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2020年8月19日水曜日

Saigenji 『Music Eater』配信開始



 今年5月のライヴ・アルバム『Live “Compass for the Future”』が記憶に新しい、シンガー・ソングライター兼ギタリストのSaigenji(以降サイゲンジ)が、2006年7月に東芝EMIからリリースし、廃盤状態が続いていた5THアルバム『Music Eater』を8月19日にデジタル配信する。 
 ここでは当時筆者が執筆したレビューを加筆して弊サイトで再掲し、今回追加されたボーナス・トラックについても触れておく。 

 『ACALANTO』から1年足らずという短いインターバルで届いた本作は、カエターノ・ヴェローゾの息子モレーノとのユニット"モレーノ+2"のメンバー、カマル・カシンが手掛けた前作での試みが、サイゲンジの創作意欲を刺激したと思わせる、充実した多くのオリジナル曲がアルバムに収録されている。
 リードトラック「SUNRISE」のプリプロから発展した形で共同プロデューサーとして名を連ねているのは、元beret(ベレイ)で現在GIRA MUNDO名義で活動している奥原貢だ。サウンド的には前作の様な音響派的実験性は影を潜めているが、優れたパフォーマーとしての姿を自然にアルバムに溶け込ませたという点で、彼のスタイルを理解して的確なサジェスチョンを与えたとして、奥原は適任者だったと思わせる。

  
 本作のレコーディング・メンバーはサード・アルバム『Innocencia』(04年)からとなる、ドラムの斉藤良、ベースの小泉“P”克人、パーカッションの福和誠司を軸に曲毎にゲストが参加している。 
 では筆者が気になった主要曲を紹介していこう。
 冒頭のリードトラック「SUNRISE」はサイゲンジが得意とするトニーニョ・オルタ・スタイルのギターワークと、サンバとサルソウルを融合させたリズムがダンサンブルに高揚感を高める。
 元々ジャズ・フィールドで活動する斉藤と小泉によるリズム隊のコンビネーションも抜群で、福和がプレイするパンデイロやスルド、タンボリンなど多数のブラジリアン・パーカッションが乱舞するのだ。

  SUNRISE / Saigenji  

 常日頃から様々なジャンルのアルバムを聴き漁って音楽を浴びている、サイゲンジそのものを現した「Music Junkie」は、既にライヴでも演奏されており、サイゲンジのギターとフルート以外のサウンドは奥原が担当している。
 アコースティックなヒップホップというジャンルレスな感覚は非常に新鮮で、なによりサイゲンジのヴォイス・パフォーマンスは圧巻だ。コーラスには奥原の他、彼が主宰するGIRA MUNDO DISCOS所属の日野良一など6名が参加して盛り上げる。

  Music Junkie / Saigenji
(2014.1.2 @ Motion Blue Yokohama)

 「海の刹那」はイントロのサイゲンジ自身によるホーミーのインパクトが強い幻想的な曲で、チェリスト・作編曲家として知られる徳澤青弦がチェロとストリングス・アレンジで参加している。彼とサイゲンジはバスタンチというブラジリアン・バンドを組んでいたこともあり、この曲でもポルタメントの効いたプレイで曲を演出している。
 一転してハートウォームな歌声に惹きつけられる「日溜まりのダンス」は、トラディショナルなサンバに近いテンポで演奏される隠れた名曲で、福和による複数のブラジリアン・パーカッションが活躍する。ジャズ・トロンボーン奏者の中路英明のプレイも秀逸で、このサウンドの雰囲気にぴったりだ。
 ギターリフから発展させたメャー・ブルース進行の「Nature Girl」は、「光が差したら」(『la puerta』収録 / 03年)や「テレスコープ」(『Innocencia』収録 / 04年)の流れを汲む、サイゲンジ流シンガー・ソングライター・サウンドだ。シンプルな3人編成の同時一発録音ながら味わい深さはケニー・ランキンなどに通じ、小泉のウッドベースがサウンドの肝になっている。  

 オリジナル・フォルクローレの「シルビオとハビエル(Silvio y Rabiel)」は、サイゲンジが20歳の時に作ったとは思えない完成度で、沖縄在住のアルゼンチン音楽家シルビオ・モレノ、スペイン人フラメンコ・ギタリストのハビエル・コンデの二人に捧げられている。彼はこの二人に南米音楽の手ほどきを受けたという。恩人への感謝という崇高な思いが創作に繋がったという、実に理想的な音楽のカタチではないだろうか。 
 スタジオ・レコーディング曲ではラストとなる「EL SUR(南へ)」はソロで演奏されるバラードで、詩情溢れる歌詞も相まってアルバム随一の美しさだ。
 アルバムラストにアンコール的に位置する「ECHOES」は、06年6月Motion Blue Yokohamaでの演奏を収録したライヴ・レパートリーとしてお馴染みのブラジリアン・フュージョンだ。サイゲンジのスキャット、ゲストのトランペッター島祐介(RICO、ego-wrappin'他)とキーボーディスト丈青(じょうせい、SOIL & "PIMP" SESSIONS所属)、斉藤と福和の各インタープレイが続く圧巻の演奏は聴きものである。 
 本作は収録曲毎に複数のエンジニアが手掛けたミックスと、マスタリング・エンジニア業界の重鎮である田中三一の仕事も際立つアルバムとなっている。 


 なお今回の配信では過去にコンピレーションにのみ収録されていた3曲が、ボーナス・トラックとして含まれるので補足紹介する。
 アントニオ・カルロス・ジョビン作としてあまりにも有名で、無数のカバーが存在する「Samba de Uma Nota Só」=「One note samba」(『TOKYO BOSSA NOVA~Flores~』収録/06年)はライヴ・ヴァージョンで、サイゲンジ流に換骨奪胎した解釈が新鮮で素晴らしい。
 「砂の町」(『TOKYO BOSSA NOVA~outono~』収録/04年)は、『Innocencia』のレコーディング時期と重なるので同作のアウトテイクかも知れない。サウンド的にはサイゲンジ自身によるギターとフルート、斉藤と小泉によるリズム隊に丈青と思われるエレピの編成である。「テレスコープ」のマイナーキー・ヴァージョンといった感じでブルージーなムードは悪くない。
 ボーナス・トラック中で最も目玉なのが、サイゲンジがFilo Machado(フィロー・マシャード)と共演した「Common Pulse~Welcome To My Home~」(作曲:サイゲンジ『TOKYO BOSSA NOVA ~madeira~』収録/05年)である。
 フィローは1951年サンパウロ生まれ、キャリア50年を超えるシンガー・ソングライター兼ギタリストで、ソロ活動の他ジャヴァンの『Seduzir』(81年)やマーシャ・マリアの『Colo De Rio』(85年)にソングライティングで参加するなど一流ミュージシャンである。筆者も06年に今は無き高田馬場コルコバードでライヴを堪能したが、パフォーマーとしても超一流であった。
 この曲はスタイルが近いミュージシャン同士の丁丁発止の一発録りセッションとして、サイゲンジとフィローによるヴォイス・パフォーマンス、ギター・プレイのバトルが圧巻である。当時コンピレーション限定収録曲としては勿体ないと感じていただけに嬉しいボーナスといえる。
 以上本作に興味を持った音楽ファンは下記リンクから入手して聴いて欲しい。

配信リンク
Apple Music
Spotify

(ウチタカヒデ)


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