2017年10月23日月曜日

☆宮治淳一:『茅ヶ崎音楽物語』(ポプラ社)


宮治淳一さんから「茅ヶ崎音楽物語」が届いた。これは嬉しい。いつ買おうかと思っていたが、最近は本を買っても体調で読み切る気力がなく、10冊以上読んでない本が積んであり本の購入は全て止めていたのだ。しかしこの宮治さんの本には格別な思い入れがあり、実際に届くと一気に読んでしまった。ただこの土日は体調が悪くパソコンを開く気にもなれない有様、でも気分が良くなった時に一気に読了した。加山雄三、加瀬邦彦、喜多嶋修、そして桑田佳祐を生んだ茅ヶ崎という奇跡の町の存在は知ってはいたが、それだけでなく、古くは中村八大、そして平尾昌晃、尾崎紀世彦も茅ヶ崎に住んでいたと知ってさらに驚いた。今でこそ、茅ケ崎の名は知られているが、小さな漁村で、古くは別荘街として売り出されたこの場所に、日本のポップス史上の最重要ミュージシャンがこんなに生み出されたなんて奇跡としか言いようがない。茅ヶ崎の人口は現在でも24万、ここにこれだけの才能が集まることはなぜなのか?生まれてから茅ヶ崎を離れたことがない生粋の茅ヶ崎人である宮治ささんはその事をさらに深く知ろうとし、こうして本にしてまとめ、映画にもなってしまった。この作業は音楽を愛し、何よりも茅ケ崎を愛する、宮治さん以外できない仕事だった。勤めは都心で通勤時間はかかるが、川を越えると自分の頭は会社から離れ、好きな音楽の世界の切り替わると宮治さんから聞いたことがあるが、このスイッチングがいいのだろう。自宅の一部はBrandinとレコード&カフェ(夜はお酒も)で、膨大な「宮治コレクション」を聴き、お客さんが持ちよって聴こともあり、音楽好きの楽園のような店を勤め人の傍らで作り上げた。これも今思えば、「音楽のまち」茅ケ崎への宮治さんの貢献だったのだろう。

明治時代に市川團十郎が広大な別荘を作ったことから茅ヶ崎は別荘地として知られていったらしい。山田耕筰や中村八大も住んでいたという。しかし本書の前半で最も思い入れを持って書かれているのは、加山雄三である。還暦を少し超えた宮治さんはほぼ私と同じ音楽体験をしてきているので、宮治さんが受けた衝撃は、自分とほぼ直結している。宮治さんの幼少期、茅ヶ崎の有名人といえば上原謙で、その息子が加山雄三として俳優デビュー、俳優でありながらシンガーソングライターという前例のない才能を持つ加山は1966年には「君といつまでも」が350万枚という大ヒット加山に夢中になった。しかし宮治さんがより好きだったのは同時発売されたエレキインストの「ブラックサンドビーチ」のシングルの方で、まだ小学生だった宮治さんはさすがに上原邸の玄関のベルを押すことはできなかったが、庭から加山とランチャーズが演奏するエレキインストが聴こえてきて、これが初めて生で聴くエレキコンボの演奏でずっと聴いていたという。なんと羨ましい想い出だろう。田園調布から2歳の時に環境の良さを考えて茅ヶ崎に引っ越してきた加山だが、有名俳優の息子ということもあって町中では遊べず、自作の手漕ぎ船で烏帽子岩まで行ってサザエなどを取っては夏休みを過ごしていたというワイルドなエピソードもあるほど。慶応高校に入学すると周りは政財界や文化人の有名人の子息が集まるセレブ校だったので、加山は特別視されず過ごしやすかった。この慶応高校時代には、裕福な家庭に育った平尾昌晃は湘南中学から家族や親戚がみな通った慶応高校に進学、加山を電車の中ではよく見かけたそうだが、高校時代は一度も会話したことはなかったいう。平尾はその当時、熱狂的に盛り上がったロカビリーに魅かれ歌手としての実力も評価されていたので、思い切って慶応高校を中退し、プロ歌手の道を選んだ。しかしロカビリーの大ブームはほどなく消えてしまうが、作曲ができる平尾は作曲家の道を選ぶ。布施明に書いた「霧の摩周湖」でレコード大賞作曲賞を受賞した平尾はヒットメイカーとなり、五木ひろしに書いた「夜空」がレコード大賞になるなど見事な転身を遂げた。話は戻って加山は、大学時代はカントリーバンドを作って進駐軍のキャンプなどで歌っていたが卒業で進路選択しなくてはいけなくなり、造船技師の夢はあったが就職すると俳優にはなれない、上原謙の息子という恵まれた立場を生かすべきという進言を受けて、東宝のニューフェースとして入社することを選ぶ。慶応幼稚舎出身の加瀬邦彦も田園調布に住んでいたセレブで、茅ケ崎へ引っ越してきたが、慶応高校時代に加山の妹に恋心をいだき、ボーイフレンドとなって加山の家へ足繁く通うようになり、エレキギターの魅力に魅かれて、バンド活動を開始する。「ワイルド・ワンズ」の名前は加山が名付けたものだった。そして作曲ができる加瀬は自信作の「想い出の渚」でデビュー、大ヒットになったのは存知のとおり。加瀬は加山の下にいるのでなく、最初はスパイダースに加入するものの意見が合わずに3カ月で脱退、その後寺内タケシとブルージーンズに加入し、またそこも辞めて自分のバンドのワイルド・ワンズを作る…という積極性がGSの人脈を増やしたのではないか。GSブームは3年ほどで収束してしまうが、加瀬は作曲家に転身し、沢田研二のヒット曲の多くを書き、「危険なふたり」で日本歌謡大賞を受賞するなど、後の活躍は見事の一語。そして茅ヶ崎には岩倉具視の子孫である喜多嶋修も住んでいて、母方の親戚でもあった。喜多嶋がギターを弾けるのを見た加山は茅ヶ崎に来る時は、まだ湘南学園の1年生だった喜多嶋とセッションを重ね、メンバー4人でバンドを作り、加山が茅ヶ崎に入る時はセッションに励んだ。そして19662月には加山は喜多嶋のランチャーズをバックに、全曲加山の英語の作詞作曲のアルバム『Exciting Sounds Of Yozo Kayama And The Launchers』をリリース、洋楽扱いで発売されたこのアルバムは。日本のポップス史に残る画期的かつ唯一無二の傑作となった。ちなみに驚く事に高校生の喜多嶋はフェンダーのジャズマスターのギターを持っていて、今の価格では200万くらい。こんなギターを買えたのはさすが岩倉一族としか言いようがない。しかしこの後のGSブームからエレキ=不良という「エレキ排斥運動」が全国の高校に吹き荒れ。湘南高校も禁止に。慶応大学に進学した喜多嶋は、加山にランチャーズとして単独で活動したいと告げ、喜多嶋の書いた「真冬の帰り道」がヒット、GS史上に残る傑作となった。GSブーム終了後、喜多嶋はロスに移住し海外での音楽活動に拠点を移す。そして尾崎紀世彦がいた。尾崎もGSブームの中ワンダースというグループにいたがヒットは無く解散する。しかし同じレコード会社でズーニーヴ―というGSのシングルの「ひとりの悲しみ」の可能性を信じていたプロデューサーが、阿久悠宇に歌詞を変えさせ、ソロになった尾崎に持ち前の声量を目いっぱい生かした「また逢う日まで」に変えてシングルにすると大ヒットになり1971年のレコード大賞まで獲得してしまう。尾崎はプロシンガーの道を極め、ローカル色を一切出さなかったので、茅ケ崎との関係は知られずじまいだったが、茅ケ崎の祭りの神輿かつぎに毎年来るなど茅ヶ崎愛は深かったという。

そして最後はもちろん桑田佳祐だ。宮治さんとは小中で同級生、中学では同じ野球部で、ビートルズのレコードを全部持っている桑田の家に放課後によく通ったという。高校は別の高校へ進学したが、自分の高校の文化祭に桑田のバンドを呼ぶなど交流は続いた。大学受験は現役で青山学院に合格していた桑田はバンド活動を開始していて、一年遅れて早稲田に合格した宮治さんに、ある日、名前の無かったバンド名に名前を付けてくれと依頼され、その時夢中で聴いていたニールヤングの「サザン・マン」と、ラジオで宣伝が流れていたファニア・オールスターズ来日のニュースを組み合わせて「サザン・オールスターズ」と名付けた。以降40年も使っているわけだが。宮治さんと桑田さんの細かいエピソードは本で読むのが一番。それまで尾崎紀世彦の家庭は分からないが、加山雄三から喜多嶋修までまあみな絵にかいたような裕福な家庭で、慶応つながりというセレブな関係がまぶしい。一般の家庭が出てくるのは桑田佳祐からだ。ただ裕福でセレブというだけでは音楽の才能など現れない。やはり茅ヶ崎のという場所が育んだとしか思えない。(佐野邦彦)

2017年10月14日土曜日

ウィキペディアの間違い情報発見!甲本ヒロトの1996年の参加CDだが、そのコピペが流布され、間違いが全体に広がっている。ここで正しい参加CDを紹介しよう。曲はあの「The Weight」


先の729日に更新した「Favorite Musician 全音源コレクティング邦楽編第2回ソロの真島昌利と甲本ヒロト」だが、ウィキペディアを見てみたら、自分が作った参加作品リストより抜けが多くスカスカの内容だったが、逆に持っていないCDが数点あり、さっそくamazonとヤフオクに注文をかけて聴いてみた。自分は自分の耳で聴いてみないと信用しないので、その中の1枚で、1996年リリースのライブ盤『Lightning Blues Guitar Live Lightning Vol.2』(発売元江戸屋レコード・販売元BMGビクター/EDCR20003)の「The Weight」に甲本ヒロト参加とあるのでまずは、多数参加のライブ盤なのでライナーにあたる部分にヒロトの名前を捜したが、最後のSpecial thanks toまで一切のクレジットが見られなかった。そこで曲を聴けばバックコーラスでもヒロトの声は分かるので、再生してみる。CD上のクレジットは「The Weight-石田長生,西慎嗣,仲井戸“CHABO”麗市,CHAR」でやはりヒロトの名前はなく、3回聴いたがまったくヒロトの声はなかった。そこで同じ1996年のザ・バンドのカバーの「The Weight」が入ったCDを調べると、石田長生の『Juke Box』(Meldac/MECR25043)に「The Weight」があり、そこでヒロトがリード・ヴォーカルを取っていると書いてある記事を見つけ、amazonに注文して今日届いたので聴いてみたらこのCDが該当品だったのだ!1、2、5番を石田長生、3番を三宅伸治、4番を甲本ヒロトが歌っていて、5番では高いパートで藤井裕も参加していた。ヒロトはいつものパワフルなヴォーカルで最高。<br />

どちらにも石田長生が入っているので勘違いした人が確認無しにこの護情報を載せ(おまけに古いCDなので位置が目立つトップ)、他のサイトはこのウィキペディアを丸ごとコピペするので、間違った情報だらけが広まった。ウィキは便利で自分も良く見るけど、確認作業を行わないと怖いので、丸ごとコピペはやめよう。なお、この修正後の729日に更新した「Favorite Musician 全音源コレクティング邦楽編第2回ソロの真島昌利と甲本ヒロト」はその日の管理で中身だけを修正、ついでに727日に更新した「Favorite Musician 全音源コレクティング邦楽編第1THE BLUE HEARTSTHE HIGH-LOWS~ザ・クロマニヨンズ」には、他のアーティストには入れたアルバム・シングルのオリコン・チャートが抜けていたのに気づいたので記入したので是非、再度ご覧いただきたい。ブルーハーツからクロマニヨンズの最新アルバムまで25枚連続アルバムがトップ10入りしているのには驚いた。さすがだね。(佐野邦彦)

