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2021年11月23日火曜日

追悼 ーBilly Hinsche(1951-2021)ー



 2021年11月20日肺癌による死去の報があった。

 Wilson一族とその仲間が作るハーモニーの一角を担う彼の損失は大きい。

 キャリアのスタートはDino,Desi& BillyというバンドであってBruce JohnstonやTerry Melcherの様な地元の実業家や芸能人二世のパーティー仲間から派生したバンド活動であったが、Dinoの父がDean MartinでありFrank Sinatra閥であることからSinatra傘下のRepriseから業界の大きなバックアップを受けることができた。

 The Beach Boysとの関わりは『The Beach Boys Party!』の「Mountain of Love」でハーモニカを演奏したところから始まる。Dino,Desi& Billyの中でもっともミュージシャン志向があったのはBillyで以後The Beach Boysへのセッションへの関与を深め、同時期に姉がCarlと結婚したため、Wilson一族とも姻族となったことで結びつきはさらに深まる。


1966年リリースの『Memories Are Made Of This』

では「Girl Don’t Tell  Me」をカバー


1967年Smileセッション「Tones」でのセッションシート William Hinsche名で参加

なんと!セッションリーダーとして登記されていた


 Dino Desi&Billyの活動も並行して行われており、音楽的成長を伺わせる作品が増えてくる。自身のプロデュースで1968年発表の「Tell Someone You Love Them」は『Wild Honey』以降のデッドな音像の影響下にあるハーモニー・ポップの秀作だ。
 つづく1969年発表の「Thru Spray Colored Glasses」は弊誌でもお馴染みのDavid Gatesのペンによるドリーミー・ポップ。
また翌年解散時発表の「Lady Love」はBrianとBillyの共作となっており、Brian Wilsonワークスのコレクターズアイテムとなっている。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    
                                                                                                ソロシングル「Music is Freedom」は『Sunflower』〜『Surf’s Up』の
大きな影響下にあるギターサウンドとハーモニーが織りなす逸品だ。


当時Carlの義兄でありここまでのキャリアがあるので、一時正式メンバー加入のオファーという厚遇を受けるも、本人は学業専念のため辞退している。
 学業の傍らBrianやBruce不在時はコーラスからギター、ベースまでこなす器用さで巧みにサポートをレコーディングからライブまで続けてきた。
 在籍した1972年以降、ライブアクトとしてリスナーや市場から高評価を得られた。この急成長はWilson一族の成熟とBillyによるサポートがあったが故である。
 晩年はBrianやAlのプロジェクトへの参加及びツアー参加など精力的に行い、コロナ禍にあっても、Facebook Liveを通じたLIVE FROM BILLY’S PLACEという配信コンテンツを提供し、気さくに語る数々のエピソードは好評であった。
 偉大なサポートメンバーとして、時代はかの人の才能を求めた。
 改めて哀悼の意を表する。
                      

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  (text by Akihiko Matsumoto-a.k.a MaskedFlopper)

2021年11月17日水曜日

【ガレージバンドの探索・第十二回】V/A -Teenage Shutdown! Vol.15 "She's A Pest!"

 【Teenage Shutdown!】という、ガレージファンには有名なコンピレーションシリーズがある。1983年にTim Warrenによって設立されたCrypt Recordsからリリースされている計15枚のシリーズで、それぞれ、収録曲の中から選ばれた1曲の曲名がサブタイトルになっている。

 ライナーノーツを書いているのは『TEENBEAT MAYHEM!』の著者として知られるMike Markesich(通称:Mop Top Mike)で、この『TEENBEAT MAYHEM!』というガイドブックは、10代の無名バンドのシングル情報が16,000曲以上掲載されているそうだ。無名のバンドのレコードを収集し、それほどの膨大な記録を残すというのは本当に並大抵の労力ではなかっただろうと思う。後のガレージコンピへも大きな影響を与えたようだけれど、彼自身はそのコレクションに含まれるようなTEENBEATのバンドを「ガレージ」という用語でまとめられることは好まなかったようだ。

