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1996年6月30日日曜日

Roger Greenaway インタビュー


ROGER GREENAWAY INTERVIEW

ロジャー・グリーナウェイ・インタビュー





 


トニー・マコウレイに次ぐ、ブリティッシュ・ポップの偉大な作曲家兼プロデューサーとして誇れるのがロジャー・グリーナウェイ=ロジャー・クックのコンビである。この2人もトニー・マコウレイと同時期に19601970年代に数多くのヒットを生み出した。この2人はトニー・マコウレイと違うのはパフォーマーとしての活躍もあり、またこの2人のコンビも数年経つとバラバラが多くなり、特にポップな曲を書くのを得意としていたロジャー・グリーナウェイは、親和性の高いトニー・マコウレイと組んでの曲が多くなる。グリナウェイ=クックとして、2人もしくは2人のどちらかでクレジットされた全英20ヒットは25曲と、まさにトニー・マコウレイに続く2番手としてヒットを生み出していた。このロジャー・グリーナウェイのインタビューも日本はおろか米英でも見たことがない貴重なものだ

 

          (インタビューアー:浅田洋、佐野邦彦/訳:岩井信)

Qあなたが影響されたお気に入りのアーティスト、曲、ジャンルを教えて下さい。

ロジャー・グリーナウェイ:ぼくは、サビのフックが効いた、いわゆるスタンダードなポップ・ミュージックが昔から大好きだったんだ。ぼくが音楽ビジネスに入るきっかけになったアーティストは、Johnny RayFrankie LaineBobby DarinThe Four Aces、ハーモニー系のグループが大好きなんだ、そしてエルヴィス・プレスリー(Elvis Presley)やビーチ・ボーイズ(Beach Boys)だ。曲で言うと、「Heartbreak Hotel」や「God Only Knows」「Good Vibrations」などだね。ドリフターズ(Drifters)なんかも最高だし、「Stand By Me」「Save The Last Dance For Me」なんかもいいね。

Qあなたが作った曲の中で最も古いものはトニー・バロウズ(Tony Burrows)とのデュオOne & One名義で1964年にリリースした「I’ll Give You Lovin’」ですが、それ以前のケストレルズ(Kestrels)時代の活動について教えてください。

ロジャー・グリーナウェイ:そうだよ。「I’ll Give You Lovin’」をレコーディングする前に、トニー・バロウズとケストレルズという4パートに分かれたハーモニーを奏でるグループにいたんだ。1961年にプロになってから、Pye Picadilly RecordsDeccaから何枚のレコードをリリースした。「Chapel In The Midnight」、ビートルズのカバー「There’s A Place」のレコーディングでHelen Shapioなど著名な様々なアーティストとツアーに同行したよ。Eden KaneAdam FaithBilly FuryTom JonesEngelbert HumperdinckBenny Hill等々だ。

Qあなたの、ロジャー・クック(Roger Cook)との大ヒット曲「You’ve Got Your Troubles」について教えてください。彼とのベスト・ワークについても教えて下さい。


ロジャー・グリーナウェイ:「You’ve Got Your Troubles」がロジャー・クックとぼくが最初に書いた曲だったんだ。クックは1964年に、ケストレルズに元いたメンバーのうちの一人がソロになると同時に入れ替わるようにメンバーになったんだ。丁度ハーマンズ・ハーミッツと一緒にツアーを回っていた時だったかな。クックがメロディの裏を取って、ぼくがメロディを歌う、その途中で歌詞とかはなかったんだけど、曲のタイトルがふと浮かんだんだ。1時間以内には曲が完成されてたね。「and it must seem to you my friend,that I ain’t got no pity for you,well that’s not true,because I lost my little girl too」という歌詞のカウンター・メロディ(オブリガード)部分はクックのアイデアなんだよ。どれほどぼくらが興奮したことか、想像してごらん?フォーチュンズ(Fortunes)でのレコーディングが世界的なヒット曲となってさ。またジョージ・マーティンをプロデューサーにむかえて、デビッド&ジョナサン(David & Jonathan)としてもレコーディングしたんだ。ぼくらのデビッド&ジョナサンとしての2曲目のヒットは「Lover Of The World Unit」はぼくのお気に入りでもある。



ホワイト・プレインズ(White Plains)の「My Baby Loves Lovin’」、そしてホリーズ(Hollies)の「Long Cool Woman In A Black Dress」、何もかもだね。ドリフターズの「Like Sister And Brother」やニュー・シーカーズ(New Seekers)の「I’d Like To Teach The World To Sing」も胸を張れるね。ジーン・ピットニー(Gene Pitney)の「Something’s Gotten Hold Of My Heart」やカングリゲーション(Congragation)の「Softly Whispering I Love You」は言うまでもないね。

