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2020年10月7日水曜日

sugar me:『Wild Flowers』(WILD FLOWER RECORDS / WFRSM-10002)



 女性シンガー・ソングライター寺岡歩美のソロ・プロジェクトsugar me(シュガー・ミー)が、5年振りのオリジナル・アルバムを10月7日にリリースした。
 弊サイトでは昨年11月に紹介したクリスマス・コンピレーション・アルバム、『Natale ai mirtilli』に参加したことも記憶に新しいsugar meは、寺岡のトライリンガルな歌詞世界をポップ且つアコースティックなサウンドをバックに、ナチュラルで個性的なヴォーカルで表現する希有なソロ・ユニットである。
 これまでに2枚のオリジナルと1枚のカバーアルバムをリリースしているほか、FUJI ROCK FESTIVALやRISING SUN ROCK FESTIVALなど大型野外音楽フェスへの参加やフランスでのソロ・ツアーを成功させている。またソロ活動以外にもCMや映画、アニメーションへの楽曲提供をはじめ、その容姿を活かしてモデル業や映画出演、FM番組のDJとその活動フィールドは多岐に渡っているのだ。

 サード・フルアルバムとなる本作『Wild Flowers』は、昨年彼女が移住した長野県松本市で立ち上げた、自主レーベルWILD FLOWER RECORDSからのリリースで、これまでに交流のあった著名ミュージシャン達の参加も見逃せない。NEIL & IRAIZAのメンバーでコーネリアスでの活動で知られるキーボーディストの堀江博久、赤い靴のメンバーで大橋トリオにも参加するドラマーの神谷洵平がプレイしているのをはじめ、アレンジャーとしてはハヤシベ・トモノリ(Plus-Tech Squeeze Box)、フランスのミュージシャンのORWELLことジェローム・ディドロが参加している。 
 なお本作には、現在HTB北海道テレビで放送中の情報番組、『イチオシ‼』のコーナー、『ジブンイロ』のテーマソングとして使用され、5月に先行配信された「Follow The Rainbow」も収録されているなど話題も多い。


 ここでは筆者が気になった主な収録曲の解説と、寺岡が選曲したプレイリスト【sugar meのルーツとなる楽曲】を紹介しょう。

 冒頭の「Gift From The Sea」は、全編に打ち込みトラックを導入した点でsugar meとしては新境地だろう。リヴァーブ・エコーと音の隙間を活かしたサウンドに漂う寺岡のヴォーカルがひたすら気持ちいい。3人組ユニットlittle moaの5MBSが、バックトラックのアレンジとプログラミングを担当している。 
 続く「Land Of Tomorrow」は、生楽器とプログラミング・サウンドが有機的に融合された心地よい音像が80年代後期のギター・ポップにも通じて耳に残る。アレンジとプログラミングはORWELLのジェローム・ディドロが担当しており、神谷の生ドラムの他、ベースの近藤零、ピアノのプログラミングでかしわさおりが参加して、寺岡のアコースティック・ギターと美しいヴォーカルをサポートしている。

Flower In Anger / sugar me 

 神谷と近藤のリズム隊が終始ファンキーなプレイをする「Flower In Anger」は、緊張感のあるヴァースとそれを解放するサビの展開のコントラストが素晴らしく、非常にクールなナンバーである。
 ジェロームがアレンジとプログラミングを担当したもう一曲の「Nancy」も独創的で、筆者のファースト・インプレッションでは本作中のベスト・トラックだ。フランス北東部の芸術薫る同名の街に捧げたというその曲は、アメリカン・ルーツ・ミュージックを原石とするオールド・タイミーな曲調を巧みに掬い上げ、同地の風景が目に浮かぶ繊細でドリーミングなサウンドに仕上げている。メロトロン系のキーボードで奏でた木管アンサンブルのオブリガート、ジェロームとはORWELLやVariety Labの仲間である、ティエリー・ベリア(Thierry Bellia)がプレイする小型電子鍵盤楽器“オプティガン”がいいアクセントになっている。


Follow The Rainbow / sugar me
 
 番組タイアップ曲で先行配信された「Follow The Rainbow」は、WebVANDA読者には特にお勧めできるサンシャイン・ポップであり、魅力的なソフトロック・サウンドだ。現代的によくアレンジされており、寺岡の声質を活かしているのは、リミキサーとしても高名なハヤシベ・トモノリの職人的センスならではだろう。 
 後期ビートルズのジョン・レノン的ソングライティング・センスが光る「Black Sheep」は、シンプルなアレンジながらフレンチ・ポップに通じるのは、寺岡の歌唱法と堀江博久の巧みなピアノ・プレイによるものだろう。手数の多い神谷のドラムも効果的である。
 続くバラードの「About Love」でも堀江のピアノをフィーチャーしており、自身のアコースティック・ギターとのシンプルな編成の一発録りで、表現力豊かに歌われる。曲そのものの素晴らしさが滲み出た名演といえる。 

 自身の結婚を機に書き上げたという「Table For Two」は6/8拍子でシンプルな編成ながら、好きにならずにいられないソングライティングである。特に2コーラス目から入るエンドウシンゴによるストリング・アレンジがこの曲を格調高く豊かなサウンドにしている。筆者は86年にドリーム・アカデミーがカバーしたザ・スミスの「Please Please Please Let Me Get What I Want」を想起して、たまらない気持ちになってしまった。 
 ラストの「夜はやさし」は、故郷である北海道の震災時に家族への思いを綴った小曲で、普遍的な曲調は時代を超えた懐かしさを強く感じさせる。かしわさおりのピアノと自身のアコースティック・ギターで歌われるハート・ウォームな歌声は多くの人を魅了するだろう。  

 本作全体の総評として、sugar me=寺岡の巧みなソングライティングと個性あるヴォーカルを各アレンジャーやミュージシャン達がより良く活かしており、そんな面々をアサインした彼女自身のプロデュース力も強く評価したい。収録曲のトータル感もあり、これからの季節に自宅で長く聴ける、丁寧でジェントリーな音作りは聴く者を選ばないだろう。

   
 【sugar meのルーツとなる楽曲のプレイリスト】 

●In My Life / The Beatles(『Rubber Soul』/ 1965年) 
◎オールタイムベスト 

●Company / Rickie Lee Jones(『Rickie Lee Jones』/ 1979年) 
◎SSWを始めるきっかけの人 

●Sugar me / Lynsey De Paul (『Surprise』/ 1973年)
◎毒っ気のある甘さ、名前の由来になっている1曲

●Je ne sais pas mourir / Orwell (『Exposition Universelle』/ 2015年)
◎今作アレンジ参加もしているフランスの友人

●L'aquoiboniste / Jane Birkin (『Ex Fan Des Sixties』/ 1978年) 
◎フレンチ・ポップを好きになるきっかけの曲 

●You go to my head / Billie Holiday (『Billie Holiday Sings』/ 1952年)
◎一番好きな歌い手

●Son of Sam / Elliott Smith (『Figure 8』/ 2000年) 
◎SSWの理想像

●Foolish Love /Rufus Wainwright (『Rufus Wainwright』/ 1998年) 
◎印象に残っているライブ

●Paper Bag / Fiona Apple (『真実』/ 1999年)
◎衝撃を受けた人

●Jesus Was A Cross Maker / Judee Sill
  (『Live In London The BBC Recordings 1972-1973』/ 2007年) 
◎一度でいいからライブを聴いてみたかった


 (ウチタカヒデ)


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