のオリジナル曲である「Christmas Delights」をRYUTistがカバーし、カップリングにはペンフレンドクラブによる「Auld Lang Syne」の別ミックスが選ばれている。サウンド・プロデュースとミックス、マスタリングは、カンケこと柏崎三十郎が担当しているのも注目だ。


RYUTistの現メンバーは五十嵐夢羽、宇野友恵、佐藤乃々子、横山実郁の4名から構成されており、所謂アイドルとは一線を画すヴォーカル・ワークと音楽通をも唸らせるソングライティングとサウンドを誇っている。
今年彼女達が発表したオフィシャル作品はシングル2枚で、5月に『青空シグナル』(PGDC-0007)、11月に『黄昏のダイアリー』(PGDC-0009)をリリースしている。
『青空シグナル』は、TWEEDEESの沖井礼二と清浦夏実によるソングライティングで、沖井がアレンジも手掛けており、シンバルズ~TWEEDEESサウンドが展開されている。カップリングの「無重力ファンタジア」は同じく清浦の作詞に、作曲とアレンジはインドネシア出身のシティ・ポップ・バンドikkubaru(イックバル)によるもので、こちらは彼女達の新境地となったメロウ・サウンドの名曲である。
『黄昏のダイアリー』でもTWEEDEESの2人が迎えられ、新たにROUND TABLE の北川勝利が加わってソングライティングとアレンジを手掛けている。北川は4月にこちらで紹介したNegiccoのNao☆のソロ・シングル『菜の花』(TPRC–0199)も手掛けていたので記憶に新しいと思う。サウンド的にはTWEEDEESの最新作『DELICIOUS.』(COCP-40536)に通じるパワーポップで聴き応えは申し分ない。カップリングは「心配性」と「a birthday song」の2曲で、前者はayU tokiO こと猪爪東風、後者はmicrostarの佐藤清喜と飯泉裕子が各々ソングライティングとアレンジを担当している。



さて今回の『Christmas Delights/ Auld Lang Syne』について解説しよう。 「Christmas Delights」はアレンジ的にはペンフレンドクラブのオリジナルを踏襲しているが、演奏は新たにレコーディングされたものだ。平川の巧みなギターソロも同じラインでプレイされている。 RYUTistのヴォーカルは、パート毎にメンバーの掛け合いとなっているのが、オリジナルの藤本有華一人の歌唱とは異なる特徴である。この複数のヴォーカルによってガールズポップのカラーが強調されており、60年代のガールズポップ・ファンにもアピールするだろう。


カップリングの「Auld Lang Syne」は『Merry Christmas From・・・』収録ヴァージョンとは、ミックスが異なり、途中の藤本の語りもない。カンケによる新たなミックスは個々のヴォーカル・トラックの定位がオリジナルより広がりを持っており、この曲が持つイノセントな美しさが一際引き立ってよりエバーグリーンさが増している。
またノスタルジーを駆り立てるキュートなジャケット画は青山京子氏による描き下ろしである。

なお好カップリングのスプリットCDだが、12月22日に青山の“月見ル君想フ”でおこなわれる、ペンフレンドクラブ主宰ライヴイベントの「Add Some Music To Your Christmas」でのみ販売される非流通盤である。
同イベントはペンフレンドクラブの『Merry Christmas From The Pen Friend Club』のレコ発ライヴであり、RYUTistも出演するのでイベントを盛り上げるに違いない。
興味を持った音楽ファンは是非足を運んで、このスプリットCDを入手して聴いてほしい。


●2018年12月22日(土) @青山・月見ル君想フ
【Add Some Music To Your CHRISTMAS】
OP/11:00
前売/3,500円 当日/4,000円 (共に+1d、600円)
出演:The Pen Friend Club, RYUTist, OA:Quartet Ez
DJ:aco
・チケットぴあ https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=1849306

(ウチタカヒデ)