2015年10月12日月曜日

ツチヤニボンド:『3』(Analog Pants/005)



 11年の『2』でそのエクスペリメンタルなサウンドが、耳の早い音楽通の間で絶賛されたツチヤニボンドが、約4年ぶりとなるサード・アルバム『3』を11月14日にリリースする。
 ツチヤニボンドは和歌山県高野山在住の土屋貴雅のソロ・プロジェクトであり、レコーディングには前作から継続で、ギターの亀坂英とドラムの波照間将、PADOKとして活動するベースの渡部牧人が参加して土屋をサポートしている。
 またゲストとして"森は生きている"から増村和彦がパーカッションとドラムで1曲、エンジニアにはエレクトロニカ・ユニットneinaのメンバーとしてスタートし、近年は"相対性理論と大谷能生"等数々の仕事で知られる中村公輔が迎えられており、正にツチヤニボンドの第三章となる新体制で挑んでいる。
 前作『2』収録の「夜になるまでまって」を11年のベストソングの1曲に選んでいる筆者にとっても本作は、待ちに待ちわびたニューアルバムと言っても過言ではないのだ。




 音楽を言葉で表現するのはなかなか困難なことで、筆者も同文脈や過去のミュージシャンを例えて紹介することが多々あるが、ツチヤニボンド=土屋貴雅に至っては作品毎に難易度が高く形容しがたいサウンドを展開しているのだ。
 そんな土屋が愛してやまない、70年代ブラジル・ミナス・ジェライス州の音楽ムーヴメントを象徴したアルバム『Clube Da Esquina』(72年。ミルトン・ナシメント、ロー・ボルジェス、トニーニョ・オルタ等が参加、78年に次作『Clube Da Esquina2』がリリースされている)をモチーフとして、さる10月4日に「トーキョー×ミナス」と題されたライヴ・イベントも開催しており、近年のミナス・サウンドを背負うシンガーソングライターのレオナルド・マルケスとの共演を果たしている。
 筆者もそのライヴによりツチヤニボンドの生演奏を体験したが、終始会場を異空間化したサウンドの渦に圧倒されてしまった。ラストではマルケスも加わり、『Clube Da Esquina』から「Tudo Que Voce Podia Ser」がカバー演奏され感激したのは言うまでも無い。

 では本作の主な曲を紹介しよう。
アルバムのイントロダクションとなる1曲目「亀卜」は、リバース・ディレイやロング・マルチ・ディレイ等でダブ処理した素材を再構築させたオリエンタルな小曲で、導入部としてこれ以上無いサウンドだ。
 続く「ヘッドフォン ディスコ」は本作のリード・トラックとして先行配信でリリース済みだが、マンボのリズム・テクスチャーをギター・リフへ転換しヒップホップ・ライクに溶け込ませたヴァースと、ラテン・ロックとディシプリン期のキング・クリムゾンをフュージョンさせたようなパートとを結合させることで強烈なコントラストを生んでいる。この1曲を取ってもポピュラー・ミュージックの既成概念を逸脱しており、土屋の独創性や異才さを強く感じさせるだろう。
 続く「グラヴィティ」はベーシストの渡部牧人がソングライティングし、彼のソロ・プロジェクトPADOK名義で『Sweet tooth having Bitter dreams』(08年)に収録された曲だが、ここでのヴァージョンは音数を少なくし、初期ミルトン・ナシメントを彷彿させる独特の浮遊感とナチュラルに展開する変拍子が印象的だ。心情風景とミナスの景色が交差するような美しさにただ聴き惚れてしまう。
 アルバム中盤の「フラッシュバック」と「スターシップガール」にも触れなければならないだろう。奥行きを感じさせるサウンド・スケープからトロピカリズモへ流れる2曲の心地よさは替えがきかない。特に後者はアントニオ・アドルフォ&ブラズーカのセカンド・アルバム(71年)を彷彿させるソフトサイケなサウンドでVANDA読者にもお勧めできる。
 3年前に配信のみでリリースされていた「20世紀青少年」も今回収録され、本作を構成するピースに収まりきれない異彩を放っており、いいアクセントになっているハード・ナンバーである。
 本作ではもう一曲カバーとして、ウルグアイのシンガーソングライター(以下SSW)であるエドゥアルド・マテオの「Esa Tristeza」(El Kinto 『Circa』収録・68年)を取り上げている。アルゼンチン音響派の騎手フアナ・モリーナもリスペクトする伝説的なSSWであるマテオが、ウルグアイの随一のサイケデリック・バンド El Kinto(エル・キント)在籍時に発表した曲、ここでは原曲よりゆるやかなBPMながら、波照間の巧みなドラミングによりダイナミックなポリリズムを形成してオリジナルに引けを取らない完成度であり、筆者もベスト・トラックに挙げたい。




 唯一無二という言葉だけで済ませられない、その独創的なサウンドは聴く者の心を鷲掴みして離さないだろうと信じている。
 最後に筆者と交流があり、日本を代表するシンセサイザー・プログラマー兼エンジニアの森達彦氏からも本作について感想をもらっているので引用しておく。
 「自分にとっていいアルバムの基準は、音量を上げて聴きたくなるかどうかっていうのがまずあって、ツチヤニボンドの新作を爆音で聴いています。
 聴き込むごとにいい音だなぁとほれぼれ。個人的に「グラヴィティ」が好きですね。「20世紀青少年」のドラムスのコンプ感も他の曲に準じていたらと思いましたが些細なこと。」
(ウチタカヒデ)






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