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2017年1月29日日曜日

☆実川俊晴:『TOSHIHARU JITSUKAWA POP SONGS 1979-2016』(クリンク/CRCD5137-38)


実川俊晴と言うミュージシャンの名前を知らなくても誰でも『キテレツ大百科』の「はじめてのチュウ」は知っている。ただ「あんしんパパ」のクレジットで「帰ってきたヨッパライ」のような処理の声なので、彼は日本でもトップクラスのハイトーンの美しいヴォーカルを持ち、ファルセットは日本でもまさにトップといってもいい声を持つ凄いヴォーカリストであること、そしてポップセンスに溢れる曲を作詞・作曲できる、日本のブルース・ジョンストンのような存在であることをほとんど知らない。彼の少ないソロでのリリース曲は全て未CD化のまま、これは日本のポップ・ミュージックを知るうえで大きな損失だ。本CDは実川俊名義で1979年にSMSレコードでリリースしたアルバムと、1982年にTOSHIHARU名義でバウハウス(キング)からリリースした4枚のシングルを全て網羅しており、全曲が実川の作詞・作曲で、その類まれなポップセンスと美しいヴォーカルに驚かされるだろう。ディスク2はデモ集でこれも大半が初登場だ。実川の音楽歴は長く、1969年にマミローズ、1970年にハローハピーのドラム&ヴォーカルでデビュー、19721975年にはマギー・メイを結成、リーダー兼ヴォーカリストとして2枚のアルバムなど発表し、これらの音源はみな同じクリンクレコードからマギー・メイ『12時のむこうに アンソロジー1969-1975』としてリリースされた。本CDは実川俊晴のその後のソロとしての活動を集めたCDだ。先のCDではバンドとしてフロントに立っていたが、本CDでソロ活動を始めてからは、ほとんどのテレビ主演を断り、ジャケットでも顔を伏せ、ライブも行わず、レコーディング・アーティストとしての姿勢を徹底した。そのため本CDこそ、幻の、しかし実川俊晴のエッセンスが凝縮された作品と言えるだろう。

ではまずはソロとしてリリースされた音源を集めたディスク1から。最初はSMS1979年のアルバム『ふりむけば50億』から。実川がビートルズと同じくらいパイロットが好きだったという事を実証してくれるのが「愛してスーパー・スター」で、冒頭のアルペジオのエレキなんてまさに「Call Me Round」、メリハリの効いたポップなメロディとハーモニー、ハンドクラップ、文句なしでアルバムのベストソングだ。「博士の浮気」も三連符のピアノに載せたアップテンポのポップなメロディがパイロット風で、途中のア・カペラ・パートが光る。ただ最後がどんどんテンポアップして終わるのはもったいない。「アンニュイ」の歌いだしはタイトルのように歌もサンドもアンニュイだが、サビでは転調しながらミシェル・ポルナレフばりの素晴らしいファルセットで酔わせてくれる。こんなきれいなファルセットは大滝詠一、山下達郎も真似ができないレベル。本当に凄い。タイトルはふざけた曲のように見える「お殿様感傷旅行」はミディアムの素晴らしいバラードで、この曲もサビに見事なハーモニーがあり、リードは一部、電気処理している。オールドタイミーなバラードも得意で「とび始めた天使(エンジェル)」はリード・ヴォーカルとバック・コーラスのからみが最高で、アコースティックなサウンドが曲を生かしている。さらにアコースティックなサンドのバラードが「三時のホットケーキ」で、メロディの良さもあって実川のリード・ヴォーカルがいかに素晴らしい声質なのか実感させられる。ブリッジ以降はやはり素晴らしいハーモニーが登場、最後にはフランキー・ヴァリのようなハーモニーが聴ける。オールド・タイミーな「刑事(デカ)とホステス」ではコーラスの回転数を変えていて、この遊び心が後の「はじめてのチュウ」へつながるのでは。ディスコ・サウンド以降のビー・ジーズのようなハーモニーが楽しめるのは「遅刻の気分」だ。日本的なメロディとラテンビートが融合した「暗殺研究所」だが、実川らしいハーモニーのセンスが感じられる。シングルカットされた「鬼にかえろう」は日本的なエッセンスの入ったロックで、メロディもマイナー調、いい曲なのだが、日本の市場に寄り添ったか。B面の「プリティ・ボス」もマイナー調のロック・チューンで、この曲も曲の展開やハーモニーに聴くべきものがあるが、もっとポップな曲で勝負した方が良かった。

