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Rod
McBrien interview
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- Q18.
その後に The Goggles
に参加しましたけど、どんな経緯で参加されたのですか。
- Audio Fidelity Records の Ed
Newmark が土曜日の朝の the Mattel Children's
Theater シリーズの番組の為に(The Monkees
みたいなショウね。)バンドを丁度作ろうとしていたんだ。それが最終的に
The Goggles
となったんだけど、そのオーディションで歌って演奏できる人をを探していたんだ。だからギターを演奏して参加したんだ。
そして友達の Reid Whitelaw
がこのオーディションの事を聞いて、僕のためにオーディションをアレンジしてくれたんだ。それに僕は合格して友達の
David Spinozza も引き込んで、役者の Jessica
Harper と Mark Lockhart
を入れてグループにしたんだ。Guy Fraumeni
のプロデュースで Audio Fidelity
に一時間番組用のシングルとアルバムを一枚レコーディングした。番組は約束通りにNBC
でオンエアされて、これが毎週の番組として取り上げてくれる事を願ったんだけどダメだった。でも
The Goggles の曲は "Take A Giant Step"
という番組で毎週土曜日の朝に放送され続けた。
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- Q19.
Joy
についてはどう思っていましたか?
- 繰り返しになるけど、Joy
もまたニューヨークでは一番のミュージシャンとシンガーのスタジオグループに所属していた。それはどんな風に始まったかというと、ニューヨークのエリアでイスラエルの旅行会社のとってもキャッチーな
"Bashana Habana"
という、ニューヨークの人なら誰でも知ってて口ずさむ広告曲が有ったんだ。だれのアイデアかは忘れたけど
Meco Monardo
と僕で一晩で詩を書き上げてレコーディングしたんだ。元曲はイスラエルで録音されたと思うんだけど、僕達のヴァージョンはホントにコマーシャルのにそっくりだった。レコーディングしてすぐに
Kama Sutra Records
と契約してリリースした、その曲は成功したけどグループをつなぎ止めるだけの成功はしなかった、だから写真すら残ってないんだ。
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- Q20.
1972 年から 1975年の Liquid
Smoke と Dottie West
にクレジットが出て来るまで、
音楽の最前線で名前を見なくなってしまったのですけど、その間は何をしていたのですか?
- なんか、僕が雲隠れでもしてたみたいな風じゃない?
1972年から1975 年の間に Coca-Cola、Miller
Beer、Exxon そして
Buick(車メーカー)なんかの広告用の音楽の作曲とプロデュースを積極的にやっていた。1973年には
Estelle Levitt の "Isn't It Lonely Together" で
Annua American Song Festival を獲得したし、RCA
に Stark & McBrien
としてこの頃に録音をした(ディスコグラフィ見てね)。
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- Q21.
それから、今までの仕事を教えて下さい。
- 今でも広告音楽を積極的にやっている。出来れば、新年の
Fiesta Bowl Championship
でショウをやりたいと思っている。Ted Daryll
と一緒にやっている、美人で若い Okko Saito
という日系アメリカンシンガーとのプロジェクトに夢中になってる所だ。どう?こういうのもいい感じでしょ?そして今、一番大きな進行中のプロジェクトは
The World War II Tribute Album
だ、このアルバムは戦争に当時の曲を今のアーティストがパフォーマンスするという企画のアルバムで
2004 年の the WWII Memorial
に合わせるように調整中なんだ。
"Light A Candle, Say A Prayer"
という曲も丁度書いたんだ、僕らの国に対しての攻撃に影響されて、特に数週間前に目撃したあの日の事を。友達の
Darryl Tookes
とそれをレコーディングしてアメリカ国内でリリースしようとしているんだ。
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- Q22.
今まで振り返って好きなアーティスト、影響を受けたアーティストをおしえてください。
- 僕は今まで自分が聞いた全ての音楽に少なからず影響を受けてきていると思っている。コンテンポラリー・ライターは全てそうだとぼくは思っている。常に
"フレッシュ" で "新しく"、"異なる"
様に挑戦していきたいし、そう有りたいと考えている。実際今はそうだし。でもある一定の境界線は越えていないけどね。それを越えない様にしているんだ。例えば、今のチャートのトップを賑わせている女の子たちの音楽を聞いてみると、どれも似たように聞こえない?つまりライター、プロデューサーとして少なからずぼくも聞いた物の全てから影響を受けているんだよ。
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- Q23.
最後にもう一つ質問です。あなたが
"After School"
という映画に関わっているらしいのですが、いかがでしょう?
他にも関わっている映画はありますか?
- 凄いね!どこからこの映画の事を探して来たの?長い間隠そうとしてきていたんだけど、聞かれたからには...。
ソングライターでプロデューサーの John Linde
と僕が数年前に脚本を書くのを手伝ったんだ。殆どの名前は忘れてしまったけど、僕らは他にも何本か書いたよ。"Rockstar
and The Brooklyn Dodger"
というのは上手くいったんだ、まだ製作はされていないけど、注目を集めているよ、期待して待っていてよ。
ぼくたちが脚本書きにハマっていた頃にフロリダから来た映画の製作に興味を持っていた紳士を、共通の友人だったプロデューサーの
Ross Testagrossa
を通じて紹介されたんだ。フロリダの紳士はアイデアを持っていてそれを脚本として書かせる為に僕らを雇ったんだ。僕らは脚本の技術を得る為の良い機会だと思ったし、お金も貰えるはずだったので引き受けたんだよ。その話は元々
"Before God"
というタイトルで酷いものだったよ。でもジョンと僕は出来る限りの事をやったよ、あの状況からしたら素晴らしい脚本が出来たと思っているよ。
その脚本は僕らの手を離れてから大きく変わっていった、僕達にはその脚本の映画作成に対してのクリエイティヴな権限は無かったし、実際の所は誰にもコントロールの権利なんて無かったから。確か最初は"Return
to Eden" というタイトルだったのに"After School"
に代えられていた。ほんとに腹立たしい映画だよ、これを見るのは時間の無駄だよ。フロリダの紳士はイカサマ師だったよ、僕達にスクリーンのクレジットにのせてくれたけど、役立たずだったし、お金もくれなかったし。
君がこの映画について触れなかったら、絶対にこのインタビューでは取り上げたくなかった話題だよ。ったく腹立たしい!!
映画音楽は幾つか書いたしプロデュースもした、
Kevin Kline, Susan Sarandon、Danny Aiello and
Harvey Keitel が出演した"The January Man," や
Sherman Hemsley、Burt Young、Judy Landers and
Karen Black の "Club Fed" や Audrey Landers and
Jerry Orbach の"California Casanova"
の音楽なんかを手掛けたな。
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Goggles
"Goggles"
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Joy
"Two different things"
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Sage
"You and me"
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The
Spurrlows
"Turn the world"
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end ...
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interview English
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Rod
McBrien interview
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インタビュー:佐野 邦彦(Kunihiko
Sano/VANDA)
英訳・和訳・意訳:岩井 信
(Shin Iwai),
福原 努 (Tsutomu
Fukuhara)
レコード写真提供 :
佐野 邦彦(Kunihiko
Sano/VANDA) , 石山哲也 (Tetsuya
Ishiyama)
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Interview
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