 今では世界中のレコードコレクターがYouTubeにレアな音源をアップしてくれているので、入手することが難しい音源も比較的手軽に聴くことができたり、コンピも数多く出ていて、ガレージを聴きたい人には恵まれた環境がある。【Teenage Shutdown!】シリーズ15作目 "She's A Pest!" を購入したのは、このコンピに収録されているThe Playgueの 「I Gotta Be Goin’」 という曲をYouTubeで聴いたのがきっかけだった。誰だかわからないし、「バンド」としてのイメージも持ちにくい、ただ、その見つけた1曲が凄くいい、というような感動が味わえるのもガレージならではの独特な楽しみ方かもしれない。

The Playgue / I Gotta Be Goin’

 ガレージと一口に言ってもファズガレージだったりサイケガレージだったり、その種類も様々だけれど、こういうPlaygueのようなガレージを聴くと特に、なかなか真似できそうにない60年代特有のガレージバンドの空気を感じる。いつもながらバンドのことを調べても多くの情報は出てこないけれど、1965年のルイジアナ州バトン・ルージュのバンドで、もともとThe Banditsという名前で活動した後、Bill BenedettoとNick Benedettoという兄弟によるプロデュースでThe Playgueという名前に変更され、The Rolling StonesのカバーやR&Bスタイルの曲などを演奏していたらしい。

 【Teenage Shutdown! 】は、どうやらサブタイトルになっているメインの曲に合わせた選曲がされているようで、アルバム通して統一感が感じられる内容になっている。Vo.15ではメインのThe Insects 「She's A Pest!」 をはじめクールさもありながらノリのいい、いかにも当時のガレージという雰囲気の曲が集められている印象。

She's a Pest! / The Insects


【文:西岡利恵


【Teenage Shutdown! 】シリーズ

Vol.1 ”Jump, Jive & Harmonize” (LP-TS 6601, 1998) (CD-TS6601, 1995)

Vol.2 You Treated Me Bad!  (LP-TS 6602, 1998) (CD-TS 6602, 1995)

Vol.3 Things Been Bad” (LP-6603, 1998) (CD-TS 6603, 1998)

Vol.4 I'm A No-Count” (LP-TS-6604, 1998) (CD-6604, 1998)

Vol.5 Nobody To Love”  (LP-TS 6605, 1995) (CD-TS 6605, 1998)

Vol.6 I'm Down Today” (LP-TS-6606, 1998) (CD-TS-6606, 1998)

Vol.7 Get A Move On!” (LP-TS-6607, 1998) (CD-TS-6607)

Vol.8 She'll Hurt You In The End” (LP-TS-6608, 1995) (CD-TS-6608, 1998)

Vol.9 Teen Jangler Blowout! ” (LP-TS-6609, 1998) (CD-TS-6609, 1998)

Vol.10 The World Ain't Round, It's Square! ” (LP-TS-6610, 1998) (CD-TS-6610, 1998)

Vol.11 Move It! ” (LP-TS-6611, 2000) (CD-TS-6611, 2000)

Vol.12 No Tease” (LP-TS-6612, 2000) (CD-TS-6612, 2000)

Vol.13 I'm Gonna Stay” (LP-TS-6613, 2000) (CD-TS-6613, 2000)

Vol.14 Howlin' For My Darlin'! ” (LP-TS-6614, 2000) (CD-TS-6614, 2000)

Vol.15 She's A Pest! ” (LP-TS-6615, 2000) (CD-TS-6615, 2000)

※ジャケットにボリューム番号の記載はなし。


参考・参照サイト:https://www.nhregister.com/entertainment/article/RANDALL-BEACH-Mike-s-passion-for-the-teen-beat-11398269.php 


2021年11月10日水曜日

鈴木祥子:『My Eternal Songs〜BEARFOREST COVER BOOK vol.1』(BEARFOREST RECORDS/BELP-001)