Q曲を書くには何が一番大切ですか。ヒットソングには何が不可欠ですか。

ロジャー・グリーナウェイ:曲を書く上で一番大事だと覚えておかないといけないのは、自分ができる以上に作曲することを心掛けることだ。時々、最初にふと浮かんだままの方がいいってこともあるけどね。これが自分のできる限界だとがんばることだね。いくつかのスタンダードとされている曲はどうってことのない歌詞なんだけど、とっても記憶に残るメロディで構成されているよね。おそらくヒットソングに必要な要素は、記憶に残るキャッチーなメロディ、そして、聴く側が共感できる分かりやすい歌詞だと思うよ。トニー・マコウレイ(Tony Macaulay)なんかはこの手の天才じゃないかな。

QあなたはNaked Truthとして1967年にトニー・バロウズと「Two Little Rooms/Rag Doll Boy」をリリースされましたよね。これらはあなたの曲ではなく、同時に収録された曲は、ミレニウムのメンバーの曲でした。この選択はどういった経緯でなされたのですか。

ロジャー・グリーナウェイ:ぼくたちがなぜ実際それらの歌を収録したのか、全く覚えてないね。

Q1979年にジョン・カーター(John Carter)Driftwoodとして「Come Into The Warm」がリリースされました。これ以外に彼とのコラボレーションはあるのでしょうか。


ロジャー・グリーナウェイ:「Come Into The Warm」はCadburyというというチョコレート・ドリンクのジングル(CM曲)として書かれたんだ。ジョン・カーターが、テレビ・コマーシャルで歌って、その反応がとても良かったので、ぼくらはDriftwoodとしてシングルをリリースすることにしたんだ。ジョンとの作曲という意味でのコラボレーションはそれっきりだね。ぼくらはとてもいい友達で、いくつかセッションで他の人達の曲は歌ったんだけどね。

Qあなたはホワイト・プレインズ、ブラザーフッド・オブ・マン(Brotherhood Of Man)のメンバーでしたが、結構早くにグループを抜けられています。何故でしょうか


ロジャー・グリーナウェイ:ホワイト・プレインズ、ブラザーフッド・オブ・マンそしてピプキンズ(Pipkins)は、全てスタジオ・グループだったんだ。70年代初頭にぼくは、自身が歌ったりするパフォーマー側(フロントマン)の立場を諦めて、もっと裏方作業であるプロデューサー、作曲、作詞といった方向に精神を統一し始めたんだ。そのため、いざツアーにこのグループで行こうかとなった時に、それを断って誰か別の人たちに置き換わったということなんだ。もちろん、ホワイト・プレインズに対しての、プロデュース、作曲、作詞活動は続けたけどね。


Q60年代後半から、70年代中期に渡って、トニー・マコウレイとの世界的ヒットが数多くありますが、あなた自身のお気に入りの曲を教えてください。

ロジャー・グリーナウェイ:トニー・マコウレイとのワークスでも特にお気に入りの2曲が、アンディ・ウィリアムス(Andy Williams)の「Home Lovin’ Man」と、ドリフターズの「Kissin’ In The Back Row」だ。




Q1973年頃からドリフターズをプロデュースするようになりましたが、この経緯を教えてください。

ロジャー・グリーナウェイ:前の方で述べたけど、ぼくはドリフターズの大ファンだったんだ。Henry Dellarsという人物が、ぼくもよく知るケストレルズのエージェントだったPeter Walshの元で働いていたんだ。彼はイギリスでのドリフターズのブッキングを、ぼくに会いに来る前の何年か行っていたんだ。ドリフターズはしばらくの間レコードをリリースしていなく、実際レコーディングする予定もたってなかったんだ。ぼくはそのチャンスに飛びついたね。だってぼくにとってJohnny Mooreは彼の世代で最高のリードシンガーだったからね。Johnny MooreBill Fredericksそしてその他のドリフターズのメンバーと、それから素晴らしい5年間を造ったんだ。

