Pages

2025年11月1日土曜日

小林しの:『Winter Letters』

 昨年2月発表のセカンド・アルバム『The Wind Carries Scents Of Flowers』(*blue-very label*/ Blvd-043)が好評のシンガー・ソングライターの小林しのが、4曲入りの7インチのクリスマス・シングル(EP)『Winter Letters』(Blvd-055)を11月1日”レコードの日”にリリースした。
 丁度1年前に『The Wind・・・』に参加した、Small Gardenの小園兼一郎とのコラボレーションで、7インチEP『Mijn Nijntje(“私のナインチェ”)』(blvd-051)を発表しており、この季節の風物詩となっていて、彼女のファンには嬉しいリリースとなった。
小林しの

 まずは小林のプロフィールに触れるが、1999年に彼女を中心にHarmony Hatchを結成し、空気公団やMaybelleを輩出したCoa Recordsから2000年にデビューする。同バンドが2002年に解散後、ソロのシンガー·ソングライターとして、ファーストアルバム『Looking for a key』と前出のセカンド『The Wind Carries Scents Of Flowers』の2枚のアルバム、アナログ7インチ·シングルは『Havfruen nat』、コラボレーションでは彼女が所属するphilia recordsを主宰するthe Sweet Onionsの近藤健太郎、高口大輔との3人組ユニット”Snow Sheep(スノー·シープ)”で『WHITE ALBUM』、前出の『Mijn Nijntje』をそれぞれ発表し、都内を中心に定期的なライヴ活動、様々なバンドのコーラス·サポート等精力的に活動している。

 本作『Winter Letters』について解説しよう。ジャケットなどアートワーク全般とファンシーなイラストレーションは、リリース元レーベルではお馴染みのFumika Arasawaが担当している。またマスタリングを担当したのは、先月後半弊サイトで紹介したばかりの無果汁団『ナサリー』を手掛けたmicrostarの佐藤清喜で、マスタリング・エンジニアとしてジャンルレスに多くのアーティストから信頼されている。 
 続いて肝心の収録曲について解説しょう。 
 A面冒頭のリード曲「blue mint Christmas」は小林がソングライティングして、『The Wind・・・』では2曲に参加した、北海道在住でワンマン·ユニットのalvysinger(アルビーシンガー)を主宰する小野剛志がアレンジを手掛けている。同アルバム収録で小野が手掛けた「風は花の香りを運ぶ」に通じる爽やかなソフトロック~ギターポップ系サウンドは、小林のメルヘンチックな歌詞とその歌唱を引き立てる。この曲では元Johnny Deeや101 Dalmatiansなど伝説のバンドに所属し、現在Thee Windless Gatesで活動するギタリストの下田剛も参加し、特徴的なリッケンバッカーの響きを聴かせてくれる。
 続く「トナカイの夜」は、FMまつもとのラジオ番組『Hikory Sound Excursion』のクリスマス企画で結成され、小林も参加したユニット”タンタンルドルフ”のオリジナルで、番組ナビゲーターの久納ヒサシのソングライティングとアレンジによる、バラード系のクリスマス・ソングだ。同番組では2023、24年のクリスマス特集でオンエアされており、今回が初音源化となる。バックトラックの演奏とプログラミングは久納が担当し、小林とデザイナーのArasawaによるダブル・ボーカルで歌われ、インディーレーベル”chocolate & lemonade”主宰のBobbyがジングルベルでゲスト参加している。

   
小林しの (Shino Kobayashi) "Winter Letters" teaser 

 B面冒頭の「午後にはシュトーレン」は、小林の作詞に近藤健太郎が曲をつけるという、Snow Sheep組のコラボレーションで、アレンジは近藤と今年3月にリリースされた、彼のソロアルバム『Strange Village』で共同プロデュースを務めた及川雅仁と2人で担当している。曲調は近藤の「She Is Mine」に通じる風通しの良いソフトロックで、クリスマス・シーズンの午後のティーパーティーの風景を綴った歌詞と愛らしい小林の歌唱が印象に残る。近藤はアコースティックギターとピアノ、鍵盤類、及川はエレキべースやエレキギターからグロッケン、メロディカ、ボンゴやウインド・チャイムなどパーカッション類までプレイして貢献している。
 続く本作ラストの「wheat ana rice」は、小林のソングライティングに及川がアレンジを担当した2分弱のスロー・ワルツで、全ての演奏とプログラミングを及川が手掛けている。タイトルは小林が飼っていた(実家で?)2頭の愛犬の名前らしく、その想い出を綴った歌詞と無垢な歌唱が美しく、心に響く。コーダで響く及川によるパイプオルガンの演出も効果的だ。

 なお本作も数量限定(200枚)の7インチEPなので、筆者の詳細レビューを読んで興味を持った音楽ファンは、リリース元レーベルのオンラインショップ等で入手しよう。

*blue-very label* オンラインショップ :http://blue-very.com/?pid=187645587


(テキスト:ウチタカヒデ

2025年10月18日土曜日

無果汁団:『ナサリー』対談レビュー★ゲスト~フレネシ

 ショック太郎が主宰する”無果汁団”が、待望のフォースアルバム『ナサリー』(Mukaju Records / MKJR-004)を10月24日にリリースする。無果汁団は、元blue marbleのソングライター・チーム、とんCHANとショック太郎が結成したテクノロジー・ポップス・ユニットで、これまでにボーカルにみさきを迎え『マドロム』(2020年)、『うみねこゲイザー』(2021年)、ボーカルをひなふに変えて『ひなふトーン』(2023年)をリリースしていた。

 本作では4年振りにみさきが復帰しオリジナル・ラインナップでレコーディングされており、収録された全10曲の内、前半が現代編、後半が未来編と位置付けされ、アレンジ、サウンド共にヴァラエティに富んでいるが、鮮烈な歌詞内容を通じて「現代の病理と未来への希望」をテーマにして、アルバム全体の世界観を統一させたコンセプト・アルバムとなっている。
 メンバーも「これが本当の意味でのファーストアルバム」と自負する自信作になっている。

無果汁団

 本作でも作詞と編曲、全ての演奏とプログラミングをショック太郎、作曲をとんCHANと完全分担制で無果汁団のサウンドは制作されている。共に音楽大学卒業のエデュケーションに裏打ちされた楽曲は、blue marble時代から音楽マニアを中心に高く評価されている。
 マスタリングもこれまで同様microstarの佐藤清喜が手掛け、高品質なサウンドに磨きを掛けているのが頼もしい。ジャケットのアート・ディレクションとデザインはショック自身が担当し八面六臂の活躍をしている。