 シンガーソングライター・鈴木祥子が11月11日にアルバム『My Eternal Songs〜BEARFOREST COVER BOOK vol.1』をリリースする。
 1965年東京生まれの鈴木は自身名義でのデビュー以前からキーボード・パーカッション等で様々なミュージシャンの活動に参加し、1988年にEPICソニーからのデビュー後は自身の作品と並行し松田聖子、PUFFY、坂本真綾など数多くのミュージシャンへ楽曲提供も精力的に行い、1993年小泉今日子へ提供した楽曲『優しい雨』(シングル)は累計出荷枚数143万枚のミリオンヒットを記録するなど、日本のポップス史において欠かすことのできないソングライターであることは言うまでもない。 
 また、今年3月にリリースした『助けて!神様。〜So help Me,GOD!』は約10年振りとなる新曲であり、サウンドプロデュースにアイドル・シンガーソングライターの加納エミリを迎えるなどで大きな話題を呼んだ。


 今回リリースされる『My Eternal Songs〜BEARFOREST COVER BOOK vol.1』は全編ピアノ弾き語りによるカヴァーアルバムとなっており、7月リリースの最新シングル『GOD Can Crush Me.』において共同プロデューサーを務め、サザンオールスターズ、木村カエラなどを手掛けたVICTOR STUDIOのエンジニア・中山佳敬が参加している。

 
Syoko Suzuki 『My Eternal Songs〜
BEARFOREST Cover Book vol.1』Trailer

 導入部はモーツァルトのピアノ・ソナタが演奏される。
 鈴木自身が語る、1971年から1981年の10年間に受けた影響、憧れや好奇心。クラシックピアノを習っていたという彼女が当時感銘を受け、今もなお聴かれ歌い継がれる不朽の楽曲たち−"My Eternal Songs”を自身が歌い継ぐ本作において、この導入はこれ以上ない演出だと思う。
 間もなく、原曲同様の静謐なイントロで「HONESTY」(原曲:Billy Joel)が始まる。弾き語りならではのタイム感と、原曲キーで歌う彼女の歌唱が相まってよりシックな印象となっているのが魅力的だ。
 弾き語りならでは、といえば次曲「Alone Again」(原曲:Gilbert O’Sullivan)における表現力は息を呑むものがあり、詳しくは本作を聴いてもらえればと思うが、リタルダンドやブレスに寄り添うようなタイム感の生々しさによって原曲の繊細な世界観がより深く沁みるような仕上がりとなっている。

 続く「Love of My Life」(原曲:QUEEN)はクラシカルな進行がピアノによってより際立ち、QUEENのお家芸ともいえる重厚なコーラスは鈴木の声によって一層煌びやかに演出され、召されるような多幸感に包みこまれる。打って変わって次曲「I Only Want to Be With You」(原曲:Bay City Rollers)は軽快に踊れるナンバー。気持ち良いタイミングで入ってくる裏打ちのタンバリンやキュートかつパワフルに歌い上げる歌声に体を揺らしながらA面は幕を閉じる。


 B面の導入で演奏されるのはバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」。 
 アルバムの幕間としてはさることながら、盤を返して針を落としてから腰を据え切るまでの流れを整えてくれるようなギミックとも取れる。清麗な音色に耳を傾けながら、やはり今自分は鈴木祥子の青春の一片を共有しているのではないかという邪推も捗る。
 B面1曲目「Open Arms」(原曲:Journey)は本作において個人的に最も推薦したいナンバーである。ここで完全な私感を述べることを読者の皆様にはご容赦いただきたいのだが、多種多様なカヴァー作品が存在しそれらを享受する際、メロディや歌詞だけでなく編曲やエンジニアリング、時代性にともなう技法等々といった”録音物”そのものをどこまで踏襲するかといった要素も興味深い観点の一つだと思っている。特筆して本曲はその観点+ピアノ弾き語りというシンプルなアプローチが見事なまでにマッチし、紛うことなき名カヴァーといえる仕上がりとなっている。これは是非実際に針を落として確かめてみてほしい。

 続く「Yesterday Once More」(原曲:Carpenters)は我々にとって恐らく最も馴染み深い楽曲ではないだろうか。原曲さながらストレートに歌い上げる彼女の歌声の端正さには安心感を覚えるだろう。
 モーツァルトのピアノ・コンチェルトの一節が奏でられた後、流れるように始まる「Different Drum」(原曲:The Stone Poneys)はA面3曲目と並びクラシカルなアプローチが活きる編曲が施されており、イントロのリフレインとの相性は特に抜群である。徐々に抑揚付いていく歌唱表現の素晴らしさに胸を打たれながら、ラストは楽典的な終止をもって本作は幕を閉じる。


