2016年10月30日日曜日

TOYONO 『黒髪のサンバ』 (Victor Entertainment / VICL-64639)


 ブラジリアン・ミュージック系女性シンガー・ソングライターのTOYONO(トヨノ)が、6年振りとなるフル・アルバム『黒髪のサンバ』をビクターからリリースした。
 キャリア初のメジャー作品ということで、レコーディングに挑むアティチュードもこれまでの作品以上に高いものになっていたであろう。
 07年の『pelicano heaven』から発展し、14年に同作のプロデューサーでギタリストの竹中俊二を中心に結成されたバンド、ペリカーノ・ヘヴンの鉄壁なアンサンブルに加え、世界的パンデイロ奏者で彼女の師匠でもあるマルコス・スザーノの参加がこのアルバムに大きな躍動感を与えているのも聴き逃せない。
 またレコーディング&ミキシング・エンジニアは、マイケル・ジャクソンやマライヤ・キャリーなどを手掛け、世界規模で活躍し現在は日本在住というニラジ・カジャンチが担当している。

 加えて「イパネマの娘」、「マシュ・ケ・ナダ」といった世界的なブラジリアン・スタンダードに、マイケル・ジャクソンの「Rock with You」(『Off The Wall』収録79年)やシティポップとして再評価が高まっている1986オメガトライブの「君は1000%」(86年)のカバーも収録ということで、初めてTOYONOのサウンドに触れる読者にも大いにお勧め出来るのだ。

 

 ここでは筆者が気になった曲を中心に紹介していきたい。
 ピアニスト光田健一作曲による冒頭のインスト小曲「マリアへ」の静寂から一転し、高速ボサノヴァで演奏される「イパネマの娘」のカバーがいきなり始まる。右チャンネルにスザーノのパンデイロ、左チャンネルに竹中のギターと、高度な演奏のコントラストをバックにTOYONOが麗しい歌声を聴かせる。
 数多あるこのカバー・ヴァージョンの中でも上位に挙げられる解釈ではないだろうか。
続くTOYONOオリジナルの「サウヴァドール」は、クラッシャー木村のヴァイオリンと柏木広樹のチェロをフューチャーしたタンゴ風味のブラジリアンAORだ。
ⅡⅤ系のコード進行は、熱心なAORやブラコン・ファンなら必ずや琴線に触れるだろう。

 ブラジルの著名なシンガー・ソングライター、ジョルジュ・ベンのオリジナルで、66年にセルジオ・メンデスがヒットさせた「マシュ・ケ・ナダ」も取り上げられているが、ここでのリズム・アプローチは、スティング(ポリス時代含む)を想起させるクールで変則的なスカで演奏される。このアイディアはTOYONO本人からの提案らしく、さすがスザーノに師事していた彼女ならではの音楽的パラダイムシフトであると脱帽してしまう。
 AKAKAGEことDJ兼音楽プロデューサーの伊藤陽一郎作曲で、TOYONOが作詞した「ブラジリアン・カラーズ」もフュージョン的要素を持つブラジリアンAORで、70年代後期のCTIレコード・サウンドが好きな音楽ファンにお勧め出来る。

 アルバム中最も異色であると思われたマイケル・ジャクソンの「Rock with You」のカバーだが、竹中のアレンジによる大らかなハチロクのリズムで演奏され、TOYONOの一級の歌唱力で違和感なく聴けてしまう。
 また1986オメガトライブの「君は1000%」は、ギターのみのシンプルなボサノヴァでカバーされ、この曲の持つ情熱を静かに表現した素晴らしい解釈である。
 ラストはブラジル音楽の至宝、アントニオ・カルロス・ジョビン作のブラジリアン・スタンダード「Desafinado」を取り上げ、バイノーラル・レコーディングで挑んでいる。 このレコーディング効果により臨場感はライヴ並みのリスニングを楽しめるのだ。

 このTOYONOの 『黒髪のサンバ』は、拘り派のポップス、ソフトロック・ファンが多い本誌読者にも大いにお勧め出来る内容なので、興味を持った方は是非購入して聴いてほしい。
またこのリリースを記念したライブが渋谷のJZbrat sound of Tokyoで開催されるので、詳細は下記のリンクからチェックしてほしい。
11/7(月)TOYONO「黒髪のサンバ」リリース記念ライブ@JZbrat sound of Tokyo 

 (ウチタカヒデ)



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