 ここではblue marble時代のレーベルメイトで、自身のサポートバンドにショック太郎が参加して関係性が強かった、シンガーソングライターのフレネシとの対談レビューと、ショックが曲作りやレコーディング中にイメージ作りで選曲したプレイリストを紹介する。



対談レビュー★ゲスト~フレネシ

●今回は多忙な中でありがとうございます。
フレネシさんはショック太郎さんとはblue marble時代にレーベルメイトで、ご自身のサポートバンドのキーボディストでもあったという間柄でしたが、blue marble解散後、2020年にファーストアルバムをリリースした“無果汁団”についてどのように感じていましたか?
無果汁団結成時フレネシさんは音楽活動休止期間中でもあり、現在活動を再開されたばかりなので、当時と今では感覚が違うと思いますが。


◎フレネシ:本質的には、blue marbleと同質と感じていました。職人のお2人と有機的だったり無機的だったりする、イノセントヴォイスの女性ボーカルのユニット、という印象でしょうか。

無果汁団がなぜ「無果汁」団なのか…は気になるところです。無果汁と付く飲料はジュースの体をしたジュースを名乗れない飲料を指すわけで。「消費者が果物の味を期待して購入するのを防ぎ、意図しない選択をさせないための配慮」として存在する、消費者に向けたお断りをわざわざバンド名で名乗るというのは、どこか本気でなさそうというか。こっちは気負わずにやるんで、聴く方も気負わずに聴いてねってことなんでしょうか。(前もこの話しましたっけ?) 


●”意図しない選択をさせないための配慮”というのが、フレネシさんらしい鋭い分析でさすがです。この点は昨年暮れに久しぶりにお会いした際、ショックさんの近況を訪ねた時にお聞きましたね。 
そう考察させる因子になるかも知れませんが、blue marble時代は、ベテランでメジャー・ワークスも多かったオオノマサエさん特徴ある声質で溌溂としてアイドル的要素もあった武井麻里子さんという個性の塊のようなボーカリストから、無果汁団ではみさきさん、ひなふさんという、80年代テクノ歌謡アルドルに通じるフラット気味な歌唱で、サーモスタットが常に効いて、決して熱く(暑く)ならないというスタイルに変わったという点ですかね。それも立派な個性だと思うんですけど。


◎フレネシ:式波・アスカ・ラングレーから綾波レイへ…みたいなイメージですかね。
でも、でも、今回のアルバム、静かな情熱を感じるトーンではあったんです。
無機質ってほど無機質でなく、原田知世的オーガニックさも感じられて。


●社会現象になった名作アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』のヒロインに例えるのが、無果汁団のサウンド・スタイルにも通じていて、原田知世イズムにも妙に納得します。音楽とアニメの二刀流マニアの読者にも説明が分かり易いという。
では彼らはこれまでに『マドロム』『うみねこゲイザー』『ひなふトーン』と、3枚のアルバムをリリースしていましたが、特に気になった曲はあったでしょうか?


◎フレネシ:「タイムズスクエアのガールズバンド」のサビで世界がこう、サラウンドになるような開け方が好きです。
転調の心地よさはすべての無果汁団の持ち味の一つでもありますが、この曲は特に楽曲の展開と詞の一体感が美しく感じます。

マドロム

●ファースト『マドロム』のリード曲ですね。イントロのコード進行とサウンドがトッド・ラングレンの『Hermit Of Mink Hollow』(1978年)していて、そのパートで早くも転調を仕掛けているという。ショックさんのアレンジ、とんCHANさんの作曲は共に”音大卒メソッド”に裏打ちされているので、よく計算されて聴き飽きさせないんですよね。
しかもショックさんは極めて音楽マニアなので、次曲「魔法サイダー」というシティポップの香りがするタイトルの曲では、70年代末~80年代初期のユーミン・サウンドをオマージュしていて、松原正樹風のギターソロまで弾いているという。
フォースアルバムの本作『ナサリー』では、これまでの作品より、ソングライティングやサウンド面で無果汁団の新境地が現れていると思いますが、お聴きになって全体的な感想はいかがでしたか?


◎フレネシ:なぜだか、みさきさんの声が鋭く刺さるのです。
どういう変化があったのかとショックさんに尋ねたところ、今作ではボーカル・トラックをシングルにしているとのことで。ダブルならではの質感も無果汁団の都会的なサウンドにはとても合いますが、シングルのより生々しいニュアンスがフックとなって、言葉が入ってくる感じはありますね。
 
みさき

●成る程、そんな変化を直接ショックさんに聞いてみたんですね。確かにボーカルをダブリングすると、歌に広がりを持たせてピッチの誤差を曖昧にさせる効果もありますね。その起源はビートルズ『Revolver』(1966年)のレコーディング時ジョン・レノンの歌入れとされています。
今回ボーカルをシングル・トラックにしたことで、言われるように歌詞の言葉がビビットに聴き手に伝わると思います。そんな歌詞の中で最も心に刺さった曲を教え下さい。


◎フレネシ:「ナサリー」、「舞鶴姫」、「スタビライザー」とか。物語が映像で見えてくるような。とくに「スタビライザー」、一体何のことを歌っているんだ?とものすごく惹かれるものがあります。


●スタビライザーは広義的には「安定化装置」のことで、自動車や航空機のパーツです。歌詞を辿ってもそれをイメージさせるストーリーではないので、そのワードの独特な響きが優先された、架空な固有名詞と捉えた方がいいでしょうね。例えばタンホイザー(中世期ドイツの詩人)的な。 
歌詞の面でいくつかの曲を挙げて頂きましたが、収録された全収録の中で特に気になった曲を挙げて、その感想をお願いします。


◎フレネシ:何といっても最後の曲!「都会」に行きそうになるAメロの出だしで、「都会」に行こうとして置いてきぼりになる感じが好きすぎて、思わず何度も聴いてしまいました。私は音楽には、いつもどこか裏切られたい気持ちがあります。