与論島では本名で呼び合わず、生まれた時に父方・母方の祖父母から自動的にもらったヤーナー(童名)でずっと呼び合う。役場の職員もヤーナーで。素敵な習俗だ。


与論島には素晴らしい文化があるので紹介しよう。沖縄本島ではヤーナー(童名)は名付けられても使い道がなく廃れているが、与論島では本名は呼ばずにみな大人になってもヤーナー(童名)で呼ぶのが当たり前、長男・長女だったら父方の祖父・祖母のヤーナーをそのまま、二男・二女だったら母方の祖父・祖母のヤーナーをそのままもらって、家族はそのヤーナーでしか呼ばない。友人・知人もだ。だから家族が多ければ同じヤーナーが何人も被るのだがそんなのは関係ない。先祖のヤーナーの誇りを抱いているので愛着がある。幼稚園でも本名とヤーナーは必ず一緒に書かれていて幼児はみな自分の名前は二つあると知っている。インタビューアーが「おじさんには名前がひとつしかない」と言ったら幼稚園児にみな驚かれていた。さらに驚いたことに与論町役場の上司まで職員はヤーナーの「ジャーヤカさん」と呼んでいて、インタビューアーがこの方の本名は?と聞いたら誰も答えられなかった。役場の中の話であるから特に凄い。沖縄の風習でこのヤーナーが最も好き。ちなみに与論は沖縄本島から22㎞ですぐ近くても鹿児島県。でも琉球文化圏だ。これらはNHKの番組「日本人のお名前っ」で紹介された。

次の「屋号」は①同じ苗字の家ばかりなので、昔、その家の特徴で決められた。赤い木が生えたいたから「赤木」のように。苗字はみな同じなので例えばサトウキビの刈順の表は屋号で掲載され、屋号の方が大事という。②苗字は別々でも先代の職業が屋号になる集落もある。同じブリキ屋でも鎌や鍬を作っていれば「カンザイクヌヤー」、ジョロとか作っていれば「ブリキーヤ」というように。③先祖の宗教儀式の「神人」での役割で屋号が決まっている集落がある。ひしゃくで水をあげる人はひしゃくを意味する「ニブヤー」となり、今でも役目はあり先祖の誇りを感じるとか。

沖縄で最も定着しているのは「門中」だろう。昔、中国との交易で中国風の名前が必要だったので「唐名(からな)」を決めたという。例えば「麻」のように。苗字はバラバラでも「麻」の門中の一族で結束は非常に硬い。漁師の町で知られる糸満で、沖縄伝統の船の競争のハーレーは門中単位で行われるので門中ごと同じTシャツを着て一体感を深めていた。門中とは「始祖と同じとする父方の血族一縁」を言うのだ。この番組とは別に、宮古島と橋でつながる池間島では3つの「ムトウ」と呼ばれる門中があり、島の人間はこの3つのどれかに属しているという。自分が読んだ記憶では60歳になった男性は、それぞれの「ムトウ」の集会所というか家があり、そこで長期間共同生活を送り、女性は食べ物を届けるだけで、同じ門中の仲間どうしで親交を深めるのだそうだ。しかし今は池間島も移住者が増え、移住者のための4つ目のムトウができたのだとか。新参者は先祖伝来のムトウには決して入れないという伝統が伝わってくる。しかしこのある意味厳しい門中だが、糸満の門中はこのハーリーの集まりで、同じ門中の遥か年上のおじーなどと交流が出来て、つながりは家族だけでないと実感できてとても嬉しいと語っていた。

このようにとても祖先を大事にする沖縄では、結婚式も葬式も数百人単位、そして家の位牌であるトートーメーを守るのは長男と決まっていて、長男は他の子より昔から特別扱いを受ける。今は法律があるので遺産分割できるが、古代より「長男総取り文化」が続き、長男が親の面倒を見て墓守もするからということでみな許容してきた。ただ長男はトートーメーがあるので沖縄から離れることはできないなど、制約を受け自由がない。いい事も悪い事もあるので、沖縄の習俗が羨ましいとは言えないだろう。でも自分は「家」への帰属意識は失うべきではないと思うし、これからの少子化に合わせて、実家の二子玉川にあるお墓には弟一家も入れるように訪ねお寺には問題ないと言われ弟に伝えてある。(弟の家は娘1人だ)もちろん自分の息子二人も共同で使う。長男だけで使う墓などいずれ継承が困難になるのは必須。祖父は自分が墓を作った時は瀬田の高台にあるので多摩川が見え、それで決めたと聞いたけど、今は建物がたくさん建って多摩川は見えないなあ。多摩川の花火大会は見えるけど、夜お寺には入れないから、すぐ近くの玉川教会の敷地内で見たけど、蚊に刺されまくってそれ以来行っていない。10mくらい手前に巨人の藤田監督のお墓と、その隣に主がいない原前監督のお墓がある。よっぽと慕っているんだねえ。(佐野邦彦)

☆竹迫倫太郎:『UNION』(K&T/KTRE2001)12月6日発売予定


Facebookでもお馴染みの竹迫倫太郎さんが、2015年から1年のロンドン生活を経て、満を持して本作、『Union』が126日にK&Tレコードより発売される。「マスター・オブ・シティポップ」と呼ばれる竹迫さん、ご存知と思うが医師である。抗インフルエンザ薬のタミフルの原料の「八角」を栽培し、いつか来る危険なパンデミックのためのジェネリック薬品の準備と合わせ、政治・経済的に不安定なミャンマーの復興支援のための「八角平和計画」を歌にした「すべては愛のために(Theme Of S.A.P.P)」も収録して完成させた。ご本人も今までの最高傑作というだけあり、全10曲、高いクオリティの曲ばかりで驚かされた。ご本人は今までBeach BoysBrian Wilsonの影響を受けた曲が多かったが、今回はイギリスでの一年間の生活も含め、音楽を始めるきっかけとなったPaul McCartneyを意識して音楽原点のひとつであるブリティッシュ・ロックを意識したアルバムを作ったという。まさにPaulBrian、自分も含め、多くのロックファン(ポップファンとは言わない。「ロック至上主義者」の罠にはまるから。ロックが上でポップが下、ロックでも○○ロックとか勝手な見下したネーミングを付けるヘンなのと一緒になってはいけない)の最も好きな組み合わせで、どちらも意識してサウンド作りをしてくれることは嬉しい。ここで11曲、どこが何の影響で…などという聴き方は逆に全体に制約をかけてしまうので良く無い。だからアルバム全体を聴いたトータルな感想を書かせてもらいたい。曲はみなポップでメリハリがあり、日本的なウェットな感覚は感じらないのがいい。コーラスは全曲に非常に精緻に付けられていて、「Brian風」というものではなく、Brian Wilsonのようなハーモニーの技術でセンス良く曲にハーモニーが施されていた。リード・ヴォーカルは、あくまでも個人的感想だが、クセのまったくない桑田佳祐と言う感じでなかなかいいがどうだろうか。何よりも本作は竹迫さんが狙ったブリティッシュ・ロックへアプローチした曲作りだ。ビートルズ風のコードや歌のこぶしなど直接的なものはない。ただ、冒頭の「SUNDANCE」ようにアコースティックのパワフルなコードにギターが入るとブリティッシュの色が強く立ち上る。カッコいい曲だ。また「すべては愛のために (Theme Of S.A.P.P)」もただ歯切れがよくポップなだけではなく、ギターをリフ風に弾くなど細かいこだわりを見せてくれる。他の曲でPaul McCartney的なアプローチを感じるのは「星堕つ時代を越えて」ぐらいで、それよりもギターの音圧や音色が明瞭で力強く、メリハリの効いたキーボードのバッキング、いくつも織り込まれた様々なパーカッション、鉄琴など、従来のサウンドからブリティッシュも超えた竹迫ワールドが完成されている。シングルカットされる「Master Of Xmas」は、さらにアレンジ、コーラスが凝っていて、歌声と合わせて山下達郎が歌っているように聴こえたがどうだろうか。ご本人が最もBrian Wilson色が出ているという「Humoresque ~父と子の絆~」は最もコーラスワークが聴きものになっているが、間奏で一瞬弾かれる「雨雨降れ降れ」を入れるセンスもさすがだ。(佐野邦彦)

2017年10月9日月曜日

☆Favorite Musician全音源コレクティング邦楽編第12回:L-R


1991年にレコード・デビューしたL-Rは、グループのほとんどの曲を書きリードヴォーカルも担当していた黒沢健一、その弟の黒沢秀樹、ベースの木下裕晴の3人がメンバーで、92年から2年間、嶺川貴子がキーボードで参加していた時期をはさみ、97年までに9枚のアルバム、13枚のシングルを残して、正式ではないが事実上解散している。
メンバーはそれぞれその後、ソロ活動をはじめ、旧メンバーどうしのユニットもあったが、音楽的中心である天才、黒沢健一は2016年に病気のため僅か48歳で他界してしまった。そのためL-Rは永遠にもう再結成することはない。

デビューのミニアルバム『L』は9111月にリリースされた。冒頭の「Bye Bye Popsicle」で度肝を抜かれた。小手先だけのバンドが多い中、これだけ力強くポップなチューンで、中間部のオルガンの遊びの高度なセンスなど、いったい彼らは何者と驚くばかりだった。この曲は健一、秀樹兄弟の共作で、デビューシングルB面に配された。(A面は次作の「Lazy Day」)そして全編ファルセットの幻想的な「Love Is Real」を聴き、L-Rの音楽は黒沢健一という優れたミュージシャンでシンガーが生み出したものと分かった。
924月にすぐにフル・アルバム『Lefty In The Right~左利きの真実』がリリースされる。3曲は『L』から引っ張ってきたが、冒頭の「Lazy Girl」の冒頭のフィリップス時代のフォー・シーズンズのような雷鳴のようなドラムからスタート、曲は遊び心たっぷりで、ファルセットのハーモニーも素晴らしく聴き込んでいたら次の曲へのつなぎが、私がフーのアルバムでも3本の指に入るほど好きな『Sell Out』の曲のつなぎにつかった~wonderful radio London~が出てきて、もう泣けた。このポップセンスはまったく自分の好みと同じ、いやこれから自分でソフトロックと名付けていった音楽をいち早く送り出していたのだ。そして山下達郎、大滝詠一という我々も最も好きな日本のミュージシャンを目指すというだけあってア・カペラで「With Lots Of Love Signed All Of Us」を残すなど、意欲的である。
そして9211月はサードのフル・アルバム『Laugh+Rough』をリリース、冒頭の「Laugh So Rough」は持ち前の完璧なハーモニーを生かして、ホリーズのようなアコギでスタートした「Laugh So Rough」でまたやるなと心を掴まされる。続く「Younger Than Yesterday」は、また明快なポップ・ナンバーで、ファルセットのリードも素晴らしい。
Rights And Dues」はその流暢な英語と凝りに凝ったメロディ、ハーモニーで日本のレコードに見えないくらい。ただ私はポップな曲が好きなのでやはりセカンドシングルになった「(I WannaBe With You」がポップでハーモニーに溢れ爽快そのもの、ラストを飾るに相応しい。
なおこのアルバムから2年、女性メンバーの嶺川貴子が加わっている。936月にリリースした『Lost Rarities』は『L』に未発表曲をプラスした11曲仕様で、大滝のナイアガラの影響か、イントロの曲は英語のジングルで、その後に黒沢秀樹作のキャッチーな快作「Tumbling Down恋のタンブリングダウン」で、秀樹のベスト作品が登場する。この曲はL-Rのシングルで唯一の黒沢健一ではないA面曲だ。
以降は次の曲間に必ず20秒くらいの英語での様々なパターンのジングルが入る。英語なので大滝のナイアガラ時代よりセンスが上。自分は黒沢のポップな曲な大好きなので、アルバムにはロックナンバーも多くあるのだがそれは飛ばさせてもらい、アルバムのハイライトの「Raindrop Traces君に虹が降りた」の登場だ。この流麗なメロディとオシャレな感覚は、黒沢健一のセンスの凄さが溢れる傑作。中間のオルガンの間奏のアレンジが牧歌的でいいスパイスになっていてセンスがいつもいい。
9312月に時間を置いて2枚組の大作『Land Of Riches』をリリース、2曲目の「Now That Summer’s Is Here-君と僕と夏のブルージーン」はビーチボーイズ風と言われるが、曲自体はL-Rの曲の中でも最上級のポップチューンであり、ビーチボーイズ風は間奏での遊びのみであり、『Pet Sounds』風のベースとキーボードからみと「Good Vibrations」をワンフレーズ入れただけなのにそう書いてしまうライターが低レベル。4枚目のシングルとしてカットされている。
「American Dance」はジャズタッチのポップチューンでアルバム曲ではもったいない。ミディアムのバラードの「Rad & Blue」は、黒沢のヴォーカルの上手さが際立つ。メロディもいいし、聴き惚れた。