 今日までの華々しいキャリア、その原点となった不朽の名曲たち。
 鈴木祥子は自身のルーツであるピアノ一本の弾き語りで歌い継いだ。

 鈴木自身が言う、
 「ひとつの歌にも言語が、文化が、時代があり、ひとりひとりの想いがあり、 青春がある。人生がある。それを記憶の箱のなかから取り出して懐かしむことは、 また今日を、明日を生きてゆく力、活力にもなり得る。。。音楽だけに出来ることが、今も在る。」 

 まるで彼女の人生を垣間見えている気分になるような、アルバム全体の見事な構成も含めて非常に聴き応えのある作品となっているので、是非入手して聴いてみてほしい。 


 galabox 直販サイト:https://www.galabox.jp/product/557 

【文:桶田知道/編集:ウチタカヒデ

●桶田知道(おけた・ともみち)プロフィール
1991年4月27日生 奈良県出身・在住 音楽家
2012年、大学在学中にバンド「ウワノソラ」結成に参加
活動の傍ら、2017年6月に自身ソロ名義で1stアルバム【丁酉目録】をリリース。
同年8月よりソロ活動へ転身、自主レーベル「考槃堂」を設立。
2018年5月に2ndアルバム【秉燭譚】をリリース。
2019年12月【NOTO】プロデュース・リリース。

2021年11月6日土曜日

RISA COOPER:『RISA LAND』(NARISU COMPACT DISC/HAYABUSA LANDINGS / HYCA-8027)


 D.W.ニコルズの元メンバーで、2016年の脱退後フリーのセッション・ドラマーとして活動している岡田梨沙が、ソロユニット”RISA COOPER(リサ・クーパー)”として11月10日にファースト・アルバム『RISA LAND』をリリースする。
 このソロユニットは国際結婚後の彼女の本名をユニット名にし、昨年11月3日に7インチ・シングル『Magic Hour Comes / はばたキッス』を発表しその活動をスタートさせた。そして本作『RISA LAND』には、これまでに彼女がセッションで関わった親交の深い、多彩なミュージシャン達が参加したことで、ポップス・アルバムとしてクオリティの高い仕上がりになっており、9月に音源を入手した筆者は一聴してその素晴らしさを確信した。

 まずは彼女のプロフィールに触れるが、北海道帯広市で出生後に横浜で育ち、少女時代から歌うことやバンドが好きでドラムは15歳から始めている。大学時代は60〜70年代のソウル・ミュージックが好きになり、その影響もありドラムにのめり込んでいく。
 卒業後に様々なバンドに参加する中で、2007年にD.W.ニコルズに加入し、2年後にはメジャー・デビューしている。同バンドに9年間在籍した後、2016年9月にD.W.ニコルズを脱退し、以後はフリーのセッション・ドラマーとして様々なレコーディングやライブに参加していた。昨今ではシンガーソングライター(以降SSW)の関取花や先月弊サイトで紹介したbjonsのサポートをはじめ、沢田研二のバックバンド“エキゾティクス”のリーダ-でプロデューサーとしても著名なベーシスト、吉田建が結成したオーケストラ”The Stellar Nights Grand Orchestra”に正式メンバーとして参加している。
 彼女はドラム以外にも様々な楽器をこなすマルチプレイヤーであり、自ら歌唱とソングライティングもこなすので才女と言えるだろう。このアルバムでもドラマーとしてテクニカルなプレイをフューチャーしたというより、彼女の個性的な声と良質な楽曲を全面に出したポップス集として高く評価されるべきアルバムなのだ。

 本作には楽曲提供者として、前出の関取花をはじめ、谷澤智文、今泉雄貴(bjons)、相子鳶魚(モノノフルーツ)、橋口靖正、大森元気(残像のブーケ/元残像カフェ)、弊サイト企画でもお馴染みの松木俊郎(流線形/ Makkin & the new music stuff)、谷口雄(Spoonful of Lovinʼ/元森は生きている)と多彩なソングライター達が参加しており、曲毎の提供者が主にサウンドのイニシアティブを取っているが、谷口(各種キーボード)、松木(ベース)、渡瀬賢吾(エレキギター/bjons)、朝倉真司(各種パーカッション/ヨシンバ)が多くの曲で演奏しておりサウンドの要になっている。
 その他のゲスト・ミュージシャンも吉田建をはじめ、ファンファン(元くるり)、前田恭介(androp)、元バンド同僚の鈴木健太(D.W.ニコルズ)などが参加し、岡田の人脈の広さを強く感じさせる。