●「モノローグ」ですね。洗練された曲調を全編打ち込みでやっていながらテクノ・ポップにはならず、ハーモニカやハモンドオルガンでヒューマンな味付けを施して、ポスト・シティポップとして完成度を高めているのが、ショックさんのアレンジ力(りょく)の真骨頂だと考えます。
私個人としてはリード曲「アトモスフィア」や「コズミック・カフェ」から「サーマル・ソアリング・グライダー」の流れなどなど1曲を選べないんですが、9月にプレスキット音源を入手して聴き続けた結果、タイトル曲のバラード「ナサリー」がグッときています。
特にサビの8小節目で解決させるコードが入る瞬間は鳥肌が立ちますね。新主流派以降のジャズ・ピープル(ドナルド・フェイゲン含む)やスティーヴィー・ワンダーとそのフォロワー達しか自在に使いこなせない高度なコード進行というか、こういった普遍的なバラードにそんなサムシングなスパイスを付けられるのが、彼らの音楽理論の教養の高さやセンスなんだと強く感じますね。
では最後に、本作『ナサリー』の特徴を端的に表わした総評をお願いします。


◎フレネシ:サウンドの緻密さは今更私が言うまでもなく…凄腕のお二人による完璧な様式美の建造物。
 隙なく構築されたトラックにいつまでも浸っていたいような、反面、迷宮からそろそろ抜け出したいような…一度聞くだけでは細部の仕掛けを味わい切れないと思います。緻密なのに一切の気負いを感じさせない、無果汁団の余裕を手に入れるまで、私はあと音楽人生何周したらいいんでしょうか。


 ●今回はありがとうございました。


フレネシ プロフィール
唯一無二のウィスパーボイスに、かわいさと潔さが同居する――海外の音楽ファンから「渋谷系のビョーク」とも称される、フレネシ。2009年6月に乙女音楽研究社からリリースされた「キュプラ」は、HMV渋谷店のインディーチャートで1位を獲得し「ネオ渋谷系」の代表作として各所で話題を呼んだ名盤。この秋、満を持してLP盤が発売となる。
2015年より活動休止中であるものの、2020年にストリーミング配信が開始されたことで再び注目を集め、海外のSNSでも人気が拡大。クリープハイプのベーシスト、長谷川カオナシのソロアルバムにアレンジャーとして参加し、今秋ついに活動再開の機運が高まりつつある。
★フレネシofficial site:https://frenesifrenesi.com/
シティポップ界のネクストブレイクはこのユニット!YMO×ハヤカワ文庫SFの遺伝子受け継ぐ、無果汁団の新作「ナサリー」がとんでもなかった(1):https://ima.goo.ne.jp/column/article/summary/14909.html




 
無果汁団 / アトモスフィアMV

 対談レビューで細部に触れていない収録曲についても解説しよう。
 リードトラックで冒頭曲の「アトモスフィア」は、無音階気味で低音が強く響くシンセべースとタイトなリズムマシンのグルーヴ、そしてマイナーキーの美しいメロディーに鮮烈な歌詞が乗る。そんなコントラストをみさきの独特な歌唱がよりビビットに耳に残してくれる。サビでクリシェが効いたコード進行や全体的に音数を削ったシンセサイザー類など楽器配置が計算されていて、単なるテクノ・ポップとは一線を画す完成度である。
 この曲はMVも制作されていて、監督したのは、新進気鋭のアメリカ人フィルムメーカー兼ファッションデザイナーのダレル・ウィリアムス(Dahrell Williams)で、彼によるカメラワークやコンポジションは必見である。
 続く「TOKIO モノクローム」は、ミドルテンポのドナルド・フェイゲン風ブルース進行のイントロ~ヴァースのイメージが強い渋めの曲調だが、サビではメジャーナインス系のコード進行が効いた転回でポップスとしてよく練られている。そのサビ冒頭で”TOKIO モノクローム・・・”の歌詞が入る瞬間などは、ユーミンイズムを感じさせて好きにならずにいられない。曲順的にも冒頭曲のインパクトからクールダウンさせる効果はさすがである。
 ジャパネクスな歌詞とそれを引き立てる美しいスケール(音階)のメロディーが印象的な「舞鶴姫」。アルバム後半に収録され、ヴァースのタンギングが効いた、みさきのボーカルが歌詞に通じるアンドロイドの様な「全自動」。共にシンセ・パッドや空間系エフェクターの処理のサウンド全般は、トーマス・ドルビーが手掛けていた頃のプリファブ・スプラウトなど1980年代中後期の英国ポップスを彷彿とさせる。

 「コズミック・カフェ」は、blue marble時代の「未来都市ドライブ」(『ヴァレリー』収録/2010年)に通じる、英国モダンロック風シャッフルのリズムで進行し、未来的な歌詞に呼応する様々なサウンドがみさきの無垢なボーカルを引き立てる。また10cc(Godley & Creme)風のギズモをかましたギター・フレーズなど、細部に渡ってショックのマニア性が滲み出ている。
 続く「サーマル・ソアリング・グライダー」も前曲から引き継がれたギズモ・ギターのフレーズ、アッパーストラクチャーで鳴っているシルキーなアナログ・シンセ、ダブル・ドラムの定位など英国プログレ感が聴き逃せない。これら前時代の音楽資産を自らの音楽に昇華させているのには感心させられる。
 9曲目の「レムリア」は本作収録曲では比較的ストレートで、Lampの「夜会にて」(『彼女の時計』収録/2018年)に通じる曲調は、ポスト・シティポップ・サウンドといえる。爽やかな曲調とは裏腹にタイトルと歌詞は、紀元前3000年インド洋に存在したとされるレムリア(Lemuria)大陸とその古代文明がモチーフとなっている。みさきのボーカルと相まって、サイエンスファンタジー・アニメのテーマ曲のようでもある。サウンド的には続くラストの「モノローグ」に繋がり、未来編の締めに花を添える。

CD盤面デザインは、
Steely Dan『The Royal Scam』
ジャケットやIsland Recordsのロゴの
オマージュでマニア心をくすぐる。


無果汁団選『ナサリー』プレイリスト
 
ショック太郎 
◎ここ数年の女性ボーカル系から。
普段聴くのは60年代から80年代まで音楽が多いですが、創作する上で強く影響を受けるのは、やはり同時代の新しい音楽からですね。


 ■Lovegame / Yerin Baek (『tellusboutyourself』/ 2021年)
■Pit-A-Pet / YUKIKA(『Soul Lady』/ 2020年)
■Salang Salang / meenoi(『In My Room』/ 2021年)
■End Of The World / Michelle(『After Dinner We Talk Dreams』/ 2022年)
■Side Quest / Pearl & The Oysters(『Planet Pearl』/ 2024年)
■Visionary / Genevieve Artadi (『Forever Forever』/ 2023年)
■Tic Toc Tic Toc / SUMIN & Slom(『MINISERIES 2』/ 2024年)
■Mystery Village / Lee Jin Ah(『Hearts of the City』/ 2023年)
■Bubble Gum / NewJeans(『How Sweet & Bubble Gum』/ 2024年)
 ■A Merry Feeling (feat. Layton Wu) / 9m88(『9m88 Radio』/ 2022年)