ディスク2では「Equinox」が素晴らしいゴージャスなバラードに仕上がっているなとうっとり聴いていたらオーケストラアレンジがDavid Campbellだった。
アコギをバンドのビートサウンドへの乗せ方が巧みだった「Telephone Craze」もいい出来だ。作曲は黒沢健一と木下裕晴の共作。このアルバムで嶺川は脱退し、L-Rはデビュー時の男3人に戻る。
9410月にリリースされた『Lack Of Reason』はやはり5枚目のシングルとしてヒットした「Remember」が、L-Rマジックというか、黒沢健一マジックというか、ビートが効いていてこれほどキャッチーというのが本当に見事。そして個人的な好みなのがギターのリフがカッコいい「It’s Only Love Song」。ハーモニーもいいし、もっともリフを生かしたアレンジにすればさらに良かったが…。健一&秀樹兄弟の共作だ。エンディングはビートルズお得意のコードで締める。
アップビートで快調な「Seventeen」もアルバム曲として気分よく聴けるが、間奏がオルガンが少しダサい。ラストは大ヒットした6枚目のシングル「Hello It’s Me」で、明快でポジティブなメロディ、メリハリが付いたサウンドと、L-Rの王道シングルで文句なし。9512月にリリースされた『Let Me Roll It』は、7枚目のシングルでなんとミリオンセラーを記録した「Knockin’ On Your Door」がやはり素晴らしい。キャッチー、パワフルなシングル用L-Rサウンドに、バックにリフが潜んでいたり、雷鳴のようなドラムを入れたり、総集編のような曲だ。このアルバムは11曲中、黒沢秀樹の単独作が1曲、木下裕晴の単独作が2曲収録される。しかし実際には黒沢健一の曲がその他3枚シングルカットされた。
8枚目のシングル「Bye」は歯切れのいいビートに載せたポップチューンでシングルとしては合格、9枚目のシングル「Day By Day」はアコースティック感を生かしたサウンドに、サビで厚くキャッチーに盛り上がっていく構成が良く、アソシエイション風のコーラスを織り込んだりさすが。10枚目のシングル「Game」は、最もキャッチーなサビを頭に持ってきた構成が良く、これも合格点と、ポップで質の高い黒沢健一のナンバーが並んだ。
974月リリースの『Doubt』は12曲中、黒沢秀樹が2曲、木下裕晴が3曲作曲し、黒沢健一の曲は6曲となる。他の2人の曲作りの能力はアップしたものの、黒沢健一のレベルにはやはり遠く及ばず、11枚目のシングルは健一の「Nice To Meet You」で、インド音楽の楽器のようなギターを使いながらポップな曲で快調そのもの、12枚目のシングルも健一の「アイネ・クライネ・ナハト・ミュージック」で、今までのL-Rのシングルと違ってビートが強く歌もR&B調だった。
13枚目のラストシングル「Stand」は、ポップなビート・ナンバーで、サビスタートのイントロの後のAメロの展開とパーカッションの使い方が面白い。この曲は前作よりよりシングル向け。
結局、この最後のアルバム2枚は他のメンバーの曲の比率が大きく増したがシングルは7枚全て黒沢健一で、アルバム曲でも、いいフックがあっていいなと思った「First Step」やトロピカルな異色作で面白いなと思った「Couch」は黒沢健一の曲で、L-Rの音楽的中心は変わらないということを逆に証明してしまった。
7年間の活動だが、これだけのクオリティの楽曲を作り続けた日本のバンドは例を見ない。今になってその思いはさらに強くなった。
(佐野邦彦)
LR


☆オリジナル・アルバム

1991  L』※5曲入りミニアルバム

1992 『Lefty In The Right』(ポリスター)84

1992  Laugh+Rough』(ポリスター)※嶺川含むメンバー4人。97

1993 『Lost Rarities』(ポリスター)54

1993 『Land Of Riches』(ポリスター)※嶺川含むメンバー4人。47

1994 『Land Of Riches Reverse』※前作のアウトテイク「Telephone Craze」「Equinox」「Red Blue」「Land Of Riches-2」の4曲のみ。※嶺川含むメンバー4人(ポリスター)

1994 『Lack Of Reason(ポニーキャニオン)14

1995 『Let Me Roll It(ポニーキャニオン)5

1997 『Doubt(ポニーキャニオン)9

1997 『Live Recordings 1994-1997』※4枚組のライブ(ポニーキャニオン)


☆必要なコンピレーション

1994 『Singles & More(ポニーキャニオン)※「Laugh So Rough」は『Laugh+Rough』収録のものに比べ歌が始まる前のドラムの2拍がない。「Younger Than Yesterday」は『Laugh+Rough』収録のものは前の曲の「Laugh So Rough」のエンディングがイントロと被るようにつながっていたため、0.5秒くらいイントロが長い。そしてバッキングのドラムの大きくミックスされ、特に後半はかなり曲にメリハリが出ている。40

1995 『四姉妹物語』(ポニーキャニオン)※同名映画のOSTL-R4曲参加。L-Rの「Dream On」はこれのみ。「Hello It’s MePiano Version)」も収録され、ピアノはMasahiro Hayashiでクレジットされている。ちなみに「Hello It’s Me」はSingle Versionで収録されている。

1997 『L+R』(プロモ盤『R』(「Lazy Girl」「Motion Picture」「7Voice」「I Love To Jam」「With Lots Of Love Signed All Of Love」「Dounuts Dreams」)とセット。初回限定盤には「Paperback Writer」「Both Sides Now」のCDシングル付でリリースした。ビートルズのカバー「Paperback Writer」は他では聴けない。「Both Sides Now」は4枚目のシングル「君と夏と僕のブルージーン」に収録)

1997 『Singles & More Vol.2(ポニーキャニオン)※「Knockin’ On Your DoorSingle Version)」は17秒から33秒までのホーンのミックスが大きい。「ByeSingle Version)」はイントロのギター、エンディングのピアノが大きく間奏のオルガンが小さい。「Day By DaySingle Version)」は1分から15秒くらいの間のオルガンがほとんど聴こえない。「GameSingle Version)」はギターが大きくミックスされているがアルバムより11秒短い。「Nice To Meet YouSingle Version)」は歌のAメロなど電気処理したようなミックス。その他「DaysAlternate Mix)」「僕は電話をかけない(Alternate Mix)」収録。なお「Hello It’s M」はAlbum Versionだった。

2012  Who Is The Stars? Wits+Z Compilation Vol.2-20th Anniversary Edition(ウルトラ・ヴァイヴ)93年のライブ6曲収録


☆必要なシングル ※重要なのは★の14

1992 ★「Bye Bye Popsicle[Version]Single Version)」※最後が『Lefty In The Right』収録のものと同じエンディングがシンフォニックなアレンジのヴァージョンだが、ドラムが『Lefty In The Right』は左なのに比べ、シングルは右。そして15秒から21秒までの間奏のドラムが僅かに大きくミックスされた。(ポリスター)

1992 ★「Passin’ ThroughSingle Version)」※314秒以降のエンディング部分はこのシングルのみ。A面の「(I WannaBe With You」は222秒から53秒までと、310秒から33秒までをEditしたSingle Version。(ポリスター)

1993 「恋のタンブリングダウン」のシングル:「恋のタンブリングダウン(Edit)」※『Lost Rarities』よりフェイドアウトが16秒短く、その後、間をおいての24秒のジングルがない。「君に虹が降りた(Edit)」※『Lost Rarities』でのフェイドアウト後、間をおいての14秒のジングルがない。★「恋のタンブリングダウン(Reprise)」は1分の後の「素直になれたなら君のそばに届く笑顔を見せておくれ」の歌詞の部分はこのシングルのみ(ポリスター)

1994 ★「夜を撃ちぬこう」※アルバム未収録。A面は「Remember(ポリスター)

1994 ★「Hyper Belly Dance」★「Hello It’s MeInstrumental Version)」※2曲ともアルバム未収録。A面は「Hello It’s MeSingle Version)」で2017年版『Lack Of Reason』にもボーナス収録。シングルは『Lack Of Reason』収録のものに比べヴォーカルにエコーがかかっておらず310秒から30秒弱く続くシンバルが小さくミックスされている。(ポリスター)

1995 ★「Music Jamboree ‘95」※アルバム未収録。★「It's Only A Love Song」は『Lack Of Reason』収録のものと比べ曲が終わった後に8秒、アナログのプツンプツンという針音が加えられている。A面は「Knockin’ On Your DoorSingle Version)」で『Singles & More Vol.2』にもボーナス収録。(ポニーキャニオン)

1995 ★「Chinese Surfin‘」※アルバム未収録。A面は「ByeSingle Version)」で『Singles & More Vol.2』にもボーナス収録。(ポニーキャニオン)

1995 ★「Cowlick(Bad Hair Day)」※アルバム未収録。A面は「Day By DaySingle Version)」で『Singles & More Vol.2』にもボーナス収録。(ポニーキャニオン)

1996 ★「Good Morning Tonight」※アルバム未収録。A面は「GameSingle Version)」で『Singles & More Vol.2』にもボーナス収録。(ポニーキャニオン)

1996 ★「Game(Live Version)」※1994年のライブでアルバム未収録。A面は「Nice To Meet You」の5インチシングルに収録。「Nice To Meet YouSingle Version)」は『Singles & More Vol.2』にもボーナス収録。(ポニーキャニオン)

1997 ★「そんな気分じゃない ("JAM TASTE" Version)」※『Doubt』収録のものとはまったくの別ヴァージョン。演奏もアレンジも別物で、例えば間奏がブルースハープではなくボトルネックギターであったり、アルバムのヴァージョンは完奏するがこちらは37秒短くフェイドアウトする。

1997 ★「Stranded(Single Version)」※『Doubt』収録のものは冒頭9秒間にスタジオチャット的なギターが聴こえたがシングルではそれがなく、シングルのエンディングは逆に演奏が3秒長いが、パッと終わる演奏の後のカセットのスイッチを切るような音がカットされている。そしてシングルのみ312秒から32秒までのギターにジェットマシーンのようなシュワシュワした音がかかっている。A面は「Stand」。(ポニーキャニオン)


参考チャート・イン・シングル

94 Remember 42位、Hello It’s Me 10位、95 Knockin’ On Your Door 1位、Bye 6位、Day By Day 15位、96 Game 10位、Nice To Meet You 14位、97 Stand 26


●参考:サンプル盤のみ

1992 『Rough And Rough』(ポリスター)※「What "P" Sez?Long Version)」「Laugh So RoughRough Version)」

