2017年12月5日火曜日

佐野邦彦氏との回想録4・鈴木英之

今回は私が初めてVANDA誌に寄稿させていただいたThe Grass Rootsでの佐野さんとのやり取りの回想を掘り起こすことにする。
第一回目の投稿でも書いたように、私と佐野さんとの出会いは、19956月発行のVANDA18の乱丁本に同封した「感想&リクエスト」手紙が取り持つものだった。こう書くと聞こえはいいが、実態は礼儀知らずの「クレーマー」からの挑戦状といったものだった。そこに私が書き記したことは、特集記事に掲載された一部アーティストの間違いや記述不足などの指摘(というより苦情!)、そしてこの特集に「The Grass Roots」「Classics Ⅳ」がないのは手落ちだとばかりに、言いたい放題をレポート用紙数枚に延々と書き綴っていた。今にして思えば、あの佐野さんに対して恐れ多いことを掻き立てたものだと呆れるばかりだ。

ただ、こんな偉そうなことを書いたのは、旧職場の後輩で音楽評論家として活動を始めたばかりのK君のライナー・デビュー作「JazzシンガーAさんの新作アルバムの選曲と解説」について協力依頼を受け、かなり時間を割いて手伝い、某雑誌のレヴューで絶賛されたことがあったからだ。そんなこともあり少々慢心していたからかもしれない。とはいえ、そんな一方的な私の手紙に対する佐野さんからの回答は大変丁寧なもので、間違いや記述不足などには率直に謝罪、また要望に対しては「詳しく研究している人がいないので、書いてみませんか?」というオファーだった。


これをきっかけにVANDA誌へのコラムを始めることになるのだが、本音をいえば私が洋楽を聴き始めたころに最も影響を受けた評論家八木誠氏に書いてほしいという切なる願いだった。それゆえまさか自分で書くようになるとは夢にも思わなかった。なにせ文字とのにらめっこは、即睡魔に襲われてしまうような自分が文章なんて書けるのだろうか?という不安も過っていた。正直、売られた喧嘩を買われてしまい、どうやって逃げようかという思いで、毎日もやもやしていた。すると「こう書いたらいいんですよ!」とばかりに、この年秋に発行されたVANDA19を送付いただいた。
ここには、私が長年読みたかった5th Dimensionの特集記事が掲載されており、熱烈なファンであろう筆者の熱い愛情が伝わり、自分もThe Grass Rootsの一ファンとして書いてみたくなった。また、当時は閑職勤務の身だったこともあり、課外授業するだけの時間はたっぷりあったので、翌年春に発売する20に向けお受けすることにした。

そんな経緯で安請け合いはしたものの、その時点で自己所有のLPレコードは『Lovin’ Things』『Move Along』とベスト『Their 16 Greatest Hits』、それに中期以降の主要シングルとくらいしか手持ちがなく、ネタ不足は明らかだった。
そこで週末は滋賀から京都や大阪のショップに遠征し、ローラー作戦で音源探索に励んだ。しかし、ロックやソウルの王道ものならともかく、ポップスでしかも代表作といわれるアルバムもないポップ・バンドの音源探しは難航の連続だった。そして数ヶ月かけて、リイシュー間もない復刻CDWhere Ware You When I Needed You』『Let's Live For Today/Feelings(2 in 1)』と、LPAlotta’ Mileage(恋に乾杯)』『The Grass RootsHeaven)』を何とか入手し、最低限の準備は整えることが出来た。


早速、ディスクに挿まれていたライナーを読みながら音源に耳を傾けた。すると高校時代「Temtation Eyes(燃ゆる瞳)」を聴いて彼らのファンになり、最後の全米トップ10ヒット「Snooner Or Later(恋はすばやく)」を購入した頃の思い出がよみがえってきた。そんな気分になったところで、彼らを知るきっかけとなった『TBSポップス・ホット10(日曜;815)や、All Japan Pop 20(文化放送系~私は静岡放送で日曜;2000~)などのチャートを数年書き溜めたノート、加えて友人から譲り受けた大量の1960年代音楽雑誌(MLTeenbeat等)を読み返しながら作業を開始した。その資料から日本独自ヒットPain」の事などを思い出し、リアルタイマーとしての体験をベースにした内容で書き進めた。ただ、困ったのは結成から初ヒットまでの経緯が当時のLPライナーに書かれている内容とリイシューCDでは大きく異なっていることがわかり、またヒットの出なくなった1970年代中期以降は資料がほとんどないことに躓き、作業は難航し始めた。要するに、「起承転結」の「起」と「結」がうまくまとめられなくなってしまったのだった。


こんな沈滞ムードのなか、佐野さんより「進行状態はいかがですか?」と催促が入り、とりあえずその時点での原稿を送った。するとディスコグラフィーやその他関連資料については、「良いんじゃないですか。」と一発で合格評価を頂けた。ただ、不安視していたヒストリーは内容以前に「誤字脱字」「意味不明表現」など文章力のなさを含め細かく指摘され、それをまともな文章にするだけでも、56回は書き直しを繰り返した。

その様子たるや大学受験期に体験した通信添削をしているような気分で、出すたびにやり直しを繰り返した。まるで赤点補習を受ける不出来な学生になったような気分だった。しかし今思い返せば、あんな幼稚な体裁の文章を何回も読み返していただいた佐野さんの辛抱強さに感謝しなければ罰が当たると思う次第だ。

そして文面がましな体裁になってくると、「まだ何か書き忘れている感じがする」と不安が募り、約束の入稿日を過ぎても提出できない状態になってしまった。佐野さんからは「いつ提出いただけますか?」と催促されるようになるも、「この内容ではVANDAに載せられない」とばかりにひたすら資料探索を続けていた。そして、ついに痺れが切れた佐野さんから「鈴木さんがわからないものは、誰にもわかりませんよ!」とダメ押しされた。その言葉を聞いて、ヒストリーの内容も関連資料同様に佐野さんは納得されていたのだと認識し、318日約3週間遅れで入稿を果たした。

この処女作となった私の原稿は610日発売のVANDA20で、それまで誌面を飾っていたそうそうたる顔ぶれを差し置いて第三特集8ページという扱いで掲載となった。ただ発売前に自宅に届いた本誌をわくわくする想いで読み返すと、文字化けや表記ミスが目立ち、反省点ばかりで落ち込んでしまった。
さらに「解散後の1982年再結成作『Powers of the Night』(Bon Joviのセカンド・シングルのオリジナル収録)」を書き落とすという大チョンボ(勝手に不要と判断)まで犯していた。ちなみにこれらの加筆&修正は、後にVANDAで発刊する書籍で発表するチャンスをいただいている。


こんな至らなさのあまり「これで、私の出る幕は無くなった」という心境になっていた。しかし、この本が届いた数日後に佐野さんから「次回は、今20号で私が簡単に紹介したClassics Ⅳをお願いしたい。」と要請があり、またチャンスをいただけたことに胸をなでおろした。その時に、今回の原稿をまとめるにあたり、高校当時に書き綴っていた手書きヒット・チャート表がとても役に立ったという話した。すると「そのネタも面白そうですね。それも一緒にまとめておいたらどうですか。」と切り出され、なんとVANDA21には2本も書かせていただけることになった。
という事で、次回は「Classics Ⅳ」、そしてその次は当時の手書きチャートについてまとめた「Music Note」について紹介させていただくことにする。




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