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Japanese
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Rod
McBrien interview
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- Q1.
The Long Island
SoundsはWonderレーベルから「Tiger
(Fred
O'Brien)/Lucky Guy
(Fred
O'Brien)」のシングルを出していますが、このシングルにあなたは関わっているのでしょうか?
- いや、一度も Fred O'Brien や
"Tiger"、"Lucky Guy"
等は聴いたことがないね。
ぼくの Long Island Sounds Group は、この Long
Island Sounds Group
とは何の関係もないね。多分みんなは知らないだろうから教えてあげるよ。The
Long Island Sound は大きな水の部分なんだ。Long
Islandの New York、Connecticut を隔てるね。
ぼくらは皆このLong Island
出身だったから、丁度いいネーミングだろと思って当時グループ名にしてたんだ。興味深いのは、どちらのグループにも「s」を付けていたというところだ。
よくよく考えてみても、これよりいいネーミングはなかったね。
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- Q2.
Anders=Ponciaの曲をあなたは多く取り上げ、作風も影響を受けているように思われますが、Anders=Ponciaはあなたにとってどういう存在ですか?
- 60年代後半(1967-1969)、ぼくは
Allegro Recording
スタジオにてエンジニアとして働いていたんだ。そこで働いていた頃、「Kama-Sutra」や「Buddah
Records」のセッションを数多くレコーディングした。
レーベルのプロデューサーたちとも数多く仕事をした。Artie
Ripp、John Linde、Bobby Bloom、Bo Gently、Tony
Bruno、Richie Cordell、Richard Perry、Vic
Melrose、Tommy Kaye
等がパっと頭に浮かぶ人たちの名前だ。
しかし、Kama-Sutra/Buddah
からのプロダクション・チームで一番多く仕事を一緒にしたのは、Pete
Anders と Vinnie Poncia だ。
彼らとの仕事で、とてもポジティヴな影響を受けた。もちろん、彼らから学んだこともたくさんある。
彼らは作曲、プロデュース、歌うなどなんでもでき、それらにズバ抜けてもいたんだ。そして彼らの音楽的テイストはとても自分のにも似ていたんだ。
彼らと仕事したプロジェクトは、「The
Tradewinds」、「The Innocence」、「The
Critters」、そして彼ら自身のアルバム「Anders
& Ponicia」だ。
彼らとたくさんのプロダクションをこなすことによって、彼らの持ち曲に詳しくなっていき、何年かかけて彼らの曲もいくつかカバーをしたね。
彼らとのプロダクションがビッグヒットせず、成功しなかったとしても、ぼくは喜んで、それらの曲を自身のプロダクションから再び世に送ったよ。
Vinnie
はいくつかの曲をその当時書き、プロデューサーとして成功していた。彼の仕事としていくつかあげると、Ringo
Starr、Melissa Manchester、そして Kiss だ。
恐らく Pete
はあまり音楽ビジネスに関わっていないと思うのだけど。最近
Brian Gari
のアルバムをプロデューシングしていたね。Brian
がぼくにこういっていたよ。
「彼は未だにいい音感をしていると」
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- Q3.
Finders Keepersは、Gospel
Garden、Magic Bus、また日本のBobbie's
Rokin'Chair
がカバーしていますが、それぞれの印象はどうでしょうか?
- 全部いいね、好きだよ。
それぞれのレコーディングがオリジナルの Salt
WaterTaffy
のレコードにどれだけ影響を受けているかなあって聴けるのがとても興味深いよ。
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- Q4.
Sageは爽やかないい曲を残しましたがどんなグループでしたか?
- 「Allegro Recording
Studio」でエンジニアとして在籍してた時に「Laurie
Records」のDoug Morris、Elliot Greenberg
と働くことがしばしばあった。
エンジニアリングの課程で、ギターやパーカッションのパートや、ボーカルのパートをオーバーダブすることが時々あって、ある日、彼らは出来上がったばかりの新しい曲をスタジオへ持ち込んでぼくにそれを唄ってくれないかと頼んできたんだ。要するに、グループの一員になって唄ってくれってことなんだけど。
きっと彼らは、その曲がぼくにしっくり来ると思ったんだろうね。ぼくは喜んでかれらに呼応したんだ。その曲は"Jennifer"といって、多分映画「Love
Story」に影響されたんだと思うよ。AliMcGraw が
Jenny 役をやってた。
Doug Morris
はもちろん、今では巨大音楽産業のユニバーサルグループで社長・チェアマンになっている人物だ。
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- Q5.