1993 『Land Of Riches Edit Sampler』(ポリスター)※「Both Sides Now(Long Version)」「Telephone Craze(Alternate Mix)

1994 『Listen To The Disc(ポニーキャニオン) ※『Lack Of Reason』より。「Easy Answers(Out Take)」「It’s Only A Love Song(Out Take)

1995 『Hello It’s Me Rare Tracks(ポニーキャニオン)※グリコの抽選でもらえる『四姉妹物語映画先取り缶』に入っていたCD。「Hello It’s Me(Strings Version)」「Hello It’s Me(Alternate Piano Version)」「Making Of Hello It’s Me(ナレーション入りだがDemo Track)

1997 『Doubt Promotion Sampler(ポニーキャニオン)※「僕は君から離れてくだけ(Alternate Version)」「アイネ・クライネ・ナハト・ミュージック(Alternate Mix)」「そんな気分じゃない(Alternate Mix)」


(作成:佐野邦彦)


2017年10月1日日曜日

ウワノソラ:『陽だまり』(UWAN-003)

2014年にバンド名をタイトルにしたファースト・アルバムでインディーズ・デビューしたウワノソラが、満を持してセカンド・アルバム『陽だまり』を10月11日にリリースする。
サイド・プロジェクトとしては、15年6月にいえもとめぐみと角谷博栄が"ウワノソラ'67"として『Portrait in Rock'n'Roll』、今年5月には桶田知道がソロ・アルバム『丁酉目録』をそれぞれリリースしていたが、バンド本体のニュー・アルバムを待ち望んでいた、ポップ・ファンも多かったと思う。

ミュージックビデオ「チャンネルNo.1」(『丁酉目録』収録)のレビューでも触れたが、桶田が今年の7月末日をもってバンドを脱退し、角谷といえもとの二人だけになってしまったのは残念であるが、基本的なサウンド・アプローチやスタイルに違いは感じられない。
それはプロデュースからアレンジ、エンジニアリングまでを担当する角谷がこのバンドの柱だったからだろう。
いえもとは初の試みとして、角谷と共作で「ときめきのブルー」の作詞に挑戦しており、今後も作詞面でも活躍してくれるかも知れない。
また桶田は置き土産として、初期の名作と言われる「Umbrella Walking」(アイドル・グループNegiccoのメンバーも好きらしい)と「打ち水」(曲は角谷との共作)のソングライティングを手掛けている。
リリース資料の角谷の文によると、この桶田作の「Umbrella Walking」を軸にアルバムは制作されたという。そこからアルバム・タイトルとなる『陽だまり』という架空映画のサントラのコンセプトが練られており、冒頭の「陽だまり -Prelude-」と「俄雨 -Interlude-」、「夕刻-Interlude-」が同じメロディを持つ変奏曲となっているのはそのためだ。

今回のレコーディングに参加した主なミュージシャンは、ファーストとウワノソラ'67の『Portrait in Rock'n'Roll』を通して関わっている面子が多く、キーボードの宮脇翔平、ベースの熊代崇人、バッキング・ヴォーカルとシンセサイザーに深町仰。新たにドラムには木村恵太、アデショナル・ギターとして西本諭史が参加している。
また初の試みとして、「遅梅雨のパレード」にゲストでカンバス(彼等は最近RYUTistの「想い出はプロローグ」にアレンジと演奏で参加していた)の小川タカシがリード・ヴォーカルを取っているのも興味深い。


では主な収録曲の解説しよう。
アルバムは本作のテーマといえる「陽だまり-Prelude-」から静かに始まる。弦楽五重奏の編成にハープと木管を加えたオケにいえもとのスキャットがリードを取る。アルマンド・トロヴァヨーリやピエロ・ピッチオーニなど60年代末期のイタリア映画のサントラを想起させて麗しい。
続く「画家と絵画」は、Love Generationの「Love Is A Rainy Sunday」やButterscotchの「Don't You Know (She Said Hello)」などソフトロックとブルーアイド・ソウルの良さを融合したような曲で、WebVANDA読者に最もお勧めしたい。筆者もファースト・インプレッションでは、本アルバムのベスト・トラックと感じた。
そして「Umbrella Walking」だが、シティポップ然とした曲調ながらTender Leafの「Countryside Beauty」(『TENDER LEAF』収録 82年)などハワイアンAORの匂いもする。Aメロはシュガーベイブもレパートリーにしていた、伊藤銀次の「こぬか雨」(『DEADLY DRIVE』収録 77年)を想起させる音符を詰め込んだ感じが初々しい。
『丁酉目録』のインタビューで作者の桶田も語っているが、ファースト収録の「摩天楼」同様に紆余曲折あったこの曲を角谷がアレンジで手助けしたのがよく理解出来る。



角谷がリード・ヴォーカルを取る「プールサイドにて」は、70年代初期のニューソウル系シャッフルのグルーヴをキープしながら、マイケル・マクドナル加入後のThe Doobie Brothersが持つブルーアイド・ソウルのエッセンスを加味している。角谷のヴォーカルには北園みなみのそれを彷彿とさせる瞬間があり、控えめながらいい味を出しているのだ。横山貴生のアルトサックス・ソロも非常に効果的で曲を演出している。
ラテン・フレイバー漂う「エメラルド日和」は、Aメロはムーンライダーズの「週末の恋人」(『イスタンブール・マンボ』収録 77年)のテイストを醸しつつ、70年代末期のCRUSADERSに通じるラテン・フュージョンのエッセンスも感じさせる。曲の全編で玉田和平による各種ラテン・パーカッションが活躍しているのも聴き逃せない。
続く「パールブリッジを渡ったら」は70年代初期のブラス・ロックとフュージョン・ロックの色が濃く、西本諭史のギター・ソロと横尾昌二郎のトランペット・ソロもそちらのテイストでプレイされている。
アルバム・リリース前に先行でMVが公開された「夏の客船」は、ジノ・ヴァネリの「I Just Wanna Stop」(『Brother to Brother』収録 78年)にも通じるソフティなAOR感覚が漂うサウンドだが、歌詞の世界観は松任谷由実の影響大で、ひと夏の不毛な愛を綴った青春の1ページを現している。理屈抜きに純粋に良い曲である。


「鳥になったようだ」は完全なソフトロック・サウンドで、ブルース・ジョンストンの名作「Disney Girls (1957)」(『Surf's Up』収録 71年)に通じるメロディ感覚やサビのクローズド・ヴォイシングのハーモニーに打ちひしがれるだろう。儚く甘い微睡みが心地よい。
ミナス・サウンドの影響下にある「渚まで」はウワノソラとしては新境地だ。交流があるLamp染谷の作風にも近く、横山貴生のフルート・ソロはベベート(タンバ・トリオ)のそれを想起させる、繊細ながら野性味のあるプレイで聴き応えがある。
ラストの「ときめきのブルー」は、角谷のクラシック・ギターで奏でられるボッサのリズムにいえものとの美しい歌唱が聴く者の心を掴んで離さないだろう。


『Portrait in Rock'n'Roll』やNegiccoに提供した「土曜の夜は」での試みが本作での向上に繋がったのかも知れないが、ファースト・アルバムより数段クオリティが高くなったアレンジやサウンドと、ヴォーカリストとしてのいえもとの表現力は、Lampの『ゆめ』(14年)にも通じる2010年代を代表する「音楽通のためのポップス・アルバム」に仕上がっている。
なお本作は自主制作アルバムなので初回プレス枚数は少ないと予想されるので、興味を持った読者の方は下記のリンクから早急に予約して入手して欲しい。

(ウチタカヒデ)

2017年9月28日木曜日

桶田知道が「チャンネルNo.1」のMVを公開


5月31日にファースト・ソロ・アルバム『丁酉目録(ていゆうもくろく) 』をリリースした元ウワノソラの桶田知道が、同アルバムのリードトラック「チャンネルNo.1」のMVを公開した。
元ウワノソラと紹介したが、本アルバムをリリースしたことで自らが志向するスタイルが明確化し7月末日をもって彼はバンドを脱退し、ソロ活動へ移行することになったのだ。
そのウワノソラもセカンド・アルバム『陽だまり』を10月11日にリリースすることが決定しているので、後日レビューを掲載する予定である。





Cast:Tomomichi Oketa
Director:Keisuke Sugano
Director of Photography:Shunta Ishizuka
Special Effect:Masaki Numata
Special Thanks:Yoshikazu Homura/Tetsuya Yamabe/Kosaku Ando
Produced by:bacter

さてアルバム・リリースから4ヶ月をも経て完成したMVを先行で観させてもらったが、映画界の巨匠スタンリー・キューブリック監督を彷彿とさせるカメラワークとシンメトリーなコンポジションが非常に鮮烈で、観る者の心を掴んで離さない。
監督は菅野圭亮で、これまでもウワノソラの「Umbrella Walking」や「恋するドレス」、ウワノソラ'67の「シェリーに首ったけ」のMVを手掛けている。
 このMVで「チャンネルNo.1」の世界観を堪能し、改めてアルバム『丁酉目録』を聴き直して欲しいと願うばかりだ。

桶田知道:『丁酉目録』(UWAN-002) 桶田知道インタビュー 
「考槃堂商店」オンラインストア

(ウチタカヒデ)

2017年9月27日水曜日

☆Brian Wilson:『The Brian Wilson Anthology』(ワーナー/WPCR17877)


ブライアン・ウィルソン初のレーベルをまたいだベスト盤がリリースされた。アルバム9枚からセレクトされ、プラス未発表の2曲で全18曲という構成だった。最も多くセレクトされたのがファースト・ソロの『Brian Wilson』から4曲で、後半の4枚のアルバムは1曲ずつのみ。なぜかライブ盤の『Live At The Roxy Theater』から2曲入っている。肝心な未発表曲は「Some Sweet Day」で、共作者がアンディ・パレイなので、2000年代前半の録音か。全体的にはホーンを多く使ったハッピーな曲で、印象はオールドタイミーな佳曲。「Run James Run」はあの『Pet Sounds』時代とは無関係の曲で、共作はジョー・トーマス。重ね合うハーモニーを生かしているが、コーラスのミックスがかなり大きく、中間のギターソロは60年代そのもの。歌詞の内容とは異なるアップテンポのハッピーなサウンドの曲で、アルの息子のマットのファルセットが大きくフィーチャーされている。その他、収録曲で僅かに異なる曲が2曲あった。1曲は「Heroes And Villains」で、アルバムではイントロにホーンが被るが、このアルバムでは被らずに歌からすっきり始まる。もう1曲は「Midnight’s Another Day」で、アルバムでは歌の後のピアノのリフレインが1回だが、本CDでは2回入るので7秒長い。この2トラックもコレクターには見逃せない。(佐野邦彦)


