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“Keep On Rockin'” “I'll bring you back memories of 60s”“60s was such a wonderful time to me”“I love 60s”by Gary Lewis
1999.3.20 Saturday 17:00 - 17:53 Rainy Day @Sweet Basil 139

インタビュー前編
 Gary Lewis にとうとう突撃インタビューする時間が迫ってきた。佐野さんと事前に打ち合わせをするため、16:00 に渋谷 HMV にて待ち合わせ。自分が本人と会った時にサインしてもらおうと Collectable からリイッシューされた CD を HMV にて購入。明治通り側から新橋行のバスに乗車。バス内にて、佐野さんとなんて英語で挨拶しようかなどと相談。16:32 六本木到着。雨がまだ少し降っているためアマンドの向かいの First Kitchen にて打ち合わせ。事前に佐野さんより頂いていた質問リストに 2 人で目を通す。「前置きがクドイから少し割こう」など色々確認をしていたらもう時間だ!佐野さん慌ててトイレへ。次、自分もトイレへ。六本木の交差点を Sweet Basil 139 の方へわたる際に、昂る気もちを静めるように 2 人でタバコを歩きながら吸う。「佐野さん、実はぼく結構あがり症なんですよ(笑)」さあとうとうこの瞬間が来たぞ!

通された部屋には NHK 相撲中継を熱心に見入る人がいた。Gary Lewis 本人だ。最初に我々が何者なのかを Gary Lewis 氏に伝えた。

Gary Lewis:
「やあ!ぼくは相撲が大好きなんだよ。丁度今も見ていたところだよ。」

佐野・Shinnie:
「お楽しみ中大変恐縮です。」

Gary Lewis:
「いやいや全然構わないよ。まあまあ、そこに腰掛けて」

Gary Lewis が見ていたテレビを背に二人座る

佐野:
「VANDA という雑誌を作っているものです。VANDA 21 号であなた方バンドの特集を組みました。情報として不足していた部分を補う形で22号にも引き続き掲載されています。」(VANDA 21 号、22 号を実際に見せる)

Gary Lewis:
「はいはい、ぼくコレ知ってるよ」(とっても素敵な笑顔で。事前に VANDA 誌が手渡されていたようだ)

佐野:
「あと、『Soft Rock A To Z』でもあなた方バンドのことを取り上げています。」(現在制作中の改訂版の一部を本人に見せる)

すんなり質問に入ろうとしたところ佐野さんが渡した『Soft Rock A To Z(改訂版)』の日本盤シングルジャケット一覧を眼鏡を外し机に顔を近づけて熱心に見入る Gary Lewis 氏。

佐野:
「ここにあなた方のシングルが載っていますよ」(指で教えてあげる)

Gary Lewis:
「スゴイ!スゴイ!素晴しい!見てよこんなにたくさん!」

Shinnie:
「日本盤にはそのまま英語曲名が採用されない場合があって、邦題に置き換えられる場合も多々ありました。その方が日本のリスナーに分かり易い(伝わり易い)と思ったんでしょうね。」

Gary Lewis:
「うんうん。知らなかった(ん?)。ホントにスゴイ!当時もらっていた印税用紙のどこを見ても、どこにも日本でのセールスのことなんて書いてなかったから、今の今まで日本でぼくのシングルが発売されていたなんて夢にも思わなかったよ。そして見てよコレ!こんなにたくさんリリースされていたんだね。素晴しいことだよ。誰も当時自分の曲が日本で売られているなんて教えてくれていなかったからホントに知らなかった。でも素晴しいことがされていたんだね。」(とっても感激した様子で)

佐野・Shinnie:
「えええええええ!」

Gary Lewis:
「それに今回のステージに対する会場の反応の良さときたら...、ホント最高だよ。Sweet Basil の人たちもみんなぼくらバンドにとっても親切だし、もう最高だね。とっても日本が気に入ったよ。最高だよ。もうホント最高。是非また日本で演奏したいね。」(でもなんで日本でも当時シングルがリリースされていたことを、知らされてなかったんだろう?)

佐野:
「今日実は 20 前後の質問を用意してきました。一緒に我々の疑問を解決して頂けると大変ありがたいです。」

Gary Lewis:
「全然問題ないよ。是非やろう。」

佐野・Shinnie:
「よろしくお願いします。」


- Jerry Lewisの息子としての俳優の道ではなく、ミュージシャンの道を選んだのは何故ですか。教えてください。
Gary Lewis:
「父親と比較されるのが嫌だったんだ。何をやってもきっと父親と比較されるだろうし自分の Identity っていうものが確立できなかったと思うしね。父親はコメディで、ぼくは音楽。これだったら比較をされずに自分を見てもらえるだろ?」

Shinnie:
「昨晩あなたのライブを我々も見たのですが、ステージで多少コメディが階間見られましたね。」

Gary Lewis:
「うん(笑)。多少ね。もちろん Jerry Lewis の息子だから元々自分の中に存在している部分なんだ(笑)。」(その答えがほしかった!)