3年後の1982年にTOSHIHARUの名前で再度ソロで勝負するがシングル4枚でアルバムは出なかった。ファースト・シングルは「ラストソングはI Love You」はやはりマイナー調の日本的なポップ・ソングであまり光るものがない。B面のアコースティック・ギターだけのバッキングの「この夏には…」は中間にサイモン&ガーファンクルの「Bookend」のようなサビがあってこちらの方が魅力的。セカンド・シングル「クイーン・オブ・アイランド」はやっと実川のセンスを表に出してくれた傑作で、実川の美しいヴォーカルから始まりすぐにファルセットの見事なハーモニーで彩られる見事なポップ・チューン。B面の「ヤシの木陰にて」はウクレレだけのバッキングのバラード。リード・ヴォーカルを少し電気処理するのは実川らしい。幾重にもハーモニーが重なるのでウクレレだけの事を忘れる美しい佳曲だ。サード・シングル「た・け・し」はタイトルからは想像もできないフランキー・ヴァリも驚くほどの素晴らしいファルセットを挟み込んだ美しいバラード。B面の「うたかたの恋」はオールド・タイミーな雰囲気のロッカバラード風の曲で、相変わらずハーモニーも見事で、こちらがA面でも問題の無いクオリティ。最後のシングル「Angel~夢は1999~」はモータウンのようなベースで導かれて始まるポップ・チューンで、このサウンドも心地いい。B面の「あの娘にカナシバリ」はホンキートンクのピアノから始まるオールドタイミーな曲で、サウンドとハーモニーなど、実川のソロの最後にふさわしい曲だった。

ディスク2は作曲家に転身した実川のデモ集だ。まずは1980年のTV『のってシーベンチャー』ED曲用デモ4曲でまず明るくポップな「The Bubblegum Dancing Team」、同じ路線でややテンポが遅い「異次元の私」、レゲエ・タッチの「最後の楽園」、そして実川が好きと言うビー・ジーズの影響を感じる「そっとテレポーテーション」は、頭が「Melody Fair」そっくりで、この曲のみ私たちの好きな時代のビー・ジーズの影響だ。1985年の「愛は陽炎」はソウル風の曲だなと思って聴いていたら、ライナーを読むとデルフォニックスを意識したそうでやっぱり。1986年の松尾久美子に提供した「かすみ草 」は、歌謡タッチ全開のすぎやまこういちあたりが書きそうな曲。1987年の藤田淑子が歌ったTV『キテレツ大百科』ED用デモは、オールディーズ調。1989年に中学2年の女子3人のグループで実川がフォー・シーズンズの曲から名前を付けたRagdollというグループのデモ「恋のチャプター4」は、フォーシーズンズ・サウンドではないが60sのガールグループ風でいいアプローチだったが未発表で終わる。1991年のマキという女性ユニットMaJishのデモ「December in the Rain」はディスク2の曲の中で歌の上手さ、メロディの美しさで最も出来がいい傑作だがこれも未発表。同年の「放課後のサブリナ」は実川がのちに「あんしんパパ」名義で『安心パパストーリー』で発表した曲のデモ。ディスク1のTOSHIHARUの曲を彷彿とさせるミディアムの心地よいポップナンバー。1992年に嶋田トオルのシングル「I Love You」に提供した「WINTER ROSE」のデモは、心地いい曲だが、A面と言うクオリティではない。同年のOrika名義のデモ「おフロに入ろう」はポップで軽快なチューンだったが、未発表。1993年に今はあの人は誰?のクイズ問題に出てきそうなあのぜんじろうに書いたデモ「影の4番打者」はアルバム収録曲だったのでそのレベル。ちょっと戻るが実川の代表曲で1990年の『キテレツ大百科』のTVサイズの「はじめてのチュウ」はこれが初CD化。先の『あんしんパパストーリー』に収録されていたものの出来に納得できず2006年に再録音したオールドタイミーな「Wedding Bellはシャッフルで」と、20152016年に録音した3曲も収録された。なお冒頭の2010年録音の「はじめてのチュウ」のアコギ弾き語りヴァージョンは、作曲した時に極めて近いものだとか。最後のビートルズのカバーで知られる「Baby It’s You」は、実川がマギー・メイでデビューする前の1971年のライブという貴重音源である。なおこの実川俊晴のワークスや、先日のガロのマークこと堀内護のソロをリイシューしてくれているのは高木龍太氏で、その素晴らしい仕事に改めて感謝したい。(佐野邦彦)


*実川俊晴の情報はこちらまで(現状、販売元直営の芽瑠璃堂、あとはタワー、HMV、ディスクユニオンは確実に通販可能)



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