無果汁団 プロフィール
元blue marbleのソングライター・チーム、とんCHANとショック太郎が結成したテクノロジー・ポップス・ユニット。ヴィンテージなシンセサイザーを駆使した80年代風味のポップなサウンドが特徴。
ボーカルにみさきを迎え「マドロム」(2020)、「うみねこゲイザー」(2021)、新たにボーカルにひなふを迎え「ひなふトーン」(2023)、ボーカルにみさきが復帰し「ナサリー」(2025)と、計4枚のアルバムを発表する。
声優の井上ほの花のアルバム「ファースト・フライト」(2016)では全曲の作詞作曲アレンジを手がける。更に「太鼓の達人」などのゲーム音楽の制作や、南波志帆や鈴木みのりなどの女性歌手への楽曲提供なども担当。
★無果汁団 official site:https://mukajudanjapan.amebaownd.com/


(企画、設問作成、本編テキスト:ウチタカヒデ














amazon



2025年10月11日土曜日

ザ・スクーターズ:『Listen』


 今年2月にその活動の集大成となる6枚組コンプリート・ボックスを発売し話題となった、ザ・スクーターズが新曲『Listen』(VIVID SOUND/HIGH CONTRAST / HCR9727)を7インチ・アナログシングルで10月22日にリリースする。

 タイトル曲は先月Wink Music Service(ウインクミュージック・サービス/以降WMS)として、『Night In Soho』を7インチでリリースしたばかりで、本バンドのべーシストであるサリー久保田が作曲し、作詞はメンバーのターバン・チャダJr.こと高橋秀幸とサリーが共同で手掛けている。カップリングにはザ・スクーターズのライブ・レパートリーで、60年代モータウン・レコード黄金期のヒットナンバーをメドレーで収録しており、両面共にDJプレイでも盛り上げてくれるだろう。
 それとひと際目を惹くジャケ・フォトグラフは、米ロサンゼルス出身で現在は神奈川県葉山町在住の写真家ブルース・オズボーン(Bruce Osborn)が、来日直後の1984年に撮影した東京モッズ・シーンのショットで、センターのカスタム・ベスパに乗って存在感を放っているのは、他でもない現在ザ・スクーターズでテナー・サックスをプレイする、ルーシーの当時の姿というからファンは驚喜するに違いない。

The Scooters

 バンドのプロフィールにも触れるが、説明不要のカリスマ・ジャケット・デザイナーの信藤三雄をリーダーとし、周辺のデザイナー仲間で結成されたガレージ・バンドがその始まりで、東京モータウン・サウンドとして、音楽通に知られることになった。1982年のファースト・アルバム『娘ごころはスクーターズ』でレコード・デビュー後、僅か2年間の活動で解散してしまうが、その後91年と2003年にコンピレーション・アルバムがリリースされ再注目され、30年振りとなる2012年に橋本淳・筒美京平コンビ、宇崎竜童から小西康陽の著名ソングライター陣が楽曲提供したセカンド・アルバム『女は何度も勝負する』をリリースして活動再開に至った。以降は不定期でライヴ活動を続けている。
 現在のバンド・メンバーは、ボーカルのロニー・バリー、ボーカルとコーラスを兼務するビューティ、コーラスのココとジャッキーの女性4名がフロント・メンバーで、リズム・セクションにギターの薔薇卍、ベースはサリー久保田、ドラムとタンバリンはオーヤ、キーボードとバンド内アレンジャーの中山ツトム。ホーン・セクションはアルト・サックスのサンデーとビートヒミコ、テナー・サックスのルーシーの3名で、バンドのムードメーカーとして不可欠なMCとVocalのターバン・チャダJr.で構成されている。 


 
New Single “Listen” The Scooters

 ここからは収録曲を解説していく。タイトル曲の「Listen」は、嘗てリーダーだった信藤三雄が生前温めていたアイデアを基にサリーが作曲している。この曲は"LOVE & UNIVERSE"というテーマの歌詞を持つダンサンブルなラブソングで、イントロから全般にかけてギター・カッティングは、アーチー・ベル&ザ・ドレルズの「Tighten up」(68年)に通じるハネ方をしており、60年代英国のオリジナル・モッズが好んだノーザンソウルのサウンドである。 
 キュートなロニーのボーカルを引き立てる3名のコーラスとチャダのレスポンスも見事で、若かりし頃の姿がジャケットに写る、ルーシーのムーディなテナー・サックス・ソロを交えながら曲は進行していく。何より新藤の志を引き継いだサリーのセンスが光る一曲となった。

 カップリングの「Motown Medley」は、彼女たちのステージではお馴染みで、60年代モータウン・レコード黄金期のナンバーばかりだ。曲目をオリジナル・アーティストと共に下記に記すが、曲を提供したのはソングライティング・チームの最高峰とされる、ホーランド=ドジャー=ホーランドをはじめ、初期モータウンの柱だったスモーキー・ロビンソン、また歌手兼ソングライターのバレット・ストロングやプロデューサーとしてもモータウンを支えたウィリアム・スティーブンソン、ノーマン・ホイットフィールド、ヘンリー・コスビーなどである。このような名曲群は、現在の音楽にも引き継がれている遺伝子とも言えるので、筆者が作成したサブスク・プレイリストを聴いてみて欲しい。 

 Reach Out I’ll Be There / Four Tops(1968年)
It’s The Same Old Song / Four Tops(1965年)
I Can't Help Myself(Sugar Pie, Honey Bunch)/ Four Tops(1965年)
Stop! In the Name of Love / The Supremes(1965年)
Come See About Me / The Supremes(1964年)
Jimmy Mack / Martha Reeves & The Vandellas(1967年)
Stubborn Kind of Fellow / Marvin Gaye(1962年)
I Heard It Through the Grapevine / Marvin Gaye(1968年)
Money (That’s What I Want) / Barrett Strong(1959年)
Get Ready / The Temptations(1966年)
Fingertips / Stevie Wonder(1963年)  

