2018年4月7日土曜日

45 Rpm Bruce & Terry - GIRL IT'S ALRIGHT NOW/DON'T RUN AWAY-Columbia 43582


詳細なディスコグラフィは別稿にてご覧いただくとして、本誌ではおなじみのBruce JohnstonとTerry Melcherの大傑作である。
Don't Run Awayは実はB面扱いだったのはあまり知られていない。


本作は1966年4月上旬前後にリリースされたがチャートインしなかったものの、1966年4月9日号のBillboard誌にてPop spotlightコーナー(これからチャートインしそうな有力曲紹介コーナー)でChris MontezやSam Cookeと並んで好意的にレビューされていた。
このレビューの記事においてはGirl  It's Alright Nowが最初に取り上げられており、Don't Run Awayは一言"Flip"としか言及されていない。
ちなみにこの週は、我らがThe Beach BoysのSloop John B.がTop40以内に急上昇し、Brian WilsonのCaroline NOがTop60になんとかチャートインしている。




TerryことTerry MelcherはBruce & Terry の所属していたColumbiaでは売れっ子プロデューサーで、本盤と同時期にTerryの手がけたシングル盤はPaul Rever and RaidersのKicks、若き日のTaj MahalにRy Cooderを擁したRising Sons、デビューで関わったByrdsは楽曲の権利やマスタリングの音質でTerryとは冷戦状態となったので、他のプロデューサーを迎えEight MilesHighをリリースしていた。

本盤の画像をご覧いただくと、プロデュースはTerry Melcher音楽出版はDaywin Musicとクレジットされている。Terry Melcherは有名な話であるが、歌手のDoris Dayの実子である。
Doris自身は結婚を数度しており、当時マネージャー兼プロデューサーだったMarty Melcherと結婚した。その後Terryは父の籍に入りMelcherの氏を名乗ることとなった。
MartyはDoris関連の楽曲管理のためにArwin Productionを設立する、Martyは既にArtists MusicとDaywin Musicという二つの音楽出版社を立ち上げており、両者の名前を組み合わせたArwin Production及びレコードレーベルのArwinを設立する。
Martyは1968年急逝するが、後年このArwinを通じてDorisの多額の収益が怪しい投資先に流れ一部Martyに還流されていたことが判明している。
そういった背景があるもののArwinからはナショナルヒットがそこそこ出ており、一番の稼ぎ頭はJan and Arnieで、Jenny Leeは全米8位を記録する大ヒットとなる。
Janは後にJan and DeanとなるJan Berryのことで、当時Bel Air地区にあった自宅のガレージで高校の友人とコーラスの録音に興じていた。
時々Bruce Johnstonは誘われてピアノで参加していた。その頃Terryは少し離れたガソリンスタンドで放課後アルバイトしており、Janを介してTerryと知り合いとなり、親交はこの後も続くこととなる。
Janのサウンドは仲間内では好評だったので、パーティーで使うためにアセテート盤を作成するため出向いたスタジオで、当時ArwinのA&RだったJoe Lubinがたまたまテープの編集で入ったスタジオの隣から聞こえてきた楽曲が評価され、Arwinからデビューとなった。Joe Lubinは英国人で黒人音楽好きが高じて米国に移住したという異色の経歴を持っており、音楽ビジネスの関わりではLittle RichardのTutti Fruttiの作曲者にも名を連ねたり、西海岸でR&B系のレーベルを設立して積極的に黒人ミュージシャンを登用して楽曲制作を行っていた。
その中にはPlas JohnsonやEarl Palmerなどがおり、後のWrecking Crewのメンバーが西海岸のスタジオに結集する先駆けとなった。
Janに知己があったBruceは、友人のSandy Nelsonの録音や制作に関わりヒットを生むという結果を出す。同時に友人のKim Fowleyの紹介で次第にJoeを通じ音楽ビジネスへと本格的に参入していき、Arwinとは作家契約を結実しBruce and Jerryの名前でデビューしてプロデュースワークも身につけた。後にDel-Fi,Donnaなどで制作畑に移り、Rock'n Roll時代に乗り遅れたColumbiaは若い才能を欲していたのでBruceは入社後先にA&Rで入社していたTerryとともに活躍していく。
彼らの活躍に反比例するかのごとくArwinのレコードリリースは減少していった。


これらの詳細は別稿を参照されたい、再び本盤に話は戻るが、多くの再発盤ではクレジットにはBruce Johnston-Mike Loveとの記述が見られる、レコード盤にはB.Johnstonしか表記がなく事の真相は明らかではないが、Daywin Musicを手がかりに実演権団体であるBMIのデータベースではBruceとMikeの名が登記されていることが確認できた、しかしMikeは近年BMIからASCAPへ楽曲の預託を変更しており、当時の状況は不明ではあるがBMIに所属する音楽出版社にあったものと予想される。
似たような表記は実はThe Beach Boysのアルバム、Sunflower収録のSlip On Through,Got To Know The Womanにも見られる。Dennis単独の作曲となっているがDaywin Music/Brother Publishing Companyとなっておりデータベース上ではGregg Jacbsonが共作者と登記されている。
Daywin MusicはBruce Johnston,Terry MelcherやDoris Day関連の楽曲管理を行いながら存続する。Arwin Productionの相方のArtists MusicはBruceの作曲したI Write The SongsがBarry Manilowの大ヒットで70年代脚光を浴びることとなる。
そして80年代以降Daywin MusicとMikeが再び関わっていくことになる、The Beach BoysによるKokomoやSummer In Paradise,Rock'n Roll To The Rescueの作曲にMikeとTerryが参画したからだ、ここでやっとDaywin MusicとMikeの名前が一緒にクレジットされることとなった。

(text by -Masked Flopper- / 編集:ウチタカヒデ)


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