2017年9月26日火曜日

島全体が極上ビーチで覆われ、外国人観光客も押し寄せていない手付かずの唯一の楽園が「与論島」だ。息子が行って撮影してきた写真を見ながら紹介しよう。


下の息子が職場の夏休みを使って与論島から帰ってきた。45日、内23日は与論である。与論島は、聖域だった八重山・宮古が外国人観光客の急増などで今までの特別な地位を失いつつある中、残された最後の楽園だ。2年前に奇跡的に自分は車椅子で与論へ行けたのだが、12日では行きたい場所の半分も回れず、行けなかった場所を中心に息子に撮影してもらってきた。さっそくその写真をご覧いただきたい。「ウドノスビーチ」でのシュノーケリングでウミガメ2匹に出会ったという。リーフ内のこういう美しいビーチではウミガメが現れることは経験になく、自分も数えられないほど、深さがないリーフ内でシュノーケリングしたが一度も見たことがない。有名なのは大潮に近い干潮時に海の中に砂浜は現れる「百合が浜」だ。ここは与論一の観光スポットで、カップルや家族連れが多かったとか。自分が行った時は見られなかったが、渡し船の道中でもウミガメが泳いでいるのが見えたそう。そして息子がいわく一番美しいビーチは「アイギビーチ」で、B&Gというダイビングショップの間の前の海なので挨拶しながら行く方がいいらしい。息子が話したショップの店員さんは、神奈川で営業の仕事をしていたが、与論のここへきて、あまりの美しさに移住を決めて4月から働いているとか。朝方はこのビーチでもウミガメが泳いでいるそうで、この環境では移住を決める気持ちが分かるな。寺崎海岸、そして黒花海岸へ行ってどちらかでシュノーケリングをしてきたそうだが、どちらも極上のビーチで、みな言葉を失うほどの美しさらしい。ただし魚は少ないそうだ。他にも「プリシラリゾートヨロン」下の兼母海岸、島の東下からの赤崎海岸も行ってきてくれこれらもみな美しく、2年前にはウミガメの産卵跡を見つけ、沖に沖縄本島が見える「パラダイス・ビーチ」、百合が浜を沖に抱く長い白浜のビーチの一部の「シーマンズ・ビーチ」を見たが、こんな美しいビーチに囲まれた島は他にはない。今の自分はベッドの上でテレビとパソコンを見るだけで、24時間を過ごしているが、息子達に行ってもらって写真とビデオで見せてもらえば十分。自分は動けなくても家族はどこにでも行けてこうしてビジュアルで見せてもらえる。これで自分は幸せである。自分は光熱水費から通販などクレジットカードで払えるものは全てカード払いしてJALのマイルを貯めている。貯めたマイルを、今月に長男が二男に続いて公務員になったのでそのお祝いに、二男には夏休みなど好きに使えということで、長男は二男とすれ違いに今日から函館へ行った。幕末ファンなので五稜郭メイン。2週前は私と同じで花輪和一の「刑務所の中」にハマったので網走へ行って網走監獄見学、そして昔、長男とは大学卒業祝いに一緒に鹿児島・熊本と、薩摩の史跡は一緒に行ったので、3週前はまだ行っていない長州へ行きたいと山口へ行って萩を回り、下関戦争の砲台跡へ行ってきた。長州はかなりショボかったそう。そうして今回、二男が沖縄本島へ渡ってその日に目的の「ポケモンGO!」沖縄限定出現のサニーゴをゲット、安心して自分が徹底的に勧めた与論へ向かう。与論島へ行くには方法は2つ。那覇空港からプロペラ機が1日一往復飛ぶが、フライトは40分と短いが那覇発が13時、与論発145分は真昼間に着くだけ。それでも往復で29000円もかかる。その点、フェリーがあって那覇港から与論港まで沖縄本島を縦断していくので5時間かかるが、2等で片道2820円と安い。一日1便で朝7時発11時半に与論着、帰りは14時発で19時那覇港着なので発着時刻は飛行機と変わらず、値段は1/6だからこれは船が得。到着したらレンタカー、常に軽自動車を借りる。急坂がある場合はリッターカーの場合もあるが、レンタカーで無駄なでかい車を借りる人間の気が知れない。ホテルは常にビジネスクラス。高級リゾートは大金を捨てるバカの筆頭だと思っているし、だいたいホテルや旅館の夕食が嫌い。外食の方が好きなものが美味しく安く食べられるのに、本当に無駄。ただし民宿は生理的にダメ。与論島には全てがコテージで、複数人で借りればリーズナブルな「プリシラリゾートヨロン」があるが、一人で借りると高いので、民宿ではないホテルを捜すと「トイレ風呂共同」が多く、室内についているのは2か所しかなくそこを借りる。朝食付きで6000円くらいなので安いのだが。ここまで書いた息子達にプレゼントした旅行は、往復航空券はマイルなのでタダ、レンタカー、ホテルなどはヒマな自分が予約して代金は親の自分持ちで、まあ本当に「旅行プレゼント」だ。場合によっては分刻みのスケジュール表も付ける。家族旅行・夫婦旅行と30回は計画してきたので、もうツアー・コンダクターみたいになってしまっている。事実、今、お世話になっている訪問リハビリのPTさんのカップルに、先日八重山の最適スケジュールを考えて大成功、月末には私の勧めで八重山へ行ったら宮古へ行かないと話にならないと…という私の勧めに乗ってくれて吉野海岸など重要拠点を回って堪能してもらうことにした。「良かったです。最高でした」と言われればもう至福の喜びだ。息子達にはマイルで10月の3連休に土曜・最終便、月曜・始発便しかマイルの空きがなく、日曜に家族でまだ唯一軍艦島へ行ったことがない二男に「軍艦島上陸プラン」をプレゼントして、9月~10月の5つのJALマイル旅行はひと段落となる。まだ2回分くらいマイル旅行ができるので後は申請待ち。ちなみに軍艦島は、世界遺産登録以降大人気で、飛行機も取れなければ土日の軍艦島の船の予約も取れず、波高が0.5m以上で上陸禁止などの条件が付いているので、払い捨てで無駄でも午前・午後でひとりずつ空いていた別会社の予約を入れた。軍艦島(端島)は、平均月収がサラリーマンの倍、光熱水費に家賃はタダで、本土の炭鉱や、西表島のタコ部屋炭鉱と違って楽園で、住人はずっと住んでいたかったと誰もが語る炭鉱だったのに、隣のやっかいな国は強制労働だけでなく、映画では日本軍が炭坑内を水責めで殺すなどという嘘八百の映画を作っているのだから本当にひどいものだ。2年前に行った対馬じゃ盗んだ仏像を返さないし…。まあ気分の悪い話はここらでやめておこう。

まず川がある八重山の石垣島や西表島には土砂のためこういうビーチは川のない場所に2か所くらいしか存在しない。人気No1の波照間島のニシハマだが、逆にここひとつのみ。竹富島のコンドイビーチも人気があるが、ここも隣のカイジ浜までしかない。黒島、新城島、小浜島もメインは1か所ずつ。これが実は八重山の美しいビーチの数なのだ。その点、川のない宮古島は美しいビーチが多いが、三つの巨大な大橋で5つの島が結ばれたので一体とものとして計算しても、与論級のビーチは9つである。(ただリーフ内まで珊瑚が密集している吉野海岸、新城海岸は宮古島にしかない)私が昔から強くプッシュしている宮古島と石垣島の間に浮かぶ多良間島は、観光客が来ない点では与論以上、ただし極上ビーチは2か所しかない…。一つの島で宮古諸島5島のビーチ以上の極上ビーチを持つ与論島は最強の離島と言っていいだろう。1999年から子供達とは小学生から大学生まで沖縄の八重山に6回、宮古に6回、計12回行って、両諸島の全19の有人島を制覇できた。ところが八重山に最初に行った時の入域観光客数は61万が今は127万、宮古は34万が今は70万。海もイマイチ、観光客だけ多い沖縄本島が嫌で、さらにはるか南西のこの両諸島に通っていたのに、最近は外国人観光客が激増、もう静かな環境が保てなくなったよう。本土からは嫌いな「星野リゾート」など高級リゾートが開発しはじめ目障りでしょうがない。残った最後のパラダイスが、本島の東22㎞に浮かぶ与論島だった。この島の凄さは島に川がないので珊瑚礁が発達し、島の6割がリーフに覆われなんと60ものビーチがある。与論島は、本島が目の前に見えるほどの近さなのに行政区分では鹿児島県の奄美諸島で、一般的な沖縄観光コースから外れているところが幸いだ。年間の観光客数は6万人でプライベート感は十分、しかし島は港区くらいのコンパクトな島ながら人口は6000人と結構多いので、八重山の島々のように300人くらいしか住んでいないと食べるところも限られ、日帰りでないと不便極まりないが、与論島に不便さはない。沖縄返還前までは日本の最南端は「ヨロン」で、子供の頃、「ヨロンへ行こう!」というCMを何度も見た。しかし沖縄が返還され、与論島の観光客数は減り続け、廃墟になってしまったホテルが散見されるのが侘しい。ただ、与論島はこのまま、目を付けないでそっとしておいてほしいものだ。(佐野邦彦)



 


2017年9月24日日曜日

The Bookmarcs:『BOOKMARC MUSIC』  (FLY HIGH RECORDS/ VSCF-1763)      リリース・インタビュー


昨年紹介した小林しの『Looking for a key』(16年2月)のレーベル・プロデュースやWebVANDAの対談でもお馴染みのミュージシャンの近藤健太郎と、歌謡曲の楽曲提供をはじめ映画やTV番組の劇伴、リラクシングギターのアルバム・リリースなど幅広いフィールドで活躍する作編曲家の洞澤徹によるユニット、
The Bookmarcs(ブックマークス)が、10月11日に記念すべきファースト・フルアルバム『BOOKMARC MUSIC』をリリースする。
2011年の結成から昨年6月のシングル『追憶の君』までに4タイトルをマイペースに配信リリースしている彼等の魅力が詰まった初のフル・アルバムだけに興味は尽きない。
因みにThe Bookmarcsは、作編曲とサウンド・プロデュース全般、ギターの演奏を洞澤、作詞とヴォーカルを近藤がそれぞれ担当している。
ここでは昨年の『追憶の君』に続いて、メンバー二人にこのアルバムについて聞いてみた。


●満を持してのフル・アルバムのリリースですが、これまでの活動を振り返ってみてどうでしたか?

洞澤(以下・洞):配信リリースを中心に着々と積み上げてきた ものがやっとCDというカタチになって、まずは嬉しい気持ちでいっぱいです。 マイペースでしたが濃厚な制作活動だったなと感じます。
最近ではだんだんと手伝っていただける敏腕ミュージシャンも増えてきて、そのぶん音楽の幅も広がってきたように思います。

●手練れのサポート・ミュージシャンが増えてきたのは良い状況ですよね。洞澤君自身も過去にスーツケースローズやダリヤなどにギタリストとしてサポートしていた訳で、自分が依頼する際にも経験が活かされているんじゃないですか?