The Scooters Motown Medley


(テキスト:ウチタカヒデ















2025年10月4日土曜日

Shel Naylor 「One Fine Day」

 前回の記事で触れた、『キンクト!~キンクス・ソング&セッションズ 1964~1971(PCD17745)』に、シェル・ネイラーの「One Fine Day」という、キンクスのギタリストのデイヴ・デイヴィスが提供した曲が収録されている。ザ・ベンチャーズの「Walk Don't Run」の影響を受けて作られた曲だそうだ。フリークビートのコンピレーション『The Freakbeat Scene』(Decca-772 467-6)(Deram-844 879-2)にも収録されているので、そこから知られることの方が多いのかもしれない。

One Fine Day / Shel Naylor

 この「One Fine Day」を歌うシェル・ネイラーというのはどういう人物なのか気になって調べてみると、70年代に人気のあったノベルティ・バンド、ルーテナント・ピジョンの中心人物として知られているロブ・ウッドワードが60年代初期に使用していた別名義だそうだ。

Mouldy Old Dough / Lieutenant Pigeon

 英国中部コヴェントリー出身のロブ・ウッドワードは17歳の時、キンクスやトロッグスのマネージャーとして知られるラリーペイジが開催していた、オーキッドボールルームでの新人発掘コンテストに参加。グランプリを受賞し、この時の賞品だったデッカレコードとのレコーディング契約が決まったそうだ。当時ラリー・ペイジは、リバプール・サウンドに匹敵する "コヴェントリー・サウンド" なるものを生み出そうと、地元の才能ある人材を集めていたらしい。プロデューサーとして、シェル・タルミー、マイク・ストーンを説得して参加させていた。"シェル・ネイラー" というのはラリー・ペイジが名付けたそうで、シェル・タルミーへのトリビュートの意味合いがあるよう。

 シェル・ネイラー名義では2枚のシングルがリリースされている。初のシングルはアーヴィング・バーリンのポピュラーソング「How Deep Is The Ocean」(Decca F.11776)。B面は「La Bamba」。「One Fine Day」は翌年の1964年にリリースされたものだ。この演奏には、後にレッドツェッぺリンとなるジミーペイジとジョン・ポール・ジョーンズが参加している。ドラムはおそらく、キンクスの「You Really Got Me」などの演奏でも知られるセッションドラマーのボビー・グラハムではないかと言われている。冒頭に書いた通り、作曲はデイヴ・デイヴィスだけれど、シングル盤にクレジットされたスペルには誤りがあり、"Davies"ではなく"Davis"になっている。B面は「It's Gonna Happen Soon」という曲で、エジソンライトハウス「恋のほのお」などで有名なセッションシンガーのトニー・バロウズ、英国の著名なソングライター、ロジャー・グリーナウェイ、J. Brooksの3人が作曲者にクレジットされている。J. Brooksについては詳しい情報が見あたらなかった。

 「One Fine Day」には、1965年にラリー・ペイジが結成したラリー・ペイジ・オーケストラによるバージョンも存在する。こちらが収録された『Kinky Music』(Decca LK4692)は、キンクスのヒット曲をインストゥルメンタルアレンジしたアルバムで、キンクスに無断で制作したことで裁判沙汰になったそう。このラリー・ペイジ・オーケストラでもジミー・ペイジとジョン・ポール・ジョーンズが参加している。

One Fine Day / The Larry Page Orchestra



【LIVE】

2025年11月23日(日) 東高円寺UFO CLUB
The DROPS New 7inch Single “Get On A Train” Release Party!
チケット予約


リリース

■ベストアルバム第二弾『Best Of The Pen Friend Club 2018-2024』
(試聴トレーラー)

■カバーアルバム『Back In The Pen Friend Club』
(試聴トレーラー)

8thアルバム『The Pen Friend Club』
(試聴トレーラー)


現在、2枚組NEWアルバム
​[Songularity - ソンギュラリティ]​ 制作中

































2025年9月21日日曜日

Wink Music Service:『Night In Soho/オードリィ・ヘプバーン・コンプレックス』


 サリー久保田と高浪慶太郎による拘りのポップ・グループ、Wink Music Service(ウインクミュージック・サービス/以降WMS)が、2024年から25年にかけてリリースしてきた7インチ・シリーズの第5弾『Night In Soho/オードリィ・ヘプバーン・コンプレックス』(VIVID SOUND/VSEP865)を9月24日にリリースする。 
 本作のゲスト・ボーカルには、ニューウェイヴ系ガールズグループ“ゆるめるモ!”の めあり(2021年加入~)を迎えている。なおこのグループには現在ソロアーティストで大成功している、あのちゃんも2013年から19年まで在籍していたことで知られ、才能の人材プールとして注目すべき存在になっている。

Wink Music Service

めあり

 WMSのプロフィールを改めて紹介するが、ネオGSムーブメントを牽引したザ・ファントムギフトでデビューし、近年はSOLEILからザ・スクーターズなど数多くのバンドに参加するベーシストでプロデューサー、またデザイナーでもあるサリー久保田が、ピチカート・ファイヴ解散後音楽プロデューサー兼作曲家として活動していた高浪慶太郎に「極上のポップ・ミュージックを作ろう」と誘い結成されたユニットである。
 このベテラン・クリエイター2人が、それぞれ培ってきたセンスと活動戦略によって、シングル毎にフォトジェニックな美少女ハーフ・モデルや現役アイドルをゲスト・ボーカルとしてピックアップして、大きな成果を残している稀な存在なのである。これまでに7インチ短冊(8cm)CDの2フォーマットでシングル4枚と、オリジナルアルバム『It Girls』をリリースしている。