Philと再び組んだSmiling
Facesについて教えてください。
- 再度になるけど、このグループは
Phil Tano をフィーチャーした New York
のスタジオグループだ。
ちょっと良く思い出せないのが、"Younger Girl"
という彼らの最初のリリースとなった曲を誰がグループで歌ってたかってことなんだ。Phil
がもちろんリードボーカルだったんだけど、Ron
Dante
とぼくもグループの一員だったことは確かだ。
女の子もグループにはいたんだけど、その娘たちが誰だったのかは分からないね。
ぼくたちのセカンドリリース"Tulsa"は、Joe Rock
とぼくが作曲し、Nashvilleでレコーディングされた。
このレコーディングセッションは、Nashvilleでの最初のレコーディングで、とても楽しめた。再度になるけど、Philがリードボーカルを担当し、Marie
Cain、Janie
Brannon、そしてぼくがグループでその他を担当した。
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Smiling
Faces:
"You're Gonna Think Of Me"
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- Q6.
Spurrlowsはいいグループでしたが、なぜ
Ron Danteと組んだのですか?
- The Spurrlows
はリーダーでもある Thurlow
Spurrによって結成され、彼の名前に基づいてグループ名が付けられた。
グループは、DetroitとMichiganに拠点をおき、Chryslerがスポンサーだった。
グループには二つの指命があった。毎年、州をまたいで活動し、主に高校などで演奏をするということと、グループがクリスチャンだったこともあって、週末夜には、教会などで神聖な音楽(讃美歌?)を演奏するということの二つだ。
彼らはちょっと離れた教会などもカバーしていたね。
ぼくはThurlowと契約し、グループに合った曲をプロデュースすることとなった。
いざレコーディングするぞという時に、グループは演奏旅行(On
The
Road)に出掛けていてなかなかレコーディングが出来なかった。でも、実際にグループは入れ替わりが激しく、一年毎にメンバーが替わっていたので、レコーディングに彼ら自身を参加させるか否かなんてのはあまり関係がなかった。
なので、ぼくは友達のRon
Danteにグループの音面を任せ、New
Yorkでも指折りのスタジオシンガーでバックグラウンドをカバーしたんだ。
Ronは、もちろんみんなも知っているだろうが、The
Archies や TheCufflinks
などのスタジオグループの音も手掛けていたんだ。
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- Q7.
The Cantina
Bandは豪華メンバーですがそのいきさつは?
- ぼくがメンバーを招集したんだ。The
Cantina Band は Meco Monardo
の頭脳の産物だった。
Stars On 45
(確かそんなグループ名だったと思うが...)
コンセプトの後に結成された。
同じビート上に途切れないで曲を繋げたメドレーのね。でも、今回は、全てビーチボーイズの曲だったけどね。
Meco
はぼくに、ビーチボーイズみたいに歌えるシンガーを集めてグループを結成してくれないかって依頼してきたんだ。
そして、彼らがビーチボーイズの歌を知っていれば尚のこといいねって。Meco
は正しい人間に依頼してきたね(笑)。
何故なら、コマーシャルなどで何度もモノ真似グループを結成させていたから、すぐ誰を呼べばいいかって思いついたね。
ぼくらのグループ The Cantina Band は Tom
Dawes、Al Dana、Lou Christie
とぼくで成り立っていた。
ぼくがリードパートを歌い、Lou がファルセット、Al
が
ベースのパートをそれぞれ担当し、全員がグループのハーモニーを歌っていた。'Cantina
Band'
という名前がどっから出てきたのかは不明だが、おそらくMecoが名付け親かな。
ぼくらは、自分たちを Bench Boys
と呼んだ。ビーチボーイズの大ファンでもあったためか、このセッションは今までの中でも最も楽しかったレコーディングの一つだったね。
みんなもそうだったハズだよ。
Lou Christie は、もちろん、Lou Christie
で、"Lightning Strikes"、The GypsyCried "I'm
gonna make you mine" etc.で知られている。
Tom Dawes はThe Cyrkleの最初のメンバーで"Red
Rubber Ball"、"Turndown
Day"で知られている。彼はTome Dawes
MusicというNew
Yorkでも一番成功しているコマーシャル会社を運営しているんだ。Al
DanaはNew
Yorkでもトップクラスのスタジオ・シンガーだ。
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Cantina
Band:
"Summer '81"
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- Q8.
