2015年11月14日土曜日

Saigenji :『ACALANTO~10th. Anniversary Edition~』(Happiness Records/HRBR-001) Saigenjiインタビュー



日本におけるブラジリアン・ミュージックの先駆者的シンガー・ソンングライターとして知られ、デビュー前から筆者とも親交がある、Saigenji(サイゲンジ)が2005年に東芝EMIからリリースした『ACALANTO』の10周年を記念したリマスター・リイシュー盤を11月18日にリリースする。
カエターノ・ヴェローソやレニーニなど蒼々たるブラジリアン・ミュージシャンを手掛けるなど新世代派の旗頭であるKassin(以下カシン)ことアレシャンドリ・カシンのプロデュースのもと、リオデジャネイロでレコーディングされた本作は、彼の長いキャリアの中でもエポックメイキングなアルバムとして一際輝いている。
またこのリマスター・リイシュー盤にはボーナストラックとして、後にカシンがリミックスした「Breakthrough the Blue」とアルバム収録5曲のライヴ・ヴァージョン(バックはSaigenjiバンドのベストメンバーが参加した白熱の演奏!)を追加したデラックス・エディションとしてファンは勿論のこと、多くの音楽ファンにもお勧め出来る内容となっている。
今回『ACALANTO』リリース時に筆者が、フリーペーパー誌"ART YARD Informer"で取材し掲載したインタビューをここに再掲載したいと思う。
(再掲載をご承諾してくれたART YARD Informer誌の滝本編集長に心より感謝します。)

既にギタリスト、パフォーマーとして広く知られているSaigenjiは、2001年にソロアルバムをリリースしてCDデビューした、現在最も注目されるアーティストの一人といえるだろう。
9月14日(2005年当時)にリリースされたばかりの4枚目のアルバム『ACALANTO』は、ブラジルのリオデジャネイロ録音の意欲作である。
本作のサウンド・プロデューサーにはカエターノ・ヴェローゾの息子モレーノとのユニット"モレーノ+2"のメンバーとして知られる、ブラジル新世代アーティストきってのクリエイターと称されるカマル・カシンを迎え新境地に挑んでいる。
ここではリリースを前にして彼に本作の魅力について聞いてみた。

ウチ(以下U):そもそも今回リオでレコーディングした経緯は?


Saigenji (以下S):「元々は沖縄で中原仁さん(*1)やギタリストの笹子さん(*2)と飲んでいた時にカシンが沖縄に来ているという事を聞いて、仁さんが飲んでいた居酒屋に彼を呼んでくれたんです。それで彼と話をして自分のCDを渡したのがきっかけですね。実はその前に大阪で会ってはいたんですけど。

U:ちょくちょく来日していたんですね。確か奥さんが日本人だから結構親日家なのかな。

S:大阪で会ったのがファーストとセカンドの間だったかな。丁度その頃に彼も日本人の奥さんと結婚した頃だったと思う。セカンドの後に沖縄でちゃんと紹介してもらって話したの。
俺は前々からカシンの音楽が大好きでモレーノ+2やドメニコ+2、彼がプロデュースしたカエターノの作品とかも聴いていて「この人凄いな~」って。もし一緒に出来たら素晴らしいと思っていたんだけど、まさかそんな事が実現するとは思ってなかった。
それで毎年3月と4月は海外にツアーに行っていたけど、今年はレコーディングにしようという話になって、仁さんに「カシンとやりたいんだけど」って相談したら、「それは是非やろう」ってコーディネートしてもらう事になったんです。

U:それから具体的にカシンとやり取りが始まったのは?

S:年明けてからデモ作りを始めて、それを送って聴いてもらっていたんだけどカシンも凄く気に入ってくれて。「いいね~。やろうよ!」って(笑)。
リスペクトするアーティストだったので、まさか彼が一緒にやってくれると思わなかったから嬉しかった。

U:同世代で感性が近かったのも上手くいった要因かも知れないね。


S:カシンは31か32だったかな。歳が近かったので感性が合っていたんだろうね。デモを聴いて「この曲はこうしたい。あの曲はこうしよう」って言ってくれたんで、これは上手くいく感じがすると思った。

U:デモを預けた時点でアレンジのアイディアも詰めていてくれていた訳ね。

S:そうそう。アレンジのイマジネーションを膨らませてくれていて、向こうに行って直ぐにレコーディングをガンガン進めていったって感じ。

U:今回のレコーディング・メンバーはカシンがベースとプログラミングで、ドラマーのドメニコ(*3)がいて、Saigenjiと三人が基本でベーシック・トラックを録っていったのかな?

