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2021年8月20日金曜日

IKKUBARU:『Summer Love Story / 無重力ファンタジア』(CA VA? RECORDS / HAYABUSA LANDINGS / HYCA-8023)


 インドネシアのシティポップ・バンド、イックバル(IKKUBARU)が新曲「Summer Love Story」を7インチ・シングルで8月28日にリリースする。カップリングは2018年にRYUTistへ提供した「無重力ファンタジア」のセルフカバーで、この曲をこよなく愛する筆者としては取り上げない訳にいかないのだ。

 イックバルはメイン・ソングライターでフロントマンのムハンマド・イックバル(Muhammad Iqbal、以降ムハンマド)を中心に、2011年12月にインドネシアのバンドゥン(Kota Bandung)で結成された4人組で、ボーカルとギター、キーボードを担当するムハンマドの他に、ボーカル兼ギターのRizki Firdausahlan、ベースのMuhammad Fauzi Rahman、ドラムのBanon Gilangから構成されている。
 彼らが活動しているバンドゥンはジャワ島西部の西ジャワ州の州都で、首都ジャカルタやスラバヤに継ぐインドネシア第三の都市である。国内外の観光地、避暑地として知られ、国内有数の大学が所在するカレッジ・タウンでもありカルチャーの交流が盛んな地であったことがムハンマドの音楽性にも影響し、10代の頃から様々なジャンルを聴き込んでいたらしい。そんな中にフュージョン・バンドのカシオペアもあり、日本音楽界への認識もあったようで、後にネットを通じて発見した山下達郎、角松敏生等の所謂シティポップ・サウンドに強く影響を受けたという。


 2015年から2019年までに5回もの来日を果たしており、TWEEDEES、脇田もなり、RYUTist、フィロソフィーのダンスなど国内アーティストへの楽曲提供やリミックスなどコラボレーションも多く、日本との繋がりは極めて強い。これまでに『Amusement Park』(2014年)、『Chords & Melodies』(2020年)の2枚のオリジナル・アルバムをリリースしており、今年6月には入手困難となっていた『Amusement Park』をCD2枚組のExpanded Editionとして、7月には『Chords & Melodies』をアナログ盤LPとしてリイシューしたのも記憶に新しい。

 本作はムハンマド作の新曲「Summer Love Story」と、『Chords & Melodies』の国内盤ボーナス・トラックとしてCD化されていた「無重力ファンタジア」の初アナログ化として、彼らのファンの他、RYUTistファンも注目すべき作品なのである。ジャケットはKADOKAWAのコミック・ブック『青騎士』(2021年4月創刊)で、「音盤紀行」を連載中の新進気鋭漫画家の毛塚了一郎(けずか・りょういちろう)が描き下ろした、リゾート感溢れるイラストを使用しており、視覚的にもサウンドとマッチしている。


 ではこのシングルの解説に移ろう。タイトル面の「Summer Love Story」はシャッフルのリズムで軽快にグルーヴするサマー・ソングで、メンバー4名の他にトランペットとトロンボーンの2名のホーン・セクションが加わっている。弊サイトでも以前特集した名ドラマーの故ジェフ・ポーカロが70年代後半に編み出した”ポーカロ・シャッフル”に影響されたリズムのヴァースがとにかく気持ちよく、ムハンマドのスウィートなボーカルと彼自身による一人多重コーラスが甘美なサビへと導くのだ。
 Rizkiによる間奏のギター・ソロはジェイ・グレイドンのそれに通じるので、全体的にグレイドンが手掛け、ジェフも参加したアル・ジャロウの「Breakin' Away」(82年 / 同名アルバム収録)の影響下にある良質なAORといえる。

 
無重力ファンタジア (ikkubaru Pre Masterd Short Ver.) 

 カップリングの「無重力ファンタジア」は、RYUTistのオリジナル・ヴァージョンのフェアリーなコーラスとソプラノ・サックスがデリケートな世界観を演出して、2018年の邦楽ベストソングにも選出した希有なメロウ・グルーヴだったが、ここでのセルフカバーも別アレンジで楽しませてくれる。ムハマッドは作曲とアレンジを手掛け、作詞は今月12日に配信限定で『境界線上に吹く風』(3曲収録EP)をリリースしたばかりの沖井礼二(元Cymbalsのリーダー)率いるTWEEDEESのボーカリスト、清浦夏実が担当している。
 このヴァージョンでは全ての演奏とプログラミングをムハンマドが一人で担当しており、オリジナルからBPMをあげてシンセ・ベースを強調し、サックスからオーバードライヴをかましたエレキ・ギターにアダプトしたことで、サウンドのカラーは全く異なり生まれ変わった。Rah Bandの「Clouds Across The Moon」(85年)に通じるベース・ラインがこのサウンドの肝になっているのだが、作詞家としても優れている清浦の歌詞の中で、「真空のカルーセル(※回転木馬の仏語訳)乗って あなたと星を巡るの 銀河に抱かれたなら 私たち無重力」というサビの幻想的で美しいラインと偶然にも符合して相乗効果を生んで耳に残る。正にこの季節にはぴったりのサマーナイト・アンセムになったと言える。 

 数量限定の7インチ・シングルなので、解説を読んで興味を持ったシティポップ・ファンは、リンク先のオンラインショップ等で早期に予約して入手することをお勧めする。


(テキスト:ウチタカヒデ





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