Fred
Starkとはどんな人ですか?
- Fred
と私は70年代半ばに丁度二人とも同じ様な歌を歌っている時に知り合った。
ぼくたちは、しばしば一緒に歌い、ぼくらの声がとてもキレイに混ざり合うことに気付いたんだ。それで、一緒にレコードでも作ってレコード会社へ持っていってみようかってことになったんだ。Fredはぼくより全然歌がうまく、ぼくらのDuoのリードパートを担当していた。
ぼくらが最初にレコーディングしたシングル"Isn't
It Lonely Together"は、Estelle
Levittと自分により作曲され、David
Spinozzaによってプロデュースされた。
RCAはレコードをリリースしてくれ、ぼくらは自分たちを
Stark &McBrienとよんだ。
ぼくらは更にシングルを作り、アルバム「Big
Star」をRCAに残した。RCAに見放され、Lifesong
Recordsへ活動の場を移し、次のリリースとなる
"Home Again, Again"を作成した。
Fred
とぼくとのベスト・レコーディングは、実際には制約付きだった
RCA や Lifesong で行われたものだ。
ただ残念ながら、二度とレーベルお抱えとなってレコーディングすることができなかったのだが。
ああ、残念。
Fredとぼくは、依然仲が良く、しばしば一緒に仕事もする。もちろん、彼の歌は健在だ。
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Ms.Estelle
Levitt:
"Lonely Together"
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Stark
& McBrien:
"If You Like The Music"
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Stark
& McBrien:
"Big Star"
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Stark
& McBrien:
"Home Again…Again"
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- Q9.
Discographyから抜けていたFontanaレーベルのシングル「Let
The Good TimesIn
(N.Sedaka=C.Bayer)/One
& One Make Two
(R.McBrien=B.Ross)」Produced
by Rod McBrien、Arranged by Meco
Monardoについておしえて下さい。またB面の曲はWhence
I Make Thee
Mineに非常に似ていますが?
- このインタビュー自身、実にいいエクササイズになった。
そして、自分が関わった作品のディスコグラフィを作るというモチベーションにもなった。いざ自分が関わったレコードを集めてみようとしてみたら、二つ手元にない事に気付いたんだ。
もしかしたら、もっとあるのかもしれないが、自分が覚えている限りでは、二つだ。そのうちの一つが"The
Wishbone"だ。ぼくがネーミングして結成したグループでいくつか彼らとレコードの面を分け合ったんだけど、それが見つかっていない。それをまず思い出したんだ。実際にはないけどね。
そんな感じでディスコグラフィを作成していた時期に、もう何年も会っていなかった昔の友人に行き当たったんだ。Brian
Gari
といって、素晴らしい作曲家であり、歌い手であり、プロデューサーでもある人物だ。Brianはいくつか年下で昔からぼくを尊敬してくれていた。少なからず、ぼくはこの様に覚えている。彼はいつもぼくのプロダクションに感謝してくれて、ぼくは彼がいつも感謝してくれる事に感謝した。彼はメジャーレコードのコレクションを保持していた。もちろん、今も。それで、久しぶりに会おうってなった時に、彼のコレクションの中にThe
Wishboneという名前のグループがないか訪ねてみたんだ。彼は、あるよといって、もしかしたらそのレコードのコピーがあるかもと答えた。ぼくは彼に感謝した。結局、自分はまだボケていないってことにもなったしね。
彼はぼくを次の日に呼びつけて、そのレコードを見せてくれた。未だにそのレコードを貰えるかなんて交渉はしていないが、彼は間違いなくくれるだろう。最低でも貸してはくれるだろう。何度も繰り返しになってしまい嫌なのだが、このグループはスタジオグループで彼らの歴史・写真も何も残っていない。誰が実際に歌っていたかも覚えていないんだ。でも、もしそのレコードを聴くことが出来れば絶対思い出すと思うよ。もちろん、その時にはヴァンダ読者みんなに連絡をするよ。
Side-Bの曲については本当に覚えていないんだ。でも、確かに"Whence
I Make
Thee Mine"に似ている可能性は十分にあるね。前の質問でも答えたけど、Anders
and Ponciaはとてもぼくに影響を与えているからね。おまけに、同じコード進行を知っていたしね。
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Wishborn:
"Let The Good Times In"
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- Q10.
