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2023年5月20日土曜日

Brewer & Shipleyについて

 心地いいメロディやコーラスが耳に入ってきて、興味をひかれた「One Toke Over The Line」という曲。陽気さと同時に安息を与えてくれるような癒しを感じたけれど、マリファナのことを歌った曲とも言われている。

One Toke Over The Line / Brewer & Shipley

 
アメリカの俗語で ”Toke” にマリファナを吸うという意味がある為、ニクソン政権の副大統領Spiro Agnewはアメリカの若者への破壊的行為だと、この曲を放送禁止にしたそうだ。ところが、ビッグバンドのリーダーLawrence Welkのテレビ番組では同時期にゴスペルソングと紹介していて、物議を醸すことになる。これはおそらく歌詞に "sweet Jesus" と出てくるためだったよう。作者自身からすると歌詞に深い意味はなく、ジョークで作ったような曲だったそうだけれど、この騒動で思いがけないほどの宣伝効果があったようだ。

 この「One Toke Over The Line(邦題:人生の道)」は日本でもヒットしたらしい。と言っても当時ラジオなどで流れていたのを聴いたことがあっても誰の曲かは知らない人も多かったのかもしれない。この曲はBrewer & Shipleyというデュオのシングル曲で、1970年にリリースされたもの。アメリカ中西部出身で、ソロのフォークアーティストとして活動していたMichael BrewerとTom Shipleyがオハイオ州ケントのコーヒーハウスで初めて出会ったのが1964年。その後しばらくはお互いに別のミュージシャンとコラボレーションするなどしていて、彼らがデュオとして活動開始するのはここから3年後だった。

 西海岸の音楽シーンが台頭してきた1965年、Michael Brewerはロサンゼルスに移住し、最初はTom MastinというミュージシャンとMastin & Breewerというデュオでコロンビアレコードと契約を結ぶ。The Byrdsの南カリフォルニアツアーのオープニングアクトとしてBuffalo Springfieldと共に同行するなど、多忙な活動だったようだ。そしてロサンゼルスのクラブでヘッドライナーを務め、レコーディングを開始するもTom Mastinがプレッシャーに耐えられなくなり、レコードの完成前にデュオは解散。数年後にTom Mastinは自殺してしまう。

 解散後、彼らを担当していたコロンビアレコードのスタッフがA&Mレコードの設立を手伝うために退職し、Michael BrewerもA&Mの出版部Good Sam Musicのスタッフソングライターとして仕事をすることになった。そしてこの頃、Tom Shipleyもロサンゼルスに移り、Michael Brewerの近所に家を借りて一緒に曲を書き始めたそうだ。そして1967年に、Tom ShipleyもA&Mのスタッフ・ライターとなり、2人はスタッフソングライティングのパートナーになる。初期の彼らの曲はThe Nitty Gritty Dirt Bandや、The Poor (Poco、Eaglesのメンバーで知られるRandy Meisnerが在籍)、Bobby Rydell などにより録音されたそうだ。

 スタッフ・ライターだった2人だけれど、そのデモ録音は独自のスタイルを持つ優れたものだった為、A&Mレコードは彼らに自分たちのレコーディングをするよう提案し、デビューアルバム『Down In L.A.』 (A&M Records-SP 4154)が制作される。バックバンドにはThe Wrecking CrewのLeon Russell、Hal BlaineJim Gordonなどが集められた。プロデュースはJerry Riopelle。

 Brewer & Shipleyとしてのアルバムを制作し、西海岸でThe Byrds、Buffalo SpringfieldThe Associationなどとの交流を深めていた彼らだけれど、ロサンゼルスでの生活は合わなかったらしく、中西部に戻ることを決める。1968年『Down In L.A.』がリリースされる頃には、二人はミズーリ州カンザスシティに定住し、友人数名とGood Karma Productionsという自分たちのプロダクションを始めた。

 彼らのプロダクションの経営陣は東海岸でレーベルを探していた。その時期ブッダレコードの経営陣の1人で、バブルガムミュージックの立役者として知られていたNeil Bogartがそのイメージを打破する為のアーティストを探していたことで、ブッダレコードとBrewer & Shipleyは契約することになったそうだ。こうして1969年、2ndアルバム『Weeds』(Kama Sutra KSBS 2016)がブッダ/カーマ・スートラ・レーベルからリリースされる。プロディーサーはNick Gravenites。参加ミュージシャンはMike Bloomfield、Mark Naftalin、Nicky Hopkinsなど。

 そして次の1970年にリリースした、「One Toke Over The Line」が収録された3rdアルバム『Tarkio』(Kama Sutra KSBS 2024)は、彼らの代表作となった。ニクソン大統領を退陣に追い込むことを嘆願した曲だという「Oh Mommy」では、Jerry Garciaがスチールギターを弾いている。続けて翌年の1971年に『Shake Off The Demon』(Kama Sutra KSBS 2039)、1972年に『Rural Space』(Kama Sutra KSBS 2058)をリリースした後、キャピトル・レコードに移籍した。

 移籍後の6thアルバム『ST11261』(Capitol Records ST11261)は1974年にリリースされた。変わったタイトルだと思ったら、キャピトル・レコードの品番がアルバムタイトルになっているらしい。プロデュースはJohn Boylan。Michael Brewer は学生の頃ドラムボーカルで、Jesse Ed Davisとバンドを組んでいたそうなのだけれど、このアルバムでは「Fair Play」「Eco-Catastrophe Blues」の2曲でJesse Ed Davisが参加している。Stephen StillsのバンドManassasへの提供曲「Bound To Fall」のセルフカバーも収録。

Bound To Fall  / Brewer & Shipley

 その後『Welcome To Riddle Bridge(Capitol Records – 8XT-11402)』を1975年にリリースしてからは活動していなかったようだけれど、1987 年に再結成。1989年にライブを行いしばらくして再び作曲を開始、One Toke Productions レーベルを設立し、再結成後も2枚のアルバム、1993年 『Shanghai』、1997年『Heartland』 をリリースしている。

 2011年には、ミズーリ州ターキオのメインストリートでアルバム『Tarkio』 40周年を記念して演奏したそうだ。彼らのドキュメンタリー『Still smokin’』 も2021年にvimeoオンデマンドでリリースされている。

 音楽と異なる活動やそれぞれの生活を送りながらも、現在も解散することなくデュオとしての活動を継続しているようだ。

【文:西岡利恵

http://www.brewerandshipley.com/

https://web.archive.org/web/20100122091201/http://www.brewerandshipley.com/Misc/OneToke_Quotes.htm


執筆者・西岡利恵
60年代中期ウエストコーストロックバンドThe Pen Friend Clubにてベースを担当。

【リリース】
8thアルバム『The Pen Friend Club』をCD、アナログLP、配信にて発売中。

■ザ・ペンフレンドクラブ10周年企画『2023 Mix』随時配信リリース

【ライブ】
現在、Niinaボーカリストとして迎えた新体制にてライブ活動開始。

■6月3日(土) ​下北沢・モナレコード
Mellow Fellow presents『I Gotta! Feelin' Vol.20』"Brandnew Tokyo Rhythm & Blues Style"
■6月25日(日) ​西永福JAM『SHE'S GOT RHYTHM!』
■10月7日(土) ​大阪・雲州堂『The Pen Friend Club Live In Osaka 2023』


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