 こでは筆者による本作収録曲の解説と、岡田梨沙、作編曲と演奏で参加した谷口雄、松木俊郎がソングライティングやアレンジのイメージ作りで聴いていたプレイリスト(サブスクで聴取可能)をお送りするので聴きながら読んで欲しい。

 
RISA COOPER 1st Full Album『RISA LAND』
Teaser Movie 

 冒頭の「BE ALRIGHT」はSSWの谷澤智文の提供曲でアレンジも手掛けており、ギターとベース、スルド(ブラジリアン・パーカッション)、コーラスを担当している。変拍子のドラム・パターンに谷澤のエレキギターとユニゾンするかたちで岡田の歌唱が展開するアフロ・ファンクでインパクトは大きい。
 続く「Magic Hour Comes」は昨年11月の先行シングル曲で、bjonsの今泉が提供し、アレンジは堂島孝平やクノシンジのプロデュースで知られる石崎光(cafelon)が手掛けている。ドラムやパーカッションなど岡田のパート以外は全て石崎の多重録音で、リッケンバッカーのギターソロやヘフナーのベース、メロトロンにチェンバロ、ウーリッツァーなど中期ビートルズ風のマジカル・サウンドは彼のセンスに寄るところが大きい。リフレインされるスウィートなサビはモータウン風でありポップスとして完成度が高い。
 bjonsの橋本大輔も参加しているロックバンド、モノノフルーツの相子による「夕暮れ少年」は、谷口がアレンジとピアノ及びプログラミングを担当し、岡田と松木のリズム隊、朝倉のパーカッションに、鈴木健太が各種ギターとバンジョーで参加している。メインのギターリフやシンセ・オブリが効いており、シカゴソウル系の独特なアクセントを持つリズムは、ユーミンの「まぶしい草野球」(『SURF&SNOW』収録/80年)に通じ、シティポップ風でもあり間奏でバンジョーが入るパートなど飽きさせない。

左から松木俊郎、谷口雄、鈴木健太

 「ブックマーク・セレナーデ」はbjons今泉の2曲目の提供曲で、アレンジは谷口が手掛けている。フルートも披露する岡田のドラムと松木のベース、渡瀬のエレキギター、谷口のピアノとストレートな編成である。今泉はコーラスで参加し岡田のボーカルをサポートしている。サビは今泉らしいメロディ展開で、bjonsファンにもアピールするだろう。
 2016年12月に36歳の若さで逝去した橋口靖正が生前残した「だいじなじかん」は、石崎がアレンジとキーボード類を担当し、生前橋口と親交があったGOIND UNDER GROUNDの中澤寛規がギター、SSWの磯貝サイモンがウーリッツァー、ベースは前田、トランペットにファンファン、パーカッションに朝倉が参加している。ミュージシャンズ・ミュージシャンとして慕われた橋口の才能を証明する感動的なメロディ展開を、石崎らしいサウンドで構成していて耳に残る曲である。なお岡田はこの曲に参加した中澤、磯貝、前田、朝倉らと橋口のトリビュートバンドHGYM(エイチジーワイエム)として現在も活動している。 
 大森作曲、岡田作詞の「フルムーンスープ」は二人の共同でアレンジであるが、大森は演奏に参加せず、吉田建のベース、渡瀬のエレキギター、谷口のキーボード、朝倉のパーカッションでプレイされている。岡田の歌詞が光るスローなトーチソングである。
 