S:そうですね。今回は全部で9曲だったんだけど、カシンとドメニコがキーパソンでその他にキーボードでドナチーニョ(*4)がやってくれたって感じです。
先ずは三人でベーシック録って上物が必要な時にドナチーニョって、凄く若いキーボーディストが来てくれたんです。

U:レコーディング期間は約2週間で結構タイトだけど、スムーズに進行していましたか?

S:割とサクサク進行していましたね。一発で録ったベーシックからドラムだけ残してとか慎重にやった曲もあったんだけどサクサクいきました。
確かこのバンド・フォーマット5曲のベーシックは2日間で全部録った筈です。テイク数も2くらいだった。基本的にはベーシックのドラムもエディット無しだったと思う。

U:参加メンバーはどんなタイプのミュージシャンだったのかな? 譜面で緻密にやるミュージシャンではないよね。


S:もうね、譜面は誰一人として読めなかった。ドナチーニョだけは読めたけど、カシンとドメニコはその場で聴いて「ここのキメは」ってダダダって直ぐ演奏を始められるミュージシャンだった。勘が目茶苦茶良いんだよね。もう譜面なんか要らないって感じで。一応譜面を書いていったんだけど誰も読んでくれなかった(笑)。カシンも当初デモでやり取りしていた事を忘れていたみたいで。「あれこれは違うぞ」って(笑)。基本的には現場の空気で決まっていった感じかな。
単にプレイヤーとしての鍛錬よりみんな頭が柔らかいのかな。音楽をカタチで考えてないところがあるから、非常にクリエイティヴなんですよ。

U:因みに彼らとのコミュニケーションは英語だけで通じたのかな?

S:そうそう、全部英語です。彼らは英語が割と堪能でした。メールのやり取りも英語でやっていましたね。ポルトガル語は必要なかった。

U:普段彼らはどんな音楽を聴いていましたか? NYのオルタナ系やシカゴの音響系にも通じる趣味を持っていると思うんだけど。

S:車の中ではキューバのロス・バン・バンとか聴いていましたね。彼は基本的に雑食なので何でも聴いていました。まあよくいえば編集世代だよね。生音で一発録りをするんだけど、音楽をよくするためには編集をフルに活用するスタイルかな。

U:カシンならではのユニークなスタイルってのはありましたか?

S:4曲目に「増殖」って曲があるんですけど、これのプログラミングがもの凄いゆるくて(笑)。
例えば日本のヒップホップの人達はきっちり作っていくんじゃない。だけどカシンは手打ちでMPC2000(*5)をガンガン叩いていってずれていても気にしないで「いいんだ、これで」って(笑)。「きっちりプログラミングするよりヒューマン・ライクでいい感じなんだ」と言うんだよね。色々とテクノロジーを使っているんだけど、テクノロジーに使われないというか。テクノロジーは使うものだって感じで、あくまでツールに過ぎないって。

U:レコーディングしたモノアウラル・スタジオはどんな感じでしたか?
カシンのプロデュース作は大体ここで録っているのかな、元々女優さんの屋敷だったんだよね?

S:そうそう。元々『エウ トゥ エリス』(*6)って映画に主演していた女優さんの持ち物で、割と広くて二階建ての一軒家で中庭もある、非常にリラックス出来てウッディーな感じでした。
彼が手掛けたカエターノのアルバムもここで録音したみたい。「成る程ここにカエターノも来たんだ」って(笑)。
 


U:ではアルバムに収録された曲毎にエピソードを聞きたいんだけど、先ずは1曲目の「Breakthrough the Blue」。如何にもSaigenjiのアルバムの典型的な1曲目って感じなんだけど、ファンクとサンバのクロスオーバー的な曲だよね。こういうコード進行の激しいファンクをどう解釈していましたか?

S:典型的な1曲目(笑)。そうだよね。彼ら自身はもっとシンプルなコード進行でファンクをやっているんだけど、この曲ではドメニコがブラジル人でしか解釈出来ないドラムを叩いているの。ファンクというかキックが四つ打ちっぽいっていうのかな?