洞:まさにおっしゃる通りです。自分が要望を伝える側になって、伝え方、表現方法、などサポートをやってきたからこその経験がとても役に立っていることがわかりました。

近藤(以下:近):今までデジタル配信オンリーでリリースを 重ねてきたわけですが、大事に作ってきた楽曲達をより多くの人に届けたいという欲が出てきました。
なんとなく2人の中で、「やっぱりCDを作りたいね」みたいな空気が具現化し、今回無事リリースできたことを嬉しく思っています。

●配信でのリリースが普及してきたとはいえ、やはりCDを持つという所有感は捨てがたいですよね。日本人特有の拘りかも知れませんが。

洞:確かに日本人特有かもしれませんが、個人的には大事にしたい感性だなと思います。



●フル・アルバムに用意した新曲3曲のソングライティングやアレンジについて、これまでの楽曲と意図的に変えた手法やアイデアを聞かせて下さい。

1)「I Can Feel It」
洞:これは僕の鼻歌弾き語りが原型なんですが、サビ頭の部分ができた時点でかなり手応えを感じました。とにかくアルバムのリード曲になるようにリスナー層を幅広く想定してアレンジを考えました。
リズムアレンジはギターのミュートカッティング含めて今までにないテイストになっていると思います。作曲当時、Thundercatやエヂ・モッタをよく聴いていたのでアレンジにはニュアンスがどこかに出ているかもしれません。 

●初めてラフミックスを聴かせてもらった時からイントロのギターがスタックス・ソウル(スティーヴ・クロッパー)していて、挙げてもらったミュージシャン以外にも結構リスペクトされているサウンドだと思います。UKギタポ好きにはスクィーズの「Hourglass」(『Babylon &  On』収録 87年)を彷彿させますよ。
冒頭からThe Bookmarcsの新境地だなと思いました。

洞:ありがとうございます。とても光栄です。変化はこれからも常に続けていくつもりです。

2)「Let Me Love You」
洞:よりAOR感の強いアレンジになりましたが、作曲しているときはそんなに意識はしていなかったです。歌を録音したあたりから猛烈にAOR感を欲するようになって、いろいろ参考音源を聴いているうちにこのアレンジに固まりました。
北村規夫さんの落ち着いたどっしりとしたベースに伊勢賢治さんの甘いサックスセクションが曲のカラーを強めています。

●個人的にも趣味なシカゴ・ソウルを源流とするAORだと思いました。フルートのリフはボズ・スキャッグスのあの曲かとか(笑)。
サポート・ミュージシャンのプレイも的確で完成度が高いです。山下達郎ファンにもアピールしそうですよ。この曲も新境地の域に入りそうです。 

洞:かなり寄せた感はありますが(笑)、個人的にとっても気に入っているアレンジです。達郎さんファンの方々は耳が良いですから、どういうふうに聴こえるか気になるところですね。

3)「Oh Wonder」
近:穏やかなメロディが印象的な曲ですが、サビはわりとキャッチーなので、言葉(歌詞)で曲の流れを明確に変えることが出来ないかなと試行錯誤しました。
「Oh Wonder」というフレーズが頭に浮かんだ瞬間、一気にイメージがまとまり歌詞を書きあげました。大サビは夢の中にいるような少し不思議な世界観ですが、洞澤さんが見事にアレンジしてくれて、曲がドラマチックに仕上がったと思います。

●言われるように穏やかなメロに対してパートの展開が多いからドラマチックに仕上がっています。サウンドの肝はフェンダーローズ系のエレピですかね。従来のThe Bookmarcsサウンドを発展させたというか、スティーヴィー・ワンダーの匂いもするという。

洞:そうですね、フェイザーのかかったフェンダーローズの音が好きでこの曲でもポイントになっていると思います。
たまに、”スティービーを感じる”と言っていただけるのですが、自分の血肉部分になっているのかなと嬉しくなります。


●既存曲の中でもリアレンジ、リミックスされていますが、オリジナル・ヴァージョンの固定観念に悩みませんでしたか?

洞:自分の過去作品を何回か聴いているうちに、やり残したこと、改良すべき点が明白になっていたので方向性という意味ではそんなに苦労はしなかったです。より聴きやすくという方向性でした。
「消えない道」はリズムをもっと強調するバンド路線か、ソフトロック路線で行くのかで悩みましたが後者を選びました。結果、とても満足のいく出来となりました。

●「より聴きやすく」というのは、やはり職業作家である洞澤君の姿勢が出ていると思います。
挙げられた「消えない道」ではコーラス・パートの追加やサウンドに厚みを持たせたことでより黄昏感が出ていますね。その他の曲でリアレンジして成功したなと満足している曲はありますか?

洞:「遥かな場所」はベースとドラムを生に差し替え、それに伴いミックスもやり直したのですが、配信リリースのバージョンより曲の推進力が増して、スムーズに各パートが繋がる感じが出て気に入っています。

●「遥かな場所」はファーストEP『Transparent』(12年)収録の作品なので5年経っている訳ですが、リアレンジとリズム隊が生に差し替わったことですごく新鮮に聴けました。
では今回のレコーディング中で何か特質すべきエピソードを聞かせて下さい。

洞:「I Can Feel It」ではコーラスが多用されていますが、近藤くんと相談しながらいろいろ試しつつ、Bメロのオクターブ重ねは今回初めての試みでハマって楽しかったですね。近藤くんのコーラス・ワークの音色は凄いです。手持ち音源のプリセットにしたいくらい(笑)。

サックスの伊勢賢治さんとは、ネットのやり取りで譜面と、どういう風に演奏して欲しいかのリクエストを伝えて伊勢さんのプライベートスタジオでの録音をお願いしたのですが、あまりに素晴らしくて データが届いたとき小躍りしました。
特に「Transparent」のオブリガートは気持ちよくて聴いてもらいたいポイントの一つです。また伊勢さんは、「Let Me Love You」では当初僕のリクエストになかったフルートとパーカッションまでダビングで入れていただいて感激でした。彼はユーミンのツアー・メンバーでパーカッションから鍵盤までこなすマルチ・プレーヤーです。

ドラムの足立浩さんとベースの北村規夫さんは、前回のシングル「追憶の君」から レコーディングをお願いしているのですが、今回も素晴らしいコンビネーションで楽曲の屋台骨と潤滑油になってもらっています。
お二人のリズムが入ると楽曲がより滑らかに進行するというか。このコンビなしで今回のアルバムは 成り立たなかったと思います。
そして、レコーディングは1年以上前なのですが、アルバムラストを飾る「真紅の魔法」でイントロから響く和田充弘さんの甘いトロンボーンの音色は録音中、まるで他人の曲を聴いているようで酔いしれてしまいました。  

近:今回、既存曲のヴォーカル再録がいくつかあるのですが、これは自ら洞澤さんにもう一度歌いたいと希望を出しました。より曲を理解した上で、今のテンションで、当時自分で書いた歌詞を噛みしめながら歌うことが出来たのは嬉しい経験でした。 コーラスに関しては、いつもお互いアイデアを出しあい歌入れする作業が毎回楽しいです。 

●エピソードに出てきた近藤君のコーラス・ワークやサポート・ミュージシャンによる数々の名演はこのアルバムを聴いてのお楽しみですね。

洞:そうですね、ぜひ実際に聴いていただいて感じ取ってもらえたらと思います。 


●リリースに合わせたライブ・イベントがあればお知らせ下さい。

洞:11/11に北参道ストロボカフェで開催される、philia records presents 「11月のフィリアパーティー」という イベントにオープニングアクトとして出演しますのでぜひ遊びに来て下さい。
http://philiarecords.com/event/ 

近:10/1に東京八重洲にあるとっても素敵なスペース、「ギブソンショールーム」にて、「BOOKMARC MUSIC」レコ発 イベントをおこなう予定です。 極上の音響システムでアルバムの先行試聴、 トークやミニライブを交えた楽しいイベントです。観覧無料なので、日曜の昼下がりふらっと遊びに来ていただけたら嬉しいです。
http://gibsonsr.jp/ 


●では最後にこのファースト・フルアルバム『BOOKMARC MUSIC』のピーアルをお願いします。

洞:ファースト・アルバムにしてベスト・アルバムのような「BOOKMARC MUSIC」ですが、僕的には何と言っても新曲3曲に特に注目してもらいたいです。
全体的には6年間の活動のエキスをぎゅっと凝縮した内容になっていますので、AORやソフトロック・ファンのみならず幅広い方々に聴いてもらいたいです。

近:懐かしくも新しい、透明感溢れる大人のサウンドプロダクションというキャッチーを掲げ、約6年間活動してまいりました。
まさにその言葉がしっくりくるような作品に仕上がったと自負しております。 こだわり丁寧に作り上げた僕達の作品を是非聴いてください。
(インタビュー設問作成/文:ウチタカヒデ)
 

2017年9月20日水曜日

今年2回目の地球最後の秘境高地を取材したTV番組「秘境ギアナ高地魔の山アウヤンテプイ」を見る。ギアナ高地に惚れ込み30年間特番を見続けている。前にも書いたが詳しい資料と共に徹底紹介しよう。


今年になって「ここ3年、取材がなかった私の永遠の憧れの地、ギアナ高地の取材番組が先日NHKBSプレミアムで、「桐谷健太 天空の秘境ギアナ高地に挑む」として放送された。」と視聴記を書いたが、9月17日に今度はBSテレビ朝日で「秘境ギアナ高地魔の山アウヤンテプイ」が写真家の寺沢孝毅の取材で2時間枠でたっぷり放送された。本放送は2016年だったので見逃していたとい大失策、取材の舞台はアウヤンテプイである。世界最高の高さ979mの滝のエンジェル・フォールは、どのテーブル・マウンテンの滝も同じだが、台地の上の川があってそこから落ちているではなく、台地の下の地下水脈が切れているところから落ちて入るので、エンジェル・フォールも台地の数メートル下の穴から出ており、寺沢はカメラマンであることから命がけでロープで宙づりになって落ち口が見えるように写していた。ただその写真は特に絶景とは言えず、この手はTV放送の中でも何度も登場していたドローン空撮の方が向いているのでは?と一瞬考えたが、ヘリコプターを年何機も墜落させるというギアナ高地を隔絶させる回りを取り囲む1000mの断崖の外へ出たらドローンなどあっという間に気流で墜落してしまうのだろう。個人的にアウヤンテプイが楽しいのは、ここは台地の上が東京23区以上と飛び切り広いだけあって、テーブル・マウンテンの上が緑で覆われ、チュルン川という川も流れていることから、多くの生物に出会えることだ。以前もオポッサムという哺乳類、シギタチョウという鳥がいて驚いたものだが、今回はヘビに出会った。45回も登っているというガイドがヘビを見たのはこれで3回目と言っていたから、昆虫、両生類以外はあまり出会えないようだ。今回はアウヤンテプイ固有種のカエルのテプイラ・エレルカイを発見後、さらに台地の上のカエルはみな茶褐色だが水かきのない緑色のカエルを見つけ新種ではないがクリスタルカエルという珍しい種類で、さらに背中にまだら、褐色の2種のカエルはアウヤンテプイの固有種で、標本見本もないという激レアものだった。TVは2013年のロライマ、2015年のサリサリニャーマの映像が挿入され、画質もいいことから、この2回も特番で放送したのではと惜しまれる。最後はアウヤンテプイ上だが、全テーブル・マウンテン上で最も深い383mというシマ・アオンダという穴(谷)の中腹から流れ出すアオンダの滝の水源調査へ行くのだが、これが困難を極める。崖の上からロープで懸垂下降していくしかないのだが崖に僅かに飛び出た幅1mの第一キャンプで1泊が必要だが、突然の雷雨で全員到着は夜中の2時。そこからさらに下降して高さようやく180mのアオンダの滝の落ち口へ到着する。水が流れ出す横穴の珪岩洞窟の奥へたどっていくが、100m奥で崩落があり水源調査はそこで終わる。洞窟の奥には水の底の藻を食べるために水中でも暮らもるようになったコロギスという昆虫や、不気味なウデムシが見つかった。ガイドはこのアオンダの滝に来た日本人はあなたが初めてだと言っていたが、実は1991年の「ビーグル号探検記」で谷の下まで一気に懸垂下降していた。今回は絶景には特に出会えなかったが、植物も含め生物に多くスポットを当てたのはそれなりに満足できた。次回のギアナ高地の特集にまた期待したい。次は出来る限り初めて行くテーブル・マウンテンの景色を見てみたいものだ。

※ギアナ高地の魅力とは

さてギアナ高地とは何か。こうやってパソコンに文字を入力するだけで胸が躍ってしまう、私の終生、憧れの地、ギアナ高地。地球最後の秘境である。ギアナ高地は、南米ベネズエラ、ブラジルを中心に6各国にまたがる高地帯なのだが、ベネズエラのカナイマ国立公園を中核とするテーブル・マウンテンが林立する地域、いやテーブル・マウンテンそのものをギアナ高地と指すと言っていいだろう。そう、ギアナ高地の魅力はここに100以上点在するテーブル・マウンテンと呼ばれる2000m級の高山群の卓状台地にある。テーブル・マウンテンの名前の由来は、これらの山の四方が切り立った1000m近い断崖に囲まれ、その多くの頂上は平坦で、まるでテーブルのように見えるからなのだが、あまりの高低差に植物や動物が地上と隔絶され、生物の75%以上がここでしか見られない固有種になってしまった。その数は4000を超えるという。しかしこれらのテーブル・マウンテンはそれぞれが地表とは別の生物世界を持っているため、テーブル・マウンテンごと固有種がいる。みなジャングルの奥地にあり、地上から辿りつくのが困難なため、ヘリコプターで卓状台地(テプイ)の上に降りるしかないのだが、平坦に見える台地も実際は亀裂だらけで、探索は困難を極める。そのため、未だ大半が人跡未踏で、実際の固有種の数は想像もつかないという。