 
Night In Soho /
オードリィ・ヘプバーン・コンプレックス 

 では本作を解説しよう。タイトル曲の「Night In Soho」は、作詞はマイクロスターの飯泉裕子、作曲は3人目のWMSとされる岡田ユミで編曲もバンドと共に手掛けている。飯泉による歌詞は、英国ロンドンのウエスト・エンドの一角にあったソーホー地区への憧憬であり、ここは60年代” Swinging London”時代のカーナビー・ストリートなどストリートカルチャーの聖地であった。この地の最大のアイコンとされ、後に世界的スター・モデルとなったのがツイッギー(TWIGGY/Twiggy Lawson)であり、2024年にはドキュメンタリーが映画化もされている。恐らく歌詞のモチーフになっているのは、このツイッギーであり、タイトルは2021年英米合作のサイコロジカル・ホラー映画『ラストナイト・イン・ソーホー(Last Night In Soho)』から来ているのだろう。 
 曲調やアレンジも歌詞の世界そのままに60年代へのオマージュに満ちているが、こちらは米国のThe Fifth Dimensionなど西海岸でレコーディングされたソフトロックの香りがして、ジミー・ウェッブ(Jimmy Webb)作の「Up, Up And Away」(1967年)のリフが引用されている。そしてイントロやコーラスを含めたサウンド全般は、これらのソフトロックのエッセンスを濃縮して1989年に制作された、英国のSwing Out Sisterの「You On My Mind」をオマージュしていると一聴して気付いた。サリーによるイントロのべースラインやフィルを多用した原"GEN"秀樹の迫力のあるドラム、間奏ではファズを効かせた奥田健介(ノーナ・リーヴス)のギター・ソロが良いアクセントになって、めありと高浪のデュエットで歌われるボーカルをバックアップしている。 
 余談であるが、Swing Out Sisterの「You On My Mind」が収録されたセカンドアルバム『Kaleidoscope World』では「Forever Blue」と「Precious Words」の2曲で、前出のジミー・ウェッブにオーケストレーションをオファーするという拘り振りで当時話題だった。後年筆者はウェッブ氏が2000年に初来日ソロ公演をした際、恐れ多くも滞在先のキャピトル東急ホテルのカフェで対面インタビューをしており、この『Kaleidoscope World』についても少し触れているので、寄稿したVANDA28号をバックナンバーで探して一読して欲しい。
Jimmy Webbの直筆サイン入りプレス向けフォト
筆者宛に"Thank for The Great Interview"とある。

 カップリングの「オードリィ・ヘプバーン・コンプレックス」(1985年)は、高浪がピチカート・ファイヴ時代にデビュー曲として作曲し、小西康陽が作詞した記念碑的曲のセルフカバーである。このオリジナルは細野晴臣がテイチク内に設立したNON-STANDARDレーベルから、1985年8月に当時としては異例の12インチ・シングルでリリースされた。サウンド的には近代クラシック的緊張感のあるキーボードが刻まれるヴァースと、ポップで軽いシンセがバッキングするサビのコントラストが効果的だった。またオケの上物は初期メンバーだった鴨宮諒が所有したYAMAHA DX7だけで主に制作されたという説もあるが、相当使い倒していたと想像できる。
 ここでのセルフカバー・ヴァージョンは、サリー、原、奥田によるテンポアップした生演奏のスリー・リズムに、岡田のキーボード類とプログラミングされたストリングスやホーン・セクションがダビングされ、ホーランド=ドジャー=ホーランドがヒットを量産していた頃のモータウンを彷彿とさせる、ゴージャスなサウンドに生まれ変わっている。
 この曲でもめありの愛らしいボーカルをクールにバックアップする高浪だが、嘗て自身が作曲したメロディは極めて独自性があり、映画音楽の大家ヘンリー・マンシーニ(Henry Mancini/1924年~1994年)を彷彿とさせるヴァースと、H=D=H~筒美京平に通じる洒脱なサビのメロディとのコントラストがこの曲の大きな魅力であり、40年後の今でもこのセンスには脱帽してしまう。今回岡田が付加したオーケストレーションやオブリガードのストリングス・ラインも、原曲が持つ高浪のメロディやコード感覚からインスパイアされたと感じさせる、名セルフカバーとなった。
オードリィ・ヘプバーン・コンプレックス / 
ピチカート・ファイヴ(Non-Standard/12NS-1003


 弊サイト読者をはじめとするソフトロックやポップス・ファンは必聴な本作であるが、ディスクユニオンなどでは既に予約受付が終了しているようなので、外資系大手レコード・ショップの店頭発売分を事前チェックし是非入手し聴いて欲しい。


“Wink Music Service “Night In Soho” リリースライブ”

◎出演:Wink Music Service(Vo.高浪慶太郎+Ba.サリー久保田)
Vocals>めあり(ゆるめるモ!)/アンジーひより/
オーバンドルフ凜/白鳥沙南(LIT MOON)
Special Guest>シーズ・ア・レインボー
Gt:奥田健介(NONA REEVES)/Dr:原GEN秀樹/Key&Mp:岡田ユミ

◎日程:2025/10/24(金)
開場日時:18:00 / 開演日時 19:00 

会場:下北沢CLUB Que(東京都)
東京都世田谷区北沢2-5-2

◎チケット予約:eplus / livepocket


(テキスト:ウチタカヒデ






 amazon
 

2025年9月17日水曜日

生活の設計:『稀代のホリデイメイカー』配信リリース

 2023年4月にファースト・フルアルバム『季節のつかまえ方』、同年11月に7インチシングル『キャロライン』をリリースしたロックバンド“生活の設計”が、セカンド・アルバム『長いカーブを曲がるために』の先行シングルとして、「稀代のホリデイメイカー」を9月17日に配信リリースした。アルバムは10月15日にまずは配信でリリースするということなので、この先行シングルでアルバムの全体像をイメージして欲しいので今回紹介する。


生活の設計

 生活の設計はリーダーでボーカル兼ギターの大塚真太朗と、実弟でドラム兼コーラスの大塚薫平による2人組のロックバンドである。前身バンドの“恋する円盤” “Bluems (ブルームス)”時代を含めると、9年以上の活動経歴を持ち、音楽家の小西康陽氏からも高評価を得ている。昨年11月にはファッション・カルチャー雑誌『POPEYE』に小西氏との対談取材が掲載されるなど、一般層にもその存在は広がりつつあり前途有望なのだ。
 待望のこの新曲「稀代のホリデイメイカー」のプロデューサーであるが、2012年に活動を再開させたGREAT3(1994年~)と、妻のChocolatとの夫婦デュオ Chocolat & Akito(2005年~)の活動で知られ、プロデューサーとして手腕を発揮し、初期フジファブリックやDAOKOなどを手掛けている片寄明人を迎えている。
 筆者は『ソフトロックA to Z』(初版96年)シリーズをはじめ、片寄には幾度かインタビューをしてきたので、昨年秋にこのプランを大塚(真)から聞いた時から非常に期待していた。その後今年7月にこの「稀代のホリデイメイカー」を含めたアルバム収録予定の全音源が送られてきたので直ぐに聴き込み、片寄がもたらしたアレンジ・センスやレコーディング・テクニックの向上をひしひしと感じることができたのだ。

 本曲のレコーディングにも片寄のテリトリーにより、GREAT3のサポート・キーボディストで、THE CORNELIUS GROUPをはじめ複数のバンドへの参加や数多くのセッションで知られる堀江博久、GREAT3のオリジナル・ドラマーで堀江同様に多くのセッション・ワークもこなしている白根賢一はドラムテックとして参加しているのがGREAT3ファンには嬉しい。またべーシストとして自身のバンド”Burgundy”の他、セッションマンとしてメジャー・ワークも多い井上真也もレコーディングに参加している。