- Snuff Garrett とはどの様に知り合ったのですか。
Gary Lewis:
「ぼくの父親が Snuff Garrett と知り合いだったんだ。父親が、息子がバンドをしていてレコーディングをしたがっているから一度見てやってくれないかってことで Snuff Garrett に伝えてくれて、ぼくらがリハーサルをやっている時に一度見に来てくれたんだ。そこで彼は初めてぼくらの音を聴いたのさ。彼はとってもぼくらのことを気に入ってくれて、一週間後には Liberty Record と接触できたんだよ。だから父親を通じて知り合ったんだね。」(ホントに終始笑顔で。ここでちゃんと録音されているかどうかと佐野さんがレコーダをトントン叩いて和やかな雰囲気になる)

- Leon Russellは作曲家、アレンジャーとして大変重要なポジションにいたのではと考えているのですがどうでしょうか。
Gary Lewis:
「うんうん(うなずく)。Snuff Garrett は確かに凄腕のプロデューサだったけど、Leon Russell が全ての決定権を実は持っていたんだ。だから彼がボスだったんだ。彼はアレンジも全てしてくれたし、キーボードも全てひいてくれたし、ギターやトランペット、もうホントにたくさん色々なことをしてくれた。とってもキレるし賢い人だったね。」

- Playboysのレコーディングスタジオでの役割を教えて頂けますか
Gary Lewis:
「ぼくらは自分らのパートは自分で演奏してたんだ。ベーシックトラックって分かるかい?リズムセクションとかそういったところなんだけど、そういった部分が自分たちの役割だった。全部それらベーシックトラックは自分らでやったんだ。それで難しい部分、例えばリードギターとかキーボードなんかは、外部からスペシャリストを連れてきて確かにやってもらったね。だから簡単な部分は自分らで、難しいところを他の人にやってもらっていたんだよ。ぼくらがやったのは簡単な方だよ(念を押される)。ギター2本、ベース、ドラム、キーボードが自分たちの部分で、ぼくらで賄えない部分を外部の人間に手伝ってもらったんだ。」

佐野:
「それら外部の人間(レコーディングに参加してもらった人たち)を教えていただけますか」

Gary Lewis:
「ん?名前を教えてほしいってことなのかな。」

佐野・Shinnie:
「はい」

Gary Lewis:
「ドラマー兼パーカッションでは、Hal Blain。Hal Blain 知ってるのかい?すごいねえ(佐野さんが頷いたため)。ギターは Tom Tedesco。キーボード(ピアノ)は 3 曲ぼくらの作曲も担当した Glen D. Hardin。(佐野さんガンガン頷ずく)」

Shinnie:
「それら全員がスタジオにいたんですか?」

Gary Lewis:
「そうそう。みんなで一緒に色々やってたんだ。」

- 誰が作曲を依頼したり、カバー曲を選んだのですか?
Gary Lewis:
「作曲の依頼っていうより、レコード会社に多くの曲が投稿されてきていたんだよ。その中でいいのないかなあって自分たち(Leon Russell、Snuff Garrett 含む)で探したり、もしくは自分たちで作曲したりって感じだった。カバー曲に関してはSnuff Garrettが全て選んでくれたね。何故なら彼が全ての売れ路線の曲とか、自分が歌った際にピッタシくるであろう曲を知っていたからね。」

- 初期では「Everybody Loves A Clown」が最高で、“We'll Work It Out”なんかアルバムに入っているだけじゃ勿体ない傑作だと思うのですが。
Gary Lewis:
「そうなんだ。あの曲好きなんだあ(へぇ〜って感じ)。“We'll Work It Out”はアルバムに収録する際に演奏しただけで、それから一度もプレイしてないよ。アメリカじゃ誰にも気に入られていなかったみたいだね。でも君が好きでいてくれてとてもうれしいよ。アメリカじゃあ、シングルカットどころか、チャートにも入らなかったからね。」

佐野:
「日本のビッグアーティスト山下達郎氏がこの曲のイントロを拝借して日本でヒット曲を作ったんですよ。」

Gary Lewis:
「本当かい?そりゃうれしいなあ。そんな風に使われて誇りに思うよ(笑)。」(全員で笑う)

- 何故途中プロデューサがSnuff GarrettからDave Pellに変わったのですか。
Gary Lewis:
「ほう。いい質問だなあ(マジな顔で)。hmmmm.....。あれはホント失敗だった。実はぼくが Snuff Garrett をクビにしたんだ。それで Dave Pell を呼びよせたんだ。それで“Green Grass”をヒットさせたんだけど、ビルボード Top 10 に入っても Dave Pell の仕事のやり方が気に食わなかったから、再び Snuff Garrett を呼び戻したんだ。あれはホント失敗だったョ。Bad Mistake!!」

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