左から谷口、吉田健、岡田

 松木作曲、岡野作夢作詞の「ハートにキッスでふれさせて」は、松木が嘗て結成したグループMakkin & the new music stuffで披露したポップなシティポップに通じ、フォーリズムは岡田、松木、渡瀬、谷口の編成だ。岡田のチャームなボーカルからYUKI(岡崎友紀)の「ドゥー・ユー・リメンバー・ミー」(80年)や今井美樹の「雨にキッスの花束を」(『retour』収録/90年)を彷彿とさせる。
 続く「はちきれそう」も松木の作曲で、岡田が作詞を担当している。松木自身のアレンジはボサノバのリズムを基調にしており、特にセッション・ギタリストの平田崇の巧みなプレイが光っている。リズム・セクションは岡田、松木、谷口にパーカッションの朝倉が加わった編成だ。この曲でも松木のメロディ・センスは素晴らしく、サビの展開などはリンダ・リンスの『Lark』(72年)や『Fathoms Deep』(73年)に通じて好きにならずにいられない。

   RISA COOPER - はばたキッス(prototype)

 「はばたキッス」は先行シングルのカップリング曲で、アルバム中唯一岡田が単独でソングライティングした曲である。ドラム含め全ての楽器、歌唱とコーラスまで岡田が担当し一人多重録音でレコーディングされているが、アレンジは橋口靖正が生前にプロト・タイプを作ったもので、岡田がそれを発展させ完成させている。キャッチーなサビやコーラスのリフレインが印象的なソフトロックとして楽しい。
 本作ラストの「冬をとめて」は関取花の作詞で、谷口が作曲及びアレンジを担当し、岡田、松木、渡瀬、谷口、朝倉の編成で演奏されている。レスリー・ダンカンの「I Can See Where I'm Going」のそれを彷彿とさせる特徴的なイントロのギターリフに、リズム隊とコンガが加わった瞬間からなんとも言えない普遍性を発しており、詩情溢れる歌詞とメロディの虜になり、その後幾度もリピートして聴き込んでしまった。これは岡田の自然体な歌声を的確にバッキングする手練なミュージシャン達の演奏との結晶であり、正にエバーグリーンで完成度が高く、本作屈指の曲ではないだろうか。
 繰り返しになるが、本作は良質な楽曲を収録したポップス集として高評価されるべきアルバムなので、多くのポップス・ファンは是非入手して聴くべきだ。


【RISA COOPERプレイリスト】

◎RISA COOPER(岡田梨沙)
◎大学生の頃にこの曲を7インチで入手。大好きで大好きで、ここからふと出来た曲が『はばたキッス』。 最初のカッティングのフレーズを”チュルルル”とコーラスにしたところから始まりました。

◎「フルムーンスープ」を改めて掘り起こしてレコーディングする、となった時に、サウンドイメージとしてこの曲を参考にしました。気持ち良いリバーブ深めがフルムーンスープにピッタリだなと。

◎これは「フルムーンスープ」が出来た当時(2007年頃)、大好きでよく聴いていました。作曲者である大森さんにも私がオススメして、おそらくここからのインスピレーションも曲に影響しているのではと思います。

◎「Magic hour comes」を今泉氏に作曲依頼する時、"トマパイが歌ってそうな感じで!"というオファーをしました。今泉君によると、とある部分にトマパイの影響もきちんと入っているらしいです。

左から谷口、鈴木、岡田、松木 

◎谷口雄
◎「夕暮れ少年」のアレンジから私の制作はスタート。リフとリズムの絡みはこの曲を意識。ジャケの女王っぽさもリサランド的。

◎こちらも「夕暮れ少年」。アレンジするからには世界標準にしたい!海外でも愛されるこちらの曲からの学びは大きかったです。この温度感!

◎何気なく買ったCCM盤が、やけに手練れた演奏だとグッときますよね。「ブックマーク・セレナーデ」のアレンジはこの曲を下敷きに、マッキンさんが素晴らしいベースラインを弾いてくれました。

◎こちらは大澤誉志幸「最初の涙 最後の口吻」のカバー。アレンジするにあたり、日本のドメスティック感との上手な付き合い方、という観点でこの盤をよく聞いていました。

◎松木俊郎
◎小学四年生の時に、はじめて買った女性アイドルのレコード。こんなメロディを書きたいと、ずっと思い続けています。

◎「はちきれそう」のアレンジ(演奏)は当初こんなイメージでしたが、リハ無しヘッドアレンジの録音現場で、結果あのようになりました。


(本編テキスト:ウチタカヒデ