約2億年前の地殻変動で湖底にあった台地が隆起し、その後雨によって削られ、固い岩盤のみが残ってこの独特の地形が生まれた。この地はゴンドワナ大陸の分裂の中心軸であり、赤道付近からまったく動いていないため、その当時からの生物がそのまま奇跡的に残ったのである。ゴンドワナ大陸分裂の存在を裏付けるものとして、ギアナ高地特有のステゴレプスという植物がある。この植物が存在するのは他ではアフリカだけで、南米とアフリカが地続きだったことを証明しているのだ。

ただ、卓状台地は赤道直下なので紫外線が強烈で、さらに北東から常に吹きつける貿易風がギアナ高地にぶつかることによって生まれる年間4000mm以上という激しい雨により台地の堆積物は押し流され、生物が生きる環境としては非常に過酷だ。そのため卓状台地では高い樹木がほとんどなく、少ない養分を吸収するため食虫植物が極めて多い。テプイごとに固有種があるというヘリアンフォラというギアナ高地独特の食虫植物が知られているが、モウセンゴケやミミカキグサも多いし、パイナップル科のブロッキニアは葉を筒状にし、中心に貯まる水を酸性にして食虫植物に進化をしていた。ハウァでは卓状台地を黄色に染めるほどの大群落を作る。全体的に多いのは原始的なパイナップル科やランの仲間で、現在の地上を覆う進化した植物であるキク科、イネ科、マメ科の植物は少ない。キク科の植物など、草に進化する前の樹木の姿に留まっている

動物類では昆虫と爬虫類、両生類、ほかは僅かな鳥類と哺乳類がいる程度。(鳥類・哺乳類はエサが少ないので緑がある部分にしかいない。シギタチョウとオポッサム、ハナグマは撮影されている)天敵がいないためカエルは跳ねることができなかったり、水かきがなかったり、原始のまま取り残された。オレオフリネラという小さな跳ねることができない原始カエルが有名だが、ロライマ、クケナン、アウヤンテプイといったテーブル・マウンテンで見つかったこのカエルは、山によって腹の模様が違い、進化から取り残された中でも、気の遠くなるほどの長い時間の中で、微妙な違いが生まれていた。生物が多いアウヤンテプイには、固有種のカエルのテプイラ・エレルカイや、他では見れらない緑のクリスタルカエル、さらに別の模様が違う固有種など4種類が同時に見つかるが、みな水かきがないなど、原始的なカエルだった。サリサリニャーマという巨大穴の中のカエルは、水場がないため。水かきがない代わりに吸盤の付いた長い指があり、水たまりのない中生い茂る植物に張り付くため、独自の進化をしていた。チマンタのカエルも水かきがないが、こちらは背中に卵を産み付け背負って歩く。こういったカエルは他の場所にもいるが、チマンタのカエルは9つほどしか卵がなく、エサが少ないから育つ分だけ生んでいるようだ。卓状台地上では餌が極端に少ないため、バッタの仲間は水中で餌を探すようになり、エラらしきものが作られたカマドウマの仲間、腹に気泡を抱えて水中を歩くコオロギの仲間もいて、こちらは水棲に進化したようだ。アウヤンテプイのコロギス(コオロギとキリギリスのあいの子)は、水中の藻を主食にするため水生に進化してしまった。そして紫外線対策か、体が透明になってしまったゴキブリもいて、まさにワンダーランド。

テーブル・マウンテンが地下水脈によって浸食され大陥没した350m四方の大きな穴が8つも陥没でできた山、サリサリニャーマもあり、穴の底は卓状台地とも隔絶されてしまってさらなる固有種が生まれるという迷宮のような場所もある。

コナン・ドイルはギアナ高地を見て、この頂上台地には恐竜が生き延びているのではと想像し、「ロストワールド」を書いた。真偽の程はかなり怪しいが、ギアナ高地に50年以上住む探険家、アレクサンドロ・ライメは、アウヤンテプイで、1m程度のプレシオザウルスの仲間を見たと証言している。日本ではNHK、TBS、テレビ朝日という、娯楽志向でないテレビ局がギアナ高地を何度も取材して放送しているので、是非エアーチェックしてギアナ高地を見て欲しい。一度見たら、中毒になること間違いなしだ。

●取材したテーブル・マウンテン

・アウヤンテプイ(2500m)…卓状台地が東京23区よりも広いギアナ高地で最大のテプイ。その崖の端から一気に地上まで落ちる滝が有名なエンジェルの滝(現地名はアンヘルの滝)で、落差979mは世界一。あまりの高さに水は途中で霧になり、よって滝つぼがない。エンジェルの滝の空撮、また水量の少ない乾季の時の滝の下からの映像は、ギアナ高地映像の定番だ。このアウヤンテプイを下から歩いて登り、さらに台地を横切ってエンジェルの滝まで縦走したのはNHKの「グレートサミッツ:アウヤンテプイ」だけ。ガイドの話でもまだ3組くらいしか縦走を果たしたチームはないとか。アウヤンテプイは台地の上にもある程度の高低差があり、台地を流れるチュルン川の周りには、頭よりも高い樹木が生い茂り、他のテーブル・マウンテンとは違って緑も水もあるので生物の発見が多い。先のNHKの映像でこの森の中で飛べない鳥、シギダチョウを発見するが、こういった地面を歩く恒温動物を見たのはギアナ高地上で初めてで、嬉しくなった。そして「桐谷健太 天空の秘境ギアナ高地に挑む」ではチュルン川回りの森林で、南米唯一の有袋類である哺乳類のオポッサムが発見される。待望の、初の哺乳類の発見に興奮。かわいい顔の小動物だった。「秘境ギアナ高地魔の山アウヤンテプイ」でカエルは他のテーブル・マウンテンで見つかるオリオフリネラという原始カエルではなく、緑色など4種のカエルも発見できた。みな水かきがなく、ジャンプもできないような原始的なカエルばかりだ。そして45回も登頂したガイドが3回しか見たことがないというヘビもこの番組で発見している。さらにこの番組では途中、エンジェルの滝の発見者であるジミー・エンジェルが自分の乗っていた小型機で台地の上に着陸した場所、そこはギアナ高地に人間が初めて降り立った場所になるため、それを記念してベネズエラ空軍が置いたという石碑を、台地の上で探し出した。ちなみに飛行機はもちろん大破したが、ジミー・エンジェルは一緒に乗っていた妻と共に歩いて生還を果たしている。エンジェルの滝は雨季には水量が増して何本もの滝になるが、その雨季の取材がテレビ朝日の「新ビーグル号探検記」だ。この番組では水量があるのでチュルン川もゴムボートで下流へ向かい、迫力がある。さらにシーマ・アオンダと呼ばれる383mというギアナ高地で最大の大きさの穴(谷?)にロープ1本で下降していったのはこの番組で、その命知らずぶりには脱帽される。穴の底では白い(他ではみな赤)ミミカキグサが発見された。シーマ・アオンダの途中から180mの落差のアオンダの滝が出てくるが、横穴の水源調査は「秘境ギアナ高地魔の山アウヤンテプイ」で100m奥の崩落個所まで行きついている。奥には水生昆虫になってしまったコロギス(コオロギとキリギリスのあいの子)や、ウデムシが生息していた。外観では、アウヤンテプイ台地には100mもの巨石が垂直にピョコンと4つ飛び出ているのだが、その通称「見張り番」や、「摩天楼」と呼ばれる巨石の空撮も見所である。

・ロライマ(2810m)…四方がきれいな垂直な崖、頂上の台地は空撮では見事に平坦なので、そのチーズケーキのような印象的な全景がまさにテーブル・マウンテンなのがこのロライマ。一般の観光客も麓から1拍2日のトレッキング(もちろん相当な体力が必要)で登ることができる。アウヤンテプイと並びギアナ高地取材の定番だ。平坦なので登らずともヘリコプターで直接台地に降り立つこともできる。取材で登山過程を見せないのはヘリを使用。ただし卓状台地は常に雲が沸き立ち、突然の豪雨があるのだが、当然、台地の縁の気流は上昇気流が常にあって悪く、しばしばこれらテーブル・マウンテンの回りでヘリが墜落しているので、完全に安全とは言えない。このロライマを完全縦走したのは「ニュースステーション」のみ。着陸点、登山の到着点とも一面岩で、風雨で浸食され残った岩が奇妙な造形となり地球外の惑星のように見えるのだが、それがまずロライマの見どころのひとつ。そして水晶が地上一面に露出した「水晶の谷」、「The Pit」(穴)とか「EL FOSO」(窪み)とか呼ばれる穴があり、穴の縁の崖を降りると下には水が流れ、水によって侵食された穴の縁がコロッセウムのように残り、上からの光が注ぐと水面の水に反射して実に幻想的な光景となるのだが、この3箇所がロライマの3点セットと言えるだろう。そして必ず岩の上の植物コロニーで、原始カエルのオレオフリネラを見つけている。縦走ではロライマの先の方は崖だらけで、踏破は崖を降り再び登るというザイルを使った登山となっていく。ロライマの本当の見どころは、崖の縁に立ち、遠く他のテーブル・マウンテンを望むというギアナ高地ならでは絶景だ。特に姿形がそっくりなクケナンが見える場所がベストポイントだろう。なお、海外制作でエンターテイメント的色彩も交じっている「探検ロストワールドの世界」では、ロライマ山の洞窟の探検があり、かなりの生物を発見するが、ハナグマの骨があったのには驚かされた。いつの骨なのかは分からないが、哺乳類がいたというのはこの放送を見た時はギアナ高地上での初めての発見だった。

・サリサリニャーマ(1350m)…ギアナ高地取材の主要テーブル・マウンテンのひとつ。ここの台地には大小8個の大穴が開いていて最大のものは穴の直径、深さとも350mもある。この最大の穴に最初に下りたのはNHKの「ギアナ高地巨大穴の謎に迫る」。この時と後の「世界ふしぎ発見」は、ヘリで穴の底のギリギリまで降りてヘリから直接穴の底へと降りられたが、大沢たかおは「天空のロストワールド」で、ヘリの下にロープ1本で吊り下げられ、降りていった。穴の底に着いた時、満面の笑顔で楽しかったという大沢たかおの度胸には脱帽だ。穴の底にはナビア・ヤウアナという花が咲くとその回りの葉も白くなり、花を目立たせるように進化したパイナップル科の草が面白い。穴の中だけの固有種だ。不気味なのはウデムシ。サソリのようだが異常に手が大きく、体もまだらでまさにエイリアン。こんなのが歩いているのだから自分だったらおちおち寝てはいられない。他ではザトウグモと思いきや、ミズカマキリの仲間という足だらけの昆虫もいた。この穴の取材の定番は、穴の縁にあり膨大な種の山を登り、その奥にある洞窟に生息するアブラヨタカのコロニーを見つけること。実はこの種は夜行性のアブラヨタカが夜、飛び立って地上で得た果実の種をここで吐き出しているので、長い年月の間にこんな膨大な数の山になっていたのだ。NHKと「世界ふしぎ発見」ではその近くにある深さ100m、直径150mの穴にも下降するが、NHKはロープで下降、「世界ふしぎ発見」ではヘリを使いロープ1本で吊り下げられ下降する。レポーターの女性、竹内海南江は凄い!ただしこちらの穴には見所はない。