Q英国の作曲者、トニー・マコウレイ、トニー・ハッチ(Tony Hatch)、ジョン・カーターについてどう思いますか。彼らの曲でお気に入りがあれば教えて下さい。

ロジャー・グリーナウェイ:ぼくはトニー・マコウレイ、トニー・ハッチそしてジョン・カーターを評価している。特にトニー・マコウレイはある明確な理由で評価している。何故なら、トニー・マコウレイはたくさんの良質なポップ・ミュージックを作曲したからだね。もし1曲だけ選ばないといけないとしたら「Build Me Up Buttercup」を選ぶね。トニー・ハッチについては、ぼくと初期の曲「Everything In The Garden」をレコーディングしたというのが印象的だね。丁度、ビートルズとペトラ・クラークとのツアー中に作曲した。曲を選ぶとしたら「Call Me」と「Downtown」だ。どちらもアメリカではスタンダードだ。そしてジョン・カーターのお気に入りの曲は、彼のパートナー、ケン・ルイスと作曲した「Funny How Love Can Be」そして「Tossin’ & Turnin’」だ。

Qロックンロールのソングライター、レノン=マッカートニー、ジャガー=リチャード、ピート・タウンシェンド、レイ・デーヴィスについてはどう思いますか。

ロジャー・グリーナウェイ:レノン=マッカートニーとジョージ・ハリスン(「Something」の)大ファンなんだ。ローリング・ストーンズの初期の好きだね。特に「Honky Tonk Women」なんかがね。フーもいいね。でもずっと続けてファンでもないんだよね。実際に買ったのが今でも名盤な「My Generation」だけなんだけどね。レイ・デーヴィスも「Waterloo Sunset」という素晴らしい曲を書いたよね。未だに以前購入したやつが、ぼくのジュークボックスに入っているよ。全員歴史的なパフォーマーであり作曲家たちだね。

Qドイツのテレビ番組であなたとトニー・バロウズが出演しているのを見かけたのですが、あなたは未だに音楽に携わる仕事をされているのでしょうか。もし、そうであれば、今後リリースの予定はあるのでしょうか。

ロジャー・グリーナウェイ:トニー・バロウズとはよく会うよ。何故なら、5年くらい前にオリジナルのケストレルズを再結成させたからだ。一か月に一回ぐらいはリハーサルを行いチャリティ・ショウだけで演奏しているんだ。ここ数年で思ったよりたくさんの収益が出たので、その一部をつかってトニーは未だにセッションをしてるね。地元の学校で先生をしながら。ぼくは、ここロンドン支部ASCAPのシニア―副社長だ。ASCAPJASRACの兄弟団体なんだ。

Qあなた自身のお気に入りのものを教えて下さい。

ロジャー・グリーナウェイ:クック=グリーナウェイ作曲でお気に入りは?と聞かれたらかならずこう答えるだろうね。まず「You’ve Got Your Troubles」だ。この曲は初めて一緒に作曲した曲だからね。それと「Lover’s Of The World Unite」だ。ぼくたちの最初のレコーディングされたヒット曲だ。           (2003年収録)

1996年6月25日火曜日

☆Sunrays : Vintage Rays (Collectable/8833)



今回の最高のリイシューはなんといってもこのサンレイズのコンプリート3枚組 CD ボックスである。
まずディスク1はサンレイズの原型のRenegadesSnow MenRangersなどの名義でリリースされたインスト中心の初期楽曲集、ディスク2はサンレイズの唯一のアルバム「Andrea」を含む多数のシングル・オンリー曲も網羅した公式音源集(1曲未発表デモ含む)、そしてディスク3はサンレイズでの未発表10曲を含む未発表デモ集という、驚異的なボックス・セットが実現した。
なんといってもディスク2、3が華だ。
今まで一部で言われてきた「サンレイズはビーチ・ボーイズのクローン・バンド」という見方がいかに誤っているかよく分かるはず。
サンレイズにはリック・ヘン、そしてエディ・マドーラという作曲が出来るメンバーがいてそれぞれ素晴らしいオリジナル・ナンバーを書いていたこと、マレー・ウィルソンが雇ったアレンジャー、Hial Kingも優れた曲を書き、またHialともう一人のアレンジャー、Don Ralkeはサンレイズのサウンドにホーンやストリングスを的確に加え、ビートがあってポップなサンレイズのサウンドを完成させていた。そしてこのボックスに収録されていたデモの質の高さはまさに驚異的で、デモの域をはるかに超え、正式にリリースされた曲より出来がいいものが多い。
特にリック作の2曲、デモの "Goognight Debbie,Goodnight" とサンレイズがクリスマスにマレーへプレゼントした曲 "Our Leader" は、ファルセットのヴォーカルを存分に使った美しいメロディ・ライン、厚いハーモニーとも完璧な出来で、特に後者はどうしてこんなもったいない使い方をしたのか謎としかいいようがない。
また完成度が高く「Andrea」の雰囲気にピッタリなエディ作 "I Wanna Know" Hial作の "I Was A Loser" や、ビーチ・ボーイズにも一歩もひけをとらない華麗なアカペラ "I'm On My Way" も聴きもの。
どれをシングル・カットしても十分な出来だ。
またこれはサンレイズではないが、マレーがビーチ・ボーイズの為に書き、リックがデモを作った "Won't You Tell Me" は、このボックスのハイライトとなる実に美しい曲で、言われるようにマレーは決して無能ではなかったことがこの1曲で分かる。
サーフィン&ホットロッド系のグループで洗練されたサウンドを聴かせてくれるのは、ブライアン・ウィルソンのビーチ・ボーイズ、スローン=ヴァリのファンタスティック・バギースくらいで、ゲイリー・アッシャー関係やジャン&ディーンはどうにもあか抜けないため、いわゆる「当たり」が少ないのだが、このリック・ヘン、エディ・マドーラのいたサンレイズも最高レベルのグループで、存分にリスナーを満足させてくれるだろう。
サンレイズ以降リックはDon Ralkeのプロデュースでトロピカルな "So Lonely" (Philips/42370)や、極上の美しいバラード "Girl On The Beach" (Epic/11036。もちろんリックのオリジナル)といった優れたシングルを残し、エディはヘヴン・バウンド(「ソフト・ロック追補」のコーナー参照)の実質的なメンバーとして、素晴らしいハーモニーを聴かせてくれた。
この CD ボックス、Collectableということでご心配のむきもあるだろうが、なんと詳しいブックレット付き、このまま心を入れ替えて欲しい。(佐野)
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1996年6月11日火曜日