片寄明人 

堀江博久      井上真也

 ここからは本曲「稀代のホリデイメイカー」を解説しよう。
 アップテンポなシェイクビートに、Pico(樋口康雄)の「I LOVE YOU」(1972年)を彷彿とさせる和製ノーザンソウル風コード進行とスキャットのイントロでまずは耳を奪われる。「とにかく外へ出て、旅に出て、さまざまなものを体験しよう」というテーマを持つ歌詞と大塚(真)の溌溂としたボーカルが、令和のヤングアダルトたるメンバー2人のポジティブなスタイルをよく現わしていて、渋谷系の遥か以前1970年代の親しみやすく、メロディアスでポップなロック・ミュージックの心地良さを思い起こさせるナンバーに仕上がった。
 大塚(薫)のやや前乗りのドラミングに、井上のバックビートにアクセントを持つべース・ラインがコンビネーションすることで独特なグルーヴを形成し、堀江によるオルガンもメインのコード・ワークの他、グリッサンドのアクセント、スタッカートを活かせたオブリガード的リフなど多彩なプレイを繰り広げている。
 また最終サビの後にテンポ・チェンジして、大サビが現れてくるドラマチックな展開のアレンジなどは、プロデューサーである片寄のセンスではないだろうか。その曲が持つべき方向性に的確に導いていくという、片寄のプロデュース力(りょく)を垣間見れた。

(テキスト:ウチタカヒデ

2025年9月6日土曜日

モヒートを片手に ― 楽園の味と追悼の夏

 今年の夏、筆者が手にするグラスには、ただの冷たい飲み物以上の意味がある。Brian Wilson が刻んだ旋律と和声は、単なる音楽を超え、人生の喜びや悲しみ、そして希望を織り込んだ時間の証だ。そんな Brian を追悼する気持ちが、筆者の胸の奥で小さな炎のように揺れている。「追悼の一杯」のためには、音楽の原点に立ち返る必要がある。――夏だ、海だ、そして The Beach Boys――。そう思い至ったとき、自然に頭に浮かんだのは、Mike Love が手がけるラム酒「Club Kokomo Spirits」だった。The Beach Boys のサウンドが生まれた California の海辺と、Carib 海の楽園を繋ぐ、甘くスパイシーな香りを宿すラム酒こそ、Brian への敬意を込める「追悼の一杯」にふさわしい。

 「Club Kokomo Spirits」は、San Diego に拠点を置くLove家による家族経営のラム酒ブランドだ。添加物を使わず手作業でブレンドした「Artisanal White Rum」など、こだわりのラインナップを展開している。特に「Artisanal White Rum」は、2024年の San Francisco コンペティションでダブルゴールドを受賞するなど、高い評価を得ている。




Kokomoのサビ歌詞部分をもじった意匠もニヤリとさせる

ここにMikeの名前が確認できる

 Mike と Kokomo は、もはや切り離せない関係にある。この曲は実質 Brian 抜きで制作された象徴的ヒットだからだ。ファンの中には「Kokomo!Brian なしの The Beach Boys?追悼なのにちょっと不謹慎じゃない?」と眉をひそめる人もいるだろう。だが、事実は事実。
 1988年の「Kokomo」は Brian はレコーディングに参加していない。それでも全米はこの曲で南国にトリップしたのだ。まさに「Brian なしでも The Beach Boys は The Beach Boys」的現実に、ファンは笑うしかない。ちなみに Brian は、ちゃっかりテレビ番組『Full House』に出演し、「Kokomo」の一節を歌うというファン心をくすぐる小さな悪戯も忘れない。そしてスペイン語バージョンでは、ようやく Brian も参加している。まるで「ほら、僕もいるんだよ」とニヤリと笑うかのようだ。

Full Houseでの出演シーン

 筆者は早速、ホワイトラム入手し、これをベースに使った自家製モヒートを作った。ミントの香りとライムの爽快感がラムの甘みと絶妙に絡み合い、一口ごとに「Aruba, Jamaica, ooh I wanna take ya…」のメロディーが頭の中で響く。ハチミツやパイナップルのほのかな余韻が追いかけるたび、Brian の音楽と、彼が描いた夏の海辺の光景が、グラスの中で生き返るかのようだ。一口飲めば、ラムの甘く厚みのある香りが鼻腔を満たす。ハチミツのようなコクと、パイナップルやマンゴーの余韻が南国の風を運ぶ。ミントの爽やかさとライムの酸味が軽やかに絡み、まるで「Kokomo」の歌詞に登場する島々を渡っているかのようだ。炭酸水の泡は海のさざ波のように口の中で踊り、後味はリズミカルで、ついもう一口、もう一口と手が伸びる。


……いや、待てよ、これは音楽誌の記事のはずでは?読者諸氏には、Brian Wilsonを追悼しつつ、いつの間にか筆者がCaribグルメ評論家に変身してしまった奇妙な現象を笑っていただきたい。モヒート片手に音楽を語るつもりが、気づけば南国の香りと甘いラムの余韻でページを埋め尽くしている。ああ、これぞ追悼の妙技、いや、モヒートの魔力かもしれない。

 Mike Love のラム酒と「Kokomo」の象徴性は、単なる音楽とカクテルの楽しみを超え、1980年代の Florida 南部と Carib 海政策とも微妙に絡む。Reagan–Bush 政権下での Carib 海政策は、経済支援や軍事プレゼンスを通じて地域を「米国の裏庭」と位置付けた。Mike Love は、文化的には「南国の夢」をアメリカ社会に浸透させる役割を果たしていたと言えるだろう。「Kokomo」という楽園のイメージは、無意識のうちにこの地政学的文脈ともリンクしていたのだ。「Kokomo」が生まれる数年前、Carib 海は楽園とはほど遠い、地政学的な火薬庫だった。1979年の Nicaragua 革命、そして Grenada の親 Cuba 政権樹立。ソ連と Cuba の影響力が、アメリカ合衆国の喉元である「裏庭」にまで及ぶ事態に、Reagan 大統領は強い危機感を抱いていた。その答えが、強硬な反共産主義政策である。具体的な発露が、1983年10月の Grenada 侵攻だ。米国人医学生の保護を名目に、米軍は電光石火の作戦で軍事クーデター政権を打倒。世界に、Carib 海における共産主義の拡大は容認しないという断固たる意志を示した。