U:ハウスの元祖的なフィリー・ソウル感覚だ、70年代後半ディスコ・ブームに行く前のね。サンバからもアイディアを貰っているんだよね。

S:そうそう入っている。所謂日本人のやるファンクとは異なるアプローチで、何というかとてもセブンティーズ・ライクな。そこがレイドバックした感じで面白いなって思って。
多分ブラジル人ってファンクが大好きだと思うんだけど、セブンティーズから影響を受けていて好きなんですよね。そこのところで例えばドナチーニョのローズ(*7)も非常にそれっぽいし。みんな凄く音楽マニアだから幅広く聴いているんだろうね。


U:この曲でのカシン的なスパイスとは?

S:何というかな、アシッドジャズっぽいというか、そのエッセンスをジャンルにすり寄ってない、ユニバーサルな感覚でやっているのがカシンらしいかな。どこのジャンルにもいかないという。ボーダーレスな感じがカシンらしいかな。日本だとこの音にはならないでしょうっていう。タイム感も全然違うし。

U:「Rhythm」でのヴォイス・トランペットのアイディアは? これハモっているよね?面白いサウンドだよね。

S:一応デモにも入れたんだけど、スタジオで重ねようって話になって一人で重ねたんです。
最初はユニゾンでやるって言われたんだけど、これは折角だから一人でオーケストラみたいにハーモニーが動くって感じです。これは遊び心って感覚もありますね。あとダニエル(*8)のサンプリング感覚が凄く効いている。彼のセンスには脱帽したね。

U:「Sir Barden,meu mestre」はバーデン・パウエルに捧げた曲なのかな?

S:そうです。所謂バーデン・パウエルが作ったスタイルの曲だよね。これは持って行った時にドメニコのパーカッションだけでやりたいって言っていました。彼もエディットせずになるべく生音を最小限で聴かせる感じにしたいって事で、サイズもメロディーも極力シンプルにしたんだけど非常にクラシカルでいい雰囲気になりました。

U:先程も話が出た「増殖」でのネイティヴなウッドフルートのアイディアは? 当初からヒップホップ・ライクなリズムでやろうと思ったの?

S:最初俺がフルートみたいなアプローチで入れたいと言ったら、カシンに「折角ブラジルのウッドフルートを使うんだから、もうちょっとその特性を活かした感じでプレイしたらどう」ってアドバイスされたのね。デモの時のリズムはドラムンベースでやっていて、ポエトリーなスタイルだったんだけど、彼も同じようなアプローチでやるのかなと思ったら全然そんな事はなくて「何じゃこりゃ?」みたいなって意表を突かれた感じで(笑)。手打ちのMPC2000の低音が非常にヒューマン・ライクでいい感じになりました。

U:カシンのユニークなアドバイスで他に印象に残った曲は?

S:「塩と奇跡」という曲の歌入れをずっとやっていてもう少しで上手くいくかなって時に「どんな感じで歌ったらいいかな?」って相談したら、「女と愛し合っている様な気持ちで歌え」って言われて、お~成る程(笑)。そんな事は日本のプロデューサーは絶対言わないでしょう?「もうちょっとロマンテックに」とかになっちゃう。でも「そうかロマンテックか~」って分かり難いんだけどね。彼の場合は単刀直入でいいな~と思いましたね。
あとこの曲ではドメニコのゆったりしたドラムのタイム感が素晴らしくて、日本では絶対に出せないと思うんだよね。テクニカルな事では日本人の方が上かも知れないけどこのタイムは出せないよね。



U:そういう点では「Dois na Madrugada」もストレートにやるとスティーヴィ・ワンダーっぽくなると思うんだけど、これも彼らならではのグルーヴになっているよね?

S:そうそう、そうですよね(笑)。ドメニコのドラムも微妙にサンバ入っていますよね。やはり彼のタイム感というのはアルバムのコアな部分をなしていると思いますよ。何というか非常にオリジナルなんですよね。

U:彼のプレイは例えばスザーノ(*9)みたいな独特な感じなのかな?