Star Wars Christmas
Albumの思い出をおしえてください。
- ぼくの親しい友人Meco
Monardoが、自身でプロデュースを手掛けている「Star
Wars Christmas」Album
の話しをある日持ち込んで、その中で一曲やってくれないかということで始まったんだ。
この話しを聞いた時、これは面白いと思って、すぐにお気に入りのコラボレーター
Bill Backer を誘った。ぼくらは"The Odds Against
Christmas"というかわいい一曲を手掛けた。
アルバム内ではAnthony DanielsというC3PO (Star
Wars
の映画内で登場する金色のロボット)の声を劇中で担当している人物が担当しているものだ。
Meco
はぼくをグループのシンガーとしても雇ってくれた。ぼくの息子Roddyも子供のコーラス隊での一員として参加した(当時10才ぐらいだったかな)。
そして、これでレコーディングでデビューを飾った人間もいた。John
Bongiovi:Bon
Joviだ。こんなのはどうでもいいかな?
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- Q11.
Astral Projection
について教えて下さい。
- ぼくの天国にいる親愛なる友人、Lor
CarneがAstral
Projectionがコンセプトを作り、アルバムのための全ての曲をBernice
Rossと共に作曲した。ぼくもBerniceと何曲か曲を書いた事があるのだが、これらのアルバムにはないね。
そして、もちろん、別のスタジオグループが存在した。ぼくはそこにプロデューサーとしてLorと一緒にクレジットされているが、プロデュースにも少し絡んでいるが、グループのために歌っただけで、Lorが実際にはプロデュースしたんだ。
ぼくが探せないっていってたもう一つのレコードが、その別のアルバムで"The
Children Of Prague"というLor
Craneとレコーディングしたものだ。
そのアルバムにThe Sherman Brothers
(主にディズニーなどの作曲を多く手掛けている)
のビッグタイトルがフィーチャーされていた。再びになるけど、一度もリリースされなかった曲として、この曲を登録する寸前だったんだ。
ぼくはあちこちにこのアルバムについて、そしてLorの兄弟等にも訪ねたんだけど、何も情報が出てこなかったね。
Brian Gari
が、まさか所有しているなんて思っていなかったんだけど、ダメもとで最後の力を振り絞って訪ねてみたんだ。ビンゴ!!
再びBrianと連絡を取ったら、彼はこのレコードの
Mercury Records
から出たやつを持っていたんだ。
Brianはほんと、ぼくらの様な音楽に関して、いいコレクションをしているよ。
彼がいなかったら、二度と出会えなかっただろうね。この一枚は、本当に世に知られていない一枚なんだ。
VANDA をもってしても調べられなかっただろ?
どっちにしても、ぼくの仕事に関して、ほんと君らは詳しいよね。
Brian ありがと!!
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Children
Of Prague:
"Old-Time Bubble Gum Music"
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Diane
& Annita:
"I'm Ready If You Are"
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Joe Cuba
Sextet:
"Baby You're Everything"
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Dottie
West:
"California Cousins"
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interview
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interview English
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Rod
McBrien interview
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インタビュー:佐野 邦彦(Kunihiko
Sano/VANDA)
英訳・和訳・意訳:岩井 信
(Shin Iwai)
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Interview
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