 The Beach Boys と Reagan 政権は運命的に結びつく。内務長官 Watt が独立記念日のコンサートに The Beach Boys を「ロックは不健全」として出演禁止にしたのだ。これに激怒したのは、大統領本人とファーストレディ Nancy、そして Bush 副大統領だった。「彼らは私の友人だ」「The Beach Boys は米国の象徴だ」。大統領自らの一声で決定は覆り、バンドは White House の「お墨付き」を得た。フロントマン Mike はもともと保守的な共和党支持者として知られ、この一件で The Beach Boys は単なるサマー・ソングの作り手から「健全で愛国的な米国」を体現する文化的アイコンへと昇華した。

 さらに、文化的ソフトパワーの裏側には経済的“土台”もあった。Reagan が1983年に打ち出した Caribbean Basin Initiative(CBI)は、Carib 諸国への米国市場無関税アクセスを認め、共産主義の浸透を経済的に封じ込める意図があった。Bush(父)政権もこれを継承し、1989年11月には「CBIはこの地域の安定と民主化の推進力だ」と再表明している。

 「Kokomo」のヒットから1年余りが過ぎた1989年12月20日、未明。大Bush大統領の命令一下、米軍によるパナマ侵攻作戦、コードネーム「Just Cause」が開始された。目的は、麻薬取引への関与を深め独裁者として君臨していたNoriega将軍の排除と、米国人の保護、そしてPanama運河の安全確保である。 公式記録ではPanama現地の米南方軍が作戦行動を開始したこととなっているが、後方支援物流部隊が米南部から行動開始する。彼らが目指すのは、カリブ海の南端、Panama。ここで、私たちは地図を広げ、戦慄すべき事実に直面する。 「ココモ」が歌い上げた楽園の地図と、後方支援物流部隊が辿った経路が、不気味なほど重なり合うのだ。 たとえば、"Aruba" (アルバ)----Panamaの目と鼻の先に浮かぶ島----のように、まるで軍事小説のように、ヒットソングが歌い上げたリゾート地のリストが、超大国の軍事作戦におけるチェックポイントをなぞっている。もちろん、これは作戦計画者が「Kokomo」を聴いてルートを決めたわけではない。地理的な必然が生んだ、恐るべきシンクロニシティであるが、この偶然は、1980年代の米国の無意識がカリブ海をどのように捉えていたかを、何よりも雄弁に物語っているのではないか。 「Kokomo」が歌うCarib海は、アメリカ人にとって安全で楽しい「遊び場」だった。そしてパナマ侵攻のルートもまた、その「遊び場」の秩序を乱す邪魔者(Noriega)を排除するための、いわば「庭師」が通る道筋だった。米国民が「Kokomo」を口ずさみ楽園への旅に夢を馳せているとき、その同じ空と海を使って、軍隊は「裏庭」の掃除に向かっていた。 楽園への甘い旅路と、正義を掲げた軍事介入。二つの物語は、Caribの太陽と硝煙の匂いが混じり合う中で、表裏一体となって存在していたのだ。
 KokomoとCarib海政策を並べると、すぐに「ほら出た陰謀論」と身構える人がいる。だが、はっきり言っておこう──The Beach BoysがCIAの極秘部門と結託していたわけでもなければ、リゾートソングが米国外交の暗号文書だったわけでもない。そんなものは全てナンセンスだ。
 むしろ現実はもっと単純で、もっと皮肉だ。アメリカの政治家や官僚が何百ページもかけてCarib海政策を練り上げても、人々の頭に残るのはKokomoのコーラス一節。陰謀どころか、世界の印象を動かしたのは音楽そのものだ。つまり「大仰な戦略よりも、一曲のポップソングのほうが効いた」という笑うしかない現実。考えてみれば、陰謀論は常に「裏に何かがある」と囁く。しかしKokomoには裏などない。表から堂々と「Aruba, Jamaica…」と歌い上げる、その単純さこそが力になった。だから陰謀論を広める必要など一切ない。むしろ陰謀論を持ち出すこと自体が、この曲の効力を過小評価している。

 Key Largo のすぐそばにある豪邸、Mar-a-Lago は Donald Trump の別荘で、Palm Beach に位置する。114室を誇る宮殿のような建物はスペイン風ルネサンス様式の装飾で覆われ、壁には金箔、ホールには大理石、庭には噴水が並ぶ。1985年に Trump が買収して以来、単なるリゾートではなく「もうひとつの White House」と化し、各国首脳を迎える外交舞台としても使用された。2024年末、次期大統領として返り咲いた Trump を祝うべく、政財界やセレブが集まったその場に、Mike Love も登場。南国ムードを持ち込み、“Florida 流カーニバル”の空気を演出した。そして翌年1月20日、Trump は就任初日から、Gulf of Mexico を「Gulf of America(アメリカ湾)」に改称する大統領令に署名。執務室の壁には Reagan の肖像画が掲げられた。

 あの夜の Mar-a-Lago。Mike が「Kokomo」を歌ったかどうか、帰依するBush 家から伝授された CBI 継続の指南を Trump に行ったのか、真相は定かではない。だが、想像してみる――「Aruba, Jamaica…」のフレーズがいつの間にか「Mar-a-Lago, Gulf of America…」の大合唱に変化し、拍手喝采のうちにモヒートの氷が溶けていた光景を........

 Mar-a-Lagoでのライブ、次期(当時)大統領閣下は後ろ姿

 楽園は遠くの島だけにあるわけではない。Brian Wilson を追悼しつつも、耳に残る軽やかなコーラスと、口に広がるラムの香りの中にだって見つけられる。モヒートを一口飲めば、過去の歴史も、The Beach Boys の陽気な旋律も、Mike が汗をかきながら大統領閣下に指南したかもしれない CBI の陰謀も、すべてグラスの中に溶け込む――いや、溶け込みすぎて頭が軽く揺れるくらいだ。
 グラスを傾け、歴史の残響や政治的陰謀にまで思いを巡らせられたなら、今この瞬間、海辺の楽園も Florida の別荘も、グラスの中の小さな Carib 海も、すべてがひとつにつながる。そして何より Brian Wilson の笑顔を思い出せば、甘いラムの余韻も少しほろ苦く、でも愛おしくなる。さあ、耳と舌と心で旅に出よう――現実は現実で面倒でも、グラスの中では、少しだけ自由で、少しだけ陽気になれるのだから

(text by Akihiko Matsumoto-a.k.a MaskedFlopper)