S:そうですね。多分叩き方も相当自己流なんだと思います。非常にオリジネイターというかパイオニアですね。それで彼の場合はアーティストでもあるんですよ。いい曲も書くし、詩も書く。絵も描いたりするんじゃないかな。カシンも含めて所謂音楽家とは違うアーティスティックなのかな。モレーノ(*10)もそうだし。

U:今回のアルバムで個人的に最も好きだったのが「bugs in the silence」なんだけど、ハービー・ハンコックの「Maiden Voyage」を思わせるというか。しかしこんなタイプの曲をカシン達とやるというのが凄いよね?

S:ありがとう(笑)。新主流派っぽいよね。こんなタイプの曲だからこそ逆にどういう解釈するか面白いかなって。やはり実際やってみて微妙に彼らのテイストが入っているんだよね。
多分聴いたままにやっているとは思うけど、かなりいい感じになりました。曲自体はファーストが出た後位に書いた曲でライヴでも偶にやっていたんです。実は元々新主流派のジャズが凄く好きで、ミルトン・ナシメントにも通じるんだけどね。この曲は新主流派のワルツをイメージして作ったんです。ファーストの「手のひらを太陽に」なんかも割と近いかも知れないね。こういったモーダルな音楽って元を辿れば民族音楽に行き着くから、ブラジル北東部の音楽も通じるものがあるんだよね。

U:タイトル曲でバラードの「acalanto」に関してはどんなアプローチで?

S:カシンはこの曲と「塩と奇跡」を同じ扱いにしていたんだよね。隙間の扱いだと思うんだけど。彼は音響派的な事にも通じていて、例えば日本だと嶺川貴子さんが好きらしいんだよね。
ドメニコやモレーノもやはり好きで、コーネリアスも大好きで聴いていた。だから空間処理に関しては卓越していたんだよね。

U:アーティスティックで面白い方々とのレコーディングだったと思いますが、Saigenjiから見て彼らはどんな人だったのかな? スタジオの外でのエピソードとか。

S:みんな良いヤツなんだけど、ちょっとヘンテコな感じで(笑)。ヘンテコだけど人なつっこいんですよ。彼らはベジタリアンで酒も余り飲まなかったな。カシンは肉も余り好きじゃなくて凄くヘルシーだった。タバコも誰も吸わないしスタジオはいつもクリーンだったよ(笑)。
外に出ればカシンは町の人気者って感じで、いつもミュージシャンに声を掛けられて道端で10分とか立ち話していた。凄いミュージシャンが普通の格好で歩いているからね。とにかくみんなノンビリしていたよ。

U:今回ブラジルのリオでフル・レコーディングしてきた訳ですが、表現者として特にプラスになった部分を総括するとどういう事でしょうか?


S:今回はやはりカシンと知り合った事がメインなので、あくまで彼とのコラボレーションだけを入れたかったというのがあって、ブラジルに行ったのはオマケみたいなものかも知れない。
まさに彼がたまたまブラジル人だったという事ですね。なかなか気が合って尊敬出来るミュージシャンってそうそういないから、やはりそこがメインになりますね。レコーディング自体もリラックスして出来たし、彼のオープンな性格も大きかったですね。


*1:中原仁:音楽評論家, 音楽プロデューサー&コーディネイター, ラジオ番組制作者
*2:笹子重治:ショーロ・クラブを率いるギタリスト
*3:ドメニコ・ランセロッチ:モレーノ+2及びドメニコ+2のメンバーでドラマー
*4:ドナチーニョ・ドナート:ジョアン・ドナートの息子でもあるキーボーディスト
*5:アカイプロフェッショナル社製シーケンサー内蔵サンプラー・ドラムマシン
*6:2000年公開ブラジル作品 A・ヴァディンギトン監督 主演:ヘジーナ・カゼ
*7:フェンダー社製エレクトリックピアノ, 正式名フェンダー・ローズ
*8:モノアウラル・スタジオのハウス・エンジニア, 父はミュージシャンのダヂ
*9:マルコス・スザーノ:ブラジルが誇る現代最高のパーカッショニスト
*10:モレーノ・ヴェローゾ:カエターノ・ヴェローゾの息子でブラジル新世代アーティスト
(2005年8月 東芝EMIにて/企画構成+取材+文:ウチタカヒデ)
(画像提供:ハピネス・レコード/撮影:Daniela Dacorso、田中 正)





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