・ネブリナ(3000m)…ギアナ高地の最深部にあり3000mと最高の高度を持つネブリナ山は、ーナ)と呼ばれている。ベネズエラとブラジルの国境の真ん中にあり、貴金属が採れるというので入山が制限され、放送はNHKの「霧の山ネブリナ」のみ。オリノコ川を進み、ジャングルを踏破しながら徐々にネブリナの姿が近づいてきたある日の夜、山で雷鳴が響く。すると昨日渡ったばかりの小川が轟々と流れる大きな濁流になっていた。上流で豪雨があったようだ。このままではまずいと撤退を決めるが戻るに戻れない。途方に暮れていた時に、ダイヤの盗掘人が残したボートを見つけた。木を切って即席のオールを作り、みんなでボートに乗り込んで濁流を下っていく。目の前に次々と現れる倒れた木を乗り越え、あるいはかがんで通り凄し、小さい木はマテチェで切り捨てる。この8時間の川くだりは、全てのギアナ高地取材で最も緊張感があり、まるで映画を見ているかのようだった。その後、3日間の豪雨が続いたことから、取材陣は九死に一生を得たのだった。この後、たどり着いた村にたまたま滞在していたベネズエラ空軍に交渉して、2日間のみという予定でネブリナまでヘリを出してもらう。標高2600m付近に平原を見つけそこに降ろしてもらった関野吉晴はネブリナを精力的に歩き回る。そこはパイナップル科の植物の群落と、様々なラン、食虫植物にびっしりと覆われた緑の台地だった。一見は日本の山と変わらないが、植物相がまったく違う。まさにギアナ高地だ。驚くべきはヤシが群生していたこと。3000mの高山にヤシの木が生えていることは驚くべきことだ。映像では雲の上にヤシの木の群落が映る。目を疑う光景だ。そして常に95%近い湿度があるためヤシの木に苔が生えているのだが、そんなヤシの木は他にはないそうだ。しかし映像はそこで終わる。時間の関係でネブリナの頂上には行けなかったので、これから上にどんな植物や動物がいるのかは分からない。色々海外のサイトでも探してみたが、ネブリナ登頂の映像はなかった。サリサリニャーマ以外、日本人が取材したほとんどのテーブル・マウンテンに登った関野吉晴。是非、彼をチーフに、ネブリナ登頂の番組を作って欲しいものだ。

・チマンタ(2693m)…ここを取材したのは「新世界紀行」だけ。本文中に書いた背中に卵を背負ったカエルの発見と、チマンタヤいうチマンタにしかない巨大な松ぼっくりのような草が印象に残る。このチマンタヤ、昼の強烈な日差しで水分を奪われ、火を点けるとあっと言う間に燃えてしまった。

・クケナン(2650m)…ロライマと一緒にヘリ観光ではこの隣のクケナンにも降りてくれる場合があるようだが、取材したのは「新ビーグル号探検記」。台地の光景もロライマと瓜二つだが、水晶がむき出しの穴があり印象的。オレオフリネラもやはりいた。フジの「グレートジャーニーZ・秘境ギアナ高地聖なる山クケナン」で関野吉晴がクケナンを麓から登頂、初め南北の縦断を目指すが途中に深い亀裂が走り分断されているため、東西の縦断に変更し、初の縦断を果たす。DVDは抜粋版なので出てこないが、本放送ではハナグマの群れの撮影に成功している。

・ワチャマカリ(1700m)…「ニュースステーション」の2回目の放送のみ取材。食虫植物だらけの台地だった。NHKの「地球アドベンチャー冒険者たち 南米ギアナ高地謎の山未知の民」で、関野吉晴が麓から初登頂を果たす。頂上は他のテーブル・マウンテンのようにフラットではなく、緑が茂り川が流れ、その中で一番高い丘を目指して初登頂を果たす。新種と見られるトカゲやカエルを発見した。

・マラワカ(2700m)…ここも「ニュースステーション」の2回目の放送のみ取材。テーブル・マウンテンというより、山塊のようになっている。山の中腹で探索した5mという世界最大の長さ(茎というより蔓)を持つカトレア・マキシムというランが見所。

・ハウァ(?m)…「世界ふしぎ発見!地球最後の秘境!南米ギアナ高地大紀行」のみ取材。ヘリから黄色の花畑に見えたが、着陸すると食虫植物ブロッキニア・ヘクトイデスの大群落だった。黄色く見えたのは葉の色だった。

・イルテプイ(2600m)…「THE世界遺産カナイマ国立公園Ⅱ」のみ取材。岩が多い台地で、植物が生えている台地はモウセンゴケやヘリアンフォラなど食虫植物が散見されたが、あっと言う間に終わってしまった。ナレーションでは3日間の撮影と言っていたが、放送は5分だけ。

・アウタナテプイ(1400m)…木の切り株のような特異な形をしたアウタナは古くから地元民にとって「生命の樹」として崇められた神の山だった。冒険登山家のレオ・ホールディング達はDVD『Autana』で「初登頂の東岸壁を初登攀する。オーバーハングもありロック・クライミングの連続。途中に大きな横穴のアウタナ洞窟があり、そこをベース・キャンプにする。登攀がメインなので頂上は何の調査もない。背の高い食虫植物が群生する頂上だった。

・チュリテプイ(2600m)…チマンタ山塊を構成するテーブル・マウンテンで、空撮では大地の亀裂が多い。大地の下に大きな珪岩洞窟があり、NHKの「桐谷健太 天空の秘境ギアナ高地に挑む」で洞窟探察を行う。硬い珪岩に洞窟ができるのは世界でも珍しく、その原因として洞窟内で新陳代謝で有機酸を出すバチルスというバクテリアを発見、このバクテリアの長い作用で珪岩の隙間に入った水の隙間が大きくなり落下を起こし、洞窟ができたのではいう推測が生まれた。

●ギアナ高地映像リスト
1987年
・新世界紀行:魔の山チマンタ
(TBS/ロケ地:チマンタ/キャスター恵谷治) 映像ソフト①
1987年
・世界の秘境:霧の山ネブリナ
(NHK/ロケ地:ネブリナ/キャスター関野吉晴) 映像ソフト②
1988年
・ニュースステーション4週連続放送
(テレビ朝日/ロケ地:アウヤンテプイ→マラワカ、ワチャマカリ→ロライマ完全縦走/キャスター関野吉晴) 映像ソフト③④⑤
1991年
・新ビーグル号探検記:失われた進化の世界ギアナ高地
(TBS/ロケ地:アウヤンテプイ、クケナン)
1997年
・そそり立つ太古の世界・南米ギアナ高地
(NHK/ロライマ、アウヤンテプイ) 映像ソフト⑥/※A
1997年
・GUAYANA-The Lost World-
(パイオニアLDCソフト/ロケ地:ロライマ。アウヤンテプイは空撮) 映像ソフト⑦

1997年

・グレートジャーニーZ・秘境ギアナ高地聖なる山クケナン

(フジ/ロケ地:クケナン縦走/キャスター関野吉晴)映像ソフト⑩(抜粋)
1999年
・世界遺産:カナイマ国立公園Ⅰ及びⅡ
(TBS/ロケ地:Ⅰ...アウヤンテプイは長いが空撮のみ、Ⅱ...ロライマ) 映像ソフト⑧/※Ⅰ...B、Ⅱ...C
2002年
・NHKスペシャル:ギアナ高地巨大穴の謎に迫る
(NHK/ロケ地:サリサリニャーマ)

2006年
・天空から降る巨大瀑布:ギアナ高地カナイマ国立公園
(NHK/ロケ地:ロライマ、アウヤンテプイ) ※D
2007年
・世界ふしぎ発見:地球最後の秘境ギアナ高地巨大な穴の謎
(TBS/ロケ地:サリサリニャーマ/キャスター竹内海南江)
2007年
・世界ふしぎ発見:南米ギアナ高地大紀行
(TBS/ロケ地:アウヤンテプイ、ロライマ、ハウァ/キャスター竹内海南江)
2008年
・天空のロストワールド
(テレビ朝日/ロケ地:ロライマ、サリサリニャーマ/キャスター大沢たかお) ※E
2009年
・グレートサミッツ:アウヤンテプイ
(NHK/ロケ地:アウヤンテプイ完全縦走) 映像ソフト⑨
2009年
・THE世界遺産:カナイマ国立公園Ⅰ及びⅡ
(TBS/Ⅰ...ロライマ、Ⅱ...サリサリニャーマ、イルテプイ)
2010年
・探検ロストワールドの舞台
(ディスカバリーチャンネル/ロケ地:ロライマ):
2010年
・世界遺産ものがたり:カナイマ国立公園♯51、♯52
(旅チャンネル/ロケ地:アウヤンテプイ) ※F

2012年

・Autana

(Berghaus/ロケ地:アウタナ・テプイ) 映像ソフト⑪

※イギリスを代表する冒険家のレオ・ホールディングによるアウタナ・テプイの登頂の映画。崖のぼりが中心で頂上は少しだけ。

2014年

・地球アドベンチャー冒険者たち 南米ギアナ高地謎の山未知の民

(NHK/ロケ地:ワチャマカリ(初登頂)/キャスター関野吉晴)

2016年

・秘境ギアナ高地魔の山アウヤンテプイ 

(BSテレビ朝日/ロケ地:アウヤンテプイ、ロライマ(2013年)、サリサリニャーマ(2015年)/キャスター寺沢孝毅)

2017年

・桐谷健太 天空の秘境ギアナ高地に挑む

(NHK/ロケ地:アウヤンテプイ、チュリテプイ) ※G

※空撮等で一瞬映ったテーブル・マウンテン
A...アコバンテプイ、カスティーヨ、B...ユルアニテプイ、C...アコバンテプイ、アンガシマテプイ、D..ウェイテプイ、E..アウタナ・テプイ、F..クサリテプイ、G...アコバンテプイ
※その他、NHKで食虫植物だけをターゲットにした『神々の詩:食虫植物南米ギアナ高地』もあり。

参考文献

●写真集

・「ギアナ高地THE LOST WORLD」(関野吉晴)(講談社)…ため息が出るほど素晴らしい写真ばかりで、バイブル的存在。ギアナ高地の山々から、植物、生物まで充実している。エンゼルフォール、アウヤンテプイ、ロライマ、ネブリナの4章で構成されている。

・「Lost Worlds of the Guiana Highlands」(Stewart McPherson)(Redfern)…唯一の洋書だが、頂上大地の景色が素晴らしく、そこの植物、生物の写真、特に群生する食虫植などはファンはたまらない。、アウヤンテプイ、ロライマ、クケナンの写真が多く、ネブリナや遠景では珍しいテプイの写真が多い。上記の本と合わせて必携。

・「ギアナ高地巨大穴の謎に迫る」(早川正宏、チャールズ・ブリュワー=カリアス)(NHK出版)…同名のNHK番組の写真集版。サリサリニャーマは上記本にはないのでこの2冊でほぼ完璧。写真は映像からおこしたものは少し荒い。

●  書籍

・「ネブリナ山探検紀行」(関野吉晴、NHK取材班)(日本放送出版協会)…NHK「霧の山ネブリナ」で語りきれなかった詳細が分かり読み応えがある。

・「ギアナ高地を行く」(恵谷治)(徳間書店)…ギアナ高地に憧れ続けた本人の思いとテレビ取材の裏側が面白い。チマンタ行きは不本意だったとは。

・「とにかく、しつこくアマゾンネブリナ」(敷島悦郎)(講談社)…ネブリナに憧れて単身ブラジルに向かい、現地の人間と格闘する。取材じゃないとかくも大変。

(作成:佐野邦彦)