☆Jan & Dean : Save For A Rainy Day(Sandazed/11035)

遂に出たか!ともうお求めの方も多いだろう。
このアルバムは当時アメリカでコロンビアからリリース予定があったもののボツにされ(日本のみ発売された)、自己のジャン&ディーン・レーベルより僅かにリリースしただけで、今や何百ドルもするウルトラ・レア盤になっていたが、こうして目出度く復刻された。
ジャン&ディーンといっても、このアルバムはディーン・トーレンスのソロ。66年4月にジャン・ベリーが交通事故で瀕死の重症を負ったため、ディーン単独で、ジョー・オズボーンやラリー・ネクテルといった友人のセッション・ミュージシャンを集めた作ったアルバムである。珍しさだけではなく、内容もなかなか良かった。「雨」をキーワードにしたコンセプト・アルバムで、曲間は雨音や雷鳴でつないだ。ゲイリー・ゼクリーの名曲 "Like A Summer Rain"  "Yellow Balloon" を核として、ジャズっぽいアレンジで心地良く仕上がったスタンダードの "Pocket Full Of Rainbow"  "When Sunny Gets Blue" が入ったA面(当時の LP )は素晴らしかったが、B面の "Rain On The Roof"  "Cryin' In The Rain" などのカバーは安っぽい出来で褒められたものではない。しかし、海、夏、女の子といったイメージから離れ、サウンド的にもソフトなポップ路線にチャレンジした意欲作で、評価出来る。いつもながら思うことだけど、ディーンの歌がもう少し上手ければねぇ...。(佐野)
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1996年6月10日月曜日

「Soft Rock A to Z 」-(ソフトロックA to Z)(VANDA編/音楽之友社刊)



 あっという間に売り切れてしまったVANDA 18号の特集「ソフトロック大辞典 A to Z」の内容をグレード・アップした、ソフト・ロックのディスク・ガイドの決定版が、VANDA編集部の制作によって音楽之友社より出版された。主に1966年以降1975年頃までのメロディとハーモニーが中心の心地良いポップ・ミュージック、ソフト・ロックのガイドで197アーティストのバイオグラフィーとアルバムを一挙紹介。
18号の時の紹介アーティストは108だったが、197と一挙に倍増近く増やし、そのすべてにディクコグラフィーとUS、UKのチャートを記述した。そしてロジャー・ニコルスやジェリー・ロスなどの主要なコンポーザー/プロデューサーはワークス編としてまとめ、シングル・オンリーのものなどはシングル編として紹介、また日本では初めてのトニー・マコウレイのインタビューも実現した。とくかくデーター重視、文字数は多いが、雰囲気中心で肝心のデーターが欠落した「オシャレ」な他誌と比べて内容面で遥かに凌駕したと自負している。
ソフト・ロックというくくりで考えず、Late 60'sからEarly 70'sのポップ・ミュージックのガイド・ブックと思って欲しい。
18号を既に買われた方も、この本は是非入手して欲しい。[通算6版出来](佐野)